「銀杏の落葉」/四



 豊後国海部郡。
 日向国との国境に広がる広大な郡だ。
 郡南部に祖母傾山系を持ち、それが天然の要害となって日豊国境を堅固なものにしている。
 郡北部は番匠川による沖積平野に発達した佐伯、みかん業の津久見という農業、さらに臼杵を含む水産業も発達し、豊後国でも主要な地域のひとつと言える。
 また、郡南西部は豊富な鉱産資源を有し、銀杏国の産業を支えていた。
 言わば、日向国との国境地帯でありながら同時に銀杏国にとっては重要な産業地帯であり、その失陥は軍事的および経済的打撃となる。
 銀杏国としては何としても防衛しなければならない地域だった。






鷹郷忠流side

「―――ってこと、分かっているよなぁ~」

 鵬雲五年十一月七日、豊後国佐伯城西方に位置する栂牟礼城。
 ここに龍鷹軍団の本陣は置かれていた。
 この城はかつてこの地域の主要拠点だった。
 だが、維持管理が大変な大規模山城群であり、日向国の脅威度低下、城郭技術向上による佐伯城の堅固化で廃城となっている。
 建物は分解されて佐伯城他に再利用され、堀切や土塁は自然の浸食に任せていた。
 しかし、特別な破壊行動を起こしていないため、龍鷹軍団は一部の遺構をそのまま利用し、城域の一部を陣城化して利用している。

「ですが、臼杵城に動きがないのは事実です」
「うう~ん・・・・」

 幸盛の報告に忠流は頭を悩ませた。

「ん?」

 そんな忠流の袖をクイクイと引く存在。

「どういうこと?」

 戦場ゆえに軽装だが、防具を着た紗姫が眉をひそめている。

「敵が増援に来ないならあんな小城をさっさと落としてしまえばいいのに」

 先に述べた通り、海部郡は銀杏国にとって重要な地域だ。
 だが、それは侵攻している龍鷹侯国にとっても同じである。
 敵の増援がやってこないのであれば佐伯城を落としてしまえば、同郡は占領下に置いたと言えよう。

「佐伯城に籠るのは最大三〇〇〇です」

 幸盛の言った数値は炊飯の煙や遠目で観察される人の動き、さらに城外で捕らえた土地の者の証言からの推測である。
 どうやら佐伯城主・大塩佳秋は城下の者を佐伯城に避難させたようだった。
 結果、非戦闘員も多く取り込んでおり、実質の戦力は一〇〇〇~一五〇〇程度と見られている。
 龍鷹軍団の十分の一であり、攻撃側三倍の法則でも落とせる兵力差だ。

「でも、小ぶりでも結構堅いぞ?」

 佐伯城は番匠川河口付近の八幡山に築かれた山城だ。
 東麓に三の丸が築かれているが、これは平時の政庁であり、ここだけ見れば平山城である。
 一方、山中には本丸を中央に、北に北の丸、南に二の丸、西の丸を配し、本丸も外側に本丸外曲輪を持つ二段状で、これらが全て石垣を持つ総石垣城だ。
 虎口は二の丸の南、西の丸の東、北の丸の西にそれぞれついているが、どれも小さい。

「あれ? 聞いていると攻めるなら南や東からだと思うんだけど?」
「まあ、一応そちらにも兵力は展開していますよ」

 紗姫が首を傾げて言った疑問に幸盛が答えた。
 龍鷹軍団の主力全軍が城から見て西方に位置する栂牟礼城に展開しているのではない。
 二番隊に属する日向衆は番匠川北岸や佐伯城東方に進出していた。
 その兵力はざっと三〇〇〇。
 この兵力だけで佐伯城を落とすのは難しいだろう。

「・・・・佐伯城を落とす気はないってこと?」

 周辺地図と展開兵力を記した地図を見た紗姫が言うと、忠流は首を縦に振った。

「目的は佐伯城を救援するために大分から出撃してくる銀杏軍団主力の撃破だ」

 所謂、後詰決戦である。

「主力軍さえ撃破してしまえば、救援の絶たれた城は落ちる」

 包囲されて備蓄物資を食い潰しながら籠城する城側にとって、後詰軍の敗北は絶望でしかない。

「防御の堅い城を落とすよりも被害が少ない・・・・と思っていたんだけど・・・・」
「敵が来なければどうしようもありませんしね・・・・」

 忠流と幸盛が揃ってため息をついた。
 龍鷹軍団の来襲はかなり前から予想していたと思われるため、佐伯城に備蓄されている武器弾薬食糧は万全だろう。
 如何に住人を避難させたとはいえ、ひと月程度で底をつくとは思えない。
 おまけに稲の収穫はほとんど終えていたようで、佐伯城には新米も多く備蓄されていることだろう。

(ちょっと遅かったな・・・・)

 動員から展開までの時間を考えれば、九月中に動員令を下していなければならなかっただろう。

(でも、そうするとこちらも稲刈りに人を取られて十分な兵力を集められない)

 兵農分離が進んでいるとはいえ、未だ軍の主力は農民兵だ。
 昔ほど制限は減ったが、やはり大動員を下すには農閑期が好ましい。

「茂兵衛」
「―――ハッ」

 忠流が呼ぶと、すぐさま本陣の隅にひとりの男が現れた。

「銀杏軍団主力は集結しているんだったな?」
「ハッ。こちらが宮崎を通過した辺りに動員令が下り、国境を越えた頃には豊後北部の兵も大分に集結し始めていました」
「となると、今頃はいつでも大分を出陣できる、と・・・・。―――数は?」
「約六〇〇〇」

 端的な答えに忠流は顎に手を当てて考える。

「臼杵にいる兵を合わせると、七〇〇〇の野戦軍か」
「少し兵力差がありますね」

 幸盛の言う通り、兵力差があった。
 龍鷹軍団が後詰決戦に挑む場合、栂牟礼城に展開する一万一五〇〇が基幹となる。
 全ては投入できないが、それでも一万は下らない。

(高城川の戦いという野戦で大敗している銀杏軍団が寡兵で挑んでくるわけないか・・・・)

 佐伯城を攻めて疲弊しているならばともかく。

「よし、北上するぞ」
「・・・・やっぱりそうなりますか。後方に不穏分子を残すのは兵站上よくないんですけどね」

 幸盛はやや不安そうに佐伯城の方を見やり、それでも仕方がないとばかりに首を振った。



 十一月八日、龍鷹軍団主力一万一〇〇〇が北上を開始。
 佐伯城の抑えには日向衆三〇〇〇と栂牟礼城の五〇〇を残した。
 同月九日には四浦半島の久保泊城を海軍陸戦隊が攻略、長目半島にも上陸して津久見湾を海軍中継地として占領する。
 また、主力軍も同日に彦岳城を攻略――ただし、無人――、津久見も占領下に置いた。
 さらに同月十日には臼杵へと侵攻し、臼杵城を包囲する。
 とはいえ、臼杵城の本丸と二の丸は島であり、埋め立てられて陸続きとなった部分に三の丸が広がる三方が海に囲まれた天然の要害だ。



「―――これまた難儀な・・・・」

 臼杵城というよりその土台となった丹生島を見ながら忠流はため息をついた。
 見立てでは一〇〇〇名の兵が籠っているらしい。
 住民が避難した佐伯城とは違い、臼杵城に籠るのはほぼ戦闘員だった。

「攻め手が限られるため、寡兵でも防衛は可能ですね」

 幸盛もため息をつく。
 多くの兵も同じ気持ちではなかろうか。
 三方が海で、断崖絶壁である以上、攻め手は南方の三の丸からとなる。だが、攻撃正面が限定されると、大軍の利を生かすことができない。

「まあ、嘆いていても仕方がない」

 本陣として張られた幔幕の床几に座った忠流は軍監である藤川晴祟を見た。

「他の部隊の状況は?」

 藤川は刑部大輔として、黒嵐衆が集めた情報の管理を担当している。
 それは諜報だけでなく、敵地での情報交換にも役立っていた。

「ハッ。分離した第三隊・鹿屋利孝殿は松尾城を落としたとのこと」
「おー、さすがだな」

 松尾城は現在の豊後大野市三重町松尾に位置しており、ここを抑えておかなければ沿岸部を進む龍鷹軍団は包囲される可能性があった。
 鹿屋勢が進んだ道をそのまま通れば延岡に通じる。
 佐伯や臼杵で耐えている間にここを通って延岡を抑えられた場合、龍鷹軍団は退路がなくなるのだ。

「ほとんど兵はいなかったそうですが、一応合戦になったようです」

 これまで主力軍が落としてきた城とは違ったようだ。

「銀杏軍団が予想した進撃路とは違ったのかもな」

 おそらく松尾周辺の兵も大分に集められ、留守居だけ残っていたのだろう。だが、まさか敵軍が山越えをしてくるとは思っておらず、撤退する間もなく殲滅された、というところだろうか。

「肥後口は?」

 肥後口担当は佐久仲綱一五〇〇、村林信茂一五〇〇、聖炎軍団三〇〇〇が聖炎国によって確保された阿蘇地方から侵攻。
 待ち受けるのは豊後屈指の堅城・岡城である。

「竹田盆地に至るまでに数度の小競り合いがありましたが、今現在は岡城を包囲しています」
「岡城にはどの程度の兵力が?」

 質問したのは実質的総大将である鳴海直武。
 銀杏軍団の総兵力が一万程度と見られている中、岡城は一〇〇〇程度と見られている。
 それが事実かどうかの確認だった。

「戦闘員一〇〇〇。ただし、佐伯城と同じく周辺住民を取り込んだため、四〇〇〇が籠城していると見られます」

 一部の男を兵として動員することで、戦闘員としては一五〇〇はいるだろうか。
 攻囲軍は六〇〇〇とはいえ、岡城の防御力からすれば力攻めできない。

「なんにせよ、大野川南岸は勢力圏と思ったいいのだな?」

 祖母山を源流とし、竹田盆地から東進し、松尾城の北西で北東-北方面に流れを変えて大分平野へ流れ込む。
 古くから流域には人が住み、豊後の最重要河川と言える。

「大野川の南岸にある筒井ヶ城には兵を確認しています。この城は鹿屋勢と本隊の間にあります」

 筒井ヶ城は地域拠点ではないので、偵察部隊だろうが、ここを攻略すれば本隊と鹿屋勢は連絡が取れる。
 ここに龍鷹軍団はほぼ完全に豊後南部の山岳地帯を支配下に置いたのだった。




「―――どうしてこうなった・・・・」

 龍鷹軍団の本陣で忠流が頭を抱えていた。
 十一月二〇日、豊後臼杵城。
 そこには未だに≪灰地に深緋の八咫烏≫が翻っている。
 十一日に龍鷹軍団は小手調べに臼杵城に攻め寄せた。しかし、城内からの抵抗が予想以上だったため、十二日以降は包囲に留めている。
 そして、大分からの銀杏軍団の増援を待ったのだ。

「全然来ませんね」
「動く気配がないようじゃの」

 紗姫と昶が言うように大分府内城に展開する銀杏軍団に動きはない。
 矢継ぎ早に早馬が入っていることから、各地の情報収集は行っているようだ。しかし、一向に動きを見せなかった。

「拠点だけ立派になるのぉ」

 昶が言う皮肉の通り、龍鷹軍団の本営を置く廃城は日々整備されている。
 かつては水ヶ城と呼ばれた廃城の一角を十二日に占拠。
 ここは建物を取り壊しただけの不完全廃棄で、堀や土塁等の縄張りはほぼそのまま残っていた。
 平地にされた場所に生えた植生を伐採し、小屋を建てて簡単な陣城を築いた龍鷹軍団は物資集積地のひとつとして同地を利用し始めている。
 結果、冬の寒風も凌げるようになりつつあった。
 このままここで冬を越そうとしているようにも見える。

「それが目的じゃないんだけどなぁ」

 忠流は脇息にもたれかかったままだらしなく姿勢を崩した。

(連絡線も断つように動いたっていうのに・・・・)

 水ヶ城は臼杵城西北西一里弱に位置する山城で、臼杵川と末広川を扼する地に築かれている。
 ここを抑えられると臼杵としては北方の栗木城を経由した山越え経路しか大分と連絡が取れない。
 本隊を動かせないにしても、この栗木城を確保するために一部の部隊を動かしてもおかしくはない。
 それでも銀杏軍団は頑なに動かなかった。




「―――ってわけで、どうしようか?」

 翌日の二一日、忠流は龍鷹軍団本隊の部将たちを集めて軍議を開いた。
 議題はもちろん、今後の対応だ。

「鹿屋勢に大野川を北上させますか?」

 武藤統教が提案する。

「ううむ・・・・」

 大野川の戸次地域は豊後南北を繋ぐ要所だ。
 大分平野の出入り口の鶴賀城、天面山城、高旗城、鍋田城の順に南方へ続く。
 当然、これらを攻略することは戦略的に意義があった。
 だが、忠流が望む後詰決戦のためには銀杏軍団が抑えていなければならない城でもある。

(鹿屋勢がこれらを攻略した場合、銀杏軍団が臼杵に来ることはない)

 それは決戦地がさらに北上することを意味する。

「晴教」
「なんじゃろう?」

 忠流は統教の父であり、今回の遠征軍の兵站を担当していた。

「兵站はどうだ?」
「海軍が津久見港を確保し、海路での輸送は順調。ただ、内陸を進む鹿屋はそう余裕があるわけではないじゃろう」
「なるほど」

 鹿屋勢が大野川を北上する場合、補給の関係で攻勢限界を迎える可能性があるのだ。

(松尾城を物資集積地として、次の攻勢のための準備期間が必要ということだな)

 視線で統教に示すと、彼も理解したのか一礼して引き下がった。

「なぜ銀杏軍団は出てこないのだと思う?」

 忠流は座を見回しながら言う。
 領土を侵されているのだ。
 迎撃に出てこないのはおかしい。

(兵力差はほとんどないぞ?)

 銀杏軍団六〇〇〇が動く場合、大野川を南下して臼杵の西から迫るか、佐賀関半島の山地を超えて直接臼杵に至る通路がある。
 どちらにせよ、龍鷹軍団本隊一万一〇〇〇は二〇〇〇~三〇〇〇を臼杵城の抑えに残すため、野戦軍は八〇〇〇~九〇〇〇まで減じるのだ。

「野戦恐怖症にでも憑りつかれましたかな?」

 発言したのは長井衛勝だ。

「聞けば高城川の戦いは地獄だったと」

 彼は肥後戦線にいて参戦していないが、銀杏軍団の大軍が鎧袖一触と粉砕された戦いだ。

「また、佐伯も臼杵も大軍が展開するほど土地が開けていない」

 直武が言う。

「銀杏軍団が後詰に出ても遠巻きにこちらを包囲するだけでは効果がない」
「野戦場所か・・・・」

 忠流は地図に視線を落とし、納得した。
 豊後南部の海岸線はリアス式海岸であり、平地が少ない。
 臼杵周辺は川の沖積平野は存在するが、小川や丘が多く、集団行動には適さない。

「大野郡へ出るか?」

 西進して先の筒井ヶ城を攻略し、鹿屋勢と合流。
 改めて大野川を北上する構えを見せれば動くだろうか。

「鹿屋勢と合流し、大野郡に一〇〇〇ほどの抑えを残して補給路を確保」

 忠流は指示棒で地図を示しながら提案する。

「大野川を下って、鶴賀城を包囲すればどうだろうか」

 忠流は決戦想定地点に指示棒で丸を書いた、
 敵の出撃拠点として大野川の対岸に鏡城がある。

「鶴賀城の縄張りによるが、基本は大野川を背にして攻める形となるだろう?」
「そうですな。そして、陣も南西と北西に分かれる」

 鶴賀城の西側は山と川の間が狭く、軍の移動は困難だ。
 地形的に分断された北西方面の軍を叩くために銀杏軍団が出てきてもおかしくない。

「この北西方面を担当する部隊には苦難を強いることになりますが・・・・」

 鳴海盛武がチラリとふたりに視線を送る。

「まあ、そうだろうな」

 衛勝が自信を滲ませて頷いた。
 担当することになるのは龍鷹軍団最強と名高い二部隊。
 長井衛勝と武藤統教となるだろう。
 兵力的には三五〇〇。
 銀杏軍団は六〇〇〇で攻勢に出た場合、野戦では大きな兵力差となる。
 さらに背後の鶴賀城も打って出ると挟み撃ちになる危険性があった。

「それでもやる価値はあります」

 衛勝と同じく苦戦を強いられる統教も同意する。

「―――ちょっといいか?」

 さらなる進軍に場が固まりつつあったその時、末席に近い位置から声がかかった。

「どうした?」

 発言したのは鷹郷勝流だ。
 甑島沖海戦で海軍卿である東郷秀家を喪ったが、残余艦隊を率いて帰還した海軍の御曹司。
 幼少故に東郷亡き後の海軍卿は前第三艦隊司令官兼治部大輔であった南雲唯和が継ぎ、今回の遠征でも第一艦隊の一部と第三艦隊を率いて豊後水道の制海権を握るために動いている。
 勝流はそれを助けるために従軍する予定だったが、陸の戦いも知っておけという忠流の意向もあって今回は陸軍に従軍していた。

「臼杵城にも抑えを残すのは反対だ」
「・・・・・・・・解囲しろ、ってか?」
「いいや、そうじゃないぜ?」

 ニヤリと笑みを浮かべる勝流に忠流と同じ気色を感じ、諸将が内心でため息をつく中、勝流は言った。

「海軍に任せてもらおうか」
「海軍に・・・・?」
「おい、『こいつ馬鹿なんじゃないだろうか』って顔するんじゃねえよ」
「こいつ馬鹿なんじゃないだろうか」
「図星だったからって、口で言うなよ!?」

 「そーゆーところが嫌われるんだぞ!」と忠流を指差しながら抗議した勝流に何人かがうんうんと頷く。
「まあ、やらせてみるか」
 そんな彼らをひと睨みし、忠流は勝流の提案を了承した。



 前代未聞の攻城戦が行われるのはこの軍議から二日後、鵬雲五年十一月二三日のことだった。
 この戦い以後、海城という築城術にひとつの試練が与えられることになる。
 新たな軍事学の先鞭をつけた戦いを後にこう表した。


―――臼杵城海上砲撃戦。






冬峯律side

「―――栗木城が落ちたようですね」

 臼杵城で龍鷹軍団が新たな作戦を決定した時、府内城でも軍議が開かれていた。
 先の発言をしたのは冬峯律だ。
 その声音は冷たく、相手を糾弾する色を帯びていた。

「確保していても意味のない城です」

 応じたのは冬峯勝則だ。
 この大分府内に集う銀杏軍団主力軍六〇〇〇の総大将に任じられており、その動向を握る人物である。

「これで臼杵城の包囲は完成してしまいました」

 栗木城は臼杵城の北北西に位置し、臼杵と大分平野を隔てて佐賀関半島に続く山地の南側を扼する要地だ。
 臼杵城救援を行う場合、山越えと共にこの栗木城を攻略しなければならなくなった。
 それは臼杵城救援がまた困難になったことを意味する。

「いったいいつになれば動くのですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 龍鷹軍団が豊後に踏み入ってから二〇日以上。
 銀杏軍団は佐伯、臼杵、岡で籠城する一方、本隊である六〇〇〇は府内か一歩も動いていない。
 もちろん、律でも容易に動けない理由は理解している。
 日向口から一万七〇〇〇、肥後口から六〇〇〇が侵攻していた。
 圧倒的な大軍であり、そう簡単に戦を挑むべきではない。

「今この時でも前線は増援を待ち望んでいるのですよ?」

 戦を挑まずとも動いて戦場の周辺に出陣するだけで籠城部隊は勇気づけられる。
 龍鷹軍団も兵が足りないのか、各城の包囲は完全ではない。
 使者が通り抜ける隙間はあった。
 今のところどの城も十分な兵糧を有し、敵も力攻めに出ていないのでそれほど損害は大きくない。
 日向口から思わぬ動きをした別動隊に松尾城が攻め落とされたときに数百の損害が出た程度だ。

「この大分に集まってくれた南部の諸将も揺らいでいます」

 銀杏軍団は南部諸将が各個撃破されるのを避けるため、南部で抵抗するのは堅城である佐伯、臼杵、岡と決めていた。
 それ以外の諸城に籠る兵力は大分に集中し、来るべく反攻作戦の戦力としている。

(でも、先の三城が包囲されても本隊は動かないとなると、彼らはこう思うはず)



―――冬峯家は南部の土地などどうでもいいと思っているのではないか。



(そう思われたら銀杏は終わりです)

 南部諸将が大分を脱出して本拠地に帰り、龍鷹軍団に降伏する。
 そうなれば銀杏軍団は戦う前に磨り潰される。

「律様、龍鷹軍団は後詰決戦を狙っています」

 勝則もまた律の懸念は理解していた。
 いや、実際に律と同様のことを他の部将からも言われている。
 それでも動かないのには訳があった。

「龍鷹軍団は強力です。高城川の戦いで疲弊した我らでは同数での野戦でも敗北するでしょう」

 勝則が気にしているのは単純な兵力差だ。

「龍鷹軍団はこちらを誘っています。その証拠に三城を攻略する気配がない」

 三城を包囲した時点で明らかな停滞がある。
 こちらの動向を気にしているのだ。
 こちらが動けば速やかに後詰決戦の準備を始めるだろう。
 まんまとその罠にはまるわけにはいかない。

「では、どうすれば動くのですか?」

 勝則なりの考えがあると分かり、律は語気を弱めた。

「虎熊軍団の増援を得られればまた違うのですが・・・・」
「それは・・・・」

 虎熊宗国との連絡はここ数ヶ月途絶している。
 増援要請に応えてもらえるかどうかは、もらえない方が大きい。
 それでも状況を劇的に好転させるのはそれしかないのも分かる。

(他力本願過ぎる・・・・)

 侵攻軍の敵は防衛軍だけではない。
 兵站の維持と敵地故の住民の非協力も大きな負担となる。
 軍による直接排除が難しい場合、それを攻撃する手段もあるはずだ。

(各個撃破される可能性もあるけど)

 それでも「攻撃するぞ」という意思を見せるだけで、敵は兵站の護衛に兵を向けて正面戦力が減少するはずだ。

(やっぱり何か隠している)

 勝則の不動は確かに理由があり、それも理解できる。
 だが、ここまで無策でいる理由はない。

("内通しているのかな?")

 疑問形を取りつつ、律の中の不信感は大きくなった。










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