「猛虎襲来」/四



 虎嶼晴胤。
 虎嶼家現当主・持弘の長男として皇紀二二〇六年に生まれた御年三〇歳。
 八年前の出雲崩れによる山陽・山陰虎将の戦死を受け、二二歳にして虎将となる。
 以後、出雲の侵攻に対し、時に小戦、時に大戦で一進一退の攻防を指揮した。
 華々しい戦果を上げた名将と言うよりも常に戦場を駆け続けた勇将と呼ぶにふさわしい。
 鷹郷忠流はどちらかと言えば戦略次元に秀でた才を持っていた。しかし、晴胤はどちらかと言えば作戦次元・戦術次元と言った、いざ戦が始まってからの軍事行動に秀でていた。
 臨機応変の戦略決定や軍勢の掌握力に優れ、急変する西国戦線を駆け抜けただけはある。
 今回の一斉南下もその一環だった。
 虎熊軍団の首脳陣にしか聞かされていなかった、万が一の策。
 それを決定と共に実行に起こせるだけの組織力も彼を支える重要な要因だ。
 ある意味傲慢とも言える性格は、不思議と人を引きつける。
 伝統を重んじつつも有能な人材を登用するスタイルは、彼の部下のやる気を刺激した。
 様々な好循環の下、虎熊軍団主力軍は小休止を繰り返しながら、いくつもの梯団に分かれて夜通し南下する。
 目標は北上する龍鷹-聖炎連合軍。
 それは、虎熊軍団の南下を全く把握していなかった。






砂川の戦いscene

「―――こんな荒っぽい作戦で戦っていたのか、長門衆と周防衆は」

 白石長久は馬を走らせながらため息をついた。
 彼が率いる豊前衆九〇〇〇は長蛇の陣で移動しながら方々に物見を放っている。
 それは彼らが虎熊軍団の先鋒であることと、敵軍が近いからだった。

「本来ならばどこかに陣を敷き、敵軍を見つけてから行動するものだがな」

 白石が担っている任務は、とにかく南下しながら敵を探し、見つけ次第これを攻撃することだった。
 九〇〇〇という兵力はその任務を担うのに十分な兵力だったし、一万の敵兵を正面から撃破することも可能な戦力だ。

(ただ、名島景綱と長井衛勝だからな・・・・)

 名島景綱の戦上手は虎熊宗国でも有名だった。
 だが、戦術次元での戦上手だ。

(長井衛勝とやらも同じだろう)

 本当は景綱よりももっと戦闘次元に寄っていたが、作戦次元を得意としないのは同じだ。
 何せ、これまでの龍鷹軍団、聖炎軍団にとって、戦術次元以下での戦闘が多かった。
 忠流や珠希が当主となり、戦略次元のレベルも増えたが、その戦略に引きずられて作戦次元に変化はない。

(まずは、我々が対応できるかが鍵だな!)

 前方を見れば、物見が帰ってきていた。
 状況から考えて、敵軍を発見したのだ。

「申し上げます! 一里先で敵中物見と交戦中! 砂川南岸に敵本隊と思しき軍勢を確認。現在、布陣中でした!」

 宇土城陥落の報に触れ、慌てて砂川南岸で陣を張り、様子を確かめるために物見を出したのだろう。

「予想通りだ! このまま突っ込むぞ! 後続にも伝えろ!」

 豊前衆九〇〇〇を梯団に分かれていたため、先鋒は岡本幸康率いる二〇〇〇だ。
 これに弟である白石長繁率いる三〇〇〇がやや東寄りの進路で続いている。
 本隊である長久三〇〇〇は岡本の後を追っていたが、残りの一〇〇〇は後方やや西寄りを進む。
 長久勢自体は長蛇の陣だが、全体的に見れば偃月の陣とも言える。

「後方の部隊にも通達しろ」
「分かりました」

 馬廻衆の一部が反転していく。
 本来ならば一騎程度だが、敵忍び衆の妨害を警戒した処置で、必ず複数人で行動させていた。




「―――寄せぇ!」

 戦いはそれから半刻後に始まった。
 砂川南岸で待ち受ける龍鷹-聖炎連合軍に対し、豊前衆が突撃したのだ。
 連合軍は左翼を龍鷹軍団、右翼を聖炎軍団が担当する。
 それに対し、虎熊軍団も兵を分けてそれぞれ対応した。
 龍鷹軍団に対して岡本勢二〇〇〇が攻撃し、聖炎軍団に対して白石弟三〇〇〇が攻撃する。
 岡本勢の背後には白石本隊が控えており、兵数的に見れば龍鷹軍団に対しては互角だった。
 一方、聖炎軍団に対しては兵的に劣勢だ。
 豊前衆の予備兵力として一〇〇〇が残っているが、これも行軍態勢のまま豊前衆の右翼を形成している。

「というか、ほとんど行軍態勢のまま攻撃をかけたんだけどな」

 豊前衆は砂川北岸に出るなり、わずかな時間で隊列を整えた。そして、号令一下、川の中へと突撃したのだ。
 この余りにも早い戦闘開始に、待ち受けていたはずの連合軍が動揺した。
 戦闘が開始されたのは申の刻(午後4時)である。
 普通なら今日は陣を張り、明日に合戦となる頃合いだ。
 それなのに、全く休まずに攻撃を仕掛けたのである。

「えいえいえい!」

 飛び道具の用意もできていなかった連合軍。
 そんな状況では砂川はほとんど防壁にならなかった。
 瞬く間に対岸へ駆け上った豊前衆が槍衾を作って押し寄せる。
 それに応じた連合軍の間で、激しい命のやりとりが始まった。
 至る所で霊術の爆発が起き、態勢の崩れた場所で士分同士の白兵戦が起きている。

「伝令、伝令!」

 後方から使番の声が聞こえてきた。

「おおう、こっちだ」
「虎将・虎嶼晴胤様より伝令」

 馬を寄せてきた本隊からの伝令は、息を整えて晴胤の言葉を伝える。

「承知した、これで我らの勝利よ!」

 白石は軍配代わりの大身槍を振り下ろし、白石本隊に前進を命じた。




「―――強引な・・・・ッ」

 一方、受け止める側になった連合軍は、不可解な総攻撃に疑問を抱きつつもその圧力を必死に抑えていた。
 特に長井、佐久、村林と言う円居に分かれ、バラバラに交戦している龍鷹軍団は苦戦している。

「友勝殿より伝令!」

 一応、龍鷹軍団総大将の地位にある衛勝の下へ、前線から伝令が来た。
 伝令元は彼の家臣である。

「敵の勢い強く、士分の増援を望まれております」
「許す。・・・・行け」
「はっ」

 馬廻衆十数名を率いる武者に命じ、彼は短く応じて部下を率いて前線に向かう。

「佐久勢はさすが・・・・か」

 馬上から戦況を見る限り、比較的余裕があるのは佐久勢のようだ。
 龍鷹軍団は左側に頂点を持つ直角三角形のように布陣していた。
 先鋒は長井友勝五〇〇、その斜め左後ろに佐久頼政一二〇〇が布陣。
 現在戦っているのはこの一七〇〇だ。
 長井友勝の後ろには長井勢一五〇〇が展開しており、佐久勢よりさらに左には村林勢一五〇〇がいる。
 長井衛勝の後ろには後陣として佐久仲綱三〇〇が布陣していた。

「叔父上でも抑えきれんか・・・・」

 先鋒を任せた長井友勝は、衛勝にとっての叔父だ。
 一門衆として重きをなし、歴戦の強者として家の外にも知られた武人である。
 戦場の前線に立ち、敵を突き伏せながら指揮を執るタイプの部将だが、やはりセオリーに反する総攻撃には対応できないようだ。

「まるで加勢川の戦いのようだ」

 本戦にはいなかったが、話は聞いている。

「・・・・我が軍は想定外の状況に弱いのかもしれん」

 帰ったらもっとそのような訓練をなそう、と兵部大輔らしいことを思う。

「しかし、熊将まで前に出たか」

 当初は岡本勢が長井・佐久両勢に当たっていた。しかし、戦の早い段階で白石本隊が前進して佐久勢への攻撃を開始する。
 そこで佐久勢を攻撃していた岡本勢は長井勢へ専念した。
 これが側撃となり、友勝勢は動揺したのである。

「佐久勢が危険になれば、村林勢から援軍が行くだろう」

 そう呟き、槍持ちから大身槍を受け取った。そして、桶具胴足に仕込んだ小さな玉ぐしを取り出す。

「とりあえず、こちらの戦況をどうにかするために・・・・・・・・・・・・霊装、使ってみるか」

 小さく鳴らすと、金色の光を放ち出した。

(実戦では初めてだがな)

 霧島神宮に呼ばれ、霊視なるもので観察された後に紗姫から渡されたものだ。
 どうでもいいが、初めてあの娘の巫女らしいところを見たと思う。

(おっと・・・・今は殿の奥方だったな)

 とにかく、それを具足に納め、馬腹を蹴る。

「大将!?」

 副将が慌てた声を上げた。

「そこにいろ! すぐすませてくる!」
「大将ぉっ!? ズルいぞ!」

 副将の言葉に落馬しそうになりながら、馬を走らせる。
 本陣は前線に近い位置に設定していたので、馬を使えば前線まであっという間だった。
 前線の裂け目で士分が殴りあっているのが分かる。しかし、衛勝は敢えて長柄衆が槍衾で戦っている場所を目指した。

「殿だ! 道を開けろ!」

 足軽を指揮していた組頭が叫び、足軽が扉を開けるかのごとく後退する。
 その空間にはたたらを踏んだ敵兵がいた。

「はぁっ!?」

 そこに撃ち込まれた霊術が十数名ごと吹き飛ばし、衛勝は敵中只中へと突撃する。
 霊力の爆発に槍衾がバタバタと倒れ、慌てて駆けつけた士分も衛勝によって蹴散らされた。

「岡本幸康が末弟、岡本幸路! いざ、勝負!」
「邪魔だ!」
「どぅわ!?」

 霊力で身体能力を補完した武者が駆け寄ってくる。しかし、衛勝は取り合わず、突き出された槍を躱し、馬上から叩き落とすことで加速した。
 目標はこの軍を率いる総大将だ。
 彼も衛勝と同じタイプらしく、前線近くに出てきている。

「くそ! 奴を止めろ!」

 先程の武者が言うまでもなく、岡本勢の武者が次々と寄せてきた。
 衛勝はその全てを圧倒的武勇で弾き返す。
 突破を目的とした交戦で敵の死者は少ないが、衛勝が暴れた影響で前線が動揺した。
 そこに友勝が指揮する長井勢が盛り返し、岡本勢を押し返し始めている。

(やはりまだまだ一騎駆けは意味がある)

 衛勝の自身が戦況を変えることはできないが、その呼び水になることはできた。

「だが、ここであいつを討ち取れば変わるよな!」

 ドンッと霊力が弾け、本陣前で槍衾を組んでいた足軽が吹っ飛ぶ。

「無駄ぁっ!?」

 霊力が攻撃に転換された瞬間を突き、本陣霊能士が霊術を放ってくる。しかし、衛勝に触れる前に何かに当たって爆発した。

「―――っ!?」

 命中したと喜んだ彼らの前に、爆炎を槍で払って登場。
 恐怖で引き攣る顔を一瞥して槍を振る。

―――ドゴンッ

 鈍器で殴られた音を残し、命中した者だけでなく、衝撃波で数人が飛んだ。

「「「やあああああ!!!!!!!!!」」」

 馬廻衆数人が手槍で突いてくる。
 霊術は衛勝を仕留められなかったが、騎馬突撃の勢いを殺すことに成功していた。
 足の止まった騎馬武者など、徒士武者にとっては獲物である。

「せっ」

 そう思っていた武者たちは、その思いのまま冥府へと旅経った。
 神速で突き出された穂先が数回煌めき、血飛沫と共に徒士武者が崩れ落ちる。

「"槍の弥太郎"、これほどか!」
「防御力の方は最近手に入れたが、な」

 馬上で槍を持ち、驚愕の声を上げる部将に笑いかける。
 部将の姿は自分に酷似しており、武勇を頼みにするタイプと分かった。

「龍鷹軍団、長井兵部大輔衛勝」
「・・・・虎熊軍団、豊前衆が一頭、岡本幸康」

 名乗りを上げると、敵将もしぶしぶと名乗りを上げる。
 彼の馬廻衆は遠巻きにこちらを包囲しつつも一騎打ちに加勢するつもりはないようだ。

「貴様も軍を預かる身だろう? このような一騎駆けをしていいのか?」
「有能な副将がいるのでな」

 長井家が誇る組頭の内、本陣を任せてきたのは第一組頭・小幡虎鎮だ。
 先鋒を長く務めてきた部将だが、後方からの指揮も学ばせなければならないと今回は本陣に配置した。
 いきなり全軍掌握を任されて迷惑だろうが、彼はやる男だ。

「敵陣只中で、どうするつもりだ?」
「貴様を討って、凱旋するつもりだ」
「はっ。"槍の弥太郎"と異名を取っていい気になっているようだが、個人の武勇でどうにかできるほど、戦国の世は甘くないぞ」

 岡本は馬を細かく操り、間合いを測りながら言った。

「そうでもなかろう。世には神装・霊装がある」

 衛勝は言葉を発しながら、ぶるりと体を震わせる。
 衛勝は加勢川の戦いで見た神装の不条理さを思い出したのだ。

「貴様も持っているのだろ?」

 龍鷹侯国は虎熊宗国が多数の霊装を保有していることを掴んでいた。
 出雲勢力の猛攻を押しとどめたのが、霊装を配備したことだとされているのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 衛勝は知らなかった。
 確かに岡本は霊装を持ってはいた。だが、それを持ってしても敵陣を真っ二つに切り裂くことなどできない。
 いや、途中まではできるだろう。
 だが、先程の本陣足軽衆と霊能士衆を蹴散らすことなど不可能である。
 衛勝が受け取った霊装の能力によるものであろうが、岡本は衛勝に勝てる気が一切しなかった。

「行くぞ!」

 爆発的に闘気と共に衛勝の霊力が膨れ上がり、距離を置いているはずの兵たちが怯む。

「ぅおりゃぁぁ!!!!!」

 さすがに岡本は怯まなかった。
 突き出した槍の柄を、岡本の槍が叩く。
 轟音と共に槍が弾かれ、落馬しそうになるのを耐えて彼の横を駆け抜けた。

「やるな」
「・・・・馬鹿正直に首を狙ってくれば誰でも弾ける」

 岡本が馬上で構えを見せ、間合いを測る。

(間合いを測るってことは、一撃必殺の槍術でも持っているのか・・・・)

 馬上での一騎打ちは、基本的に力で叩き潰すか、突きを基本とした一撃で終わらせるのかだ。

(ん?)

 見れば岡本が持つ穂先がわずかに赤光している。

(あれは―――)

「シャッ」

 衛勝の視線が光に固定されたのを隙と見たか、岡本がすり寄るように馬を寄せた。そして、小さな動作で穂先を衛勝に突き出す。

「ぐっ」

 だが、それは衛勝が無意識に振った槍に阻まれた。
 いや、阻むどころか岡本の体勢を完全に崩す。そして、返す槍で岡本の首を刎ねた。

「お?」

 間抜けな声が漏れる。
 勝ってから、衛勝は勝利に気付いたのだ。
 霊装の有無も関係ない、単純な力量の差だった。

「「「「「う、うわあああああああ!!!!!!」」」」」

 主が討たれた瞬間、周りの徒士武者たちが一斉に槍を突き出してきた。
 一騎打ちが終わったのだ。
 敵討ちに手を出しても文句は言われない。
 例え、完全に包囲していたとしても。

「「「「「ぐぅ!?」」」」」

 だが、その穂先はことごとく彼の周囲で弾かれた。

「悪いな。その程度じゃ届かん」

 呆然とする徒士武者を無視し、幔幕を切り裂いて外に出る。そして、大声で叫んだ。

「豊前衆が一、岡本幸康、この長井弥太郎が討ち取ったぁ!」

 衛勝の声に岡本勢が動揺する。

(これで戦況が変わる)

 そう思った時、衛勝は威圧感を感じて視線を西へと向けた。

「何・・・・ッ!?」

 息を飲み、次の瞬間に自陣向かって馬を走らせる。
 西方から敵が迫っていたのだった。




「―――はっはっは! 」

 筑前衆が一、国松貞鑑は馬を走らせながら哄笑していた。
 国松氏は穂乃花帝国の時代から筑前に依る名族である。
 虎熊宗国との戦いでは当然穂乃花帝国についたが、その敗北後に帰順。
 それ以降は忠実に虎熊宗国のために働いていた。
 貞鑑はそんな国松家の二代目として、生粋の虎熊軍団部将として戦場を渡り歩いている。

「若殿は相変わらず痛快だわ!」

 最近、というか出雲崩れの後、筑前衆は本国で編成を終えて石見へ出兵。
 津和野城を中心として出雲勢力と対抗してきた。
 その折に何度も晴胤の指揮下で戦っている。

「鉄砲隊、折り敷けぇ!」

 先鋒の物頭が命じた。
 目の前に見える龍鷹軍団は動揺している。
 突然、砂川を超えた形で新手が現れたのだ。

「これぞ虎熊の戦いよ!」

 国松の叫びと共に鉄砲が火を噴く。
 飛翔した赤熱した弾丸が敵の足軽を打ち倒した。

「今じゃ! 乗り崩しぃ!」

 国松本人も加速しながら、総攻撃を命じる。
 こうして国松勢三〇〇〇は、槍合わせもせずにいきなり総がかりで村林勢の横腹へと突っ込んだ。











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