第一戦「泰妙寺の変」/ 三



「―――珠希様はやりますな」

 鵬雲三年九月九日、肥後国隈本城本丸。

「・・・・ふん」

 火雲親晴と国木田政次は天守閣の一室にいた。

「水俣城から退かせることには失敗しましたが、津奈木城を抑えたことで、龍鷹軍団は佐敷城の救援に遅れることになりますな」

 津奈木城が陥落した龍鷹軍団は戦線を大きく南に下げる。
 水俣城の簡易包囲すら解き、長井兵部大輔衛勝を中心に軍勢の立て直しを図っていた。
 尤も水俣地方はまだまだ龍鷹侯国に占領されている部分が多く、完全な奪還には至っていない。
 立石勢と長井勢の小競り合いは続いているが、一兵一兵の強さが違う。
 戦略で出し抜かれて水俣城を失陥せぬよう、珠希は立石元秀に城を空けぬように厳命していた。

「龍鷹侯国はやはり兵糧がないのでしょう。一度は佐敷城近くまできた佐久勢も引き返しました」

 おもしろくなさそうな親晴の表情に気づかず、国木田は話を続ける。

「これも虎熊宗国が兵糧を工面してくれたおかげですな」

 石高に勝る龍鷹侯国が軍事行動を起こせぬというのに、より雲仙普賢岳に近い聖炎国が動けるわけ。
 それは大量の兵糧を虎熊宗国から分け与えられたからだった。

「大陸とのつながり、まことに恐ろしい」

 虎熊宗国は中華帝国と貿易することで、食糧難を乗り切ろうとしている。だが、虎熊宗国は山陽・山陰ともに軍事行動の真っ最中だった。
 このため、如何に兵糧問題を解決し、兵糧に苦しむ龍鷹・燬峰連合軍に優位に立てる状況であっても兵がいない。
 ならば、聖炎国に兵糧を渡し、龍鷹侯国を攻撃してもらった方がいい。
 という判断で、兵糧をもらった親晴は父兄の言うがままに軍事行動を起こしたのだ。
 その大戦略は珠希の戦略と相まって戦略家・鷹郷忠流を撃破した。

「親晴様、聖炎軍団全軍を南下させ、佐敷城を血祭りに上げ、水俣に跋扈する龍鷹軍団も撃破いたしましょう」

 国木田は地図を指し示しながら言う。

「そうすれば、北薩の戦い時代に戻ります。いいえ! その勢いのまま人吉城に押し入れば、容易に陥落できるはずです!」

 そうすれば、再び肥後を統一することができる。
 また、今度は一方的に龍鷹軍団が被害を受けるのだ。

「―――おもしろくないな」
「・・・・は?」

 惚けた返事を返した側近に、親晴は唸りを上げるように言い放った。

「おもしろくないと言ったんだ」

 親晴は視線を地図に下ろす。

「俺は珠希が失敗することを望んでいた」

 佐敷城の戦いで、火雲親家が廃人と化した今、親晴が近いうちに家督を継ぐはずだった。だがしかし、如何に器があろうと虎熊宗国の人間であった親晴に対する老臣の目は冷たい。
 対して、男勝りで武勇もある珠希への期待は大きかった。
 この時代、女の地位も向上しており、女城主という言葉も多く聞くようになっている。
 同じ有能ならば血筋を優先させる者が多いとわかった親晴は、珠希に軍事行動を任せることにした。
 表向きは自分が動かぬことで、龍鷹軍団に反攻作戦を気取られぬためと言い繕った。
 ここで、珠希率いる反親晴予備軍が壊滅すれば、火雲家の家督は悠々と親晴に転がり込む。

「それがなんだ!? あっさりと勝ちやがって! しかも、鷹郷忠流をもう少しで討ち取れただと!?」

 頭にきて、親晴は立ち上がって脇息を蹴飛ばした。

「火雲家と隈本城は俺のものだ!」

 親晴の目は完全に嫉妬に支配されている。
 親晴はせっかく手に入れた地位、手放す気は毛頭なかった。

「―――珠希様が凱旋なさいました!」

 報告とともに大手門辺りが騒がしくなる。
 彼女が人気である証拠だ。

「ふん、珠希よ。貴様が女であることを忘れるなよ」

 親晴は意気揚々と馬で登城してきたであろう義妹に語りかける。
 主の嫉妬心に、国木田は平伏するしかなかった。




「―――ふぅ、出頭命令とは・・・・」

 珠希は集まってきた家臣たちに持ち場に戻るように告げながら本丸まで来た。

(佐敷城は未だ健在。人吉城からの道もふさいでいない以上、ボクが現場から離れるわけにはいかないのに)

 今回は龍鷹軍団が受け身に回ったが、次の戦いでは龍鷹軍団が反撃してくるのは目に見えている。
 そのため、この時期はそれに対応する策を講じるためのものだ。

「ま、増援要請くらいしておくかな」

 現在は八代勢が主力となっている。しかし、虎熊宗国と蜜月である以上、北方の軍勢を南下させても問題ないはずだ。
 一〇〇〇が加わればできることはたくさんある。

「―――来たか」

 天守閣の大広間に向かう道の途中、背後から声がかかった。
 背後を歩いていた護衛の女性はすぐさま彼に跪く。

「義兄上・・・・」

 向かっていた先にいた彼が、後ろにいた。
 彼も数人の護衛を従えている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 珠希も自分の活躍で年寄り連中が騒いでいることに気がついていた。
 年寄り連中は帝国時代を親から聞いた者も多い。
 つまり、虎熊宗国に対して反感を持つ者が多いのだ。
 その年寄りが多い隈本城に暮らす親晴としては暗殺されてもおかしくない故に、気を遣っているのだろう。

「報告は受けている。よくやったな」

 そう言い、親晴は珠希が脇に避けたことで空いた道を歩き出した。

「父上も喜ばれるだろうに。・・・・・・・・本来であれば」
「・・・・くっ」

 報告によれば、珠希の活躍を知らされた父は、前以上に塞ぎ込むようになったらしい。
 心に詳しい医師によれば、自分が敵わなかった相手に娘が勝ったことが精神的打撃になったと思われる、と。
 珠希が帰還を決めた理由には、父と話したいという思いが強かったからだ。

「さて」

 大広間につき、親晴は嫡女である珠希に気にせず上座に座った。

「これからどうしたいんだ?」
「・・・・まず、完全に佐敷城を孤立させるため、人吉へ至る道を封鎖するよ」

 珠希の戦略をまとめるとこうだ。
 単独でも一〇〇〇近い戦力を動員できる佐久勢に対し、三〇〇程度当てる。
 数は少ないが、球磨川に沿って伸びる街道は狭隘であり、兵力の優劣で勝敗は決しない。

「八代衆だけでは無理だな」
「だね」

 あまり気に入っていないが、親晴は暗愚ではない。
 必要な戦力を的確に把握し、現在展開している兵力では無理なことを正確に導き出した。

「菊池衆、玉名衆、山鹿衆のいずれかを派遣してもらえば水俣に再び進出する龍鷹軍団の抑えにもなるよ」

 水俣に展開する長井勢は二〇〇〇ほどになっている。
 水俣勢は八〇〇まで回復しているが、長い籠城戦で疲弊していた。
 津奈木城辺りに一〇〇〇が展開していれば、長井勢もなかなか動けないだろう。そして、津奈木城にいる名島重綱を佐敷城に戻せば裸城である佐敷城も落としやすくなるだろう。

「なるほどな」

 親晴は脇息に肘をつき、頬杖をつきながら応じた。

「それはもう名島景綱には知らせているのか?」
「うん。当然、軍を動かすのは八代衆の長でもある伯父上の仕事だから」

 珠希は考えるだけだ。
 実際の部隊配置や指揮は名島景綱が行っている。そして、珠希は先の戦略をすでに景綱に伝えていた。

「ならば、お前が前線にいる必要もないな」
「え?」






佐敷城攻防戦scene

「―――撃てぇっ!」

 鵬雲三年九月十三日、今日も佐敷城では銃声が轟いていた。
 聖炎軍団二五〇〇に対し、藤川勢は八〇〇。
 しかも、佐敷城は破損している状況。
 それでも、佐敷城は十日近く、堪え忍んでいる。
 それも防衛線を大きく引き下げて、迎撃密度を高めているからだ。

「さすがは、内乱で名を上げた戦闘指揮官、と言ったところか」

 本陣で床几に座り、戦況を眺める名島景綱は感心したように頷いた。

「城の大々的な修理は行っていなかったようですが、本丸を中心に応急処置はなされているようですね、父上」
「ああ。龍鷹侯国は石垣を積んだ大規模築城術こそ有しておらんが、野戦築城能力は高い」

 景綱はいくつも積まれた土嚢を見やる。

「おおかた、城跡に急ごしらえの陣地を築いた、という感覚だろう」

 急ごしらえ故に、長期戦には向かない。

「前線の二の丸さえ突破すれば、すぐに陥落できそうですね」

 今の佐敷城に縦深防御という概念はない。
 持てる戦力の全てを前線に展開して、聖炎軍団の猛攻に耐えているのだ。

「ただ、飛び道具が多すぎて障害物の撤去に近づけない状況です」

 重綱は先ほどまで前線で指揮を執っていた。
 その報告に来ているのだ。

「ここまで攻めても矢玉が尽きぬとは・・・・いったいいくら貯め込んでいたんだ・・・・」
「父上、そもそも龍鷹軍団はもっと多くの守備兵を想定していたはずです」
「・・・・なるほど、射手が少なくなった分、相応以上の矢玉となったか・・・・」

 元々、二〇〇〇の兵力で十日分の弾薬があるならば、八〇〇ならば二五日分の弾薬となる。
 もちろん、使用頻度などから増減はある。しかし、相応以上の弾薬があることに変わりはない。

「沈黙を続ける龍鷹軍団の情報が分かればな・・・・」

 景綱はいつ来るとも分からない龍鷹軍団の後詰めに兵力を残さねばならないことに歯噛みした。

「諜報能力は龍鷹侯国に一日の長がありますからね」

 龍鷹軍団が何故後詰めを起こさないのか。
 見捨てたとは、忠流の性格から絶対に考えられない。

「やはり、兵糧の都合でしょうか」

 龍鷹侯国は深刻な食糧難である。
 元々、肥沃ではない土地が内乱で荒廃。
 続く佐敷川の戦いで大軍を動員したことで、兵糧は乏しくなっていた。
 そこに今年の不作が重なり、自衛はともかく、遠征は不可能と考えられている。
 水俣城の妨害を振り切り、津奈木城を陥れ、佐敷城に来るには少なくとも五〇〇〇が必要。
 人吉から球磨川を下ってくるとしても二五〇〇を擁する八代勢を押しのけるには三〇〇〇ほどが必要だろう。
 だが、龍鷹軍団の後詰めが来れば、聖炎軍団も後詰めを出す。
 となれば、両軍は次々と増援を繰り出さざるを得なくなる。
 そんな消耗戦に、今の龍鷹侯国は耐えきれないだろう。

「―――隈本城より早馬です! 名島殿はいずこ!?」
「ここだ!」

 北方からの早馬に、景綱は名乗りを上げた。

「明日に増援、菊池衆一〇〇〇が到着いたします。軍勢の指揮は代わらず名島殿が採るように、との若様からの指示でございます」
「おお、増援か」

 景綱の顔に明るさが浮かんだ。
 球磨川方面の警戒に出している佐敷衆の代わりに菊池衆を出し、佐敷城を知り尽くした佐敷衆を城攻めに加える。
 前線の堅固さは変わらないが、虎口以外にも取り付ける場所があるかもしれない。

「戦力を再編する。本日の攻撃は終了。全部隊を撤退させろ」

 本陣から退き太鼓が叩かれ、八代勢は攻撃を中止した。




「―――敵軍、撤退していきます」
「よしよし、今日も耐えたな」

 藤川晴崇は臨時に気づかれた物見櫓から敵軍を確認した。

「負傷者を急ぎ後方へ送れ! また、小さな怪我をしたものも組頭に名乗り出ろ。薬師を向かわせる!」

 八〇〇人いた兵も、死傷者が続出しており、満足に戦える戦力は今日で六〇〇を切っただろう。
 藤川は見張りを副将に任せ、本丸御殿へと引き上げた。
 本丸御殿では女子供が食事の準備や手ぬぐいの洗濯などを行っており、忙しそうに動き回っている。

「さて・・・・」

 護衛を部屋の外に待機させ、城主の間に入った藤川は上座に座った。
 ここに来るまでに甲冑を脱いでおり、最低限の武装に止めている。

「鹿児島はいつ援軍を送れると?」

 虚空に問いかけると、すぐに反応があった。

「比島にて兵糧を確保した船団が帰り次第出撃すると」
「それはいつだ?」
「三日前、早船が帰って伝えられましたから、船団が鹿児島に着くまで約一週間」

 主力は即応部隊である旗本衆だ。
 指揮官は水俣周りならば長井衛勝、人吉周りならば佐久頼政だ。

「佐久頼政様を総大将に二〇〇〇を派遣なさると」
「・・・・少ないな」

 八代勢は二五〇〇。
 確かに佐敷城に五〇〇以上いれば、佐久勢二〇〇〇と併せて互角となる。

「併せて水俣城に圧力をかけるならばともかく、いったい・・・・」

 藤川は顎に手を当てて考え込んだ。
 忠流は何かを考えての少数援軍のはずである。
 普通ならば、兵糧が少ないために少数になったと、聖炎軍団は思うだろう。
 実際、その可能性は高い。
 軍部を預かる鳴海陸軍卿と、メキメキと実力をつけている副主将格の鷹郷従流は現実主義者だ。
 なんとしてでも援軍を送りたいという忠流の考えを実行したとも考えられた。

「ま、何にしても十日以上は籠城を続けなければならないのだな」
「・・・・では、失礼します」

 話は終わったと判断した忍びの気配が遠ざかると共に荒々しい足音が聞こえてくる。

「御大将! 今日の戦闘報告に参りやしたぜ!」

 声をかけ、二秒後に障子を開け放ったのは、前線指揮官たちだった。
 その後ろには兵站を担当する家老も続いている。

「いやぁ、さすがはこの国と激戦を交わしてきた聖炎軍団、手強いですな!」

 傭兵出身である彼は呵々大笑しながら座った。
 彼の持ち場である部署は遠距離武器が使いにくい場所で、今日も何度か白兵戦が生じている。
 士分を二人ほど討ち取ったと報告が来ているために、上機嫌なのだろう。

「笑い事ではないぞ。このままで行けば、矢はともかく、鉄砲の弾薬が尽きそうだわ」

 年を重ねたために前線から身を置き、兵站を担当する家老は紙を見下ろしてため息をつく。

「後幾日持つ?」
「今日の攻撃と同じ攻撃が続けば、八日。ただし、鉄砲本体も数を減らすでしょうから・・・・」

 数が減れば、使う弾薬は減る。
 だが、それはそれだけ敵に押し込まれるということになる。

「やはり、夜襲や朝駆けを行い、敵の出鼻をくじくのが肝要では?」

 本来、籠城戦とは亀のように閉じこもるのではなく、敵の隙を見ては出撃して打撃を与えるものだ。
 だがしかし、藤川勢は一度も攻撃を仕掛けてはいない。

「今、我々に虎口はないも同然なのだ。出撃して付けいられれば、そのまま陥落するぞ」
「うっ」

 指揮はお手の物だが、戦略には少し疎いようだ。
 急に大きくなった藤川家にほしいのは指揮ができる人間だったから、いいのだが。

「ですが、御大将。このままではじり貧ですぞ?」

 采配に優れているからこそ、防衛戦も限界であること分かっていた。

「戦で時間稼ぎができないならば、交渉しかないだろう?」

 そう言って、龍鷹軍団が誇る中堅指揮官はニヤリと笑う。
 何故、藤川が佐敷城などと言う難しい場所を任されたのか。
 武勇で言えば、大身の大名たちの方が上である。
 藤川の武器。
 それは自分の器を正しく理解し、状況に対してどうすればいいかを的確に判断できる力だった。
 故に戦場での指揮は的確。
 冷静な判断の下に実行される戦いは、寡兵でも簡単に飲み込まれない粘り強さを発揮する。

「・・・・また、あれをやるので・・・・?」

 譜代である家老はため息をつき、頭を振った。
 "あれ"、とは藤川家一族郎党が引っ越しした時の出来事である。
 藤川家は薩摩南部を地盤とする豪族だった。
 内乱開始後、鷹郷貞流の命を受けた相川貞秀率いる、瀧井家討伐軍に参加する。しかし、瀧井家の見事な戦いに感銘を受け、地勢から流されるままに貞流側についたことを恥じた。
 その後、独自調査から大義は忠流にあると判断する。
 主に北東方面に所属する薩摩衆が忠流の下に走っており、貞流側は神経質になっていた。
 人質を取るなどという逆効果なことはしなかったが、戦力を鹿児島に集中させるという策に出る。
 ちょうど、決戦を前にしたのだから。

「あれにはさすがにたまげました」

 藤川の嫡男が幼少故、自分に何かあった時には後継者に指名している弟が苦笑した。

「いきなり、単身鹿児島に乗り込んだのですから」
「・・・・は?」

 普通、逆のことをする。
 だがしかし、藤川は単身鹿児島に乗り込み、指宿に逃げ込んだ瀧井勢の存在があるため、南薩摩はなかなか動けないことを説明した。そして、自分たちに指宿を抑える役目を与えてほしいと願い出たのだ。
 当時、藤川勢は単身で二〇〇ほどの通常動員能力を持っていた。
 陸戦に慣れていない海兵、戦力が激減した瀧井勢を抑えるのに十分と貞流は判断。
 藤川家は総動員令を発動し、その補助要員として女子供、老人すら動員した。
 結果、士分を中心にした先遣隊三〇〇が出撃。
 その後、各名主を集めた秘密会議の末、農民五〇〇人が加わり、まるで一揆衆のような編成で指宿に迫り、そのまま入城した。
 まさかの足下が崩れた貞流は軍紀の引き締めに奔走する。
 これが、決戦の気運が高まりつつも貞流が鹿児島から動かなかった理由だった。
 つまり、忠流が病気に倒れても藤丸方に攻撃を仕掛けなかった理由が、藤川勢の行動だったのだ。

「まあまあ、とりあえず、二日ほど稼いでみせるさ」

 そう言うと、藤川は傘を用意させ、数名の護衛を選抜する。
 この決断が、龍鷹侯国と聖炎国の運命を大きく変えることとなった。




「―――お目にかかれて光栄です。聖炎軍団最強と名高い、名島景綱様」

 翌日、日が昇ると同時に傘を回して佐敷城から軍使が出てきた。
 景綱は攻撃準備を中止させ、彼を迎え入れた。

「降伏するのか?」

 景綱が軍使に問う。
 ここで、佐敷城が降伏すれば、今日合流予定の菊池勢を連れて水俣方面に繰り出すつもりだった。

「いいえ、それはこの話し合い次第ですね」

 軍使である青年は胸を張って景綱を見返す。

「あなたにそれだけの権限があるのですか?」

 景綱の右前に座していた重綱が首を傾げた。

「というか、名乗っていただけるか?」
「ああ、これは失礼」

 妙に態度がでかい軍使は平伏していた顔を上げ、名島父子に視線を合わせる。

「佐敷城城将・藤川晴崇と申します」
「「―――っ!?」」

 ビクリとふたりの体が震え、何人かの首脳が飲んでいた水を噴き出した。

「・・・・・・・・これは失礼した。まさか敵大将自らやってくるとは」

 大胆不敵な行動に額の汗を拭き取る景綱。
 龍鷹侯国の北方を守ってきた村林信茂、佐久頼政は戦場で顔を合わせたことがある。
 そのほか、軍団の主要人物も会談で見知っていた。
 だが、藤川は内乱でのし上がった豪族だ。
 戦場で幾度も顔を合わしていたとはいえ、景綱は気にも止めていなかった。

(それでも、そんな奴に足止めされているのだな・・・・)

 内乱は龍鷹軍団の中間指揮官に大打撃を与えている。だがしかし、そんな淘汰を生き抜いた藤川こそ、上に行くべき人間なのだろう。

「して、何用かな? やはり降伏か?」
「いえいえ、私が佐敷城から去ることはありませんよ」
「・・・・ほう? 大した自信だな」
「そんなことはありません。城を枕にして討ち死にするだけですから。・・・・そう、遠くない未来に」

 最期を覚悟した男の言葉に、景綱は内心首を傾げた。

(コヤツ、何しにきたのだ?)

 徹底抗戦の宣言に来たのだろうか。しかし、それに彼自ら来る必要は全くない。

「ならば、何故?」

 思考に沈んだ父に代わり、重綱が質問した。

「ええ、兵を退いてくれませんか?」

 にこやかに藤川が爆弾を投下する。

「「は?」」

 今度こそ、首脳陣の目が点になった。

「でなければ、珠希殿の命が危ないですよ」
「「―――っ!?」」

 八代勢の玉は、流星の如く現れた戦略家・火雲珠希。
 彼女が隈本に向かい、未だ帰ってきていないのは分かっている。

「かつて、北薩の戦いで、川内決戦に敗れた龍鷹侯国を、忠流様がどうやって助けたか、覚えておいでですか?」
「・・・・人吉城を攻撃していた部隊を・・・・って、まさか!?」

 何も佐敷城を解放するには、人吉や水俣方面から佐敷城に来る必要はない。
 八代勢に、攻撃を継続することができないようにすればいいのだ。

「は、あのお優しい忠流様が我々を放置するわけないでしょうに」

 「お考えください」と言い、藤川は立ち上がった。
 仕込みは十分、ということだろう。

「恐ろしい狐よ・・・・」

 珠希による佐敷城への遠征が実現しなければ、佐敷衆が取り込まれていた可能性は高い。
 事実、藤川家が直接支配した旧太田領の名主たちは傍観を決め込んでいる者が多い。

「父上、直接我々を排除しないで済むならば、龍鷹軍団は数千動かす必要はありません」

 ざわめく重臣たちを尻目に、重綱が景綱の耳元に口を寄せる。

「うむ、罠かかもしれんが、一度、八代領を中心に調査しなければならないな」
「あと、隈本ですね」

 ブラフの可能性が高い。だがしかし、珠希が帰ってこずに連絡が途絶えているのも事実。
 かつて、聖炎軍団は情報戦によって敗北したことがある。
 今回も、隈本からの情報がないのは、使者が殺されていた可能性がある。

「後、隈本にはお前自身が行け」
「え?」
「自分の目で確かめてこい」

 景綱は北方を見つめた。

「どうも胸騒ぎがする」

 一刻後、菊池勢が到着し、十波政吉から「珠希様は隈本より指揮を執る」の言葉を受ける。
 こうして景綱が抱いた胸騒ぎは重綱にも伝染した。
 聖炎軍団は菊池勢到着による配置転換を行い、佐敷城への攻撃再開は三日ほど延期される。
 底が見えてきた物資よりも先に尽きそうだった佐敷城兵の体力は、何とか回復したのだった。










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