講義拾参
「経済~商業(その他の町)~」



「さて他に商業都市というとどういうのを思い浮かべますか?」
「ついに前置きがなくなったぞ、おい」

 龍鷹侯国侯王・鷹郷忠流が細かい点を指摘した。

「鳥居前町じゃな」

 しかし、それを無視して即答したのは皇女・昶だが、"霧島の巫女"・紗姫も大きく頷いている。

「鳥居前町?」
「ちょ、なんで知らないんですか!?」

 首を傾げた忠流に噛みつく紗姫。

「読んで字の如く、鳥居の前、神社を中心とした町ですよ」
「なるほど、門前町か―――ガフッ」

 アッパーカットを食らって吹き飛ぶ忠流。

「気をつけろ、似て非なるものじゃ」
「て、テメェ・・・・無駄な運動神経を見せやがって・・・・」

 床に這いつくばった忠流が昶を睨むが、その眼力を遙かに超える蔑みの目で見下ろされた。

「門前町は寺院を中心とする町じゃ。次間違えると問答無用で叩き斬るぞ」
「・・・・宗教怖イ」

 完全に本気の目に忠流がおののいた。
 昶も紗姫も神道系なので、仏教系と一緒にされるとそれはキレる。
 いや、斬る、他人を。

「お二方、お見事です」

 目の前で主君が殴り飛ばされたというのに助けに入る仕草すら見せなかった御武幸盛は笑顔で問題を出す。



**************************************************************************************
問一:鳥居前町・門前町の経済規模は?
**************************************************************************************



 どれも中心になるものに人が訪れ、その人たちを相手に商いするために商人が集まった町だ。
 地方経済の中心地とも言え、交通の要衝にもなるため軍事的にも重要であったりする。
 そうすると近くに城が築かれるため、さらに人が集まることになるのだ。

「予想は難しくないか?」
「そうじゃの。伊勢神宮の鳥居前町とその辺の分社の鳥居前町では大きく違おう」

 昶の指摘に幸盛は笑みの種類を苦笑に変えた。

「そうですね。だから、次の通りに考えています」

 一、各信仰・各仏教総本山(畿内)。
 二、地方総本山。
 三、大社および各信仰三大神社・各宗派本山。
 四、その他。

「ふむ、多少すっきりしたか。伊勢神宮の宇治は、一か」
「まあ、伊勢国なので、畿内とは言えませんが、さすがに一ですね」

 「重畳重畳」と頷く昶に対し、紗姫がやや不満そうに言う。

「となると、霧島は三ですか」

 全身で「納得がいかない!」と訴える紗姫。

「仕方がないだろう。いかにすごい神社とは言え、全国から人が来るわけじゃないしな」

 忠流が慰めているのか貶しているのか分からない声をかけるが、紗姫の表情が少し明るくなった。
 おそらくは「すごい神社」に満足したのだろう。

「で、まあ、畿内で一大勢力を築く浄土真宗総本山・石山本願寺の例があり、これを先の港町の例と同様とします」

 堺は織田信長に二万貫の矢銭を請求された。
 これは当時の年間収入の3割に相当したという。

(この事例だけで先の港町編での推測はあながち間違いではないことが分かりますね)

 もやがかかった思考のまま、幸盛は思う。
 織田信長は石山本願寺に対しても五〇〇〇貫の矢銭を請求した。
 この要求が堺と同等の収入比率であったと仮定すると、石山本願寺の年間収入は約一万五〇〇〇貫となる。
 これを「一、各信仰・各仏教総本山」の年間収入とし、「二、地方総本山」は75%、「三、大社および各信仰三大神社・各宗派本山」は30%、「四、その他」を5%とすると、計算が可能になる。

「つまり―――」



**************************************************************************************
問一:鳥居前町・門前町の経済規模は?
解一:浄土真宗総本山・石山本願寺の年間収入を一万五〇〇〇貫(三万一六八〇石)と仮定
   これをそれぞれの分類に係数を当てはめて計算する。
 一、各信仰・各仏教総本山(畿内):係数1=一万五〇〇〇貫(三万一六八〇石)
 二、地方総本山:係数0.75=一万一二五〇貫(二万三七六〇石)
 三、大社および各信仰三大神社・各宗派本山:係数0.3=五〇〇〇貫(九五〇〇石)
 四、その他:係数0.05=七五〇貫(一五八〇石)
**************************************************************************************



「他にどのような街がありますか?」
「うーん、宿場町とか?」

 昶が記憶を頼りに口にする。
 交通の要衝である場所には宿泊地が置かれ、栄えていることが多い。

「そうですね。ただ、そういう町は城下町や川港である場合も多いです」

 交通の要衝であるため、防衛上重要とばかりに築城され、そのまま経済圏に取り込んでしまった例や渡し船を待つための宿場町がそのまま港町に転じた例もある。

「このため、すでに見たとして飛ばします」

 もちろん、上の例と異なる宿場町は存在する。しかし、現代の基準で言う宿場町は江戸幕府が整備を命じた官主導の町だ。
 この世界観では統一政権はなく、命じられた宿場町は存在しない。

「・・・・あー、あと温泉街とか?」

 「そうか」と引き下がった昶の代わりに忠流が言う。
 湯治によく出かける忠流は温泉街の賑わいをよく知っていた。
 また、温泉は交通の要衝ではなく、鉱山と同じくあるところにしかない地域資源だ。
 他の町と重複する性格ではないだろう。

「当たりです」

 幸盛が頷いた。

「さすが」
「よ、病弱の鑑」
「素直に褒めろよ、お前ら!」

 茶々を入れる少女ふたりにツッコミを入れる。

「でも、そんなに経済規模は大きくないだろう」

 巡礼する鳥居前町・門前町と違い、温泉は療養と娯楽だ。
 訪れる人数が違う。

「そうですね」

 「ただ―――」と続けた幸盛は脇に置いていた木札をいくつか取る。

「温泉町も規模がありまして」
「ああ、有馬の湯とかは有名だからな」
「別府とかもすごいですよね」

 昶と紗姫の言葉に幸盛は頷き、木札を広げた。

「日本三古湯や三大温泉、三大名湯、三御湯などに記されている温泉や五山の僧が言う天下三名泉と称した温泉はなかなかの経済規模を誇るでしょう」
「どれどれ・・・・」

 忠流は木札を手に取り、ラインナップを確認する。
 そんな忠流の肩口左右から昶と紗姫が覗き込んで、一緒に温泉名を見出した。

「やっぱり有馬は入っているな」
「別府も入っていますね」
「吹上は・・・・まあ、入らないよな・・・・」

 吹上温泉は薩摩国伊作城南方に位置する温泉で、忠流の湯治場である。

「全国区ではありませんからね」
「まあなぁ。―――西海道だと別府のみか」
「他地方の人間を呼び込めるかが勝負です。それを目的に開発すれば別でしょうが」
「う~む・・・・。あまり聞いたことがないな」

 この時代、まだまだ温泉事業は難しいのだ。

「ま、ここまで話しましたし、経済規模は次の通りです」



**************************************************************************************
問二:温泉町の経済規模は?
解二:河川・湖沼交通と同じと仮定(前話)
   約九七〇貫(約三一七〇石)
**************************************************************************************



「・・・・あまりうま味がないな」
「まあ、磨けば光る原石、といったところですか」
「慰労という面では大きいと思うがの」

 忠流、紗姫、昶の反応に苦笑した幸盛は続けて別の冊子を手に取る。

「ここまでが町でしたが、次はもう少し大きな地区・・・・郡規模の話です」
「「「えー、まだやるのぉ?」」」
「一問で終わりますから我慢ください」

 ぶー垂れる三人をいなし、幸盛は言った。

「次は特産品です」



**************************************************************************************
問三:特産品を持つ地区の経済規模は?
**************************************************************************************



「分かるか、んなもん!?」
「全国的な特産なんてわかりませんよ」

 木札を畳に叩きつけながら吠えた忠流に同調するように紗姫も抗議する。しかし、幸盛は笑顔でスルーした。

「では、薩摩特有の産物は?」
「え、硫黄と鉄砲?」
「分かるじゃないですか。そして、それは対外貿易もしている一品ですよね?」
「まー、ウチの主要製品・・・・・・・・なるほど、これが特産品か」

 全国各地で生産して、共通価値となっている米とは違い、販売目的で生産される物品を特産品と呼ぶ。
 それは農作物でも海産物でも鉱産物でも加工品でも良い。
 とにかくその地域で他地域と差別化して生産している商品を言うのだ。

「本来であれば鉱山の金・銀・銅も特産品でしたが、今回はこれを省きます」

 「ただ、鉛、亜鉛、錫と言った金属は大きな鉱山であれば加味します」と幸盛は続けた。

「実力は物品よりも生産地域の規模が関わるか」

 昶が特産品の経済規模を考える上で重要な視点を指摘する。

「そうですね。生産量が大きいと思います」

 その指摘に幸盛は頷き、言った。

「だから、郡の石高の一割くらいの収入があると仮定しましょう」
「ざっくりだな、おい!?」



**************************************************************************************
問三:特産品を持つ地区の経済規模は?
解三:特産品が生産される郡石高の一割分の経済規模
   例:郡の石高が三万石の場合、三〇〇〇石の経済規模を持つ
**************************************************************************************



「この計算だと、鉱山がおかしいことにならないか?」
「中規模銅鉱山は一六〇石とか言っていましたっけ」

 昶の指摘に同意した紗姫が首を捻り、「どういうことだ」と幸盛に視線を向ける。

「鉱山編で述べたのは鉱山から採れる金属の価値のみの算定です。今回は鉱山から採れた金属を特産品として販売したり、鉱山町からの収入だったりの概算ですね」
「それでも大概だと思うが・・・・」
「そして、ここに鉱山の特殊性と言いますか・・・・」

 中規模以上のレベルの鉱山がある地域には小規模の鉱床が分布している可能性が高い。
 この小規模鉱山の開発分は鉱山収益としては微々たるものなので鉱山編には組み込んでいない。しかし、「塵も積もれば山となる」の理論と鉛・亜鉛、錫などの他の金属分の収入を加えるとかなり増えるという理論だ。

「えー、なんか騙された気分なんですけど・・・・」

 ジト目を向けてくる紗姫に苦笑を返す。

「まあ、鉱山に関しては主要となる鉱山を中心に地域を抑えるのが鉄則ということですね」

 つまりは次の通りだ。
 石高が三万石の郡に中規模銅鉱山が位置する場合のその収益。
  中規模銅鉱山の収益 :一六〇石。
  小規模銅・他金属鉱山および鉱産物加工品の収益:郡石高の一割(=三〇〇〇石)。
  郡の実石としては合計の三万三一六〇石となる。

「つまり、特産品は重要なので、大事に育てろってことね」

 忠流がやや投げやりに言う。

「多少暴論の気もするが、仮定だからこんなもんだろうし」
「はい。ただ特産品は馬鹿にできませんよ?」

 幸盛は苦笑を引っ込め、真面目な表情で言った。

「国の財政を立て直したことも報告されていますから」
「すげえな、それ!?」

 忠実において、戦国時代でも特産品が増大した軍備費を支えたケースがある。
 鉱産物の他に有名なものとしては、越後国の青苧(衣服原料)だ。
 江戸時代の藩政改革でも特産品の生産は奨励されている。

「薩摩だと何が特産になるんだ?」
「伊佐郡の焼酎、鹿児島郡の鉄砲、刀、川辺郡の硫黄、指宿郡の鉄といったものでしょうか」
「結構あるな」

 指を折りながら列挙した幸盛に、忠流は満足げに鼻を鳴らした。

「殖産興業は先代が熱心でしたからね」
「つまり、この人の手柄ではない、と」

 紗姫が忠流の頬を付く。

「しかも、焼酎以外は軍事と鉱産物で、国として努力したのは焼酎だけ。・・・・ただの酒飲みの道楽ではないか」
「おーい、お前ら。―――よし、なら言ってやれ、大隅を」
「姶良郡と肝属郡の馬、肝属郡と熊毛郡の鉄、駆謨郡の硫黄、熊毛郡の屋久杉」
「全部、自然物じゃねえかよ、おい!?」

 畳を叩く忠流。

「それも人が生産に関わる農作物ではない辺りがもう・・・・」
「鉱山から自然の恵みを得て、武器生産で武装し、酒をがぶ飲み・・・・」

 昶と紗姫が顔を見合わせて、一言。

「「―――もはや蛮族」」
「ぐふっ!?」

 言葉の暴力を受け、忠流が畳に突っ伏した。

(なぜでしょう、僕も胸が痛いですね)

 チクリとした胸を撫でた幸盛は倒れ伏す主に声をかける。

「現状を理解するのがこの講義の趣旨です。指摘されたら改善すればいいんです」
「・・・・そ、そうだな」

 腕立てのように忠流は起き上がろうとした。

「まあ、そのために必要な人口の話で、もう一度薩摩は地に落ちるのですが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 沈黙したまま再び畳に伏した忠流を残し、幸盛は立ち上がる。

「では、また次回」

 メモ用の墨で主の顔に落書きしようとする昶と紗姫を残し、幸盛は平和に魔窟からの脱出に成功した。






**************************************************************************************
まとめ
 鳥居前町・門前町の経済規模は、その中心となる寺社のレベルから以下のように仮定。
 一、各信仰・各仏教総本山(畿内):一万五〇〇〇貫(三万一六八〇石、約19億80万円)
 二、地方総本山:一万一二五〇貫(二万三七六〇石、14億2560万円)
 三、大社および各信仰三大神社・各宗派本山:五〇〇〇貫(九五〇〇石、5億7020万円)
 四、その他:七五〇貫(一五八〇石、9500万円)
 温泉町の経済規模は、約九七〇貫(約三一七〇石、1億9010万円)と仮定。
 特産品を持つ地区(郡)の経済規模は、石高の一割分が加算されると仮定。
**************************************************************************************










講義拾弐へ 龍鷹目次へ 講義拾肆へ
Homeへ