前哨戦「若き鷹の飛躍」/六
肥前国森岳城。 この城の北方から西方にかけて広がる沼田が散乱している。そして、それより西側は眉山山中に入り、大軍の行動は妨げられた。 難なく進める経路は海側だったが、海側は龍鷹海軍の行動が予想されたので、虎熊軍団は沼田を避けながら森岳城西方を優先しようと動き出していた。 つまり、虎熊軍団対燬峰・龍鷹連合軍の戦いはこの沼田地域で行われることとなる。 その沼田地域は「沖田畷」と呼ばれていた。 沖田畷の戦いⅠscene 「―――申し上げます! 敵は沼田を防衛拠点にして展開している模様! 数は不明なれど、一〇〇〇は下らぬと思われます」 中央・虎熊軍団本陣。 虎熊軍団は三会を出立し、沖田畷に入るなり、龍鷹軍団の奇襲攻撃を受け続けていた。 沼田に伏した状態で待ち構え、射程距離に入るなり引き金を引く。そして、そのまま白兵戦をせずに逃げるのだ。 それを追いかけ、虎熊軍団はやや分散していた。 「ようやくお出ましか・・・・」 本陣に座していた島寺は腰を上げる。 「分散している部隊の位置は掴めているな?」 「はい」 虎熊軍団本隊六〇〇〇は沼田に進路を阻まれ、各円居ごとにバラバラになっていた。しかし、各円居同士の情報伝達などを自由にさせているので、完全に別行動にはなっていない。 そもそも沼田の向こうには進軍する味方が見えるのだ。 「龍鷹軍団は田舎大名だが、大陸の軍勢と戦ったことのある経験豊富な軍勢だ。気を引き締めて当たれ!」 「「「オウッ!!!」」」 伝令たちが走り回り、龍鷹軍団の情報を伝える。そして、彼らは円居を整えると、一気に龍鷹軍団を踏み潰すために加速した。 「虎熊軍団が前進してきました!」 中央・龍鷹軍団先鋒。 物見の報告を受けた相川舜秀はゆっくりと頷いた。 彼が率いるのは龍鷹軍団の主力軍一〇〇〇である。 沼田を左右に置き、畷と呼ばれるあぜ道に布陣した龍鷹軍団は寡兵でも大軍を迎え撃てる備えを有していた。 「他の備えとの連絡を怠るな!」 相川が総大将だが、沼田の間を縫う畷は幾筋もある。 そのひとつひとつの分散させているため、相川が直卒するのは二〇〇前後と少ない。 全体を俯瞰すれば偃月の陣を敷いている龍鷹軍団に対し、虎熊軍団は数本の長蛇の陣で突撃した。 「撃てぇっ!」 相川勢の前方に布陣した十数人が一斉に引き金を引く。 飛び出した鉛玉は一町ばかり飛翔し、虎熊軍団が押し出した盾に弾かれた。 「あれが・・・・重装甲歩兵か・・・・ッ」 屈強な兵士が分厚い甲冑に身を包み、鉄板入り竹束を押し並べで進軍するのが、虎熊軍団の得意な戦法だ。 常に止まらず、押し続ける強引な戦法。 「それを崩すには・・・・ッ」 相川は即座に霊術を発動、飛来した氷の槍を打ち砕く。 「横撃だ!」 言葉と共にひとりの霊能士が符を沼田に放り投げた。 それは沼田に落ちると共に力場を展開、すぐさまその力場を足場に鉄砲兵が折り敷く。 その場所は敵に対し、斜め十度。 真正面に展開していた重装甲歩兵の脇を射線に捉えた。 「撃てぇっ!」 霊術の応酬に視界が爆煙に包まれる中、十数人が再び発砲。 盾のない柔らかな横腹を撃ち抜く。 今度は悲鳴と共に血飛沫が上がった。 「戻れ!」 沼田を硬化させていた符術が溶けそうになり、霊能士が声を上げる。 横から崩され、隊列を乱す重装甲歩兵隊に霊術が叩きつけられ、目映い閃光が走った。 「頃合いか・・・・」 敵軍は混乱している。 沼田も歩けると勘違いした虎熊軍団後続の足軽が沼田に踏み入れ、足を取られてバタバタと倒れていた。しかし、それに気付かず、重装甲歩兵は仇を討つために急進を開始する。 「全軍撤退!」 相川は叫ぶなり馬首を返した。 「返せ返せ!」 「遅れるなぁっ」 各備も本隊に従い、鉄砲兵が一発だけ敵に叩きつけるとすぐさま走り出す。 一目散に逃げ出した様は、重装甲歩兵隊の突撃に怯んで崩れたように見えた。 「敵は恐れをなしたぞ!」 「所詮は田舎武者! 大陸と交易する文化人の前には怯むのみだ!」 先鋒を司った猛将たちがそれぞれの武器を掲げて突撃を命じる。 彼らは奇襲攻撃を浴び続けた鬱憤と敵本隊が容易に崩れたことで完全に興奮した。 「突撃ィッ」 沼田に取り込まれた味方は捨て、虎熊軍団が全戦線において急進を開始する。 味方の屍を乗り越え、突撃態勢に入った虎熊軍団は、先鋒だけでなく、本陣も森岳城西方を占めるために移動を開始した。 山側を進む虎熊軍団も迎撃に出た吉井勢五〇〇を押し込み始めており、海側の軍勢も森岳城北方に布陣していた。 戦況は開始一刻を経て、虎熊軍団向けて傾き始める。 兵の覚悟の前に、兵力差が大きく立ちはだかったのだった。 「―――申し上げます!」 中央・龍鷹軍団本陣。 森岳城西南西に、鷹郷従流本隊が布陣していた。 その戦力はわずか一〇〇ほどであり、虎熊軍団が来襲すれば瞬時に崩壊することは目に見えている。 「相川勢は撤退を開始。分散していた兵力を糾合しつつこちらに向かってきます!」 従流が布陣しているのは沼田帯を抜けた先にある森だった。 木々に覆われていており、前線の様子は見えない。 「虎熊軍団の様子は?」 「はっ、先鋒は元より、本隊も移動を開始しました」 「沖田畷一帯を支配することで沼田帯を利用した奇襲攻撃を封じるつもりですね・・・・」 沼田帯は大軍で布陣した場合、移動が困難である。しかし、沼田帯を包み込むように布陣した場合、その内部は鉄壁となる。 沼田帯に布陣した軍勢を上回る軍勢がやってきた場合には通用しないが、今の島原半島に八〇〇〇を超える軍勢は存在しなかった。 「しかし・・・・」 従流は床机から立ち上がり、脇に控えていた輿に乗る。 「兵の士気、兵力差に次ぐ第三の戦力成分を活用しましょう!」 「相川勢、到着しました!」 「柵を引き起こせ!」 報告と同時に後藤公康が指示を出し、従流本隊は撤退ではなく、迎撃するために動き出した。 「追え、追えぇっ!」 中央・虎熊軍団先鋒。 虎熊軍団の先鋒を司る土谷政幸は自身の騎馬隊を突出させて追っていた。 龍鷹軍団の本陣に掲げられていた馬印は龍鷹軍団の中核を担う相川家のものだったからだ。 相川家の部将を討ち、その旗を倒すことは虎熊軍団が龍鷹軍団を倒した証拠となる。 九州最強となることは、九州各地の豪族たちが帰順しやすくなるはずだった。 「殿、突出しすぎではございませんか?」 側近から不安そうな声がかけられ、頭に血が上っていた土谷は周囲を見渡す。 重装甲歩兵や長槍足軽、鉄砲足軽、徒歩武者が入り乱れており、備えは崩壊していた。そして、別の道を進んでいた部隊がそのまま合流することでその崩壊は手を付けられぬものにまで発展している。 (マズイ・・・・) 上っていた血の気が一気に退いたと同時に、虎熊軍団の進軍が急に止まった。 相川勢が沼田を抜けたと思えば、急に柵が持ち上がったからである。 「な・・・・っ」 急に濁流が堰き止められ、虎熊軍団は押し潰されたように玉突き事故を起こした。 止まった流れを押し返す、数百の弾丸による奔流が襲いかかる。 それは主立った将を撃ち倒す、狙撃だった。 「くっ」 殺気を感じて馬から飛び降りていた土谷は呻き声を上げる。 「すぐに重装歩兵で盾を押し並べろ! 鉄砲衆は応戦しろ!」 指示を出したが、どれだけの効果があるかは分からなかった。 大混乱に陥った先鋒部隊は後退しようにも次々と押し寄せる味方に背中を押されて下がれない。だが、戦闘中に陣替えを行うのは至難の業だった。 「だ、ダメです! 重装歩兵は動けず、鉄砲兵は優先的に狙撃されています!」 故に次々と撃ち込まれる鉄砲に損害を増やし、先鋒部隊は瓦解寸前になっている。 後ろがなければ潰走していてもおかしくはなかった。 「敵、突撃してきました!」 「何!?」 霊術の爆発で数名の足軽が沼田に跳ね飛ばされ、踏み止まった者たちは馬蹄に踏みにじられる。 「くっそ!」 土谷は馬上槍を握り締めて馬腹を蹴った。 扇状に布陣した真砂勢の鉄砲と相川勢の反転攻撃は容赦がない。 虎熊軍団先鋒は逃げも隠れもできず、ただただ龍鷹軍団に蹂躙された。 「もう、策はないな・・・・」 山側・龍鷹軍団。 本隊同士が激突した沖田畷の西方では龍鷹軍団五〇〇と虎熊軍団一〇〇〇が激突していた。 当初、中央軍と同じく奇襲作戦を以て出血を強いた龍鷹軍団だったが、重装歩兵と大口径鉄砲を前面に押し出した虎熊軍団の前に消耗する。 その後、本隊の前に築かれた柵の西限である丸山出丸に引き籠もった。 丸山出丸は森岳城の出丸であり、一昼夜で造られたものではない。しかし、元々簡単な防衛施設であったために、虎熊軍団を抑えられるほどではなかった。 結果、負傷兵を収容しては出撃を繰り返すものとなっている。 「殿、戦える兵は四〇〇を切りました」 「突撃は・・・・あと数回が限度か・・・・」 部下の報告に吉井は歯噛みした。 その報告は死傷者が二割に達していることを意味する。 (開戦して一刻ほどでこれなのだから、もう一刻保つかどうか・・・・) 「行くぞ! とにかく我らは敵右翼を中央に向かわせないことが目的だ!」 吉井は大身槍を振り上げ、残りの部隊を率いて突撃した。 迎え撃つ虎熊軍団は奇襲攻撃でほぼ同数程度の損害を与えてはいるが、それでも八〇〇。 真正面からぶつかる以上、兵力差の力は絶対だ。 (だが、瞬時に潰れるものではない!) 兜に直撃した弾丸の衝撃に耐え切り、霊術を発動させる。 前面に押し出された重装槍兵の盾が霊術を受け流した。しかし、その衝撃波は周囲に吹き荒れ、敵鉄砲兵は射撃を躊躇する。 その隙に距離を詰めた吉井は霊力を込めた大身槍で重装槍兵の盾をブッ叩いた。 「おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」 主将の気迫が乗り移った将兵は次々と突撃を開始し、怯みを見せた重装槍兵が盾の隊列を崩す。そして、その隙間に徒歩武者がすり抜けて刀槍を振り回した。 あちこちで血飛沫が上がり、重装甲に小回りがきかない虎熊軍団は次々と追い立てられていく。しかし、それも重装槍兵の間に敵の徒歩武者が入ってくるまでだった。 いたるところで白兵戦が展開され、槍兵が撤退する。そして、陣形を整えた後、重突進で吉井勢を押し返した。 一連の戦闘で両勢は数人の死者と数十人の負傷者を出す。 その比率は三対一で、龍鷹軍団の有利だった。 すなわち、龍鷹軍団は六名の死者と二一名の負傷者を出したが、虎熊軍団は九名の死者と三四名の負傷者を出したのだ。 五〇〇対一〇〇〇である以上、この戦闘は勝利であった。だがしかし、受けた損害は一連の損害と合わせると、現代軍学で言う壊滅を意味する三割に達しようとしている。 「耐えよ」 (いつまでだ?) 諸将にそう伝えつつも、吉井はそんな疑問に取りつかれた。 『もちろん、若殿が戦局を動かされるまでだ』 今は亡き兄ならば、そう信じて戦っただろう。 しかし、中央軍を指揮するのは鷹郷従流であり、兄が信じ続けた忠流ではない。 「いや・・・・違うな・・・・」 鷹郷従流は都農合戦において、堪え忍ぶ戦いを選択して増援を引き寄せた。 ならば、今回も何かあるに違いない。 沼田を利用する戦術的なことだけでなく、戦略に通じる何かが。 身内同士の殺し合いを経験した忠流が、身内を見捨てるわけがないのだから。 ―――ドォッッッン!!!!! 吉井の考えを裏付けるよう、森岳城の向こう、東の海より轟音が鳴り響いた。 『な・・・・ッ!?』 海側・燬峰軍団。 虎熊軍団左翼――海側を進む諸角勢と交戦していた燬峰軍団は横っ面を引っぱたかれたかのように顔を上げた。 風を切る音と共に飛来した黒い物体は地面に大穴を穿ち、命中した木々を砕く。 燬峰軍団は白兵戦を行わず、森岳城から出撃した遠戦主体の部隊が射撃戦を行うことで虎熊軍団に遅滞行動を強いていた。 このため、"海からの砲撃"に対して安全圏にいたのだ。 故に見ることとなる、炸裂弾でなくとも艦砲射撃は恐ろしいことを。 「無茶苦茶です・・・・」 森岳城の物見櫓に上っていた結羽は有明海に現れた艦隊に対し、恐怖に震える声音で呟いた。 安宅船、関船は本来、大砲を船首にしか備え付けていない。 このため、陸に向かいながらしか撃てず、艦砲射撃は限られた時間及び角度でしか行われない。 だから、陸兵はその射撃線から逃れるように動けば、簡単に砲撃から逃げることができた。 しかし、今回は違う。 その努力を無にする、圧倒的な散布界を保有する怪物がいた。 大きさは大型の安宅船程度であり、そう驚くほどではない。しかし、彼女は驚くことに陸地に対して平行に航行しながら砲撃していた。 即ち、艦舷に砲門があるのだ。そして、それが並んでいるのだ。 その艦舷より数個の光が発せられ、逃げ惑う諸角勢の真っ直中に着弾した。 鉄弾が跳ね回り、人馬問わず押し潰される。そして、灼熱の鉄弾は引っかけた火薬箱を発火させて爆発された。 四散した木片は凶器となり、より広範囲の士卒を死傷させる。 自分たちの銃撃は届かず、一方的に撃たれるだけとなった諸角勢は退き太鼓を叩いて海側からの攻略を諦めた。 断続的な砲撃によって海側はほとんど死傷者を出さずに防衛に成功する。そして、それはその余剰戦力が他の戦線に影響を与えることを意味した。 「すぐに白兵戦戦力を結集させて」 物見櫓から飛び降りた結羽は懐から鉢巻きを取り出し、それを額に巻く。 「結羽様、どこへ?」 自身も武装した侍女が問い掛ける中、結羽はひらりと馬に飛び乗った。そして、ウインクを飛ばしながら宣言する。 「ちょっと、向こうの弟くんのところまで」 「は?」 呆然とする侍女だけでなく、結集途中の白兵戦部隊を置き去りにし、結羽は開門させて沖田畷目掛けて突撃した。 後にはまさに押っ取り刀といった風体の武士たちが続いていく。 一方、中央軍の戦局は厳しさを増していた。 「甘田規路様、御討ち死に! 敵は第二防柵を突破しつつあります!」 「・・・・そう、ですか・・・・」 前線から苦戦を告げる報告に従流はため息をつく。 (これまで・・・・ですかね・・・・) 沼田を利用した戦術は敵先鋒を粉砕することに成功した。 虎熊軍団先鋒五〇〇の三〇〇人を超える死傷者を出して壊滅する。しかし、彼らの屍を超えた次鋒はほとんど無傷であり、龍鷹軍団に襲いかかった。 真砂勢の鉄砲が緒戦の火力戦で砲身が加熱しており、射撃不能になると、戦局は一気に傾く。 殿をほぼ一瞬で踏み潰した虎熊軍団は第一防柵を乗り越えて第二防柵に殺到した。 ここで予備の鉄砲隊を用いた防衛戦が展開され、重装槍兵の隊列を乱す。 さらに後藤公康率いる白兵戦部隊の突入によって次鋒主将を討ち取った。しかし、ここが限界であり、第三備の到着と共に龍鷹軍団は防戦一方となっているのだ。 先程、討ち死にしたのは内乱で味方した浪人衆のひとりで、この戦いでは五〇人の足軽を指揮していた足軽大将である。 このように、中間指揮官の戦死者が出るようになると、戦線崩壊は間近と考えられた。 (なかなかに、よく訓練されている・・・・) 足場の悪い沼田とあぜ道を長駆し、側方から射撃されるなどの緊張感を与えられながら、未だ軍団としての攻撃力を有することに驚いていた。 普通であれば、攻め疲れた敵軍は後方の部隊と入れ替えようとする。しかし、その入れ替えが行えない地勢においては無理攻めはせずに兵を返すものだった。 従流の勝利条件は、今日を耐え切ること、である。 龍鷹海軍が一敗地に塗れたのは輸送艦隊を護衛するという足枷があったからだ。 同条件で激突した場合、虎熊軍団に遅れを取ることはない。 そうして有明海の制海権を確保したならば、一万近い敵軍の糧秣はおそらく数日で尽きるに違いない。 どれだけの兵を擁していても腹を満たせないのであれば意味がない。そして、近現代のように国民兵ではない戦国の軍隊は、秩序が崩壊して逃亡兵が続出し、最終的には泡雪のように消え去るのみだった。 「僕も・・・・出ますか・・・・」 勝利条件を満たすため、こちらが先に潰れては意味がない。 故に従流が持つ霊装の【力】を発揮して戦線を支えるのだ。 「よっと」 用意させた輿に乗り、屈強な男たちがそれを持ち上げる。そして、数珠の加護が前線に届く位置に移動しようとした時、彼女は来た。 「第三備が敵軍を押し込んでいます」 中央・虎熊軍団本陣。 虎熊軍団肥前方面軍の本陣に、捷報が舞い込んできた。 散々に苦戦し、先鋒を失ったのは誤算だったが、二刻もの間、虎熊軍団の攻撃に耐えてきた龍鷹軍団の粘りには驚嘆する。 (さすが、守勢決戦を得意とする軍団だ・・・・) 島寺は床机に座ったまま使番に頷きながら思った。 すでに海側の敗北は伝わっている。 龍鷹海軍の来援は即ち、虎熊有明艦隊による制海権確保が難しくなったことを意味する。 (琉球における中華帝国との戦いもこうだった) 龍鷹軍団が琉球王国と連合して戦った戦争において、龍鷹軍団は一度、中華帝国の大軍が上陸した後に敵海軍を粉砕。 その補給を断ったことで戦争終結交渉の席に着かせたのだ。 「水軍が敗北するのは時間の問題、ならば早急に森岳城を落として燬峰王国を滅ぼす!」 膝を打って立ち上がった島寺は未だ野戦中ながらも本隊とその後方に続く部隊を城攻めに使うことを決意した。 報告を聞く限り、城外で戦っているのは龍鷹軍団であり、燬峰軍団は森岳城に立て籠もっている。 これを落とせば、援軍である龍鷹軍団は鉾を納めざるを得ないだろう。 先鋒と次鋒は約五〇〇ずつ、現在戦っている第三備は一〇〇〇、その後衛部隊は五〇〇から構成され、総勢二五〇〇が第一陣だ。 実際に沖田畷で龍鷹軍団と戦っているのはこの第一陣であり、ほぼ同数である本隊――第二陣は第一陣がこじ開けた道を進んだのみだ。 因みに後備である五〇〇は後方の晴雲寺に残っている。 島寺はこの第二陣の内、一五〇〇を城攻めに用いるために配置転換を命じた。 海側で牽制していた部隊が消滅したことで、森岳城方面より出撃する可能性がある燬峰軍団を牽制する目的がある。 これで、島寺は後備を除いた予備戦力は本隊一〇〇〇にまで落ち込んだ。 島寺はこの戦力の内、龍鷹軍団が崩れた場合、さらに追撃部隊として送り込むつもりである。 沼田という天然の要害に囲まれたこの本陣は、極限まで守備兵力を少なくしてもいい、一度敵を叩き出してしまった者からすればこれ以上ない防御地形だった。 「龍鷹海軍の大砲は城の西側にまで届かん。陸に上がってくるのであれば、殲滅すればいい」 そう言って床机に座り直す。 すぐに使番が部隊を駆け回り、後方から攻城兵器が運ばれ、城攻めの準備が行われ始めた。 その様子を見ることなく、島寺は腕組みしたまま目を閉じる。 (諸角・・・・) 大砲の直撃で木っ端微塵となった同僚を悼んだ。そして、その空っぽの墓にへし折られた燬峰軍団の軍旗を添えることを誓う。 「全戦線において総攻撃を開始し、燬峰・龍鷹連合軍を粉砕する」 静かに宣言した島寺からは、熊将の名に恥じない覇気が迸っていた。 「「「「「ぎゃあああああああああああ!?!?!?!?!?」」」」」 中央・龍鷹軍団本陣。 最前線から耳を塞ぎたくなる絶叫が響いた。 輿の担ぎ手が動揺したのか、揺れ動いた輿の縁を掴みながら従流は瞑目する。そして、簡単に黙祷を行った従流は空気の変わった場所に視線を向けた。 「さ、行きましょうか」 今まさに柵を乗り越えようとした一団に火砕流をぶつけて撃退した結羽は、五〇名からなる白兵戦部隊の先頭に立って本陣へ入ってくる。 龍鷹軍団の本陣は一〇〇名ほどで、隠れた場所にあった。しかし、彼女たちは事前に場所を突き止め、さらに虎熊軍団に悟られないように迂回してきたようだ。 途中で敵に一撃を与えるというオマケ付きで。 「どこへ、ですか?」 龍鷹侯国で見せていた楚々とした王女ではなく、乱世を生きる小国の姫らしい快活とした笑みを見せる結羽に、従流は問う。 「もちろん」 ニヤッと笑い、錫杖を肩に担いだ結羽は、ここで初めて燬峰軍団の将兵に行き先を宣言した。 「敵本陣」 「「「「「ええええええええっっ!?!?!?」」」」」 両勢の将兵が驚きの声を上げ、従流の乗る輿が大きく揺れる。 龍鷹軍団は守りに徹し、敵の綻びを見つけるまで戦い続ける粘りの戦いを得意とする。 虎熊軍団は苛烈な攻めにて敵の備えをこじ開ける戦いを得意とする。 双方に共通する戦法名は「正面決戦」。 しかし、燬峰王国は小国故に、一撃必殺を旨に奇襲戦法を多用する。 諫早城攻防戦においても、最後は奇襲によって勝利を得たのだ。 故に、目指すは敵大将の首ひとつ。 戦略的勝利による戦術面での引き分けを望む龍鷹軍団と、戦略的勝利を得るために戦術的勝利を得る必要がある虎熊軍団に対し、燬峰軍団はあくまでの戦術的勝利を第一条件にした。 要は「戦術的に勝てば、戦略的にも勝利できる」という考え方である。 「行け、ますか?」 「うん、私と君が力を合わせれば、ね」 自身の錫杖を提示し、従流が握り締める数珠を指差した。 「正攻法では敵わない。ならば、搦め手、ですか」 「君のお兄さんも得意な戦い方だと思うけど?」 「・・・・兄上のは、戦略的奇襲ですよ。戦いを始める前から奇襲の術は整えてあるんですよ」 物見の報告では虎熊軍団本隊は一部兵力を分派して城攻めを行うらしい。 それでも一〇〇〇人の護衛がある。 それを突破するためには綿密な計画が必要であり、今から思いつくものではなかった。 「それをどうにかするのが弟くんの仕事よね~」 「はぁ・・・・」 完全に他人任せでいた結羽にため息をつき、従流は使番を呼び寄せる。 「こんなこともあろうかと、一応、考えてはいました」 「わぉ、一度は言ってみたい言葉ね」 「茶化さないでください」 キッと一睨みしてから、従流は使番に指揮を執る相川への伝言を頼んだ。 「兵をまとめ、撤退してください」 |