「海原に轟くカノン」/三



 虎熊水軍。
 これは赤間関で編制された水軍を発祥とするため、瀬戸内型水軍から始まったと言える。
 虎熊宗国による北九州討ち入りによって門司水軍を取り込み、関門海峡を内海とした。
 結果、関門海峡の通行税を財源に発展する。
 虎熊宗国による家臣化が進められた結果、近代化に成功した。
 近代化とは、具体的に言えば大陸交易における技術交流で、中華的造船技術を導入する。
 これは軍船の量産に繋がり、虎熊水軍は大規模化した。
 増強された水軍力を背景に大陸交易を活発化させ、今の虎熊宗国を形作る歯車となっている。
 中華的造船技術。
 規格化した軍船の大量生産。
 これが虎熊水軍の特徴であった。


 大量の軍船を運用するためには、多数の水兵が必要になる。そして、この水兵は陸兵とは違って、教育に時間がかかる。
 虎熊宗国は豊かな人口を背景とした水兵学校を経た大量生産も実施していた。
 学校自体、龍鷹侯国も士官学校があり、取り入れている国もある。しかし、虎熊宗国のそれは一般兵を対象とした、純粋な兵卒教育だった。
 この点は画期的なものであり、虎熊水軍を支える柱となっている。


 つまり、何が言いたいかというと、虎熊水軍は、一定の訓練度を持つ大軍を備えていると言うことだ。
 その数は龍鷹海軍の予想を遙かに超えていた。




前哨戦scene

「―――攻撃止め!」

 鵬雲五年四月二一日、虎熊水軍の甑島列島攻撃艦隊が一斉に砲撃を止めた。
 また、信号旗が振られ、火矢攻撃によって放火していた部隊も反転する。

「時間は?」
「攻撃開始から半刻です」
「まずまずだ」

 司令官――永田玄次は頷き、すぐさま次の指令を出した。

「片島へ帰投する」
「はっ」

 旗艦の安宅船が船首を巡らせると、それを追うように他の船も反転する。
 兵の大半は出雲崩れ後に採用された新兵だ。
 それでも反復行動で叩き込んだ基本動作は見事にこなす。
 ものの数分で全船が反転。
 煙を上げる甑島に背を向けた。

「脱落は?」
「近づきすぎた小早三隻が航行不能です。すでに自沈処分をし、兵は別の船に引き上げています」
「よろしい」

 永田が率いる艦隊は大規模だ。
 安宅船八、関船二〇、小早六七。
 一〇〇隻に迫る規模であり、後方の片島には二〇隻程度の輸送船も待機していた。

「龍鷹海軍は必ず甑島を使用する。その折に壊滅したあそこを見るのだ」

 永田がニンマリとした笑みを浮かべる。
 その笑みが凍りつくのは、この夜のことだった。




「―――多いな」

 甑島が攻撃されたその夜。
 龍鷹海軍第一艦隊主力部隊は、北方へ航行する虎熊水軍を発見した。
 今日は半月で、決して光量は多くない。
 それでも訓練された見張員は水平線を蠢く敵を発見していた。

「はい。・・・・しかし、位置はばっちりでしたね」

 東郷は勝流の言葉に頷いた後、視線を早津に向ける。
 敵艦隊の位置を予見して見せた早津は、艦隊全体に攻撃命令を下すべく、信号弾の準備をしていた。

「この様子だと、別働隊もちゃんと展開できていそうだな」

 勝流は首を伸ばすようにして水平線の奥を見ようとする。だが、当然その先を見通すことができなかった。
 身長云々の前に、物理的に見通せない場所を航行しているのだ。
 それでも分離した部隊がその向こうにいることは確信していた。

「敵、針路・速度共に変わらず」
「気づいていないな」

 こちらも敵艦隊を水平線ギリギリにしか視認していない。
 こちらが敵を識別しているだけで、十分に達人芸だった。

「リリス、艦内に入ってろ」

 まもなく戦闘が始まる。
 戦闘になれば甲板は一番危険だ。
 弓矢や鉄砲だけでなく、敵の大砲を潰すために砲弾も飛んでくる。
 一方、艦内は艦舷の装甲によって守られていた。

「私としては勝流様にも入っていただきたいのですが?」
「馬鹿言え」

 勝流はニカッと笑みを浮かべる。

「指揮官が隠れてられっかよ」
「・・・・そう、でしたね」

 勝流は"海将"・鷹郷実流の忘れ形見だ。
 指揮官先頭を地で行った彼の意志は、色濃く受け継がれているのだろう。

「戦闘、開始!」

 東郷の声を受け、草津が指示を出した。
 すると、敵艦隊南方で火の玉が空へと昇る。
 闇夜を裂いて中空へ至った信号弾は、中空で一瞬停滞すると、轟音を伴って爆発した。

「曲がります」
「おう」

 お節介にも艦の揺れを教えてきた東郷に短く返し、勝流はその揺れに備える。

「―――っ!?」

 ガクリと、鋭角に方向転換する「霧島」。
 それを合図に、敵艦隊と同航していた龍鷹海軍が一斉に西へと舵を切ったのだ。
 両者の距離は三里。
 未だ石火矢の射程距離ではないので、その中に入るために増速する。
 白波を立て、みるみるうちに大きくなる影に気づいた敵艦隊が慌て始めた。しかし、それはただの奇襲を受けたからではない。

「敵艦隊東方に味方艦隊!」

 見張員の言葉を受け、勝流は満面の笑みを浮かべた。

(三方包囲、完璧だな!)

 信号弾を上げた南方部隊は貧弱だ。だが、虎熊水軍がそれを知っているわけがない。
 加えて西方と東方を龍鷹海軍に囲まれた状況で反転などできるはずがなく、彼らにできるのは増速して北方へ逃げるだけだった。

(だけど、させない!)

「東方別働隊、火船準備完了の模様!」

 続く見張員の報告で、各砲の射撃員が水平線を見遣る。

「各砲、射程距離に入り次第、順次砲撃を開始!」

 東郷は全艦統一射撃を命じなかった。
 さらには同じ艦の砲門もバラバラに射撃するように命じている。
 夜戦で戦うには、統一戦闘よりも各砲手の技量に任せた方が効果的なのだ。

「東方部隊、火船切り離し!」

 火船とは、文字通り、火のついた船だ。
 小早に可燃物を満載して火を付け、後は船頭がギリギリまでそれを操縦して敵へ突っ込む。
 潮の流れを利用した無人船もあるが、今回は船頭を乗船させていた。
 敵船へ激突できれば火が燃え移り、混乱に陥れることができる。だが、今回はそれを目的とはしていなかった。

「来た・・・・」

 勝流が小さく呟く。
 敵艦隊と勝流が乗る東方部隊の距離が一里を切った時、西の空がぼんやりと明るくなり始めた。

「見えるな」

 見える。
 そう、はっきり見えた。
 火の明かりに照らし出される敵艦隊の姿が。

「距離、半里―――っ!?」

 見張員の声をかき消す轟音が連続する。
 龍鷹海軍の大砲が、それぞれが発砲を開始したのだった。

「こりゃすげぇ・・・・」

 龍鷹海軍が、本来は小規模奇襲で止める夜戦海戦を、全力攻撃に採用したわけ。
 それは夜戦における視野の暗さを克服する作戦が提案されたからである。
 つまりは、火船による明かりの確保。
 近代では照明弾に発展する画期的な作戦だった。

「一気に叩き潰せ!」

 夜の闇に安心していた敵艦隊は臨戦態勢になく、次々と撃ち込まれる砲弾になすすべがない。
 順次射撃と言うことで、狙いやすい船からボロボロになった。
 火船に照らし出された安宅船が数十の砲弾を受けて傾く。
 行き足の鈍った安宅船に衝突しないよう舵を切った関船が、さらに回避しようとした小早と激突する。
 炸裂弾ではないので着弾後の爆発はないが、着水の余波で周囲の小早が転覆する。
 一〇〇弱と見られた敵艦隊が、有効な反撃を一度もできずに四半刻も持たずに半減した。
 また、先頭部隊が大混乱に陥ったため、後方部隊も未だ北方に退避できていない。
 逆に頭を抑えるように動いたことで、龍鷹海軍の東方・西方艦隊が北方を占める形となっていた。
 龍鷹海軍の艦隊が再攻勢のために準備を整える。
 一方で逃げ道を失った虎熊水軍は、撃沈破された味方の墓場から抜け出すので精一杯だった。
 海戦の趨勢は明らかに龍鷹海軍有利であり、虎熊水軍に勝ち目はない。
 後に甑島沖海戦と名付けられるこの海戦は、開戦当初は以下の戦力で交わされた。


 龍鷹海軍。
 東方部隊(主力部隊)。
 戦列艦二(「霧島」、「桜島」)、安宅船四、関船八、小早二〇。
 西方部隊(照明部隊)
 安宅船一、関船四、小早三〇(内一〇隻は火船)。
 南方部隊(信号部隊)
 関船二、小早一〇。
 合わせて、戦列艦二、安宅船五、関船一四、小早六〇。


 虎熊水軍は安宅船八、関船二〇、小早六七であり、龍鷹海軍は戦列艦を除き、劣勢だった。
 しかし、最初の砲撃戦の結果、龍鷹海軍は小早一〇を喪失しただけで、被害は微小。
 一方で虎熊水軍は甚大な被害を受けている。
 攻勢第一波を凌ぎきったのは、安宅船三、関船一〇、小早四〇だけだ。
 十分な戦力だが、龍鷹海軍よりも少なくなっており、もはや壊滅は時間の問題と言えた。

「―――デミ・カノン砲の冷却完了。二門が不良で射撃不能」
「・・・・うむ」

 報告に東郷が渋面を作りながら頷いた。

「問題はやはり冶金技術か・・・・」

 砲撃時の摩擦熱による砲身過熱現象。
 これはどうやっても避けられない現象だが、これが砲身の不良を引き起こしていた。
 熱によって砲身が変形し、射撃が不可能になるのである。
 砲身の寿命を伸ばすには冶金技術を発展させ、より熱に強い材質を用いるしかない。
 だが、熱に強い材質は鋳造製法を採用している石火矢製法とは相性が悪かった。

「統計出ました。・・・・砲撃力は一割減、戦闘続行可能です」
「敵西方へ向けて針路変更! 安宅船の艦舷には砲が見えます!」

 見張員が叫ぶ中、火船の影響範囲外に脱そうとしている。
 闇に逃げ込めば、こちらの石火矢の命中力は落ちるのだ。

(虎熊水軍も艦舷砲門を装備しているのか・・・・)

 基本的に水軍が持つ大砲は船首に備え付けられている。
 これは艦構造が影響しているし、そもそも敵に突撃していく時の補助兵器として使われているからだ。
 接近戦を念頭に置いた水軍では、艦舷砲門は発展しにくい。
 東洋での利用例は、中華海軍と龍鷹海軍のみだ。
 中華海軍は欧州との戦争経験から、龍鷹海軍は中華海軍との戦争経験から、火力センというドクトリンを有している。

「大陸貿易で得た思想ってことか・・・・」

 勝流は第二艦隊が敗北したわけを悟った。
 第二艦隊の主力は対水軍であり、大砲はあれど基本的には接近戦を念頭に置いている。
 接近しようとしたところ、安宅船に滅多打ちにされたのだろう。

「我々と同じ、か・・・・」

 東郷もそれを理解したのだろう。
 これまで相手にした水軍とは違う。
 中華帝国並の相手なのだ。

「恐れることはねえぜ。相手と一緒ってことは頑張った方が勝つんだ」

 勝流は東郷の背中を思い切り叩いた。

「それに俺たちは中華海軍に勝ったことがあるんだから」
「・・・・そう、でしたね」

 東郷は胸に手を当てて大きく息を吸う。そして、長く息をついて体の内にため込んでいた何かをはき出した。
「第二攻勢、かい―――」

―――ドドドドンッ!!!!!

「―――っ!? 何だ!?」

 東郷が号令を中止する。そして、轟音が鳴った北方を見遣った。
 そこは暗い海に包まれており、何も見えない。だが、後方でいくつもの水柱が立つ。

「砲撃! 砲撃です!」

 その水柱の正体。
 それは着水した弾丸によって跳ね上げられた海水だった。

「チッ、別働隊がいたか・・・・ッ」

 砲撃音の音量からして、数十門の大砲を有しているに違いない。

「秀家、突っ込め!」

 勝流は甑島を攻撃した艦隊の方を指さした。

「敵味方が入り交じっている段階で敵は撃てないぞ!」

 敵は損傷して燃える甑島攻撃部隊によって照らし出された龍鷹海軍を目印にして撃っている。
 そう簡単に当たる距離ではなさそうだが、一方的に撃たれては先の虎熊水軍の二の舞となる。

「敵中を突破し、再起を図れ!」
「なるほど、そういうことですか」

 新手の敵がどれだけの規模か分からない。
 故に仕切り直す必要性がある。
 そのための戦闘離脱は、敵中中央突破が最も合理的だった。
 手負いの甑島攻撃部隊と交戦中は、敵増援艦隊は味方撃ちを恐れて砲撃できない。
 こちらが甑島攻撃部隊を突破して南方へ逃れた場合、増援部隊は混乱した甑島攻撃部隊が邪魔で追撃できない。
 問題は如何に早く甑島攻撃部隊を突破できるかが勝負だった。

「全艦突撃! 突破を念頭に置け!」

 東郷が命じ、「霧島」が先頭になって甑島攻撃部隊へと突撃を開始する。
 甑島攻撃部隊からの砲撃を受けたが、夜戦であること、正面面積が小さいことで命中率が低下。
 瞬く間に距離を詰めた「霧島」は迎撃に出た敵の小早へ大鉄砲を撃ち込みつつ、生き残っていた敵旗艦に肉薄した。

「撃て!」

 超近距離からデミ・カノン砲を受けた敵安宅船から無数の木材が飛び散る。
 その中には直撃を受けた人間が木端微塵となって空を飛んでいた。

「喫水下を狙え!」

 一撃で安宅船の戦闘能力を奪ったことで、東郷は沈めるための手を打つ。
 第二射は砲に俯角をかけ、安宅船の喫水下を狙ったのだ。
 いくつかは俯角を狙いすぎて水柱を上げただけだったが、それでも数発が波で露わになった喫水下を打ち抜く。
 破口から大量の水を飲み込んだ安宅船が行き足を止め、急速に傾斜していった。

「突破しろ!」

 東郷の声に応えるようにいくつもの砲撃音が重なる。
 右往左往する小早を石火矢で砕きつつ、「霧島」と姉妹艦「桜島」は強引に甑島攻撃部隊の隊列を引き裂いた。
 それに東方部隊が続く。しかし、西方部隊は初動が遅れ、さらに敵中央突破をしなかったため、遠距離砲撃を受けた。
 命中率は低いとは言え、多数の砲があるのか、関船一、小早三が撃沈され、安宅船一、関船二、小早四が損傷を受ける。
 二五隻中四隻喪失、七隻が撃破され、損耗率は44 %。
 火船作戦で失われた小早を入れると、西方部隊は六割の損害を受けたこととなる。

 東郷は、損傷艦は南方部隊と合流し、退避するように命じた。
 残りは東方部隊と合流するように命じ、東方部隊改め主力部隊となる。
 その戦力は戦列艦二(「霧島」、「桜島」)、安宅船四、関船九、小早三三。
 一方で旧東方部隊の突撃で、甑島攻撃部隊は安宅船二、関船三、小早一〇が撃沈破され、安宅船一、関船七、小早三〇が残存していた。

「・・・・退くか・・・・?」

 東郷が自問するように呟いた。
 数値上は戦力を残しているが、甑島攻撃部隊は退避を選んでいる。
 士気がどうしようもないほどまで低下しているのだろう。
 さらに旗艦が一蹴されたことも影響していた。

「だが、あちらさんはやる気満々だぜ」

 勝流が額に手を当てて、ひさしを作るようにして水平線を見遣る。
 そこには先程砲撃を仕掛けてきた艦隊が白波を上げて向かってきていた。

「あれが本隊・・・・」
「そう思いたいね。まだいるとか言われるとゾッとするわ」

 東郷と勝流がため息交じりに言葉を交わす。
 甑島攻撃部隊も十分強力な艦隊だった。

「安宅船だけで一〇はいそうだな」
「それも、"大"安宅と呼ばれそうな代物が、ですね」

 シルエットしか見えないが、明らかに大きい艦影が一〇以上。
 安宅船以上の船体を誇る、大安宅に違いないだろう。

「俺たちはまんまとつり出されたみたいだが」

 虎熊水軍は最初から龍鷹海軍主力艦隊の出撃を悟っていた。
 その位置特定のために阿久根輸送船団、甑島攻撃部隊を分離。
 最初の囮はこちらが警戒したので不発(輸送成功)
 甑島攻撃部隊はこちらが片島攻撃に行っていたため、艦隊決戦とならず(甑島列島は壊滅)。
 さらにこちらの夜戦によって甑島攻撃部隊は壊滅。

「敵本隊さんにしても、ここでの会敵は予想外ってか?」
「でしょうな」

 勝流の見解に、東郷が同意した。
 部隊を小分けにして、こちらの位置を特定する。
 そういう作戦で、龍鷹海軍は捕捉されたわけだが、完全に動きを読んでいたわけではないのだろう。

「片島の壊滅を受け、甑島攻撃部隊と早期合流しようとしたのでしょう」
「俺たちがいる以上、各個撃破の対象だからな」

 すでに遅かったわけだが、龍鷹海軍の一人勝ちを防いだ。

「どうする?」
「・・・・参謀としては、仕切り直しを提案します」

 早津は何やら含みのある言葉遣いで提案する。

「ならば、我々は海軍軍人として決断するしかあるまいな」

 早津の言葉を聞き、東郷が闘志に満ちた笑みを浮かべた。

「目にものを見せてやろうじゃねえか」

 勝流は左手のひらに右握り拳を叩きつけ、東郷と同じ笑みを浮かべる。

 見敵必戦。

 「敵を見つけたのであれば、必ず戦え」というような意味で、Search and destroyに繋がる。
 広い海上で再び相まみえることがあるか分からない敵を見つけた以上、戦闘もせずに帰るなどあり得ないのだ。
 夜明けまで後一刻。
 西海道諸国同士における空前規模の大海戦が始まった。










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