「龍虎の争い」/二



 鵬雲五年四月二四日、熊本城。
 これまで何度も述べたように、西海道屈指の堅城である。
 鵬雲五年三月三〇日に虎熊軍団を迎え撃った後、約ひと月の間、数倍の敵と渡り合っていた。
 総大将・火雲珠希を立て、立石元秀が侍大将として陣頭指揮を執り、三浦雅俊、野村秀時らが足軽大将となって最前線で戦っている。
 対する虎熊軍団は、総大将である晴胤が南下したため、熊将・加賀美武胤が指揮を執っていた。
 麾下には火雲親晴や田花晴連がいるが、いずれも若年である。
 戦経験で言えば聖炎軍団の方が圧倒的に多い。
 それでも五〇〇〇対一万六〇〇〇という兵力差は大きく、ジリジリと虎熊軍団は熊本城を圧迫していた。

 開戦一週間で総構が陥落、次の一週間は城西方に位置する段山攻防戦が行われる。
 一連の戦闘で虎熊軍団は四〇〇〇の死傷者を出したが、聖炎軍団の損害も一〇〇〇を数えていた。
 段山の陥落で聖炎軍団は大きく前線を後退させる。
 三の丸を放棄し、二の丸も一昨日に放棄し、最前線は西出丸となった。
 聖炎軍団は戦線を縮小した関係で迎撃密度が高まり、昨日の攻防戦では火力戦で撃退している。
 だが、銃身の摩耗等の要因で破損した火縄銃も多く、やはり戦力の消耗は避けられていない。

 熊本城は難攻不落だが、落ちないだけで敵を撃退するほどの能力はなかった。
 いや、熊本城にそれがないのではなく、熊本城に籠る聖炎軍団に、それがないのだ。
 それでも聖炎軍団は希望を胸に戦っていた。




「―――八代城、堅志田城の包囲が解かれたんだね」

 火雲珠希が諸将を見回して言った。
 居並ぶ重臣で欠けた者はいない。だが、足軽頭の地位にある者の幾人かは死傷していた。
 ひと月に及ぶ攻防戦は皆を疲弊させている。
 それでも久しぶりの吉報に表情が綻んでいた。

「八代城を取り囲んだ兵力は三万と聞く。それを撃退するとはさすが景綱殿だ」

 名島景綱は聖炎軍団最強とも言われる部将だ。
 砂川の戦いで一敗地にまみれたと報告を受けた時は驚いたが、三万もの大軍を相手にしたのであれば仕方がない。
 その時落ちた評判を見事に籠城戦で跳ね上げた。

「堅志田城には龍鷹軍団が後詰し、一当てして撃退したようだ」

 部将の一人が安心したように言う。
 熊本城では開戦以後、一向に肥後へ進出しない龍鷹軍団主力部隊にやきもきしていた。
 「捨て駒にされたのではないか」という思いがあったのだ。

「龍鷹軍団の主力は八代に進出するだろう。だが、奴らがここにたどり着く前にここが落ちては意味がない」

 珠希は周囲を見渡し、浮かれる部将たちに冷や水を浴びせるべく言った。

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 彼女の言葉に諸将は沈黙する。

「むろん、やすやすと落とされるわけがありませんが、どうしたものか・・・・」

 指揮を任されている立石が困り果てた表情で言った。
 聖炎軍団は典型的な籠城戦術――つまり、遅滞戦術――を駆使して敵軍に出血と時間の空費を強いている。
 だが、それは後詰を待つための戦術だ。
 龍鷹軍団は八代、堅志田を解放して北上してくるだろうが、その前には陥落した宇土城の他、虎熊軍団主力部隊がいる。
 これが三万と見られているが、龍鷹軍団は精々二万五〇〇〇ではないだろうか。

「積極的に攻勢に出て、敵主力軍の一部をこちらに回させてはどうか」

 現在、包囲する敵軍は一万二〇〇〇程度と見られている。
 退路を守るという別目的を持つ北方の田花勢四〇〇〇の損害は少ないが、南方に展開する火雲親晴勢の損害が目立つ。
 田花勢五〇〇、火雲勢二〇〇〇、加賀美勢一五〇〇の損害を与えていると考えられていた。
 となれば、敵の残存戦力は田花勢三五〇〇、火雲勢四〇〇〇、加賀美勢四五〇〇。
 対する聖炎軍団は四〇〇〇。
 敵軍は北方から西方、南方に展開しており、東方にはいない。
 本丸からの射撃線に入る東方は攻めにくいので兵を配置していないのだ。
 また、熊本城東方は聖炎国の勢力圏である。
 阿蘇は銀杏国に従っているが、銀杏軍団の壊滅を聞いて聖炎国に再び従いかねない。
 そうなった場合、熊本城東方に展開する部隊は背後を突かれかねないのだ。

(敵もそう兵力に余裕があるわけでもないね)

 高城川の戦いで銀杏軍団が壊滅したことが大きい。
 日向戦線が一撃で撃破されたことは、連合軍にとって大きな損失だった。
 故に開戦時ほどの兵力差はないのだ。

(それでも大きいことには変わりないのだろうけど)

 珠希には虎熊軍団が八代で後詰決戦に応じなかった理由を正確に理解していた。
 さらに両軍が激突するとすればどこになるかも予想がついていた。

(そのために何ができるか・・・・)

 決戦に龍鷹軍団が勝利すれば、この戦役の勝者は龍鷹侯国と聖炎国となる。
 しかし、貢献度で言えば龍鷹侯国が圧倒的であり、聖炎国は同盟間の主導権を失い、属国に落ちかねない。

「何か簡単でもいいから敵に痛撃を与える事柄はない? 実現性は考慮しなくていいよ」

 珠希の問いかけに、諸将は腕を組んで考え込んだ。
 問いかけのミソは「実現性を考慮しない」である。
 なまじ経験がある部将だと、実現性に乏しいことは意見具申から除外するのだ。

「現状、最も効果的である攻撃は、夜襲でしょう」

 野村がおずおずと意見を口にした。

「昼間は敵の攻撃もありますし、城門を開ければ逆に付け入られます」
「そうだね」
「幸い城の東側は手薄です。何度か物見を放ちましたが、索敵も活発ではありません」

 熊本城に届けられる情報の多くが城東方からもたらされている。
 この経路を使えば、部隊を城外に展開させることは可能だった。

「尤も、そう多くは出せないのですが・・・・」

 さすがに一〇〇〇人規模も出せば目立つ。
 しかし、数百では与えられるダメージに限りがあった。
 精々数十人の死傷者を出す程度だろう。

「一部隊を撃退するほどは無理だろうね」

 そう答えた珠希だが、"夜襲"という戦法に興味を抱いた。

「夜討ちをかける場合、どこの陣地が最も効果的かな?」
「それは田花勢でしょうな」

 珠希の質問に野村が間髪入れずに答える。
 まるで質問を予想し、考えていたかのようだ。

「田花勢の攻撃は消極的です。戦意が低いと考えてよさそうです」
「まあ、あそこは虎熊宗国ではないからね」

 田花家。
 筑後国柳河城を本拠とし、筑後国西部(下妻郡、山門郡、三池郡)を領する大名だ。
 石高は十一万六〇〇〇石。
 実石は十五万石。
 兵力は五二〇〇余を数え、単体でも無視できない戦力を持つ。
 先代である鎮連は出雲遠征に参加して討ち死に。
 現当主・田花晴連(ハルツラ)は母が虎嶼晴弘の長女であり、晴胤の甥だった。
 まだ少年の域を出ないが、筆頭家老・嵯峨連成の補佐を受け、壊滅した田花勢を再生させている。
 今回の肥後侵攻が初陣であり、嵯峨を実質的指揮官として四〇〇〇を率いて参陣していた。
 日向国領有の可能性があった銀杏国と違い、田花家には勝利しても見返りはない。
 このため、戦意に乏しく、熊本城攻防戦でも動きが鈍い。
 聖炎軍団から苛烈な反撃を受け、損害を被っていた。
 この時の戦いぶりから戦に不慣れなことが分かっている。

「数百の兵で打撃を与えられる他、敵の退路を脅かすことも可能です」

 田花勢が布陣しているのは熊本城の北方である。
 言うまでもなく、虎熊軍団の補給路や退路は北方に伸びており、田花勢が間接的にその防御を行っていた。
 田花勢に打撃を与えることができれば、虎熊軍団は主力軍から兵を引き抜き、退路確保に配置する可能性がある。
 それなれば聖炎軍団は熊本城にいながら龍鷹軍団と虎熊軍団の決戦に介入することが可能となる。

「やってみる価値はあるね」

 実現性はともかく今現在で最も効果がありそうだ。

「となれば、損害を与えるために最も効果的な、切り札を切らないとね」
「・・・・・・・・まさか?」

 嫌な予感がしたのか、立石が珠希を見つめる。

「ふふ」

 その視線に笑みで答え、珠希が立ち上がった。

「精鋭を準備させてくれないかい?」
「はっ」

 立石と違い、己の意見が採用された野村は歓喜に声を震わせる。そして、一度平伏すると跳ねるように立ち上がって準備のために駆け出した。

「珠希様」
「なんだい?」

 ため息交じりに自分を呼んだ立石に、笑顔を向ける。

「御武運を」
「ありがとう」

 そう返し、珠希も準備のために部屋を退出した。






夜襲scene

「―――はぁ・・・・。今日も無事に終わった・・・・」

 やや慌ただしかった熊本城内が大人しくなった頃、城北方に布陣する田花勢の本陣で、ひとりの少年がため息をついた。

「若・・・・あ、や、御館様、まだ今日は終わっておりませんぞ?」

 少年――田花晴連は小言を言ってきた筆頭家老――嵯峨連成に視線を向ける。
 篝火に照らされた初老の男は呆れ顔をしていた。

「良いではないか。僕とお前の仲だ」

 やや唇を尖らせ、拗ねてみせる。

「そうは参りません。徳の夫になるのであればしっかりしてもらいませんと」
「うぅ・・・・」

 晴連は御年十四歳。
 出陣前に嵯峨の娘――徳と婚姻している。
 徳も同い年であり、出雲遠征で首脳部が軒並み討ち死にした田花家の次世代を担う存在として期待されていた。

「まあ、不安になるのは分かりますがね」

 田花勢が熊本城攻めに消極的な理由は、この戦が虎熊宗国の戦であるという想いの他に内向きの理由がある。
 それは戦経験が少ないためだ。
 部将級で四〇歳以上は嵯峨のみで、これが初陣の物頭はなんと五割に達する。
 初陣ではない物頭でも、戦闘経験が十回以上の者は数えるほどだった。
 何せ出雲遠征の後に戦をしたことがないのだ。
 この辺りは銀杏軍団に似ているが、銀杏軍団は伊予との小競り合いなどを経験していた。

「とにかく今は訓練しかありますまい」

 嵯峨が言う訓練とは、戦場において兵をまとめる実地訓練だ。
 田花勢は経験不足の将兵で構成され、長陣にも不慣れだ。
 故に熊本城南方で激戦が交わされる中、北方では"実戦さながら"の戦闘訓練を実施していた。
 訓練なのは本気で城を攻め落とそうとは考えていないからだ。
 損害が大きくないのも力攻めをしていないからである。
 尤も指揮に失敗して大打撃を受けたこともあるのだが。

「僕らがここにいるだけで、出兵の義理は果たしている、だろう?」

 晴連はもう耳タコとばかりに眉をひそめて言った。

「その通りです。決して手柄を立てようと思ってはいけませんぞ」
「それは大丈夫だけど・・・・」

 晴連も出陣時は手柄を立てると意気込んでいたが、壮絶な攻防戦を前に完全に委縮してしまっていた。
 下手な指揮を執ると簡単に兵は血だまりに沈むだろう。
 それが怖く、総攻撃を命じられなかったのだ。

「我々がここにいるだけで、虎熊軍団の退路は確保されています」

 田花勢は、龍鷹海軍を殲滅し、八代海の制海権を握ったと虎熊軍団から聞いていた。だが、嵯峨はそれを信じていない。
 沖田畷の戦いの折、有明海を渡ってくる虎熊軍団の敗残兵を迎えようと、嵯峨は兵を率いて海岸線にいた。
 そこで見たのは龍鷹海軍による虐殺だ。
 旗と太鼓の合図によって一糸乱れぬ行動をする龍鷹海軍が排除されるなど、到底考えられない。

「八代海を使った物資輸送はできません」

 そうなれば陸路のみ。
 それが田花勢の背後に伸びているのだ。

「分かっている。もう何度も聞いたよ」

 晴連も無理をするつもりはない。
 前も虎熊軍団につき従い、多くの犠牲を出したのだ。
 矛盾しているが、無事に帰ることが今回の出兵目的である。




―――だからか、田花勢の警戒は虎熊軍団のそれに比べて低かった。




「―――て、敵襲ぅ!?」
「―――っ!?」

 田花勢の歩哨が叫びを上げたのは、二五日になった頃だった。
 夕方より漂ってきた雲が月を隠す中、その闇に隠れて数百の刺客が忍び寄ったのである。
 その叫びを最後に歩哨は沈黙したが、叫びは無駄ではなかった。
 多くの兵がそれで起き、武器を手に仮宿舎から外に出る。そして、見た。

「「「―――ヒッ」」」

 空に火が溢れていたのを。

「「「ひやああああああああっ!?!?!?!?!?」」」

 火は地面に触れるなり、爆発的に燃え広がった。
 さらに火矢とは別の矢が降り注ぎ、野外に出た兵に突き立つ。
 炎に焼かれる者、矢に貫かれる者の悲鳴が響き、田花勢の陣地は阿鼻叫喚のありさまとなった。
 それは外周部から発生したが、瞬く間に本陣まで伝播する。

「こ、これは・・・・ッ」

 晴連は陣地の様子に愕然とした。
 馬廻衆が慌てて本陣を固める中、晴連は刀を持っただけで燃え盛る陣地を見遣る。

「夜襲!?」

 炎に照らされる中には慌てふためく者と秩序立ってそれを切り捨てる者とが入り乱れていた。
 田花勢は総勢四〇〇〇を数える、ひとつの円居としては規模の大きい部隊だ。しかし、戦闘の連続による負傷者が増え、後方に展開する部隊も多くなっていた。
 晴連の本隊も穴埋めに兵を摘出され、位置自体も前進している。
 結果、敵襲に際して外縁が突破された場合、本陣がむき出しとなるのだ。
 それを狙って聖炎軍団が攻撃を仕掛けてきたのだろうか。
 晴連を討てば、田花勢は瓦解するだろうから。

「若ッ、ご無事で・・・・ッ」

 敵をかき分けるようにして一団が馬廻衆と合流してきた。
 嵯峨が率いる軍勢だ。

「大丈夫、傷ひとつないよ」

 顔面蒼白ながらも気丈にそう答えた。

「それはよかった」

 昔のように「若」と呼んでしまうほど慌てていたのだろう。
 嵯峨は胸に手を当てて撫で下ろした。

「しかし、見事な夜襲ですな」
「うん、霊装との調和性も高い」

 最初に空を覆った火矢の群れは霊装によるものだろう。
 そうでなければ地面に突き立った瞬間に爆発したりしない。
 何にせよ、派手な攻撃で意識が逸れた時を狙い、別方向から進んでいた部隊が切り込んだ。そして、それに混乱した中、さらに別方向から進んでいた部隊が中央突破をかける。
 その中央突破が、田花勢本陣を襲っていた。

(でも、その勢いが緩い、かな?)

 晴連は刀に手をかけながら目の前の戦況を見る。
 すると、敵の圧力が本陣には向いていないような気がした。
 まるで攻勢から守勢に回ったような印象を受ける。

(あれから一度も霊装攻撃も来ないし・・・・)

 【力】が大きすぎ、一撃しか放てないのか、それとも―――

「―――っ!?」

 視界の端で閃光が走った。
 続いて腹に響く爆音が空気や地面を震わせる。

「後ろ!?」

 慌てて振り返った先で、炎が立ち上っていた。
 それは複数あり、夜襲の初撃と同じ攻撃だったとわかる。

「後方・・・・。ッ、しまった!? 兵糧庫か!?」
「兵糧!?」

 嵯峨の叫びに晴連も、その重要性に気が付いた。
 聖炎軍団にとって、田花勢を潰したとしても虎熊軍団が残る。
 だが、兵糧庫を潰せば大軍を養うことができずに瓦解する。
 籠城側としては当然狙う点だが、田花勢は負傷兵の後方配置――ほぼ同じ位置に兵糧庫――で、守備部隊を前線配置にしていた。
 負傷兵が兵糧庫を守る形となったが、このように襲撃されれば抵抗力は弱い。
 事実、夜襲で主力軍が拘束される中、一気に攻め落とされたようだ。

「申し上げます!」

 後方から走ってきた兵が膝をつく。
 すぐに馬廻の武者が槍を向けるが、彼は臆することなく報告した。

「後方の兵糧庫に霊術攻撃あり。炎系で蔵は次々と炎上しています」

 予想通りの報告に晴連は歯噛みする。

「どの程度の被害だ?」
「分かりません。現在、居合わせた者たちが消火活動を行っていますが・・・・」

 嵯峨の質問に兵は表情を曇らせた。
 あまり良い状態ではないのだろう。

「攻撃は止まったのか?」
「はい。そもそも霊術の攻撃のみで、一兵も攻めてきませんでした」
「霊術の奇襲攻撃による部隊の隠ぺい。その部隊によるこちら本隊の混乱の隙に本命が兵糧庫を破壊・・・・」

 手の込んだ、恐ろしく緻密な作戦である。

(作戦目的は・・・・こちらの後方をかく乱することなど造作もない、ということをこちらに伝えるため、かな・・・・)

 晴連が考えた目的ならば達成できたと言えるだろう。
 田花勢は翻弄され、みすみす兵糧庫を破壊された。
 上がる炎と煙の面積からかなりの量が失われたとみるべきだ。

「敵、退いていきます!」
「目的を達したから、か。今の状態ならば戦果拡大もできると思うが・・・・」

 報告に嵯峨がポツリと呟く。
 確かに今の田花勢であれば、もう少し損害を与えることは可能だろう。

「聖炎軍団は虎熊軍団を気にしているみたいだ」
「なるほど。あまり長く城外にいては付け入られるから」

 奇襲は引き際が肝心だ。
 調子に乗って攻撃しているとあっという間に情勢がひっくり返る。
 そもそも正面から敵わないから奇襲しているのだ。

「何はともあれ、やられてしまいましたな・・・・」
「・・・・うん」

 分析をしたふたりは煙が上がる自陣を眺め、揃ってため息をついた。






 この日の夜襲での戦果は非常に大きかった。
 田花勢に与えた損害は死傷者二〇〇だが、本命である兵糧庫焼き討ちが効果的である。
 焼失した糧秣は一万名を五日養える量だった。
 どんな強兵でも飢えれば死ぬ。
 連合軍は聖炎軍団が奇襲――しかも、兵糧庫を狙ってくる――を想定すらしていなかった。
 結果が今夜である。
 兵糧庫の守りを果たせなかった田花勢の落ち度は明らかだが、大事な兵糧の守りを田花勢だけに任せたのも問題だった。
 誰がどう見ても田花勢は練度不足であり、熊本城攻防戦の北部方面を担当した上で、兵糧庫と補給路の維持は不相応だ。
 何にせよ、予期せぬことを、予期せぬ時に成し遂げた聖炎軍団はただ守るだけが得意でないと見せつけた形となる。

 虎熊軍団の熊本城攻略部隊を預かる加賀美は、動揺する兵たちを鎮めるために翌日の攻撃停止を命じた。
 そして、引き揚げてくる主力軍から二〇〇〇を引き抜くことを晴胤に打診する。
 それは許可され、田花勢後方へと配置された。
 この結果、主力軍三万三〇〇〇――宇土城・堅志田城の抑え含む――の内、二〇〇〇が転用されたため、龍鷹軍団と相対するのは三万一〇〇〇となるのだ。
 聖炎軍団の夜襲は敵主力軍の弱体化と攻め手を緩ませるという結果を得た。
 虎熊軍団は戦線の後退による戦力の集中を実施したが、聖炎軍団に邪魔された形となったのである。
 これで両軍の主力軍は龍鷹軍団二万七〇〇〇(八代勢含む)、虎熊軍団三万一〇〇〇とその戦力差が縮まっていた。
 そんな両主力軍が向かい合うのは宇土城となる。
 ただし、虎熊軍団の主力が展開したのは、さらに北方――浜戸川北岸だった。










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