講義弐
「貨幣」



「―――では、気を取り直して講義を続けます」
「前回気をやったのはお前だがな」

 進行役の御武幸盛(ミブ ユキモリ)の開口一番に食いついたのは、脇息に体を預ける侯王・鷹郷忠流(タカサト アツル)だ。
 今日も今日とて体調が悪そうだが、これが平常運転なので、体調を理由とした休講はない。

「前回は米が経済を支えていることを述べました」
「石高制というやつじゃな」

 前回の振り返りに反応したのは皇女・昶(アキラ)。
 忠流の右隣に座り、右手で右眼帯の位置を調整している。
 態度はともかく、聴く気はあるようだ。

「本当は石高制の前に採用されていた貫高制もあるのですが、過去の物なので省略です」
「イエーイ、短縮ばんざーい」

 陽気な言葉を抑揚のない口調で言ったのは巫女・紗姫(サキ)。
 発言と共に振り上げた両手を下す際、右手が忠流をぶっ叩いた。

「ふぐっ」

 脇息を吹き飛ばして忠流が畳へ沈む。しかし、彼の顔面は正座した紗姫の腿へと着陸した。

「おおう、頭は痛いが頬は至福の感触」
「~~~~~~~~~~ッ」

 思わぬ膝枕状態を堪能する忠流と声にならない悲鳴を上げる紗姫。

「・・・・で、今回の講義内容は?」

 自分も忠流に倒れ込んでやろうかと考えた昶が、ため息をつく幸盛に気付いて先を促す。
 それを受け、幸盛は容赦なく話を前に進めた。

「先程省略した貫高制ですが、貨幣、特に銭貨については少し触れておきます」



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「―――銭貨って言うと、これのことか?」

 頬に紅葉を咲かせた忠流が懐から小銭袋を取り出し、机の上に広げた。
 そこから出てきたのは永楽通宝――永楽銭とも――だ。
 円形で中央に正方形の穴が開けられ、「永樂通寳」の文字が刻印されている。
 材質は主に銅だ。

「そうそれです」
「確か『一文』や『一貫』といった単位で数えられるの」

 昶も袂から取り出した銭貨をまじまじと見る。

「米が経済を支えていると言いましたが、別に物々交換をしているわけではありません」
「そだね」

 紗姫がコクリと頷いた。

「ええ、あなた方が城を抜け出して城下で買い物をしているように―――」

 サッと三人が目を逸らす。

「この銭貨は有効です」

 いちいちこの程度でツッコミを入れていては進まない。
 そう判断した幸盛は気にせず続けた。

「では、米一石買うのにこの銭貨はどのくらい必要ですか?」



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問一:米一石はどのくらいの銭貨と等価か
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「ビタ銭じゃあなく、正規の銭で、だよな?」
「ええ」

 ビタ銭とは中華帝国が正規に製造したものとは別の方法で作られた銭貨のことで、貫高制衰退の一端にもなった貨幣だ。
 一種の贋金だが、正規通貨の流通量が少なく、今でも一定の価値がある。

「米がどの程度の経済価値かを知るために必要な知識じゃな」
「ええ、円? はちょっと分からないから」

 昶と紗姫は質問の意図を正確に理解はしていたが、やはり世間知らずか全く値段の想像ができないでいた。

「ううむ・・・・」

 一方、曲りなりにでも兵糧不足を金銭で解決しようとしたことのある忠流は必死に考えている。

「ってか、時期によって違わねえか?」
「まあ、そうですね」
「おい!?」



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問一:米一石はどのくらいの銭貨と等価か
解一:時期によって異なる
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「米の在庫が減る夏は一般的に高く、収穫直後は安いです。また、年によっても豊作や飢饉によって変わります」
「国によっても違うわな」
「はい。米の生産量の多い地域や物流が盛んな地域では安く、その逆では高いこともあります」

 当然である。
 現代においても食料品の価値は一定ではない。
 米と銭は言わば物流要素を含む変動制なのだ。

「一般的に一貫は二石に相当するとされていますが、先も述べた地域性もあります」
「一貫は一〇〇〇文だから、一石当たり五〇〇文ってことだな」

 幸盛の言葉に忠流が計算する。

「ということは、これ一枚で、お米が半斤買えるってことですね」

 一斤は600gなので、半斤は300g。
 2合弱といったところか。

「結構やるな、こいつ」
「ええ、意外です」

 金銭感覚と言うものが芽生えてきたのか、己が持つ一文銭をまじまじと見る。

「ただですね、石高制に移行した云々や農業改革の結果、一貫が二石ってのは崩壊しつつあります」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 幸盛の言葉に紗姫と昶が脱力して横に倒れた。
 狙いは共に忠流の膝の上であったため、仲良く頭を打ちつけ合う。
 ゴンッとそれはそれは痛そうな音が鳴った。

「それでですね、これから話すことにこういう変動を持ち込むと訳が分からなくなるので、一定期間の平均値を使うことにしましょう」
「ま、そうだな」

 忠流は膝の上で悶絶するふたりを無視し、幸盛と話を進める。

「おおよそ前五〇年ほどの情報から判断しようと思いますね」
「妥当だな」

 そこまで長い期間ならば不作や豊作による変動を包括できる。

「ただ、うちにそんな情報があったか?」

 龍鷹侯国は薩摩を本領とするため、列島の端の端だ。
 西海道はともかく、それ以東の情報集積がされているとは思えない。

「米は『データ』がありますので、戦国時代後期の数値を用いることとします」

 そんな忠流の疑問を無視し、幸盛はどこかに魂を飛ばしたような表情で言葉を続けた。

「国立歴史民俗博物館の『古代・中世都市生活史(物価)』データベースにおける1550~1600年の米物価平均は1石当たり578.8文ですね」



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問一:米一石はどのくらいの銭貨と等価か
解一:時期によって異なる
補足一:一般的に一貫=二石。つまり、米1石=500文
補足二:
 国立歴史民俗博物館の『古代・中世都市生活史(物価)』データベースにおける1560~1600年の米物価平均は1石当たり578.8文
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「なお、現代価格算法による米1石=6万円から計算した1文の価値は―――」

 1石=578.8文=6万円。
 1文=103.7円。

「おおよそ100円玉と同じ、となりますね」

「もう駄目だな、あいつ」
「うむ、帰ってこれんの」
「なら、いっそのこと・・・・」

 どこかに魂を飛ばしたままの講師を横目で見ながらひそひそと相談する生徒たち。

「セアッ」

 代表して忠流が鞘に入れたままの脇差を振りかぶった時、幸盛が我に返った。

「ハッ!? 僕はいったい何を―――グフッ!?」
「あ、戻った」
「・・・・遅かったな」

 それに気付くことのなかった忠流に殴り倒され、幸盛は意識を彼方に放り投げる。

「しかし、二度とも気絶ネタで閉幕とは適当な」
「これは三度目の気配もするのぉ」

 少女ふたりの感想に、遠い世界のとある人物が胸を一突きされたのは別のお話。



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まとめ
 米一石の平均物価:地域差・季節差・年代差があるが、ここでは578.8文(=6万円)。
 銭一文の価値:103.7円。
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