講義参
「価値-食糧」



「―――で、では貨幣の価値を理解していただいたところで・・・・」

 蒼い顔で気丈に講義を続けるのは御武幸盛(ミブ ユキモリ)だ。
 主君に殴打されて気絶し、先程目を覚ましていた。
 なお、気絶中も特に誰も介抱していない。
 痛む頭に顔をしかめながらも手元に用意した冊子をめくっていた。

「俺が言えた義理ではないが、医務室に行かなくていいのか?」
「本当に言えた義理ではないの」

 心配したのは主君――鷹郷忠流(タカサト アツル)。
 それにツッコミを入れたのが皇女・昶(アキラ)。

「まあ、この人と違って健康優良児ですから大丈夫でしょう」
「健康優良児っていろいろ語弊がないかの?」

 忠流に同調したのは"霧島の巫女"・紗姫。
 その発言もどこかズレており、昶にツッコミを受けたが、忠流も紗姫も気にしなかった。
 昶自身も省みられるとは思っていなかったため、特に気にはしなかったのだが。

「僕の価値ってこの人たちにとって何文くらいなんでしょうか・・・・」

 主君たちの会話にさめざめとした涙を流した。




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「兵ひとり、一日養うのにどのくらいの食糧が必要か理解していますよね?」

 しばらくしくしくと泣いていたが、一向に慰めの言葉がかからない。
 それ故に幸盛はひとりで立ち直っていきなり質問をぶつけた。
 その口調はどこか挑戦的であり、視線は忠流に固定されている。

「ふむ、兵一日に必要な食糧か・・・・。それは物として? 重量として?」
「どちらも、です。何がどの程度必要でしょう?」


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問一:兵一人に対し、一日で必要な食糧(品目等)はどの程度の量が必要か
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「米二合くらい?」
「いやいや、さすがに一汁一菜はつけてやらんとかわいそうだろう」

 世間知らずの紗姫と昶がひそひそと話す中、忠流は自信満々に言った。

「米六合。後、十人でひと月塩一合・味噌二合だ」
「正解です」
「ふふん、たまに正体隠して兵と同じ飯食ってるからな」
「・・・・脱走時、そうやって身を隠していたんですか・・・・」


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問一:兵一人に対し、一日で必要な食糧(品目等)はどの程度の量が必要か
解一:
 米六合、十人でひと月塩一合・味噌二合
 つまり、米六合(900g)、塩0.003合(比重2.18、1.31g)、味噌0.007合(比重1.2、1.44g)となり、重量は約0.9kg
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「えー、そんなに米は食えません。後、おかずがない」
「基本的に配給された食糧をどう料理するのかは兵次第だ」

 米を酒にする奴もいるし、味噌を味噌汁や焼き味噌にするものもいる。
 尤も米は渡し過ぎると全て酒に変えてしまう奴らがいるため、必要量だけ配給するようにしているが。
 この米も基本的には白米だ。
 普段は粟や稗といった雑穀を口にする農民は、この白米を食べられることに魅力を感じて兵役を負っている節もある。

「ついでに言っておくと、馬一頭には大豆二升、糠二升(比重を大豆0.64、糠0.39とすると2.3kgと1.4kgで計3.7kg)が必要です」
「その辺の草じゃダメなんですね」
「行軍中は放し飼いにできないからな」

 理由はそれだけではないが、馬にもしっかり食べさせないといざという時に困る。

「米俵は一般的に四斗だから四〇〇合に相当するから・・・・米俵一俵で六六~六七人の兵を一日養える、と」
「兵一万だと一五〇個近くいるぞ、おい」
「わー、大変ですね」

 昶と忠流が計算した量に、紗姫は目を見開いて驚いた。
「量もさることながら、値段も気になるところですよね? では、次はこれにどのくらいの費用がかかるか、です」


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問二:兵一人に一日で必要な食糧(品目等)はどのくらいの費用がかかるか
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「えーっと、米一石が五八〇文くらいだから・・・・」
「一合は一石の千分の一なので・・・・十分の六文ですね」

 忠流と紗姫が指を折って数える。
 なお、ただの桁数変換なので指折りはあまり意味がない。

「じゃあ、米だけでおおよそ三文と十分の六文か」
「単位計算が面倒なので、米一合を60円としてください」

 幸盛の言葉に「円・・・・円か・・・・」と呟きながら忠流は従った。

「じゃあ、米だけで360円だな」
「残りは塩と味噌ですか・・・・」
「値段が分からん」

 米と違い、もっと大きな単位で売買されるそれの一日分の値段など想像できない。

「まあ、そうでしょうね。だから助けを上げます」

 幸盛はどこかぼうっとした表情のまま続ける。

「『多門院日記』には米一合に対し、塩が二勺(0.2合)、味噌が八勺(0.8合)分の価値と言っています」

 つまり、塩一合は12円、味噌一合は48円。

「えーっと、そういうことは・・・・」

 一日に必要な塩の量は塩0.003合、味噌0.007合なので、塩0.036円、味噌0.336円。
 これを米360円と足し合わせると、360.4円。
 ほぼ米代だ。


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問二:兵一人に一日で必要な食糧(品目等)はどのくらいの費用がかかるか
解二:約360.4円
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「つまり、兵一万を一日養うのに360万4,000円かかるのか・・・・」
「えっと、貫換算をすると・・・・」

 忠流は計算しやすいように100円=一文とした。

「36,040文。つまり36貫か。割とかかるな」

「それに給金、御貸具足なども必要ですから、軍を維持するのに莫大な金が必要と言うことが分かりますね」

 忠流と幸盛が同時に重いため息をつく。

「どうにかして稼がないといけないな」
「そうですね」

 ふたりの脳裏に色々な金策が浮かんだ。

「お天道様に顔向けできる方法を頼むぞ」

 それに嫌な予感を抱いた昶が苦言を呈す。

「太陽に目を向けると目が潰れるじゃねえか」

 それに屁理屈を返した忠流は幸盛に聞く。

「ついでに、馬は?」
「馬は甲斐の記録で大豆が一升二〇~七〇文したとあります。まあ、豊作や飢饉により価格が変動していると考えられます」
「だろうな」
「そこでおおよそ米の六割程度と仮定しますと―――」

 大豆1kg=240円。
 糠は資料がないため、現代と同じ1kg=50円とする。

「馬一頭一日に622円ですね」
「兵の二倍弱か・・・・」

 もう面倒なので"円"には突っ込まない。

「武具や給金がいらないことからすると安上がりかもしれない」

 紗姫はそう言うが、馬も鐙や轡などの馬具が必要だ。
 軍馬ならば簡単な馬鎧も用意しなければならないだろう。
 確かに給金は必要としないが、そもそも徴兵された兵への給金などほとんどない。
 彼らの兵役は義務であり、見返りは日々の食糧が大半なのだから。
 給金が発生するのは傭兵――本来の意味での足軽――だけだ。


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おまけ:馬一頭が一日に消費する飼料の価格は
解答 :約622円
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「さて、今日はこれまでですかね」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「え、なんですか、皆さん。そんなに僕の頭を見つめて」

 頭を隠すように手をやり、幸盛は不審そうに三人を見遣る。

「何かが落ちてきて、お前の意識を刈り取るのはいつかな、と」
「お約束としては三度ありますから」
「おぬしも覚悟しておらんと舌を噛むぞ」

 打てば響くとばかりに即答する三人。

「・・・・お約束のために僕の頭を殴らないだけ、理性があってよかったです」
「「その手があったか!」」
「ってはい、槍を持たない!」

 瞬時に槍へと転じた紗姫を手に立ち上がる忠流を制す幸盛。
 だが、中途半端に腰を浮かせたのが悪かった。
 ずっと正座で血行が悪くなっていた彼の足は、急速に血管に流れ込んだ血に耐え切れない。
 つまり、足が痺れた幸盛は畳の上で盛大にすっ転んだ。

「ガフッ」

 目の前の机に頭を打ち付け、彼は三度気絶する。

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 四者二様の沈黙の中、顔を見合わせた三者――忠流・紗姫(槍)・昶は一様に頷いた。

「俺たちは今日はいっぱい勉強した。いいな?」
「うむ」
『いやぁ、為になりましたね』

 彼らはそのまま踵を返して退出する。
 後に部屋を掃除しに来た侍女が発見するまで、幸盛はその場で倒れ伏していた。



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まとめ
単位あたりの1日必要食糧量・費用
人 馬 一日に必要な食糧 米6合、塩0.003合、糠0.007合 大豆2升、糠2升 比重 0.83、2.18、1.2 0.64、0.39 重量 900g + 1.31g + 1.44g ≒ 0.9kg 2.3kg + 1.4kg = 3.7kg 費用 360 + 0.036 + 0.336 = 360.4円 552 + 70 = 622円******************************************************************************************










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