第二戦「竜の挫折と炎の再起」/七



 八代城攻防戦。
 火雲親晴が熊本衆を率いて八代城を包囲、その後、八代城に武装解除の下に開城するように命令した。
 言い分は佐敷城攻防戦で不可思議な動きをした名島家に対する家宅捜索である。しかし、これを名島家が拒否し、親晴が強硬手段に出たことで始まった。
 名島家の拒否理由は、そもそもの疑いに対する不満。
 だが、これは建前だ。
 本音は城内に珠希や侍女衆を匿っていたため、家宅捜索されれば困る。
 一方、親晴も家宅捜索は建前だった。
 本音は政権交代に伴う重臣衆の再編だ。
 この重臣衆の再編自体は、珍しい事例ではない。
 例えば、伊達家。
 伊達晴宗(伊達政宗の祖父)から伊達輝宗(同父)への代替わりの折、その側近に対するもめ事があった。
 晴宗が隠居し、輝宗に家督を譲ったが、晴宗の側近であった中野宗時・牧野久仲父子が晴宗の威光を翳して実権を握ろうとした。
 このため、輝宗はこれを謀反の疑いがあるとして攻め滅ぼした。
 これは成功例だが、失敗例もある。
 失敗例は武田家だ。
 武田信玄亡き後、武田軍団の陣代となった勝頼は、武田四天王などの偉大な重臣衆を抱えることとなる。
 兄・義信の廃嫡から嫡男になった勝頼は、それら家臣団と同じ権限を持つ諏訪家当主からいきなり宗主家を継ぐこととなり、重臣たちは彼の言うことを聞かなかった。
 家中統一に失敗した勝頼は、その三年後、長篠の戦いで破滅的敗北を喫する。
 数々の重臣たちが戦死した結果、皮肉にも家中統一を果たした勝頼だったが、高級指揮官の不足による軍事力低下を挽回することができなかった。
 結局、七年後に行われた織田家の甲斐攻めに、少数の城が抵抗したのみで滅亡した。

 しかし、そんな親晴の思惑は、戦終盤に親晴方後陣を襲った火矢による霊装攻撃によって吹き飛んだ。
 悠々と撤退していたはずの親晴の顔が驚愕に彩られ、そんな顔を睥睨する珠希、という逸話は、瞬く間に肥後国全土に広がった。
 故にこれらかの戦の意味が変わる。
 火雲家当主による家中統一戦争から、火雲家家督相続争いによる内乱へと。






首脳会議?scene

「―――ほぉ、戦後というのにきれいなものですな」

 一月三〇日、八代城。
 ここに龍鷹侯国の外交団が訪問した。
 国家外交方針を決定することもあり、外交団の長は鹿屋治部卿利直だ。

「親晴殿も本気で攻略する気はなかったのでしょう」

 案内するのは、名島重綱。

「とにもかくにも、しっかりとした拠点があることはいいことです」

 龍鷹侯国の内乱では、忠流は流浪の民と化した。
 それに比べれば、熊本城、宇土城に続く難攻不落の堅城を持っている。
 負ければ終わりというギリギリの戦いをしてきた忠流方からすれば、うらやましい限りだ。

「といっても、私も内乱では鹿屋城にいて逼塞していたのだが」

 鹿屋家も内乱で長男・信直が貞流方に着き、忠流方に着くと決めた利直・利孝と対立して激突した。
 この大隅での勝利が、後の岩剣城の戦いまで続く決戦戦役を引き寄せている。

「治部卿、この部屋のようです」

 過去に意識を飛ばしていた利直を、連れてきた少年が現実に戻した。

「ああ、ここか」

 八代城天守閣大広間。
 再び姿を現した、珠希方の本拠地である。


「―――ようこそ、我ら聖炎
国は貴国の訪問を歓迎するよ」

 大広間に姿を現した外交団一行に向け、涼やかな声がかけられた。
 大広間の中を見れば、上座に少女が、彼女に一番近いところに名島景綱が座っている。
 彼らの対面は誰も座っておらず、そこには龍鷹侯国の外交団が座る予定なのだろう。

「どうぞ、お座りください」

 重綱の言葉に従い、利直たちは用意された場所に座った。
 因みに補佐役として、先ほどの少年は利直の隣に座る。

「まず、確認したいのですが、火雲家当主は珠希殿でよろしいので?」

 珠希方が聖炎国を名乗るのは、すでに火雲親晴が聖炎国を滅ぼし、虎熊宗国の一方面部将に成り下がったと判断しているからだ。
 故に次の戦では、容赦なく虎熊軍団が肥後国で戦うだろう。

「そう、僕が当主だよ。父上からもそう言われたからね」

 国家元首として、他国の外交官にタメ口を使う。
 年上に対する礼儀、というものが欠けているが、主君である忠流もそんな感じなので、利直はサラリと流していた。

「確認は終わりかな? だったら―――景綱」
「はっ」

 景綱は最初から用意されていた肥後国の地図に指示棒を滑らせる。

「現在、新生聖炎国に属するのは、八代、水俣、佐敷の南部三地区のみ」

 虎熊宗国側は、隈本、宇土、菊池、土地的に玉名など、北部が入る。

「阿蘇は中立・・・・というか応答がありません」

 元々、阿蘇は阿蘇神社が支配していた神域だ。

 それを聖炎国ができた折に、不可侵条約を結ぶことで聖炎国の経済圏に取り込んだ。
 動員を発する権限はなく、阿蘇勢は阿蘇が危険にさらされると判断した場合のみ、聖炎軍団に合流する。
 言わば、霧島騎士団が、足軽を揃えて豪族化したような集団だ。
 当然、霊能士の比率が高く、精強な軍勢である。

「となると、旗幟を鮮明にしていないのは、岩尾の柳本氏だな」

 岩尾城は宇土や八代の東部に位置し、管轄領域は広大だ。
 主に対日向国を想定しており、少数の戦力で戦えるように整備されていた。
 龍鷹侯国との戦で動員されることもあるが、主力部隊ではなく、別働隊を率いて人吉に向かうことが多い。

「敵になると・・・・戦力無効化に苦労しそうだね・・・・」

 岩尾衆を攻略するには、大軍での虱潰しの制圧戦しかない。
 そんな余裕はない聖炎国にとって、柳本の動向は気になるところだった。

「現状、聖炎軍団はいかほど集められるか?」

 利直が聞きたかったのは、これだ。
 兵糧状態が好転するとはいえ、あまり兵を動かしすぎるとすぐに底をつく。
 抑えられるのならば、抑えたい。

「八代衆、佐敷衆、水俣衆・・・・相次ぐ龍鷹軍団との戦いで疲弊しているが・・・・四〇〇〇は遠征軍に加えられる」
「四〇〇〇、ですか」

 利直は小さくため息をついた。
 十二万石程度の戦力。
 四九万石を領していた聖炎国がずいぶんと小さくなったものだ。

「龍鷹侯国の兵部省は、火雲親晴が危機に陥った場合における虎熊軍団の増援を八〇〇〇~一万と考えている」

 利直の隣の少年が紙を片手に言う。

「現在、九州に展開する虎熊軍団の重点は、肥前国村中城、筑前国久留米城、豊前国中津城」

 三城が三城ともに各方面の拠点だ。
 熊将が城代を務める城である。

「村中城代であった島寺が戦死したため、久留米城の熊将が村中に移って、対燬峰王国方面軍を編成中」

 少年は淀みない動きで、地図を指差していく。

「九州方面の虎将は、主力一万を率いて中国地方へ出兵。これに豊前衆二〇〇〇も加わっている」

 燬峰王国攻めに用意されたのは二万五〇〇〇。
 村中城に八〇〇〇、中国地方遠征に一万。
 残るは七〇〇〇だ。
 これに筑後衆や筑後国柳川城の軍勢が加われば、一万近くなるだろう。

「・・・・なるほど」

 珠希が頷き、それっきり黙り込んだ。
 彼女の脳裏には、親晴が動員できる兵力が試算されているだろう。

「隈本衆、宇土衆、菊池衆、玉名衆を併せ、約八〇〇〇だね」

 宇土衆は佐敷川の戦いで、菊池衆は佐敷城攻防戦でそれぞれ打撃を受けている。

「総勢一万八〇〇〇・・・・」

 消耗していない聖炎軍団の兵力に匹敵する。

「龍鷹軍団はいかほど?」

 皮肉にも戦いの主役である聖炎国の軍勢よりも、双方の援軍の方が大軍を動員できる。
 増援軍の数が、この戦の主導権を握る。

「銀杏国の動向が不透明な以上、日向は動かせない」

 それは通常動員数を下回るということ。

「おまけに内乱から続く損害も馬鹿にできないのでな」

 少年の言葉に、利直が付け足す。

「約一万といったところか」
「少ないね」

 思わず、といった形で、珠希は呟く。
 一万四〇〇〇対一万八〇〇〇。

「おいおい、俺らは援軍だろう? だったら、向こうの援軍とほぼ同数なら文句ないはずだ」
「ぐぅ・・・・っ」

 珠希は至極もっともな物言いに呻き声を上げた。

「・・・・というか、キミは誰だい?」

 珠希は、忠流の周囲が少年少女で固められていることを理解していた。
 内乱時代からの側近・御武幸盛、"霧島の巫女"・紗姫、護衛の加納郁、瀧井信輝、右腕とも称される鷹郷従流、さらには長井弥太郎なんかも加えている。
 この少年もきっとその中のひとりなのだろう。

(というか、こんなところに出てくるのならば、御武幸盛が濃厚かな)

 鷹郷従流ならば、利直ではなく、彼が上座にいるだろう。

「俺か?」

 地図から顔を上げた少年は、その女顔を指差して名乗った。

「俺は鷹郷権少納言忠流だ」
「・・・・えー」
「『えー』って何だよ!?」

 珠希の言葉に、思わずツッコミを入れる忠流。

「見えない、ってことでしょ」
「のわー!?」

 にゅっと肩越しに顔が出てきて、その顎が肩に置かれる。

「暇」
「お前は護衛だろ? 暇でいいんだよ」

 一応敵地に行くのだ。
 一撃必殺である<龍鷹>を連れて行くのは当然だ。
 そんな理論で、男装していた紗姫だったが、これ幸いとばかりに忠流をからかいに来たようだ。

「あ、お初です。霧島神宮の代表、紗姫と申します」

 忠流に絡んだまま、軽い挨拶を送る。
 この場は所詮、非公式。
 そういう態度を前面に出していた。
 また、龍鷹侯国が絶対な強者であることを示す。
 聖炎国にとって、龍鷹侯国との同盟は必須だ。しかし、龍鷹侯国にとって、聖炎国との同盟は必須ではない。

「それで? うちの軍を使おうって言うんだ。それ相応の対価はあるんだろうな?」

 無礼な物言いに、聖炎軍団を構成する部将が膝を浮かせた。
 だが、それを珠希は手で制す。

「水俣城の明け渡しだよ」
「・・・・は?」
「もちろん、期限付きだけどね」

 ポカンと口を開けた忠流の顔がおかしかったのか、クスリと笑った珠希は続けた。

「新生聖炎国の目的は肥後統一なんかじゃないよ。穗乃花帝国の末裔として、虎熊宗国を九州から追い出すことなんだ」

 珠希は忠流の目を覗き込み、囁くように告げる。

「龍鷹侯国も・・・・九州を統一することが第一目的だよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 龍鷹侯国、聖炎国の出席者は息を呑んだ。
 これまで、龍鷹侯国は対中華に特化し、国内の騒乱とは距離を置いてきた。
 だがしかし、忠流の代になって、北上を開始。
 日向や肥後で領土侵攻戦を行っている。
 獲得できた領土はほとんどないが、情勢は大きく違っていた。

「九州を統一して、中国の大軍に負けない兵力を装備することが目的か、倭国を統一することが目的かは知らないけど・・・・」

 「どちらにしろ、虎熊宗国と雌雄を決する気でいることは確実だよね?」と、忠流に匹敵する戦略家が言う。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 忠流は龍鷹軍団の北上に目的を宣言していなかった。
 他の戦国大名からすれば、領土拡張は当たり前だ。
 だが、龍鷹侯国は別だったのだ。

「俺の目的、か」
「ふぎゅ!?」

 まだ肩に顎を乗せていた紗姫の顔を掴んで引き離し、忠流は周囲を見渡した。
 誰もが、忠流の言葉に興味を示している。

「それは・・・・秘密だ」
「おお?」

 カクッと利直の肩が崩れた。
 同時に場に白けた雰囲気が漂う。

「少なくとも、国内で発表していないのに、こんなところで発表するわけにはいかんな」
「だね」

 戦略家同士は、分かったように頷いた。

「ま、水俣城は人質みたいなもんだろ?」

 聖炎国は水俣城を担保に、龍鷹軍団を家督相続に巻き込む。そして、家督相続の先にある虎熊宗国との戦いにも動員する。

「水俣城は、我が国の目的を果たした時に返して貰う」
「その時、我が国がそう簡単に返すと思うか?」
「ふ、そうだね」

 微笑みを浮かべた珠希が立ち上がり、傍にあった小太刀を手に取った。

「その時は、戦争しようよ」

 鋒を忠流の前に突き出す。

「へ、いいね、その考え」

 周囲の軍人が立ち上がって武器を構える中、座ったままの忠流は不敵な笑みを返した。






鷹郷忠流side

「―――さてさて、忙しくなるな」

 八代城からの帰り道、忠流は隣に並んだ紗姫に話しかけた。

「そう仕組んだように見えるけど?」
「おいおい、さすがに珠希嬢が生きていたのは、予想外だったぜ」

 忠流が聖炎国にまいた種は、虎熊宗国との融合で反発するであろう豪族の調査だ。
 それに介入し、一気に聖炎国を切り崩す。
 正直、内乱を利用しなければ、西海道一の堅城・熊本城を攻略する自信はない。

「旗印がいるのは好都合だ」

 何せ、内乱に介入した後の領土統治は難しいものだっただろう。
 しかし、珠希率いる聖炎国が肥後を治めるのならば、龍鷹侯国は苦労しない。

「勝てるの?」
「・・・・勝つさ、他の力を借りて、な」
「?」

 龍鷹侯国は倭国最南端に位置する国だ。
 その地勢が、これから生きてくる。

「伸びに伸びた長い鼻をへし折った奴との会談はどうだった?」
「・・・・最近思うが、化けの皮が剥がれてきているぞ?」

 前はふたりの時だけため口だった。
 しかし、最近はいつでもこの調子だ。

「面倒になりました」
「身も蓋もない」
「素直でいいでしょ?」

 にこっと笑みを見せる姿はかわいらしい。
 実際に行動も小悪魔チックで、かわいいと言えよう。

(だがしかし!)

 小悪魔チックに巻き起こす騒動が、大人しいとは限らないのだ。

(振り回すのは俺の得意分野というのに・・・・)

「で、どうだった? 珠希さん」
「・・・・正直、奴が男に生まれてたら、俺の短期決戦戦略は生まれてなかったな」

 忠流が聖炎国を組み安しと見たのは、後継者である親晴が養子だったからだ。
 珠希が男だった場合、その問題がなく、優秀な御曹司の元、聖炎軍団は強敵になっていただろう。

「だが、そんな恐ろしい奴が今度は味方だ」
「よかったね」

 なでなで。

「・・・・なぜ、俺は頭を撫でられている?」
「頑張ったからいいことがあったの」
「・・・・お前に、素直に褒められると、寒気がする」
「・・・・・・・・消し飛ばそうか?」

 にっこりとした笑みが、キラリと金色に輝く。

「飼い主虐待反対」
「飼い主言うな!」

 馬を寄せてきて、体当たりしてきた。

「あれ? そういえば、馬に乗れるようになったのか?」

 都井岬で見た時は、危なっかしく乗っていたものだ。

「引いてさえもらえば、どうにかなります」
「つまり、走れないわけだ」

 普通、歩く場合は、馬は人が引くことが多い。
 如何に慣れた馬とは言え、急に暴れることがある。
 このため、馬の世話をしている人間が引くのだ。

「霧島とか、馬に乗れた方が便利だろ?」
「そうだけど・・・・」

 弱いところをつかれたのか、視線を逸らす。

「最近、ぴゃーと飛んだ方が早い気がしてきて・・・・」
「どんどん人間離れしていくな」

 この前も天守閣に飛び込んできた。

「っていうか、お前は人間なのか?」

 いくつかの霊装を見てきたが、<龍鷹>のようなタイプは知らない。

「私は言わば、<龍鷹>の御霊を降ろしている状態」

 巫女は、その身を媒介に神と交信してきた歴史を持つ。
 その方法として、神を身に宿すものがある。

「だから、私は人間。ただ・・・・最近、神々が活性化しているから、その煽りを受けてるかな」
「・・・・やっぱり、活性化しているのか・・・・」

 ふたりの会話の特徴は、コロコロと話題が変わること。
 そして、何の前段階もなく、いきなり重い話になることだ。
 さらに、その重い内容とは思えない、軽いテンポで交わされる。

「何人か、選んだ? 霊装使い」
「側近中の側近と・・・・遊撃隊を率いられる人材となれば、限られているからな」

 瀧井信輝、加納郁、御武幸盛、長井弥太郎。

「他に部隊を任せる重要人物としてならば、長井衛勝、武藤統教、鳴海盛武が上がるか」

 この三名は、龍鷹軍団主力軍侍大将だ。

「どうやら、虎熊軍団の有力武将は、霊装を使っているようで」

 霧島騎士団が、独自の情報網で虎熊軍団を調べたようだ。

「そちらの方をしっかりしなければ、これからの戦、負けるよ?」
「分かっている」

 黒嵐衆の調べでは、元々、霊装を多用したのは、出雲勢力のようだ。
 出雲大社の勢力である彼らは豊富な霊装を使って、虎熊軍団の遠征軍を退けた。
 その経験から、虎熊軍団は霊装の発掘を行ったのだ。

「これからは・・・・宗教勢力同士の戦争にもなりそうだな」

 龍鷹侯国の霧島。
 聖炎国の阿蘇。
 燬峰王国の雲仙。
 虎熊宗国の太宰府、宇佐、ふたつの住吉。
 銀南国の西寒多。

「ま、『私』級なんて滅多にない上、使える人間は限られているから」
「対軍霊装は気にしなくていいってか?」
「そ。ただまあ、対陣霊装くらいはあるから、念頭に置いて戦いなさい」
「一瞬で敗北することはないが、壊滅的打撃を受けることはある、か・・・・」

 一大決戦ならば、許容できる範囲かもしれない。だが、戦役全体を考えた場合、やはり無視できない。

「今度、出陣するまでに候補者全員で霧島に行くか」
「待ってるわ」
「過激な歓迎はいらないぞ」

 紗姫ならば、境内に入った瞬間に攻撃とかしてきそうだ。
 乗り切ったら乗り切ったで、「選考試験です」とか言いそう。

「・・・・つまらない」
「拗ねるなよ」

 唇をとがらせて、分かりやすく拗ねた紗姫に溜息混じりに言った。

「それに、内乱前よりは楽しいだろ?」

 ニカッと笑みを向ける。

「ええ、外に出られたからね」

 その笑みに応えた紗姫は、すぐに視線を前へと向けた。
 そこには、錦江湾が広がっている。

「おや?」
「あん?」

 何かに気付いた紗姫が声を上げた。
 それに反応した忠流が、目をこらして錦江湾を眺める。

「・・・・こりゃまたすごい数の船が浮かんでいるな」

 ここからではひとつひとつの船は分からない。だがしかし、錦江湾にびっしりと黒い物体が浮いているのならば、それは船の集合体なのだろう。

「・・・・皇女様のご帰還ね」
「・・・・だろうな」

 桐凰家が、はりきって百隻を超える輸送艦を送ってきたに違いない。
 もちろん、その中身は兵糧だ。
 龍鷹軍団の頭を押さえつけていた兵糧問題の解決。
 西海道に、戦雲が満ちてきた。




 鵬雲四年二月七日。
 龍鷹軍団は総勢一万一〇〇〇の軍勢を肥後戦線に投入する。
 虎熊軍団は激化する出雲勢力との戦闘、岩国攻めに主力を投入しており、熊本への派遣は限定的だった。
 故に、聖炎・龍鷹連合軍は、熊本勢を撃破して熊本城を陥れるには、今が好機だ。
 ふたりの戦略家は、同じ判断の下、即刻、熊本城を陥れることとした。
 西海道屈指の堅城・熊本城。
 次の戦役は、熊本城の戦いである。










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