「猛虎襲来」/三



 長井弥太郎衛勝。
 皇歴二一九四年に生まれで、父は長井武勝、母は長井満勝の娘。
 両親はふたつに分かれていた長井家を統一するための政略結婚で、彼は生まれた時から両長井家の総帥として育った。
 初陣以降、勇猛で鳴る長井勢を率いて奮戦。
 敵将を自ら討ち取ることも多く、"槍の弥太郎"と異名を取る。
 父の死後に家督を相続し、名実共に長井家の総帥として指揮を執り、中華帝国との戦いでは琉球に渡って陸戦を展開した。
 この頃から鳴海直武の組下に入り、龍鷹軍団の先鋒部隊に組み込まれる。
 そのままの流れで内乱でも藤丸につき、乱後は兵部大輔となって旗本衆の戦力向上に従事。
 共に先陣を構成する鳴海家、武藤家が代替わりで若年化した関係で、先陣総大将として佐敷川の戦い等に出陣、指揮を取った。
 兵権を司る兵部省のナンバー2としての力量を十分示している。
 今回は聖炎軍団援軍の先遣隊として、人吉城・佐久頼政、出水城・村林信茂を従えて八代城に入っていた。
 例え、彼が一番年下で、城持ちでないにしても、である。






長井衛勝side

(―――気まずい・・・・)

 熊本城城下町攻防戦の翌日、長井衛勝は内心頭を抱えていた。
 すでに先遣隊五〇〇〇は八代城内外で休息を取っている。
 龍鷹軍団の幹部陣は戦評定のために八代城の天守閣にいた。
 当然、前面に座っているのは名島景綱を筆頭とする南肥後の部将である。だが、こちらと違って彼らの中で名島が一番年上のようだ。

「それでは龍鷹軍団は旗本衆二〇〇〇、人吉勢一五〇〇、出水勢一五〇〇の、計五〇〇〇ですな?」
「うむ。まあ、出水勢は出水城勢を中心とした北薩摩勢、旗本衆は元長井勢を中心とした旗本衆、というのが正しい」

 佐久頼政が腕組みしたまま言う。
 自分の兵力を抜いたのは、彼が率いる人吉勢はほぼ100%、彼の家臣・与力で構成されていたからだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 景綱がやや困惑した視線を衛勝に向けてきた。
 龍鷹軍団の大将の地位に座っている衛勝ではなく、頼政が答えたからだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その視線からそっと目を逸らす。
 本来、衛勝が答えるべきところを頼政が答えた当たり、彼自身がこの陣立てに納得していない証拠だった。
 佐久家は代々人吉盆地を治めてきた名族である。
 また、村林家も北薩摩の名族だった。
 一方で、長井家は衛勝の代で大きく躍進した、いわば成り上がりである。

(従流様がいてくれればな・・・・)

 二正面作戦が前提の今回は、容易に本隊を動かすことができない。
 故に忠流が肥後表に出張ることはない。
 だが、従流は別だ。
 日向には綾瀬晴政と言う旗頭がいる以上、彼が肥後表の総大将として先遣隊を率いただろう。そして、彼に信任される形で衛勝が軍を率いるのならば、頼政も信茂も文句がなかったに違いない。

(従流様追放の弊害がここに・・・・)

 衛勝は今のような問題が生起する可能性を忠流に訴え、忠流の甥である勝流を代わりに頂こうとした。
 だが、勝流は海軍の御曹司だ。
 陸戦に連れていくことに海軍側が難色を示したため、断念した。

「して、先遣隊の動きは決まっておりますか?」

 景綱は話題を進めることで妙な雰囲気を払拭しようとする。

「・・・・・・・・・・・・い、いえ。それが決めかねております」

 頼政も信茂も黙ったので、反応が遅れてしまった。

「当方は五〇〇〇。名島勢と合わせても約一万です」

 虎熊軍団は五万。
 熊本城の抑えと退路の確保に一万五〇〇〇を割いたとしても、野戦兵力は三万五〇〇〇だ。
 陣城を築いたとしても支えきれるものではない。

「宇土城に入りましょう」
「宇土城?」

 聖炎国の宰相が代々城将を務める城だ。

「熊本城の影に隠れがちですが、宇土城も難攻不落の名城ですぞ」

 景綱がやや胸を張って言った。

「宇土城には一〇〇〇の兵がいます。これと合流して敵に圧力をかけます」
「しかし、それでは敵の南下を防げないのでは?」

 一万の籠城兵に対して二万の抑えが置けば、虎熊軍団一万五〇〇〇の南下が可能だ。
 龍鷹軍団主力が総力を挙げて日向表に出ていた場合、手薄の薩摩は蹂躙されるだろう。

「熊本城、宇土城に抑えを置きながらの南下は、兵站路の確保と物資輸送量の双方から困難だ」

 衛勝の言葉に信茂が指摘する。

「占領地でもない敵地の輸送には護衛をつける必要があり、その護衛の食料も輸送しなければならない」

 信茂は景綱を見遣った後、変わらぬため口で言葉を続けた。

「その上、補給を受ける部隊ははるか遠方にいるのであれば辿り着いた時、その軍を維持できる物資が残っているかが怪しい」

 例えば一万五〇〇〇の兵が八代まで攻め込んだとしよう。
 虎熊軍団の兵糧集積地は熊本城北方――城を打って出た聖炎軍団の強襲から避けるため――にある。
 八代まで約九里あり、敵地の行軍と言うこともあって二日かかる。
 馬の背に米俵3俵(180kg)、人が4貫目(15kg)の荷物を運搬することができた。
 一日の食料消費量は人が0.9kg[米六合(900g)、塩(比重2.18、1.31g)、味噌(比重1.2、1.44g)]とされる。
 虎熊軍団一万五〇〇〇を養うためには一日に約13,500kg必要で、駄馬だけで約七五頭が必要だ。
 もちろん、軍馬の食料も必要で、輸送隊の食料も必要。
 さらには食料だけ運べばいいものではない。
 物資集積地から離れれば離れるほど輸送隊に必要な食料が増す。そして、敵地である以上、護衛を付けなければならず、その分の食料も必要だった。
 結果、輸送隊が軍勢に辿り着いた時、その規模の割に輸送された物資が少なく、軍勢は必要量の食料を得られないことが考えられた。
 侵攻軍の略奪が常態化しているのは、この貧弱な兵站能力を補完するためである。

「虎熊水軍が龍鷹海軍を撃破し、船による輸送を可能にすれば別だが」

 景綱の言葉に、龍鷹軍団の部将たちは自信を滲ませた笑みを浮かべた。
 中華海軍を撃破した龍鷹海軍が、虎熊水軍に敗北するなどあり得ない。
 沖田畷の戦いでは輸送艦隊こそ打撃を受けたが、軍艦同士の戦いは鎧袖一触だった。

「ですが、宇土城が落されると、話は別です」

 宇土城は難攻不落だが、守備兵は一〇〇〇に過ぎない。
 一万程度の総攻撃を支えきれるほどではない。
 肥後中部に橋頭保を作られると、一気に戦況が不利になる。

「我らが宇土城に入り、防御を固めることで戦域を熊本・宇土に限定して拘束する」
「その上で龍鷹軍団の本隊を待つ、ということか・・・・」

 信茂は景綱の考えに同意するようなニュアンスで呟いた。
 出水城の防衛戦略は聖炎軍団侵攻時に籠城して維持、龍鷹軍団主力を待つことだった。
 景綱の戦略とも共通しており、共感しやすいのだろう。

「事態は一刻を争う。今夜にでも出陣したいと思っているのだが」
「・・・・その点に関しては問題ありません」

 先遣隊が忠流から受けた指示は聖炎国の崩壊を防ぐことだった。
 宇土城への入城はそれを支持するものであり、これに関しては頼政、信茂も問題ないようだ。

「では、さっそく行きましょう」

 景綱は頷いて立ち上がる。
 こうして龍鷹軍団は八代城で小休止し、宇土城へ入るために聖炎軍団名島勢と北上を開始した。






虎熊軍団scene

「―――さすがに、堅いか・・・・」

 三月三一日、熊本城。
 この日は朝から虎熊軍団による総攻撃が行われていた。
 城攻めとは最初の数日における攻撃が最初の要とされる。
 この数日で決着がつかなければ長期化するのが常だった。

「さすがに本郭へは堅いな」

 晴胤の傍にいた布で顔を隠した男も同意する。
 すでに城攻めを開始して四刻。
 開始一刻で総構えを突破したが、竹の丸・三の丸・二の丸へは侵入できずにいた。
 三の丸へは西方から晴胤本隊と親晴勢が、二の丸には白石勢が、竹之丸には加賀美勢が猛攻をかけている。
 城東方の千葉城跡は筑後衆が占領。
 その占領時に霊術的爆発が起きて数十名単位の死傷者を出したが、本丸に横付けできたのは戦術的に利点があった。
 北方から新堀橋を田花勢が攻めているが、これは助攻程度なのでほとんど戦果を上げていない。

「これは、やはり・・・・」

 晴胤が顎に手を当てて考え始めた時、異音を立てて攻城兵器が破壊された。

「正攻法では、無理か」

 倒壊した攻城兵器で隊列が乱れたところに矢玉が撃ち込まれて悲鳴が響く。
 前線指揮官が耐え切れずに撤退を命じ、勝鬨が熊本城から上がった。

「潮時だな」

 無意味な攻城戦でおそらく数百の死傷者を出しただろう。

「退き太鼓を叩け! 戦列を立て直す!」
「はっ」
「後、加賀美と白石、親晴を呼べ」

 晴胤は熊本城に背を向け、熊本港へ視線を向けた。
 そこに虎熊水軍の輸送船団が入港しようとしている。

「情勢も動いたようだしな」

 晴胤の視線は船団から南方からやってくる早馬に向いていた。




「―――若、では、本当に?」
「ああ。"予想通り"、敵軍が動いたからな」

 虎熊軍団の下に聖炎軍団名島勢・龍鷹軍団先遣隊約一万が北上を開始した。
 狙いは宇土城だろう。

「白石、先鋒はお前だ」
「了解しました」
「熊本は親晴に任せ、加賀美は兵站だ」

 名指しされたふたりも頷く。

「では、お手並み拝見と行こうか」

 晴胤は立ち上がり、臨戦態勢にある数万の軍勢を見下ろした。

「大軍の力攻めだけが虎熊軍団ではないことを見せてやれ!」
「「「おう!」」」




 鵬雲五年三月三一日、夕刻。
 虎熊軍団は総構え攻略に伴って陣替を開始。
 城西方から南西にかけて火雲親晴勢六〇〇〇が展開、北方は変わらず田花勢四〇〇〇。
 城南方から東方にかけて加賀美勢六〇〇〇が薄く広く展開する。
 計一万六〇〇〇が熊本城を包囲。
 残りの三万四〇〇〇が一気に南下、その目標は宇土城だと思われた。
 この動きは熊本城でも確認され、忍びが包囲を突破して南方へ走る。しかし、その忍びは途中で討たれた。
 虎熊宗国は優秀な忍び集団を抱えている。
 龍鷹軍団の黒嵐衆に翻弄された聖炎軍団諜報集団では、相手にならなかったのである。
 宇土城は臨戦態勢であったが、夜中には虎熊軍団の一部が大手前に出現するまで進軍に気付くことができなかった。
 だが、宇土城は少数の兵力でも守り切れるように整備された難攻不落の名城だ。
 かつて、穂乃花帝国滅亡時に熊本城攻防戦でも虎熊軍団に攻められたが、五〇〇の兵で守り切っている。
 宇土城が落とせなかったことが、虎熊軍団総撤退の引き金になったのだ。


「落ち着け! あの時よりも兵が多いのだ! 落ちるはずがない!」

 留守居将――田中家成は突然のことで慌てる兵を宥めていた。
 宇土衆として親晴政権時は国木田政次に仕え、加勢川の戦いでも親晴方として参戦する。しかし、その後の北肥後への転進には従わず、金峰山にて麾下の兵と共に帰順。
 国木田も親晴についていったことで瓦解した宇土衆の中で、特に混乱もなく麾下を抑えた。
 その功績が認められ、虎熊軍団侵攻時に宇土城留守居を申し付かったのである。

「小瀬勢、か・・・・」

 田中は霊術で強化した視力を暗闇に向けた。
 そこに翻る旗印は、虎嶼晴胤子飼いの猛将のものだ。

「虎熊勢、南下止まりません! 薩摩街道をものすごい勢いで走破していきます!」
「なにぃ!?」

 熊本を抑え、宇土を残して南下するのは自殺行為だ。
 虎熊軍団は、大軍故に身動きが取れなくなる可能性が高い。

「正気か!?」

 田中が南方を眺めると、確かに松明が急速に南へ流れていく。
 事前に先遣隊を出していたのだろう。
 暗闇でも迷いのない動きだ。

(当然か・・・・)

 聖炎軍団は虎熊軍団に城砦群で挑むつもりだった。
 行軍途中のゲリラ戦は戦略に入れていない。
 つまり、彼らは城以外では自由に行動できた。

(だが、その南には後詰が・・・・)

「って、後詰か!?」

 後詰は一万。
 南下する虎熊軍団は小瀬勢を抜いても三万余。
 野戦となれば苦戦は免れない。

「誰か、伝令を出せ!」

 虎熊軍団の目的が分かった田中が焦った声を出す中、小瀬勢にも動きがあった。

「何だ、あれは!?」

 物見櫓の兵が驚きの声を上げ、田中の視線も再び小瀬勢に向く。

「何だ?」

 小瀬勢の只中から出てきたのは、大八車のようだ。
 その上に何やら重量物が載せられている。

「敵軍、こちらへ向かってきます!」
「夜討ちで一気に片を付ける気か!?」

 田中は迎撃を命じるが、敵の狙いが分からずに冷や汗をかいた。
 繰り返すが、宇土城は力攻めで落ちるような城ではない。
 南下した三万によるものならともかく、攻め手は三〇〇〇だ。
 確かに守り手の三倍の法則はクリアしているが、その程度で聖炎国の築城技術を破れるわけがない。

「いったい、何を考えて―――」

 その答えを示すかのように、大八車が閃光と轟音を放った。
 それとほぼ同時に爆音と共に城壁が吹き飛ぶ。

「な、なにぃ!?」

 崩れた城壁を飛び越え、小瀬勢が城の中へ侵入してきた。

「な、な、な・・・・」

 突然の出来事に守備兵は大混乱に陥った。
 定石ならば外郭は放棄して内郭に逃げ込み、主郭部で籠城戦を続ける。だが、正体不明の攻撃に混乱し、虎熊軍団最精鋭とも言える小瀬勢の猛攻に逃げ惑うのみ。
 それらの兵を収容するために開けられた城門を越え、瞬く間に城全体が戦場と化した。

「か、かようなことが・・・・ッ」

 自ら手槍を振るい、本丸攻防戦に参加した田中は、震える声で叫ぶ。

「一体何が!?」



「―――知らなくていいことだぜ、木端武者にはな!」



 知らぬ声と共に数名の兵が弾け飛んだ。

「なっ!?」
「宇土衆頭目の一人、田中家成だな?」

 大太刀を肩に担いだ青年がこちらを睥睨する。

「籠城に慣れてやがるからちょっと手間取ったが、白兵戦じゃあ俺たちの敵じゃなかったな」
「・・・・小瀬、晴興・・・・」

 小瀬の後ろに彼の馬廻が並んでいた。
 その者たちにあっという間に本丸の聖炎兵が駆逐される。そして、宇土城の主将たちは囲まれてしまった。

「まあ、何も知らずにあの世に行っちゃあ、先祖に申し開きできねえよな?」

 大太刀で鎧武者を鎧ごと真っ二つにしてのけた小瀬がにやりと笑う。
 宇土城は築城以来数百年の間、不落の歴史を歩んできた。
 それを守れなかった責任は重い。

「冥途の土産に教えてやるぜ」
「くっ。かかれぇ!」

 膨れ上がる闘気に身をすくめた田中は、震える声をどうにか絞り出して突撃する。

「あの大八車に載っているのはな・・・・って」

 小瀬の話を無視し、田中は小瀬に手槍を突き出した。

「おいおい・・・・」

 ニヤリと小瀬が笑い、片手で大太刀を振り上げる。

「人の話は聞いとくもんだぜ!」

 大上段から振り下ろされた大太刀が田中を甲冑ごと真っ二つにした。




 鵬雲五年四月一日、日替わり直前から始まった宇土城攻防戦は、わずか一刻で宇土城が陥落することで決着した。
 両軍合わせた死傷者は一〇〇〇。
 その大半が聖炎軍団の者だった。
 難攻不落の城がたった一度の、真正面からの夜討ちで陥落した事実は、各戦線に衝撃を与える。
 しかし、その衝撃が十分に波及する前に、更なる衝撃が伝播する。
 その場所は砂川(現熊本県宇城市)。
 時間は宇土城陥落から五刻後だった。










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