「天才の帰還」/二



 時がやや遡った鵬雲六年七月十三日。
 龍鷹侯国、聖炎国、燬峰王国の代表が再び肥後国・大矢野城に集っていた。
 四ヶ月前に集った時と違うのは、聖炎国が肥後北部を統一したことである。
 その変化はこの第二回三ヶ国会談での聖炎国の態度にも表れていた。
 何しろ、今回の会談は聖炎国の発案で開かれたのだから。






第二次大矢野城会談scene

「―――お集まりいただきありがとうございます」

 会談の口火を切ったのは開催国兼主催者である聖炎国代表・火雲親泰だ。
 彼は国主になった珠希の後見人であり、元僧侶として戦場ではなく、後方で家中のまとめ役を担っていた。
 また、もうひとつの役目が外交である。

「いやいや。今回は見事な北方討伐でした」

 開会の挨拶に返事を返したのは、龍鷹侯国の鹿屋外務卿利直だった。
 文字通り、龍鷹侯国の外交を担う部将であり、戦場にあっても独自に判断して戦局を動かす戦略眼を持っている。
 故に鷹郷侍従忠流から全権を任されていた。

「本当に。ほとんど損害を出さないとは、ウチには無理な話ですよ」

 年配のふたりからすれば年若で、少女のような声を出したのは、燬峰王国の全権大使だ。
 燬羅家当主・尊純の妹・結羽。
 まだ十七歳だが、外交を任される逸材である。
 かつては龍鷹侯国との協力関係をまとめた経験があり、実績は十分だ。

(男衆は戦準備で忙しいのよね)

 結羽は心の中でそう呟き、小さくため息をついた。

「それで聖炎国はどんな要件でこの会談を主催したのかな?」
「そうですね。北部統一で苦戦しているというのであれば、援軍要請かなと思いますけども」

 利直が社交辞令の挨拶を切り上げ、結羽がズバリと切り込んだ。

「ええ。我が軍は自力で阿蘇、菊池、山鹿、合志、山本、玉名郡の六郡を統一しました」
「はい。それはお祝い申し上げますが・・・・?」

 結羽は困惑してみせる。

「故に、悲願である肥後統一には、天草、芦北、球磨の三郡が残るばかりです」
「「―――ッ!?」」

 親泰の言葉に、結羽と利直は表情を変えた。
 無理もない。
 天草郡は燬峰王国が、芦北郡と球磨郡は龍鷹侯国が支配している。
 確かに聖炎国は肥後統一を掲げ、球磨郡を支配していた龍鷹侯国と度々戦っていた。
 忠流の代になって、龍鷹軍団が優勢になると完全に守勢になり、家督争いのどさくさで天草郡と芦北郡を喪失する。
 その代わり南方の安全を得た聖炎軍団は虎熊軍団の全面侵攻にも耐えて、家督争いを終結させた。
 ならば、奪われた南部三郡の奪還を聖炎国が掲げてもおかしくない。

「親泰殿。まさか―――」
「確か龍鷹軍団は豊後征伐に対し、我が軍の増援を受けておりますな?」

 暗にその見返りに領土を返せと言わんばかりの物言いに、利直は怒りよりも困惑が勝った表情を浮かべた。

「い、いや、しかし、我が軍は貴軍の北伐に増援を出していますぞ」

 それでお相子と言うも、親泰は止まらない。

「それは誠にありがたかったが、戦略的には遊兵になっていたのでは?」
「・・・・・・・・・・・・」
「対して、豊後では岡城包囲を担当しており、戦略的な貢献は計り知れないと思うのですが?」
「・・・・・・・・・・・・」

 肥後口から豊後に攻め込んだ龍鷹軍団と聖炎軍団はその前に立ちはだかった岡城を囲む。しかし、龍鷹軍団は聖炎軍団に包囲を任せ、周辺の城の制圧に出た。
 銀杏軍団主力軍の揺さぶりのためであったが、聖炎軍団が岡城勢に敗北していた場合、退路を断たれた龍鷹軍団肥後口軍は壊滅していた可能性がある。
 一方で、聖炎軍団の北方侵攻戦において、龍鷹軍団は後方待機や物資集積点の守備などを担った。
 これは無駄ではないが、戦略的に価値が低い役目を負い、一度も戦闘に巻き込まれていない。
 どちらが役に立ったかと問われれば、一目瞭然だ。

「それで芦北を返せと?」

 利直がやや低い声音で問うた。
 聖炎軍団が岡城を押さえ込んだ効果は、豊後松尾城に展開してた鹿屋勢の移動を可能にしたことである。
 結果、佐伯城を落とした鹿屋勢は海軍に輸送されて大分平野を席巻。
 戸次川の戦いで得た勝利を戦役終結に持ち込んだのはこの鹿屋勢の動きと言えた。
 ならば、聖炎軍団の活躍は戦役全体の勝利に影響したと言えるのだ。

「いったい、貴殿は何が言いたいのですか?」

 結羽は発言した。
 豊後侵攻・肥後北部制圧は燬峰王国には関係ない。
 なのにどうして、天草郡返還などと言う話が出るのだろうか。

「あまりふざけたことを言うと、脱退しますよ?」
「・・・・燬羅殿、心の声が漏れているのでお気を付けを。今回は聞き流すことにしますが」

 結羽の言葉を受け、若干頬を引き攣らせながら親泰は言った。

「別にいいですよ? そのまま捉えてもらっても」

 「天草郡返還には応じない」と言外に伝える結羽。
 燬峰王国は現時点において、聖炎国に何ら貸しもない。
 強いて言うならば、領内の島を虎熊水軍が使用した点について、龍鷹侯国に負い目があるだけだ。
 ただし、この負い目も当時からすれば当然の判断であり、龍鷹侯国もその点については指摘していなかった。

「まあまあ、こちらは喧嘩をしたいのではなく、その逆なのですよ」
「逆?」
「確かに当家は未だ貴国に対して何も貸しはありません」

 元々は、天草郡は聖炎国の領土だったが、これが捕られたことには納得している。
 戦国の時代、隙を見せる方が悪いのだから。

「でも、これからは?」

 親泰が三人の間に広げられた九州地図に視線をやりながら言った。

「これから?」

 結羽は小首を傾げる。

「これから貴国が取ろうとしている軍事行動に協力すると言ったら?」
「・・・・・・・・・・・・」

 親泰が初めて戦略らしいことを口にした。
 今までが前座であり、聖炎国は天草郡奪還のため、燬峰軍団に協力すると申し出たのである。

「我が主は言いました」

 我が主=火雲珠希の言葉であることを強調しながら親泰は続けた。

「『燬峰軍団は虎熊宗国方になった肥前諸豪族と戦わなければならないけど、そのためには佐賀の虎熊軍団の牽制が必須。それができるのは聖炎軍団だけだよ』、と」
「・・・・・・・・・・・・」

 結羽は何も言わない。

「聖炎軍団は大津山城砦群の改修工事を名目に軍をこの地方に展開させる準備があります」

 大津山城砦群(現熊本県南関町)。
 これは肥後北部に位置し、肥後と筑後の国境付近に設置された関所の周辺に築かれた城砦群のことである。
 聖炎軍団は南関城(鷹ノ原城)を中心に関所を囲むように東北東の大津山城(つづら嶽城)、東南東の小原城が築かれている。
 さらにここから延びる豊前街道を扼するように東方には田中城(和仁城)があり、西方には大牟田に通じる街道を見張る城の尾城がある。
 ここは玉名衆の管轄であったが、北部統一後に火雲氏直轄とし、城代が配される予定だった。

「南関地方と国境が接するのは虎熊宗国ではなく、田花氏では?」

 筑後は南西部が柳川城を本拠地とする田花氏、北東部が虎熊宗国の直轄地である。そして、 南関地方と接する三瀬郡・三池郡は田花氏の領地だった。
 南関地方に聖炎軍団が展開しても、対応するのは田花氏である。

「田花氏の当主は未だ幼年で、軍も再建途上です。この援護に虎熊軍団は出なければならない」
「あら。確か田花当主は御年十五歳。我々の知る限りではこの年代であれば十分に一手を率いていると思いますが?」

 そう言って笑みを浮かべる結羽は十七歳であり、龍鷹侯王・鷹郷忠流と聖炎国主・火雲珠希は十八歳だ。
 それぞれ十五歳の時から名が知れた人物である。
 田花氏当主・田花晴連もその例かもしれなかった。

(とはいえ、その可能性は低いと思いますが)

 結羽が持つ田花晴連の知識は多くない。
 虎熊宗国による周辺国衆取り込みの一環で、虎熊宗国宗主・虎嶼晴弘の娘を母に持つ。
 故に虎熊軍団虎将である嫡男・晴胤や珠希と火雲家の家督を争った火雲親晴とは叔父・甥の関係である。
 また、虎熊軍団の出雲出兵で戦死した父の跡を継ぐにあたり、家中をまとめるために有力な分家・嵯峨氏から正室を迎えていた。
 これを主導したのは後家となった晴弘の娘・慶と嵯峨家当主・嵯峨連成だ。
 出雲崩れで一門の主立った面々が討ち死にした田花家では、嵯峨連成の重要性が増していた。

(銀杏国でも同じようになると思いましたけどね)

 冬峯刈胤が生きていたので、次代の政略結婚論争は下火になっているだろう。

(まあ、晴連殿が傑物であった場合でも、如何ともしがたいと思いますが・・・・)

「例え田花氏が頑強であろうとも、状況はあまり変わりません」

 結羽が思った通りの言葉を、親泰が口にした。

「ほう? それは?」

 利直が先を促すように合いの手を差し伸べる。
 彼からすれば筑後の状況を知るチャンスなのだ。

「南関と相対する筑後側の松風の関周辺には城はなく、飯江川西岸に位置する飯江城が最前線となります」

 ただ、この飯江城(現福岡県みやま市高田町飯江)は規模も小さく、前線哨戒地でしかない。
 田花勢の防衛線は矢部川東岸の諸城で抵抗しつつ、矢部川西岸の鷹尾城(同県柳川市大和町鷹ノ尾)を拠点に川で押しとどめるしかない。
 一方、大牟田方面は三池山城(同県大牟田市今山)があるみので、平野部の諸城では侵攻を止められない。
 こちらも結局は矢部川が防衛線になる。

「一方で、山門郡北東部の小田城、禅院城を抜けば、虎熊宗国支配下の上妻郡への道が開ける」

(とは言え、そのすぐ傍には山下城がありますが)

 山下城(現福岡県八女市立花町)は虎熊宗国が境目の城として整備した堅城だ。
 南東の支城・国見岳城(同県八女市立花町北山)と連携し、一定の防御力を持つ。

「その境目の城を守るために一定の戦力を貼り付ける必要があるでしょう」
「・・・・・・・・・・・・」

 結羽は親泰の言葉を聞きながら考える。
 その内容は聖炎軍団がひきつけられるという虎熊軍団の兵数だ。しかし、軍人ではない結羽では判断基準が分からず、算出できなかった。
 だから、素直に聞くことにした。

「どのくらいの戦力を引き付けられるとお思いで?」

 山下城周辺に兵を貼り付けると言っても、聖炎軍団が国境を越えて田花氏を責める可能性は低い。
 それでも万が一に備えて展開しなければならない兵はどの程度なのか。

「・・・・・・・・・・・・」

 結羽の質問に、親泰の表情が固まった。

(・・・・おや?)

 親泰の反応に、結羽は内心で小首を傾げる。
 今までよどみなく戦略的価値を説明していたというのにどうしたのだろうか。

「・・・・しばしお待ちを」

 そう言って親泰は自身の小姓を傍に呼んだ。

「おい、お前はどう思う?」
「え!?」

 小声で問われた内容に、小姓が驚きの声を上げる。

「こら、大声を出すんじゃない」
「し、しかし、親泰様・・・・」
「お前も武士の端くれ。予想はできるだろ?」
「そんな・・・・。上層部の考えの代弁など、私めにはできません」
「いいから。そんなのはどうでもいいから」

(なんか無理なこと言ってる・・・・)

 坊主頭の初老が顔に近づけられて、無理難題を吹っ掛けられている小姓がかわいそうだ。

(とは言え、助けるつもりはありませんが、私には)

 だから、素知らぬ顔で茶を飲む。
 すると、別方向からの視線に気づいた。

「何ですか?」
「・・・・いや、これも世代なのかな、と思った次第ですよ」

 結羽から視線を逸らし、どこか遠いところを見つめる利直。
 だが、途中で思い直したのか、ボソリと呟いた。

「ああ、そうか。あなたは橘次郎殿の奥方だったか。・・・・道理で」

 橘次郎とは従流の字である。

「む? 夫がどうかしましたか? それに『道理で』とはどういう意味ですか?」

 湯呑を置いて利直に突っかかった。

「いえ。ウチの若い衆を思い出していただけですよ」

(若い衆? 忠流様を筆頭とするあの頭のおかしな連中のこと?)

 忠流や紗姫、昶の破天荒さは知っている。そして、それを止めようとする周りの人間もずいぶん変わっている。
 どこの世界に主の脱走を止めるために殴り飛ばす護衛がいるのだろうか。

(いったい私のどこにその連中との繋がりを感じたのか、問い詰めたい気分ね)

 その不穏な雰囲気が表に出たのか、利直は肩をすくめて視線を親泰に向けた。

「南関に展開する聖炎軍団はおおよそ三〇〇〇ほどでしょう。追加動員をかけるならばさらに五〇〇〇と見れますかね?」

 結羽と親泰と違い、利直は戦局全体を俯瞰することのできる名将だ。
 圧力をかけるならば三〇〇〇。
 侵攻を考えた場合、さらに五〇〇〇が加わるのが妥当と予想した。

「田花氏の戦力を最大六〇〇〇と見た場合、三〇〇〇を柳川城に集結させ、一〇〇〇が鷹尾城に展開。残りの二〇〇〇を前線周辺の拠点に分散配置と言ったところでしょうか」
「「ふむふむ」」

 結羽と親泰が頷く。

「そして、聖炎軍団の侵攻が決定的となれば、柳川城に一〇〇〇を残して予備とし、二〇〇〇が鷹尾城に集まり、本隊三〇〇〇として対処しようとするでしょう」
「その場合、八〇〇〇の聖炎軍団は、大牟田方面を陽動とし、本隊は南関を超えていくと考えると・・・・」
「前線配備した二〇〇〇は遅滞戦術を取りながら、矢部川周辺の鷹尾城支城群へ撤退。ここで決戦に及ぶと考えられます」

 結羽の問いに利直が答える。そして、利直は視線を親泰に向けた。

「ただし、珠希殿が決戦回避を選んだ場合、逆に占領地点に抑えを・・・・・・・・半数ほど残して北上すると、筑後の虎熊宗国領におおよそ四〇〇〇の兵が向かうことになります」

 四〇〇〇で山下城を落とせるかわからないが、臨機応変に対応するために虎熊軍団の一定数をこの方面に貼り付ける必要があるだろう。

「田花氏への援軍として、柳川城に二〇〇〇。山下城周辺に二〇〇〇」

 利直は地図を指さしながら虎熊軍団の備えを言っていった。

「万が一、矢部川を越えてきた時のことを考え、別方面にも二〇〇〇~三〇〇〇を置くと考えれば―――」

 虎熊軍団が用意しておかなければならない戦力は六〇〇〇~七〇〇〇。

「それは・・・・」

 結羽は思考を巡らせる。
 六〇〇〇~七〇〇〇は虎熊軍団からすれば用意できる数字だ。だが、その戦力は筑後や筑前などから集められるに違いない。

「佐賀城に駐屯する熊将・杉内弘輝は、元々は筑後の武将でしたね」
「今も肥前の熊将に転じたという情報はないので、そのままだろう」

 親泰が言う通り、杉内の地盤は筑後・久留米城だ。

「領地をもらっている武将がその地を疎かにするとも考えられません」

 六〇〇〇~七〇〇〇の兵が聖炎軍団によって動けないのは信ぴょう性がありそうだ。

「となると、動けるのは東肥前の兵か・・・・」

 結羽は小さく呟く。しかし、それを拾った利直が言葉を続ける。

「おおよそ一万と言ったところですかな? もちろん、筑前や壱岐、対馬から増援が来ればまだ増えるでしょうが」

 この数字には虎熊方である唐津・伊万里は入っていないだろう。
 とはいえ、この領域が入ったとしてもおおよそ四〇〇〇と燬峰軍団は見ていた。

(だからこそ、兄上は佐賀に向けて進軍し、迎撃に出てきた軍団に一撃を与えた後、同盟軍と足並みを揃えて伊万里、唐津と制圧すると言っていたけど・・・・)

 聖炎軍団の展開と利直の読みが正しいのであれば、博打でもある佐賀の虎熊軍団との戦いは回避できる。
 さすがに一万では佐賀から西方には出てこないだろうから。

「なるほど。確かに聖炎軍団の南関への展開は、我々にも好都合ですね」
「ええ、だから―――」
「でも、足りませんね」

 親泰の言葉を遮り、結羽は続ける。

「天草の大地は我々も血を流して勝ち取った場所です。ですが、南関への展開では聖炎軍団の将士は傷つきません」

 「別に命の等価交換を言っているわけではありませんが」と結羽は言う。

「ただ、戦で得たものをそう簡単に返していては、当方も家中に説明できないというだけです」

 言外に「お前らがウチのために戦ってくれるのであれば考えるぞ」と言ったのだ。

(聖炎軍団は大敗こそしていないけど、続く戦争でだいぶ消耗しているのよね)

 龍鷹軍団との戦争――特に忠流がトップになってから――の他、家督争いや対虎熊軍団との戦いは、大半が肥後国内で行われている。そして、その双方に肥後の戦力が参加しており、犠牲も多い。
 確かに銀杏軍団のように壊滅的被害は受けてはいない。だが、蓄積するダメージは確実に軍団を蝕んでいた。

(だから、きっと嫌がるはず―――)

「では、我々も肥前に出兵しましょう」
「あれー?」

 親泰の発言に思わず本音が漏れる。

「あ、失礼。―――え?」

 結羽の様子に苦笑した利直を意識して我に返ったが、混乱だけは収まらなかった。

「そうですな。二〇〇〇くらいを燬峰王国領内に上陸させますので、それを存分に使ってください」

 燬峰軍団は一万程度であり、二〇〇〇もの援軍は大きい。だが、これをあっさり出すということは何を考えているのか。

「親泰殿は、なかなかにあくどいことを考えますね?」
「いえいえ、南の国の先例に則ったまでですよ」

 親泰と利直が全く目が笑っていないまま笑みを交換している。

(あ、そういうこと・・・・)

 他国に指揮権を与える援軍は、被害がコントロールできないことが多い。
 故に嫌われる傾向があるが、そんな状況でも派遣される戦力は、その国にとって邪魔者であることがある。
 例えば、龍鷹侯国の場合、従流勢力と呼ばれた鷹郷従流を頂点に置く旗本衆があったが、これは従流が燬峰王国に追放されても龍鷹侯国に残った。だが、すぐに四国に派兵されて、数年間現地で戦い続けている。

(これを先例とするとするならば・・・・)

 家督争いの結果、敗北した親晴派の二武将。
 十波政吉と堀晴忠。
 それぞれ家督は別の人間が継いでいるが、熊本で謹慎が命じられていた。

(扱いに困ったもしくは現場に帰参させるための手柄を立てさせるための派兵ってことよね?)

 若いながらも北肥後の国衆をまとめた経験があり、従軍経験も豊富だ。
 それに北肥後の地形は肥前と似ている部分が多く、用兵の面でも期待できる。
 尤も率いていた兵はそれぞれの新当主に帰属しているので、新たな将兵を掌握する必要があるが、それができると見込まれた部将なのだろう。

(もしくはそれができる武将が補助につくか)

 どちらにしろ、家督争いは終結したが、その後の領内運営のために必要な出兵と割り切っているのだろう。

(ウチを利用しようとはいい度胸。さすがは龍鷹の狸と渡り合うだけはあるか・・・・)

 劣勢の中で内乱に勝利し、戦略家としての名声を恣にしていた忠流を出し抜いた珠希の評判は肥後でも耳にした。
 その後、両国の協力で強大な虎熊軍団を押し返したことで、珠希は注目すべき人物だと燬峰王国でも認識されていた。

「・・・・むむむ」

 彼女の入れ知恵があると思われる親泰の提案に、結羽は唸り声を上げるしかない。
 家中の不和の目を摘みたい聖炎国と少しでも戦力が欲しい燬峰王国。
 これだけならば増援はWin-Winだが、両者の要求は必要十分の関係ではない。
 だから、燬峰軍団が欲しい増援を提供するので、見返りに天草郡を返還してほしい、となるのだ。
 その過程で聖炎国は勝手にまとまる。
 聖炎国の盤石化には燬峰王国は何の関与もしていない。

(一方的に恩が売られるだけ)

 しかも、血を流していない聖炎国に天草郡を返すことはないと言ってしまった手前、血を流すことになるだろう増援を断っては意味不明だ。

(ここから逆転するには・・・・)

 結羽は燬峰王国の全権大使としてこの場に来ているが、領土返還などの交渉権は持っていない。
 どうにか言質を取られないようにごまかさなければならなかった。

「援軍はありがたいですね」

 結羽は笑顔を見せて言う。
 とりあえず、援軍は受け入れることにした。

「で? 龍鷹軍団はどれほどの援軍を出してくれるのですか?」
「・・・・・・・・うん?」

 底意地が悪い笑みを口元に浮かべながら結羽と親泰のことを見守っていた利直が首を傾げる。

「援軍、ですか?」
「ええ、援軍です」

 「聞き間違えでは?」という意志を込めた利直の言葉に、聞き間違えではないと返す。

「何故、龍鷹侯国が燬峰王国へ援軍を出さなければならないのでしょうか?」

 利直の眸に警戒心が宿った。

「理由、分かりませんか?」

 一方で、苦し紛れに龍鷹軍団の援軍を求めた結羽の脳は次の言葉を必死で考えている。

「ええ、分かりませんね」

 少しは考え込んでくれるかと思ったが、あっさりと次の言葉を要求された。

「・・・・鷹郷従流」

 苦し紛れに出たのは夫の名前。
 敢えて、"鷹郷"と呼んだ。
 結羽と婚姻して"燬羅"の姓を名乗っているが、公式な立場は龍鷹侯国出身の客将だ。

(ううん、これが鍵ね)

 燬峰王国が持つカードとして、従流は切り札と言える。
 また、それだけではなかった。
 結羽の想いもある。

(彼は、私が選んだ人だから)

 結羽は忠流の人格を確認し、将来性があるのであれば輿入れする流れで龍鷹侯国に派遣されていた経緯がある。
 もちろん、当初はその視点で忠流を見ていた。しかし、僧の身分から還俗させられ、病弱な兄に変わって一手を率いる従流に対して魅力を見出している。
 従流が有力な一門衆として龍鷹侯国の中で確固たる地位を築けば、それを妻として支えるのも悪くないと思っていた。
 結果的に従流の才能とそれに気づいた家臣団の結集で従流勢力の誕生を危惧した忠流によって従流は追放される。そして、その追放先が燬峰王国であったのは偶然ではないだろう。
 忠流派の誰かが結羽と従流の関係を見て、従流の背後に燬峰王国がつくことを危惧したに違いない。

(だから、あの人を祖国から追った一因は私にある)

 従流にも伝えたこともあるが、それは一因であるだけで決定的ではない、と言われた。

(でも、一因だから、なんとかしたい)

 燬峰王国は従流に仕事を与えず、飼い殺しているだけだ。
 だからか、従流はどこか諦めた微笑を浮かべている。
 これが結羽は嫌だった。

「もう一度、従流に兵を率いさせてみませんか?」
「・・・・・・・・・・・・」

 結羽の言葉に利直は沈黙した。
 今現在、忠流の侯国の中での立場は盤石だ。
 忠流が当主になってから、対外戦争は連戦連勝であり、領地を拡大している。
 また、一時期よりも体調は安定しており、当主の地位にいることに、家臣団はそれほど不安視されていなかった。
 今更、従流の地位が向上しようとも、忠流を廃して当主にしようなどと考える者はいないだろう。

「彼が龍鷹軍団を率いることに問題もないし、何より侯国の利益となりますよね?」

 再度問いかけた結羽に、利直はため息をついて答えた。

「私の一存で決めることはできませんが、一理あるとだけお伝えします」

 龍鷹侯国にとって、肥前戦線に援軍を派遣し、燬峰軍団に恩を売ることは大きい。
 また、従流の存在が燬峰王国の中で盤石になることも、外交的には大きい。

(不利益がないのならばやるべきよ)

 結羽の思考は、一部では非常に忠流と似通っている。
 これまでのしがらみなど、どうでもいい。
 メリットがあればやるべき、という考えだ。
 本人の考えはともかく、利直は忠流の考えをよく理解しているはずだ。
 故にこの提案はそれほど的外れではない。

(でも―――)

「―――ただ、この援軍の見返りに何を用意してくれるので?」

(―――当然、こう来るよね~)

 聖炎軍団の援軍に対し、燬峰王国は明言はしていないが、天草郡の返還を示唆している。
 龍鷹軍団の援軍に対し、何ができるのだろうか。

(でも、こう返すだけよ)

「あら、すでに貴国は我が国に恩があると思いますけど?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 思い当たるものがあるのだろう。
 利直は何も言わなかった。
 だから、結羽も心の中で追加する。

(龍鷹侯国が我が国に持つ恩。それは―――)


―――鷹郷従流の身の安全。


 忠流政権にとって従流は邪魔だった。だが、一門衆が不足する鷹郷家にとって、殺すわけにはいかない存在。
 だから、それを引き取ってくれたというだけで、龍鷹侯国は燬峰王国に対して恩義を感じるべきである。
 いつの日か、従流が一門衆として龍鷹侯国に復帰するかもしれない。
 だから、燬峰王国に従流がいる限り、龍鷹侯国は燬峰王国に恩義を感じなければならないのである。

「援軍については本国へ持ち帰り、決断することにいたしましょう」

 そう言って、利直は明言を避けた。しかし、「決断する」と言っている。
 これは「援軍を出す決断をする」という意味であり、龍鷹軍団も肥前へ出兵することが確実となった。










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