「炎の統一」/一
大矢野島。 天草諸島の北端に当たり、宇土半島と天草諸島を繋ぐ要衝だ。 聖炎国も古くから重要視している地区であり、この地は天草諸島が燬峰王国の支配下に落ちても確保していた。 その中心は大矢野城であり、小さいながらも堅固な作りとなっている。だが、その縄張りの大半は天草諸島陥落後のものであり、対燬峰王国最前線の城と言えた。 そんな城に各国の重鎮が集まるとは、築城理念から大きく外れた出来事だった。 対談scene 「―――よく来たね、歓迎するよ」 鵬雲六年三月五日、肥後国大矢野城。 龍鷹侯国の主・鷹郷侍従忠流が城に到着すると、その大手門に聖炎国の主・火雲珠希が待っていた。 城は多種多様の幟が屹立し、周辺にも兵が展開する厳重態勢だ。 一方、忠流自身も近衛衆五〇〇を連れての訪問であり、海上には海軍艦隊が遊弋している。 同盟国同士の会談とは思えないほどの警備態勢である。 「こんな城もあったんだなぁ」 「難攻不落な巨城だけが我が築城術ではないよ。北部には支城群も存在する」 忠流の言葉に笑顔で応えた珠希が一行を城内へ誘った。 「豊後はどうだい?」 歩きながら雑談とばかりに珠希が聞いてくる。 「鹿屋に任せて、安定しているぞ」 「へぇ。まあ、抵抗戦力は軒並み高城川の戦いで粉砕しているからね」 日向へ出兵した銀杏軍団の出身地で言うと、やはり日向との国境に近い南部中心で構成されていた。 尤も北部出身兵も多く含まれていたのは間違いない。 「部将級が多く討死して、捕虜となった兵も丁重に扱った。支配下に入った南部兵の心証は悪くない」 「高城川の戦いに勝った時から将来の統治のことを考えていたのであれば大したものだよ」 「まあ、少しは考えていたぞ」 忠流があっけらかんと言うが、珠希の言う通り大したものである。 高城川の戦いは押し返しただけでも大戦果なのに、銀杏軍団を壊滅させての戦線整理を完了させたという後世に残る大勝利だった。 それだけでなく、対銀杏国の主導権を握るものであり、侵攻作戦を発動した場合の優位性をも確保するものだ。 だが、実際に統治するのでは話が違う。 銀杏国内は乱れておらず、領民は冬峯氏の統治に不満を持っていなかった。 それが急に主が代わり、かつ軍事最前線に変わったのだ。 戦争とはかけ離れた暮らしをしていた領民からすれば龍鷹侯国は厄介者なのだ。 (それを捕虜返還で、残った領民の心を掴み、捕虜自体もよくしてもらったという思いを残した。結果、領民は龍鷹侯国が領民にひどいことをしない領主だと印象づけた) 「侵略したという事実は変わらないのに」と珠希が小さく呟く。 「そっちの阿蘇は?」 「・・・・わがままな阿蘇神社の勢力を削いだので安定しているよ」 これまで阿蘇地方は阿蘇神社の支配下に入っていた。 軍事力も阿蘇神社の軍事部門が務めていたのだ。 今回の再統治ではこの阿蘇神社の軍事部門を解体し、支城群を破城した。そして、現地調査を経て新たな統治体制を熊本主導としようとしている。 「つまり、両方とも新領地は安定しているので、兵を起こすのに問題はない、か」 「それはこれからの会談次第だね」 珠希の物言いは同盟国である龍鷹侯国と聖炎国以外に参加者がいるようだった。 「―――燬峰王国の方々が参られました」 もう一国の参加者――燬峰王国の名が告げられたのは忠流と珠希をはじめとする両国の首脳陣が茶を飲んで一息ついた時だった。 (さてさて、西海道の狸どもが集まるか・・・・) "鈴の音"がその光景を覗き見しながらほくそ笑む。 今後の西海道を左右する、大矢野会談が始まろうとしていた。 「―――久しいな、源次」 忠流は燬峰王国首脳陣に混じって入室した実弟――鷹郷源次郎従流に声をかけた。 「・・・・・・・・・・・・」 それに対して、従流は言葉を出すことなく一礼する。そして、共に入ってきた燬羅家の者たちと共に座った。 自分の居場所はここだと言わんばかりの態度である。 (そう簡単にはいかないか) 忠流は従流を追放した。 急な政策転換やわかりにくい不可解な作戦に家中の不満も少なくない状況だった。 一方、元僧侶出身であり、寺社勢力にも顔が利く従流は分かりやすい、正統派の人間と言える。 忠流は戦国武将とは致命的に体が弱く、采配も心許ない。だが、従流は忠流の代わりに戦場に出て活躍した。 そんな従流の周りには人が集まり、従流閥とも言える勢力を形成する状況に至る。 (本人はそんなことを考えていないだろうけどな) 周りに集まった人間に担ぎ出されて謀反、ということも考えられる状況となっていた。 (まだ、可能性があるかもしれない、という段階だったけどな) 不満分子が集結してからでは遅いので、早めに追放という手段を執ったのだ。 (本人は不満だったろうけど。それをバネに頑張ったのかね) 従流は追放された後、燬峰王国にて当主・燬羅尊純の妹――結羽と婚姻し、燬羅家の一門衆扱いを受けている。 虎熊軍団肥前方面軍の突然の肥前侵攻に対しても、一手を率いて出陣していた。 軍事的才能は健在のようだ。 「では、この大矢野の支配者として、ボクが司会を務めるよ」 忠流と従流のやり取りを見守った珠希が口を開く。 龍鷹侯国、聖炎国、燬峰王国は三角形を作るように座り、それぞれの辺の内側にそれぞれの当主が座した。 「まずは危険かもしれない会合に当主自ら出てきてくれてありがとう」 彼らが集う本丸の館、本丸は厳戒態勢である。 それだけでなく、周辺海域も封鎖され、ネズミ一匹の侵入も許さないと言わんばかりだ。 これはかつて肥前にて国衆会合で当主陣が全滅した竜造寺の変を意識した厳戒態勢である。 当時の肥前国衆会合の目的が対虎熊宗国の話し合いであっただけに、容疑者筆頭は虎熊宗国の諜報集団だ。 今回の三ヶ国会談も対虎熊宗国に焦点が当てられているため、襲撃を受ける可能性があった。 「君たちもできうる限りの精鋭を連れてきてくれているから、ボクも安心して臨めるよ」 珠希の言葉に忠流は肩をすくめた。 確かに今回集結している戦力だけで、数倍の足軽を相手にできるだろう。 それほど個人戦闘力に秀でた者たちが集まっている。 「じゃ、とりあえず、自己紹介かな」 以下が今回の会合の出席者だ。 聖炎国 代表:火雲珠希 随員:火雲親泰、立石元秀、柳本長治 護衛:瀬堂且元、名島重綱 龍鷹侯国 代表:鷹郷忠流 随員:鹿屋利直、御武昌盛、藤川晴崇 護衛:加納猛政、瀧井信輝 燬峰王国 代表:燬羅尊純 随員:時槻尊次、津村信隆、燬羅従流 護衛:塩見純貞 (当たり前だけど、他の国も本国に重鎮は残したままだな) 龍鷹侯国は軍事の要である鳴海直武などを残したままだ。 聖炎国も陣代である名島景綱は熊本城に残っている。 燬峰王国も軍団長とも言われる燬羅紘純が残っている。 (それに万が一この場全員が全滅しても、残る一門衆がいるな) 龍鷹侯国には鷹郷勝流がいる。 聖炎国は火雲親泰に幼子がいるらしい。 燬峰王国も燬羅尊純には嫡男の他に次男もいる。 即滅亡にはならない。 「じゃあ、燬峰王国から肥前の状況を教えてもらおうかな」 対虎熊宗国戦線の肥後、豊後の状況は事前に報告済みなのだ。しかし、肥前方面は状況が複雑なため、口頭説明すると燬峰王国から連絡があったのである。 「では、私から報告させていただきます」 口を開いたのは尊純の側近中の側近――時槻尊次だ。 彼は手に持っていた肥前の地図を場の中央に広げ、木の棒を指示棒代わりに地理関係を示した。 「ここが我らの本城である森岳城、軍団の主要駐屯地である諫早城。最前線である武雄城」 スルスルと棒を動かし、自身の領国を示す。そして、その先端は島原半島の象徴とも言える雲仙岳を示した。 「こちらが現在も小規模な噴火を繰り返している雲仙岳です」 雲仙岳は沖田畷の戦い後に噴火。 大規模な溶岩放出を伴う噴火の後、火山灰と噴石を周囲に放出する小噴火が続いている。 「噴火の原因は?」 自然災害だ。 分かるわけがない。 だが、忠流の質問に尊次は答えた。 「鎮守の要であった温泉神社が何者かに襲撃され、吹き飛びました」 「噴火の【力】を押さえる鎮守の【力】がなくなった瞬間に噴火した、か」 "鈴の音"という強大な【力】を持つ者との関係がある忠流はため息をついた。 "鈴の音"は自然と言うより人の精神に影響を与える者だ。 だが、温泉神社を襲ったのは自然の【力】ではない。 「燬峰王国ではこの温泉神社の襲撃は、かつての竜造寺の変の首謀者と同じと考えています」 発言したのは従流だ。 霊装持ちとして、僧侶出身として、さらには独自の戦力をほとんど持たないフットワークの軽い従流が調べていたのだ。 彼は龍鷹侯国でも"鈴の音"調査に参加している。 この三ヶ国で、超常現象を引き起こす人物に一番詳しい人と言えた。 「従流、それは"鈴の音"と同一人物か?」 龍鷹侯国――というより忠流――は"鈴の音"の容疑者を絞り込んでいる。だが、もし温泉神社襲撃と"鈴の音"が同一人物の場合、その容疑者は間違っていることになる。 「いえ。別人です。・・・・ただし、組織で動いている場合は分かりませんが」 「・・・・確かになぁ」 "鈴の音"には霜草久兵衛という忍びが協力していた。 他に協力者がいて、その者が温泉神社を襲ったとしても不思議はない。 (ただなんか違うんだよな・・・・) "鈴の音"は波乱を巻き起こそうとしているようであるが、温泉神社襲撃は波乱には繋がらない。 繋げようとするのであれば沖田畷の戦いの前に虎熊軍団によるものと偽装するはずだ。 そうすれば燬峰王国と虎熊宗国の間に和平はなく、今でも戦いが続いているだろう。 (となると、この西海道には"鈴の音"以外の超常現象を引き起こせる者がいる、か) 正直頭を抱えたくなる状況だ。 (問題はその者が誰の味方であるかだ) 少なくともここに集った勢力の味方ではない。 (考えられるのは虎熊宗国の味方か、独立勢力かだ) 前者の場合、温泉神社襲撃は、追撃を振り切るためと言えるだろう。 事実、燬峰軍団は災害救助、原因究明に追われ、肥前方面軍を失った虎熊宗国の領域内への進軍は行えなかった。 効果はあったのだ。 (だが、そんな戦力があるならば沖田畷の戦いに投入すれば良かった) 襲撃者との関係もあるのだろうが、投入どころのズレに違和感を抱く。 (ただ、独立勢力だとすればその目的は何だ?) 火山噴火という成果を得られているが、それが何だというのだろうか。 確かに火砕流による直接的な被害、火山灰による農作物被害が報告されている。そして、その被害は燬峰王国領内だけでなく、東方に位置する筑前・筑後でも確認されていた。 だが、燬峰王国も虎熊宗国も貿易で食料を輸入し、深刻な飢餓は発生していない。 食糧不足に起因する社会的不安定は生み出せていなかった。 「で、虎熊軍団の動きはどうだい?」 質問したのは珠希だ。 虎熊軍団肥前方面軍は突如味方である唐津に攻め込んだことにより、肥後に攻め込んでいた虎熊軍団主力が撤退したのである。 気になって当然だ。 「奇襲を受けた唐津城は陥落。攻略部隊はそのまま南下して岸岳城に攻め寄せました」 唐津を攻めた部隊は佐賀から北西に進んだのではなく、糸島から海岸線を通って東から攻め寄せていた。 その後に南下し、伊万里勢力の最前線である岸岳城を攻撃。 ここで伊万里からの援軍要請を受けた燬峰軍団が武雄から北上して後詰め。 松浦川の畔で両軍が対峙した。 「奇襲性を失い、燬峰軍団の全面介入を悟ったのか、虎熊軍団は唐津に撤退しました」 「そして、唐津は今も虎熊宗国の勢力圏と言うことだね?」 「はい。唐津城周辺だけでなく、その北西に広がる東松浦半島全体が勢力圏となっています」 珠希の質問に時槻が答える。 「ま、そこは大した勢力はいない。唐津さえ落とせばこちらにつくだろう」 発言したのは燬羅尊純で、戦略的に痛手ではないことを示した。 「というか、すぐ北に壱岐があり、言わずと知れた虎熊宗国の領国だ。だから代々唐津は虎熊宗国に従属していた」 豊後・銀杏国や西筑後の田花氏のように婚姻関係にあるわけではないが、常に虎熊宗国寄りの態度を示していた。 「何かをやらかして、見せしめ的に攻められたのかどうかは分からんが、さらに西側の豪族たちは動揺しているぞ」 何せ虎熊宗国は味方を攻めたのだ。 虎熊宗国と燬峰王国の間で旗幟を鮮明にしていない他の豪族や燬峰王国よりとはいえ一定の距離を保つ北松浦半島の豪族に衝撃を与えた。 勝ち馬に乗るつもりだったが、このままでは問答無用で虎熊宗国に滅ぼされかねない。 陥落した唐津は本丸まで攻め落とされており、一族のほとんどが戦死してお家断絶の状態なのだ。 次は我が身かもしれない。 「って、考えた奴らが誼を通じてきている」 「つまり、松浦郡の大半は燬峰王国に同調するわけだね」 「ああ」 松浦郡は単独で十万石を超える。 すでに勢力圏にある五島列島や虎熊宗国が占領した唐津を除いても数万石が味方になったと言える。 戦力にして一〇〇〇~二〇〇〇だろうが、一備が増えたことは歓迎することだろう。 「―――と、言いたいが、逆に向こうにつく奴らもいる」 「おい」 尊純の言葉に、珠希がずっこけた。 少女の反応に尊純がニヤリと笑う。 それに気付いた珠希が睨むも、尊純はニヤニヤとした笑みを引っ込めず、楽しそうだった。 相手をしても無駄だと判断した珠希は視線を忠流に向ける。 「で、キミはいつまで考えているんだい?」 「いや・・・・。じゃあ、疑心暗鬼に包まれた肥前も、戦雲に包まれているわけだな」 考え事から復帰した忠流が発言した。 「そうだな。だから、異論はないぞ」 「「「―――西国の虎狩りに」」」 言葉を揃えた国主たちは、全く同種の笑みを浮かべる。 それを見た家臣たちは同じ笑みを浮かべる者、呆れる者がいたが、総じて肯定的な反応だった。 虎熊宗国の征伐。 それが西海道に君臨する龍鷹侯国、聖炎国、燬峰王国の首脳が集まった最大議案だった。 「―――ようやくかのぉ・・・・」 離れた場所で三ヶ国の会談を覗き見ていた"鈴の音"は【力】の使いすぎでじんわりと痛むこめかみを押さえながら呟いた。 視界を飛ばして熱を持った右目を右手で覆い、茶を飲んで一息つく。 (ようやく戦えるだけの情勢に持ち込むことができた) 龍鷹軍団三万、聖炎軍団六〇〇〇、燬峰軍団一万二〇〇〇の計四万八〇〇〇。 これでも従属する豪族を含めた虎熊軍団四万に対して圧倒的とは言えない。 だが、虎熊軍団の指揮系統は"何故か"機能していない。 前哨戦で肥後北部の火雲(虎嶼)親家、筑後西部の田花晴連を下せば、新生銀杏国に備えなければならない豊前衆は動けず、筑前・筑後東部・肥前東部の約二万となる。 福岡城へ進軍することも夢ではないだろう。 (ここでヤツの野望を阻む・・・・ッ) この国が始まってもう二〇〇〇年以上経っている。 (もうこの世は神代ではないのですよ・・・・ッ) そう思い、"鈴の音"は己の能力を媒介する鈴を強く握り締めた。 |