第二戦「竜の挫折と炎の再起」/四
虎熊宗国の惣領家・虎嶼氏。 虎嶼氏の版図は筑前、豊前、長門、壱岐、対馬、筑後東部、周防西部、石見南部、肥前北東部と九ヶ国にまたがる。 龍鷹侯国が薩摩、大隅、日向南部、肥後南部の四ヶ国に比べると、国数は倍以上だ。 そのスケールの大きさは、本拠である福岡城にも表れていた。 筑前福岡城は、約25万平方メートルの敷地を持つ、西海道一の巨城である。 さらに北方の名島山には、水軍の拠点として名島城が、立花山には後詰部隊の拠点である立花山城が設けられている。 福岡城を攻める軍勢は福岡城を包囲するために二万以上、中国地方からの増援が上陸し、拠点とする名島-立花に一万以上。 合わせて四万弱の戦力が必要になる。 また、虎嶼家は豊後の銀杏国とも同盟を結んでいた。 まさに鉄壁、そして、数の暴力。 それが虎嶼家だった。 「―――はい、どうぞ」 「うむ・・・・」 鵬雲三年十一月二日、福岡城。 ここで、虎嶼家当主・虎嶼持弘は愛妾を侍らせて酒を飲んでいた。 「ささ、もう一献」 「うむ」 持弘の日課は酒を飲むことだ。 元々、酒の量は多かったが、二年前を境に一気に増えた。 その二年前、勢力の絶頂にあった虎熊軍団が、壊滅的な大敗を喫した。 相手は、出雲、石見北部、安芸北部、伯耆西部を領する出雲勢力だ。 持弘は後継者と目論む次男・好弘を伴い、四万の大軍を率いて山口を出発。 途中、浜田にて出雲勢一万五〇〇〇と激突、これを撃破して、本城・出雲杵築城を包囲した。しかし、別働隊が詰城である月山富田城の攻略に失敗し、月山富田城勢力が退路を遮断、水軍も宍道湖口で敗北する。 兵糧の危機に陥った虎熊軍団は裏崩れを起こして潰走し、持弘も山口にわずか五〇騎で帰還した。 だが、好弘は帰らなかった。 家督自体は知勇兼備の名将と称される長男がいるために安泰だ。 それでも可愛がっていた息子の死に、持弘は細かい政務を放棄するようになる。 現在、虎熊宗国を取り仕切っているのは、長男と家老衆である。 「して、聖炎国はいかが致しますの?」 「・・・・うむ」 細かい政務を放棄しても、最終決定権を持っているのは持弘の気分だ。 「親晴の奴、意外と切れ者よの」 龍鷹軍団の北上には驚いたが、聖炎軍団が佐敷城を奪還したとのこと。 火雲親家亡き後、家督を継いだ親晴率いる聖炎国は虎熊宗国の属国のようなものだ。 龍鷹軍団を抑え込めるのであれば、燬峰王国を滅ぼすことは容易である。 事実、一虎を総大将にした二万五〇〇〇を派兵するつもりだった。 すでに先遣隊八〇〇〇は、村中城に集結している。 朝鮮半島や中国大陸から、兵糧調達が完了すれば、出撃する手はずだった。 「―――申し上げます」 障子の向こうから、小姓の声がした。 「後にせい」 いい気分で酒を飲んでいたが、小姓の声色からいい話ではないと判断した持弘は、問題の先送りを決める。 彼が動かずとも、長男たちが何とかするだろう、との信頼からだ。 というのは建前で、面倒なだけだった。 「・・・・は、しかし・・・・ご家老衆から意見を聞いて来いと・・・・」 (そういえば、奴は久留米城におったな) 決定権を持つ長男は、燬峰王国討伐の最終調整のために久留米城を訪れている。 福岡城に残っているのは、軍事決定権がない文官の家老たちだった。 「聞こう」 「はっ、失礼いたします」 障子越しでは声がくぐもって聞こえにくい。 だから、彼は障子を開けて部屋の中に入ってきた。 持弘に平伏しようとし、愛妾に視線を向けて顔をしかめる。 軍事の話だというのに、愛妾は席を外すどころか、持弘にしなだれかかったままだったからだ。 「なんだ?」 じろりと持弘に睨まれ、慌てて平伏した。 「周防より急使が参りました」 「周防?」 周防東部には二年前に反旗を翻した椋梨氏がいる。 石高は小さいが、岩国城は堅城だった。 過去二度の攻略軍を派遣したが、二度とも敗北している。 現在は茶臼山城、琴石山城、三丘嶽城を最前線とし、岩国側の瀬田城を睨んでいた。 「周防衆が、椋梨勢に撃破されました」 「・・・・なに?」 椋梨勢二〇〇〇は、柳井方面の軍勢を誘き出して野戦にて撃破。 そのまま茶臼山城を陥れ、琴石山城を攻撃中である。 また、三丘嶽城が瀬田城は手薄と見て押し寄せたが、熾烈な抵抗に合った。 「ふん、その程度、熊将が対処しように」 「そ、それが・・・・出雲もきな臭い動きをしているようで・・・・」 防長主力軍はそれに備えたいとのこと。 また、中国地方の虎将は、長男である。 国政代行のために山口を空けていたのだ。 「たかが二〇〇〇だ。同数を送ってやればいいだろう」 「御館様、それは違うかもしれません」 愛妾が口を挟んだ。 軍事に女が口を挟むなど、本来あってはいけないことだ。しかし、小姓は先程持弘に睨まれたので、何も言わなかった。 また、持弘も気にしなかった。 「どういうことだ?」 「なぜ、今になって椋梨勢が攻めてきたかはわかりません」 愛妾は耳元でささやくように、甘い声で彼に告げる。 「ですが、せっかく岩国から出てきたのです。ここは一気に攻め滅ぼすべきでは?」 「しかし兵糧がないぞ?」 三方面で軍事行動を起こすほど、虎熊軍団の兵糧はない。 「燬峰軍団向けの兵力を使えばいいのです」 どうせ滅ぼすのならば、少ない兵力で落とせる岩国を選ぶべきだ。 特に兵糧が心もとないのならば。 「・・・・一理あるな」 「し、しかし、それでは―――」 「黙らっしゃい! 御前のお考えですよ!?」 戦略転換に驚いた小姓が口を出すが、逆に愛妾に叱責された。 「よし、決めた! 燬峰王国討伐を中止! 現在ある兵糧で動員できる兵力を岩国に向ける!」 持弘は酔いの回った赤ら顔でそう宣言する。 こうして、虎熊軍団西海道方面軍の一部は、生意気な岩国城を攻めるために方向転換した。 鷹郷忠流side 「―――そうか、虎熊軍団は本州に渡る動きを見せたか」 鵬雲三年十一月十三日、薩摩国鹿児島城。 忠流は天守閣大広間で、脇息に肘をついた頬杖状態で黒嵐衆の諜報結果を聞いていた。 龍鷹侯国は、先の沖田畷の戦い以降、多数の透波を虎熊宗国に放っている。 諜報活動に消極的だった聖炎国と違い、虎熊宗国は諜報活動に積極的で、何人かの忍びが返り討ちに合っていた。 だがしかし、そんな状況でも比較的簡単に、虎熊軍団の動きが分かるのだ。 なにせ領土の真ん中に関門海峡が横たわっている。 九州と本州を軍勢が行き来する場合、大量の船がそこに浮かぶことになるのだ。 「ははっ。おそらくは岩国攻めかと」 「想定通りだな」 忠流は満足そうに頷いた。 龍鷹軍団以上に兵糧不足に陥っていたのは、燬峰軍団だった。 雲仙普賢岳の直下であったこともあり、飢饉が発生していたのだ。 これを機に、熊将が討たれた虎熊宗国が反撃を企画していた。 忠流が桐凰家に売却する鉄砲を、岩国に売った理由のひとつに、この事態を回避する目的があった。 つまりは、岩国勢が鉄砲を手に、虎熊軍団に押し込まれた状況を打破しようとすることを予想し、虎熊軍団の矛先を燬峰王国から逸らしたのだ。 燬峰軍団用の戦力に、岩国が耐えられるかどうか知らない。しかし、過去に二度も進行を跳ね返した岩国城は、急ごしらえの遠征軍に負けるとは思えない。 十中八九、岩国戦線は長期化するだろう。 この間に兵糧等の軍備を整える必要があった。 「して、我々はどう動きましょう?」 軍事を預かる鳴海陸軍卿直武が忠流に質問する。 兵部省は忠流の戦略を実行段階に持っていく、言わば作戦指揮の部署だ。 故に忠流からの指示がなければ、軍備を整える以外することがない。 「そーだなー」 現在、佐敷戦線に敗北したことで、出陣している軍勢は水俣地方のみだ。 この戦域も大きく縮小し、薩肥国境維持と水俣地方の久木野城を確保しているのみである。 佐敷川の戦いにおける電撃作戦で得た、肥後本土の占領域はほぼ奪還された。 天草諸島は燬峰王国に譲り渡しており、佐敷川の戦いは燬峰王国のひとり勝ち状態だ。 「ま、肥後戦線はそのうち動きがあるだろう」 忠流は軽く流した。 現状、龍鷹侯国から仕掛けられることはない。 蒔いた種の芽が出るまで待つしかない。 「今、俺たちにできることは即応体制を整えることだ」 忠流が目指す、陣触れから出陣までの期間短縮。 これが実現すれば、決戦場に辿り着くまでに勝負を決めることができる。 「街道の整備、各地点での物資集積、旗本衆の充実、敵状把握の速度と正確性・・・・」 指を折りながら問題を数える忠流は、一見かわいらしい。しかし、実行しなければならない各担当者が顔を蒼くしている光景は、不気味だった。 その光景を見て、さらに忠流は笑みを深める。 「―――失礼します!」 評定の途中だが、元気な声が廊下から聞こえた。 「弥太郎か・・・・入れ!」 「へい!」 声の主は長井兵部大輔衛勝の嫡男、弥太郎だ。 大人顔負けの体格だが、まだまだ元服前の子どもである。 「んー! んんー!!」 たとえ、簀巻きにされた大の大人を担いでいたとしても、子どもである。 「んんー!?」 「うるさい。大の大人が簀巻きにされた程度で騒ぐな」 「いや、騒ぐでしょ」 護衛として傍にいる加納郁の言葉を無視し、忠流は簀巻きにされた男を睨みつけた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 まさか怖かったわけではないだろうが、彼――藤川晴祟は沈黙する。 「外せ」 顎で弥太郎に藤川の口を覆う布を外すよう指示した。 弥太郎は簀巻き状態はそのままで、布を外す。 「ぷはっ」 苦しかったのだろう。 外された瞬間、彼は何度も大きく息を吸い込んだ。そして、呼吸が整うと、もぞもぞと体を動かし、頭を下げた。 「申し訳ありません! 多大な犠牲を払って落とした佐敷城、奪還されました!」 額を畳にこすりつけ、その場全員に謝るような大声を出す。 「その上、おめおめと生きて帰り―――」 「黙れ」 不機嫌な声色に今度も藤川は黙った。 「俺が怒っているのは、佐敷城が陥落したからじゃない」 「え?」 「城を枕に討ち死にしようとしたからだ!」 「でも、選択の自由を与えたんじゃありません?」 末席に座る紗姫のツッコミには、反応を返さない。 「まあ、俺も帰還命令を出さずにいたのが悪いが」 「わかっているのですね」 「・・・・とにかく! 貴様ともあろう者が龍鷹軍団の現状を理解していないとは!」 無視するのに苦しくなった忠流は、大声を出して話を進めた。 「・・・・理解はしました。そして、聖炎軍団の重鎮である十波政吉を討ち取れば、当方に有利になると判断したのです」 領土を失うのであれば、名のある敵将を討ち取る。 それで戦果を得ようとしたのだ。 「馬鹿だな。お前と十波の命が釣り合うとでも?」 藤川の覚悟を鼻で笑い飛ばした忠流は、あまりの物言いに諌めようとした直武を手で制す。 「お前の方が何倍も命が重いに決まっているだろう?」 歴戦の侍大将と素人の部将。 どちらが軍団にとって必要かは明らかだ。 「佐敷城将の任を解くから、旗本衆の部将として復帰しろ」 「・・・・咎めは?」 「はあ? あるわけないだろ。むしろ俺が咎められるべきだ」 忠流は眉を顰め、怪訝な顔をする藤川に言った。 「今回の敗戦は俺の戦略的失敗だ。まさか聖炎国と虎熊宗国が結ぶとは思わなかった」 「養子縁組をした仲だったのにな」と自嘲気味に笑う。 「これからは龍鷹・燬峰連合軍と虎熊・聖炎・銀杏連合軍の戦いになる」 周囲を見回し、重臣たちの顔を見た。 「これまでは、戦力的に勝っていた相手としか野戦をしていない」 聖炎国は龍鷹軍団よりも数千少ない戦力だった。そして、中華帝国との戦いは、主に海上だった。 技術力や訓練度が勝敗を左右する海戦と違い、陸戦は数こそが第一勝因だ。 「敵の正面展開兵力は五万を超えるだろう。そして、肥後方面と日向方面の二正面作戦になる可能性が高い」 現在、銀杏国に南下の動きは見られない。しかし、日向北部の神前家に接触しており、虎熊軍団と呼応して南下する可能性はあり得た。 「日向方面は高城、高鍋城も小城の域を出ない。といっても今から築城する時間も資金も立地もない」 高鍋城は日向国の拠点として大改修していたが、それでも銀杏国の大軍を押しとどめられるほどではない。 高城川北岸に位置する高城も堅城ではあるが、大軍を前にしては陥落を免れないだろう。 「絢瀬、日向国は如何ほど用意できる?」 今日のために日向国高鍋城からやってきた絢瀬晴政に忠流が聞いた。 「高鍋、小林、都城、飫肥を合わせて約四〇〇〇。高城の香川氏は約五〇〇で、四五〇〇です」 銀杏国は約五〇万石。 約一万八〇〇〇。 「神前と共に攻めてくるのならば、二万になるか・・・・」 直武が苦しそうな顔で呟いた。 龍鷹軍団の通常動員力は二万二〇〇〇だ。 単体だけでも、総力を挙げて迎撃する必要がある。 「肥後方面で迎撃するにも、人吉城は損壊し、川内城も荒廃したままじゃな」 直武が地図を見下ろしながら言う。 「やはり野戦しかないでしょうな」 龍鷹軍団最強部隊を率いる衛勝も続く。 「数万の部隊が展開できる場所と言えば・・・・やはり川内平野しかありません」 北薩の戦いでの龍鷹軍団と聖炎軍団の主力が激突した場所だった。 「今年一年は防衛態勢を整えることに従事することを進言致します」 民部卿である御武昌盛が手元の書類を見て言う。 そこには兵糧の在庫が示されていた。 (んー戦がないと・・・・鈴の音を誘い出せないが・・・・) 方法はどうあれ、鈴の音は龍鷹侯国の版図拡大を目指していたはずなのだ。 そこで候補者である昶を京に帰すことで不在とし、領土拡大軍事作戦によって鈴の音が現れるか試したかった。 また、突発的に生じた聖炎軍団の反攻作戦では鈴の音は確認されていない。 (やっぱり、皇女が鈴の音・・・・?) 昶の実家である桐凰家は朝廷母体故に周辺諸国と結びにくい。 しかし、分家である鷹郷家が治める龍鷹侯国は遠いが、確実な同盟国だ。 だというのに先代候王である鷹郷朝流は戦力拡大に否定的だった。 これでは、列島再統一を掲げる桐凰家の計画が遅れるだろう。 (だから、鈴の音が・・・・?) そこまで考え、忠流は小さく頭を振った。 もし、そこまでの力があるならば、直接桐凰家のために使った方がいい。 桐凰家は大坂の宗教勢力ときな臭い雰囲気になっている。 民衆を戦力の主力にし、坊主という霊能士を抱えるその宗教勢力は、教祖のカリスマで組織化されていた。 もし、その教祖を暗殺することができれば、桐凰家の敵は戦わずして瓦解するだろう。 (鈴の音は・・・・なぜ、龍鷹侯国に肩入れする・・・・?) 「兄上?」 返事がないことを疑問に思った従流が問いかけてきた。 「あ、ああ・・・・悪い」 忠流はもう一度頭を振る。 「とにかく、聖炎国攻略の戦略は練り直しだ」 周囲を見回し、重臣たちに言い聞かせる。 「だが、いつ事態が急変するかわからない」 聖炎軍団の佐敷城攻撃も、龍鷹侯国――忠流からすれば急だった。 内乱や佐敷川の戦いでは冴えわたり、戦域全体を管理した忠流だが、今回は違う。 忠流の勇名に頼り切っていた龍鷹軍団が痛い目を見た。 宿敵のしぶとさに、新生龍鷹軍団の長い鼻がへし折られたのだ。 「いざという時の働きに期待する」 忠流がそう言った時、重臣たちの目が変わっていた。 もう、油断はしない。 最果ての国を形成する重臣たちが、若き戦略家に依存していた勇将たちが、ついに目を覚ましたのだった。 「―――あなたでも負けるのね」 自室に戻った忠流を訪ねた紗姫は、開口一番厳しい言葉を放った。 「あ?」 忠流が胡乱な視線を紗姫に向ける。 その手元には徳利が握られており、お膳の上には少量の夕食と杯があった。 お膳の脇には二つの徳利が転がっており、すでに四合以上の酒を摂取したことが分かる。 「・・・・ヤケ酒? 体が弱いのに?」 「うるさい。酔いで体が火照ろうが、熱で火照ろうが結果は一緒だろ」 空になった徳利をお膳に置きながら、忠流は言った。 「で? 何しに来た?」 「慰めに?」 「疑問系かよ」 紗姫は忠流の対面に座り、目を閉じる。 『貴様が負けるのも無理はない』 再び目を開けた紗姫の口から出たのは、同じ声色だが、違う声だった。 『貴様の戦略に、我々に対する策がない』 声の主は<龍鷹>だ。 「"鈴の音"対策関連で、霊能士を増やしているが?」 『甘い。霊装の相手は霊装じゃぞ?』 確かにそうだろう。 鉄砲を超える射程距離を持つ<龍鷹>。 これを防ぐには、大規模な霊術か霊装が必要だ。 「だからってどうしろって? 神社でも襲撃しろってか?」 霊装が眠っているのは、大体が神社である。 ご神体になっているものや宝物庫に仕舞われているもの、果てには邪なものとして封印されているものもある。 『そうではない。そもそも霊装は手に入れるだけでは目覚めはせん』 「じゃあ、どうしろと?」 『集めろ。そのうち、いくつかは龍鷹軍団の武者に適合するだろう』 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 そうしたところで、勝てるのだろうか。 「不安?」 今度は紗姫自身の声がした。 知らず知らずの内に、忠流は俯いていたようだ。 「あなたには時間がない」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「おまけに自分が特別な存在ではないと分かった」 内乱や佐敷川の戦いで大勝したことによって、自分は特別だと勘違いした。 故に多少無理な戦略で臨んだ佐敷城攻防戦に敗北。 「・・・・俺は、何なんだろうな・・・・」 戦略家として大したことがない。 戦術家としてもいまひとつ。 満足に直卒部隊を指揮できない。 (俺は・・・・部将として、失格だ・・・・) 自分の命が短いならば、短いなりに成果を残そうとした。 だが、またしても時間が忠流の前に立ちはだかった。 来年には解決するであろう兵糧問題。 虎熊・聖炎・銀杏連合軍に対する守勢防御。 (龍鷹侯国を大きくするつもりが、存亡の危機を招いてしまっている) 「情けない・・・・」 忠流は紗姫から顔を隠すように俯いた。 内乱で勝てたのも、鳴海直武を筆頭にした重臣たちの働きだ。 佐敷川の戦いで勝てたのも、父祖が残した海軍の働きだ。 「俺は何もやっていない・・・・っ」 ぎゅっと拳を握り締め、零れ落ちそうになった涙を堪える。 「もっと・・・・もっと時間があれば・・・・ッ」 敵軍の攻勢を躱しつつ、龍鷹軍団の強化が図れたはずだ。 忠流が、余命宣告を受ける前に想定していた準備期間は三年。 それを前倒しにした結果が、今だ。 「どうして・・・・俺の命は・・・・」 「大丈夫」 近寄ってきた紗姫が、そっと忠流を抱き締めた。 「私が協力してあげる」 シャランと紗姫の手首で鈴が鳴る。 忠流は鈴の音色の意味に気付かず、ゆっくりと目を閉じた。 |