「天才の帰還」/六



 後藤氏。
 彼らは代々武雄を領してきた豪族である。
 その今代の当主・純忠は南から攻め上がってくる燬峰王国に抵抗したが、耐えきれずに虎熊宗国に逃亡していた。しかし、当然であるが、城の奪還を虎視眈々と狙っている。
 佐賀城の一角を間借りしながら、佐賀城に詰める熊将・杉内弘輝に陳情する毎日を送っていた。






武雄の戦いscene

「―――燬峰軍団が岸岳城に到達した?」

 鵬雲六年七月一日、燬峰軍団が岸岳城を囲んだという報が、後藤の下に飛び込んできた。
 燬峰軍団が伊万里を攻めていることは知っていたが、まさかそこからさらに進んで虎熊宗国の直接勢力圏に進出してくるとは思わなかった。

(これは機会だな・・・・)

 後藤は肥前の多くの豪族と違い、虎熊軍団が唐津を攻めた理由をおおよそ想像できている。
 唐津は虎熊宗国の本拠地・福岡城からおおよそ十里(40km)の位置にある。
 その間には高祖山城(福岡県糸島市高祖)と深江岳城(同県同市二丈一貴山)という主要城郭があるのみだ。
 縦深防御という点であれば、唐津を直轄地化して多久-佐賀と繋げるという手段は理解できる。

(この場合、武雄・鹿島が虎熊宗国の支配下にあれば、佐賀の北西から南西までの防波堤が完成する)

 だから、虎熊軍団がついに武雄奪還に動くのかと思ったのだが。
 武雄も攻略してしまえば、燬峰王国勢の間に打ち込む強力な楔となる。

(杉内殿はなかなか動かれない)

 元々から虎熊宗国に靡いていた唐津を攻め滅ぼしたことで、その他の国衆が反発。
 その旗印に燬峰王国が付いたことで、戦局が変化。
 また、肥後戦線の悪化と虎将・虎嶼晴胤の福岡帰還で肥前方面の虎熊軍団の動きも停止。
 唐津に守備兵を置いた後に全軍が撤退する。そして、今回の燬峰軍団北上に対してもほとんど動きを見せていなかった。

(だが、燬峰軍団の主力が唐津方面にある今の武雄は手薄だ)

 もちろん、燬峰軍団も守備兵を置いているだろう。しかし、それは六角川沿いを警戒しているに違いない。

(だが、我に秘策がある)

 心の中で思った後藤は、佐賀城に滞在する熊将・杉内弘輝に会うため、使者を送り出した。




(―――意外と早く面会が許されたな・・・・)
 後藤という客将の下にも虎熊宗国が異様な状態にあることは伝わっていた。
 特に福岡城周辺は不気味なほど沈黙しているのだが、佐賀でも不可思議なほど軍に動きはない。
 とはいえ、末端の兵士には関係ないのか、登城が許された後藤は城内で訓練する兵士を見ていた。
 彼らには特段変わった様子は見られない。


―――だが、


(杉内殿はどこかおかしいな)

 元々寡黙な人物ではあったが、挨拶後に顔を上げてその顔を見た時、後藤は違和感を抱いた。
 どこか視線がうつろなのだ。

(昨夜に深酒でもしたのだろうか?)

 杉内は元々佐賀城の主ではなく、筑後の部将である。
 この城の主は沖田畷の戦いで討死した肥前方面の熊将・島寺胤茂だ。
 彼の死後、この方面を担当するために杉内が出張っていた。
 本来ならば新たな熊将が任命されるのであろうが、三年も経つのにまだ杉内が代番を続けている。
 麾下の兵力は肥前衆が回復しているので、筑後衆は帰還していた。だが、やはり手元に置いておきたいのか、一定戦力は残している。
 この辺りで、主力軍の肥後遠征に加わらなかった部隊もいた。

(部将もまあまあ揃ってはいるか)

 沖田畷の戦いで、兵だけでなく、多数の侍大将・物頭・組頭を失っている。だが、それも回復していた。
 肥前衆の中で言えば、国衆の他に虎熊宗国の譜代である島内胤信(胤茂の三男)、甘利晴親(晴良の孫)がいる。
 実質的に佐賀城に展開する兵をまとめているのはこのふたりだ。
 両者とも沖田畷の戦いで多くの親族を失っており、肥前に展開する虎熊軍団の中では燬峰軍団への攻撃を主張する主戦派だった。

(そして、お誂えのごとく、島内殿がいるな)

 この場には杉内の他にも部将が参加しており、その中に島内がいるのだ。

「何用か?」

 杉内が短く問うと、後藤は胸を張りながら訴えた。

「燬峰軍団が岸岳城を囲んだと聞き及びました。目的は唐津だと当方は想像しています」
「・・・・こちらも同じだ」

 後藤の言葉に杉内も頷く。
 虎熊軍団の肥後撤退後の流れとして、龍鷹侯国と聖炎国の反撃を受けている。だが、その相手は虎熊宗国からしたら衛星国である。
 一方で、燬峰軍団は虎熊軍団の正規兵が守備するエリアへ侵攻していた。
 明らかにレベルが違う。

「杉内殿、虎熊軍団は如何するのか?」

 「迎え撃つのではないのか?」と問うた後藤に杉内は即答を避けた。
 代わりに口を開いたのは島内だ。

「仮に虎熊軍団が行動を起こすとして、後藤殿はどうするのか?」

 島内の問いに後藤はニヤリとした笑みを浮かべる。

「以前から準備を進めていた行動の許可を得たく」
「それは・・・・」

 島内は顔色を変え、杉内を見遣った。
 後藤の策は迎撃ではなく、攻撃に近い性質を持っている。
 さすがに元熊将の子と言えど、容易に反応を返せなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 しかし、視線を向けられた杉内は黙ったままだ。

「当方の作戦は以前に提案した時よりも成功率は上がっていると思います」

 そして、杉内ら、虎熊軍団が気にしているであろうことも伝える。

「それに虎熊軍団側にご助力いただく兵も少なくて済みます」

 この言葉に島内は顔色を変え、杉内に向き直った。

「大人数が必要ないのであれば、唐津方面の陽動としても機能しましょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 杉内は視線を島内に向け、さらにその他の部将にも視線を向ける。
 後藤が感じ取ったそれぞれの感情は、基本賛成というものだった。

(外様が独力で自分たちの利益になることをしようとするのを、止める道理はないといったところか)

 冷たいと言えば冷たいだろう。
 だが、領地を失って他人の飯で食い繋いでいる状況を、彼らがよく思っていないのは事実だ。
 後藤自身が領土奪還の意思を示し続けているからこそ、明らかな差別を受けていないだけと言えた。

「・・・・島内に一〇〇〇を預ける。よく相談し、手伝ってやれ」
「ッ!? ありがたき幸せ!」

 杉内は後藤に行動許可を与えるだけでなく、島内にも復讐の許可を与えた。
 兵は一〇〇〇ほどだが、前線守備兵を加えれば一定程度の戦力になる。




 鵬雲六年七月二日。
 佐賀に展開する虎熊軍団は後藤の熱意に押され、秘密裏に行動を開始した。
 それは早くも七月五日に表面化する。
 虎熊軍団の目的は、武雄だった。




「―――久津具城が囲まれた!?」

 鵬雲六年七月五日に生じた変事に、いち早く接したのは川古城にいた龍鷹軍団だった。
 二日前には多久方面の拠点城・梶峰城(佐賀県多久市多久町)に虎熊軍団の追加兵力五〇〇が加わったという情報が入っている。
 さらに昨日には唐津方面で鬼ヶ城(同県唐津市浜玉町)から押し出した虎熊軍団が鏡山(領巾振山)に布陣し、松浦川東岸を固めたという情報も入っている。
 このため、いよいよ龍鷹軍団もこの方面への援軍に赴くべきかと移動する準備を始めていたところだった。

「数は?」

 素っ頓狂な声を上げて驚いた結羽の手を引いて座らせ、従流は駆け付けた使者に問う。

「ハッ、おおよそ一〇〇〇で、旗印から島内胤信殿の手勢と見られます」
「前に退治した熊将の子ですか・・・・」

 結羽が言う通り、有力な部将だ。
 一〇〇〇は先遣隊で、さらに後方から増援が来るとも考えられた。

「最大は四〇〇〇~五〇〇〇ってところでしょうか」

 そう言ったのは幸盛だ。
 彼も一〇〇〇が全てと思っておらず、一〇〇〇から全体規模を予測したのだろう。

「結羽、武雄の守りはどれくらい?」
「・・・・確か塩見殿以下五〇〇くらい?」

 従流の問いにコテンと首を傾げながら言う。

「少ないですね」
「あ、でも、それはウチから連れてきた数で、武雄衆はいるはず」

 塩見とは譜代衆である塩見純貞のことである。
 彼が率いる兵は燬峰軍団の正規兵だが、武雄を守る戦力という意味では、武雄衆がいた。
 武雄衆とは古くから武雄地区に住んでいる国衆のことであり、燬峰王国はまだ彼らを完全に家臣化できていない。
 しかし、反抗的ではなく、今回の住吉城攻めにも出兵し、武功を上げていた。だが、その時の損害もあるため、今現在はそれぞれが領地に戻っている。
 彼らを糾合すれば一〇〇〇にはなるはずだ。

(それに武雄城はまあまあな城ですし)

 武雄城は別名・塚崎城と言い、古くからある城だ。
 御船山の山麓高所に本丸を置き、北に二の丸、三の丸、御屋敷を配する。そして、武雄川を天然の堀としていた。
 このため、北方に厚い防御を敷いている。
 虎熊軍団が攻める場合も北方からと想像され、南方の補給路となる街道(現佐賀県道330号や国道34号)を維持することが重要と言えた。
 よって、燬峰軍団は武雄城南東の潮見城(同県武雄市橘町)、南西の袴野城(同県武雄市東川登町)にも兵を入れている。
 しかし、その兵の中には武雄衆も多く混じっていた。

「主力軍が四〇〇〇であったとしても、苦戦は必至ですね」

 幸盛の言う通りだろう。
 だが、後方の常広城に聖炎軍団二〇〇〇がおり、ここからの増援も期待できた。

「まあ、久津具城がどこまで耐えられるかだね」
「そんなに時間は稼げないと思うけど、武雄城周辺を固めるまでは大丈夫、かな」
「そして、そこを補給路とする虎熊軍団を僕たちがここから牽制できるということですね」

 久津具城は龍鷹軍団が確保していた後方補給路に位置する。
 十日くらい前であれば、敵中に孤立という状況だったが、今は伊万里方面にも補給路が確保されているため、従流などは特に焦っていなかった。

「あ、あの~、実は続きがありまして・・・・」

 使者からすれば、報告の途中に彼らが話し出したのだが、彼らからは「早く言えよ」という視線を受ける。

「・・・・武雄衆の一部が離反し、犬山岳を走破した後藤純忠勢と合流しました」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 理不尽を受けながら言葉を紡いだ使者の情報に、従流・結羽・幸盛は沈黙した。

「離反した武雄衆は潮見城、袴野城を占拠し、今現在は鳥山城を攻撃中です」

 鳥山城(同県武雄市武雄町)は武雄城の東方に位置し、久津具城との間に位置している。
 ここを占拠されたら燬峰軍団は武雄城と久津具城の連絡線が断たれるのだ。

「武雄城が陥落したら、虎熊軍団は北上してきますよね?」

 従流が幸盛に訊いた。

「してくるでしょうね」
「するとどうなると思います?」

 首肯した幸盛に続けて訊く。

「久津具城からと多久方面からこちらにやってくるでしょうね」

 幸盛は地図に視線を落とした。

「我々は挟撃されないように伊万里方面に撤退するしかありません」
「でも、そうすると松浦川沿いに唐津に入った燬峰軍団は孤立しますよね」
「はい」
「え!? それはダメよ!」

 結羽が声を上げる。

「ええ、ダメです。我々が伊万里方面に撤退したとはいえ、主力軍を失った燬峰軍団は瓦解。瞬く間に多良岳山系方面も陥落するでしょうね」

 それどころか、燬峰王国自体滅亡しかねない。

(いつの間にか、重要な立ち位置になりましたね・・・・)

 龍鷹軍団の挙動がこの戦線を左右する状況となっていた。

「今のままでは滅亡を待つのみです」

 幸盛が決断を迫るように従流を見遣る。

「撤退しましょう」
「それは!?」

 幸盛の提案は先程の燬峰王国の滅亡に繋がるものだ。
 だからか、結羽が悲鳴を上げる。

「ま、君の立場だと、そう言うよね」

 従流は苦笑し、隣に座る結羽の背中を撫でた。

「大丈夫。ここで燬峰軍団を見捨てるほど、僕は恩知らずではありませんよ」
「でも・・・・」

 結羽も戦略を知っている。
 今の状況が非常に難しいことも理解していた。
 増援とは言え、他国勢である龍鷹軍団が多大な犠牲を払う作戦を決行するとは思えない。

「何か策があるのですか?」
「・・・・策というか、心理状態、かな」
「心理・・・・」

 従流の言葉に幸盛が首を傾げる。

「今回の武雄への進軍は、武雄周辺だけを見ると、違った視点になりますよ」
「・・・・武雄だけ・・・・?」

 いまいちピンときていないようだ。

(無理もないですね。彼は基本的には大戦略を担当していますから)

 幸盛の頭には、唐津から武雄に至るまでの戦線があり、当然、後藤純忠による武雄侵攻もこの一環だと思っているだろう。

「今回、虎熊軍団は動きませんよ」

 従流の言葉に幸盛と結羽が首を傾げた。
 実際に動いているのに動いていないとはどういうことか。

「虎熊軍団が動く場合、唐津への増援か武雄への全面侵攻が考えられます。しかし、前者はともかく、後者は燬峰軍団との全面戦争となります」
「はい」
「ですが、両方ともその動きはありません」

 唐津方面は防衛であり、武雄方面は少数だ。
 後藤純忠は旧臣を集めているし、久津具城へは一〇〇〇だけだ。

「後方からもっと来るんじゃないの? さっきはそういう話だったじゃない」

 燬峰軍団が伊万里への軍事行動を開始した時点で、佐賀城に兵の集結が確認されている。
 今回の久津具城に出張った戦力が先遣隊であり、後方から戦力がさらにやってくるのは当然と言えた。

「大戦略で考えた場合、唐津防衛を前提とし、その陽動として武雄に侵攻することは考えられます」
「武雄が危ないとなれば唐津から撤退する、ということですね?」
「はい。ですが、虎熊軍団は唐津方面でもそれほど積極的ではありません」

 松浦川東岸には進出しているが、積極的に唐津城増援には出ていない。
 この時点で、燬峰軍団の唐津侵攻を断念させるほどの兵力展開ではなかった。

「唐津も武雄も現地最前線部隊が自衛のために動いているようにしか思えません」
「でも、武雄は・・・・・・・・そう言うことですか」
「え? どういうこと? 武雄には侵攻しているでしょ?」

 幸盛は思い当たったようだが、結羽はまだらしい。

「武雄を攻めているのは、旧武雄領主です」
「・・・・あ、もしかして・・・・」

 思い至ったのか、結羽は口元に手を当てた。

「失地回復を願い出た後藤殿の自由にさせ、武雄が落ちればめっけもの、みたいな?」
「はい。だったら、必要以上に兵を損耗することはありません」

 従流は続ける。

「そもそも唐津へ侵攻した後の虎熊宗国の動きを見れば、唐津攻めは虎熊宗国の総意ではなかったように思えます」

 「その後の動きを見ても中途半端ですし」と従流は言った。

「虎熊宗国内が一枚岩ではなく、それが今回の曖昧な対応に繋がっていると?」
「はい。だから、唐津領を失っても虎熊軍団は動かない。でも、現地部隊としては何かしらの対応をしなければならない」

 それが防衛しやすい松浦川東岸の維持と、武雄奪還を掲げる後藤純忠の侵攻。
 武雄攻め自体は後藤の独断だとしてしまえば、燬峰軍団との全面対決にはならない。

「聖炎軍団の肥後北部攻めの時といい、虎熊軍団の動きが非常に鈍いですね」
「不気味な沈黙の原因次第では、大きく情勢は荒れるでしょう」

 幸盛の言葉に従流は返し、さらに続けた。

「その辺りの解析は兄上に任せ、僕たちも動きましょうか」




 鵬雲六年七月六日。
 六月二〇日より川古に駐屯していた龍鷹軍団が動いた。
 早朝に川古城を陣払いし、吉井忠之を先鋒に南西へ進んだ。
 山林を突破し、根知山内線(現佐賀県道38号)へ至って南下。さらに武内にて武雄伊万里線(現佐賀県道53号)へ進む。
 赤穂山と蓬莱山を抜け、柏岳南麓の円応寺に出た。
 この時、後藤純忠率いる武雄衆は一〇〇〇に及んでおり、武雄城東方の島山城を攻略。
 武雄城を南方に臨む富岡城(佐賀県武雄市武雄町)に集結していた。
 富岡城は武雄城まで数町程度の距離であり、両軍の前線は鉄砲の射程圏外ギリギリに展開。
 一触即発の状態でいる中、突如として武雄衆後方一〇町の位置に二〇〇〇の龍鷹軍団が出現した。




「―――予想通りですね」

 七月六日午の刻(正午)。
 円応寺に本陣を置いた従流は、すぐ正面で揺れ動く武雄衆の旗を見ながら笑みを浮かべた。

「敵からしたら、急に湧いたように見えるでしょうね・・・・」

 傍にいる幸盛が苦笑しながら言う。
 その通り。
 武雄衆は全く龍鷹軍団には気付いていなかった。
 円応寺西方は深い木々に覆われており、ここを移動する軍勢は武雄からは見えない。
 また、やや急峻であり、大軍が移動する道でもなかった。しかし、従流の元に集まった龍鷹軍団は伊予の山岳戦で鍛えられた精鋭である。
 道案内さえあれば、走破することは簡単だった。

「ちょっと申し訳ない気分になりますね」

 武雄衆は旧臣が集まったとは言え、烏合の衆である。
 ある意味装備の整った一揆に近い。
 兵の練度はともかく、陣形等の戦術的な部分で致命的に劣っていた。

「伝令! 陣形、整いました!」
「ありがとう」

 従流が指示した陣形は魚鱗の陣である。
 三角形の形をしており、最前線の先端を吉井忠之が、右側の角を相川舜秀が、左側の角を後藤公康が、それらに囲まれた中央を従流以下、幸盛や真砂忠刻が率いる。

「最初から総攻撃、ですか」

 幸盛が従流を見下ろした。

「ええ、兵は疲労していますが、奇襲効果を捨てるわけにはいきません」
「まあ、道なき道を来たわけじゃないから、大丈夫かな」

 従流の言葉に結羽が答え、若干白い目で従流を見下ろす。

「ってか、まだ乗れないの?」
「馬になど乗れずとも良いのです!」

 従流が軍配を振ると、輿の傍で待機していた偉丈夫たちが立ち上がった。
 すると、馬上の者たちとほぼ同じ視界となる。

「隙だらけ、ですね」

 従流が見る武雄衆の様子は、後方に向けて守備兵を並ばせようと必死だった。だが、どこか中途半端に見える。

(この場合、一斉に逃げ出すのが正解ですけどね)

 占領域を放棄し、久津具城を囲む虎熊軍団と合流するのが正しい選択と言えるだろた。
 当然、追撃はある。
 損害の大半は撤退中の追撃だ。
 だから、それを怖がるのは分かる。
 だが、ここで武雄城と龍鷹軍団の双方に対応しようとする方が勝ち目はない。

「ま、それに気付いたとしても、逃げ出す暇は与えませんが」

 従流が軍配を大きく振った。
 それに応え、軍太鼓が打ち鳴らされる。
 その拍子に合わせ、兵が歩みを進めた。
 太鼓の音色は徐々に早くなり、合わせる兵の進軍速度もグングン上がる。

「折り敷けぇ!」

 彼我の距離が一町辺りになると、先頭を走っていた鉄砲組頭の声が重なった。
 先鋒の左右を走っていた数十人が片膝を突く。そして、中央の一団は止まらずに進撃した。

「撃てぇ!」

―――ドドンッ!!!

 数十の鉄砲による一斉射撃が戦場に轟く。
 距離の関係上、撃ち倒される武雄衆はいなかった。
 ほとんどが最前列にどうにか並べた竹束にめり込む。しかし、思わず首をすくめた武雄衆の鉄砲隊は応射の機会が得られなかった。
 彼らが顔を上げた時、龍鷹軍団の鋭鋒がすぐ目の前に迫っている。
 一斉射撃と共に全力疾走に変えた先鋒・吉井勢が衝撃音と共に武雄衆へと雪崩れ込んだ。




「―――そう言えば、弟を連れ戻そうとしているようじゃの?」

 ほぼ同時刻、鹿児島城の天守。
 ここで鷹郷忠流と皇女・昶がお茶を飲んでいた。
 いつも一緒にいる紗姫は私用で出かけている。

「そうだな」
「何故じゃ?」

 素朴な疑問を昶がぶつけてくる。

「今の龍鷹軍団は部将が揃い、一門衆としても勝流が台頭しているだろう?」
「まあな」
「いたずらに一門衆を増やしては面倒なことにならんか?」

 「そもそも、だから追放したんじゃろ?」と言外に言った。

「んー、まあな。今の軍団は確かに安定している」
「ならば、貴様の名代か?」

 理由については幸盛がすでに従流に告げた通りだ。
 目的は忠流の名代であり、鹿屋利孝に変わる別働隊を率いる人材。
 それが鷹郷従流である。

「んー、それもあるけども・・・・」
「何だ、歯切れが悪いな」

 昶の言葉に忠流は湯飲みを覗き込んだまま動かなかった。

「・・・・・・・・あいつは天才だよ」
「天才?」
「戦場でこそ光るんだよ、あいつは」
「・・・・・・・・・・・・」

 昶は黙って続きを待つ。

「これからの戦、あいつがいるといないのとでは大違いのことが起きるだろう」

 忠流はそう言って、茶を口に含んだ。

「案外、今もそうなっているんじゃないかな」
「・・・・弟の話を聞く限りは、ただの真面目な奴だと思うが?」
「性格が真面目でも・・・・俺の弟だぞ?」
「・・・・なんだ、その妙に説得力のある言葉は」

 昶が天を仰ぎながら額に手を当てる。
 冗談を交わすふたりも、さすがにその通りになっているとは、当時は思わなかった。
 とは言え、話を聞いた時には「ああ、やっぱりか」と思ったと言う。

「で、どう天才だと?」
「相手の完璧な策略を、戦場で覆す、だ」
「貴様は戦略で策を立て、相手と向かい合う戦場に立った時には覆しているが・・・・」

 相手の完璧な策略を覆す点は一緒だ。
 だが、決定的に違うのは、忠流が戦場に到達する前に覆しているのに対し、従流は最終局面の戦場にて覆す。
 それは戦略を無に帰すというに他ならない。

「ああ、なんだ。お前の天敵か」
「ああ、そうなんだよ」

 閃きとカリスマ、実行力。
 それで兵を率いて誰もが気が付かなかった活路を、戦場で見出す。
 兵にとって、これだけ頼りになるものはない。
 だが、戦略家にとって、恐怖以外の何物でもない。










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