「海原に轟くカノン」/六



 焙烙火矢。
 金属でできた薄い弾の中に火薬や木片、金属片を敷き詰めた代物。
 これに火を点け、内部の火薬を爆発させ、その威力で弾を割ってさらに内部物質を周囲へまき散らす。
 所謂、炸裂弾のことだ。
 後の炸裂徹甲弾のように船を沈めるほどの威力はない。
 だがしかし、人馬の殺傷という点では絶大な効果を発揮した。
 何せ一発で複数名を殺傷できるのだから。
 攻撃方法は高所からの投下、石打と同じ要領で布に包んで遠心力を利用した投擲。
 このため、籠城戦を除けば、主に海戦の接近戦で使用される武器だった。






甑島沖海戦 -3scene

「―――突撃ぃ!」

 鵬雲五年四月二二日早朝、複数の船からこの声が上がった。
 東側から太陽が覗きつつある海上で、龍鷹海軍と虎熊水軍の海戦はついに殴り合いに発展する。
 龍鷹海軍の戦列艦「霧島」の活躍で、虎熊水軍の大安宅七隻が戦闘不能。
 しかし、それでも四隻の大安宅が残っており(一隻は「桜島」が撃破)、これを撃破するために龍鷹海軍は接近戦を選んだのだった。
 主役となったのは、四隻の安宅船である。
 これらは四隻の大安宅と戦う戦列艦「桜島」を援護していたが、旗艦「霧島」から響く太鼓によって針路を変えた。
 太鼓の音の指令は「全軍突撃」だったのだ。

「全く、これだから海戦は止められねえな!」
「同感です、船長!」

 安宅船船団司令・出口定道は副官と笑い合った。

「最近は砲撃戦ばかりでこういう戦いはなかったけどな」

 出口が見るすぐ目の前に大安宅がいる。
 彼我の距離は半町を切っており、そこへ向かって先程投げた複数の影が飛んでいた。
 安宅船は大型船だが、大安宅船よりは小回りはきく。
 さらに艪走は帆走だけよりもさらに旋回半径が小さい。
 つまり、出口率いる安宅船船団は大安宅船の背後に回り込んでいたのだ。
 大安宅船は安宅船の機動に気がついていたが、「桜島」を相手にするのに戦列を乱すわけにはいかなかったのだ。
 虎熊水軍は付近にいた関船や小早に排除を命じたが、戦力差のために一蹴された。
 その結果、龍鷹海軍は大安宅群の背後に噛みつくことに成功したのである。

「撃て!」

 出口の発令と共に大鉄砲や普通の鉄砲が火を噴いた。そして、数十間向こうの大安宅背面で木端が散る。
 船体にダメージはないが、大安宅船は小火器による反撃を封じられた。
 そこに数隻の小早が接近していく。
 安宅船も火力支援を実施しながらも距離を詰めた。

「投擲ィッ」

 出口の言葉を受け、安宅船の太鼓が鳴る。
 すると、小早から複数個の球体が放物線を描いて大安宅に放り込まれた。そして、一瞬の間の後、爆音が轟く。
 それだけでなく、悲鳴が響き、血霧や木端が大安宅甲板で上がった。
 球体――焙烙火矢が炸裂したのだ。
 金属片や木片が甲板上に四散し、水兵を殺傷する。
 一発当たりの影響範囲は数間程度だが、それでも複数個投げ込まれたために甲板は地獄と化した。
 船長以下司令部も死傷し、大混乱に陥る。
 そこに出口率いる安宅船が接近した。

「撃て!」

 太鼓の音が響き、安宅船群に伝わっていく。
 一町以内に近づいた安宅船から石火矢が火を噴いた。
 如何に分厚い船舷だろうと、これだけ近距離ならば傷つけられる。
 基本、大安宅は対大鉄砲として発展した船種だ。
 未だに石火矢に対抗できる船はない。
 至近距離から放たれた十数の砲弾が船内をズタズタにして反対側に抜けた。

「よっしゃあ―――オオ!?」

 出口が拳を突き上げるが、彼の船の周りに数個の水柱が立つ。
 さらに隣を走っていた安宅船の艦上建造物に大穴が開いた。
 それでもその船から信号旗が振られ、継戦可能と通達してくる。しかし、次の瞬間にその旗を巻き込む形で艦上建造物の一部が崩落した。
 崩落の衝撃を高い白波を立たせて船体が吸収。
 船体は無事だったが、艪の大半が破損する。
 これでは複雑な艦隊行動は不可能だった。

「チッ、退避するように通達しろ」

 出口は苦虫を噛みつぶしたような顔で命令する。
 たった一撃で安宅船が戦闘不能。
 その事実に打ちのめされそうになったが、敵の動きを見てその顔に喜色が浮かんだ。

「奴ら、逃げ出しやがったな!」

 「桜島」と同航戦を演じていた大安宅が大きく北へと針路を変える。
 残り三隻となり、かつ旗艦が沈められたことで、虎熊水軍がついに全面撤退に移ったのだ。
 先程の砲撃は、この関係で残存する大安宅船の射程に安宅船群が入ったからためである。

「見張り! 『桜島』は健在か!?」
「・・・・どうにか、と言ったところです!」

 展開途中の敵安宅船と交戦状態に持ち込んだ「霧島」とは違い、「桜島」は戦闘突入当初からほぼ真っ向勝負で大安宅船五隻と戦っていた。
 出口たち安宅船群が援護に付いていたとはいえ、命中弾は両手では足りないほど浴びている。
 元々のデミ・カノン砲の信頼性の低さもあり、ほぼ戦闘不能と言えるだろう。

「あ! 発砲!」
「やるな!」

 それでも敢闘精神を失っていないのか、生き残った数門が退避する敵大安宅船に撃ち込まれた。
 退避するために直線機動になった一隻に二発が命中。
 船底のいくつかの艪がへし折られ、速度がガクリと落ちる。しかし、左右で艪数のバランスが崩れたことで左右の推進力に差異が生まれた。
 結果、その大安宅は「桜島」に対して船舷を向け直す。

「大安宅発砲!」

 虎熊水軍側も砲撃戦でその砲門数を減らしていたが、それでも多くの砲弾が飛翔した。そして、二発が「桜島」の艦上建造物に命中する。
 安宅船の建造物よりは小さく、艦体に与える影響は限定的だ。だが、そこは指揮所でもあり、何らかの指揮系統に支障を来したかもしれない。
 次に「桜島」が発砲した時、これまでと違い、一斉射撃ではなくバラバラだった
 それでも砲手の腕が良いためか、大安宅周辺に水柱が立つ。しかし、命中弾は得られなかった。

「撃たせるな!」

 「桜島」は龍鷹海軍にとって、貴重な戦列艦である。
 建造には時間がかかり、それを操る水兵も教育が必要だ。
 絶対に失うわけにはいかない。

「撃て撃て!」

 安宅船群を大安宅に突っ込ませながら出口は叫んだ。
 撃てる砲は少なく、バラバラとした砲撃となる。だが、相手がほぼ停止状態であることからいくつかが命中した。
 距離や角度の問題から船舷を突破できたのは少なかったが、大安宅は生き残った艪を駆使して旋回する。
 安宅船群を脅威と見たか、先行した味方を追いかけ始めた。

「チッ! 追え追え!」

 先行した大安宅に追いついてもしっぺ返しを食らうに違いない。
 実際、阻止しようと先回りした関船が砲撃を受けて一撃で破壊された。
 やはり大安宅を相手にするには、安宅船と関船は役不足なのだ。
 しかし、手負いならば何とかなる。

「司令! あそこに!」
「ん? ・・・・おお!?」

 指揮系統の回復に努める「桜島」の影から新たな巨体が姿を現した。
 それは龍鷹海軍の旗艦「霧島」だ。
 「桜島」と同じくボロボロである。
 だが、≪紺地に黄の纏龍≫の旗と総旗艦旗を翻す姿は海戦に参加する全ての味方を勇気づけた。

「まだまだこれからだ!」

 大軍である虎熊水軍に、さすがの龍鷹海軍もずいぶん痛めつけられている。
 虎熊水軍が撤退に移った以上、この海戦の勝利は揺るぎないものになった。しかし、龍鷹海軍第一艦隊の戦略目的は、西海道西岸の制海権確保である。
 そのためには虎熊水軍の壊滅が必須なのだ。

「『霧島』より旗信号! 『安宅船群は手負いを仕留めろ』とのこと!」
「よおし、分かったぁ!」

 出口は闘志を露わにし、麾下の船団を振り返った。

「む?」

 だが、それらを見て眉をひそめる。
 旗艦からの命令は他の安宅船も確認したはずだ。
 だというのに反応が鈍い。

(一隻は被弾したが、残りの二隻は大した被害はないぞ?)

 出口は首をひねったが、士気の低下は明らかだった。
 その理由は簡単だ。
 この海戦の勝利は揺るぎないものとなっている。
 よって、危険を冒して手負いの大安宅を沈めに行く意義が理解できなかったのだ。
 艪が破壊された大安宅が無事に虎熊宗国へ辿り着くとも思えないのも、その考えを補完していた。

「ええい、戦略を理解していないのか!」

 龍鷹海軍の目的は西海道西岸の制海権確保である。
 それはこの海戦で勝利したことによって取り戻したと言えるだろう。だが、この海戦の影響は限定的だと言えた。
 虎熊水軍は建造量産技術と早期水兵育成計画から戦力回復が早い。
 だが、新兵ばかりでは戦えないが、一度実戦を経験した兵は驚くほど早く成長する。

(今回、生きて帰った水兵は危険だ)

 大安宅は廃棄するしかないが、人員は生きて帰る。そして、新しい船に乗って龍鷹海軍の前に立ちはだかるのだ。
 龍鷹海軍首脳部は、これを避けるために虎熊水軍の完全破壊を望んでいた。
 つまり、勝利ではなく、全滅を望んでいたのだ。

「太鼓を鳴らせ!」
「はい!」

 味方を鼓舞するため、出口が乗る安宅船から太鼓が鳴らされる。そして、その安宅船は敵に向けてどんどん距離を詰めていった。

「石火矢を撃ちまくれ」
「はっ」

 龍鷹海軍の安宅船に搭載される石火矢は旧式だ。
 威力は先込式のデミ・カノン砲どころか和製大砲にも及ばない。だが、何よりも発射速度が速い。
 それは少ない砲門数でも弾幕を張れると言うことだった。
 砲手が敵を視認し、大砲を操って撃つという時代。
 撃たれているというプレッシャーは、反撃に精神的な影響を与えるのだ。

「敵、発砲!」

 腹に響く轟音が鳴り、釣瓶撃ちを仕掛ける安宅船向けて砲弾が飛んでくる。
 その内ひとつが命中した。

「どわぁっ!?」

 甲板左部を斜め上から貫き、船舷を中から突き破る。そして、外れた他の砲弾が作った水柱を砕きながら海中へと消えた。
 砲弾の通り道には水兵の肉片や船体構造物の破片などが転がっている。

「被害報告!」
「甲板要員三人不明、四名負傷! 砲一門使用不能!」
「櫓要員二名落下! 柱に異常なく、倒壊の危険性なし!」
「左船舷二名不明、二名負傷! 狭間四つ使用不能!」

(七人も持って行かれたか・・・・)

 出口は顔を歪ませた。
 たった一撃でこれだ。
 負傷者たちを含めれば、一三人も戦闘不能になった。

「まぐれ当たりだ! ―――操舵手、左右に小刻みに動き続けろ!」

 こちらが馬鹿正直に正面から突っ込んでいったため、砲弾が集中したのだ。
 だが、突っ込んだ効果もあり、両者の距離は詰まっている。
 今ならば安宅船の石火矢も命中率が上がっていた。

「撃て!」

 お互いにジグザグ航行する中の砲撃戦。
 距離が詰まったとは言え、なかなか命中しない。
 それでも乱立する水柱や無理な機動で、水兵の落水や構造物へのダメージが蓄積されていった。

「命中!」

 安宅船の見張員が歓喜の声を上げる。
 そんな中、ついに大安宅に一発が命中した。
 命中箇所は甲板で、大穴が空く。しかし、船底を抜かれることはなく、大安宅はそのまま航行を続けた。

「やはりしぶといな」
「・・・・乗り込みますか?」

 出口の言葉に副官が提案する。
 乗り込むとは、体当たりして直接水兵を敵船に乗船させ、白兵戦をもってこれを制圧する戦法である。
 関船や小早の戦闘ではスタンダードであり、安宅船同士でも生じることがあった。
 同時代の欧州でも一般的な戦法のひとつである。
 問題はそこまで接近するのに、安宅船が持つかというところだ。

(この船もかなりやられているからな・・・・)

 龍鷹海軍のドクトリンが遠距離射撃戦に振ったのも、この乗り込み戦法での被害が多く出たからである。
 中華海軍の艦船が多く、体当たり戦法で自ら船を破損させていては、いつか物量戦で負ける。
 それを回避するため、一隻で多数の船を相手に取れるよう戦術を切り替えたのだった。
 だが、この乗り込み戦法の利点は、彼我の艦船造船技術に影響されることなく、水兵の強さで勝敗が決する点である。

(水兵の練度ではこちらが上だ)

 戦略的に問題はあるが、戦術的には起死回生の一手を打てるのだ。
 また、喫水下にダメージを与えないため、敵船を鹵獲することができる。
 最新鋭艦船の造船技術は国家機密のひとつだ。
 それを手に入れることは、今後の海戦の優劣を決定づける可能性があった。

(接舷前に焙烙火矢で甲板を制圧、その後の船内戦闘に持ち込めば、周りの味方も駆けつけて勝てるだろう)

 乗り込みに成功した場合の勝利は固い。
 問題は乗り込みにそもそも成功するのかどうか、だ。
 距離を詰めるために直線機動に入れば命中する可能性が高く、さらに距離を詰めればそれだけ被弾の可能性が上がる。

「―――お頭!」
「俺はもう海賊じゃねえぞ!」

 倭寇上がりの出口を呼ぶ見張員に叫び返し、彼は顔を上に上げた。

「味方、続いてきます!」

 興奮した見張員は出口の顔を見るなり、手で後方を示す。
 その方向には複数の軍船が続いていた。
 尻込みしていた残りの安宅船が小早たちと合流して動き始めたのである。

「・・・・・・・・・・・・よし、乗り込みだ」
「当船がですか?」

 副官の言葉に出口は笑みで答えた。

「当然!」

 その言葉を聞き、副官の表情が崩れる。

「いぃよっしゃあああああ!!! 野郎ども、準備しろ!」
「「「ウッス!」」」
「お頭、どう突っ込みやす?」

 副官も倭寇上がりだ。
 というか、出口の部下はほとんどが倭寇上がりである。
 出口たちは中華帝国との海戦で取り立てられた者たちだった。
 国家の後ろ盾を持たずに国家を相手にしていた者たちが、国家に対抗できたわけ。
 それは海を生業の場所とした、圧倒的な練度だ。
 そして、それは艦隊機動と乗り込み時に発揮される。
 これまで展開していた砲撃戦は、出口たち倭寇上がりには未知の領域だったのだ。

「俺たちは敵を揺さぶりつつ距離を詰めるぞ。他も砲撃しつつ接近させろ」
「合点承知!」

 太鼓のリズムが変わり、それに応じて安宅船たちが陣形を変えていく。
 それはこれまでの同級船同士の戦いではなく、船種混合戦術への移行を示していた。
 本来、列島特有の海戦戦術はこちらなのである。

「距離二町!」
「大鉄砲、順次撃ち方始め!」

 出口の指令に上甲板に立った巨漢数名が大きな火縄銃を抱えるようにして持った。
 火蓋を落とした瞬間、通常の六匁や十匁用筒では鳴らない轟音が響く。
 一〇〇匁(約3.75kg)もの弾丸が飛翔し、大安宅周辺に小さな水柱を上げた。

「外してんじゃねえぞ! 弾を無駄にすんな!」

 出口が叫び、敵を見やる。
 こちらの射程距離に入ったということはあちらも入ったということだ。

「ぅおおお!!!!!」

 敵の船舷が数十光った瞬間、出口は思わず床に身を投げ出した。
 続いて安宅船が引っ叩かれたように振動する。

「な、なんちゅう数や・・・・ッ」

 思わず座り込んでいたらしい副官も声を震わせた。

「こりゃいかん。近づけんな」

 大安宅から放たれた大鉄砲は五〇発。
 龍鷹海軍が放ったものの十倍だ。
 こんなのと近距離銃撃戦を行ったらハチの巣になってしまう。

「他の船に旗を振れ! 『間断なく撃ち続け、敵に銃撃の暇を与えるな!』と」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「おい、どうした!?」
「は、旗要員、討死! 弾食らって肉片と変わりました!」
「チッ」

 震える水兵の報告に舌打ちし、出口は立ち上がった。

「副官、とりあえず射程距離外へ出させろ」
「うっす」

 副官が命令を飛ばす中、出口は船尾へと向かう。
 向こうも再装填に時間をかけているのか、次の弾はなかなか飛んでこない。

(これはひどいな)

 船中央から船尾に向かう間に死傷者が多く転がっていた。

「すまんな、借りるぞ」

 五体が四散しても手離さなかった旗を奪い、出口は後方に位置する味方へと旗を振る。

「突撃中止! 砲撃集中!」

 叫びながらの旗信号で、いくつかの船が思いとどまったように行先を変えた。
 それでも突撃中止命令が間に合わなかった小早数隻が、大鉄砲の集中砲火を浴びて撃沈される。
 生き残りの小早が這々の体で距離を取った時、射点についた安宅船が砲撃を開始した。
 大安宅の周りに水柱が乱立し、その柱を砕きながら大安宅が姿を現す。

「手ごわい」
「近寄ればどうにかなるかと思いましたが・・・・」

 船中央に戻ってきた出口に副官が無念そうに首を振った。

「鉄砲装備率の向上は急務かもしれんな」
「ええ、いい戦訓を得ました」

 ここまで言って副官は目を伏せる。

「・・・・・・・・その代償は非常に大きかったですが」
「そう、だな」

 出口が周囲を見回すと、海戦前に比べて立っている兵が大きく減っていた。

「被害報告はまとまっているか?」
「概算、ならば」
「いい、教えてくれ」

 十分に距離を取った安宅船が砲撃を再開する。
 一から測距するため、命中弾が得られるのはまだ先だろう。
 また、敵からの砲撃も安宅船群へと振り分けられたため、その分出口たちの周囲に立つ水柱の数は減っていた。

「点呼に応じないもの、一八名、負傷二八名、計四六名」
「四六・・・・」

 大砲が命中した時よりも多い。

「被害は甲板に集中しています」

 確かに、甲板は血の海と言っていい。

「乗り込み部隊を展開させていたことが、被害が大きくなった原因かと・・・・」
「つまり、俺たちは乗り込みできないのか?」
「できないことはありませんが、逆制圧される可能性はあるでしょう」

 乗り込めば、あちらの水兵がこちらに飛び込んでくる可能性もある。
 というか、こちらの戦力が弱ければ確実だろう。
 もしこちらの操舵権が奪われた場合、敵はこの船に乗って逃亡する危険性さえあった。

「・・・・俺たちはこいつを砲撃戦で滅多打ちにするか、『霧島』が戻ってくるまであやし続けるしかないな」
「悔しい限りですが・・・・」
「そして、それでも被害が出る、と」

 至近弾の水柱が水兵ひとりを攫っていく。
 すぐに溺れ死ぬことはないだろうが、戦いが終わらない限り救助作業はできない。

「これから海戦の戦術はどうなっていくんだ・・・・?」

 出口の絶望感溢れる声音で呟き、副長ともども肩を落とした。




 結局、手負いの大安宅と安宅船群の戦闘が終結したのはそれから半刻後だった。
 龍鷹海軍は付かず離れずの距離から大砲を撃ち続け、これに大安宅も応戦。
 互いに命中弾を交わす中、隻数差がやがて砲門数になり、命中弾数へと変わっていった。
 半刻後、大安宅の全砲門が沈黙する。そして、砲撃戦を続けることができなくなった大安宅は白旗を上げて降伏したのであった。
 龍鷹海軍は敵大鉄砲の射撃に注意しながら拿捕するために接近。
 だが、それを見た大安宅の水兵たちは海に飛び込み始める。
 慌てて近寄った龍鷹海軍の小早が彼らを救助する中、大安宅は数度の爆発音を発した。
 ひとしきり建材を木端に変えた後、船尾からゆっくりと沈んでいく。

「見事なもんや」

 その散り様を出口は安宅船の甲板から見ていた。
 水兵を逃がし、機密情報である船は自沈させる。
 その決断をした指揮官に対し、出口は尊敬の念を抱いた。

(これまでの、列島最強という自負は驕りだったのかもしれん)

 龍鷹海軍は確かに中華海軍に勝利している。
 それは列島の守りを固める龍鷹侯国の誇りだ。
 だが、外国の勢力圏に接するのは龍鷹侯国だけではない。
 虎熊宗国もまた、大陸諸国に接しているのだ。

(この戦いは我らにとって戒めだ)

 出口は続いているであろう大型船同士の戦場――北方を見遣る。

(後で若様に伝えなければいかんな)


―――もちろん、伝える相手が生きていれば、だが。


 そんな想いが脳裏をよぎったが、出口は首を振って追い出した。

「戦は終いじゃ! 救助作業に入るぞ!」

 大声で指示を出す。そして、心の中で旗艦の健闘を祈った。










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