「猛虎襲来」/六



「―――撃ち落とせ!」

 四月三日昼頃、熊本城。
 火雲勢の組頭が叫ぶと、櫓から数発の弾丸が飛んだ。
 それは撃ち下ろし故に速度に乗り、正面から敵足軽の胴丸を貫く。
 苦悶の呻きを上げながら梯子から敵兵が落ち、下にいた足軽数人が下敷きになった。

「矢、放てぇ!」

 数十の弓弦が鳴り、放物線を描いて城外へ落ちていく。
 虎熊軍団は楯を構えているが、上を見るために隙間が空いていた。
 そこに入った矢が容赦なく突き立ち、その被害に敵兵たちが怯む。そして、その動揺は盾の隙間を広げ、さらに被害が増大した。
 それでも攻め寄せる敵勢自体は怯まない。
 次々と新手を繰り出しては城壁を乗り越えようと迫った。
 さらにそれを援護するように鉄砲や弓弦が鳴る。
 それの大半は強固な城壁に弾かれ、わずかな数が城壁に開いた狭間に飛び込んだ。
 悲鳴や苦悶が響き、狭間から続いていた反撃が一瞬止む。しかし、次の瞬間には報復の弾丸が敵へと叩き込まれた。
 そんな応酬の中、熊本城本丸でひとりの少女が呟く。

「見つけた」

 少女――珠希は弓矢を構えながらそう呟いた。
 本丸に撃ち込まれる霊術の主を探していたのである。
 霊術自体は本丸の城壁が持つ対霊術障壁に弾き返されていた。しかし、視覚的衝撃は兵に動揺を与えるため、珠希は自身の霊装で霊能士を排除しようとしているのである。

「・・・・ッ」

 矢狭間から一瞬だけ体を出し、目標に向かって矢を放つ。
 それは途中で分裂し、十数の火の玉になって敵陣に降り注いだ。

「「「ぎゃあああああ!?!?!?」」」

 着弾と共に爆発した火の玉に巻き込まれ、十数人が吹き飛ぶ。
 その兵たちに衝突され、三〇数人規模の死傷者が生じた。
 その中には霊能士の一団も含まれている。

「姫様、あまり危険を冒されぬよう!」

 慌てて走ってきた侍女は彼女を狭間から遠ざけた。

「大丈夫だよ」

 彼女に笑って答え、"未だ繋がっているパス"に霊力を通す。

―――ドンッ!!!

 轟音と共に大地が揺れ、城外に火柱が立った。
 それは珠希が火の玉をばらまいた場所だ。
 その地域に進攻していた敵軍が再び火だるまになった。

「やっぱりどうも威力不足だね」
「・・・・十分ですよ」

 先の攻撃と合わせて、百人近い兵が死傷しただろう。
 しかし、死者はともかく、負傷者はいずれ復帰する。

「相手は派手だね」
「はい・・・・」

 先程から小規模・中規模を問わずして霊術攻撃が熊本城に放たれている。
 城はその全てを跳ね返しているが、下手な城では大打撃を受けているだろう。

「穂乃花帝国と聖炎国数十年の意地だね」

 霊術は基本的に霊能士の霊力を糧に発現される。
 だが、刻印術式は別だ。
 この刻印術式への霊力供給を別の術式で用意し、これら全ての霊力源を地脈から引き上げる。
 熊本城が常時展開している自律式霊術障壁は、

 1. 城外から飛来する霊術に対する警戒術式を地脈からの霊力供給で常時発動。
 2. 1の霊術が他の霊術を捉えると刻印術式への霊力供給術式が発動。
 3. 2の霊術によって障壁が展開。

 地脈という膨大な魔力源を持っているために障壁の強度はすさまじく、並の霊能士の霊術程度ではびくともしない。
 倭国の一大拠点はこの地脈式防衛術式を取り込んでいることが多い。
 熊本城も例に漏れず、というか城の築城時からこれを取り入れた対霊術要塞でもあった。
 刻印術式自体は非常に難度が高く、優れた霊能士を何人も必要とする。
 これを編み込むのにも時間がかかり、結局は納期が大幅に延長される。
 そうなれば人件費等で建設費がかさむため、大国かつ最重要防衛拠点でしかこれらの防御術はなかった。

(鹿児島城も部分的にこれを採用しているね)

 ただ、熊本城のように内郭全てに施しているわけではない。
 おそらく本丸だけだろう。
 見たことはないが、福岡城も同様。
 大国は、大国故に前線と本拠までに距離があり、その矜持を守るために本拠で勝負に出ることはない。
 結果、本拠に大々的に刻印術式を使用しているのは、熊本城が聖炎国の本拠になった経緯と聖炎国自体の気質だった。

「しかし、宇土城が落ちた原因が分からないね」

 侍女によって天守閣に戻された珠希は、そこで待っていた部将たちに話しかける。
 一番上座にいたのは、立石元秀だ。
 彼は今、熊本城防衛司令官の地位にある。

「宇土城に使えて熊本城に使えない、という条件があるのかもしれません」

 珠希の言葉に返事したのは、三浦雅俊だ。
 かつて北薩の戦いの折に人吉城を攻めた部将である。
 この戦で寡兵に敗れたことで左遷されていた。だが、熊本衆の親晴派が左遷されたことで、逆に呼び戻されていた。
 火急の時に一軍を任せられる将を遊ばせておく余裕はないのだ。

「その条件は何だと思う?」

 珠希が三浦に質問した。
 宇土城も熊本城と同じく難攻不落だ。
 どちらも聖炎国の技術の粋を集めた城なのである。

「両城の違いは城の形態です」
「形態?」
「宇土城が平城で、熊本城が平山城であることが一番ですな」

 応じたのは三浦と共に人吉を攻めた野村秀時である。
 彼も三浦と共に左遷されていたが、珠希に呼び戻されていた。
 彼らは二の丸や竹之丸の守将だ。しかし、敵の攻め手が定石通りなので意見交換のために本丸に呼んでいた。

「平坦部ならば使えると言うことかな?」
「今のところ城の違い、と言う点ではそれしか考えられませんな」

 三浦と野村が首を捻る。

「南方に向かった主力軍の動向が気になるけど・・・・」
「・・・・分かりませんな」

 立石が首を振った。

「どうしようもないね」

 それに珠希が肩をすくめる。
 虎熊軍団の包囲と忍衆の活躍で聖炎軍団は情報的に孤立していた。

(戦が終わったら、忍びに力を入れないとね)

 宇土城の陥落も熊本城から炎上が確認できただけ、確約は得られていない。
 領国内を移動されているというのに、情報が入らない事態は異常だった。
 因みに御船城からは狼煙で無事を告げる報が来ており、御船城を落として熊本城を地勢的にも孤立させようという作戦ではないようだ。

「しかし、親晴様のことですからもっと的確な攻めをしてくると思っていたのですが・・・・」

 竹之丸で親晴勢と戦う三浦が、頭をかきながら言う。

「的確、とは?」
「親晴様は熊本城の事を知り尽くしています。ですから、こちらの防衛戦術も理解されており、こちらの反撃で大打撃を受けることはないと思います」

 熊本城はただ守るだけでなく、十分に反撃ができる城である。
 実際に守りの堅さに怯んだ虎熊軍団へと反撃し、手痛い打撃を与えていた。
 熊本城攻防戦の敵軍死傷者は優に一〇〇〇を超えている。
 増援である北方の田花勢はさすがに堅実に戦い、死傷者は少ないだろう。
 死傷者の比率で言えば親晴勢が一番多い。

(親晴はともかく、加賀美勢が不気味だね)

 突撃を繰り返して屍をさらすのは同じだが、何か測っている節がある。

(今考えても仕方がないね)

 連日の総攻撃は敵軍も疲弊している。
 近いうちに小康状態になるはずだ。

(その時が勝負―――)

「ん?」

 ドタバタと廊下を走る音がする。

「も、申し上げます」

 戦評定が行われている部屋の障子を開け、小姓が片膝をついた。

「八代城より急使!」

 八代、ということは名島景綱からである。

「先の一日、砂川にて敵主力軍と衝突、衆寡敵せず敗北し、現在八代城にて籠城準備中とのことです」
「「「―――っ!?」」」

 三将がビクリと肩を震わす中、珠希は無言だった。
 宇土城と後詰軍が敗北を喫し、後詰軍も八代城に追い詰められている。
 ここで八代城が落ちれば、御船城の存続に関係なく熊本城は孤立する。
 だが、それが分かっていても、包囲された状況ではどうしようもなかった。






八代城攻防戦scene

 八代城。
 球磨川河口の松江に築かれた輪郭式平城だ。
 穂乃花帝国時代には古麓城や麦島城を代表する多数の城砦が八代地方には築かれていた。しかし、龍鷹侯国との紛争が激化すると、これらの城では支えきれないと判断される。
 そうして新たに築かれたのが、現在の八代城だ。
 他の城砦は龍鷹軍団に利用されないよう、徹底的に破却されていた。
 結果、八代地方を制圧するには八代城を攻略する以外ない。
 水俣城や津奈木城、佐敷城を突破した龍鷹軍団も、攻勢限界に位置する八代城を攻略することができなかった。
 このため、八代地方は不落であり、龍鷹侯国に対して絶対的な防波堤だった。
 対龍鷹侯国用に築城されたため、特に南と東に防御を振っている。
 そのため、北方の一部には土塁しかない部分があった。
 明らかな弱点だが、一応、水無川が遮っており、防衛戦闘は可能である。
 また、過去に龍鷹軍団がここから攻めた時、設置型霊術に巻き込まれ、多数の死傷者を出していた。
 北方は固定された防御施設がない分、柔軟な防衛作戦が可能なのである。
 と、聞こえはいいが、対龍鷹侯国用に整備されたのに、使われたのは一度切りだったのだ。
 その後、弱点を知りつつも縦深防御がなされているため、必要性を感じなかったかつての首脳陣は改修を許可しなかった。
 結果、聖炎軍団は防御に不安がある北方に、敵主力軍を迎えている。
 その兵力は三万一〇〇〇。
 実に八倍近い戦力差だった。



「―――はっは、敵の篝火が漁火のようだなぁ」
「父上、現実逃避はお止めください」

 鵬雲五年四月三日、ついに虎熊軍団が八代城を包囲した。
 本隊である虎嶼晴胤勢一万二〇〇〇が北方に布陣し、東に国松勢三〇〇〇、小瀬勢三〇〇〇が布陣。
 前川の南岸に豊前衆六〇〇〇が布陣する。
 城門がなく、特に防御施設がない西側には筑後衆七〇〇〇が布陣した。
 総勢三万一〇〇〇。
 砂川の戦いの影響での戦線離脱数は、聖炎軍団は六〇〇〇、虎熊軍団は三〇〇〇と二倍の開きがある。
 如何に砂川の戦いの敗北が痛かったかが分かる。

「堅志田城にも一八〇〇ほど押し寄せているようです」

 嫡男・重綱の声に外を見たまま応じた。

「まあ、抑えだろう。堅志田には結局、四〇〇ほどいるのだったか?」
「合わせて地域住民を動員したため、戦力は六〇〇ほどとか」
「・・・・岩尾城からも後詰を出す」

 天守閣から欄干へ出ず、そのまま畳に座っていた部将が口を開く。

「それは心強い」
「ふん、大戦に慣れた者たちに山岳戦を教えてやるわ」

 彼の名は柳本長治。
 益城衆の頭目で、岩尾城城主だ。
 一〇〇〇を率いて名島勢に加わっているが、山岳戦が得意で野戦よりもゲリラ戦の方がよい戦果を残すだろう。
 そして、その白兵戦能力は、籠城戦においても力を発揮するはずだ。

「しかし、名島殿、本当に夜討ちをしないのか?」
「・・・・今日はしない」

 籠城戦は城に籠るだけではない。
 隙を見て城から出撃し、敵に打撃を与える必要があった。
 それができるのが柳本勢である。

「理由は?」
「警戒が強い」
「・・・・ほぉ?」

 柳本が立ち上がり、景綱の傍に立った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」

 煌々と焚かれる篝火。
 それは敵陣だけでない。
 敵陣から遠く離れた場所にも焚かれていた。
 また、豊富な兵力を使って周辺警戒を怠っていない。
 時々、移動して見える篝火は警戒する軽騎兵だろう。

「ならばどうする?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「―――ひとつ、火種を蒔こうと思います」


「ふん?」

 柳本が、部屋に残っていたひとりの部将を振り返った。
 彼は龍鷹軍団の武将で、長井勢撤退後に集まった兵を統率している。

「龍鷹海軍第二艦隊」

 彼の手には書状が握られていた。しかし、そこには一見では理解できない文字列が踊っている。

「暗号・・・・。そなた、黒嵐衆の上忍か?」
「・・・・はい」

 男は前髪で顔を隠し、静かな声で書面を読み上げた。

「明日、龍鷹海軍第二艦隊による夜討ちが八代城西方で実施されます」

 第二艦隊は薩摩国阿久根港を根拠地とする倭国西方の守りだ。
 沖田畷の戦いでは有明海で虐殺まがいの戦いで虎熊水軍の有明艦隊を殲滅していた。
 また、龍鷹海軍は種子島や奄美諸島から動員される兵力を陸戦隊として有している。
 これらは奇襲戦力として十分だった。

「西方は筑後衆だったな」

 筑後衆は兵力の割に、中心になる部将がいない。
 元々、村中城にいる筑後熊将の旗本だった者たちだ。
 彼の重臣も合わせて肥前に行っているので、誰もいないのだ。

「前後から奇襲すれば、存外簡単に崩れるかもしれん」
「なら、こちらから打って出るのは我の役目か」
「頼むぞ、柳本殿」
「おう。佐敷川、加勢川で見せられなかった益城勢の武勇、存分にご覧入れよう」

 柳本は立ち上がり、麾下に準備をさせるために出ていく。

「父上、その前には明日の昼間に陥落しないようにしなければなりませんね」
「全くだ」

 宇土城はたった一晩で陥落した。
 それは絶対的兵力差ではないはずだ。
 今手に入れている情報では、宇土城に攻め込んだのは小瀬勢三〇〇〇。
 その攻撃と同時に城壁が崩れたという。

「城壁が崩れ、白兵戦となれば・・・・・・・・・・・・支えきれないかもしれません」
「だな。指揮官には万が一に備え、次の郭に引き上げるように伝えておこう」

 宇土城の陥落原因は、正体不明の攻撃によって城壁が崩壊。
 そこに突撃した敵軍と白兵戦となり、次の郭に逃げ込もうとした部隊が付け入られ、連鎖的に本丸まで突入されたことである。
 正体不明の攻撃は最縁部の城壁にのみであり、他は動揺を抑えきれなかった宇土城側の落ち度だった。

「臨機応変に対処、か」
「苦しい戦いになりそうです」

 景綱の言葉に、重綱が頷く。

「ですが、その分熊本に展開する兵力を引きつけられるのですから、支城としては本懐ですね」

 重綱の言う通り、三万もの兵を引きつけているのだ。
 熊本城が落ちることはないだろう。

「姫様も、元気に指揮を執られているはずだ」

 事実、熊本城は珠希の下に統一され、虎熊軍団の攻撃に耐えていた。
 だが、宇土城の喪失、後詰軍の敗北は籠城兵にとって精神的打撃を与えるはずである。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 重綱が松明の向こう――敵軍を睨みつけた。

「姫様が心配か?」
「・・・・ッ」

 図星をさされ、重綱の顔が赤く染まる。

「熊本詰めがよかったか? ん?」
「父上、うっとうしいです」
「いやぁ、色恋沙汰にとんと縁のない息子を心配しているんだ」
「余計なお世話です」

 景綱から顔を背け続ける重綱とその顔を見ようと回り込む景綱。
 奇妙な鬼ごっこは、景綱次男・景長が彼らを呼びに来るまで続いた。




 四月四日に虎熊軍団は攻撃をしなかった。
 彼らは前日に続いて宿舎の準備をしながらしきりに物見を走らせている。
 龍鷹軍団が八代城を出て南へ向かったことは捉えていたが、どこに向かったか捕捉できていなかったのだ。
 正面からの野戦で撃破したが、それは兵数を有効活用しただけである。
 ほぼ同数の会戦となった砂川の戦い前半は、先鋒の岡本幸康の討死や死傷者の数からして敗北だった。
 龍鷹軍団の一兵は虎熊軍団のそれより強い。
 その事実が分かっている以上、奇襲攻撃には警戒していた。
 下手をすれば、一撃で一円居を破壊されるかもしれないのだ。
 一方、八代城側も特に動きを見せなかった。
 いくつかの狼煙を上げてどこかと連絡を取っていたが、実に平穏なものである。
 一発の銃声もなく、軍旗が翻る様は壮観だった。
 それでも城内に引き入れた民衆たちが矢を作ったり、防衛施設に乏しい場所に逆茂木を設置したりと忙しい。
 それと共に柳本長治を長にする益城衆は昼間から休んでいた。
 今夜、龍鷹海軍の夜襲に呼応し、筑後衆を襲撃するためである。
 夜襲計画は黒嵐衆によって綿密に打ち合わせされ、両軍は大まかな作戦合意に至っていた。




「―――時間、か・・・・」

 鵬雲五年四月四日、不知火海。
 ここに龍鷹海軍第二艦隊とその輸送船団が展開していた。
 水上艦艇戦力は安宅船三、関船八、小早四〇で、第二艦隊の三分の二に当たる。
 輸送船団は三〇隻。
 陸上兵力は約一〇〇〇だった。
 主に種子島、奄美大島の兵で構成されている。

「まるで陸地が燃えているようだ」

 八代城を囲む虎熊軍団は、今日も煌々とかがり火をたいている。
 このため、松明のたけない海側の暗闇は一層深く見えた。

「光に目がくらみ、座礁するなよ」

 この艦隊の旗艦である安宅船の船長が命じる。
 喫水の浅い戦国の戦船でも、海岸際に寄った時に座礁することはあった。
 特に不知火海は龍鷹海軍にとって外地だ。
 詳細な海底地図はもちろん、訓練したことがない海域である。
 歴戦の船乗りでも、万が一のことがあった。

「海側に警戒網はないようですね」

 船長は航路に問題がないことを確認し、背後に立つ上役に声をかける。
 先行した小早からもたらされた報告に第二艦隊司令官・井上道景は頷いた。
 あの松明は奇襲を警戒しているのだろうが、その方向は八代城だ。
 ならば、彼らの耳目はこちらに背を向けている。

「輸送船団は上陸せよ。また、予定通り、一部の海兵は鉄砲兵として参加せよ」
「了解っしましたぁ!」

 水兵たちが慌ただしく動き出し、艪を使って一直線に陸地へ向かっていく。
 昼間に使用する太鼓ではなく、あらかじめ決めていた手順で遂行することで、ほぼ無音で先遣隊は接岸した。
 そこから降りた海兵が橋頭保を築く中、陸兵を載せた輸送船が上陸する。
 筑後衆が布陣する場所まで半里、そこに展開した一〇〇〇は円居を形成するのではなく、いくつかの集団に分かれて敵軍へ接近した。
 一〇〇〇による整然とした攻撃ではなく、龍鷹海軍は雑然としたゲリラ戦術を選択したのである。

「かかれ!」

 乱戦に適した短めの打刀を装備した陸戦部隊は、簡易宿舎で眠る敵軍へ突撃した。






 後に八代夜戦と呼ばれる八代城攻防戦の局地戦は、鵬雲五年四月五日未明に勃発した。
 戦域は八代城西郊外である。
 四日昼間を休みに当てていた筑後衆は、疲れ果てていなかったとはいえ、宿営準備の心地よい疲労感で熟睡していた。
 また、前日に引き続く夜襲警戒は緩んでいなかったとはいえ、想定外の方向から攻撃を受けたことで動揺する。
 連合軍は宇土城、砂川と続く悪い流れを断ち切るため、一気に攻勢に出たのであった。



「―――筑後衆後方より敵襲!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ほぉ?」

 干戈交える音で目を覚ました晴胤は、寝所の脇に走り込んできた小姓の声にそう返した。

「後方・・・・・・・・・・・・・・・・海、か」

 寝起きで多少頭の回転が遅いが、正解に辿り着く。

「ご推察の通り、不知火海に数十の船影が確認できるとのこと」
「ならば敵の数も少ない。もうじき夜も明け―――」
「申し上げます! 八代城、夜襲に呼応して打って出てきました!」
「・・・・・・・・ふむ」

 続く情報に、晴胤はニヤニヤとした笑みを浮かべて立ち上がった。
 寝所から出れば、火の手が上がる南西が見える。
 それを見ても、晴胤の笑みは揺るがず、ポツリと呟いた。


「―――"やはりな"」










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