「海原に轟くカノン」/二



 石火矢。
 火砲の一種として戦国時代末期に伝わった兵器だ。
 鉄砲と同様に火薬を用いて砲弾を撃ち出すところは変わらないが、個々人で扱うのが不可能な代物である。
 青銅でできており、子砲と呼ばれる火薬と弾丸を装填したものを砲身に取りつけて撃ち放つ。
 今でいうカートリッジ式に相当し、発射速度が早い。しかし、子砲と本体の間から発射ガスが漏れ、全ての爆発エネルギーが発射エネルギーに転換されない点が短所だった。
 だがしかし、これまでの海戦で使用されてきた六匁弾、十匁弾火縄銃は元より、一〇〇匁弾を発射する大鉄砲よりも高い威力を持っている。
 故に持ち運びの不便さと高威力から専ら艦載砲に使われていた。






鷹郷勝流side

「―――カノン砲、か・・・・」

 鵬雲五年四月二十日
 勝流は甲板の船舷に並ぶ金属の塊を撫でながら呟いた。
 すでに日が落ちて久しく、龍鷹海軍主力艦隊は甑島列島に停泊している。
 全ての艦艇を収容できないため、艦隊は諸島内にバラバラに展開していた。
 ここを襲われると各個撃破されるだろう。
 何せ周辺海域で天草諸島を除けば、艦艇が停泊できる場所などここ以外にないのだ。
 虎熊水軍が龍鷹海軍の主力艦隊出撃を知っていた場合、間違いなくここを攻める。
 このため、夜目の効く水兵を載せた小早が周囲を警戒しており、島内の砦からも水平線を監視していた。
 また、全艦艇は停泊しているのみで、戦闘員のほとんどは船内に残っている。
 水兵の一部は島内備蓄庫から補給物資を取り出していた。
 夜に航行するのは座礁や衝突の危険があるために、出来うる限りやらない。
 だが、いつ虎熊水軍が来襲するかわからない以上、龍鷹海軍はこの海域に展開し続けなければならない。
 精神的消耗が大きい待機戦術だが、それ以外に取りようがないのが現状だ。
 何せ龍鷹海軍の戦術目的は、虎熊水軍主力部隊の撃滅なのだから。

「カノンって響きがかっこいいぜ」
『正確には"デミ・カノン砲"』

 傍にいたリリス・グランベルが紙に言葉を書く。
 流ちょうな文字だが、まだ日本語を話せるほどにまでは上達していないらしい。

「本当のカノン砲より小さいんだっけ」
『うん』

 カノン砲は42ポンド以上の砲弾を発射する。しかし、重くて扱いにくいため、砲弾重量32ポンドに抑えた半カノン砲が開発された。

『でも、威力は抜群』
「それは知ってんぜ。見たからな」

 志布志湾での試射は圧巻だった。
 旧式とはいえ、関船を一撃で粉砕している。
 それもそのはず。
 石火矢――大筒とも――の砲弾は最大二貫(7.5 kg)程度。
 一方で32ポンドとは約14.5 kgに相当した。
 和製大砲が持つ倍の重量がある。
 さらに前装滑腔砲として、発射ガスが漏れないので重量以上の威力もあった。

「もっと量産できればなぁ・・・・」
『簡単に量産されたらこちらの技術も大したことないということ』

 この国は西洋からもたらされた鉄砲の生産技術を独自に解明し、量産に成功している。
 その立役者かつ現在でも主要鉄砲生産国である龍鷹侯国の技術者を持ってしても、数門を複製することで精いっぱいだった。
 性能もいまいちで、特に耐久性の問題がある。

(それでも、これは切り札になる)

『虎熊水軍って強いの?』
「弱くはねえよ。基本的に大筒を船に積める船を持っている水軍は強い」
『他の国は違うの?』
「んー、聞いた話だと瀬戸内・・・・ここより北東の狭い海域を縄張りにする水軍は積んでいない」

 だからと言って弱いわけではない。
 瀬戸内を舞台にした海戦ならば龍鷹海軍も苦戦するだろう。

「沖合を戦場にする限り、大筒を持っていると有利だな」

 瀬戸内は遠距離戦で牽制しつつも、結局は乗り込み戦闘が主体となる。
 近づいてくる敵船を破砕できる大筒の存在は、それを持たない船にとって脅威以外の他でもないのだ。

(虎熊水軍がどうやって大筒基本装備の第二艦隊を撃破したかはまだわからないが、こちらも負けるものではない)

―――クイクイ

「ん?」

 半カノン砲に手を当てて意気込んでいた勝流の袖をリリスが引く。

『おなか減った』
「・・・・ああ」

 炊煙が上がり、米の焚けるいい匂いが風に煽られて漂っていた。
 リリスは小さな鼻をひくつかせ、腹に手を当てている。
 小さな形をしていて、結構な大食漢なのだ。

「じゃ、行くか」

 艦内食堂へ向かおうと、勝流は踵を返した。
 今日の献立は景気づけとばかりに豪華だったはずだ。

―――クイッ

「ん?」

 袖を引かれて振り返った先には、北東の水平線を見つめるリリスの姿。

『あれ、何?』

 水平線から視線を外し、筆を走らせる。
 その文字を見た勝流は目を細めるようにして水平線を見遣った。

「あ・・・・」

 思わず口から小さな音が漏れる。

(おいおいおいおいぃッ!!!!!)

 水平線に宿る赤い光。
 それが意味することは―――

―――カンカンカン、カンカンカン!!!!!

 突如、ほぼ全ての軍船から半鐘が鳴り響いた。そして、兵が慌ただしく動き始めた。
 ほとんどの船から上陸用の小舟が落とされ、対岸へ向かっていく。
 また、対岸からも同様の小舟が兵を満載して船へと向かってきた。
 全兵を乗船させるための措置である。

『あの光は?』
「偵察船からの狼煙・・・・というか、連絡光だ」

 予定を変更した全兵集結命令。
 それが先程の半鐘。
 ならば、その半鐘を打ち鳴らさせた光が意味することは、ただひとつである。

「早くも敵船団を発見したぞ」

 勝流がそう呟いた時、戦列艦「霧島」は出港するために離舷を開始した。



 龍鷹海軍の索敵船が発見した虎熊水軍船団は、阿久根に上陸した部隊の補給部隊だった。
 向こう七日分の食糧と消耗した武器弾薬の補給。
 これが船団の目的である。
 輸送船十隻に護衛の船団が合計八隻。
 その内訳は旗艦の安宅船一、関船一、小早六という小国なら裸足で逃げ出す戦力だ。
 それらが輸送船団を取り囲むようにして航行していた。



「―――捨て置け」

 索敵からの詳細情報を受けた海軍卿・東郷秀家が言った。
 まだ輸送船団は水平線の向こうで見えない。だが、発見報告から四半刻で、龍鷹海軍はいつでも船団攻撃に移れる位置に移動していた。
 接敵していないのは、その判断をしていないだけである。

「見敵必殺、ではないでしょうか?」

 参謀の一人が挙手をして言った。

「ほう? それでこの敵を潰しては我々にどんないいことがある?」
「敵戦力の各個撃破、阿久根の敵の弱体化、ではないでしょうか?」

 東郷の問いにその若い参謀は、やや疑問符を浮かべながらも答える。
 疑問を抱いたのは、その問いに対してであり、自分の返答内容ではない。
 この程度、質問するまでもないことだと思っていたのだ。

「その戦果に意味はない」
「え・・・・?」
「あの輸送船団が阿久根に辿り着こうが辿り着かまいが、戦局に対して影響しない」

 規模的に上陸した敵部隊の補給のみで、増強ではない。
 鹿児島留守居部隊が阿久根に押さえ込んでいる以上、戦力維持程度の輸送部隊は見逃してもいい。

「それよりもここで敵船団を殲滅し、どこかにいる敵主力艦隊に撤退される方が問題だ」

 龍鷹海軍第一艦隊の目的は、第二艦隊主力部隊を撃破した敵艦隊の殲滅なのだから。
 ここで逃がせば、九州西海岸が敵艦隊の出現に怯え続けなければならない。
 それはただでさえ兵数が劣勢の中、警戒部隊を後方に残置しなければならないことを意味していた。

「我々の目的を忘れるな。目先の戦果に釣られるな。相手はこれまでの敵とは違うんだぞ」

 最悪、あの輸送船団が餌の可能性もあるのだ。
 もちろん、そう思わせて補給を成功させようという腹づもりかもしれない。
 実際にあの船団を潰せば、数百人規模の敵軍が干上がるのだ。
 虎熊軍団からすれば数値的な痛手以上の打撃はあるだろう。
 だが、龍鷹海軍が狙うのは、壊滅的打撃だった。

「海軍卿」

 別の参謀が挙手する。

「あの敵船団を攻撃しないのならば、我々は如何しましょうか?」
「うむ。貴様はどうすれば良いと思う?」

 東郷はすぐに答えず、そう質問した。
 それを考えるのが参謀の仕事だからだ。

「そ、それは・・・・」

 質問返しをされた参謀は、やや驚いたようだが、答えを用意していた。

「敵船団の進路から逆算すると、天草諸島西方を回ってきたと思われます」

 敵船団進路は東南東であり、現在位置が天草諸島南方であることから、その予想は正しいと言えるだろう。

「これは岸から船団の動きを読まれないための策だと思われますが・・・・」

 天草諸島は燬峰王国だが、当然沿岸部には黒嵐衆の草の者が潜んでいた。
 何かあれば情報が伝わるはずである。
 それがないということは、敵は天草諸島西方の沖合を移動してきたこととなる。
 沖乗りができる時点で、高い造船技術と訓練度を誇っていることが窺えた。
 尤も大陸貿易を実施している時点で、当たり前の技術なのだが。

「しかし。いえ、だからこそ、敵艦隊主力は確実に天草諸島西方へ退避しているはずです」
「今ここで沿岸部を離れて探しに行くと、その予想が間違っていた場合、西海岸は火の海となるが?」

 今ここで東シナ海へ捜索の手を広げるのは危険だった。

「いえ、敵の潜伏先はここから遠くありません」

 至極当然の質問にも、この参謀は怯まない。

「ほう?」

 参謀の言葉に東郷の目が光ったような気がした。

「沿岸部に目撃されたくない敵軍が補給・休息ができる場所」

 参謀が机に広げられた海図に視線を落とす。
 海図には西海道西部の沿岸、島々が載っていた。

「ここです」

 参謀が指さしたのはひとつの小さな島。
 肥後国天草郡下須島の南西約一里強に浮かぶ、別名「龍仙島」。
 第三紀古層の砂岩礫岩からなり、断崖に洞窟や石柱が見られる。
 良港の立地ではないが、補給程度ならば可能だ。

「一応、ここは燬峰王国の領土だが?」

 別の参謀が指摘するが、答える参謀も至極簡単に言った。

「燬峰王国の警戒部隊は天草諸島の下須島までだ。さらにこの片島は無人島のために税の徴収もない」
「・・・・空白地、か・・・・」

 天草諸島は燬峰王国領土だが、やはり人口密集地のみの統治で、特に国防上問題ない地域の開発は後回しにされていた。
 片島はまさにその地域にあるのである。

「片島に敵艦隊が展開しているとして、どう攻める?」

 片島周辺は燬峰王国に配慮して索敵範囲から除いていた。
 攻めるとなれば、燬峰王国と外交問題になる可能性がある。

「―――気にすんな。戦略・戦術的に最適な作戦でやれ」

 一軍人では判断できない内容になった時、上座から勝流が発言した。

「し、しかし、燬峰王国は・・・・」
「従流兄を追放した時に船沈めたじゃねえか。今更ガタガタ言うなよ」

 それに燬峰王国天草艦隊は整備途中で、龍鷹海軍とまともに戦えるレベルにない。

「外交は外交だ。後で連絡船を出して鹿屋のじいさんに言っとくわ」

 鹿屋のじいさん=鹿屋治部卿利直だ。
 治部省は外交を担当する部署である。

「俺らの目的はさっき秀家が言ったとおりだ」

 勝流は居並ぶ重鎮を見渡し、一門衆として海軍の方針を再認識させた。

「虎熊水軍をぶっ潰す」



 虎熊水軍阿久根輸送船団発見から一刻。
 龍鷹海軍主力艦隊は一斉に西方へ舵を切った。
 輸送船団については連絡船が沖へ向かい、鹿児島城から襲撃部隊が編制される。
 その少数部隊が陸揚げ中の船団を襲い、若干のダメージを与えたが、輸送自体は成功した。
 阿久根からは輸送成功の狼煙が上がり、それは虎熊宗国の情報伝達システムによって海上の主力艦隊にも伝わった。
 その結果、虎熊水軍は龍鷹海軍主力部隊が未だに西海道西部海域に出ていないと判断する。
 故に虎熊水軍は次の作戦行動へ移るため、片島周辺から移動を開始した。



「―――撃て!」

 東郷の号令一下、数十の石火矢が火を噴いた。
 風切り音と共に数町を飛翔した鉄弾が停泊していた敵船を砕く。
 輸送船団から矛先を片島に変更した翌日午前、龍鷹海軍は片島を攻撃していた。
 無人島だったはずの島にはいくつもの建屋が並び、洞窟にも縄ばしごがかかっている。
 要塞ではない、簡易拠点だが、それでも拠点は拠点だった。

「敵の抵抗が弱いな」
「ええ、どうやらあれらは輸送船のようです」

 勝流は東郷に意見を伝え、東郷もその意見に同意する。
 少なくとも敵から石火矢の反撃は数門程度であり、それもすぐに集中砲火を浴びて沈黙した。

「砲撃停止。弾の無駄だ」
「はっ」

 東郷の指示を受け、「霧島」を始めとした石火矢搭載艦の攻撃が止む。だが、片島への攻撃が止んだわけではなかった。
 砲撃を止めた安宅船の代わりに、関船と小早が岸へと接近していく。
 関船の矢盾に守られた狭間から突き出された大鉄砲が火を噴き、制圧射撃が再開された。
 それを横目に小早がさらに岸へと接近。
 飛んでくるわずかな矢玉を盾で振り落とし、砲撃で今にも沈みそうな船へと乗り移っていく。
 また、艦砲射撃を陽動にして、島の他の場所から上陸していた陸戦隊が陸から敵へと襲いかかった。
 元々数が少なく、石火矢の艦砲射撃で戦意が減退していた留守部隊は、陸戦隊の攻撃を受けて崩壊。
 戦闘開始、二刻で虎熊水軍片島拠点は陥落した。
 龍鷹海軍が受けた損害は、小早二隻大破(後に放棄)。
 兵も死者三名、負傷者十八名。
 残敵掃討に五〇名の陸戦隊と数隻の艦艇を残し、龍鷹海軍は再び沖合に集結するべく動き出す。

「どう思う?」

 勝流は甲板上から、徐々に小さくなっていく片島を見ながら言った。
 質問先は東郷ではなく、片島が敵の拠点であると見抜いた参謀である。

「はっ。『敵が何らかの作戦行動中である』という証左、としか言いようがありません」

 普通ならばすくみ上がってしまうのだろうが、彼は参謀という職をよく理解していた。
 参謀は司令官に対して意見を述べる役職だ。
 決断を仰ぐ役職ではあっても、判断を仰ぐ役職ではない。

「その作戦行動とは?」
「こちらへの攻撃作戦です」

 非戦闘地域の西海岸への艦砲射撃。
 水俣城周辺への威嚇攻撃。
 川内軍港の襲撃。
 考えられるのはその程度だった。

「ですが、昨日の索敵で見つからないのはおかしいな」

 昨日の索敵はかなり緊密な密度である。
 発見報告がない場合は未帰還の索敵船がいるのだろうが、昨日は全船帰還していた。

「得た捕虜の情報では昨日まで停泊していたようですから・・・・帰還したのでしょうか」

 龍鷹海軍の索敵範囲は薩摩国西方から甑島列島、北は天草諸島南方二里程度である。
 薩摩国西海岸防衛を目的にするならば十分な範囲だった。

「昨日の索敵範囲外、となると確かに北か・・・・」

 虎熊水軍の根拠地は有明海か筑前国である。
 第二艦隊との戦闘でどれだけの損害を受けたかは分からないが、無傷ではないだろう。
 そのために母港へ帰還することは十分に考えられた。

(その場合、阿久根に上陸した軍勢は見殺しになるんだけどな・・・・)

 快進撃を続ける虎熊陸軍が陸路補給路を打通するという方法もある。だが、高城川の戦いで龍鷹軍団が銀杏軍団に完勝した時点でその可能性は大きく遠のいていた。

「敵は我々第一艦隊の動向に気がついていないのでしょう」
「もしかしたら、昨日の輸送船団はそのための餌だったのかもな」

 輸送船団が壊滅した場合、それだけの戦力が展開していると言うこととなる。
 その船団が無事に輸送を成功させたことで、虎熊水軍はこの海域に龍鷹海軍がいないと判断した可能性があった。
 だから、補給と整備のために引き上げるという決断を下す。
 それは十分考えられることだった。

(本当にそうか?)

 龍鷹侯国相手に海上機動戦しかける大胆さ。
 それがありながら、ここで引き上げるという結論に至るだろうか。
 戦果拡大には傾かないのだろうか。

「おい、早津」
「はい」

 今更だが、この参謀の名前は早津という。
 三〇代半ばの年頃で、海の男らしく日焼けしていた。しかし、理知的な顔立ちで、視線が鋭い点がただの海兵とは違っている。

「もし、敵が母港に帰らず、攻撃作戦を発動しているとして・・・・・・・・どこが目標だと思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 早津は即答しなかった。
 先に思いついた三つは、こちらの索敵によって違うことが分かっている。

「・・・・発想を変えましょう」

 早津は顎に手を当てて、空を見上げた。

「私が虎熊水軍の参謀ならば、この海域における龍鷹軍団の継戦能力を奪います」

 水軍の継戦能力を奪うには、根拠地破壊、輸送船団殲滅が大きい。
 だが、根拠地である川内軍港攻撃はない。そして、こちらの輸送船団は出していない。

「あ・・・・」

 勝流はそこまで考え、全ての条件を満たすこちらの拠点を思い出した。

「ええ、盲点でした」

 同じ結論に至っていた早津は、やや蒼褪めた顔で結論を言う。


「―――甑島列島」


 龍鷹海軍が持つ外洋整備軍港群。
 対外的に有名ではないが、かつて対中華海軍相手に勃発した男女沖海戦の後方策源地として機能した歴史を持つ。
 水軍関係者ならば知っていてもおかしくはない。
 問題は正確な位置を示す海図を手に入れているかどうかである。

「―――南方で狼煙! 甑島方面です!」
「「・・・・遅かった」」

 見張員の報告に、勝流と早津が舌打ちした。

「状況報告!」

 甲板にいた東郷が叫び、見張員は水平線に目をこらす。

「・・・・・・・・・・・・て、敵襲! 甑島が攻撃を受けています!」
「―――っ!? ええい、臨戦態勢!」

 東郷の命令を信号兵が旗を振って艦隊全体に伝えていく。

「針路、南南西!」

 ぐぐっと艦隊全体が針路を変え、速度も上がった。
 戦列艦、安宅船、関船だけでなく、沖乗り用の小早もついてくる。
 潮の流れに逆らうからか、船首からは高い白波が立ち、船上は大きく揺れた。

「襲撃者は虎熊水軍! 大軍で艦砲射撃中!」

 狼煙の色を変えることで、あらかじめ取り決めていた文言を伝達することができる。
 烽火台は島中央の高台に設けられており、陸上部隊が直接乗り込まない限り、煙を止めることはできない。

「敵さんはこっちと同じで、港湾設備制圧を目指していると思うか?」

 勝流は草津を伴って東郷の下へと駆け寄った。
 東郷もできる指示はしたので、後は現地に着くまで待ちの態勢である。
 このため、勝流と会話する余裕があった。

「我々の片島攻撃のように、ですか?」
「そうだ」

 龍鷹海軍は片島を占領した。
 敵の数は少なかったので、二刻という短い時間で制圧できている。しかし、艦砲射撃による港湾破壊、というのであれば、半刻で完了していた。
 敵が陸上戦も考慮しているのならば、陸上戦中に殴り込むことはできるだろう。だが、艦砲射撃の一撃離脱だった場合、龍鷹海軍が甑島列島に到達した時、すでに敵艦隊はいないだろう。

「おそらく、一撃離脱でしょう」

 元々、甑島列島の基地は物資集積基地であり、常駐している艦隊は少ない。
 占領したとしても虎熊宗国本土からは遠く、維持することができない。
 占領するメリットがほとんどないため、陸上戦力を送り込む意味がない。

「だったら、甑島を襲う理由は何だ?」

 勝流の疑問を、次は草津が答えた。

「我々に対する挑発、周辺諸国への示威行為です」

 拠点を襲撃された龍鷹海軍のメンツを潰すこと。
 "最強"と名高い龍鷹海軍を翻弄することによって、周辺諸国への虎熊水軍の売名。

「出火! 軍港が燃え始めました!」

 虎熊水軍による放火。
 その煙は瞬く間に狼煙を覆い隠し、上空の風に乗って中空で大きく広がっていく。
 その勢いからして、大規模に軍港が燃えていることが分かった。

「舐められたもんだな、おい」

 勝流は全身から怒気が迸るのが分かった。

(あそこにいる奴らは今絶望を味わっている)

 おそらく、滅多打ちに遭っている。
 それでも守備隊は激しく抵抗しているに違いなかった。
 だが、こちらが到達する頃には敵軍は撤退しているだろう。

(だったら・・・・)

「・・・・海軍卿」
「はっ」

 勝流の声音から、東郷は片膝を突く。

「鷹郷家の一門衆として命じるぞ」

 勝流はその東郷を睥睨するようにして言った。

「叩き潰せ」

 自分の口から恐ろしく冷たい声が出たのが分かる。だが、そのままの感情で勝流は続けた。

「反転、包囲殲滅するぞ」
「・・・・御意」

 勝流の命令に、東郷は目を伏せる。
 敵軍を捕捉殲滅するため、勝流はこのまま甑島列島に駆けつけることを止めさせた。
 それは甑島列島の救援活動を止めると言うことに他ならない。
 今まさに苦しんでいる味方を見捨てたのだった。
 仇は取る、という決意を胸に。

「針路、西!」

 幼いと言っていい年齢にもかかわらず、非常な決断を下した勝流に黙礼し、艦隊司令官としての役目を果たすために東郷が指示を出す。

「・・・・ッ」

 その的確な指示を耳にしながら、勝流は両拳を強く握りしめた。

(悪い・・・・ッ)

 爪が皮膚に食い込む痛みを心に刻み、勝流は甲板を後にする。そして、後の会敵に備えるため、艦内へと引っ込んだ。










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