講義玖
「経済~鉱業(金銀)~」



「―――さて、鉱業編に入るのですが」
「うちの主力産業でもあるな」

 御武幸盛が話し始めると、口の端に醤油だれをつけた鷹郷忠流が応じた。

「ええ、薩摩、大隅、日向は鉱物資源に恵まれており、特に金です」
「ウハウハ、というわけじゃな」

 幸盛の視線の先を追い、忠流の口元の汚れに気がついた皇女・昶が口元を手ぬぐいで拭う。
 なお、忠流のではなく、自分のを、だ。

「金子が金属の中で最強ですからね!」

 「寄進された時の神官たちの目の色が違います」と神職としてあるまじき実情を暴露する"霧島の巫女"・紗姫。
 なお、紗姫も口元に醤油だれがついている。

「・・・・・・・・まあ、いいか」

 昶はふたりの口元を見遣り、手ぬぐいを仕舞った。

「いつか気づくじゃろ」
「「?」」

 仲良く小首を傾げる忠流と紗姫に苦笑し、幸盛は本題に入る。
 なお、幸盛も指摘するような真似はしなかった。



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問一:主要金銀鉱山から得られる収入はいくらか
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「あれ? 金銀?」
「銀もか?」

 紗姫と昶が首を捻る。
「ああ、そこからですか」

 幸盛は前提理解が彼女たちに足りていないことを理解し、別の冊子を取り出した。



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問零:鉱業とは何か
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「まず、金属ですが、利用可能なまま自然の中にあるわけではありません」

 「山菜とは違いますから」と冗談を交えたが、誰も笑ってくれない。
 ウケなかったことに心の中で涙を流しながら幸盛は続けた。

「・・・・多くは硫黄と結合、もしくは他の金属成分と結合しています」

 前者を硫化物、後者を合金という。

「鉱業は有用金属を含んだ鉱石を自然から取り出し、これを加工することで目的金属を取り出す産業です」
「うむ。収穫してからそのままでは食べられず、調理が必要な食材のようじゃな」
「まさにそれです」

 幸盛は昶の例えに頷いた。

「ただ、その調理された金属分を利用するためにさらに一手間かける必要があるのですが」

 鉱業で取り出された金属分は原料・素材のままだ。
 これに加工職人の手が入り、一般消費者に渡る製品となる。

「自然、つまり鉱山から鉱石を取り出すことを、採掘。そこから金属分を取り出すことを製錬と言います」



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問零:鉱業とは何か
解零:自然から有用金属を含む鉱石を取り出し(採掘)、そこから金属分を取り出すこと(製錬)
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「それでは、巫女姫様が大好きな金についてですが」

 先ほど脇に置いた冊子を改めて引き寄せる。

「嫌みかー」

 無視。



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問一:主要金銀鉱山から得られる収入はいくらか
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「・・・・つまり、金と銀は一緒に採れる?」

「ほぼ正解です。正確に言えば、金が採れる場所で銀も採れることが多い、です」

 このため「金山」と称している鉱山でも、実は銀の方が生産量は多かったりする。

「で、収入となると・・・・単純に生産量に金属価格をかけるだけでよいかの?」
「そうですね。実際の収益は計算不能です」

 生産にかける費用やその他諸々の費用は鉱山ごとに違う。

「じゃあ、金属価格は前のを使うとして、問題は生産量か」

 忠流が言う。

「その通りですね」
「・・・・・・・・・・・・無理じゃね? 生産量なんぞ分かるか」
「まあそうですよね~。推定しかしようがないです」
「おい」

 忠流のツッコミを幸盛は無視し、もう一冊、冊子を取り出した。

「実は日本十大金銀鉱山というものがありまして、記録に残る産金量の十位まで記したものです」

 ここでいつもの通り、遠い目をする。

「ただ、これは現代までの総金量であり、近現代以降に開山も含んでいるため、少し加工が必要です」
「お、おう」
「まず、10個の鉱山の内、江戸時代以前、つまり機械化以前に採掘されていた鉱山は佐渡、串木野、高玉、山ヶ野、大口の5鉱山です」
「・・・・お、うちのが三つも入っている」
「このうち、佐渡金山が最も情報が豊富です」

 佐渡金山は1601年に鉱脈が発見され、1896年には三菱合資会社が近代化。
 1989年の閉山までに金78t、銀2,330tを産出した。
 産出量的には江戸時代と近代化後に二度の最盛期を迎えている。
 ただし、旧来採掘法295年、近代化採掘93年の総生産量を同じ(金39t、銀1,165t)と考える。
 つまり、旧来採掘法の年間生産量は金132.2kg、銀3.95tとなる。

「同様の考え方を他の4鉱山にも適応します」

 旧来採掘=手掘りから近代化=削岩機・トロッコ等に移行した流れはどの鉱山でも同じだからだ。

「あとはこれを平均すればいいのですが、佐渡金山の産出銀量は圧倒的なので、考慮外とします」
「銀については残りの四つを平均するわけだ」
「はい。この場合、主要金銀鉱山の年間平均産出量の平均は金75kg、銀355kgとなります」

 ここまで言い切ると幸盛は冊子を閉じた。

「・・・・おい、『きろぐらむ』は何匁じゃった?」
「私に聞かれましても、覚えてないよ」
「チッ、役立たずめ」
「ああん? あなただって覚えてないでしょ」

 少女ふたりが近距離で睨み合い、バチバチと火花を散らす。

「あー・・・・。確か一貫が3.75kgだったから・・・・」

 それを余所に忠流が覚えていた単位換算式を元に計算した。

「金二〇貫、銀九五貫、くらいか」
「ええ。それに後は金属価格をかけるだけです」



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問一:主要金銀鉱山から得られる収入はいくらか
解一:金 二〇貫(75kg)、銀 約九五貫(355kg)の産出量に金属価格をかけ、
   金 六二五〇石(375百万円)、銀 二九六〇石(178百万円)の計九二〇〇石(553万円)
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「なんじゃ、思ったより貢献せんな」
「約一万石ですか・・・・」

 思ったよりインパクトが小さいためか、紗姫と昶がなんとなく不満そうに言う。

「いえ、これは大きな鉱山辺り、です。このような鉱山がある地域というのは周辺にいくつも同じような、もしくは中小規模な鉱山があり、これを鉱山群として見た場合、一大生産地と化けますよ」
「ということは、中小規模の鉱山の収入も考える必要があるのか」
「その通りです」



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問二:中小規模金銀鉱山から得られる収入はいくらか
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「ここで言う中小規模鉱山ですが、これも先の鉱山とは別に記録に残っているものを使用して推察します」

 冊子をめくり、一覧表となっている場所を示す。
 そこには大葛鉱山、大ケ生金山、中瀬金山の名前があった。

「これらの例から年間産出金量は約20kg。銀のデータはありませんが、先の主要金銀鉱山の産出銀量が金量の約5倍だったことを加味し、年間産出銀量を100kgと仮定します」

 昶と紗姫から視線を向けられ、忠流が計算する。

「えーっと、約五貫と約二七貫だな」
「石高に換算すると・・・・合わせて二五〇〇石くらい?」
「それがポコポコあると、確かに地域を制圧した時の収入は馬鹿にならないな」



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問二:中小規模金銀鉱山から得られる収入はいくらか
解二:金 五貫(20kg)、銀 約二七貫(100kg)の産出量に金属価格をかけ、
   金 一六七〇石(100百万円)、銀 八三〇石(150百万円)の計二五〇〇石(150百万円)
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「こりゃ、鉱山を巡って戦争になるわけだ」

 忠流が天を仰ぐ。

「まあ、身近な例としては石見銀山ですね」

 文字通り、石見国(現島根県)に位置する国内最大――実際には世界最大(当時)――の銀鉱山だ。

「ま、その石見銀山については次回に触れることにします」
「・・・・と言いつつ、新しい冊子を用意しているのは何故だ?」

 笑顔で差し出された冊子を、顔を引きつらせながら受け取る忠流。

「次回とは今から四半刻後だからですよ」
「普通に続きじゃねえか!?」






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まとめ
 主要金銀鉱山:
  金 二〇貫(75kg)、銀 約九五貫(355kg)の産出量に金属価格をかけ、
  金 六二五〇石(375百万円)、銀 二九六〇石(178百万円)の計九二〇〇石(553万円)
 中小金銀鉱山:
  金 五貫(20kg)、銀 約二七貫(100kg)の産出量に金属価格をかけ、
  金 一六七〇石(100百万円)、銀 八三〇石(150百万円)の計二五〇〇石(150百万円)
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