講義陸
「価値~刀槍・弓矢~」
「―――さて、午後部後半です」 「午後部に前後半があるなんて聞いてないぞー」 おやつの串焼きの串を噛みながら侯王・鷹郷忠流が講師役・御武幸盛に言った。 「まだ日が暮れていませんから」 「途中で暮れたら?」 口元に付いた串焼きのタレを手拭いで拭いながら"霧島の巫女"・紗姫が訊く。 「続行です」 「じゃあ日暮れ関係ないだろ!?」 串で幸盛の方を指す忠流。 先端から体を避けつつ目を背ける幸盛。 「まあまあ」 「だんだん対応がおざなりになっていないか、この側近」 そんな主従を見て、皇女・昶はため息をついた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「前回で防具を説明しましたので、今回は攻撃道具の方のお話をします」 「刀や弓矢・・・・ああ、後は槍か」 「私の値段!?」 「買ってもらえるといいな、槍娘」 「後は火器類もありますが、それは次回です」 驚愕する紗姫とそれにすかさず茶々を入れている昶を無視し、幸盛が続ける。 ******************************************************************************** 問一:刀の値段はいくらか ******************************************************************************** 「まずは刀です」 「と言ってもピンキリじゃねえか?」 「そうですね」 刀には太刀と打ち刀の二種類ある。 上級武士を始めとした馬上打物戦を展開する者は太刀を、徒士戦を展開する者は打刀を選ぶ傾向があった。 さらに足軽に配られる打刀である。 「まあ、太刀と打ち刀の違いは別に調べてもらうとして―――」 「怠慢だ」と呟く忠流に構うことなく続けた。 「基本的に太刀は注文刀、打刀は数打刀です」 つまりは、太刀は特注品で、打刀は量産品である。 当然、両者には明確な価格差が存在した。 「備前長船に資料がありました」 「ああ、一大生産地だよな」 備前長船(現岡山県瀬戸内市)は有名な刀鍛冶流派だ。 「注文刀の平均は約一貫と七五文(11万1,500円)でした」 「具足と比べると安いな」 「まあ、受け取ってから鞘に装飾などを施す費用は別経費ですから」 「それでも安いのう」 昶は忠流が脇に置いている太刀を見遣る。 「具足と違い、刀は消耗品ですからね。神社に奉納する御神刀となればまた別かもしれませんが」 「あまり高すぎては実用性に乏しい、ということかの?」 「その通りです」 昶の理解に幸盛が首肯した。 「注文刀の平均がこれくらいとすると数打刀はもっと安いか」 「職人見習いも動員できるでしょうし、玉鋼の材質も低級にできます」 一振当たりの人件費、材料費、加工費が注文刀よりも安く抑えられるであろう。 「仮に注文刀の一割とすれば、打刀は一〇八文(1万1,150円)くらいになるでしょう」 「足軽の御貸具足より安いな」 「あちらは工程数も多く、なんだかんだ言って部品も多いので」 ******************************************************************************** 問一:刀の値段はいくらか 解二:注文刀(太刀):一貫七五文(11.2万円)、数打刀(打刀):一〇八文(1.1万円) ******************************************************************************** 「続いて槍なわけですが」 「わ、わたしです、ね!」 自身の値段付けが行われるということで、どこかビクビクしている紗姫。 「・・・・いえ、武将用は槍頭の形状、柄に差し込む部分の長さ、石突の形状などなど、違いが多すぎます」 当然、使用する材料費や加工費が大きく変動する。 「このため、ここでは一般的な長柄槍について扱います」 「・・・・しゅん」 武将用である片鎌槍である紗姫は、話題の対象にならないことに落ち込んだ。 「語る価値なし、らしいな」 「・・・・ぐふ」 昶の一言に、前のめりに倒れ、畳の上に転がる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 忠流は何か声をかけようとし――― 「・・・・・・・・・・・・・・・あー・・・・・・・・・・・・・続きを」 「かけないんですか」 ヘタレた主君にツッコミを入れた後、面倒なので幸盛も続けた。 ******************************************************************************** 問二:長柄槍はいくらか? ******************************************************************************** 「まず、これに関しては明確な資料は存在しませんので、これまでの応用編となります」 「応用・・・・つまりは仮説、推察ってことか?」 「はい」 「一意見、というやつです」と言った幸盛は立ち上がり、脇に置いていた長柄槍を持ち上げた。 「これは各種ある長柄槍の内、最大のものです」 全長三間半(約6.4m)、直径一寸強(約3.3cm)、内槍頭一尺(約30cm)。 材質は柄が杉製、穂が鉄製。 重量は比重から計算すると柄で500匁強(約2kg)、槍頭(および石突)で900匁強(約3.5kg)。 「まず、材料費です」 「木と鉄だな」 「はい。因みに木の伐採費、鉄鉱石の採掘費は無視します」 「まあ、そこまで気にしたら切りがないからな」 「おまけに柄の木材はその時にあるもので作るのが普通なので、この際無視します」 「おおざっぱだな」 因みに柄の材質になる木材は杉の他、松、ひのきなどの針葉樹林である。 「鉄九〇〇匁の価格は二八文(約2,865円)」 「これに加工費とか諸々に入れて三五文(約3,600円)とかにするか?」 「妥当なところですね」 忠流の算定に頷く。そして、続いてさらに脇に置いていた長柄槍を持ち上げる。 「こちらが最小のもので、同じ計算をします。違うのはやはり槍頭だけですが」 最小の場合の槍頭は5寸弱(約16cm)。 「ざっくり計算で二五文(約2,500円)といったところですか」 「だいたい平均を取ると三〇文弱ってところか」 「刀とかと比べるとずいぶん安いんじゃのう」 昶も長槍を持ち上げている。だが、重かったのか、すぐに下した。 「作りが簡単ですからね」 「槍と言いつつ、斬ったり刺したりの前に"殴る"が来る武器だからな」 繊細さの欠片もないのだ。 ******************************************************************************** 問一:長柄槍はいくらか? 解一:大きさによって前後するが、おおよそ三〇文(約3,000円) ******************************************************************************** 「さあ、続けて弓矢ですよ」 「重要な武器だな」 「ええ、今でこそ戦場で使う武士は少なくなりましたが、武士の歴史で欠くことのできない主要武器ですね」 「神器でもありますよ」 巫女である紗姫もよく触れたものだ。 「ああ、そうだな」 昶も元・斎宮として当然それを使っていた。 「刀と同じく、注文品と量産品があります」 前者は士分が、後者は弓足軽が使う。 当然、値段も異なる。 ******************************************************************************** 問三:弓矢はいくらか ******************************************************************************** 「まずは弓から行きます」 「やっぱ材質からか?」 「ええ、弓の主な材質は竹からなります」 現代では竹弓と呼ばれる弓が戦国時代では一般的だった。 「で、例のごとく資料がないので―――」 幸盛から表情が抜け落ち、眸の輝きも消える。 「現代のホームページに載っていた価格から考えていきます」 「「「は、はい・・・・」」」 注文品を15万円、量産品を4万円とする。 これを現代と戦国時代における刀の比較比率4倍を当てはめると、戦国時代における竹弓の注文品は3万7,500円、量産品は1万円。 「つまりは注文品三六〇文、量産品九六文となります」 「おぅ」 「続いて」 「え、まだその様子で続けるのか?」 「矢についてです」 矢は材料費、矢じりの研磨費、矢羽加工費などの費用がいる。 「現代において竹製の矢は1本当たり平均2万4,000円」 これを先程の比較比率を用いた場合、戦国時代では6,000円となる。 「ですが、これは質のいい、高級品の矢です」 戦場で扱うものは面制圧武器であるため、弓道で使うほどの質は求められない。 今回は刀の数打と同じく、10分の1の価値と仮定した。 「矢一本当たり約六文(600円)」 「ゲッ、割とするな」 弓は鉄砲より速射性に優れる武器である。 単位時間当たりの投射量は弾丸を上回る。 小規模な戦闘でも1万本ほど使えばそれだけで600万円である。 「戦争ってまるで銭をばらまいているみたいじゃの」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 昶のため息混じりの言葉に、戦争をする部将ふたりは黙り込んだ。 ******************************************************************************** 問三:弓矢はいくらか 解三: 武将用:三六〇文(3.8万円)、弓足軽用:九六文(1万円)。 矢一本当たり六文(600円)。 ******************************************************************************** 「さて、本日はこの辺りでしょうかね」 「ぐへぇ・・・・。なんか習えば習うほど、金が必要だって分かるな」 未だ寝転がったままの紗姫の隣に忠流も崩れ落ちた。 「ええ。ですから新田開発、経済発展、鉱山開発、貿易が必要になるのですよ」 「・・・・もしかして、今後にそれも・・・・?」 「はい、予定しています」 「ぐふっ」 畳に突っ伏したまま動かなくなる。 「やれやれ」 昶が首を振り、呆れた。そして、視線を幸盛に向ける。 「明日は火器じゃったか?」 「はい。鉄砲本体、弾薬、大砲を扱います」 「うむ。楽しみにしておこう。―――とうっ」 「「「ぐはっ」」」 昶が横っ飛びし、忠流と紗姫の上に落ちた。 なぜか昶も悲鳴を上げたが、打ちどころが悪かったのだろうか。 「・・・・えー、夫婦間のやり取りを尊重するということで、僕はもう行きますね」 関わってはいけないとばかりに幸盛は立ち上がり、足早に部屋を後にする。 「「「~~~~~ッ」」」 出ていく幸盛を見た女中が部屋の片づけに部屋に訪れた時、腰やら脇腹やら背中やらを押さえて悶絶する三人を発見した。 「ま、まさか御武殿がご謀反!?」 悲鳴と共に出回ったデマはすぐに沈静化したが、幸盛はその日、屋敷で祖父にしこたま怒られることとなる。 その時、「明日は覚えていてください」と怨嗟の呟きを残したという。 *************************************************************************************** まとめ
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