講義鉢
「経済~農業・漁業~」



「―――さて、物価が終わりましたので、次の話題です」

 「久しぶりになってしまいましたが」と教師役の御武幸盛が言った。

「「「ブーブーブー」」」

 それに対し、鷹郷忠流と紗姫、昶がブーイングをする。

「・・・・なぜに非難されているのでしょうか?」

 幸盛は呆れた声を出した。
 それにもめげず、忠流は文句を言う。

「もう物価は分かったら他にはいらないだろう?」
「へえ? それならどうやって石高を増やすかお分かりですか?」
「そ、それは新田開発とかだな」
「そうですね。でも、できるところとできないところがありますよね?」
「・・・・・・・・・・・・大人しく受けます」
 忠流は目を右往左往したが、最終的に首を垂れて授業を許容した。




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問一:年貢収入はいくらか
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「・・・・え? 石高から換算すればいいのでは?」

 紗姫が首を傾げた。

「石高はその土地の生産高なので、年貢という税収ではありません」

 幸盛が胸の前に腕で「×」を作る。

「その土地に住まい、米を作った民から全てを巻き上げるとか、暴君じゃな」
「ひどい奴だ」
「あれー!?」

 これ幸いとばかりに紗姫を罵倒する昶と忠流。

「生産高から何割を年貢で治めるか、ということか」
「そうですね」
「それは聞いたことがあるぞ。五公五民とか四公六民とかいうやつじゃろ」
「その通りです」

 幸盛は昶の返答に満足そうに頷いた。

「一般的なのは五公五民。善政ならば四公六民といったところでしょうか。最もこの他にも税の種類があるので、これだけで収入の全てを語るわけではありませんが」




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問一:年貢収入はいくらか
解一:五公五民(領主五割、領民五割)もしくは四公六民(領主四割、領民六割)が一般的
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「龍鷹侯国は農業生産高が大きくないので、取りすぎると領民が飢えます」
「それはいかんな。じゃあ、四公六民なのか?」
「はい。だから五〇万石でも、その土地から得られる税収は二〇万石相当となります」
「うーむ。それで軍糧や武器購入などを行っていては破産するな・・・・」

 二〇万石も大きな収入だが、国家経営には心もとない。

「おまけにですね。その収入の内、家臣へ分け与える分もあるので、直接収入はもっと減ります」
「おおう・・・・。そうだった」

 領国は大名が直轄支配するエリアと一門衆を含む家臣団が支配する知行エリアに分かれている。
 大名家が運営に利用できる基本的な費用は直轄地からの収入で賄っていた。
 知行地から得られる収入は家臣団による大名への奉公のための元手であり、そう簡単に手を出せない。

「直轄地の配分も大名家にとって重要な指標です」




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問二:直轄地の割合はどの程度か
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「―――うーん・・・・。龍鷹侯国って、実は直轄地の割合は少ないような・・・・」

 龍鷹軍団を構成する軍団は自領から兵を連れてきていることが多い。
 よって、直轄地から得られる兵力は基本的に忠流本陣を構成するのだが、兵的比率で言えばやはり家臣団の方が多い。

「まあ、直轄地でも代官を置き、その代官が兵をまとめる事例もありますよ」

 代官や城代は直轄地の管理を行う役職だ。
 年貢の取り立てや城の維持管理を担当するが、収入としては大名に入り、そこから報酬を渡す流れとなっている。

「じゃあ、半分くらいか?」
「残念」




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問二:直轄地の割合はどの程度か
解二:おおよそ四分の一(25%)
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「いくつかの事例はありますが、今回は国替えを経ず、ずっと同じ国で領土拡張をしてきた近代大名の例から取っています」

 例の如く虚空を見つめる幸盛。

「備前の宇喜多氏の例で言うと47万4000石の内、12万8582石の直轄地を持ちます」

 割合にして約27.1%。

「四国征伐後の土佐長宗我部氏、会津蒲生氏、安芸福島氏はこの比率より少ないです」

 長宗我部氏は9.6%、蒲生氏は21.2%、福島氏は20.6%。
 長宗我部氏は四国統一目前から土佐一国に減封されたことによる家臣団飽和状態を考えれば少ないのも納得できる。
 言い換えれば平常状態ではないと理解できる。
 蒲生氏と福島氏は加増転封のため在地勢力と旧来家臣団の統合の結果、逼迫したのだろう。
 宇喜多氏の例で言えば備前国出身で、独自の領土拡張を経て収斂した結果と言える。
 一部に大身の一門衆や家臣団が見られるが、それも国を拡張してきた時の名残である。
 太平の時代には問題になるかもしれないが、龍鷹戦記の世界観ではそう違和感がないものと考える。

「というわけで、その他の大名家のことを考え、宇喜多よりも少し少ないくらいで、二割五分とします」
「お前の匙加減じゃねえか」
「そうでもないですよ。龍鷹侯国も現状もそう変わったものではありませんから」
「・・・・まあ、どうにかして年貢収入を増やさないとやってられんなぁ」
「だから、新田開発を行って、土地の生産高を向上させなければならないのです」
「でも、さっきお前が指摘したように、どこでもってわけにはいかないだろう?」

 水田を広げるには水が必要だ。
 山岳地でも棚田という手があるが、水は不可欠である。そして、稲作は大量の水を必要とするのである。

「そうですね。例えば江戸時代初期の比較がありますね」
「・・・・おう」

 もはやツッコミを入れない忠流。

「山がちの土佐藩は石高が約1.3倍になっており、平地が多い仙台藩は1.6倍に、約80年でなったらしいです」
「・・・・八〇年っていう途方もない時間をかけたのに~とも思うが、やっぱ潜在能力が違うんだな」

 忠流は適当な相槌を打つ。
 だが、八〇年もの時間をかけてその程度なのだ。

「長い目でやらないよりはマシ。即効果が出るものではない、か」
「その通りです」
「年貢以外の財源が必要だな」
「はい。―――あと、年貢として水田以外もあります」
「・・・・そうなの?」
「どこの村も米を作れるわけではありませんから」

 稲作に適さない地にも人は済んでいる。

「彼らは彼らで別の産業を営んでおり、その中でも比較的従事者が多いのが漁業です」

 いわゆる魚介類だ。




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問三:漁業収入はどのくらいか
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「魚を納められても困るぞ」

 忠流が眉をひそめた。
 奉納ならまだしも、年貢として大量の魚介類を納税されても腐らせるだけだ。

「物納ではなく、海産物を販売して得た銭を納めるのです」
「ああ、商人と同じ扱いか」

 幸盛は薩摩の地図を指さし、いくつかの港を示す。
「漁村単体では自産自消で、一部を大きな漁港で販売して銭を得ます。このため、主要漁港の大きさがその地域全体の収入を左右します」

 幸盛が示したのは串木野、阿久根、枕崎だった。

「まあ、年によって漁獲高は大きく左右されるので、平均を取るしかないのですが―――」

 また目が虚ろになる幸盛。

「2006年に水産庁に登録されている海面漁港の単純漁獲高は4億6090万円で、石高換算すると7680石です」

 幸盛は半紙に「七六八〇石」と書く。

「また、特定第3種もしくは第3種漁港に登録されている漁港を考慮し、その他は漁村とします」

 そのまま筆を持って、地図上の串木野、阿久根、枕崎に丸印をつけた。
 つまり、石高変換で考慮するのはこのような主要漁港のみとするのだ。

「さらに、現代との漁業技術・水産資源の違いを考慮しなければなりません」

 「収入に考慮できるのは二割程度か?」と半紙に記載し、そのままその計算結果を記載する。

「主要漁港辺り、1億800万円、1800石程度が妥当でしょう」
「少なッ!?」

 主要漁港という割に少なすぎた。

「海産物は足が早いので、消費できる地域が限られます。干物にすればよいですが、やはり量が少ないと輸送費も掛かりますからね」

 漁民は魚だけで暮らせない。
 魚を売った金で米などを買わなければならないのだ。
 どうしても税比率は農民よりも小さくしなければ暮らせない。

「その代わり他の税を強化していますがね」

 船乗りである技量を見込み、物資輸送や戦時での船徴発など、農民よりも動員されることが多いのだ。
 物資輸送時は漁ができないし、戦で船が沈むかもしれない。
 自分の居住地が戦場にならない限り畑がなくならない農民とはリスクの度合いが異なる。




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問三:漁業収入はどのくらいか
解三:主要漁港で約1800石
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「農業、漁業と来て、残る第一次産業は鉱業なのですが・・・・」
「ブーブー、おなかが減りました~」

 紗姫は両腕をクロスして授業継続に抵抗する。

「農業は結局米だけか? 野菜などの特産物があると思うが」

 昶は意外と学習意欲があるようで「農業が終わった」ことに首を捻っている。

「おっしゃる通り、特筆する野菜は特産品扱いです。そして、その特産品は年貢ではなく、別の収入源としてまたご説明いたします」

 特産品には農産物の他、布、織物、陶器、金属製品などがある。
 これらは後に説明するつもりだった。

「無視ですか!?」

 鮮やかに流された紗姫がうるさく騒ぐが、幸盛は意に介さない。

「鉱業は鉱業で話題が大きいので次回に回します」
「イェーイ」

 無視されすぎて自棄になったのか、紗姫は両手を挙げて大げさに喜びをアピールする。

「なあ、因みにこの漁港からの収入を増やすにはどうしたらいいんだ?」
「ええ、続けるの!?」

 忠流の質問に紗姫が驚く。
 今までやる気がなかったのにどうしたというのか。

「漁獲量を増やしても仕方ありませんので、流通網の整備や長期保存を可能とする調理法の開発などでしょうか?」

 質問大歓迎なので、幸盛は紗姫を無視して答える。

「海産物の加工が必要か・・・・。うまそうなものに改良しないとな」
「それは大事ですね」

 頬を膨らませて不満をアピールしていた紗姫が急に真面目な顔に戻った。

「そなた、腹ペコ娘に変化しようとしているのか?」
「失礼な。槍のようにまっすぐなだけです」
「欲望にまみれるとは・・・・。それでも神職か?」
「煩悩は仏教の考えなので、私には適合しません」
「ああ言えばこう言うのぅ・・・・」

 紗姫の言い分に昶も匙を投げた。

「まとまらなくなってきたので、ここで終わりましょう」

 幸盛は苦笑いしながら言う。

「追加質問があれば聞きますから」
「よっしゃ、メシ食いに行くか!」
「魚にしましょう」

 忠流と紗姫が早速席を立て、駆け足でその場を去った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・あれ~?」

 まさか忠流も追加質問をせずに駆け出すとは思わなかった幸盛は間抜けな声を出す。

「気の毒じゃな・・・・」

 本当に気の毒そうに幸盛を見遣った昶もそのふたりの後を追った。

「妾は貝類を所望するぞ!」

 廊下を走る姿に皇女としてのおしとやかさはない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」

 まとめすらさせてもらえなかったことに気づいたのはそれから数分後のことだった。




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まとめ
 年貢比率:五公五民が基本(四公六民は善政と言える)
 大名直轄地割合:石高に対して25%程度
 漁業収入:主要漁港当たり約1800石
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