「北伐」



 筑前国福岡城。
 西海道だけでなく、西国でも有数の巨城である。
 梯郭式の平山上で、丘陵地に本丸を築き、その南西から北東へ囲むように二の丸が、その二の丸を西から北東に三の丸が囲むように築かれていた。
 また、水を防衛に活用している。
 東方に那珂川、西方に草ヶ江干潟が位置し、堀に見立てた那珂川には高石垣が南北に走る。そして、北方には博多湾まで続く大規模な城下町が広がっており、南方には城を築いたような丘陵地が点々としていた。
 また、さらに南東方面の主要街道との間に那珂川が流れ、南西方面には脊振山地が聳えている。
 広大な福岡平野を城下町と農地に利用し、那珂川が天然の堀と化すこの城域は総構と言えるほど攻めにくいものだった。

 この天然の要害と城単体が高い防御力を持つ福岡城を窺う勢力は、北東からは名島・立花山城を、南南東からは大宰府を、西からは室見川西岸の姪浜城を拠点にするしかなかった。






「―――ここが大宰府か」

 陸奥の多賀城と並び、西国に置かれた一大行政機関が大宰府だ。
 この機関が置かれた地域の名前も大宰府と言い、朝廷の支配が薄れ、幕府によって九州探題が設立されても役職は残った。
 大宰府に関連する役職は虎嶼家が任官されるものとなっており、虎熊宗国が北九州地方を支配する大義名分となっている。
 故に大宰府の地は虎嶼家にとって本貫地とも言える重要な地だった。
 だが、今現在、鷹郷侍従忠流率いる龍鷹軍団が一帯を支配化に置いていた。

「見事に廃墟と化したなぁ・・・・」

 忠流が遠い目で、死者の埋葬や負傷者の治療に当たる麾下の兵を眺める。
 すると、隣にひとりの少女が並んだ。

「盛者必衰とは言え、哀れじゃの」

 シャリンと鈴を鳴らす少女は、"鈴の音"だ。

「地獄みたいな戦いだったからな」

 今回の戦いはこれまでの戦いの常識を根底からひっくり返した、まさに異種戦争と言うべきものだった。

「こちらの被害は数万か・・・・」

 忠流が頭を抱え、それに"鈴の音"が追い打ちをかける。

「おまけに黒幕は取り逃したしね」
「ぐふっ」

 損害に見合う戦果を得られなかった事実を指摘されると、指揮官としては痛い以外の何物でもない。
「ま、まあ、対処法が分かれば今後は楽なはずだ」


「―――そのための情報解析が山積みですけどね、兄上」


 懐かしい声に振り替えれば、そこには直弟である燬羅橘次郎従流が大量の小冊子を抱えた小姓を従えていた。

「お久しぶりですね」
「おう、元気そうで何より」

 従流が歩み寄ると、"鈴の音"が踵を返す。
 視界の端でそれを認めた従流は目礼して見送り、兄に向き直った。

「この件に関しては、僕が担当ということでいいのですよね?」
「元・坊さんとして、頑張ってくれ」
「もう何年も前のことなんですけどね」

 髪がフサフサになった頭を撫で、従流が苦笑する。

「ですが、兄上。対外的には僕は国外追放されたことになっていますけど」
「ああ、そうだったな」

 小さくため息をついて忠流は従流に言った。

「戻ってこい。―――姓を"鷹郷"に戻し、刑部卿に任じる」

 刑部卿とは忠流が兼務していた、諜報機関のトップである。
 列島を襲う未曽有の事態に対応するため、忠流は側近中の側近である弟をその任を任せたのだ。
 同時にその任は汚れ仕事の責任者とも言える。
 謀略家として信頼が置けないと評される忠流の代わりと考える輩の神輿になり得なかった従流。
 その従流に穢れてもらうことで担ぎ上げようとする者たちの大義名分をなくす。
 反乱の神輿ではなくすことで、追放した弟を迎え入れるのである。

(政治の世界は面倒だな)

 肩をすくめて苦笑した忠流に、同じ苦笑を返す従流。
 その視線が忠流の後ろに流れた。

「今、良いかの?」

 何やらもじもじしている"霧島の巫女"・紗姫の背中を押し、皇女・昶がニヤニヤと笑みを浮かべて聞いてくる。

「どうぞ」

 従流が一礼して一歩引いた。
 それを見て、忠流は己の妻たちに向き直る。

「で?」

 どうやら話があるのは昶ではなく、紗姫の方のようだ。
 両手をお腹に当て、顔を赤くしている。
 口も開閉を繰り返し、言おうか言わまいか逡巡しているようだ。

「ほれほれ、早く言うのじゃ」

 その背を押す昶は楽しそうに笑っている。
 その顔を睨みつけた紗姫はそのままの目つきで忠流に向き直った。
 さらに一歩距離を詰めて来る。

「あの!」
「お、おう」

 あまりの必死さに後退ろうとしたが、袖を掴まれて逃亡を阻止された。そして、紗姫は左手をお腹に当てたまま、右手で忠流を引き寄せる。

「えっと、驚かないように」

(自信ないなぁ・・・・)

 ここまでもったいぶられたのだ。
 きっととんでもないことなのだろう。
 何よりニマニマしている昶の存在が怪しすぎる。

「じゃあ、言うね」

 人払いは済ませてあるが、それでも人に聞かれたくないのか、耳元に口を寄せ―――言った。



「―――――――」
「―――っ!?」






 紗姫による衝撃発言の時より、物語は鵬雲五年十月まで遡る。
 建国以来列島国家の防壁とあり続けた龍鷹侯国が、初めて領土欲を隠さずに他国へ侵攻を開始した。
 その対象は同年四月に破滅的打撃を与えた豊後・銀杏国。
 西国随一の軍事力を誇った虎熊軍団を押し返した龍鷹軍団は、日向口および肥後口より大挙として豊後へと足を踏み入れる。
 それは後に北九州を覆う大乱への序章だった。










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