講義肆
「価値-金属」



「―――えー、昨日に引き続いて講義します」

 兜の一種である筋兜をかぶった御武幸盛(ミブ ユキモリ)が朝のすがすがしい空気の中で言った。
 相対するのは相も変わらず主君――鷹郷忠流(タカサト アツル)だ。
 とはいえ、昨日と同じく"霧島の巫女"・紗姫と皇女・昶(アキラ)もいる。

「なんで戦場でもないのに兜してんだ?」
「いついかなる時も警戒を怠ってはいけないと昨日学びましたので」
「質素な兜じゃな。派手さが足りぬ」
「前立や脇立は重いので外しました。講義に派手さはいりません」

 皇女の言葉に返事して、幸盛は教科書代わりの冊子をめくった。

「本日の議題は『金属』です」




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「我々の生活や戦闘に金属が欠かせないことは理解していますよね?」
「そうだな。銭も武器も金属でできているからな」

 忠流が当然とばかりに頷いた。

「金銀銅は貨幣として、鉄や鉛は武器として用いられますね」

 金銀銅は貨幣として鋳造され、経済活動の基盤となっている。
 鉄は刀槍の刀身や鉄砲の銃身、さらに生活器具の鉄器の基となっていた。
 鉛に関してはもっぱら弾丸だ。
 さらにはそれぞれの金属を混ぜ合わせた合金も広く使われている。

「さすが槍娘。貴様も金属でできているから分かるのか?」
「あなたの目は節穴ですか? どこをどう見たら私が金属に見えるんですか?」
「えーっと、見た目?」
「硬そうだと!? じゃあ、触ってみればいいです! 私だって柔らかいんですからぁ!」

 紗姫は叫びながら昶に飛び掛かった。

「で、金属がどうした?」
「あ、続けるんですね」

 ドッタンバッタンとキャットファイトを繰り広げる少女二人を放置し、忠流が先を促す。

「いつものことだし、話が先に進まないだろ」
「御館様がやる気で涙が出てきます」
「・・・・・・・・・・・・帰るぞ」
「冗談です。では出題しましょう。まずは金銀銅からです」


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問一:金属(金・銀・銅)の単位当たりの価格はいくらか?
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「いきなりだな!? なんの予備知識も植え込まず!?」
「冒頭でページを使い過ぎたと」
「ページ?」
「気にしない方向でひとつ」

 忠流は首を捻るが、幸盛は取り合わない。

「概念的に、金>銀>銅ではないかの?」
「そうですね。銀や銅はいっぱい採れるので安そう」

 昶と紗姫がお互いの頬を掴みながら言った。

「御二方とも当たりです」

 それで取っ組み合いは終わったらしく、忠流の両隣に腰を下ろす。

「まあ、具体的な数値ではありませんでしたが、正解と言うことで」
「そもそも金銀銅はそれだけで取引できるから、いくら?と聞かれてもなぁ」
「朝廷はそんな貨幣制度崩壊を嘆いているんですけどね。―――さて、各金属の値段をこちらに示しますね」


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問一:金属(金・銀・銅)の単位当たりの価格はいくらか?
解一:同量の米に対して金は1,2500倍、銀は1,250倍、銅は6倍(1580年頃)
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「「1580年?」」
「その辺りの疑問は無視でーす」

 少女二人の疑問を切り捨てて続ける。

「前にやった米の価格から計算できるってことか」
「その通りです」

 忠流の言葉に笑顔で答える幸盛。

「・・・・これから計算するんだったら、これは答えじゃないだろ」
「あ、笑顔のまま固まった」
「確かにな。換算式を予備知識にして、計算を問題にすれば間違いがなかったな」

 少女二人の追撃に幸盛は胸を押さえて冊子に突っ伏した。

「えーっと、金一石(150kg)に対して米一万二五〇〇石分の価値ってことだな」
「金一石とはすごい量だな」
「でも一万石ぐらいにしかならないんですね」
「お前らうるさい。気が散る」

 筆と木札を持って計算していた忠流が顔を顰める。

「えーっと・・・・」

 米一万石(150kg)=6万円(=578.8文)。
 これの12,500倍は7億5,000万円(=7,235貫)。
 金1g当たりに換算すると約5,000円(=48.2文)。
 一匁(3.75g)当たりに換算すると180.8文(=1万8,750円)。

「一匁当たり約一八〇文か。そして、その一割程度の価値である銀は十八文か」
「そして、銅は米の六掛けだから・・・・・・・・あら? 一匁当たり一文もしない・・・・?」
「一貫当たり約九〇文ってところじゃな?」

 銅は1kg当たり2,400円。
 つまり、一貫(3.75kg)当たり9,000円。
 これは86.8文となり、昶の計算は合っている。


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問一:金属(金・銀・銅)の単位当たりの価格はいくらか?
解一:同量の米に対して金は1,2500倍、銀は1,250倍、銅は6倍(1580年頃)
金 銀 銅 文換算 180.8文/匁 18.1文/匁 86.8文/貫 円換算 5,000円/g 500円/g 2,400円/kg *****************************************************************************************


「金が圧倒的に高いことが分かるな」
「確かに金と比べると銅が文字通りの桁違い」

 忠流と紗姫が感心したように頷く。

「だが、砂金でも匁単位を集めるのは大変だぞ」

 昶が隻眼を幸盛に向けながら言った。

「如何に薩摩に金山があろうとも、な」
「・・・・えー、鉱山については別の機会に・・・・」

 昶の実家――桐凰家の領地には金山はない。
 それはつまり、金から得られる莫大な収入が存在しないということである。

「それでは残りの鉛と鉄ですね」


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問二:金属(鉛・鉄)の単位当たりの価格はいくらか?
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「いや、だから問題が唐突すぎる・・・・ッ」
「まあ、問いというより題目ですね」

 忠流のツッコミをさらりと流し、幸盛は続ける。

「国内に流通する鉛はほとんどが輸入なことはご存じですか?」
「そうなのか?」

 意外そうに反応したのは昶だった。
 左目を丸く見開き、珍しく全身で驚きを表現している。

「鉛が鉄砲玉として用いられるようになるのは最近なので、鉱山開発が進んでいないだけなんですけどね」

 鉄砲伝来から数十年経つが、ここ十数年における爆発的普及が消費弾丸数を増大させた。
 結果、国内生産では追い付かず、硝石と共に輸入した方が早かったのだ。

「その輸入実績かつ南蛮諸国の仲介料を抜いた額は一〇〇斤当たり銀四五匁」

 銀四五匁=八一四文と半文(=約8万4464円)
 つまり、鉛一斤(600g)当たり約八文(=約845円)。

「貫換算にすると約二一文。銅の4分の1程度か」

 昶がさらっと比較計算した。

「意外と高いな」

 忠流が唸る。

「弾丸の再利用できればいいのかな?」
「それだ。研究させよう」

 紗姫のアイディアに忠流が頷いた。

「そして、鉄の場合は米との比較から『鉄1貫=米0.53斗』とする研究があります」

 米一斗とは10分の1石である。

「・・・・つまり、鉄一貫は約三一文ということじゃな」

 現代価格だと鉄1貫(3.75kg)当たり約3万1,800円。
 1kg換算だと846.4円となる。


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問二:金属(鉛・鉄)の単位当たりの価格はいくらか?
解二:
鉛 鉄 文換算 21.4文/貫 30.7文/貫 円換算 592.4円/kg 846.4円/kg *****************************************************************************************


「さて、金属はこれくらいですかね」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「え、なんですか、皆さん。そんなに僕の頭を見つめて。なんか昨日もあった光景ですけど!?」

 頭を隠すように手をやり、幸盛は不安そうに頭上を見上げる。

「・・・・えっと、なぜ洗濯桶が天井からぶら下がっているのでしょうか?」
「さすがに四度目は偶然でもないだろうな、と思ったから」
「偶然がないならば作り出せばよいじゃろ?」
「これで必然です!」

 ふんすっと鼻息荒く、両脇に握り拳を作ってまで言った紗姫に白い眼を向けた。だが、さすがに失礼だと思い、幸盛はそっと座る位置を調整する。

「「「ああっ」」」

 それを見て三人が残念そうな声を出すが、無視した。

「次は俸禄と個人武器の値段についてお教えしますね」

 幸盛は付き合っていられないと立ち上がり、慎重に洗濯桶を回避して出入口に向かう。

「今日はオチなしです」
「チッ」
 忠流の舌打ちを背に幸盛は頭部注意空間から抜け出した。



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まとめ
金 銀 銅 鉛 鉄 文換算 180.8文/匁 18.1文/匁 86.8文/貫 21.4文/貫 30.7文/貫 円換算 5,000円/g 500円/g 2,400円/kg 592.4円/kg 846.4円/kg
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