「龍の一閃」/八
「―――戦況はこちらに有利なようじゃな」 忠流本陣は高城川が見える場所まで前進していた。 そこから見える戦況は圧倒的と言える。 「高城川南岸はほぼ奪還、か・・・・」 先程、そのまま北岸へ追撃しようとしていた武藤勢に方針転換を知らせる使番を送った。 それは無事に聞き届けられたようで、武藤勢は指示通りに桐原川と高城川に挟まれた高城正面に布陣する刈胤勢を攻撃しているようだ。 戦いは第三段階へ移ったと言えよう。 「あの攻撃を受けている部隊も間もなく潰れそうです」 忠流の馬の背に立ち、忠流の肩で体を支える紗姫。 ひときわ大きく飛び出した頭が確認するのは、刈胤勢だ。 「じゃが、なかなか粘り強いの」 戦況を眺める昶は完全に観戦気分である。 「御武勢は弱いの?」 紗姫は幸盛がいればショックを受けた発言をした。 刈胤勢と主に戦っている御武勢一〇〇〇を率いるのは幸盛なのだ。 「うーん、高城の西方にも兵がいたらしく、御武勢も二正面作戦になっているんだ」 勢いよく刈胤本陣に突撃したのはいいものの、その横合いから強襲を受けて御武勢は混乱した。 足並みを揃えて戦い出したのはいいが、奇襲効果は失われている。 また、その戦力も敵軍は二五〇〇、御武勢は一〇〇〇と負けている。 それでも刈胤勢が追い詰められているのは、打って出た高城勢三〇〇と西方軍を平らげた瀧井・藤川勢二〇〇〇が高城へ向かっているからだ。 「複雑じゃな・・・・」 「ま、あそこに拘束できればいいんだ」 「・・・・また何かやってるの?」 「ま、ね。戦とは戦場に辿り着く前に決着をつけるものだ」 今回の全指揮を採る忠流だが、戦前の仕込みをしないとは言っていない。 ある意味、忠流の真骨頂と言うべき戦略が、高城川北岸に炸裂したのは、それからすぐのことだった。 総攻撃scene 「―――大丈夫。・・・・大丈夫。・・・・・・・・佐久式部大輔殿も大丈夫と言ってくれたではないか・・・・・・・・・・・・」 山中を行軍する兵を従え、見事な手綱さばきで疾駆する青年は、不安で顔を真っ青にしていた。 「うぅ・・・・」 彼の耳には高城川での喧騒がしっかり入っている。しかし、彼の部隊はまだまだ敵と会敵しそうになかった。 「山野辺殿、落ち着かれよ」 「しかし・・・・」 青年の名は山野辺時通。 湯湾岳の戦いにおいて討死した、大口城主・山野辺邦道の嫡男である。 父の戦死を受けて家督を継いだが、対人吉戦線の最前線である大口城主の地位は失った。 大口城は佐久頼政が城将として入り、彼が奪還した人吉城に移った後は城将が置かれていない。 それでも若年の時通は城主に戻れなかった。 だが、その城下に屋敷を構え、人吉奪還後は留守居として大口地方を管理している。 このため、時通が率いる足軽も大口周辺の者たちだった。 (城持ち大名に返り咲く絶好の機会!) 出陣が決まった時、時通はそう意気込んだものである。 今回時通は経験豊富な元浪人・三谷実門を副将に二〇〇〇を率いていた。 まだ十七の時通には数が多い。 といっても、補佐に付けられた三谷もこれほどの軍勢を率いたことはない。 それでも忠流は時通に二〇〇〇を預けたのだ。 期待されていると見て間違いない。 「山野辺殿、見えましたぞ」 目を凝らした三谷が見たのは、桐原川の向こうに見える敵陣地だった。 場所は刈胤が開戦前に布陣していた場所である。 つまり、山野辺勢は高城西方から大きく迂回し、高城北方に出ていたのである。 目の前に桐原川が流れているが、川幅五間(約9m)など障害ではない。 「慌てているな」 陣地には旗が翻り、臨戦態勢の守備隊がいた。 しかし、その陣地から見えない高城川の戦況を気にしている。 目に見えない戦況故に、その不安感は絶大だった。そして、そのために注意は完全に南方へ向いている。 西方に到達した山野辺勢に全く気付いていない。 『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』 全軍が攻撃位置に着いたのか、周囲に響いていた進軍音が止んでいた。 最前線からはこの部隊の先鋒を務める年上の従兄がこちらを振り向いている。 いや、攻撃命令を待っていた。 「敵は小勢で、動揺している」 (負ける道理などいっぺんもない!) 迷いを断ち切った時通が采配代わりの馬上槍を振り上げる。 「全軍、突撃!」 勢いよく振り下ろした穂先に放たれるように、二〇〇〇の兵が鯨波の声を上げた。 それは対岸の刈胤支隊を震わせ、第二の奇襲攻撃となる。 高城川の戦いは、第三段階(高城正面戦線)の終了を待たず、一気に第四段階(高城川北岸戦線)へと移行したのだった。 「―――な、なんだ?」 刈胤は北方から上がった喊声に驚いた。 刈胤勢は竹鳩ヶ淵付近の味方と合流し、二〇〇〇となっている。 高城西方から攻め寄せていた部隊もいるが、この二〇〇〇で高城南岸の二〇〇〇、正面に一〇〇〇を支えていた。 また、高城から打ってきた香月勢は奇襲効果がないと見るや、再び城内に引っこんでいる。 このまま敵をあやしながら梅津勢が確保している北岸へと撤退するつもりだった。 (まんまと敵の思惑に乗っかってしまったか・・・・ッ) まさかの龍鷹軍団主力軍による横撃だ。 南北に伸び切っていた銀杏軍団は、その一撃で先頭部がほぼ壊滅した。 未だ戦闘力を保持しているのは、分散配置された刈胤勢三〇〇〇と梅津勢四〇〇〇の七〇〇〇だけだ。 これも東方軍を片付けた敵軍が高城川北岸に達すれば、抗戦は不可能になるだろう。 今の戦いは、如何に被害を少なくして撤退するかにかかっていた。 (義父上と合流すれば、戦力は一万となる) 龍鷹軍団からすれば、この決戦で銀杏軍団を無効化することが理想である。 それを阻止し、敵にとって無視できない戦力を維持できれば、戦略的に勝利できる。 「も、申し上げます!」 その考えも、伝令が持ってきた情報で吹き飛んだ。 「川上の陣地、奇襲を受けました。確認できるだけで一〇〇〇以上。また、高城からも打って出ており、混乱の極みです」 「な・・・・」 刈胤の手から采配が落ちる。 「この期に及んでまだ伏兵を用意していたと!?」 龍鷹軍団は高城に一五〇〇、絢瀬勢六〇〇〇、鹿屋勢四〇〇〇と当初から一万一五〇〇を用意していた。 これに主力軍一万二〇〇〇。 計二万三五〇〇。 肥後戦線も抱えている龍鷹軍団からすれば、この戦力集中は賭けに等しい。 だというのに、さらに兵を率いてきたというのか。 事実、忠流は龍鷹軍団の約七割の二万五五〇〇を用意した。 高城に二万三〇〇〇、日向戦線全体で二万六〇〇〇の兵力を有する銀杏軍団に対するには当然の数と言える。 肥後戦線を抱えていなければ、だ。 (日向戦線をあやしながら肥後戦線で戦うのではなく・・・・) 「―――日向戦線を片付けてから肥後に向かうつもりか!」 そう叫んだ時、霊術や鉄砲の一斉射撃を喰らった後方陣地が大爆発した。 あそこには弾薬が集積しており、それに引火・爆発したのだろう。 「く、川北へ撤た―――」 「―――御武勢、攻勢に出ました!」 「またか!? 奴らはいったい何をしたいんだ!?」 押しては退き、退いては押してくる御武勢に、イラついた声を出す側近。 「・・・・そうか、奴らの狙いは、私をここに止めておくことだったのか・・・・」 冬峯家の御曹司である刈胤。 その存在は冬峯家にとって、ただの跡取り以上に大事な存在だ。 虎熊宗国との同盟の証なのである。 さらに冬峯刈典には息子はいない。 刈胤を失えば、分家から跡取りを立てざるを得なくなり、それぞれの分家が対立して領土経営が難しくなる可能性があった。 だから、刈胤を絶対に助けなければならない。 故に梅津勢は踏みとどまった。 一方で、刈胤勢への奇襲攻撃は失敗し、龍鷹軍団は攻めあぐんでいると錯覚させた。 だからこそ、刈胤勢は引き際を見極められず、ズルズルと高城正面に布陣し続けていた。 全ては西方と東方からの包囲を完成させるための時間稼ぎである。 「恐ろしいな・・・・」 まるで駒を操るかのように、銀杏軍団を包囲して見せた手腕に戦慄した。 戦場に到着してからの戦術家ではない。 どのような戦況になるか、いや、どのような戦況にするかを考える戦略家の手腕だ。 (これが・・・・鷹郷忠流・・・・) 刈胤は采配を放り投げ、槍持ちから槍を受け取った。 「この戦は負けだ。後は・・・・生きて帰るしかない」 刈胤は梅津勢の方を見遣る。 東西を挟まれつつある梅津勢も動揺しており、しきりに旗が揺れていた。それでも船橋が桐原川に渡される。 撤退しろと言う合図だ。 「全騎騎乗!」 その言葉に、士分たちは突撃準備に入った。 「これより我らは一当てした後、桐原川を渡河、義父上の軍と合流する!」 無事に撤退するには御武勢の前線を崩すしかない。 「突撃ぃ!」 馬上槍を抱えて飛び出した刈胤に続く数十の騎馬武者に、御武勢は怯んだように立ちすくんだ。 「敵は怯えているぞ! このまま一気に踏み潰―――っ!?」 最前線を駆けていた武将が、突風に体勢を崩して落馬する。 そのまま彼は後続の馬蹄にかかって魂を飛ばし、数騎の騎馬武者にそれに巻き込まれて崩れた。 「何だ!?」 突撃の勢いをそのままにしながら、刈胤勢に動揺が走る中、御武勢の中からひとりの少年が出てくる。 「あれは・・・・ッ」 刈胤が少年の姿を認めた瞬間、彼が手に持っていた扇子を振り下ろした。 「「「ぐわあああああああ!?!?!?」」」 大量の霊術が振りそそぎ、爆炎と共に刈胤勢の乗り崩しが瓦解する。 「前進!」 少年――御武幸盛が采配代わりの扇子を振り、御武勢は槍衾を作って刈胤勢へと殺到した。 「―――絶好の機会、ってやつですね」 幸盛は崩れ立つ刈胤勢を見て呟いた。 撤退を助けるために刈胤勢の武者衆が突撃してくることは読んでいた。 しかし、あからさまに飛び道具を用意していては、敵に気取られてしまう。 だから、幸盛は霊術の一斉射撃を選んだ。 足軽衆に霊能士を混ぜ、怯んで足を止めたと思わせた後に霊術を叩き込んだのだ。 武者衆で構成された突撃部隊はそれで完全に勢いが崩されている。 「一気に叩き潰そうとしたんですけど・・・・」 敵の立ち直りが意外と早かった。 撤退待ちしていた足軽衆が戻り、前線は激しい長柄戦に発展している。 幸盛の思惑は外れたが、刈胤が企図した撤退も完全に失敗した形だった。 「なら、俺の出番っスね?」 「ですね」 幸盛は隣から聞こえた声に、そちらを向く。 「頼めますか?」 「合点承知!」 力強く返事した長井弥太郎が、ひらりと馬に飛び乗った。 「では、僕も」 礼儀正しく礼をした同じく巨漢の少年が馬に乗る。 こちらは加納猛政の嫡男・加納忠猛だ。 因みに「忠」は「アツ」ではなく「タダ」と読み、忠流の偏諱を受けたとは言えない。 「忠猛、どちらが早く敵将の首が取れるか勝負しようぜ!」 「いいですよ」 「俺はそれで御館様から偏諱してもらうんだ!」 長井弥太郎は先の火雲珠希との遭遇戦が初陣だった。 それから幾度も戦場を駆けているが、未だ元服していない。 「そんで、こう名乗るっス!」 弥太郎が重い槍を天に突き出した。 「忠勝!」 「って、『忠=タダ』なんですね!?」 幸盛が思い切りツッコミを入れた。 「・・・・まあ、偏諱を断った僕が言える立場ではありませんが・・・・」 「ッスね」 幸盛は弟分の冷たい視線に咳払いで答え、真面目な顔を作り直す。 「それはそうと、頼まれてくれませんか?」 「おう!」 「弥太郎、聞いてからにしよう」 「そりゃそうだ」 「はぁ。・・・・ええっとですね―――」 幸盛の願いを聞いた忠猛は目を見開いて、弥太郎は呵々大笑した。 「了解! ―――さあ、行くぞ!」 「「「オオウ!!!」」」 弥太郎が声をかけたのは、近衛の精鋭たちである。 集団戦よりも個人戦闘力に秀でた部隊であり、武者突撃をかけた時の衝撃力は計り知れない。 「遠距離戦部隊はこれを援護!」 と叫びつつ、幸盛も前に出た。 敵もこちらの白兵戦部隊が前に出たのに気付いている。 それに対応するのは、白兵戦部隊を出すか、遠距離戦部隊を出すかだ。 「敵、弓隊が射撃開始!」 数十の弓弦が鳴り、放物線を描いて矢が降ってきた。 「ふっ」 身の内の霊力を活性化させ、それを手に持った扇子に流し込む。 途端に吹き荒れた風を操り、幸盛はその矢をことごとく叩き落とした。 「こちらの番です!」 「「「はっ」」」 不自然な風に阻まれた敵が、狐につままれた顔をする中、御武勢の矢が降り注ぐ。 前線部隊が頭上を気にした瞬間、槍衾が割れた。 「いぃくぞぉ!!!」 馬に乗らずに先頭を駆け出したのは、弥太郎だった。 馬で目立つように前線に着いた彼は、ひそかに馬から降りていたのだ。 それで徒士武者となった彼らの突撃ポイントを敵に気取らせなかった。 「やっふぅ!」 慌てた敵足軽を数人まとめてはね飛ばした弥太郎は、首をめぐらせて目標を探す。 「敵将は・・・・・・・・」 「あそこ!」 先に見つけた忠猛がその方向に向けて霊術を放った。 霊力の爆発に足軽がなぎ倒され、その隙間に武者衆が突っ込んでいく。 そんな向こう、馬上槍を構えた青年武将がこちらを見ていた。 周囲を固める馬廻衆の武具も高級そうだ。 「遅れるなっスよ!」 自身の馬廻にそう命じ、弥太郎は駆けた。 途中で邪魔をしようとする武者をはね飛ばし、逃げ遅れた足軽の尻を蹴って退かす。 弥太郎の横では忠猛も突撃していた。 弥太郎よりはずっと優雅だったが。 「冬峯刈胤だな!」 「そういうお前は?」 接近された刈胤は、下馬して槍を構えた。 徒士武者である弥太郎に馬のまま戦えば、不覚を取る可能性があるからだ。 高低差は大事だが、馬を潰されれば苦戦する。 馬を馬として使えない時には下馬するのが普通である。 「長井衛勝が嫡男・弥太郎!」 「つ、続いて加納猛政が嫡男・忠猛!」 馬廻衆の突破に手間取ったのか、わずかに遅れて忠猛が名乗った。 因みに双方の馬廻衆は絶賛殴り合い中である。 「兵部大輔に近衛大将・・・・。御曹司だな」 刈胤はふたりの父親を知っていたようだ。 「いかにも。私は冬峯刈典が嫡男・刈胤」 一度馬廻の方を見て、諦めたように肩をすくめた。 「候王の側近であろうふたりが、僕に用があるのか」 「その通りっス!」 「―――っ!?」 言葉と共に弥太郎が槍を突き出す。 不意を突かれた刈胤は全く反応できなかった。 「ぐ、ふ・・・・」 激痛が体を駆け抜け、その眸から光が失われていく。 「弥太郎、不意打ちすぎ」 「あ、そう?」 ふたりの平和なやりとりにツッコミできず、刈胤はその場に倒れた。 「「「ぅわあああああ!?!?!? 若様がやられた!?」」」 その光景を見ていた兵たちが恐慌を起こす。 もはや戦どころではなく、我先にと桐原川北岸を目指して走り出した。 「―――馬鹿な・・・・」 『刈胤討死す』という急報に触れた梅津が、軍配を取り落した。 梅津勢は西方から奇襲をかけてきた山野辺勢と、東方に上陸した鳴海勢と干戈交えている。 挟撃されても退かぬ理由は、刈胤を無事に脱出させるためだった。 その目標が失われた。 その事実に、梅津の目の前は真っ暗になる。 (私はいったいどうすれば・・・・・・・・・・・・) だが、状況は悲観的になることを許さなかった。 「若様の軍、壊乱。前方より味方が迫ってきています!」 側近の悲鳴混じりの報告が彼を現実に引き戻す。 言葉通り、確保された退路を通って二〇〇〇もの味方が雪崩を打ってやってきていた。 その雪崩は、踏みとどまる梅津勢をも押し流すだろう。 尤も、押し流されずに堪えたとして、その後ろからやってくる本当の激流を支える力はもうない。 「これまで、か・・・・」 刈胤のことばかり考えていたので、自分の退路はもうなかった。 殿を務める予備戦力などなく、周囲は敵に満ちている。 「本当に恐ろしいな、鷹郷忠流」 高城川南岸に翻る≪紺地に黄の纏龍≫。 その中央に布陣する本体には、龍頭の馬印が上がっていることだろう。 「我々は高城周辺を戦場と考えていた」 だがしかし、忠流は違う。 「高城を含む、もっと広大な範囲を戦場としてとらえていたのだろう」 そうでなければ、行軍態勢から一気に突撃などできるはずもない。 下手をすれば近くに待機しつつ、銀杏軍団が攻勢に出るのを待っていたのではなかろうか。 (だとすれば、鹿屋と綾瀬の不仲はデマか・・・・) もちろん、全てが全てうそではないだろう。 しかし、鹿屋利孝と綾瀬晴政はしっかりと繋がっていたに違いない。 思い返せば、双方とも藤丸派として戦っていた。 また、早くから日向の後詰は大隅と決まっている。 双方のトップが不仲のままで防衛できると、首脳部が判断するほど龍鷹軍団は甘くなかった、ということだろう。 (考えれば簡単な罠だ) それをあっさり信じ込ませてしまうところが今回のみそだ。 何せ、日向と大隅の兵が不仲なのは事実。 そんな大前提の中にほんのわずかの策略があった。 その結果が、銀杏軍団の壊滅である。 「・・・・だが、ただでは終わらんぞ」 梅津は馬上槍を握り締め、愛馬にまたがった。 「突撃するぞ」 「・・・・どちらにでしょう」 側近も落ち着いている。 とっくに覚悟は決まっているのだ。 「目標は鳴海勢だ。"軍神"などと呼ばれているお手並みを拝見しようではないか」 「それはいい」 梅津は側近と笑みを交わし、馬腹を蹴った。 「全軍突撃! 鳴海勢を食い破れ!」 当然、打算はあった。 鳴海勢を抜ければ、そのまま退路となる。 反対側の山野辺勢を抜けても山中を行軍するだけで、敵の追撃を振り切ることができないのだ。 また、先に脱出した大塩勢、神前勢もいるはず。 脱出に成功して、都農にいる本隊三〇〇〇と合流すれば、そこそこの戦力になる。 (私の意地に、兵まで付き合わせることはない) 梅津勢の突撃の結果、鳴海勢は半刻だけ戦い、後は損害を恐れて道を開けた。 というか、鳴海勢に向いたことで山野辺勢に対して背中を向け、刈胤勢+追撃部隊に腹を向けたのだ。 半刻後には梅津勢は壊滅した。 残りは生き残ろうと必死になる敵兵だけだ。 そんなものを相手にしても、無駄死が出るだけで意味がない。 そう判断した直武が兵を退かせたのである。そして、空いたスペースを、怒涛の勢いで銀杏軍団は駆け抜けた。 ―――しかし、そこに梅津正典の姿はなかった。 高城正面の刈胤勢(第三段階)、桐原川北岸の梅津勢(第四段階)が終わったことにより、銀杏軍団と龍鷹軍団の主力軍が激突した高城川の戦いは終わった。 刈胤勢の損害は死者行方不明者五〇〇、捕虜五〇〇(損耗率三割)。 梅津勢の損害は死者行方不明者三〇〇、捕虜二〇〇(損耗率一割強)。 高城川南岸に比べると小さい被害だが、両勢とも主将を失っている。 むしろ、圧倒的な戦況に耐えようと武者衆を投入した関係で、死傷者の中に含まれる武者衆の数は多かった。 高城川の戦い全体で、両軍の損害を見る。 銀杏軍団は二万三〇〇〇を投入し、死者行方不明者五三〇〇、捕虜四七〇〇、計一万。 損耗率は四割強と、壊滅的打撃を受けていた。 部将も梅津正典、冬峯刈胤、冬峯利春、須藤利輝、田中勝幸、江口久延、小室真茂を失っている。 都農には冬峯刈典三〇〇〇がおり、大塩佳通、神前持豊がいるとはいえ、戦場を離脱した約一万三〇〇〇がそのまま戦力に数えられるとは思えない。 また、追撃も行われるため、さらに損害が増える可能性があった。 このため、銀杏軍団は壊滅したと言ってよい。 たった一戦で、二万を超えた大軍が消滅したのである。 一方、龍鷹軍団も無傷ではなかった。 戦闘に参加した二万五五〇〇中、死傷者三五〇〇を出した。 損耗率は一割強となかなかに大きい。 しかし、崩壊した部隊はなく、ほぼ全部隊が戦闘続行可能だった。 尤も、被害の大きい鹿屋勢と絢瀬勢の一万は再編が必要だが。 ほぼ同数の戦力が激突した割に、大きく損害が異なるのは、戦場特性と戦略である。 戦場特性は何といっても根白坂、高城、高城川の存在だ。 龍鷹軍団はこれを効果的に使い、銀杏軍団の隊列を長く伸ばした。 結果、その横合いを一点突破した龍鷹軍団が勝利したのだ。 銀杏軍団は高城川周辺を戦場と捉え、各部隊が独自に行動した。 一方、龍鷹軍団はより広い範囲を戦場と捉え、拠点防衛と機動戦、何より各部隊が連携して戦った。 銀杏軍団も戦線全体を見通すために後方に総大将が残っている。 それがうまく機能しなかったのだ。 銀杏軍団の敗北の要因を上げれば切りがないが、後世の歴史家が最初に上げるのは次の一点だろう。 高城川における明確な総大将の不在。 銀杏軍団は負けるべくして負けたのだ。 |