「銀杏の落葉」/七



 戸次川の戦い。
 後にこう呼ばれる龍鷹軍団と銀杏軍団の決戦は鵬雲五年一二月八日に勃発した。
 大野川ではなく、戸次川と呼ばれる理由は決戦地の地名が戸次であったことに由来する。
 大野川は流路が長く、各地で様々な呼ばれ方をしていたためだ。
 この戦いは敵軍に対して劣勢のことが多かった龍鷹軍団が、敵軍に対して二倍近い兵力を有していた珍しいものとして記録されている。
 だが、それ以上に龍鷹軍団が得意とする両翼を揃えた決戦陣形ではなかったことが、後世の軍事研究家の間で話題となった。
 戦略家として戦場を調えることに長けた鷹郷忠流が、何故このような会戦を行ったのか。
 その答えを求めて研究家たちは激論を交わしたという。

 しかし、得てして研究家は何でもないことに意味を求めてしまう。
 さらに過去の事というのならば前後の功績から答えを導き出そうとするきらいがある。

 結局、答えは簡単なことだった。



―――ただの油断である。






戸次川の戦いscene1

「―――なんや?」

 十二月八日、大野川東岸戸次地区。
 早朝から発生した谷霧と川霧がようやく晴れそうな辰一刻(午前7時)。
 大野川北岸への渡河地点を警戒していた龍鷹軍団日向衆に所属する兵が顔を上げた。

「おい、今何か聞こえなかったか?」
「・・・・聞こえた気がする」

 同僚も同じ違和感を抱いたようだ。
 急いで手槍を広って立ち上がる。
 音源は北岸だ。

「逃げるべ?」

 音源が敵であった場合、襲われたらひとたまりもない。
 こういう時はさっさと逃げていいと言われていた。
 指揮官からしても音信不通より、未確認でも敵情報が得られる方が良いのだ。

「お上の話じゃあ、敵軍は目の前の川の向こうを南へ向かうんだろう?」

 南西には鏡城があった。
 彼らが警戒している対岸は判田と言う地名で、上が言うには通過点のはずだ。
 つまり、自分たちがいる場所の対岸を駆け抜けるはず。

「逃げるのは対岸を走る敵軍を見てからでもいいかな」

 もしかすれば「敵軍発見」は恩賞をもらえるかもしれない。
 そんな欲が彼らの寿命を縮めた。

「お、おい、何か影が見えないか?」
「バシャバシャって音も・・・・ッ」

 それが意味することは明白だ。
 今まさに目の前の川を誰かが渡っているのだ。
 それは誰なのか。
 確かめなくても分かる。
 だが、そんな察しも意味をなさなかった。

「歩哨は潰した。このまま突撃する」

 銀杏軍団先鋒・梅津正俊は判田から大野川を渡河して戸次に至ると、そのまま足を止めずに進撃を開始した。
 その前方には朝餉を食べ終え、攻城のために背中をさらす日向衆の姿がある。

「首は捨て置け。ここから生きて帰った者全てに恩賞を約束するッ」



 突撃した銀杏軍団は佐柳川北西岸に布陣していた日向衆後備えを攻撃。
 ものの四半刻でこれらを蹴散らした銀杏軍団は迎撃態勢の整わない日向衆へ攻め寄せた。
 朝駆けとはならなかったが、日向衆にとって背後から襲われたことになる。
 その結果、矢面になったのは本隊・絢瀬勢だった。
 絢瀬勢は踏み止まり、どうにか全面崩壊を防ぐ。しかし、日向衆を統一指揮する余裕はなく、日向衆を構成する他の軍団は独自判断を迫られた。



 だが、元々独立独歩の気概が強い日向衆は見事に対応する。
 本日の城攻めを担当するために城内占領エリアにいた都城主・楠瀬正成は城攻めを中止し、逆に打って出てくる可能性がある城勢に対して防御態勢を取った。
 都城勢の補助のために城外にいた児湯郡の山野辺時通は方円の陣に変更し、全方面への防御姿勢を取る。
 一方で昨日の城攻めを担当して後方に下がっていた飫肥城主・寺島春久は日向衆の中でも南東に布陣していたため、絢瀬勢の助勢のために同勢東方を抜けようと動き出した。
 日向衆の中でも大身の彼らの行動を見て、他の部隊も動き出す。
 この時間を文字通り己の血肉で生み出した絢瀬勢は佐柳川南東岸で徐々に防衛態勢を構築しようとしていた。
 これは最前線で戦う優秀な物頭が存在するからだ。
 一方、銀杏軍団の先手・梅津勢は勢いに任せて突進するだけ。
 奇襲効果が薄れれば、後は彼我の質が勝敗を分けるだろう。



「―――む、いかんな」

 梅津勢の大将である梅津正俊には、潮目が変わったことが分かった。
 彼は高城川の戦いでは留守居を務めたが、元々前線指揮官としての才能がある。
 高城川の戦いで出陣しなかったわけは所属していた分家の本流が出陣したからだ。
 梅津氏の一門衆ではあるが、分家の傍流である彼が活躍すると本流との家督争いになる。
 それを嫌がった本流の者たちが正俊を留守居にしたのだ。
 結果的に本流全員が討死したので、正俊が分家の家督を継ぎ、さらには本家の家督も継いだ格好となっている。

「ただ、頃合いか」

 日向衆の大将を討ちたかったが、それは叶わないようだ。だが、目的は果たしている。

「退き太鼓を鳴らせ」

 大部分が川を渡ってしまっているため、困難を伴うだろう。しかし、このまま攻勢を続けるとさらに損害は増える。
 敵も押し返したとはいえ陣を整えるまでは無理な追撃はしないはず。

「・・・・やはり、若いのに戦慣れしているな・・・・」

 攻撃を止めて渡河する梅津勢に対する追撃は限定的だった。
 そもそも佐柳川の川幅はそう広くないので、北西岸に展開する部隊からも矢玉は届く。
 下手に接近すると手痛い反撃を食らう可能性があった。
 それを見越してか、絢瀬勢は開戦前からは多少押し込まれた場所に留まったまま陣形を整えている。

「敵は陣を整えたら出てくるぞ! 気張れよ!」

 敵はこちらが打って出てくるのを待ちわびていた。
 ならば態勢を整えたら決戦を挑んでくるに違いない。

(きっと敵は東の山中を抜けて一気に押し出してくるだろう)

 龍鷹軍団の得意な陣形は中央と両翼を持った三正面戦闘。
 日向衆が中央を構成するのならば、左翼は神前勢、右翼は現在展開中だろう。

(だが、遅い・・・・ッ)

 佐柳川周辺の戦闘音が止んですぐ、また轟音が鳴り響いた。
 それは梅津正俊が敵左翼と見た鶴賀城北西方面だ。
 そこに新たな戦線が生まれていた。



(―――マズイマズイマズイィィ~~ッ!?)

 鶴賀城北西部に布陣していた神前豊政は大混乱に陥っていた。
 彼だけではない。
 彼が指揮する神前勢全体が混乱していた。

(いったい何がどうなってぇッ!?)

 突然後方から鳴り響いた喊声。
 それが日向衆を襲っていると分かった時、神前勢の鶴賀城占領域も鶴賀城勢から攻撃を受けた。
 それに対応している内に今度は大野川対岸に敵軍が集結していると報告を受ける。
 その数は一〇〇ほどだったが、それが全てではないだろうという予想があったので、対応せざるを得なかった。
 一〇〇〇しかいない神前勢は鶴賀城占領域から撤退し、城門を気にしつつ陣形を南向きから西向きへと変える。
 その最中、突如北側から攻撃を受けた。
 全くの無警戒だった方向からの攻撃に、神前勢はなすすべもなく突き崩される。
 幸い敵の鋭鋒は陣替中の先鋒付近に集中したので、豊政の本陣は無事だった。だが、先鋒を率いていた部将は討死。
 兵も多くが踏み潰されてしまった。

「殿! どうやら敵はそのまま鶴賀城に入っていったようですぞ」

 副将を務める家老が物見の報告を伝えてくれる。

「城へ・・・・?」

 豊政は忙しく伝令に指示していた顔を前方へ向けた。
 見れば確かに銀杏軍団はこちらの先鋒を押し潰した勢いのまま横切っていく。
 先鋒の生き残りを吸収した神前勢は戦線縮小のために東方へ後退したので、鶴賀城の北西方面の虎口は開いていた。
 そこに銀杏軍団が吸い込まれていく。

「救援物資でも運んでいるのか・・・・?」

 後詰決戦が始まったのであろうが、増援が城内に入ればまた包囲されて終わりだ。
 だが、食料や武器弾薬等の物資運搬ならばあり得るだろう。

(とはいえ、そんな荷駄はなかったが―――)

「―――殿! 敵が再び攻勢に出ました!」

 銀杏軍団の一部が向きを変え、神前勢へと襲い掛かってきた。
 数はそう多くないが、混乱している神前勢にとって脅威でしかない。

(全体のことは龍鷹軍団がどうにかするさ)

 龍鷹軍団の強さは身に染みて知っている。
 たった一〇〇〇しか指揮しない豊政が気にしても仕方がない。

(今は一兵でも無事に延岡に連れ帰る・・・・ッ)

 小領主として、最低限の勝利条件を満たすため、豊政は父の遺品である采配を握り締めた。




「―――ちょっと意外だったな」

 この一言が銀杏軍団の襲撃を聞いた忠流の第一声だった。
 彼の下に情報が届くまでにいくつもの整理がなされ、ただの「敵襲」ではなくなっている。
 銀杏軍団の大野川渡河は鏡城正面からではなく、さらに北方から実施された。
 襲撃部隊は銀杏軍団主力部隊であり、すでに大野川東岸へ展開済み。
 背後を衝かれた日向衆だったが、全面崩壊の危機を脱しつつあり。

(日向衆が崩れなかったことは大きいな)

 内乱以後、多くの戦闘で指揮を執る絢瀬晴政の名将ぶりに頼もしさを覚えつつ、横を見た。

「予定とは異なるが、やるか?」
「ええ」

 横にいた鳴海直武は複数人の使番を方々に走らせる。
 すると御武勢と瀧井勢が北方へ移動を開始。
 さらに鳴海盛武率いる部隊も移動を開始し、主戦場の大野川東岸――戸次へと進出する。そして、隙間を生まぬよう本隊も移動を開始した。

「とはいえ、見えんなぁ」

 前進した本陣から戦場の方を見ても見えるのは木々ばかり。
 視界の確保という点では失敗している。

「これでは指揮も何もありませんな」

 直武が渋面を作って唸った。
 現状は各部隊が陣形を整えることに注力しているが、龍鷹軍団の本格的な反撃には統一指揮が必要だ。

「仕方がありません。私も前線に行きます」

 龍鷹軍団の指揮を執るのは忠流ではなく、直武だ。
 彼は護衛を連れて前線に近い部隊に間借りするというのだ。

「鳴海勢に合流するのか?」

 現在、龍鷹軍団は日向衆を左翼から中央に位置させ、御武勢と瀧井勢が右翼を形成する予定だった。
 そして、その後方に鳴海勢が布陣するのだ。
 なお、右翼方面には山林が広がっているが、山道に慣れた御武勢と瀧井勢ならば問題なく布陣できる計算である。

「盛武が嫌がるでしょうがね」

 直武は形式的に盛武に家督を譲っていた。
 このため、直武の実家である鳴海勢の指揮権は盛武にある。だが、先代かつ総大将として直武が鳴海勢に陣借りすればそれは指揮権移譲を意味していた。

「・・・・いや、喜び勇んで前線に突撃するかもしれんぞ?」
「・・・・・・・・・・・・あり得る」

 盛武は前線指揮官としても優秀で、己も刀槍を振るうことに躊躇がない。
 いや、好き好んで前線に行きたがるので側近が苦労しているという。
 今は鳴海勢を指揮しなければならないという役目があるので自重している節があるが、直武に指揮が移れば前線に行くだろう。

「私の傍で指揮を学ぶように厳命し、抵抗するならば簀巻きにしてでも止めます」
「それがいいだろう。こんな戦、危険を犯すほどではない」

 今このタイミングでの銀杏軍団主力軍の来襲は意外だったが、そもそも主力決戦は想定していた。そして、その予定に狂いはないので勝ったも同然と言える。

(さてさて、後はどう料理をするのか、だ)

 龍鷹軍団は野戦が得意だ。
 それも敵の攻撃を受け止めてからの反撃が得意だ。
 今、大野川東岸で交わされているこの戦闘は、龍鷹軍団にとって得意な形だった。

「加納、頼むぞ」
「分かっている。御館様の暴走もしっかり止めよう」
「・・・・大丈夫か?」
「・・・・・・・・不安だから今からもう簀巻きにしておくか?」
「そうだな。万が一逃げる時もそうしておいた方が担ぎやすいだろう」

 直武と近衛部隊を指揮する加納猛攻が不穏な会話をしている。

「おいこら」
「御館様、大丈夫です。荒縄しかありません」
「大丈夫じゃねえよ、縛るな!」
「そうです! この口惜しいですがきれいな肌を荒縄で傷つけるのは許しませんよ!」

 紗姫が忠流の肩口から顔を出し、見当違いな非難を発した。

「ここに帯の予備があるから、これでいいじゃろ」

 といい、これまた高級そうな紫紺の帯を取り出す昶。

「いや、お前ら。俺は縛るなって言って―――モガモガ」

 体ではなく、顔に帯を巻かれて、口を塞がれる忠流。

「なるほど、御二方がいれば大丈夫ですな」

 直武は助けようとせず、颯爽と馬上の人となる。

「では」

 短くそう告げると、本金箔魅前立総髪兜をかぶり、馬腹を蹴った。
 すでに準備していた二〇名弱の武者・中間と共に直武が本陣から出陣する。

「さて、猛攻」
「はい? 縄ですか?」

 いい笑顔で荒縄を見せてきた。

「違うわ!?」

 どうでもいいが、猛攻のような屈強な男に荒縄で締められればそのまま昇天しかねない。

「直武の個人的な馬廻衆と共に使番の武者たちがごっそり移動したけど・・・・」

 本陣ここなのに、と思わなくもないが。

「この部隊はどの程度の兵力になった?」

 この忠流本隊を構成するのは大半が忠流直轄の武士――近衛だ。
 この近衛のまとめ役が加納猛攻であり、近衛は彼の直臣ではない。
 一方で鹿児島城周辺に小さな所領を持つ旗本や母衣衆などと呼ばれる使番部隊も所属していた。
 忠流本隊は約一五〇〇だが、直武が連れて行った兵や前進前の陣地に残してきた兵などもいる。

(結局、今俺を守っているのはどのくらいなのか)

「ざっくり言えば、七〇〇です」
「半減かよ」
「鳴海陸軍卿が連れて行ったのが約一〇〇。鳴海勢との隙間を埋めるための二〇〇、東方からの奇襲に対応するための二〇〇、鶴賀城虎口の見張りが一〇〇、後方の元本陣守備が二〇〇」

 猛攻が指を折りながら言う。

「これらは全て旗本で、近衛五〇〇と旗本二〇〇が手元に残っています」
「さすがにこの部隊で鶴賀城を攻めるとか、無理か」
「味方の来援に沸き立っていて視線も北方に釘付けでしょうが、難しいでしょうね」

 目の前で助けようとした城が陥落すれば、銀杏軍団の心が砕けるかもしれない。しかし、それに挑戦するには忠流が持つ戦力は少なすぎた。

「敵はどの程度だと思う?」
「これだけ大規模に攻勢を仕掛けてきたのです。出し惜しみはしないでしょう」
「となると五〇〇〇以上はいるか・・・・」

 府内城に集結している兵力は六〇〇〇とのことだが、まさか府内の守備をゼロにしてきているわけではないだろう。

(だけど、出陣したという報告はないんだよなぁ)

 黒嵐衆は優秀だが、歴史的に防諜に専念してきた。
 忠流が家督を継いでから他国へ草の者――現地諜報員や情報提供者――を増やしてはいるが、銀杏国まで手を広げるに至っていない。
 どこかに情報の穴があってもおかしくはなかった。

「まー最大六〇〇〇としても、こちらは一万を超えるんだ」
「とはいえ、鶴賀城南西にいる長井・武藤勢は今のところ戦力外ですがね」
「それは仕方ないだろう」

 龍鷹軍団最強部隊である長井・武藤勢は他国にその名を轟かせている。
 彼らが前線に近くにいると銀杏軍団が寄ってこないと思った忠流はわざと後方に布陣させたのだ。
 尤も銀杏軍団が大野川西岸を南下し、龍鷹軍団を包囲しようとした場合、長井・武藤勢が矢面に立って阻止する役目があるのだが。

「御館、俺たちはここで待機ッスか?」

 質問してきたのは小姓である長井忠勝だ。
 年齢に似合わない大きな大身槍を肩に担いでおり、見るからに武闘派である。
 以前で忠流の傍にいた幸盛は自身の部隊を率いて前線にいた。

「待機だ。高城川の戦いみたいなことはない」

 手のひらをひらひらと振って彼の意見を退ける。
 高城川の戦いでは忠勝他の期待の若者を最前線に配置し、会戦後期の総攻撃でその武勇を遺憾なく発揮させた。

「ちぇ~。せっかく親父より前線に近いのに」
「仕方ないよ、弥太郎」

 同じ小姓の加納忠猛に慰められる。
 優しい顔たちだが、弥太郎と並ぶ偉丈夫で、こちらも武闘派だった。
 彼らに共通するのは霊装を所持する絶大な戦力であることだ。しかし、周りへの影響が大きすぎ、前線指揮が崩壊しかけることもあった。
 今回の戦いのように戦場に木々が多い場合、霊術の流れ弾でそれらが倒壊して味方が押しつぶされる危険がある。

(というかお前らが前線に行くと俺の護衛がいなくなるだろ)

 忠流の護衛部隊を指揮していた加納郁は忠猛が元服するとともにその責務を弟に譲った。そして、婚姻相手である瀧井信輝と共に瀧井勢の指揮官に収まっている。

(「これで子守から解放される」とか言っていたのは忘れねえからな)

 思わずジト目で瀧井勢の方を見遣ると、偶然視線上にいた近衛が引いていた。
 それほど剣呑な視線だったのだろうか。

「さてさて、直武はどんな指揮を執るのかな」
「兵数優位は得ていますが、左翼はほぼ孤立していますから・・・・」

 猛攻が言った。

「右翼から片翼包囲。できれば大野川まで進出して川に追い落とせれば、ですかな」

 大野川はここより北方で南方から東方に流路を変える。
 右翼が前進すればこの東方に流れを変えた大野川に到達する。
 そうすれば銀杏軍団の退路には大野川が立ちはだかるのだ。

(まるで耳川のようだな)

 高城川の戦いで潰走した銀杏軍団は後方の本陣の下で態勢を立て直そうとした。しかし、龍鷹軍団の早い追撃を受け、退路が立たれるという不安に駆られた結果、再度崩壊。
 結果、退路に横たわっていた耳川に追い詰められ、多くの溺死者を出したのだ。
 今回もこのような事態になれば銀杏軍団は全滅の危機に瀕する大敗北となるだろう。

「衝撃力の強い瀧井勢がいるから期待できるな」
「御武勢は、攻撃力はともかく粘り強いですから、瀧井勢が空けた隙間を維持できるでしょう」

 銀杏軍団は新兵が多く、練度に難がある。
 武者衆の数も足りないので、瀧井勢の攻撃には手を焼くだろう。

「「ん?」」

 銃声と悲鳴が本陣に届いた。
 ここは戦場なのでそれ自体はおかしくはない。
 問題は聞こえた方向だ。

「鶴賀城が打って出たか?」

 聞こえたのは北西。
 そこには鶴賀城の東方虎口がある。
 ちょうど旗本衆二〇〇が銃口向けて敵を牽制していたはずだ。

(虎口は小さいので、出てきた傍から撃たれるので打って出てもすぐに撃退されることは銀杏軍団も分かっていると思うけどな)

「「なっ!?」」

 猛攻も同じように考えていたためか、旗本の人垣が崩れて割れたのに驚愕した。そして、そこから飛び出してきた霊術が近衛衆外側に着弾した時、驚きは近衛衆全体に広がる。

「「「て、敵襲ぅッ!!!」」」

 誰もが分かることを叫びながら近衛たちは慌てて武器を手に陣を整え出した。しかし、旗本は右往左往するだけで動かない。
 無理もない。
 近衛衆は猛攻が統一指揮を執っているが、旗本衆の大将は忠流だ。
 忠流の指示なく動けば、戦後にどう処罰されるかわからない。
 だが、突然のことに忠流は混乱して指示を出せなかった。
 それ故に訪れる不自然な沈黙に旗本たちは焦れる。
 だから、旗本たちは忠流の指示を待つように視線を送った。



 燦然と輝く「上がり藤に十の鷹の羽車」の馬印へと。
 それが敵の目指す場所を教える行為だと分かっていても、見ることを止められなかった。



「あそこか」

 虎口付近の旗本衆を蹴散らした敵も、その視線を追って馬印を確認した。

「目指すは敵総大将の首ひとーつッ!!!」

 次の瞬間には猛然と馬腹を蹴って突撃を開始する。

「迎撃ィッ!!!」

 猛攻が大音声で命じるや否や、両陣営から矢玉と霊術が飛び交い、爆音と悲鳴が轟いた。

「忠猛、忠勝、御館様を頼むぞ」
「「承知!」」

 猛攻は指揮を執るために前に出て、忠流の身辺警護は小姓たちを中心とする最終防衛部隊に任される。
 龍鷹軍団は不意遭遇を除き、内乱以降久しぶりの本陣攻撃を許したのだった。










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