講義伍
「価値-俸禄および防具」



「―――さて、午後の部です」
「午前中は不覚を取ったが、午後はそうはいかんぞ」

 すました表情で講義開始を告げた御武幸盛に対し、鷹郷忠流が意気込んだ。

「そのやる気は講義内容の理解に注いでください」

 午前に頭を守り切った幸盛は取り合わない。

「では・・・・・・・・おや? おふたりは?」

 昨日から忠流と同じく講義を受けていた"霧島の巫女"・紗姫と皇女・昶がいなかった。

「奴らは用事があるんだと」
「・・・・そうですか。まあ、受ける必要のない方々ですからね」

 「御館様ひとりでも面倒だというのに」と続けた幸盛は教科書代わりの冊子を広げた。

「おい、聞こえたぞ」
「では宣言通り、『俸禄』についてです」
「無視か、おい」
「聞こえません」



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「当然ですが、大名が家臣を率いるには恩賞が必要になります」
「『御恩と奉公』、だな」
「はい。昔の制度とはいえ、我ら武士の基本精神です」

 御恩:領地や賃金、各種特権の保証を与える。
 奉公:御恩のお礼として主君を助け、さらにその褒美をもらおうと努力する。

「武士の場合は『知行』とも言いますね」
「その知行の大小が家臣内での上下関係にも影響するからな」

 家老には家老に見合った知行がなければ下に舐められる。
 とはいえ、世襲制である知行は親の功績でドラ息子がその上に胡坐をかく可能性もあるのだが。

「今回はさらに下、下級武士や足軽身分の俸禄について説明します」
「あー、上級武士と違って領地に紐付くわけではないからな。金が必要か」
「ええ。特に戦時に集める農民兵とは違い、狭義の意味の足軽は常備兵ですからね」

 足軽とは中世ヨーロッパの傭兵に似通っている。
 彼らを戦力化するには食料だけでなく、賃金(=俸禄)は必要になるのだ。

「因みに農民徴集は?」
「あれは税の一環です。まあ、戦が続いて約束している夫役を超えると追加で払うこともありますが、ここでは置いておきます」
「おう」


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問一:足軽ひとりの俸禄はいくらか
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「まあ、単純に考えて年一石以上はいるだろうな」
「なぜですか?」
「一石は一年間に消費する食料分なんだろう? さすがに食えなければ常備兵なんてやってられっか」
「素晴らしい回答です」

 満足そうに頷く幸盛。

「関東地方の大名にこういうことに関して筆マメなものがおりまして、その文章を参考にすると―――」

 1571年の関東・北条氏に岡本正秀という家臣(馬廻衆)がいた。
 その知行は60貫(北条氏は1貫=1.3石で計算)で、直轄15貫、士分4人に対してひとり5貫。そして、彼らに足軽10人が付くので足軽ひとり2.5貫という計算となる。
 因みにこの足軽は北条氏本隊を構成する馬廻衆足軽に相応しく、御貸具足・長槍といった統一具足に身を包む長槍足軽だ。
 さらに同時期の1569年に動員された鉄砲足軽は20人に対して100貫が計上されている。
 ひとり5貫計算だが、当時の鉄砲足軽は新兵器を扱う技能者だとすれば高給であってもおかしくない。

「本当にマメだな」
「ええ、独立独歩精神の強い坂東武士を統括するにはこれくらいのマメさが必要だったのかもしれません」
「因みに足軽には弓もあるけど?」
「弓も槍に比べると特殊技能ですが、狩猟みたいに必中を掲げるわけではありませんから」
「命中率はともかく、射るだけならそんなに技量はいらない、と?」
「はい」

 弓足軽に求められるのは敵を倒す命中率ではなく、敵を牽制する面制圧能力である。
 言わば弾幕射撃だ。
 簡単な話、矢を番えて敵に射ることができるならば合格。
 弦の力を矢に伝えられずに飛ばないのならば長槍足軽として編成する。

「というわけで、弓足軽も長槍足軽と同程度とここでは置きます」


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問一:足軽ひとりの俸禄はいくらか
解一:長槍・弓足軽2.5貫(3.25石)、鉄砲足軽5貫(6.5石)
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「では、そんな彼らが装備した武器の値段が次の話題ですね」
「けっこう種類があるんだが・・・・」
「そうですね。さっき御貸具足の話題が出ましたので、まずはこれですね」
「出たっけ?」
「長槍足軽の話題で説明しました!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「はいそこ、机に突っ伏して首を捻らない」

 机に突っ伏した忠流を起こすように幸盛は手を叩く。

「御貸具足の数はそのままほぼ兵数に直結するのです。動員兵力と関係するので理解してください」
「裸で戦に出させるわけにはいかないからな」
「そうなると被害が甚大になりますからね」

 些細なことで怪我をしてしまうし、本来なら防げた怪我が致命傷になりかねない。

「これを理解して無理な動員数を命じないでください。奉行が卒倒します」

 幸盛は冊子をめくりながら続けた。

「うぇーい・・・・」


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問二:甲冑はいくらか?
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「御貸具足じゃねえのかよ!?」

 出題用紙を畳に叩きつける。

「ああ!? 墨が・・・・ッ」

 飛び散った墨を手拭いで慌てて拭く幸盛。

「あ、悪い」
「気を付けてください。掃除する女中に怒られますよ」
「・・・・だな」

 城の奥座敷を掃除する女中に使用法で怒られる大名とその側近。
 平時の力関係がうかがえる。

「えー、まあ・・・・。実は御貸具足についての資料が見つからなかったので」
「甲冑ならあったのか?」
「ええ、とはいえ、明珍派のものだけですが」
「甲冑師として有名な家だな」

 明珍派資料には時代は不明だが、大名用が100両、侍大将用が50両と記されていた。
 この時代が江戸初期とすると、金1両は永楽通宝1貫(=1,000文)のため、貨幣換算だと大名用が100貫(=1,178万8,000円)となる。

「高ッ!?」
「いえ、あの、あなたが着ている甲冑がこれくらいするんですよ?」
「おおう、そうだった」
「で、大名用は当然機能だけでなく、意匠にも凝っています。一方、中級・下級武士はそれほど意匠に凝っていません」

 大名の半分が上級武士である侍大将。
 ならば中級武士を大名の10分の1に、下級武士を侍大将の10分の1にすればどうか。

「さらに足軽用の御貸具足は陣笠に胴丸、草摺。金属量も減らすとすると下級武士の一割程度で用意できると仮定します」

 そうすると、中級武士は10貫、下級武士は5貫、御貸具足は500文となる。

「先程、関東の下級武士の俸禄を説明しましたが、だいたい年収の三割ほどを使って甲冑を用意することになりますね」
「高いってもんじゃないな」

 年収には生活費も含まれているため、毎年買い替えることは不可能だろう。

「でもまあ、命を守るものですし」


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問二:甲冑はいくらか?
解二:
 大名用100貫、侍大将用50貫(明珍家文章)
 仮設:中級武士用10貫、下級武士用5貫、足軽具足(御貸具足)500文
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「さすがに早見表が欲しいな」
「最後のまとめで示しますよ」

 こめかみに指を当てて唸っていた忠流がハッとしたように顔を上げた。

「俺が出陣した場合、甲冑で100貫くらいするんだよな?」
「そうですね。まあ、基本使い回すので出陣ごとに新調はしませんが」

 「何が言いたいのだろう?」と首を傾げる幸盛。

「じゃあ、俺の俸禄は?」
「ありません」
「なんでだ!?」

 力いっぱい叫ぶ忠流。

「御館様は誰にも雇われていませんから、俸禄は発生しません」
「じゃあ、龍鷹侯国の金は俺の自由に使えるわけだな」
「させません」
「それもダメか!?」

 させないというまさかの阻止宣言。

「御館様、国家予算を使って何をするつもりですか?」
「え? えー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・買い食い?」
「さんざん悩んでそれですか。っていうか、そのために抜け出すんですね?」
「いや、や、市井調査だって。世間を知っとかないとうまい政治できないだろう?」

 詰め寄る幸盛に冷や汗を流しながら言い訳する忠流。

「尤もなことを言って、やっていることはただの脱獄・・・・もとい脱走ですよ」
「おい、今脱獄って言ったな!?」

 逆に詰め寄る忠流に幸盛は目を逸らした。

「さあ何のことでしょう。―――ところで、御二方の用事って?」
「外で屋台の食い物を調達してくること―――ハッ!?」
「なるほど。だから、あそこで茂兵衛殿が困った顔で控えているんですね。・・・・顔は見えませんけど」

 忍びの頭が雰囲気で困っていることを示す場合、たいていは忠流やそれに準じる立場の者が鹿児島城から脱獄した場合だ。
 忠流がここにいる以上、それ以外となる。

「で、何を買わせに?」
「薩摩地鶏の串焼き」
「いいですね、今日の晩御飯はその押収品にしましょう」
「盗るなよ!?」

 普段とツッコミを入れ替えたやり取りはホクホク顔でふたりの少女が戦利品を抱えて帰ってくるまで続いた。






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まとめ
各身分の俸禄
身分 北条氏換算 石高換算 円換算
下級武士家 60貫 78.0 486万
 本人 15貫 19.5 117万
 下級陪臣 5貫 6.5 39万
 槍・弓足軽 2.5貫 3.25 22.5万
 鉄砲足軽 5貫 6.5 39万
 農民兵

甲冑の価格(斜字は仮説)
  大名 上級武士 中級武士 下級武士 足軽
(御貸具足)
価格 100両 50両 10両 5両 500文
円換算 1,178.8万 589.4万 117.9万 58.9万 5.9万
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