講義漆
「価値~火器~」



「―――火器についてですね」
「おや? 導入なく、さらっと入りました」
「面倒になりまして」

 "霧島の巫女"・紗姫の言葉に御武幸盛が返した。

「手に持っているのは火縄銃か」

 皇女・昶が言った通り、幸盛の手には火縄銃がある。

「ええ。鹿児島城下で製作された六匁筒です」

 銃床は木、銃身は鉄でできており、その他の付属品に至るまで装飾はなく、武骨な印象だ。
 展示用や観賞用ではなく、量産品かつ実戦用仕様である。

「『筒』とは鉄砲のこと?」
「はい。まあ、見た目通り筒ですから」

 そう言って銃口を紗姫に向けて見せた。

「壁!」
「何故!?」

 紗姫が隣に座っていた侯王・鷹郷忠流を引き寄せ、射線を塞ぐ。

「大丈夫ですよ、火縄に点火もしていませんし、そもそも弾込めもしていませんから」

 幸盛は苦笑いをして、銃を脇に置いた。

「それでは火器の代表である火縄銃についてご説明します」


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問一:火縄銃の値段はいくらか
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「高い、とは聞いたことがあるな」
「最新技術の塊ですからね」

 昶と紗姫が畳の上の火縄銃を見ながら言う。

「んー、鉄砲自体は各地で生産されているけど、鎧の明珍派みたいに大きな派閥はあるのか?」

 忠流が顎をさすりながら訊いた。

「摂津および和泉国にまたがる堺、紀伊の根来、近江の国友が有名ですね」
「どれも特定の大名に仕えていない技術集団だな」
「刀鍛冶もそうなんですけどね」
「職人魂というやつですかね」

 ペタペタと火縄銃を触る昶と紗姫。

「大名に仕える鉄砲鍛冶もいましたが、そういうのは有名になりませんから」
「全国に顧客がいるわけではないからな」
「そういうわけで、値段に関してもこの有名どころ、国友の資料に記載が残っています」


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問一:火縄銃の値段はいくらか
解二:9石(54万円)
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「「「高ッ!?」」」

 注文刀の5倍である。

「これは数を揃えるのは大変だな」
「これに火縄、弾丸、火薬というものがないと威力を発揮しません」

 それぞれを取り出し、鉄砲の傍に置く。

「さらに他にも発射する弾丸の大きさで銃身も変化します」
「じゃあ、さっきのは?」
「記載はないですが、六匁筒ということで」

 主要タイプ故に、わざわざ六匁の記載を抜いたと仮定した。

「なるほど。ということは他の筒は記載が?」
「三〇匁筒は四〇石(240万円)とあります」
「放つ弾丸の大きさからここまで値段が変わるのか・・・・」
「他の大きさの筒も単純比較で概算はできますね」

 「正確かどうかは分かりませんが」と続けた幸盛は弾丸を拾い上げる。

「では、次は弾丸を」


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問二:弾丸はいくらか(6匁弾=22.5g)
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「まず、弾丸と言っても弾丸にも種類があります」
「え、よく言う鉛玉じゃないんですか?」

 紗姫が鈍色に光る弾丸を拾い上げる。

「生産性の問題から伝来初期は鉛が主力とも言えますね。ただその後の技術革新から別の材質も増えていきます」

 そう言って幸盛は懐から別の弾を二種類転がした。

「弾丸の材質は鉛玉、鉄玉、鉛青銅玉が確認されています」
「なんで?」
「それは別の機会に説明します」
「うわー、流されたー」

 紗姫は寝そべるようにして新たに増えた弾を転がして遊ぶ。

「今回はすでに紹介している金属の値段から算出して弾丸一個当たりの値段を考えましょう」
「鉛と鉄はそれぞれ純粋として考えるんだな?」
「ってことは、鉛青銅は? 合金じゃろ?」

 昶は紗姫の手から鉛青銅玉を拾い上げた。

「成分分析の結果は以下の割合だそうです」

 銅73.8%、鉛17.5%、他(ニッケル、鉄、亜鉛青銅)8.7%。

「パーセント?」
「そこは置いておいて。―――他は、面倒なので全て鉄として考えます」
「銅、鉛、鉄も前に値段を説明されたから、それで計算するのか」
「その通りです」


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問二:弾丸はいくらか(6匁弾=22.5g)
解二:材質の価格から単純計算
  鉛玉 鉄玉 鉛青銅玉
重量
(g)
六匁
(22.5)
六匁
(22.5)
銅四匁一分、鉛一匁、鉄半匁
(銅16.61、鉛3.94、鉄1.96)
価格
(円)
十分の一文
(13.32)
五分の一文
(19.0)
五分の二文
(43.85)

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「安ッ!? その上に分かりにくい」
「えーっと、十発当たり、鉛玉一文、鉄玉二文、鉛青銅玉四文と?」

 紗姫が指を折って計算する。

「はい。まあ、当然端数があるので、"約"と付きますけど」

 幸盛は弾丸を手に取り、その上で転がしながら続けた。

「さらに言ってしまえば、弾丸重量よりも口径の方が大事で、鉄玉と鉛青銅玉のこの重量が六匁筒で発射可能かは分かりませんが」
「おい」
「仮定なので無視です」

 数倍も変わるわけではないのだから大丈夫だろう。

「しかし、一銃兵当たり百発以上必要と考えると、なかなかの出費じゃの」

 昶は鉄砲を持ち上げて構えて見せた。
 座ったままでは踏ん張れないので、無理な体勢となる。
 それを支えようと足りない筋肉を酷使しているのでプルプルと震えていた。

「や、矢と違って、再利用もできんし、のっ」

 「辛いなら下ろせよ」と忠流が呆れながら火縄銃を回収する。

「鉛玉は集められれば鋳直せば作れますし、鉄玉も丈夫で再利用は一応可能ですけどね」

 基本的には1発は1回限りの消耗品だ。

「あと、そういう弾丸の加工費は無視です。基本的に大量生産による経費削減効果がありますから、1発当たりの単価にはほとんど表れていないと思うことにしましょう」

 実際のところは不明だが。

「適当だな」
「この理論展開自体が仮説ですからね」

 幸盛は反論を受け付けずに次へ進んだ。

「鉄砲本体と弾丸と来ましたので、最後は火薬ですね」


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問三:一発当たりの火薬はいくらか
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「火薬も弾丸と同じ計算方法か?」

 忠流が教科書代わりの冊子をめくりながら言う。

「材質ってこと?」

 それに複数の弾丸を転がして遊んでいた紗姫が応じた。

「そゆこと」

 忠流はこめかみに指を当てながら思い出すように言う。

「火薬は煙硝、硫黄、木炭を混ぜ合わせて作られる」
「ほう、よく覚えておるの」
「あー・・・・前に、武藤の爺様に語られた」

 げんなりと肩を落とす忠流。
 「武藤の爺様」とは武藤晴教のことで、龍鷹侯国が誇る鉄砲の第一人者だった。

「中でも煙硝が大切らしい」

 火縄銃に用いられる火薬は黒色火薬と言い、現代の無煙火薬とは成分・製法が異なる。
 その特徴のひとつとして、煙硝の利用があった。

「煙硝は基本輸入じゃの」
「主要成分かつ最も高価な煙硝が値段を左右しそうだな」

 昶と忠流の言葉に頷き、幸盛が別の冊子を開く。

「材料の混合比は大名家によって異なりますが、煙硝が主成分であることは変わりません」

 煙硝とは硝酸カリウムのことで、その天然に産出するものを硝石(鉱物名)と言う。
 この鉱物は基本的に日本列島では産出しないため、ほぼ全量を輸入に頼っていた。

「ここでは信越の雄が使用していた混合比の平均を概算比率としてみましょう」

 煙硝80.55%、木炭12.05%、硫黄7.4%。

「信越の雄ってどこだよ」
「またパーセント・・・・」
「ええい、いいんです!」

 幸盛に流された忠流と紗姫がぶーぶーと文句を言うが、幸盛は続ける。

「木炭は自給自足なので価格なし、煙硝と硫黄の値段から算出します」
「煙硝は輸入実績、硫黄は国内生産だから国内取引価格から、か」
「ええ。―――まずは煙硝」

 マカオの宣教師資料に「豊後・大友氏は煙硝200斤(120kg)を銀1貫目(3.75kg)で購入しようとした」とある。
 「豊後の大友なんかいたか?」「さあ、知らんのう」という忠流と昶の会話を無視し、幸盛は続けた。
 いちいち構っていられない。

「銀の価格から計算すると、これは一匁当たり約半匁強(58.6円)ね」

 紗姫の計算結果に幸盛は頷き、再び冊子に視線を落とした。

「硫黄は自然硫黄の他に硫化鉱物から製造されていて、列島は火山国故に輸出国です。ですが―――」

 そのまま眸から光が消える。

「「「ヒェッ」」」
「硫黄に関するデータはないので、現代から換算することにしました」

 現在の硫黄生産は石油から生成されるのが一般的となっている。
 それは戦後であり、まだ硫黄鉱山から産出する硫黄が主力であった昭和年代の価格を現代との物価差を考えて換算する。
 その価格は4万6000円/t(46円/kg)となる。

「つまり、一貫一文半強(172.5円)」

 ここで幸盛の眸が元に戻った。
 不思議そうな顔で首を傾げているが、忠流たちは触れずに計算しようと筆を取る。

「えーっと、これで比率を使って計算すると、一発当たりの・・・・・・・・ておい」
「・・・・おや? 成分の価格が分かっても、一発当たりの火薬重量が不明じゃの?」
「問題と解説に不手際があるのでは?」

 紗姫がジト目で幸盛を見遣った。

「・・・・隙を容赦なくついてきますね」
「槍ですから」
「関係ないじゃろ」

 自信満々に胸を張った紗姫にツッコミを入れる昶。

「一発当たりの火薬ですが―――」

 と、再び遠い目をする幸盛。

「現代において10匁弾の発射には6~10gの黒色火薬を使用するそうです」
「お、おう」

 幸盛に視線を向けられ、思わずどもる忠流。

「重量比較から単純計算すると6匁弾の発射には3.6~6gの火薬を使用することになります」
「そ、そうなのか」

 同じく視線を向けられ、頬引き攣らせながら頷く昶。

「まあ、間を取って、4.8gとしましょう」
「貫きますよ」

 続いて視線を向けられ、忠流の背中に隠れて顔だけを出し、何故か喧嘩を売る紗姫。

「4.8gは概算で一匁三分。これを比率計算で各材質の重量を求め、これに価格を掛け合わせると以下の通り」


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問三:一発当たりの火薬はいくらか
解三:
  煙硝 硫黄 火薬
単価 0.6文/匁
58.6円
0と仮定 1.6文/貫
172.5円
0.48文/匁
49.5円
火薬の成分比 80.55 % 12.05 % 7.4 % 100.0 %
 六匁弾の
火薬中重量
1.03匁
3.87 g
0.16匁
0.59 g
0.10匁
0.36 g
1.3匁
4.82 g
 一発当たりの
価格
0.62文
60.47円
0と仮定 0.00文
0.02円
0.62文
60.49円

 つまり、一発当たりの弾薬は0.7文(鉛玉の場合)

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「さて、意外と時間を使ってしまったので、この辺りですかね」

 幸盛が冊子を閉じ、机の上を片付け出した。

「・・・・なあ」

 それを見ながら忠流が声をかける。

「なんです?」
「もうちょっとわかりやすくできなかったのか? 見ろよ、こいつら」
「・・・・反省はしています」

 頭から湯気を出し、忠流にもたれかかりながら脱力する少女二名。

「暗算じゃ辛いわ」
「文明の利器が必要ですね」
「今度からそろばん用意しろよ」

 そう言って忠流も知恵熱を出したかのように顔を赤くして後ろに倒れこんだ。
 律儀にふたりの頭を抱え込み、巻き込まれて変なところを打たぬようにして一緒に転がる。

「あー、おまけですが」
「いらん!」

 ふたりを腕枕した大の字のまま拒絶した。

「大鉄砲の価格もあります」
「いらんつってんだろ!? 聞けよ、おい!?」

 ふたりの頭が重くて起き上がれず、視線だけ幸盛に向ける。

「国友文書によると慶長年間で100匁筒は284~349石、1637年時点で100匁筒が約105石、300匁筒が240石、500匁筒が340石らしいです」
「あ、ダメだ、何かまた意識飛ばしてやがる」
「皆さんはこれまでの講義内容を思い出しながら電卓で円換算にしてくださいね」

 幸盛は虚空を見つめたまま部屋の出口へと歩き出した。

「特に時代を経て100匁筒が安くなっている点は加工技術の発展、製造効率の向上、大量生産による単価減など、いろいろな想像ができますね」

 ブツブツと呟きながら部屋を出ていく幸盛を見送りながら忠流は頬を引き攣らせる。

「ヤベェな。仕事させ過ぎて壊れたかな」
「でも、代わりに仕事はしてやらんのじゃろ?」
「当然」
「鬼畜じゃのぉ」

 昶がくつくつと笑う。

「私が思うに、幸盛殿は巫女だと思うの」
「おい、性別無視か?」

 さすがに女扱いはかわいそうだ。
 自分がよくされるだけにその悲しさはよくわかっている。

「だって、あれはどう考えても神降ろし! 一時的に私と同じ才能を発揮していますね」
「お前はただの槍じゃろ」
「鷹郷の守護神ですから神です!」
「でも槍じゃろ?」
「槍ですけど!」
「納得しているではないか」
「ハッ!? しまった!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・どうでもいいんですが、俺の腕の上でゴロゴロ頭を転がさないでもらえますか?」

 頭でローラーをかけられ、重さも相まって血が通わなくなってきた。

「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」
「おい、ちょっと待て、なんで無言でゴロゴロし出す―――イダ、イダダ」
「ここで体を起こすと―――」
「――― 一気に血が流れ出すのぉ」
「・・・・アーッ、腕が、両腕が痺れ、レレレレ~ッッッ」


―――忠流の悲鳴はしばらく続き、女中たちは気味悪がって部屋に近づこうともしなかった。


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まとめ
六匁筒の場合 鉛玉 鉄玉 鉛青銅玉
火縄銃本体 9石(54万円)
弾丸(/発) 0.1文(13.32円) 0.2文(19.0円) 0.4文(43.85円)
火薬(/発) 0.62文(60.49円)
 -煙硝(/発) 0.62文(60.47円)
 -硫黄(/発)   0.00文(0.02円)
 -木炭(/発)   0文(0円)


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