「龍の一閃」/二



 絢瀬晴政。
 父は宮内大輔の絢瀬吉政。
 藤秋の乱で早くから忠流につき、各地を転戦。
 湯湾岳麓の戦いでは前哨戦で活躍し、本戦でも必死の戦いを見せた。
 その結果、父は宮内大輔に、自身は民部少輔に任じられる。また、これを機に病弱だった父から家督を譲られた。
 本領である小林城は鷹郷家直轄となり、宮崎へと移住。
 日向衆頭目として都農合戦を指揮するなど、若くして一手の大将に任じられた勇将である。
 しかし、彼の日向衆頭目就任は政治的な都合があったと噂されている。
 日向衆は独自性が強く、まとめるには同じ日向衆出身でなければならないという不文律があった。
 前任の御武時盛の御武家は日向出身ではなく、頭目に選ばれた時に大変苦労した。
 結局、日向衆から嫁を娶り、その嫡男に早々に家督を譲って事なきを得ている。
 その御武家も時盛が岩剣城の戦いで討死、先代昌盛が湯湾岳麓の戦いでふがいない姿を見せた。
 時盛の嫡男である幸盛が継ぐ手もあったが、幼少ということもあって見送られる。
 この結果、残りの日向衆の中で最も武勲を立てた絢瀬家が頭目に選ばれたのだ。
 だから、日向衆以外では晴政を軽んじるものが多い。
 一方、日向衆出身であることと、地道な政治活動の結果、日向衆には頭目として認められるまでに名声を得ていた。






絢瀬晴政side

「―――絢瀬殿、大隅衆の派遣が決定したようです」

 鵬雲五年四月八日、日向国高鍋城。
 ここに増援情報が舞い込んだ。

「ようやくか・・・・」

 待ち焦がれた報告に、絢瀬晴政は小さく呟いた。
 銀杏軍団が襲いかかっている高城と、彼らがいる高鍋城はわずか一里強しか離れていない。
 当然、根拠地である高鍋城には晴政が率いる日向衆が集結していた。だが、日向衆だけでは銀杏軍団に歯が立たない。
 晴政の指揮下にあるのは以下の通りだ。
 絢瀬晴政直卒二三〇〇に与力である久本繁政四〇〇、南郷繁満四〇〇が加わり、高鍋城に三一〇〇。
 この他、宮崎に兵藤信昌六〇〇、都於郡城に楠瀬正成八〇〇、笠原雅道四〇〇の計一二〇〇、穂北城に寺島春久八〇〇、山岡久英三〇〇の計一一〇〇が展開している。
 総勢六〇〇〇。
 これに大隅衆が加われば一万に近くなる。
 ならば高城川南岸に押し出してもいいだろう。

(これで助けに行ける)

「久本、この円居構成は正解だったか?」

 晴政はこの報告を持ってきた久本繁政に話を振る。
 彼と彼の義弟――南郷繁満は元有坂家の物頭だ。
 内乱で有坂家が滅亡した後、急な加増で家臣不足になっていた晴政がスカウトしたのである。
 最初は辞去していた彼らだが、忠流が命じる形で絢瀬家に厄介になっていた。しかし、知行自体は龍鷹侯国から出ており、ふたりは晴政が直卒する旗本衆の物頭として公には認知されている。

「でしょうな」

 楠瀬正成八〇〇と笠原雅道四〇〇の一二〇〇。
 寺島春久八〇〇と山岡久英三〇〇の一一〇〇。
 これらをひとまとめにする関係で、彼らは今日まで待機、調練を繰り返していた。
 また、兵藤信昌が小荷駄隊を率いることも決まっている。
 彼は実戦経験もある部将だが、宮崎港守備隊長という役職から兵站に明るいことが理由だった。

「寺島殿も評判通りでしたな」

 まだ若いが、戦上手として名を馳せている。
 副将になるであろう山岡は老年に差し掛かった部将であり、よく支えてくれるだろう。

「高城への総攻撃は一段落しています」

 力攻めに対して遠戦で対応した高城を攻めあぐんでいる銀杏軍団は、攻め手を控えて兵糧攻めに移行したようだ。
 彼らからすれば高城如き小さな城で出血を伴う猛攻は、割りに合わないのだろう。
 だが、香月氏の辛い立場は変わっていない。
 元々小さな城であり、物資集積場所に難があるのだ。
 それに戦っている時には必死さで忘れている恐怖も、周囲に満ちる大軍を見ている内に再燃しかねない。
 一度恐怖を抱けば、そう簡単に拭い去れるものではない。
 もう一度攻められた時、前のような力が発揮できなくなるかもしれないのだ。

「銀杏軍団の機先を制しておくのと、高城に対する宣伝も兼ねて、先遣隊を出す必要があるな」

 晴政に籠城戦経験はない。しかし、圧倒的兵力差を前に、少数でも援軍が来れば士気が上がることは想像に難くない。

「南郷、麾下の兵と・・・・絢瀬勢から二〇〇ほど持っていき、根白坂を占拠しろ」
「はっ」
「盛大に旗を立てて存在を誇示するんだ」
「心得ています」

 南郷は一礼するとすぐに席を立って外へ出ていった。
 借り受ける二〇〇を絢瀬家家老に相談しに行ったのだろう。

「旗だけで誤魔化されますかね?」
「やらないよりマシだと思う」

 六〇〇の兵では敵に対してそう意味をなさない。

「敵に対する行動ではなく、味方に対する行動ですか」

 簡単にばれる策だとしても、旗を立てて目立つことで、高城にはアピールできる。
 久本は何度も頷き、効果を確かめた。

「なら、容易に撃破されないよう、私も根白坂東方の丘陵に布陣しましょう」
「なるほど。二方向からの圧力ならば敵も攻撃を仕掛けにくいしな」

 久本の提案に晴政も同意する。
 敵が大軍なのをいいことに、バラバラに対応してくれば厄介なことになる。だが、その場合は両勢とも後退し、高鍋城から晴政が出撃してそれを砕く。
 各個撃破だ。

「ならば先に行ってくれ。俺は鹿屋殿を待ってから行く」
「了解しました」

 久本、南郷とも精鋭で鳴った有坂勢の物頭だ。
 銀杏軍団の強さは分からないが、そう簡単に破れることはないだろう。

「高城が危ない時、何としてでも妹君は救出いたします」
「・・・・頼んだ」

 晴政はのほほんとしつつも芯の強い妹を思い、ため息をついた。

「日向衆の主だった者に招集命令を出せ。軍もいつでも動ける態勢を維持するように、と」
「はっ」

 晴政も小姓に命じ、日向衆・大隅衆の戦評定のために都於郡城・穂北城に使いを出す。
 銀杏軍団主力が日向に到着してから半月。
 ようやく事態が動こうとしていた。


 鹿屋利孝率いる南大隅勢が高鍋城に到着したのは、その二日後だった。
 日向衆と同じく色とりどりの旌旗を翻しているが、中核は鹿屋勢二五〇〇である。
 他の一五〇〇も利孝に忠誠を誓っており、ひとつの円居と言えるだろう。




「―――久しいな、晴政殿」

 民部大輔の地位を持つ利孝は高鍋城の大広間に通されるなりそう言った。

「はい。鹿児島以来ですね」
「晴政殿はあまり鹿児島を訪れていないようだな」
「遠いですから」
「ははは。確かに日向はな」

 利孝がそういうと、大隅勢はニヒルに笑い、日向勢がムッとする。
 日向と大隅は長く抗争を繰り返し、龍鷹侯国の下に統一されても仲が悪い。
 というか、歴史的に南日向は対大隅のために占領されていた。
 大隅正面があまりにも堅かったので、龍鷹侯国が日向側に回り込み、戦線拡大で鹿屋氏の対応力を飽和させたのである。
 大隅衆の中には自治崩壊の契機を作った日向衆を恨んでいる者もいるのだ。
 三世代前の出来事とはいえ、苦労話などを育ってきた年代が今の主力である。
 どうしても人格形成時に伝え聞いた話は忘れられない。

(しまったな。久本や南郷を残しておけばよかった)

 薩摩出身の二人ならば、このような異様な雰囲気でも中立に立って議事進行ができる。

「あ」

 どうしようかと周囲を見回すと、末席に座る兵藤と目が合った。
 兵藤がしまったと目を逸らすが、もう遅い。

「兵藤殿。小荷駄隊長として議事進行を頼みたい」
「・・・・分かりました」

 兵藤がこの日向・大隅連合軍の兵站を握る。
 このため、両軍に対して一定の発言権を持っているのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 利孝も反論はないのか、黙っている。

「それでは・・・・」

 異様な沈黙の中、兵藤が口を開いた。

「忠流様の命により、高城後詰を行います」

 一度口を開くと、すらすらと言葉を紡ぐ兵藤。
 また、このようなことを想定していたのか、かなり詳しい部分まで現状を説明した。

「高城は未だ健在であり、銀杏軍団は攻めあぐんでいます」
「なかなかやるものだな」

 大隅衆のひとりが呟くと、日向衆の幾人かが勝ち誇った顔をする。

「後詰軍は日向衆六〇〇〇、大隅衆四〇〇〇の計一万。内、日向衆から一二〇〇ほどがすでに高城川南岸に布陣しています」
「久本と南郷か」

 利孝が評定に見えない二将の名を呟いた。
 名前を聞いた大隅衆の幾人かが顔をしかめる。
 彼らからすれば賊軍の将だったのだ。
 特に大隅はこれまで鹿屋家の跡取りと見られていた信直が貞流側につき、最終的には大隅勢同士の戦いで彼を討ち取っていた。

「兵藤殿、して、大将はどちらが?」
「無論、民部大輔であり、"翼将"である利孝殿であろう?」

 大隅衆が意気込んで発言する。

「何を言う。こちらの方が兵は多い。何より晴政殿は日向衆の頭目。日向の戦で大将を譲るなどあり得ぬわ」
「その通り。援軍は援軍。どちらが主役か分かるであろう?」

 日向衆も負けずに言い返す。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 両軍の部将たちが睨み合い、兵藤がため息をつく。
 晴政も呆れ、利孝も腕を組んだまま黙っていた。

「あー・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 だが、ここで口をはさむ兵藤。
 さすがは龍鷹侯国にとって重要な貿易港――宮崎を任されるだけはある。

「忠流様からは特に指定はありません。戦略目標として高城の維持を命じられているだけです」

 つまり、総大将を決めて行動してもいいし、バラバラに行動してもよい、というのだ。

「ならば、即行動した方がいいだろう」

 利孝は腕組みを解き、晴政に提案した。

「銀杏軍団も諜報部隊くらい持っているはずだ。高鍋城に我々が集まったことは明日には知られているだろう」

 奥地に留まっているのならばともかく、総勢一万弱が目と鼻の先に集まったのだ。

「そうですね。後詰を警戒して総攻撃を仕掛けるかもしれません」

 高城はよく持ちこたえているが、最初より故障などで鉄砲の数が減っているはずだ。
 これで落とされればこちらが遊軍と化し、忠流の命令も守れなかったことになる。

「準備でき次第出立。高城川南岸に布陣しましょう」

 晴政自身は利孝の方が上と思っているので、控えめな提案となった。

「分かった」

 利孝が頷くと、大隅衆は一礼するなり立ち上がる。
 一礼はしたが、失礼なことには変わらない。

「出立は明日! 時刻は追って連絡する!」

 慌てた晴政が声をかけるが、彼らは立ち止まることなく歩き去った。






増援scene

 日向衆と大隅衆の仲の悪さは、兵たちにも伝染していた。
 高鍋城の城下町では深夜まで両勢のいざこざがあり、喧嘩で怪我をする兵がいる始末である。
 これは高鍋城下に潜伏していた銀杏軍団の諜報部隊にも知れ、高城の部隊は翌日の早朝にはその事実を把握する。
 結局、日向衆・大隅衆は兵たちに疲労が見えたため、高鍋城出立時間をずらさなければならなかった。
 最初に大隅衆四〇〇〇が出発し、それに遅れること一刻で日向衆が出発。
 高城川南岸へと向かう。
 行軍自体は問題なく進み、その日の夕方には両勢が高城川南岸に布陣した。だがしかし、この時に一悶着が発生する。
 なんと大隅衆が先に布陣していた南郷勢を追い払い、根白坂に布陣したのである。
 評定で布陣場所を決めていなかったこともあり、大隅衆は独自の考えから根白坂を布陣場所と決めていた。
 そんな中、少数の兵が根白坂に布陣していると知り、銀杏軍団と思って襲い掛かったのである。
 これに驚いた南郷勢は抵抗することなく山を下り、東方に布陣していた久本勢の下へと逃げ込んだ。
 利孝は一歩間違えば同士討ちだったこともあって、すぐに謝罪の使者を送っている。だが、その使者が高飛車だったため、日向衆の不満は最高潮に達することとなった。
 この不満を表すため、楠瀬正成勢が根白坂北方に布陣する。
 まるで大隅衆に蓋をするかのような状況となった。
 一見見れば左翼五二〇〇、右翼四八〇〇に見えなくもない。
 だが、その実態は根白坂に布陣する大隅衆四〇〇〇と根白坂東方を本陣にし、高城川南岸に布陣する日向衆六〇〇〇に分かれた形となっていた。



「―――援軍だ!」

 ぎくしゃくしていた龍鷹軍団だったが、後詰の効果はさっそく表れていた。
 高城の香月勢はその勢いを取り戻したのだ。
 銀杏軍団の総攻撃の結果、保有していた鉄砲は半減していた。
 その分抵抗力を失っている。
 開戦前に急造した防御施設は全壊、主要施設も被害を受けており、傍から見れば満身創痍だった。

「これでどうにかなりますな」
「・・・・だと、いいな」

 高知は老臣の言葉に小さく頷く。
 本丸の物見櫓から見える軍勢は、香月氏からすれば大軍だった。
 だが、おそらく一万弱ではないだろうか。
 二万三〇〇〇の銀杏軍団相手に野戦は難しい。
 銀杏軍団はその気になれば増援に抑えを置き、高城攻めを続けられる。
 そうなれば、援軍に意気上がる兵たちは消沈し、陥落してしまうかもしれない。

「なんにせよ、包囲を破って向こうの戦略を聞いてこなければ」

 根白坂に布陣するのは鹿屋民部大輔利孝。
 龍鷹侯国の重鎮中の重鎮で、ある意味外様のドンだ。
 一方、根白坂から高城川南岸まで広く布陣するのは絢瀬民部少輔晴政。
 日向衆の頭目であり、数的優位も持っている。

「・・・・どちらが総大将だと思う?」
「・・・・分かりませんな」

 こういう時、総大将とやりとりするのだが、どちらか分からない。

「―――私から兄上に手紙を書きましょうか?」

「「ぅお!?」」

 背後から聞こえてきた声に高知と老臣がビクリと肩を震わせた。
 それと同時に老臣が持っていた扇子がすっぽ抜け、下で警備していた兵の頭頂に激突。
 彼は目を回して倒れ込んだ。

「「あ・・・・」」
「て、敵襲か!?」

 同僚が急に倒れたので他の兵が慌てている。
 このままでは敵襲を告げる鐘が鳴るだろう。

「だ、大丈夫だ! この爺がプルプルして扇子を落としただけだから!」
「プルプルって何ですじゃ!?」

 高知は老臣のツッコミを無視し、鐘に走り出そうとした兵を止めた。
 兵はゆっくりとこちらを見上げ、老臣の顔を見る。そして、納得したように息をつき、同僚を揺さぶって覚せいを促し出した。
 どうやら信じてくれたようだ。

「ふぃー」

 嫌な汗をかいた。

「殿、後でお話が―――」
「嫌だ。―――で、いきなりどうした?」

 振り返った先には笑顔の妻がいる。
 音もなく物見櫓の梯子を上ってきたようだ。
 この茶目っ気娘は、籠城戦の前と全く変わらない。

「いえ。どちらが大将かわからなくて連絡できないのだったら、私が兄上に手紙を書き、それを届けるというのはどうですか、と」
「・・・・・・・・・・・ありだな」

 兄妹関係が良好なのは周知の事実であり、手紙を出してもおかしくないだろう。

「さっそく書いてくれるか?」
「分かりました。私たちの夫婦の営みを―――」
「書かんでいい」

 軽く頭を叩いた。
 チロッと下を出しておどける妻の余裕が羨ましい。

「残念。きっと兄さんなら内容を問いただすためにあの邪魔な軍勢を蹴散らしてくれると思ったのに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一瞬、「それもありか」と思ったが、高知は否定するために首を振った。










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