「天才の帰還」/七
武雄の戦い。 鵬雲六年七月六日に肥前国武雄で交わされた、燬峰軍団と虎熊軍団の戦いだ。 ただし、より正確に言うならば燬峰軍団とその援軍であった龍鷹軍団と、武雄の旧領主・後藤氏との戦いだった。 忠流が率いる龍鷹軍団のような戦場迂回機動を従流が実施し、約二〇〇〇を後藤勢の背後に進出させた。 この時、後藤純忠の元には旧臣ら一〇〇〇が集い、武雄城奪還のために準備を進めているところだった。 武雄城に籠もる燬峰軍団は合流に失敗し、おおよそ三〇〇だった。 当初は五〇〇いたが、城外で活動させていたが、次々の蜂起した後藤旧臣に阻まれていたのである。 後藤純忠は優位に立っていたが、背後に現れた龍鷹軍団を見て、それが崩れた。 彼は武雄城と龍鷹軍団の双方に対応するために、陣替を行ったのである。 それを見逃す歴戦の相川舜秀らではなかったし、戦場から長く遠ざかっていたが、従流ですらはっきりと勝機が見えた。 故に、従流は軍配を輿の上で振り上げ、霊力に乗せた声を発する。 「―――か・か・れぇーッ!!!」 龍鷹軍団は最初から総攻撃に移行した。 武雄の戦いscene 龍鷹軍団は魚鱗の陣のまま本陣も突撃を開始。 先鋒を担うのは吉井忠之だ。 彼の兄・直之は忠流を守って岩剣城の戦いで爆死している。 この後に吉井家の家督を継いだ忠之だが、歴戦の勇将として従流につけられた。 この時は忠流も従流の成長を期待していたが、次第に頭角を表した従流が形成する陣営を警戒して従流を追放する。 忠之は忠流から付けられた人材だったが、従流に心酔したとして軍中央から遠ざけられた。 結果、相川舜秀らと共に伊予に派遣されている。 伊予では派手な会戦こそなかったが、戦場常在の生活をしていた。 (さすがは従流様と言ったところか) そんな生活で研ぎ澄まされた戦術眼は、動揺する後藤勢をはっきりと捉えている。 (新しい戦法を手に入れられましたな) 今回のように、戦場に到達する前の機動作戦で奇襲する策を多用するのは忠流だ。 動き出せば相手にあった主導権を強引に奪い取り、最後まで振り回す。 本来であれば、従流は放り込まれた戦場において、窮地を脱するための最善策を見つける武将だ。 だから、今回の機動戦は従流らしくないと言えば、らしくない。 (だが、それは我々の知る"過去"の従流様だ) 忠之らが伊予で転戦して成長したように、従流も燬峰王国で戦略を磨いたのであろう。 "勉強熱心"。 それが、忠之らが従流への評価だ。 だから、持ち前の戦術眼に戦略を乗せて見せた従流を誇らしく思い、その想いに応えられるように相手を見据えた。 「ふむ・・・・」 吉井隊の鋭鋒はすでに敵にめり込んでおり、彼我の兵が入り乱れて戦っている。 後藤勢の兵は自身の命のための必死の抵抗であり、吉井勢は彼らを押しのけてさらに先に進んでいた。 「伝令!」 後方から馬を走らせてきた兵が忠之の下に辿り着く。 「本陣より報告。左翼・後藤公康殿は敵の退路を断つべく離れられました」 「おう、ということは我々の左に隙間が出来るな。―――おい、ちょっと行って、手当てしてこい」 「ハッ」 側仕えの武者が郎等を連れて離れていく。 「我々はこのまま突撃で構わないのだな?」 「ハッ。『決めてきてください』と」 「・・・・は、はははっ!!!」 思ってもいなかった伝言に、忠之は一泊遅れて呵々大笑した。 「相分かった! 後藤純忠の首、俺が刎ねようぞ!」 抱えていた大身槍を素振りし、敵陣を改めて見遣る。 「うん」 数秒見て、戦術を決めた忠之は、彼の一挙手一投足に注目していた麾下の武者に命じた。 「乗り切りじゃぁ!!!」 騎馬武者突撃。 長柄足軽を前面に押し出した攻撃とは衝撃力という点では劣る。しかし、騎馬武者という巨体と馬上槍という高所からの攻撃はそう簡単には止められない。そして、騎馬武者の武器のひとつであるスピードは他に追随を許されないだろう。 (後藤純忠を討ちさえすれば、この戦は終わる) 後藤勢を蹴散らしたとしたら、虎熊軍団による武雄侵攻の大義名分はなくなる。 もちろん、虎熊軍団が本気になれば、大義名分なども関係なく攻めてくるだろう。だが、第三者への説明ができない。 理由を説明できない侵攻は『その他の地域へも同様に侵攻するかもしれない』という疑惑を周辺国に抱かせる結果となる。 このため、国境周辺が不安定になり、虎熊宗国の国枠が揺るぐ結果となるだろう。 (ただでさえ、四面楚歌と言える状況なのだから) 虎熊宗国は強大国だが、西海道の他の国――燬峰王国・聖炎国・龍鷹侯国――と敵対し、中国地方でも出雲、安芸と敵対している。 瀬戸内でも龍鷹侯国の外交の結果、伊予・時宗氏は潜在敵対国となっていた。 (我々の出兵もちゃんと龍鷹侯国の益になっていたのだな) 半ば追放だと思ったが、しっかりと外交面の成果に繋げる辺り、さすが忠流と言える。 (だから、今度の出兵にも意味があるはずだ。従流様を連れ戻す以外にも) 「この意味が分かれば、俺も家老になれるかな?」と苦笑気味に思った忠之。 だが、もれなく付いてくるであろう一門衆のお守りという役目に頬を引き攣らせた。 (やっぱり、いいか) 想像した光景を振り切るため、忠之は馬腹を蹴る。そして、悲壮な表情で迎撃する後藤勢を蹴散らした。 鵬雲六年七月六日、富岡城落城す。 後藤純忠ら主要武将は本丸で自刃し、城兵は降伏。 だが、この日の戦闘はこれだけで終わらなかった。 従流率いる龍鷹軍団は後藤勢の武装解除を武雄城の燬峰軍団に任せ、後藤公康が落としていた島山城を経由してさらに進撃。 虎熊軍団一〇〇〇が囲む久津具城の半里弱(1.9km)西方に位置する猪隈城(佐賀県武雄市朝日町)に入る。 ここに龍鷹軍団約二〇〇〇が入ったことで、ほぼ勝負が決した。 翌日、虎熊軍団は久津具城の囲みを解き、樺島山城(同県同市北方町)まで下がる。 この段階で、武雄戦線は終わった。 武雄の旧主・後藤氏の滅亡は、燬峰王国と虎熊宗国の両国がそれぞれ抱えていた懸念事項を解決させる。 燬峰王国は、表面上だけ従っていた後藤旧臣を一掃した。 反乱を起こした旧臣たちは改易もしくは減封され、燬峰王国は武雄地域の直轄領を増やす。 結果として、武雄地域の支配権を確立した。 一方、虎熊宗国も後藤純忠の存在は煙たいものだった。 旧領回復を求めてくるだけでなく、今回のように独自に動く存在は厄介以外の何物でもない。 確かに武雄領へ介入する大義名分を失ったが、自身の要求を希求し続けるだけの存在を排除できたとも言えた。 この戦線だけ見れば、明確な敗者は後藤純忠だけである。 だが、この戦線の結果が唐津戦線へと波及した。 「―――では、このように」 鵬雲六年七月十日、唐津城にて燬峰王国と虎熊宗国の講和会議が開かれていた。 燬峰王国側は宰相・時槻尊次が全権大使を担う。 虎熊宗国側は唐津方面を担当した部将だ。 彼は熊将ではなく、本来は外交特権を持たない。しかし、彼に与えられた唐津に限る権限は対燬峰王国との戦闘拡大阻止だった。 この職権の下に講和会議に臨み、第三者から見ると妥当な落とし所を見つけたと言える。 あくまで、第三者からすれば、だが。 (まあ、不満もあるか・・・・) 尊次と共に唐津城に赴いた中津広高は表情にこそ出していないが、不満そうだ。 (だが、これが現状においては妥当という事実も理解している、か・・・・) 納得もできるから、彼も呑み込んだのだろう。 講和条件: 一、虎熊宗国は伊万里地域へ不干渉 二、虎熊宗国は中津氏へ唐津城を返還および徳須恵川北岸を返還 三、燬峰王国は岸岳城の囲みを解き、大川野まで撤退 条件一は、燬峰王国と津村氏による伊万里領の侵攻に対し、伊万里は虎熊宗国派であったにも関わらず虎熊宗国は何も言わない。 故に、伊万里領は切り取り次第となり、伊万里の回復を求めて宣戦布告することもないということだ。 条件二は、中津氏は唐津奪還を果たしたと言うことであると同時に松浦川東岸および岸岳城周辺を諦めることを意味する。 この結果、唐津城は国境に近すぎる形となったため、後に中津氏は本拠を移している(名護屋城)。 条件三は、条件一と条件二の補足的な条件だ。 これが敢えて加えられたのは、燬峰王国と中津氏が別勢力と見ているとの証左である。 このため、虎熊宗国が中津氏に求めるのは中立だった。 (しかし、それは虫が良すぎるだろう) 中津氏を滅ぼしたのは虎熊宗国であり、復権させたのは燬峰王国である。 家臣化する意志は元々なかったが、燬峰軍団と虎熊軍団が戦う場合、中津氏は燬峰王国に付くだろう。しかし、それを表立って表明すればまた中津氏が攻められかねない。 だから、燬峰王国はこれを飲んだ。 また、完全に従属したくない中津氏もこれを歓迎した。 結果、唐津領は一部を虎熊宗国が領有することで、独立勢力・中津氏は再興される。 一方で、唐津に虎熊軍団が侵攻したことで、虎熊宗国側に付いた伊万里は完全放置され、燬峰王国と津村氏による切り取り次第となった。 (これが決め手、か) 燬峰軍団の転進後も伊万里城攻防戦は続いており、伊万里方は絶望的な籠城戦を展開。 脱走兵を出しつつも耐えていたのだが、虎熊軍団の武雄侵攻と敗北(実際には後藤勢)を受けて降伏した。 当初は当主を切腹させるつもりだった津村だが、領民の支持を得た籠城戦であったことから方針転換している。 人気のある領主を殺せば、後々の統治に影響すると考えたのだ。 結果、伊万里首脳陣は出家の下、津村氏領内の適当な寺に幽閉された。 (ですが、借りが生まれてしまいまったか) 燬峰王国と津村氏の協定では、伊万里陥落後は津村氏を一門衆として迎える予定だった。だが、虎熊宗国の唐津講和の影響で、その時期は先送りとなっている。 燬峰王国の拡大を見た虎熊軍団が侵攻してこないとは限らないからである。 先送りを提案したのは津村氏であり、彼らは情勢が見えていると言えた。 (しかし、どうしたものかね・・・・) 尊次は唐津城を辞し、自陣へ戻る途中、思わず南方へと視線を向けた。 (従流殿。お手柄ですが、お手柄過ぎますよ) 燬峰軍団による虎熊宗国領内(唐津領)侵攻戦役。 これを終結させたのは、従流率いる龍鷹軍団が武雄領に侵攻した旧主・後藤純忠を討ち取ったからである。 これにより武雄領奪還に失敗した虎熊軍団は自領に撤退。 唐津領に侵攻した燬峰軍団を排除するには、その主力軍を撃破するしかなくなった。 そこまでの戦闘拡大を望まない虎熊宗国が講和を望んだ。 これが今回の講和会議の背景である。 (よって、勲功第一は従流殿となった、と・・・・) 如何にその軍団に王妹・結羽がいたとは言え、大将は従流であり、兵は龍鷹軍団である。 信賞必罰の精神のため、燬峰王国は従流に何か褒美を与えなければならない。だが、龍鷹侯国出身の彼がこれ以上、燬峰王国内で地位を確立することに警戒感を抱いている家臣は大勢いた。 (なるほど。これが従流殿を忠流公が追放した理由か。実に悩ましい) 有能すぎ、人望がある一門衆。 それは主流に位置する者たちからしたら脅威だ。 例え本人にその気がなくても周囲が主流に対する対抗馬として放っておかない。 (さてさて、どうしたものか・・・・) 「尊純様と相談が必要だな」と小さく呟き、尊次は迎えに来た兵に手を挙げて応えた。 帰還scene 「―――ただいま戻りましてございます」 鵬雲六年七月三一日、薩摩国・鹿児島城。 その本丸御殿で、鷹郷従流は上座に座る兄・忠流に向かって頭を下げた。 後ろには共に武雄城の戦いを戦った相川らが控えている。 「うむ、ご苦労だった」 忠流はひじ掛けに体重を預ける砕けた姿勢のまま大仰に頷き、視線を従流の隣に向けた。 「結羽殿も久しく。以前と変わらぬように過ごしていただきたい」 「はい、ありがとうございます」 結羽はそう言って小さく笑みを浮かべる。 「これからお世話になります」 従流は龍鷹侯国へ、結羽を連れて帰還した。 燬峰王国は英雄と化し、王妹の婿である従流の存在を受け入れなかったのである。 (ま、仕方がありませんか・・・・) 実際に「従流殿を一門衆に!」という声があったのだ。 従流は津村氏が一門衆になろうとして、先送りになったことを知っている。 ここで従流が一門衆になれば、津村氏との関係が悪くなることは容易に想像できた。 「我々が先送りにされ、何故あいつが厚遇されるのか」という嫉妬を生むことになる。 冷静に考えれば、王妹を娶った従流と王嫁を輩出した家とでは、一門衆のレベルが違う。 だが、その冷静を他者に強いるのは危険だ。 だから、燬峰王国が従流の一門衆化を避けたかったのも分かる。 (それだけではないでしょうが) 龍鷹侯国出身の従流が一門衆になることで、龍鷹侯国からの干渉があるかもしれないと 疑ったのだろう。 それは燬峰王国が従流の追放を信用していなかったことに他ならない。 「ん? どうした?」 従流の視線を受けた忠流が小首を傾げた。 成長したとはいえ、少女らしさが残っており、その仕草に違和感がないのも恐ろしい。 「ひとつ、お教えいただけないでしょうか?」 「なんだ?」 もちろん、幼い頃から知っている従流は、兄がその見た目に反していることを知っていた。 「何故、僕を追放したのでしょうか?」 この質問に大げさな反応をしたのは、後ろにいる相川たちでも部屋の端に座っている"忠流派"とも言うべき兄の側近たちでもない。 「―――ッ!?」 ビクゥッと猫が毛を逆立てるように震えたのは、隣にいる結羽だった。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」 「ぁぅ・・・・」 ゆっくりと忠流と従流の視線が彼女へ向く。 忠流の呆れた視線と従流の怪訝な視線を受け、結羽はそっぽを向いた。 「ひゅーひゅー」 「鳴ってねえぞ」 下手な口笛を披露した結羽に半眼でツッコミを入れる忠流。 「説明を」 「分かったよ。当事者が隠す気がさらさらないっていう態度でいるんだし、もういいってことなんだろうよ」 忠流がますます姿勢を崩しながら言う。 「御館様、我々は退席した方がいいでしょうか?」 そう声をかけたのは、小姓以外の護衛として部屋にいた瀧井信輝だ。 「いい、いい。こんな密約、もう時効だ」 面倒くさそうに手を振り、腰を上げかけた信輝を制する。そして、視線を相川らに向けた。 「お前らも残れ。不遇な立場となった理由を知っておけ」 「「「・・・・・・・・・・・・」」」 相川、後藤、吉井、真砂は視線を交換し、姿勢を正す。 「ああ、いいよ、かしこまらなくても」 まじめな話だというのにどこまでも砕けた態度でいたいのか、忠流は彼らに胡坐を組むように指示した。 「本当に大したことはない」 忠流は視線を再び結羽に向ける。 「とある女の野望の話だから」 (野望・・・・?) とある女とは結羽であることは間違いない。 では、野望とは何なのか。 (そして、何故、兄上がそれに協力したのか) 話を聞くことにしよう。 |