前哨戦「若き鷹の飛躍」/八



 虎熊軍団肥前方面軍総大将・熊将、島寺胤茂討死す。

 この報が島原半島に展開した虎熊軍団に伝わった時、形勢は逆転した。
 虎熊軍団森岳城攻略部隊は城から突出した部隊をあしらいつつ、晴雲寺に布陣していた後備の甘利晴良に従って寺に引き上げる。
 これは甘利が虎将からつけられた軍監であり、島寺の戦死に大きな衝撃を受けていなかったからだ。しかし、沖田原が連合軍に占拠されたことで、相川勢追撃部隊は退路が遮断された。
 これを知った追撃部隊は恐慌状態となり、裏崩れが始まる。
 さらに相川勢が反転攻勢に出たため、追撃で隊列を乱していた虎熊軍団は前方も崩壊した。
 このため、追撃部隊を指揮した第三備の部将は西方へ抜け、板垣が確保している山側へと転進する。
 この間に逃散する兵が相次ぎ、相川勢の追撃と相まって多くの行方不明者を出した。
 板垣は五〇〇を率いて彼ら約一五〇〇を引き入れ、代わりに相川勢および吉井勢を迎撃する。
 龍鷹軍団も戦いずくめであり、くたくただった。
 それでもようやく訪れた自分たちのターンに奮い立って板垣勢と激突する。
 板垣も苦戦は覚悟しており、陣頭指揮を執ったが、激突早々に真砂刻家に額を撃ち抜かれて戦死。
 板垣勢はものの四半刻で壊滅したが、龍鷹軍団の追撃を免れた追撃部隊は晴雲寺に集結した。
 甘利は敗残兵約三五〇〇を掌握し、二月二四日の日没を迎える。

 虎熊軍団は死者行方不明者併せて四〇〇〇、負傷者一〇〇〇を数える大損害を被っており、多くの装備を喪失していた。
 連合軍は死者行方不明者こそ三〇〇名だが、負傷者が一二〇〇を数え、戦力の六割を喪失するという大損害である。
 まとめてみれば、虎熊軍団は約五割、連合軍は約六割の損害を被った。

 これは過去まれに見る大激戦であり、そこまで戦わせたのは、沖田原の沼田が大きく関係していた。
 虎熊軍団は部隊ごとの連携や連絡を阻害され、各円居における指揮官の判断で断行された攻勢と沼田を利用した防衛戦術への苦戦。
 さらに、乱戦になった故に相次いだ高級指揮官の戦死なども拍車をかけ、虎熊軍団は損害を認識する前に次々と攻勢に出た。
 連合軍は沼田を利用することで劣勢を幾分か挽回したが、沼田によって戦況確認が困難になった虎熊軍団が突出してきたことにより、兵力が徐々に効き出して耐えられなくなった。しかし、要所要所で白兵戦や狙撃によって敵軍の組織だった攻勢を阻止することで経戦能力を維持した。
 最終的には連合軍白兵戦部隊の本陣襲撃が岐路となったが、この奇襲も連合軍諸部隊の奮戦がなければ実現はしない作戦である。
 本来であれば、追撃部隊は伏兵の存在を確認しながら追撃するはずが、そうした判断が出来る立場の指揮官が不在であったために白兵戦部隊を見逃した。
 また、島寺本人も森岳城攻略という戦略目標に固執したことで死期を早めた。
 結局は、連合軍が森岳城防衛を重視せず、野戦決戦に傾注するとは思わなかった虎熊軍団は、そのツケを首脳部壊滅にて払ったのだ。
 こうして、二月二四日の沖田畷の戦いは連合軍の勝利で終わった。しかし、島原半島攻防戦という戦役は終わらなかった。
 晴雲寺には甘利晴良率いる五〇〇〇が依然、布陣している。
 対する連合軍は約一〇〇〇ほどであり、その大半が森岳城守備隊だった。
 このため、虎熊軍団が再度寄せてきた場合、森岳城に籠城する以外に選択肢はなく、結局、連合軍は森岳城に引き上げる。
 だが、戦力比は五倍であり、なおも森岳城攻略を目指す場合、支えきれないのは分かりきっていた。
 それ以前に、連合軍はひとつの亀裂を産んでいたのである。






合戦後夜scene

「―――これはいったいどういうことだ!?」

 二月二四日夜、森岳城本丸御殿。
 ここに吉井の怒号が叩きつけられた。
 叩きつけられたのは、上座で消沈している結羽だ。
 彼女は何も言い返すことができず、俯いて視線を逸らしていた。

「事の次第によっては・・・・ッ」

 その態度に頭に血が上った吉井はその先を言わず、脇差に手をかける。
 それに敏感に反応した燬峰軍団の諸将も腰を浮かした。そして、それを見て他の龍鷹軍団の諸将も腰を浮かせている。

「結羽殿、ご説明いただけますか?」

 龍鷹軍団の中で、唯一大名級の石高を持つ相川はいきり立つ諸将を抑え、自分自身も感情を抑えた薄っぺらい表情で問うた。
 従流を敵中に送り込んだのは、相川なのだ。
 従流の意志を尊重したとは言え、この結果は理不尽すぎる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 結羽は答えない。
 答えられなかった。
 あの時、攻撃したのは従流の意志なのだ。
 それを目撃した近衛からも説明を受けているだろう。だがしかし、結羽はあの場での、もうひとつの選択肢に行き着いていた。
 つまるところ、あの場所からの攻撃ではなく、従流を巻き込まない場所に移動してから攻撃すればよかったのだ。
 歴戦の武士であれば当然その選択肢に行き着くはずだ。
 故に、何故あの時、その選択肢を選ばなかったのか。
 結局は、龍鷹軍団の諸将は戦乱のどさくさに紛れて従流を亡き者にしようとした、と疑っているのである。

「もうよろしい」

 一向に話し出さない結羽に見切りをつけ、相川は隣の畳を思い切り叩いた。

『『『―――っ!?』』』

 反動で立ち上がった相川は見事な畳返しで跳ね上がった畳を庭へと放り投げる。そして、自らも庭に降り立つと、ひっくり返った畳に座った。

「相川殿、何を!?」

 吉井以下龍鷹軍団の諸将が駆け寄ろうとするが、相川は引き抜いた脇差で彼らの足を止める。

「理由はどうあれ、従流様がこのようなこととなり、おめおめと薩摩の地を踏めるものか」

 帯を緩め、腹を晒す相川に誰も手を出すことが出来なかった。

「吉井殿は全軍を掌握し、海軍に連絡して薩摩へと帰還してせよ。二〇〇〇の内、半数以上を死傷させてしまった責は私が負う」

 左手で腹を撫で、内臓の位置を確認する。そして、脇差を逆手に両手で持ち、腕を伸ばした。
 実質的肥前派遣軍総大将でありながら、侯王の弟である従流を始め、多くの損害を被った罪は重い。
 故に、自らの死で贖おうというのだ。
 数ヶ月前、彼の父がそうしたように。

「ふんっ」

 介錯すらつけぬ壮絶な覚悟に、誰も動けぬ中、遂にその鋒が振り下ろされた。



「―――許しません」



『『『な・・・・ッ!?』』』

 突如、相川を包む黄金色の光。
 それは鋒が腹の薄皮一枚貫いたところで脇差を止めていた。
 こんなことができるのはひとりしかいない。

「あ・・・・」

 ハッと結羽が顔を上げた。
 その視線の向こうには後藤公康に背負われたひとりの少年がいる。

「従流、様・・・・」

 自害を妨げられた相川は恨めしげに従流を見上げた。

「何故、何故逝かしてはもらえませんか!? 父兄が侯王になしたことだけでも一家断絶ものだというのに、温情を与えられながら従流様の身に重傷を負わせるなど・・・・ッ」

 そう。
 従流の背中は結羽の火砕流によって焼け爛れ、一時期は生死の境を彷徨った。
 治癒の霊術の合わせ技を使い、同時に数珠の【力】が従流を生かそうとしたため、還ってこられたのだ。

「簡単です。龍鷹侯国があなたを必要としているからです」

 やや熱があるのだろう、赤い顔で従流が言う。

「内乱であまりに多くの部将を失い、肥後反攻作戦では兵を失いました。これ以上、つまらぬことで将兵を減らせるほど、龍鷹軍団の層は厚くありません」
「しかし、私はあなたに・・・・ッ」
「あなたがいなければ、今頃、ここにいる面々は全て胴と首が離れていますよ」

 従流は後藤に言って縁側に下ろしてもらう。

「あなた以外に虎熊軍団の猛攻を支えられた部将はいませんし、あなたが反攻作戦に出なければ、晴雲寺にいる虎熊軍団に我々は押し潰されていました」

 背中が痛むのであろう、引きつった笑みだが、従流はもっとも言いたいことを言った。

「相川がいてよかったです、助かりました」
「・・・・ッ、・・・・勿体なきお言葉・・・・ッ」

 溢れ出した涙を隠すように、相川が平伏する。
 それを苦笑して見下ろし、周囲に視線を向けて驚いた。

「えっと・・・・?」

 龍鷹軍団の諸将たちも平伏している。
 部将たちだけではない。
 護衛として付いてきた兵たちも揃って平伏していたのだ。

「どんな状況ですか、これ・・・・」
「・・・・ッ」

 ポリポリと頭の裏をかいて苦笑する従流に、耐えきれなくなった結羽が突撃した。

「ギャッ!?」

 正面から思い切り抱き着かれ、従流が悲鳴を上げる。
 それに龍鷹軍団の諸将たちが再び腰を上げかけるが、目尻に涙を浮かべた従流が制止した。

「大丈夫、大丈夫ですよ」

 痛みに堪えつつ、震える彼女の背中をぽんぽんと叩く。

「馬鹿・・・・」
「馬鹿はないでしょう。ちゃんと宣言通り、生き残ったじゃないですか・・・・」

 そう。
 従流は生き残ると宣言した。
 決して怪我をしないとは言っていない。

「馬鹿! あんな自信満々に言われれば、火砕流が抜けた先でケロッとしていると思うに決まってるでしょ!?」

 今度はぐいっと襟首を掴まれた。

「そう思って期待してみれば、背中がひどいことになって倒れてるし! 私の心臓を止める気だったのね!?」
「いや・・・・ちょっと、これはしゃれに、なりません」
「馬鹿! 本当に・・・・本当に心配したんだから・・・・」

 乱暴に扱ったと思ったら、今度は優しく従流を抱き締める。
 いつも飄々としていた結羽の変貌に、両軍の部将たちはひどく驚き、そして、思い出した。
 堂々と国家の舵取りに参加しているこの少女が、従流と同じ、十四才である事実を。

「大丈夫、さすがにこの体で無茶はしませんよ。・・・・さ、結羽さん」
「あ・・・・うぅ」

 一度だけ彼女を抱き締め、従流は離れるように促した。
 注目の的であった事実に気が付いた結羽は、パッと離れるなり顔を赤くして俯く。

「でも、信用はできない」
「あ、あはは・・・・」

 涙目とジト目でこちらを見上げる結羽の手を引き、大広間へと戻った。
 振り返れば、相川がいそいそと大広間に畳を敷き直している。

「結羽さん、戦評定を」
「・・・・はい」

 結羽は視線で側近の侍女を促した。
 彼女は頷くと立ち上がり、諸将を見渡す。

「まず、兵力についてです」

 こうして、従流は辛いにも関わらず、瓦解しかけた連合軍の絆を取り持った。



 燬峰・龍鷹連合軍の戦闘要員は約一〇〇〇、虎熊軍団五〇〇〇がこの森岳城周辺に展開する戦力である。
 虎熊軍団は有力な部将を数々失ったが、二虎六熊制の効果にて軍隊組織を保っていた。
 虎将から派遣された軍監・甘利晴良が軍を再編したことによって、虎熊軍団は瓦解せずに踏みとどまっている。
 これは昨日における戦力差約三倍よりも大きな兵力差を生む結果となっていた。
 連合軍は見事、敵大将を討ち取ったが、それでは戦は終わらなかったのだ。



「このままでは明日にでも、もう一度虎熊軍団は沖田畷に進出すると考えられますが、現状、当方にこれを阻む戦力はありません」
「と、いうと、籠城する、ということか?」

 侍女の説明に吉井が質問する。

「燬峰軍団としては、籠城を選びたいと思います」
「それは、五倍の兵力をこの森岳城で支えきれる、と考えているので?」

 城の攻略には籠城兵の三倍を用意せよ、というのは有名な話だ。
 厳密に言えば、要塞を攻略するのに、最低三倍は必要という意味である。
 実際に大坂冬の陣では、大坂城一〇万に対し、幕府軍三〇万が挑んだが、外郭すら突破できずに戦術上の敗北を喫していた。
 難攻不落の名城であれば、相手が三倍以上でも怖くない。
 だが、森岳城は違った。

 森岳城。
 高く頑丈な石垣が特徴な、ほぼ長方形の連郭式平城である。
 本丸の周りは水堀で囲まれており、二の丸とは廊下橋形式の木橋にて繋がれていた。
 高石垣は西海道最高の築城技術を持つ聖炎国と兄弟分であることを容易に感じさせる。だが、燬峰王国における最大の弱点が、この森岳城だった。
 森岳城は海岸線から近い位置に建っており、今回のように有明海が突破された場合の防御的縦深性が低い。
 さらに城郭は独立峰に築かれているわけでもない。
 かといって、平城に必要な広大さも持ち合わせていなかった。
 立地条件において、せっかくの築城技術を生かし切れていないのが、弱点と言われる所以である。
 また、縄張にも問題があった。
 それは二の丸が陥落すれば、本丸は孤立するという戦略的の欠点だった。
 同様の形式を持つ城として、高松城が上げられる。
 しかし、これは日本戦国的な欠点であり、少し視点を広げれば、沖縄に点在するグスクはほぼ同様の形状を持っている。
 沖縄――琉球人にとって、城こそ最後の拠点であり、脱出して再起を図るという思想がない。
 故に本丸には抜け道がなく、最後の最後まで戦うのだ。
 燬峰王国も森岳城は重要な拠点であり、その陥落は国家の消滅を意味するとも言われる。
 このため、抜け道を用意せず、完全に隙をなくしているのだ。
 結論から言えば、森岳城の立つ場所こそが燬峰王国にとって重要だが、戦略的に見て防御力が低く、負けられないが故に逃げ道もない城。
 隈本城のように戦うための城でもなく、鹿児島城や福岡城のように大軍を収容するための城でもない。
 つまり、森岳城を囲まれた時点で戦略的に敗北しており、戦術的に敗北するのも時間の問題なのだ。



「昨夜よりも戦況は悪化している。その時点で籠城を選ぶなど言語道断だ!」

 吉井が膝を打って立ち上がった。
 そう。
 籠城か出撃か。
 それは昨夜に行われた戦評定そのままだ。
 そして、昨夜は籠城しても滅びるのみ、と判断して野戦に賭けたのだ。
 野戦にて敵軍の撃滅に失敗した以上、森岳城戦線は放棄して後退するのが戦略上最も正しい判断だった。

「それができないから籠城するんです」

 結羽は歴戦の兵に対して胸を張って答える。しかし、その前に不安そうに従流を見たことは誰もが分かった。そして、彼女が自信を持って答えた以上、その折に従流から後押しを受けたのだろう。
 それが分かった吉井は歯軋りしながら従流に説明を求める視線を飛ばした。

「有明海に龍鷹海軍が再び姿を現した。それが答えです」

 視線を受けた従流は茶をすすりながら言う。

「っと、来ましたか」


「―――申し上げます!」


 武装した兵士が転がり込んできた。
 すぐに護衛に兵が鋒を向けるが、彼はそれに気付かずに上座に座す結羽に平伏する。

「晴雲寺に動きあり! 後方に向けて物見が多数放たれ、退き陣と思われます!」
『『『―――っ!?』』』

 報告の重大さに場が色めき立つ中、結羽と従流は冷静だった。
 そして、諸将は次々と席を立ち、従流と結羽に一礼すると部屋を出て行く。
 自分たちの物頭を呼ぶ声が響き、城全体が騒がしくなっていった。

「思ったより早かったわ」
「きっと敵の大将は保守的なんでしょう」

 それでもふたりは席を立たず、茶を飲んでいる。そして、誰に聞かせるわけでもなく、お互いに、お互いが理解していたことを話し出した。

 事のからくりはこうだ。
 龍鷹海軍が有明海に再侵攻したことで、虎熊軍団の海上輸送路が途絶する危険性が高くなった。
 これは当初から言われていたことであり、このタイムリミットまでに森岳城を攻略することが虎熊軍団の戦略目的だった。
 それを看破した従流は野戦に持ち込み、森岳城攻略戦を遅延させて時間を稼ぐ。
 野戦による戦術的勝利も重要だが、「森岳城が陥落しない」が戦略的勝利の絶対的条件だった。
 つまり、両軍の戦略・作戦・戦術の三次元を整理すると、


 虎熊軍団。
 戦略目的:燬峰王国を攻略
 作戦目的:龍鷹海軍が巻き返す前の間に森岳城攻略
 戦術目的:燬峰・龍鷹連合軍の撃破
 戦闘:沖田原の占拠(沖田畷の戦い)、森岳城の攻略(森岳城攻略戦)

 燬峰・龍鷹連合軍
 戦略目的:虎熊軍団の退却ないし壊滅
 作戦目的:有明海の制海権復活
 戦術目的:森岳城の維持
 戦闘:森岳城攻防戦の遅延(沖田畷の戦い)

 両軍の作戦上の勝敗は森岳城の存在が深く関わっていた。
 沖田畷の戦いは虎熊軍団が森岳城を攻めるための前哨戦であり、連合軍からすれば森岳城を守るための前哨戦だったのだ。
 つまり、沖田畷の戦いにおける勝敗が、最終的な戦略的勝敗には直結せず、翌日には両軍は戦役の決戦である「森岳城攻防戦」を行う、はずだった。

「つまり、有明海の制海権を復活した以上、こちらとしてはほぼ戦略的勝利を収めたと言っていい」

 従流は結羽と護衛を除く全員がいなくなった大広間で言った。

「そう。私たちはこの『森岳城に燬峰王国の旗を翻し続ける』だけでよかった」

 海路が脅かされた場合、虎熊軍団にはふたつの選択肢がある。
 ひとつは海路が完全に断たれる前に退却すること。
 もうひとつは遮二無二に森岳城を攻略し、本国からの増援を待つこと。

「島寺だったら、後者を選んだでしょうね」

 この場合、海上封鎖が完了し、その情報が虎熊軍団に伝わるまで耐えるだけでいい。
 後は聞き崩れと呼ばれる現象で敵軍は壊滅していたはずだ。

「甘利は保守的な考えの持ち主で、一か八かの賭よりも退却することを選んだ」

 寄せ太鼓の音が聞こえる。
 森岳城を出撃した連合軍が退却する虎熊軍団に襲いかかったようだ。

「追撃部隊をあしらいつつ後退した先に広がる海は、果たしてどんな旗が翻っているのかしらね」

 無邪気な笑みを浮かべた結羽が述べた、その壮絶な内容に残っていた兵や侍女は縮み上がる。

「ホント、兄上には頭が上がりませんね」

 従流が燬峰王国に派遣される時に持たされた書状にはこう書かれていた。

『龍鷹海軍第一艦隊は燬峰水軍となった五島列島艦隊と共に天草灘にて合同訓練を行う』

 因みにこれを渡すなり、顔面蒼白でぶっ倒れ、国分城へと強制送還されたのだが。



 龍鷹海軍・燬峰水軍連合艦隊は虎熊水軍有明艦隊を撃破。
 勇敢な虎熊水軍が稼いだわずかな時間に三〇〇〇名を筑後に届けたが、第二次輸送途中に虎熊軍団の輸送船団は海の藻屑へと変わった。
 虐殺とも言える海戦を島原半島で見つめていた甘利晴良は自分たち一〇〇〇を取り囲む連合軍に対し、自身の命と引き替えに兵の助命を嘆願した。
 これは許され、未だ煙が空を隠す中、両軍の間にて甘利は切腹する。
 結果、虎熊軍団は陸にて一〇〇〇、海にて一〇〇〇が連合軍の捕虜となり、燬峰王国遠征軍は壊滅した。
 死者行方不明者は実に七〇〇〇(内、捕虜二〇〇〇)を出した虎熊軍団は九州進出以来初となる大損害を被った。
 この戦役結果は燬峰軍団による肥前衆攻略作戦に影響する。

 三月二七日、虎熊軍団の来援を当てにしていた肥前勢の内、松浦半島の安部氏は燬峰軍団に同調した。
 結果、小泉氏は鹿島から撤退を決意。
 三月二九日に燬峰軍団の追撃を受けつつも武雄城へと帰還する。
 燬峰軍団は戦意喪失した鹿島城を攻略し、安部氏の兵と共に武雄城を取り囲んだ。だが、小泉氏は佐賀へと逃亡しており、残った城兵は白旗を揚げて降伏する。
 三月三一日、燬羅尊純は鹿島、武雄の平定を宣言し、松浦安部氏と事実上従属である同盟を結んだ。
 正室と死別していた尊純は継室として、安部氏より姫を娶る。
 形式上どうあれ、これは人質だった。
 燬峰王国は旧小泉氏の領土を全面的に保有し、その石高は二三万五〇〇〇石となる。
 安部氏と合わせて約九〇〇〇の戦力を有すこととなり、肥前方面軍が壊滅した以上、虎熊軍団にとって大きな脅威となった。






温泉神社scene

「―――ふん、滅ぼすにはあたわなかったか・・・・」

 三月三一日、肥前国島原半島温泉神社。
 燬峰王国の神域とも言えるこの地に、彼女は立っていた。
 周囲には物言わなくなった骸が十数個転がっている。
 燬峰王国が存亡の危機に立たされていなければこの数倍はこの地を護っていただろう。しかし、今日この時、主力は森岳城防衛に駆り出され、温泉神社は手薄だったのだ。

「来たか・・・・」
「お待たせ・・・・いたしました・・・・」

 彼女の後ろに傅いたのは肥前方面軍の参謀だった。
 動いているのが不思議なほどの傷だったが、大事そうに一振りの太刀を持っている。
 よく見れば、壮絶な討ち死にを遂げた島寺胤茂が持っていた霊装だった。
 拵えは溶け落ちているが、刀身部は綺麗に残っている。
 さすが霊装といったところか。

「ふん」

 柄もなくそれを抱いている参謀の腕には刃で傷つけたのであろう傷が数多く見受けられるが、虚ろな眸をした彼は痛がっていない。

「ご苦労」

 彼女は柄があった場所を握り、一気に引き抜いた。
 途中、男の腕を切り落とすが、ふたりとも気にする様子はない。

「ほう・・・・わすかに宗像の匂いがする。さすがは筑前を治める虎熊宗国の一熊か・・・・」

 彼女は懐から鈴を取り出し、それを刀身にぶつけた。

―――ジャリンッ

 耳障りな音と共に鈴が刀身に溶け込み、徐々にその白銀を黒銀へと変貌させていく。そして、それは徐々に刀身の形を失い出した。

「さらば、だ」

 右手一本で温泉神社の本殿向けて一振り。
 途中でただの【力】となった霊装はその奔流にて本殿を消滅させる。

「ふ、ふふ」

 本殿消滅と共にわずかな震動が始まった。

「ふははは」

 彼女の視線は雲仙岳、その火口に向いている。

「はーはっはっは!!!!!!」

 彼女の笑いが高笑いに変わった瞬間、火口が閃光と共に弾け飛んだ。










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