前哨戦「若き鷹の飛躍」/七



 鵬雲三年三月二四日未の刻。
 地の利を生かして戦っていた龍鷹軍団が遂に崩れた。
 山側において、吉井忠之率いる五〇〇は二倍の一〇〇〇を相手に奮戦したが、その内、三割に相当する死傷者を出して後退する。
 山側を攻めていた板垣勢は吉井勢が拠点としていた出城の回収を慎重に行った。
 かつて、龍鷹侯国における内乱最終決戦であった岩剣城攻防戦にて、吉井直之率いる吉井勢が平松城と共に爆砕したことは虎熊軍団にも伝わっていたのだ。
 その間に、吉井勢は戦線離脱に成功する。
 中央軍は相川舜秀率いる一〇〇〇が二五〇〇の第一陣相手に不正規、正規問わずに戦った。
 特に先鋒部隊五〇〇を三〇〇の死傷者を出させて壊滅させ、続く次鋒五〇〇も主将を含む士分を多く倒した。だが、一〇〇〇の第三備の攻撃に耐え切れず、第一防柵を放棄する。
 第二防柵にて防衛戦を展開するも、数に勝る虎熊軍団の猛攻を抑えることができず、従流の命によって撤退を開始した。
 山側とは違い、虎熊軍団は果敢な追撃に打って出る。
 その瞬間、十分に冷やされた銃身から放たれた鉛玉が騎馬隊を撃ち抜いて十数騎が落馬し、進路を塞いだ。
 相川勢は負傷兵を守りつつ後退し、途中で吉井勢と合流するなり、一目散に逃げ出す。
 それを追いかけるために第一陣だけでなく、本隊からも五〇〇が派遣され、合計二〇〇〇弱にて追撃戦が開始された。
 後に沖田原の戦いと称されるこの激突は、巧みな戦術で迎え撃った龍鷹軍団の評価が高い。
 その一方で、兵力差に勝り、苦戦しつつも崩れずに押し続けるという重厚な攻めを行った虎熊軍団も高い評価を受けている。
 つまり、この戦いは後世に語り継がれる、名勝負となり、その勝負は第三局面へと移動したのだ。



「本当ならば、僕単独でするつもりだったんですが・・・・」

 怒濤の勢いで龍鷹軍団を追撃する虎熊軍団を見下ろしていた従流はため息と共に呟いた。

「分かってたよ」

 その隣で、結羽が微笑む。

「でも、これは私たちの戦いなんだよ」

 その言葉に彼女の傍に控えていた者たちが頷いた。

「困りましたね・・・・」

 従流は頭の後ろをかいて苦笑する。

「残念ながら、僕たちも引き下がることができないほど、血を流したんです」

 その言葉と共に従流の輿が持ち上げられ、数名の兵が刀を鳴らした。

「では」
「ええ」
「「行きましょう」」






沖田原の戦いⅡscene

「―――敵の追撃部隊はどの程度だ!?」

 相川は人馬が奏でる足音の中、側近に怒鳴り声を上げた。
 その表情は苦渋に滲んでおり、自分の力不足を痛感した者特有の悔しさが発せられている。

「はっ、第三備および第四備、それに本隊から分遣された部隊が加わっております」
「ざっと二〇〇〇か・・・・。辛いな」

 龍鷹軍団は約二〇〇〇だったが、死傷者が続出しており、満足に戦えるのは一五〇〇ほどだろう。

「真砂勢も頑張っておりますが・・・・」

 真砂勢の内、士分に位置する鉄砲兵は撤退する中、馬に乗っていた。そして、揺れる馬上で弾を装填する。さらに頃合いを見計らって下馬し、ほぼ一瞬で照準して発砲していた。
 その弾丸は、まさに龍鷹軍団の将兵に槍を突けようとしていた虎熊軍団の将兵か、後方で指揮を執っていた部将を撃ち抜いている。
 だが、そんな芸当が出来るのも十数名足らずであり、全体から見れば些細なことだった。
 それ以上に効果を上げているのは霊能士の存在だ。しかし、それは向こうも同じであり、派手な爆炎が上がるごとに両勢は数名ほどの死傷者を出している。
 霊術は整然と隊列を組んだ真正面からの激突では効果が薄い。しかし、奇襲戦や追撃戦など、効果的な対霊術の霊術を組めない場合は絶大な攻撃力を発揮していた。

「いや、私が辛いな、と言ったのは従流様のことだ」
「は?」
「せめてもう三〇〇、いや一〇〇でも引きつけておれば・・・・ッ」

 相川は歯軋りが聞こえそうなほど歯を食いしばる。

「絶対に・・・・絶対に期待に応えて見せますぞ!」

 奇抜な戦術が思いつかない凡将である相川は、任された仕事を完遂することを誓った。だが、この決意こそ、名将と言わずとも勇将というに足る決意である。
 一歩も退かず、壊滅することはできる。しかし、流転する状況に時には流されながら、足をつけるところのみは絶対に離れない意志の強さこそ、相川家なのだ。
 相川氏は薩摩国伊作城を本拠に持つ、薩摩衆の重鎮である。
 その興りは鷹郷氏が薩摩に入封する以前まで遡り、薩摩中央部にて厳然たる影響力を持っていた時代もあった。しかし、鷹郷氏が入封すると、皇族という新勢力についた敵対勢力が相川氏追い落としを画策する。
 これに踊らされた鷹郷氏は薩摩を統一するために相川氏に対して宣戦布告した。
 鷹郷氏に対抗するということは朝廷に対して弓引くと言うことだったが、相川氏は構わず敵対する。
 その当時は公家に過ぎなかった鷹郷家は軍の指揮を執れるはずがないと判断し、反相川氏の豪族が大連合を組んで攻撃を開始する。だが、巧みな用兵でこれを退けた相川勢は反転攻勢に出て鹿児島を目指し、敗れた。
 潰走する豪族衆の周囲から溢れ出した、旧近衛を中心とする含霊能士白兵戦部隊に奇襲されて壊滅したのだ。
 当時の相川家当主が戦死し、その一族の過半も討ち死にしたことで、相川氏自体が壊滅してしまった。
 これに喝采を挙げるはずの反相川氏連合も散々に敗北したために力を失う。
 こうして、鷹郷氏は薩摩を実効支配する戦力を手に入れ、相川家に残された遺児を育てて側近にすることに成功した。
 鷹郷氏は実戦経験が足りなかったが、権謀術数を必要とする政争を生き抜いた謀略家だったのだ。
 余談だが、この遺児こそ、相川舜秀から数えて五代前、龍鷹侯国家老にまで上り詰めた相川舜秀である。
 同名なのは、今の舜秀が故人の威名にあやかって名付けられたからだ。
 後に、相川家を再興し、中興の祖と呼ばれることとなる二人の相川舜秀はどこまでも自分を信じてくれる主筋に尽くすためにその才を振るったのである。
 今回、鷹郷従流が相川舜秀に任せた仕事とはつまり、虎熊軍団の誘引だ。

(従流様、私は"軍神"や"翼将"と同じく、もうひとつの頭としてあなたを救ってみせましょう)

 そういって、軍団の撤退が潰走にならないように手綱を引き続けた。



「ふん、呆気ない・・・・」

 島寺は本陣にて追撃戦の報告を受けた。
 相川舜秀は優れた実戦指揮官だ。
 崩壊寸前とも言える軍団をよくまとめ、結局は二〇〇〇人近い追撃部隊を出さざるを得なくなってしまった。
 この沖田畷に布陣しているのは本陣五〇〇、森岳城攻略部隊一五〇〇だ。
 西には板垣勢一〇〇〇が残っているが、死傷者が一割を超えている以上、動けるのは五〇〇と言えるだろう。さらに朝から続いた激戦が終了した途端、将兵は疲れて動けなくなったという。
 森岳城は頑強に抵抗しており、そう簡単に落ちそうにない。
 敵兵は五〇〇と見られており、こちらは敵の三倍を確保していた。しかし、城攻めには敵の三倍が必要、という格言は「最低三倍が必要」という意味である。
 三倍を用意したとはいえ、絶対に勝てるとは限らない。

「本来ならば、包囲するのだが・・・・」

 森岳城の東には龍鷹海軍が遊弋しており、その艦砲射撃の可能性があって近付けない。
 また、戦力的に南に振り分けることができない。
 このため、寄せては北から西にかけての九〇度ほどを圧迫しているに過ぎなかった。
 故に森岳城は抵抗線の縮小に成功し、密度の高い戦いを続けている。

「やはり適当なところで追撃を打ち切り、半包囲下に敷く方がいいか・・・・」

「龍鷹軍団に立て直す暇を与えるわけにはいきますまい」
「いやいや、森岳城を攻める戦力を増やすべきだ」

 肥前方面軍総司令官である島寺の幕僚は、各部隊の司令官と虎将から送り込まれた武将、いわゆる参謀の二種類から構成されていた。
 島寺の言葉に賛成したのは前者であり、反対したのは後者だ。
 戦略的に考えて、森岳城周辺から駆逐した龍鷹軍団は深追いする必要はない。しかし、戦術的に考え、ここで龍鷹軍団の部将を討ち取って完膚無きまでに叩き潰すべきだ。

「あの・・・・」

 そんな思いで両者が激論を交わす中、ひとりの若い参謀が発言を求めた。

「少し、我々は勘違いしているかもしれません」
『『『『『?』』』』』

 その参謀の言葉に島寺一同が首を傾げる。

「我々が森岳城の西方より駆逐したのは相川舜秀率いる龍鷹軍団です。しかし、燬峰軍団の後詰めにやってきた龍鷹軍団を率いていたのは、鷹郷従流のはずです」

 この情報は捕虜から得ており、信憑性は高いと思われていた。

「敵総大将、鷹郷従流はまだ確認されていません」
『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』』

 全員の頭に、内乱の最終戦役や都農合戦において見せた藤丸の機動作戦が浮かぶ。

「いや、ありえん。鷹郷従流は奴の弟だ。兄弟とは言え、そこまで似るとは―――」

―――ドォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!

 まるで島寺の言葉を否定するかのように、爆音が轟いた。

「何事だ!?」
「も、申し上げます!」

 思わず立ち上がった幕僚たちの前に、幔幕を跳ね上げたひとりの兵士が片膝をつく。

「南方のあぜ道より燬峰軍団が突出! 最前線に霊術が叩きつけられ、重装槍兵は壊乱し、敵は突撃を開始しました!」
「な・・・・ええい、退け」

 兵を押しのけ、島寺は幔幕の外に出て戦況を確認しようとした。
 この本陣は沼田の中でも少しだけ丘になっており、その分、広い空間が広がっている。
 本陣は五〇〇だが、兵力が展開できる空間が限られていたため、ここには二〇〇の兵しか展開していない。
 南方に展開していた部隊は兵を纏めて追撃に加わっていた。そして、その穴を埋めるための兵力は現在移動中である。

(隙を突かれたか・・・・)

 燬峰軍団の先鋒が煌めき、数条の霊術が虎熊軍団の最前線に突き刺さった。
 それは爆発すると共に足軽を四方に吹き飛ばし、その多くが沼田に落ちて動きを封じられる。
 こちらの霊能士が前に出ようとするが、狭いあぜ道をなかなか移動できず、何も出来ずに足軽と共に跳ね飛ばされていた。

「あぜ道から兵を引き上げさせろ! この広場で迎え撃つ。他の西方のあぜ道に展開する部隊は迂回して敵の退路を断て!」
「島寺殿、ここは一度退くべきでは?」

 参謀が心配そうな目で訴えてくる。
 先の命令が伝達されて、行動を起こすまでに敵は広場に乗り込んでくるはずだ。
 そうなれば、島寺が行おうとする包囲殲滅はできない。

「そこはほれ、耐えるのみよ」

 そう言って島寺は己の刀を叩いた。
 実戦経験の少ない参謀の蒼褪めた顔に剛毅な笑みを返した島寺は、浮き足立つ麾下の兵士に宣言する。

「田舎武者に虎熊軍団の力を見せつけろ!」

 幔幕から迎撃に飛び出した部将が率いる鉄砲組が前面に折り敷いた。そして、あぜ道から広場に逃げてきた足軽がそれを見ると急いで左右に飛び退く。
 混戦において奇跡的に生じた、四〇間(約70m)ほどの直線。
 それは突撃してきた燬峰軍団の勢いを止めるには十分な瞬間であり、最前線で錫杖を振るう少女の柔肌を数発の弾丸が貫くに十分な間合いだった。

「放てぇっ!!!」

 鉄砲組頭の号令一下、鉄砲足軽は目当てをつけ、ぐっと引き金を握り込む。
 瞬間、火薬に点火して弾丸を爆発力で吹き飛ばし、暴れる弾道を長い銃身が無理矢理直進軌道に変じさせた。
 少なくとも七発は結羽を貫き、内一発は胸を貫通する射線を飛んでいる。
 引き金を引いた時、数名の鉄砲兵が命中を確信して会心の笑みを浮かべた。
 見るからに総大将である結羽の討ち死には燬峰軍団の奇襲失敗を意味し、その戦功を上げた自分は恩賞を貰うことは間違いない。
 だが、その自信は放った弾丸と共に砕け散った。

『『『『『・・・・ッ!?』』』』』

 言葉にならない動揺が虎熊軍団を貫く。
 燬峰軍団の前面に金色の光が広がり、その光に弾丸が触れた瞬間に、それは四散したのだ。

(ありえない!?)

 思わず硬直したことが鉄砲組にとって致命的となる。
 何せ、直線が引かれていると言うことは、相手からも自分が見えていると言うこと。
 そして、何より四〇間など百発百中にする鉄砲組を敵は持っていたこと。
 故に、撃ち放たれた数発の弾丸は鉄砲組をまとめていた組頭を撃ち倒し、指揮系統が消滅した虎熊鉄砲組に長距離霊術が命中、その武力の象徴だった鉄砲を破壊した。

「僕がいる限り、そう簡単には死にません! 皆さん、思う存分武威を張ってください!」

 第二斉射が虎熊軍団の中でも卓越した技倆を持つ鉄砲足軽を撃ち抜く中、金色の光は燬峰・"龍鷹"連合軍を包み込む。
 各方面へ時間稼ぎ用に兵力を分遣した連合軍は五〇名ほどだったが、二〇〇の虎熊軍団をものともせず遮二無二突撃した。

「邪魔ぁっ!」

 戦線を立て直す時間を稼ぐために燬峰軍団は霊能士が前に出る。しかし、せっかく張った防壁は、結羽が持つ錫杖型霊装によって簡単に突破された。
 もう、その顔がはっきり見えるほど近づいている。

「熊将! ここはお退きを! 後方に退いて軍を立て直してください!」
「う、ううむ・・・・」

 正直誤算だった。
 虎熊軍団肥前方面軍の本陣を構成するのは島寺本人の馬廻である。だが、その肥前最強の装備を誇る彼らでも連合軍の将士を前に攻めあぐんでいた。
 彼らの死傷者は少ない。
 それでも敵の勢いを止めることが出来ず、ぐいぐいと押し込まれていた。

(これほど・・・・強いのか・・・・)

 肥前衆から、諫早城攻防戦については聞いている。しかし、それを成し遂げた軍勢は鹿島城を攻めているはずであり、ここに展開する戦力は二線級のはずだった。

(さすが宗教国家と言うことか・・・・)

 きっと戦力の中心は神社関係の霊能士だ。

「と、なれば時間をかければ、勝てるな」

 霊力は体力よりも損耗が激しい。そして、このような突撃がそう長い間続くものではない。

「とりあえず、本陣は下げ―――」


「―――そうは問屋が卸さないのよ!」


「「「ぎゃああ!?」」」

 数名の馬廻が火砕流を浴びて地面に転がった。

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 汗だらけの泥だらけになった少女が数名の馬廻を連れ、ついに島寺の前に到着する。
 その勝ち気な瞳と視線を合わせた島寺は、のど元まで出かかった「本陣を下げる」という一言を呑み込んだ。

「島寺殿!」
「黙れ」

 撤退を促そうと声を上げた参謀を、静かな声音で黙らせる。
 結羽と視線を合わした島寺は軍人ではなく、武人となったのだ。

「虎熊軍団肥前方面軍総大将・熊将・島寺胤茂」
「燬峰王国王女・燬羅結羽よ」

 お互いに名乗りを上げ、両者の馬廻が武器を構えた。
 参謀には理解できなくとも、島寺の馬廻は退くことなど全く考えていない。
 ただ、主の一騎打ちを邪魔する相手の馬廻を駆逐することしか考えていなかった。

「来い、小娘!」
「誰が行くか!」

 年長者らしく余裕を見せた島寺に対し、武術で敵わぬことを知っている結羽は錫杖の石突を地面に突き刺し、その四面を島寺に向ける。

「消えて」

 霊術が白兵戦において無敵を誇る中距離において、鎧ごと焼け爛れさせる熱波が怒濤の勢いで島寺に襲いかかった。
 その避けられぬ危機に対し、島寺の右手が閃く。


「―――甘いわ!」
「え?」


 これまで、数多の障害を灼き尽くしてきた火砕流は、島寺が腰から抜き放った一閃によって断ち切られた。

「未熟の身で我が前に立ったこと、後悔するがいいわ!」

 刀を引き戻し、四散する火砕流の残滓を突き破った島寺は一気に距離を詰め、結羽の眼前で刀を振りかぶる。
 圧倒的とも言える武力の前に、結羽は立ちすくみ、己を斬り倒すであろう刀身を見上げることしかできなかった。

 燬羅結羽。
 燬峰王国王家・燬羅家の長女として生まれた彼女は幼くして、燬羅氏の氏神・温泉神社に預けられる。
 島原半島の南西部に位置する温泉神社は、霊能士育成施設でもあり、多くの若者が通っていた。そして、結羽も彼らに混ざって霊能士への道を歩み出す。
 目的は小国に付き物である落城に際して、兵に犯されることないように自衛するためだった。だが、その人生も、ちょうど中央で朝廷が動き出したと同じ頃に激変する。
 神社の蔵に納められていたはずの錫杖が結羽の前に降り立ったのだ。
 突然、準神装の使い手に選ばれた結羽は、持ち前の利発さと見識に続き、武力を手に入れた。
 森岳城に帰った結羽は侍女の中から才能ある者を集め、武装侍女隊を組織して自らの旗本を組織する。
 結羽に任された任務は多くは森岳城の守備だ。
 故に武装侍女隊は籠城兵としての活躍を期待し、燬峰軍団は男たちを連れて遠征してきた。
 如何に自分に【力】があろうと、結羽は武人ではない。
 故に、勇敢ではあるが、精強ではない。
 自身の【力】が通用しない以上、それを打開する術は彼女にはなかった。

「ぐわっ!?」

 悲鳴は島寺のものだった。

「え?」

 さすがに斬られる寸前まで目を開けておりことはできず、思わず目を閉じていた結羽は悲鳴に目を開ける。
 そして、見た。
 自分の前にいる少年が黄金色の光を盾に、島寺を跳ね飛ばしたのを。

「間に合い、ました・・・・」

 ガクッと崩れ落ちたのは後方にいたはずの従流だった。
 彼は輿に前進を命じ、間に合わないと判断した瞬間に下方に向けて霊力を爆発させて飛翔する。そして、結羽と島寺の間に着地するなり、数珠に霊力を通して島寺を押し返したのだ。
 急に降ってきた従流に驚いた島寺はその刀を振るうことなく、数間の距離を押し返される。

「ちょっと、時間をください!」
「「「おおうっ」」」

 霊力の反動で自分たちが持っていた輿を破壊された男たちはその腰から刀を引き抜くなり島寺に飛び掛かった。
 彼らは輿を持つ屈強な男たちだが、従流の最期には盾となる男たちであることもあり、馬廻と比べても精強である。
 それでも霊装持ちの島寺には敵わないだろうが、四人がかりで抑えにかかった。

「ちょ、ちょっと無茶しないで」

 地面に倒れた従流を抱き起こした結羽は、思いがけない行動に出た彼をなじる。

「はは。でも、こうでもしないとあなたは殺されていたでしょう?」
「うっ」

 武道とは縁のなかった結羽だ。
 かつて、鹿児島城本丸御殿に強襲をかけた時も、近衛衆における武辺一辺倒の隙を衝いただけの、いわゆる霊術戦だった。
 霊装を使いこなし、武術も人並み以上である島寺を相手に単身で挑むには「無茶」だっただろう。

「いいですか、結羽さん」

 後悔して冷静になった結羽に従流が諭すように言った。

「僕が『やれ』と言った時、最大出力で火砕流を叩き込んでください」
「え?」

 彼の真意を見抜く前に彼は己の数珠を握り締める。そして、ちょうど、四人の兵は島寺の一薙ぎにて吹き飛ばされた。

「貴様!」

 従流の光に守られた四人には、致命傷と思われる傷はない。また、島寺にも大小様々な傷は認められるが、戦闘行動に支障はないだろう。
 何より、従流は戦闘訓練をほとんど受けていない十四才の子どもだ。

「龍鷹侯国先代侯王・鷹郷侍従朝流が四男、鷹郷従流です」
「鷹郷・・・・ッ」

 島寺は従流の名前に驚いたが、まさに飛んで火に入る夏の虫状態であることに喜色を浮かべた。

「はっは、頼みの衛士たちも動けぬ以上、貴様ひとりで何ができる?」

 一瞬、結羽に視線が飛んだが、びくりと体を震わせた結羽を嘲笑して島寺は問う。

「何が、ですか」

 それに対し、従流は後方へと振り返り、自信満々に胸を張った。

「数瞬の間に傷つく兵に対して謝ることですかね!」

 従流は動かぬはずの足を動かして大地を蹴る。しかし、それは武芸者から見れば、遅い。

「はぁっ!」

 重いからと言って兜を被らぬ従流の脳天向けて島寺は大上段から霊装を振り下ろす。だが、それは従流が予想した一撃だった。

「な、にぃ・・・・ッ!?」

 黄金色に輝く数珠が刃を受け止め、衝撃すらも封じ込める。さらに霊装を留め置いて、島寺の動きを封じた。

「くっ」

 ガクリと膝をついた従流に引かれ、島寺も体勢を崩す。

「き、貴様・・・・ッ」
「武術ができぬのならば、霊術で勝負すればいいんです。たとえ、霊術が容易に効かぬ相手だとしても、そこは頭で考えれば敵を封じることもできる!」

 従流の言葉は、彼の勇姿を呆然と見つめていた結羽に向けられていた。

「僕にはここまでです。だから、だからやってください! "僕ごと"」
「―――っ!? な、何を言って・・・・ッ!?」
「貴様、正気か!?」

 従流の言葉に結羽だけでなく、島寺も驚愕する。
 確かに従流は島寺の動きを止めた。しかし、それは数珠の霊力に島寺が持つ霊装を引き寄せただけに過ぎない。
 密着している彼らの、島寺だけを灼き尽くすような繊細な攻撃は、結羽にはできない。
 それが分かっているのだろう、だから従流は自分ごと燃やせ、と言ったのだ。

「こ、こんなこと・・・・っ」

 慌てて周囲を見渡す。
 誰かひとりでもいれば、島寺の傍に行って斬り倒すことができるのだ。

「殿! 今、参りますぞ!」
「させるか!」
「邪魔だ! 熊将の首は貰い受ける!」
「誰が退くか!」

 だが、結羽以外の何者もそんな余裕はない。
 連合軍の将士は島寺に近寄ろうとしてできず、そして、従流に近寄らせないように必死だった。
 もちろん、虎熊軍団の将士も同じだ。
 今、この瞬間に彼らに接触できるのは結羽のみ。

「早く! 抑えるのも永遠ではありません! また、この瞬間、僕の加護は全軍に届いていない!」
「ぐぅ・・・・っっ!!!」
「くっ。・・・・分かりますか? 今この瞬間、本来ならば救えていた命が散らされているんです! あなたが逡巡する時の間に、あなたの兵が血を流しているんですよ!?」

 必死に霊力を絞り出して島寺を抑える従流。
 逆に島寺は封じられた霊力ではなく、渾身の力を込めて従流を突き放そうとする。
 全身全霊を打ち込んでいる従流には戦場全体に防御の加護を張り巡らせる余裕などない。
 そうなれば、寡兵で戦っている連合軍側は徐々に不利になっていくだろう。

(分かってる! 今が・・・・今が虎熊軍団を撃破する、最大の機会だってことは・・・・ッ)

「でも・・・・ッ」

(あなたは私に言ってくれた!)



『不安に思って、泣きそうになりながら国のために必死になるあなたを置いて、帰ることなんてできませんよ』



 嬉しかった。
 とてつもなく嬉しかった。
 自分を一国の姫としてではなく、ひとりの人間として、ひとりの女の子として見てくれたことに。
 そして、同時に思ったのだ。

(私はあなたを死なせたくない!)

 外交問題とか、そんなことは関係ない。
 ただの、ただの一個人としての意見として、鷹郷従流に死んでほしくないのだ。



「―――大丈夫ですよ」



「え?」

 苦しいはずなのに、いつもの穏やかな優しい声音。

「僕は死にません」

 振り向いてにっこりと笑ってみせた従流は島寺に向き直るなり、声を張り上げた。

「やれ、"結羽"!」
「―――っ!? はい!」

 自然と体が動いた。
 力強く錫杖の石突を大地に叩きつけ、四面全てを島寺と、従流に向ける。

「いっけぇぇぇッ!!!!!!!!!」

 四面から吐き出された火砕流は容赦なく従流と島寺を包み込み、幔幕などを灼き尽くして十数間を焦土と変えた。










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