「炎の統一」/六



 菊池城。
 迫間川と菊池川に挟まれた山に位置している。しかし、主要区画は麓に築かれていた。
 これは十波氏がこの菊池を守るために打って出ていた頃の名残である。
 結果として菊池十八外城が築かれたのだが、この外城を突破された場合、菊池城に籠るしかない。
 十波氏が火雲氏(後の聖炎国)の影響範囲下に置かれた後、支城の菊の池城を南端に、大琳寺、西覚寺へと繋ぐ堀と土塁を築き、いわゆる総構とした。
 さらに菊池川南岸の城林城、戸崎城が出丸のように突き出ている。
 北東には有力な分家が治める城々が続き、菊池城に取りつくためにはこれらの外郭を攻略する必要があった。






菊池城の戦いscene

「―――あれが菊池城か。聞きしに勝る堅城だ」

 鵬雲六年六月二〇日、聖炎軍団は神尾城(菊池十八外城)に入城した。
 城は放棄されていたので無血占領だ。
 後方の増永、正光寺城なども陥落しており、後顧の憂いはない。

「立石殿も古渡城を再度占領した模様です」
「うむ」

 景綱は大きく頷き、再度視線を菊池城に向ける。
 ここから菊池城背後の山が良く見える。
 距離は一里もない。

「こちらはおおよそ四〇〇〇。相手はどのくらいかな」

 聖炎軍団本体は城村城から取って返し、途中で工藤勢五〇〇を加えていた。
 また、菊池川南方に立石勢一五〇〇がおり、合わせれば五五〇〇である。

「正光寺城には二五〇〇ほどいたようですが・・・・」

 投降した兵士の話だ。

「撤退時は潰走となったようなので、多くて一五〇〇というところではないでしょうか」

 退却時に兵が逃散したのは目撃したし、退路に旗や武器が放置されてもいた。
 戦力を消耗したに違いない。

「ただし、菊池城は十波氏の本拠地です。民衆も武器を手に取るでしょう」

 家臣の言う通り、民衆が入城したとの報告は受けていた。
 町の規模も大きく、菊池城下全ての民が立ち上がれば数千は加わるだろう。

「どの程度か?」

 景綱は視線を城から外さずに家臣に言った。

「ハッ。女子供老人を中心に後方に避難させていますし、彼らの補助のために男衆も相当数が後方にいますので・・・・五〇〇~一〇〇〇かと」
「意外に多いな」

 初めて視線を切り、困ったように眉を下げる。

「父上、迫間川北岸の北福寺、玉祥寺の住職が参っております」

 声をかけてきたのは次男だ。
 重綱が珠希に婿入りした関係で、名島家の跡取りとなっている。
 今回も名島勢の一手を率いて参戦していた。

「寺か。どうせ、中立の報告と軍不入の要求だろう。適当に言っておけ」

 両方とも十波氏に所縁のある寺院だ。
 菊池城下を北から攻める場合には陣地とするにはちょうどいい位置にある。
 南方は城が築かれているが、北方はこれらの寺院が守っているとも言える。

「適当、とは?」

 首を傾げる次男に苦笑した。

(どうも、我が息子たちは頭が固いな)

 重綱も今頃は珠希に振り回されていることだろう。

「ん? 今は占領する気はないが、状況次第とでもか」

 さらに北方の稗方の小城にも兵が入っていることは分かっている。
 それはそのまま古代の重要拠点――鞠智城の一帯への抑えだ。
 ここを押さえておけば、筑後からの増援が通れる。

(だが、そこを制圧するつもりはないがな)

 兵力の分散と言えるからだ。
 だから、北方の寺院の保護などどうでもいい。
 敵対さえしなければ放置だ。
 だが、不入を約束して、今後にその地域が重要になった時の足枷になるのも避けたかった。

「さて・・・・」

 景綱は居並ぶ諸将を見回す。
 と言っても、ここにいるのはほとんどが名代だ。
 主立った諸将は前線で指揮を執っている。

(正式に全軍を率いるのは初だな)

 景綱は陣代とされているが、全軍を動かす場合、常に傍には珠希がいた。
 珠希が考え、珠希が判断し、実行面を景綱が支える。
 そんな関係が珠希―景綱だった。
 虎熊軍団の肥後侵攻でも後詰軍を率いた景綱は珠希の判断に従っていたのだ。

(まあ、今回も同じは同じか)

 珠希から菊池城を攻略せよ、とは言われていない。
 だが、いつでも落とせる態勢を整えるように言われていた。

「まずは、立石はどうだ?」
「ハッ。主は補給路も確保した上で、菊池城南方と対峙しております。ご命令がありましたら、総攻めにしてこれらを平らげることは可能と判断しております」
「うむ。出城だが、南方を押さえると敵陣がよく見える。来たる時が来たら指示する故、逸らぬように」
「・・・・御意」

 やや不満そうに名代は頷く。
 無理もない。
 立石勢は戦闘していない。
 別働隊として比類ない働きをしているが、槍働きで得た評価ではないからだ。

(菊池勢を自由にさせず、押さえ込んだ働きは十分に評価されるべきものだがな)

「太田は?」

 太田貴鐘が率いた阿蘇勢は菊池に侵攻したが、不意を衝かれて敗北した。しかし、敗勢をまとめて再度菊池郡を窺っている。

「ハッ。我らも準備が完了し、もうまもなく、再度菊池郡東部へ攻め入ります」
「なるほど。ただ突進せぬように。菊池側の被害が拡大すると、政吉も頑なになろう」
「・・・・お言葉ですが、景綱殿。そのような物言いでは、菊池城を攻め落とさないと言っているようなものですが?」

 太田の配下にある者が言う。

「そうは言っていない。我々は籠城を得意とする。それは十波も同じ。深入りすると地の利のある奴らに想わぬ敗北を喫するだろう」
「「・・・・・・・・・・・・」」

 武功を立てたい立石、太田の家臣が顔を見合わせた。

「今は真綿で首を絞めるように包囲するのが先決だ」
「・・・・それは、今この場に珠希様がいらっしゃらないのと関係があるのですか?」
「ああ」
「・・・・・・・・ならば、仕方ないですな」

 立石も太田も現在の地位に押し上げたのは珠希だ。
 龍鷹軍団との戦闘経験はあったが、中央での政治では蚊帳の外だった。
 それが今や重臣のひとりに数えられるほどの地位を占めている。
 そこまで引き上げてくれた珠希の指示には従うのである。

「して、行動を起こすのはいつ頃になるのでしょうか」
「さあ、それは珠希様次第だなぁ」

 頭をかいて見せた景綱の姿に毒気が抜かれたのか、軍議の場が白けた。

「ま、黙って野営するだけではないがな」




 聖炎軍団本隊は二二日に菊池城外縁部へ一当てしたが、矢玉が雨あられと降ってきて撃退された。
 その抵抗の様子を見てすぐに兵を退き、攻略には仕寄が完成してからと判断する。
 このため、この日以降は西方戦線では銃声が止んだ。
 一方で東方戦線では太田勢が二四日に菊池郡へ侵攻し、市成城(現熊本県菊池市市原)を攻略する。
 さらに二五日には掛幕城を攻めた。
 前回は苦杯を舐めた城だ。だが、攻撃を開始すると掛幕城(現同県同市市原)はすぐに降伏した。そして、二六日には元居城(現同県同市重味)城下まで進み、これを包囲する。
 南方戦線でも二六日に本隊からの攻撃命令が下り、立石勢が戸崎城(現同県同市今南山ノ上)を攻撃した。
 兵力の少ない城方はすぐに城林城(現同県同市木庭古城)へと退避したが、ここでも支えきれずに二七日には白旗を上げる。
 外縁部のあっけない敗北は菊池城の政吉に衝撃を与えた。




「―――何故だ、どうしてだ・・・・?」

 城林城の陥落を知らされた政吉は呆然としつつも城の櫓から南方を見遣って状況を理解した。
 城林城には十波家の旗ではなく、火雲家と立石家の旗がはためいていたからである。
 それを目撃した時は必死に動揺を押し殺したが、その夜に自室でひとりになると、押さえ込んでいた感情が溢れ出た。

(どうすればいい・・・・ッ)

 政吉がいる広間には側近中の側近が集められている。しかし、その中で普段から発言していたふたりが欠けている。
 十波政道は政略面で政吉を支えた部将であり、台城で後方支援に徹するはずが、聖炎軍団の奇襲を受けて討死した。
 十波正智は武略面で政吉を支えた部将であり、正光寺城から撤退する折に殿を務めた。
 討死したという情報はないが、今現在も消息不明であり、混乱の中で討死したと考えられている。
 つまり、政吉は両腕を失った状態だった。

「・・・・殿」
「吉元か」

 竹崎吉元。
 政吉の乳母兄弟であり、側近中の側近だ。
 また、乳母である母親は先代の愛妾である。
 つまり、政吉とは腹違いの兄弟であり、吉元自身も十波氏の血を継いでいるのだが、母が側室でもないため、一門衆として扱われていなかった。しかし、乳母兄弟として政吉の近侍を務め、政吉が親晴方に転じた折に正式に一門衆に迎えている。
 性質的に庶民派であり、下級武士や町民たちに人気があった。
 今回の戦いでは主に菊池城の留守を任せており、聖炎軍団が近づいてきたのに城下が落ち着いているのは吉元の手腕と言えよう。

「何か策はあるか?」
「聖炎軍団は、無理攻めはしてこないと思われます」

 ここが他国であれば苛烈に攻めて住民諸共殲滅する方策もある。だが、。聖炎軍団にとって、菊池も自領だった。
 今後の統治を考えるとあまり犠牲を出せない。

「逆に言えば、聖炎軍団は我ら菊池勢の戦力を評価していることになります」
「無視できぬ勢力ではまだあるか・・・・」

 正光寺城撤退の折に兵を失ったが、彼らは再集結に失敗しただけであり、まだ各地に残っている。
 これを糾合することができれば聖炎軍団に対抗することが可能だ。

(問題はそれをしてくれる指揮官がいないのだけども・・・・)

 菊池勢はそれほど強くはない。
 政吉に対する評価も「若いなりによくまとめている」だ。
 名島景綱や立石元秀のように戦上手ではないのだ。
 尤も元々龍鷹軍団との戦闘に従事した肥後南部の部将は尚武の気質があり、北部の部将は地域を治めることに定評があるので、政吉ひとりの問題ではない。

「聖炎軍団主力がここにいるため、他の方面は自由にできるはずです」
「他の方面か・・・・」

 今回は玉名、山鹿、菊池への同時侵攻だ。
 玉名は南部を抜かれて籠城中だが、聖炎軍団別働隊だけで落とせる城ではない。
 山鹿も縦断され、城村城まで攻め込まれたが、菊池が動いたために聖炎軍団は撤退していた。
 どの方面も押し込まれているが、壊滅的な敗北を喫した方面はない。

「いつまでも遠征してはいられません。一ヶ月も耐えれば聖炎軍団は撤退するでしょう」
「つまり、真綿で締め上げられている状態での根比べというわけか」

 政吉の言葉に吉元は頷いた。

「締め上げるにも労力は使いますから」

(労力ね・・・・)

 聖炎軍団は遠征軍である。
 兵を維持するには食糧が必要であり、それは馬も一緒だ。そして、野営をしていくためには火を焚く薪が必要だし、水も必要だ。
 長陣となれば住居建設や仕寄工作等々で木材も必要になる。
 これらを効率的に運用しなければ包囲戦は不可能だった。

(城村城は分からないが、玉名方面では確実に膠着しているだろう)

 聖炎軍団は力攻めで消耗したくないと考えている。
 それは自軍もそうだし、その後の統治を考えてのこともあろう。
 だから、長期戦とすることは可能である。

「だが、長期戦の先に見えるものは何だ・・・・?」
「それは・・・・」

 政吉の言葉に吉元は言葉を返せなかった。
 籠城戦。
 それは城を守る側と城を攻める側で見られることが多い。
 戦術的には間違いないが、戦略的には援軍が必要になる。
 別働隊や同盟軍が攻める側に攻撃を仕掛けることや天候・季節などだ。
 ただし、この西海道では天候・季節で軍が撤退することは少ない。
 あり得るとすれば台風や長雨で近くの河川が氾濫することくらいだが、菊池川は護岸工事も行われており、これが決壊する時は菊池城下も水に洗われるだろう。

(つまり、援軍が来なければ勝ち目はない)

 ひとつの可能性は玉名衆が聖炎軍団を撃破することが考えられるが、難しいだろう。
 最も現実的なことは火雲親晴が虎熊軍団を率いてくることだ。
 最初から親晴派はそれを考えていたが、聖炎軍団の北上が始まっても虎熊宗国から何ら音沙汰もない。

(ダメ元で銀杏国にも送ってみたけど―――)

 銀杏国は龍鷹軍団に敗北してから豊後北部を領有するのみとなっている。しかし、菊池郡北東部は豊後国日田郡と接している。
 いくつもの峠を越えた先には日田郡の主要城郭である日隈城があり、ここに銀杏軍団の一部が駐屯していた。

(丁重にお断りされているからな)

 そもそも地形が急峻すぎて軍事行動に向かないのだ。
 とはいえ、阿蘇方面に攻める姿を見せてくれるだけでも牽制になるのだが。

(独立国扱いとは言え、龍鷹侯国に従属していると言える。龍鷹侯国と同盟国である聖炎国には手が出せない、か・・・・)

 つまり、後詰めは期待できない。

「後は意地か・・・・」
「意地、ですか」
「ああ、名門の意地というやつさ」

 数百年、菊池という地にしがみついてきた十波氏として意地。
 それに縋るしかない若き当主は自嘲気味に口の端を釣り上げた。



―――ただし、釣られて笑う者はいなかった。




 戦況が動いたのは六月三〇日だった。
 この日、二二日以来戦闘が途絶えていた西方戦線が動く。
 早朝に外郭部に無数の火矢が降り注ぎ、爆炎と共に一角が破壊された。
 慌てふためく領民兵をかき分け、前に出てきた十波氏士分が目にしたのは、弓を放った姿勢のまま残心を取る火雲珠希と―――


―――彼女の周囲にはためく≪白地に黒の二枚並び鷹の羽≫。


 その旗印は十波氏のものであり、菊池城にも多く翻っている。
 これが意味することはひとつ。

「―――なん、だと・・・・ッ!?」

 知らせを受けて前線に姿を現した政吉と吉元が目にしたのは、敵大将と自軍の旗。
 さらには彼女の左右に控える男女だった。

「姉上・・・・・・・・政智・・・・ッ!?」

 絶句する政吉を認めた珠希は声を霊力に乗せて大音声で宣言する。

「―――城村城は陥落した! 十波家が義理立てする旗頭はもういない! 即刻降伏せよ!」

 若く覇気に溢れ、堂々と軍勢の最前線に立つ王の姿に、抵抗していた者たちの心がへし折られた。
 だから、十波氏の兵は己の総大将に視線を向ける。

「殿・・・・ッ」

 何か反応を返さなければならないと、吉元が政吉の甲冑を叩いた。

「・・・・・・・・ッ」

 その衝撃に我に返った政吉は強く歯を食いしばる。そして、歯の一部が唇を傷つけたのか、血を浮かべた唇を動かした。

「休戦だ。経緯と条件は城で聞く」
「あい分かった。―――全軍戦闘停止! 別命があるまで待機しろ!」
『『『オウッ!!!』』』

 どこか芝居がかった仕草で聖炎軍団に命じる珠希。
 その雰囲気に乗せられたのか、聖炎軍団の将兵が大声で応じる。
 一方で、菊池勢は肩を落としながら武器を下ろした。




「―――政吉・・・・」
「椎様。これからが正念場ですぞ」
「ええ、分かっています、政智殿」

 弟の失意に沈む姿を見遣り、そこまで追い込んだ張本人である椎。
 それを励ます政智も同罪だ。

「気に病むことはないよ。キミたちは十分に十波氏の益になることをした」

 控えていた侍女――梨に霊装を渡した珠希が言う。

『そうそう、その功績は私が記憶しますわ』
「気持ち悪い口調だね」
『ひどい!?』

 霊装がワーワー騒いでいるが、顎で梨に持って行くように促した。
 梨は困ったような笑みを浮かべ、一礼してこの場を去る。

「もちろん、その子にも悪いことはないさ」

 珠希は椎が抱く幼子を覗き込んだ。
 霊装が放った轟音にも驚くことなかったその子はきょとんとした表情で珠希を見返してくる。

「本当よね?」

 疑り深い椎は彼女と火雲親晴との子を珠希から隠した。

「まだ疑うのかい? 散々説明したろう?」

 その行動に珠希は嘆息する。そして、視線を十波政智に向けた。

「まあ、キミの方が苦労するかな」
「・・・・・・・・・・・・」

 政智は小さく頭を下げただけで何も言わない。

「さあ、誰も死ななくていいように、交渉と行こうよ」

 珠希は重綱が用意した馬に乗り、視線を菊池城へ向けた。










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