開戦「求婚」
「―――来た、か・・・・」 鵬雲四年六月六日、薩摩国鹿児島城本丸御殿。 時刻は申の刻。 外は闇に包まれ、部屋の中には弱い光しかない。 このため、外廊下を歩く者は光源で分かった。 足音は女で、そう隠密行動に慣れていないようだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 龍鷹侯国侯王・鷹郷侍従忠流は己の左脇に置いた長兄・実流の形見である太刀を見遣った。 忠流の傍に小姓や護衛はいない。 何かあれば、忠流ひとりでどうにかする必要があった。 ―――スパンッ!!!! 小気味いい音と共に障子が開く。 途端に熱気が部屋に流れ込み、忠流は背筋に新しい汗をかいた。 「何用?」 忠流が招いた客は立ったまま問う。 「・・・・まあ、座れよ」 声は震えなかったが、手のひらにはびっしょりと汗をかいていた。 胸の鼓動は早く、顔も赤くなっているだろう。 「で?」 彼女は用意されていた座布団に座り、話を促した。 「あ、ああ・・・・」 まっすぐな瞳に見つめられ、忠流は視線を逸らす。 いつもと違う態度に彼女の表情が変わった。 「まさか、また熱か?」 彼女の位置からはこちらの顔色が分からないのだろう。 腰を浮かせて詰め寄ろうとしてきた。 「大丈夫」 顔を見られては困るので手で制止する。 こちらからは彼女の近くに置かれた蝋燭のおかげで見えるが、自分の顔を見られてはたまったものではない。 「ふぅ・・・・」 一息つき、緊張していた体を弛緩させた。そして、脇息に体を預ける。 見た目だけではいつも通りにした忠流だったが、やはり彼女の目を見ることができずに一言。 「―――俺の嫁になれ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 無言。 驚きの声もしない。 音や雰囲気では彼女の反応は分からない。 だから、そろそろと視線を向けた。 「?」 彼女の表情は普通だ。 驚くでもなく、怒るでもない。 ましてや恥ずかしがって赤面しているわけでもない。 「え、えーっと・・・・」 (まさか聞こえてなかった・・・・) その時、忠流の視線に気付いた彼女が初めて反応を返した。 すなわち、笑顔。 「ん?」 その意味が分からず、へらっとした笑みを返す。そして、彼女が笑顔のまま急速に近づいてきた。 「え゙」 龍が火付けした戦は、燎原の如く西海道に波及する。 その戦火に誘われた虎が動き出す。 龍と虎に挟まれた炎は、いくつかに枝分かれしながらも懸命に燃え盛る。 そうして、事態は次第に龍の手から離れ始めた。 |