第三戦「龍炎による小熊退治」/五
鵬雲四年二月二〇日、肥後国加勢川。 この地にて龍鷹軍団八〇〇〇と聖炎軍団親晴方七五〇〇が激突した。 最初から総攻撃を仕掛けた親晴勢に龍鷹軍団先鋒の鳴海勢、続く鳴海直武率いる旗本衆は突破され、親晴本隊に対して鷹郷従流率いる近衛衆が防ぎに出る。 だが、それでも支えきれず、加勢川北岸から川を渡った緑川との中州に本陣が移動。 川の中で両軍が干戈交えていた時、御船城をさらに迂回した聖炎軍団珠希方が熊本城を攻略。 さらに海上機動によって名島勢も熊本に到着した。 この報が加勢川に伝わると事態は急変。 龍鷹軍団本陣から<龍鷹>による神装攻撃が行われ、生じた瀑布の中から鹿屋勢が現れた。 これまで連携不足と予想されていた『名島勢』が鹿屋勢だったことで混乱した親晴勢は総崩れ。 辛うじて親晴馬廻衆、宇土衆、玉名衆本隊が行動できた。 龍鷹軍団は加勢川での攻撃を鹿屋勢に任せ、追撃態勢と宇土衆に備えるために陣を整える。 この陣替の隙に玉名衆本隊は鹿屋勢を抑え、親晴の退路を守ったのである。 このため、親晴は戦場を脱することができた。 単騎でも逃げるという意志がなければ成し遂げられない、見事な判断である。 一方で、玉名衆本隊や隈本衆の合計一〇〇〇は、加勢川北岸の川原に包囲されることとなった。 龍鷹軍団は角家儀藤を派遣し、降伏勧告を行う。 堀元忠はこれを受け、将兵の助命と共に自害した。 事後報告となったが、事後処理の全権を担っていた鳴海陸軍卿直武は一〇〇〇名の武装解除、捕虜化を命じる。 結局、これは夜遅くまでかかり、龍鷹軍団は親晴勢の追撃ができなかった。 熊本城scene 「―――熊本城奪還おめでとう」 鵬雲四年二月二一日、龍鷹軍団は加勢川の戦いの事後処理を終え、熊本城に到着した。 出迎えは当然、珠希だ。 「キミの作戦のおかげだよ」 珠希は大手門から天守を指差す。 「見てごらん。傷ひとつないよ」 指差された天守は黒漆が陽光を反射して輝いていた。 「無事なら何より」 そもそも戦いという戦いが生起していないのだから当然だろう。 「熊本城が健在であれば、我ら龍鷹軍団はすぐに次の作戦に移れる」 この言葉に諸将はざわついた。 忠流の中では次が決まっているのだ。 「ふふ、そんな青い顔で大丈夫なのかな?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 忠流は近衛――瀧井信輝に支えられている状態でふらふらしている。 「陣代も」 陣代と呼ばれたのは、従流のことだ。 陣代とは総大将の代わりに兵を率いる者のことである。 そんな従流も輿に揺られながら船をこいでいる。 「・・・・・・・・ずいぶん、無理をさせたみたいだね」 珠希はふたりが疲労困憊である理由に気がついているようだ。 自身も霊装使いなので気付きやすいのだろう。 「まあ、そのおかげで損害は軽微だ」 集計は終わっていないが、戦いの規模の割に少ない、と報告を受けている。 無理せずに円居を割り、従流の霊装で受け止めたからだろう。 押し返した時も力ではなく、見崩れだ。 「よかった。あまり、戦力をすり減らしてもらっては困るからね」 「・・・・おふたりともあけすけすぎます」 御武幸盛が疲れた声をかけた。 「「はっはっはっ」」 龍鷹侯国は聖炎国を、盾として考えている。 聖炎国は龍鷹侯国を、自身の支えと見ている。 盾がなければ生身をさらすし、生身がなければ盾はすぐ倒れる。 遊撃隊である燬峰王国と違い、龍鷹-聖炎同盟の戦略は一直線上にある。 だからこそ、ふたりの国主は素直に考えを言い合えるのだ。 幸盛も忠流の側近だ。 それは分かる。 だが、周りが困惑するから止めて欲しいのだ。 「分かった分かった」 青い顔のまま幸盛に返事した忠流は珠希に向き直った。 「とりあえず、入れてくれ」 「・・・・ああ、門前で喋っていたんだね」 ―――こうして、龍鷹軍団約八〇〇〇が熊本城に入城した。 熊本城天守閣。 連結式望楼型であり、「一の天守」と呼ばれる大天守と「二の天守」と呼ばれる小天守がある。 大天守は三重六階地下一階、小天守は三重四階地下一階の建築物だ。 その他にも宇土櫓に代表されるような櫓がある。 だが、これらは戦争用であり、平時の生活空間も用意されていた。 そのひとつに、本丸に用意されている城主一族の生活空間、本丸御殿がある。 「―――みんな揃ったようだね」 聖炎軍団幹部と龍鷹軍団幹部は、兵を休ませた後にここで戦評定を開いていた。 今は平時ではなく戦時であるため、戦評定は天守閣大広間で行われる。だが、本丸御殿で忠流と従流が寝込んでいた。 このため、移動することなく、本丸御殿でやろうと珠希が提案したのである。 「さて、何から話そうか」 「まずは現状把握からでしょう」 景綱が進言した。 「だね。―――鳴海卿、お願いしていいかな?」 この場にいる龍鷹侯国の人間で、一番上役だ。 「ははっ。では、報告致します」 視線で息子を促す。 盛武も兵部省の役人なのだ。 「まず、本戦、加勢川の戦い―――」 三刻続いた戦いは、龍鷹軍団の勝利となった。 龍鷹軍団の死者・行方不明者および重傷者の数は約五〇〇。 参加戦力の十分の一以下だ。 敵が突破に重点を置いたこと、前衛が徹底抗戦しなかったこと、従流が霊装を展開したことが要因である。 「対する親晴勢は・・・・」 盛武は一度言葉を切り、聖炎国諸将を見遣る。そして、一息入れて覚悟を決めた。 「残留遺体、重傷者合わせて約九〇〇名、捕虜約一〇〇〇名」 戦死者の筆頭は玉名城主・堀元忠だ。 参加戦力の四分の一を喪失していた。 その事実に聖炎軍団の諸将は唸りを上げる。 「御船城郊外にいた虎熊軍団は戦線離脱、金峰山系で親晴殿と合流したようです」 このため、親晴勢は計算上の八〇〇〇近くになっている。 だが、逃亡兵が出ているらしく、その兵力は六〇〇〇を下回っていた。 「長井・武藤両勢三〇〇〇は御船城を包囲しています」 御船城は未だ親晴方であり、警戒が必要なのだ。 「分かった。それはこちらから使者を立てよう。また、一〇〇〇程度の軍勢を編制し、龍鷹軍団と交代させよう」 珠希がそう言い、景綱を見た。 それを受け、彼は頷き、近侍を呼んで何らかの指示を与える。 五〇〇程度の城に精鋭を貼り付ける意味は無い。 また、熊本城が陥落した今、御船城も降る可能性が高い。 だから、使者を立てるのだが、周りを囲むのが龍鷹軍団であれば降りにくいだろう。 珠希の判断は戦力の無駄をなくし、御船城を無効化するためのものだった。 「長井・武藤勢が加われば、打って出るのもいいね」 金峰山系は中小様々な砦があり、要塞群とも言える地形である。 だが、龍鷹-聖炎連合軍は敵の倍を数える。 要塞群と言えば、守りが堅そうに思えるが、攻め口が多数ある状況下では、兵力差が物を言う。 「―――申し上げます!」 障子の向こうでドタバタと走ってきた若武者が片膝をついた。 「虎熊軍団約三〇〇〇、六反城に到着!」 「・・・・それは御船にいた軍勢かな?」 「いえ! 新手です!」 報告に連合軍諸将は黙り込んだ。 三〇〇〇は本格的増援の先鋒と考えられる。 「・・・・三〇〇〇は、肥前に展開していた軍勢でしょう」 御武幸盛が発言する。 「肥前村中城には熊将率いる対燬峰王国戦力がありました」 主に武雄奪還部隊である。 だが、出雲の南下、龍鷹軍団の北上で戦力の引き抜きが続き、行動を中止していた。 「肥後戦線の急変を知り、派遣されたんでしょう」 「しかし、早すぎる」 「六反城は三池港に近い。海上輸送したのでしょう」 「海上輸送?」 訝しげに言ったのは、相川舜秀である。 沖田畷の戦いに参加した部将であり、今回は従流の代理で出席していた。 「有明海の虎熊水軍は壊滅したはずだが?」 「再生したのでしょう」 「・・・・まさか」 三〇〇〇の兵員を輸送できる船の数は三桁に達する。 それだけの数をたった数ヶ月で揃えたというのか。 「・・・・虎熊軍団がどのように来たかどうかはともかく・・・・」 圧倒的生産力におののく諸将を見回した。 「これ以上、虎熊宗国に付き合えば、こちらが食い殺されるね」 「・・・・珠希様・・・・」 まるで降伏宣言だ。 「この戦、早期に終結する必要がある」 珠希が立ち上がる。 「出陣準備を! 即刻、金峰山系の敵を追う!」 この戦役をこれ以上続けるのは、危険だ。 早期にこれを終わらせ、次の戦役前に虎熊宗国と戦える国を作らなければならない。 もはや、聖炎国親晴方に構っている暇はないのだ。 「鳴海卿、龍鷹軍団の力を貸して欲しい」 「・・・・乗りかかった船ですしね」 こうして、今度は聖炎軍団が主導する形で、電撃作戦が決まった。 鷹郷忠流side 「―――うー・・・・」 熊本城が出陣準備に明け暮れる中、忠流は布団の中でうなされていた。 膨大な霊力が体中を駆け回り、絶対安静以外に方法がない。 そんな忠流の額に冷えた手ぬぐいが置かれた。 ひんやりとして気持ちいい感触に、忠流は少しだけ目を開ける。 (あ・・・・れ・・・・?) ぼんやりした視界に写るシルエットと心配げにこちらを覗き込む雰囲気に、覚えがあった。 (あれは・・・・確か・・・・) 鷹郷藤丸。 鷹郷権中納言朝流と側室の間に生まれた三男だ。 母親については謎が多い。 朝流が京都に赴いた時に手を付けた女性で、薩摩にはあまり情報が伝わっていなかったのである。 何にせよ、藤丸は四兄弟の中で、莫大な霊力を宿して生まれた。 将来は高名な霊能士になることが期待されたものである。 だが、小さな体には霊力が大きすぎ、たびたび体を壊していた。 このため、霧島神宮のお膝元である国分城で、幼少期を過ごすこととなる。 その日課は、病弱を物ともせず、脱走して町で遊ぶことだった。 『―――はしゃぎすぎた・・・・』 国分城を抜け出し、いつもの場所に辿り着いた藤丸は、蒼い顔をしてぶっ倒れた。 その日の追手が、しつこかったからだ。 確か奴は、国分城主の嫡男だったはず。 きっと初任務に張り切ったのだろう。 『迷惑な・・・・』 『―――え?』 頭上からの声。 『え?』 人の気配を感じていなかった藤丸は、うつぶせの体勢から仰向けへと転がった。 『・・・・え、と・・・・』 開けた視界に映ったのは、村娘の衣服に身を包んだ女の子だった。 『大丈夫?』 少し不安そうな、怯えた声。 人見知りの気でもあるのか、それでも倒れている藤丸を放っておけない辺り、優しい娘なのだろう。 (懐かしい記憶だな) 藤丸は自分が見ている夢が、夢だと認識した。そして、忘れていたが、実際にあったことだと言うことも分かった。 これは十年ほど前の話だ。 錦江湾を見下ろすことができる開けた丘で、出会った少女。 交流は三年ほど続き、彼女が姿を現さなくなったことでパッタリと止んだ。 いつも丘で藤丸が倒れていた時、どこからともなく現れていた少女。 最初こそは藤丸を心配そうに覗き込んでいたが、無事と分かると少し生意気になる。 「―――っ!?」 額に冷気を感じ、夢から意識が引きはがされる感覚がした。 (これは・・・・目覚める、かな・・・・?) 急速に体の熱を感じ、体調の悪さを自覚する。 それでも本能なのか、忠流はゆっくりと目を開いた。 「あ・・・・」 そこには、忠流を心配そうに覗き込むひとりの少女。 その雰囲気が、夢の少女と重な―――らずに、荘厳さに満ちあふれた。 「これ、ここで逃げるのかえ」 「は?」 紡がれた言葉に、忠流は疑問符を返す。 「いや何、臆病者の宿代に文句を言っただけよ」 そう言い、紗姫――いや、今は<龍鷹>――は笑った。 「また、派手にぶっ倒れたの」 「・・・・顔が痛いのはそのせいか・・・・」 加勢川の事後処理時も倒れていたが、熊本城入城まで倒れているわけにはいかない。 だから、無理して立っていたのだが、珠希とのやりとりが終わった後の記憶がない。 「そうじゃ。本丸御殿の敷居をまたいだ瞬間、そのまま廊下へ倒れ込んだ」 「意地を貫き通したか・・・・」 「本に見事にの」 <龍鷹>がそう言い、目を閉じた。 「ん?」 雰囲気が一気に弱々しくなる。 目は閉じたまま、眉がひそめられた。そして、その目が開いた時、記憶の面影にある、だが、少し成長した少女の顔ができた。 「あ・・・・っ」 <龍鷹>が引っ込んだことに気がついたのか、紗姫は慌てて顔を覆う。 「あー・・・・何となく分かった」 「・・・・何が?」 指の隙間から、こちらを窺う視線を感じた。 「俺は確かに体が弱かった。・・・・だけど、ここまでじゃなかった」 「・・・・っ!?」 ビクリと紗姫の体が震える。 「前に約束した、『外に連れ出す』っての、いつの間にか達成していたんだなー」 「・・・・思い、出したの?」 年相応の、幼い声を出す。 "再会"してから二年。 濃い日常を過ごしてきたが、彼女が未だ十四歳であることに変わりない。 「若様とは呼ばないのか?」 「・・・・ッ!? ・・・・・・・・・・・・ふん、もう『若様』じゃないくせに」 喜色が浮かんだ表情を、拗ねたようなものに変え、紗姫はそっぽ向いた。 『幼き日に我を宿した紗姫は、おぬしに会い、不注意にもお前を"認め"てしまった』 なかなか話の進まないふたりに、<龍鷹>は呆れる。そして、強引に話を真面目に戻す。 (無粋な・・・・) 普段見せない顔をする紗姫が物珍しかったというのに。 『我の宿主として霧島に幽閉されていた紗姫は、おぬしと同じように脱走を繰り返していた』 そして、どう考えても同じように脱走していた藤丸に親近感を抱き、懐いた。 自分は脱走できても、所詮は霧島神宮の敷地内。 だが、藤丸は城の外まで抜け出していた。 『まあ、幼心に恋心を抱いたと言うことであろ』 「な!?」 ボンッと音がして、紗姫の顔が真っ赤に染まる。 『結果、おぬしの体には<龍鷹>を使うだけの霊力が溢れた』 ただでさえ、過剰な霊力が体を蝕んでいた藤丸に、それだけの【力】が溢れるとどうなるか。 結果は、生死を彷徨う急変とそれを乗り越えた、さらに病弱になった体だ。 成長と共に回復するはずだった体調は、いつ倒れてもおかしくない、浮き沈み激しい体となった。 「俺は・・・・内乱を経ずとも侯王だったのか?」 あの内乱は何だったのか。 一族の三人が死に、数千という犠牲を強いた戦いは。 『少し違うな。侯王は我が認めた龍鷹侯国の主』 <龍鷹>は忠流の考えを否定する。 『こやつが認めたのは、我らの主』 「・・・・何が違うんだ?」 『違うであろう? 侯王を選択するのはこちらが上目線。だが、主を選択するのは・・・・』 「俺が・・・・<龍鷹>を従えた、と?」 『そうだ。貴様は今、龍鷹侯国の主であり、神代にも足を突っ込んだ存在じゃ』 「・・・・その割には貧弱すぎるけどな・・・・」 未だ力の戻らない手を見下ろす。 握り込もうとしても、動いてくれない。 「だけど、感謝もしているな」 <龍鷹>に認められなければ、忠流はこのように病弱ではなかっただろう。しかし、一騎駆けの武者にはなれなかった。 戦略で戦局を動かしても、戦場での勝敗を左右することはできない。 「<龍鷹>があれば・・・・俺は戦略級でいられる」 <龍鷹>は対軍霊装だ。 自分ひとりの存在で、戦場どころか一戦線を維持できる。 連射できれば、だが。 『霊装は強大な力を持つほど、不便なものだ』 忠流の心を読んだ<龍鷹>が笑う。 『それより、言いたいことをはっきり伝えてやらねば、この娘はどんどん鬱になっていくぞ?』 「ん? ・・・・ぅお!?」 <龍鷹>と入れ替わることなく、話を聞いていた紗姫は暗雲を背負っていた。 どうやら、感謝云々の話の前の「貧弱」という言葉にショックを受け、以後の言葉を全く聞いていないようだった。 「ったく、こいつはこんなに精神が弱かったのか?」 『弱い奴ほど、気丈に振る舞うものよ』 言うだけ言って、<龍鷹>の気配が消える。 どうにかしろ、ということらしい。 「お、動く」 紗姫に伸ばした手は、スムーズに動き、彼女の手首を掴んだ。 「ふぇ?」 意識を闇に彷徨わせていた紗姫は、あっさりと手を引かれ、忠流の胸の中に収まる。 「俺は別にお前が俺を選んだから、不幸になったとか思っていない」 「・・・・でも、使ったら倒れる霊装を持っていても仕方ないでしょ?」 役に立つ、といっても使用者がそれに耐えられないのならば意味がない。 「そんなことない。倒れるなら倒れてもいい対策をするだけだ」 それが今回だ。 「・・・・寿命が減っても?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 さすがにこれは笑い飛ばせなかった。 「後五年。そんな体になった原因が私でも?」 <龍鷹>に選ばれなければ、病弱な体は回復していた。 それは人並みの寿命を手に入れていたと言うことだ。 「・・・・それでも」 止めていた手を動かし、紗姫の背中を撫でる。そして、彼女の耳元に口を寄せた。 「俺はお前の主になれて嬉しいよ」 「~~~~~っ、ふぇぇぇ・・・・ッ」 ずっと重荷に思っていたものを取り上げられた紗姫は、年相応に泣き声を上げる。 「おぉお、大泣きだな。・・・・・・・・・・・・でも、よし」 忠流は胸にすがりつく紗姫の背中と頭を撫でながら、やや頬を赤らめながらひとつの覚悟を決めた。 鵬雲四年二月二二日、連合軍は金峰山系に立てこもる親晴勢を三方から攻撃した。 南方は龍鷹軍団、東方二口を聖炎軍団が担当し、一斉に攻撃。 親晴勢は各地で小規模な抵抗を行ったが、二三日に降伏する。 だが、これは宇土衆や隈本衆を中心にした部隊で、主力である虎熊軍団と菊池衆は北方へ脱出していた。 降伏した部隊は、珠希勢に占領されている宇土、隈本地域に帰還することへの許可を貰っていた。 つまり、降伏後は珠希勢として行動することになる。 その許可を得る代わりに殿を務めたのだ。 珠希は金峰山系を抑えると、親晴に使者を送って停戦を申し入れた。 親晴は数的主力となった菊池衆、玉名衆の状況を見て、これを承諾する。 玉名衆は頭目である堀元忠が戦死、菊池衆も兵力を大きく失った。 再編しなければ、とても戦えない。 対する珠希も問題を抱えていた。 今回は大きく戦線が動いた。 この戦いで得た捕虜は約二〇〇〇名と膨大であり、回復した領地の仕置きを放置したままで戦うことができない。 両者は双方の都合をよく理解しており、かつそれを利用できないと判断し、早期講和に至った。 だが、これは平和への第一歩ではなく、次の戦役のための布石である。 戦いのための平和。 それは俗に言う戦間期だ。 この間に国力を充実させ、準備できた方が生き残る。 次の戦はそんな生存戦争だろうと、西海道の全ての大名がそう予測した。 |