「猛虎襲来」/二



 虎熊-銀杏連合軍出陣す。
 両軍が前線基地を出発した時に、その報は熊本城に伝わっていた。
 いや、それ以前からその兆候はあった。
 何故なら北肥後の火雲親晴が動員令を下し、六〇〇〇という大軍を集結させていたのだ。
 対する聖炎軍団も動員令を下し、熊本城に四〇〇〇、宇土城に一〇〇〇、御船城に五〇〇、八代城に四〇〇〇、佐敷城に一〇〇〇を集結させていた。
 この上で指揮系統を二つに分けている。
 火雲珠希を総大将とし、熊本、宇土、御船の五五〇〇を率いる本隊。
 名島景綱を総大将とし、八代、佐敷の五〇〇〇を率いる別働隊。
 計一万五〇〇。
 動員力的には残り五〇〇を集められるが、東肥後の警備等で分散していた。





城下町攻防戦scene

「―――ご苦労だったね」

 鵬雲五年三月二九日、肥後国熊本城。
 ここで火雲珠希は帰還した立石元秀を迎えた。
 立石以下一〇〇〇は火雲親晴勢の先鋒と小競り合いを続け、遅滞戦術を展開していたのだ。
 それも後方から虎熊軍団が近づいたことで帰還命令が届き、本日兵をまとめて熊本城へ入城した。

「親晴勢はどうだった?」
「玉名勢はご嫡男がうまくまとめているようです。そして、玉名・菊池から抽出した軍勢を国木田殿が率い、それを親晴殿がまとめています」

 妥当な線だろう。
 侍大将級である十波政吉、堀晴忠は若く、経験が浅い。
 立石元秀を筆頭に、熊本に詰める部将は経験豊富だ。
 国木田でなければまともな戦いができないだろう。

「六〇〇〇という兵は数だけではなく、本物というわけか」

 後方に虎熊軍団の主力が続いているが、露払いの親晴勢も大軍だ。
 一思いに撃破して虎熊軍団に備えることはできない。
 結局、親晴勢と虎熊軍団を合流させ、熊本城にて迎え撃つしかなかった。

「五万、か・・・・」

 最悪、聖炎軍団が相手にする敵の最大数がこれだ。

「どのような防衛作戦で行くので?」
「うん、とりあえず、御船の戦力は熊本に呼んだよ」

 これで四五〇〇。

「他に入城を希望した者から志願兵を募っている途中」

 珠希の予想では五〇〇人程度が守備兵に加わる。
 計五〇〇〇。

「敵は十倍かぁ」
「普通なら絶望的ですな」
「だね」

 具体的な数値で示されても、珠希と立石の余裕は崩れない。

「名島殿がどれだけ引きつけるかもありますが・・・・」
「十倍程度で崩れる熊本城じゃないからね」

 無傷と言うわけにはいかないだろうが、年単位で攻められない限り落城するものではない。
 蓄えた兵糧は三年分。
 矢玉もたっぷりある。
 ここ数か月、ずっと籠城準備をしていたのだ。

(でも、虎熊軍団もそれが分かっているはず。本当に馬鹿正直にこちらを攻めてくるかな?)

 攻めてくれば撃退する。
 攻めてこなければ・・・・

(龍鷹軍団が困るだけか)

 珠希はチラリと南を見遣り、肩をすくめて天守閣へ歩き出した。

(あの候王ならなんとかするだろう)

 同盟軍だが、こんな予想を伝えるほどではない。
 それに彼ならばこのくらい考えつくだろう。

「見えた、か・・・・」

 天守閣へ登った珠希以下は北方を眺めていた。
 ポツポツと人影が釜尾古墳辺りをウロウロし出す。

「鐘を鳴らして敵が近づいていることを知らせてくれるかい?」
「分かりました!」

 小姓が駆け出してしばらくした後、熊本城の半鐘が鳴り響いた。
 それを聞いた城下は慌ただしくなる。
 最後まで残っていた民が逃げ出したのだ。
 熊本城は総構えを持つ広大な城だが、その外にも町は広がっていた。
 避難勧告はしていたが、まだ残っている者がいたのだろう。

「部隊は配置についたかい?」
「滞りなく」

 部将の返した言葉に頷き、珠希は西方を見遣る。

「さあて、敵は本陣を金峰山に置くかな」
「でしょう。そして、北方に抑えを、南方に主力を展開し、白川南岸に後詰警戒部隊が展開するはず」

 立石は元水俣城主として、籠城戦に手馴れている。
 それは城の構造をよく理解していると言い、敵の理想的な配置もよく分かるのだ。

「まずは城下町攻防戦かな?」
「ええ。すでに戦透波などを配置しています」
「じゃあ、虎熊軍団にお手並みを拝見してもらおうかな」

 珠希はそう言い、敵軍に背を向ける。
 本戦は武士の仕事だ。

「頼むぞ」
「「「はっ」」」

 居並ぶ聖炎軍団の部将たちは姿勢を正して返礼した。




「―――これが熊本城か・・・・」

 三月三〇日、虎熊軍団を主力とする肥後侵攻軍五万は熊本城を包囲した。
 城の偉容を見て嘆息した虎嶼晴胤が率いる本隊は城西方の金峰山に布陣する。
 兵站路の確保は同盟軍である田花勢が担当し、釜尾古墳に布陣する。
 城南方には火雲親晴、白石長久、加賀美武胤が東から順に布陣し、主攻勢を担当。
 城東方には筑後衆が布陣。
 小瀬勢はやや南下し、宇土城に備えていた。

「籠城兵は如何ほどだろうな」
「は、親晴様の見立てでは、約五〇〇〇と」
「籠城の指揮は、元水俣城主・立石元秀が執るだろうと」

 晴胤の問いに小姓たちが答える。
 彼らは初陣で、緊張に頬を紅潮させていた。

「籠城の得手、か。・・・・貴様はどう考える?」

 晴胤は同じく熊本城を眺めていた男に話を振る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その男は厚手の布で顔を隠しており、表情を窺うことはできなかった。
 しかし、漂う雰囲気が歴戦を醸し出し、かつ若いことが分かる。

「貴様、若様が話しかけているのに無視するとは無礼な!」

 一向に答えない男に業を煮やした小姓が太刀の柄に手をかけながら凄んだ。

「・・・・その態度が大事な『若様』の品位を落としていることに気がつかないのか?」
「なにぃ!?」

 布越しのくぐもった声に馬鹿にされ、小姓は太刀を引き抜くために力を込める。

「―――っ!?」

 だが、彼の手が太刀を引き抜くことはなかった。
 いつの間にか柄と鞘に絡みついた白い蛇がいたのだ。

「く、貴様―――っ!?」
「その辺にしておけ」

 激昂して霊術を発動しようとした小姓の眼前に晴胤が手をかざす。

「悪かったな、うちの若いのが」
「・・・・いや、こちらこそ大人げなく・・・・」

 男が一礼して、非礼を詫びた。

「ふふ、貴様がやや冷静さを失ったのは、熊本城のせいか?」
「・・・・ええ。素晴らしい城だ。残念ながら五万の兵でも落とすところが想像できないな」

 虎熊軍団を小馬鹿にした言葉に、再び先の小姓が激昂しかけたが、他の小姓に取り押さえられた。
 主の話の邪魔をしてはいけないのだ。

「ほぉ? 籠城の得手の貴様は、城攻めは得意でないのでは?」
「だが、守り手の策は分かる。そして、虎熊軍団の攻め手もな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 男の言葉に晴胤は楽しそうに口角を上げる。
 その様を先の小姓だけでなく、その場にいた者たちが物言いたげに口をへの字に曲げて見ていた。

「なら、戦いの火ぶたはどこだ?」
「簡単。・・・・城下町攻防戦だ」




「―――慎重に行け!」

 物頭から指示が飛ぶ。
 その言葉を聞かずとも、熊本城の城下町を歩く兵たちは緊張していた。
 彼らの仕事は城下町を打壊す作業を邪魔しようとする聖炎軍団の排除である。
 そもそも、どうして城下町を破壊する必要があるのか。
 敵の経済基盤の破壊以外に、もっと戦術的理由がある。
 城下町とは門前町とは違い、それ自体が防衛機能を持っているのが、この時代の常である。
 区画整備と町割りによって形成された町は攻めにくいように道が曲がっていたり、行き止まりがあったりする。
 攻め手はその都度方向転換を強いられ、ひどい時は城から一方的に攻撃を受けるのだ。
 熊本城は総構えで主要な城下町を覆っているが、その外にも町が広がっている。

「手明きの輩が打ちこわしを終えるまで待機!」

 城下町は屋根付き宿舎として利用可能だ。
 だから、敵の攻撃にさらされない部分は接収して利用する。そして、敵の攻撃にさらされる部分は徹底的に打ち壊したり、焼き払ったりする。
 この時、籠城側の対応は次のふたつだ。
 ひとつは傍観の構え。
 籠城の目的に後詰が到着するまで城を守り抜くことを含んでいる場合、敵が自ら時間を使ってくれるのだから何もしない、という選択だ。
 もうひとつは積極的に邪魔をする。
 城下町は先に言った通り、攻め手を邪魔するように作られている。
 これを利用し、ゲリラ戦を挑むのだ。
 だが、対応するには城外に打って出なければならず、これは開いた城門から場内に進入されるというリスクを持つ。

「さあ、どちらに出る?」

 物頭は筑前衆の出身で、聖炎軍団と交戦したことはない。だが、父祖の代で熊本城攻めに参加し、一族の幾人かが討ち死にしていた。
 彼の勘では、来る、だ。

「―――ぅわわああああああああ!?!?!?」

 彼の予想は的中する。しかし、悲鳴は正面からではなく、後方から来た。

「後ろか!?」

 勢いよく振り返った彼の目に、爆発に煽られて空を飛ぶ手明きが見える。

「爆発・・・・ッ。煙硝か!?」

 打ち壊した柱が倒れる際、家屋内部の仕掛けが発動したのだろう。
 紐か何かが切れた時、火薬に引火するような細工が。
 今で言う、ブービートラップの一種だ。

「高価な煙硝でこんなこ―――ガッ!?」

 驚いた同僚の首に矢が突き立つ。

「くっ」

 慌てて体を戻した彼は目に映った矢を切り払った。

「盾だ! 敵は潜んでいるぞ!」

 飛来した矢は十数本程度だが、後方の騒ぎで動転していた警備兵の数人を打ち倒している。

「向こうが目的ではなく、こちらが目的か!?」

 城下町破壊作戦は、狭い地域での白兵戦闘になる。
 このため足軽では手に余ることが多い。
 よって護衛の任務には士分が多く含まれる。
 言うまでもなく、士分の戦闘力は足軽数~十数人分に匹敵するほど高い。
 この戦闘で数名でも討ち取れば、今後の攻防戦に影響するはずだ。

「なかなかの戦術眼。さすがは籠城を得手とするだけある」

 城外での戦闘は先の付け入りのリスクを負う。
 実際に虎熊軍団は付け入りを狙った部隊を展開させていた。
 だが、それに恐れて出陣しなければ、士気が低下する。
 敵にむざむざと城下町を壊された、という事実は戦略を理解できない兵にとって衝撃が大きいのだ。
 それを阻止するために聖炎軍団は出陣した。
 出陣するのだから、最もうまみがある作戦に出る。
 それが警備隊の士分を殺傷すること、であった。

「構わん、霊術で吹き飛ばせ!」

 ここは元々の打ち壊し指定部だ。
 霊術でまとめて吹き飛ばせば、ブービートラップが発動する暇はない。
 敵の隠れる場所を奪い、ゆっくりと料理すればいいのだ。

「はぁっ」

 自分自身、風を生み出して右手にあった家屋を攻撃した。
 暴風が板を砕き、砂塵を巻き上げて家屋を破壊する。
 そして―――




「―――うむ、なかなか」

 晴胤は警備隊の只中で爆発が起きるのを見た。
 周囲で続けて起きた爆圧で、あの辺りは地獄だろう。

「霊術の爆発だな」
「ああ、手明きの部分で起きたのは煙硝。だが、本命は設置型霊術による爆発、か」

 晴胤の隣にて布で顔を隠した男が同意した。
 城下町破壊を指揮していた本陣から前線へ使番が駆けていく。

「打ち壊し領域をこちらも霊術で一気に吹き飛ばすのだろうな」
「それが賢明だろう」

 遠距離攻撃によって一気に破壊する。だが、それは大がかりとなるので、時間がかかるだろう。

「こうして、聖炎軍団が欲しい"時間"を手に入れた、か・・・・」
「―――申し上げます」

 側近のひとりがやってきて片膝をついた。

「南方へ派遣せし物見が帰って参りました」
「で?」

 物見は小瀬勢から中物見、小物見を広範囲で派遣している。

「八代城に龍鷹軍団の先遣隊が入城した模様」
「ほぉ?」

 晴胤が楽しそうに眉を上げ、それを見た男が呆れたため息を漏らした。

「馬標から長井衛勝、佐久頼政、村林信茂と思われます」

 ふたりの態度を気にせずに側近は言葉を続ける。

「ほお! 龍鷹軍団最強部隊の総帥に、北の守りか!」

 長門国まで"槍の弥太郎"の名は轟いていたし、人吉城と出水城の守将として残り二人の名を知っていた。

「まだ敵本隊は見えぬか?」
「未だ捕捉しておりませぬ」
「ううむ、敵は黒嵐衆という忍びを持っている。敵国深くはなかなか調べられぬか」

 晴胤は未だ撤退の激戦続く城下町に背を向け、本陣の幔幕へと歩き出す。

「親晴と加賀美、白石・・・・それと小瀬を呼べ」
「はっ」

 戦評定を開くのだろう。

「おぬしも末席で聞け」
「「は?」」

 男と側近に動揺が走る。

「し、しかし・・・・」

 側近がチラチラと男を見ながら言葉を選ぶ。

「構わん!」

 その言葉が音になる前に、晴胤は背を向けて歩き出してしまった。

「豪気な男だな」
「・・・・故に苦労が絶えませぬ」

 男と側近は共に疲れたため息をつく。
 龍鷹軍団の部将たちと微妙な関係にある男だったが、この時初めて彼らと分かりあえた気がした。






 鵬雲五年三月三〇日に行われた城下町攻防戦は、聖炎軍団の戦術的勝利となった。
 虎熊軍団は士分を含む百数十名の死傷者を出し、物頭級が討死するなどという損害を被った。
 一方で、後半に行われた大規模霊術攻撃によって城下町は全壊する。
 これは熊本城までの道が開けたということであったが、虎熊軍団の宿舎等の設営に使う材木を調達できなかったことを意味する。
 ここは九州で、しかもこれから暖かくなる季節だ。
 しかし、五万に渡る兵力の宿舎設営は大工事である。
 それが材料確保から始まるとなれば、工事完了まで時間を要すること必至であった。










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