前哨戦「若き鷹の飛躍」/五



「―――ほう、燬峰軍団がな・・・・」

 筑前国大野城。
 虎熊宗国の重要拠点であるこの城は、虎熊軍団の"西虎"・羽馬脩周(ババサネチカ)が居城である。
 対九州戦線が任されている"西虎"だったが、近年は虎熊宗国の方針から本州山陰方面へと出兵していた。
 五年間の遠征によって石見国の半分近くまで制圧することに成功したが、軍団の疲弊および山陰地域に覇を唱える国の本格的な抵抗が始まったために侵略を中止したのだ。
 結果、二万人近い戦力が九州へと帰還し、北上を開始した龍鷹軍団に対することとなった。
 筑前国久留米城に帰還した熊将へ四〇〇〇を率いて隈本城へと出陣するよう命じると、本日、もうひとつの知らせが舞い込んできたのだ。

「肥前衆が押されているのは分かっていたが・・・・」

 肥前衆に目されている唐津、小城の豪族は虎熊宗国に通じており、彼らに西肥前の動向を探らせていた。
 それを武雄小泉氏は気づいていたらしく、小城の豪族を通して援軍要請をしてきたのだ。
 燬峰軍団には虎熊軍団が敵対すると決定した龍鷹軍団が加わっており、援軍要請は筋に通っていた。
 このことから、小泉氏は九州情勢に通じており、ただの小大名ではないことが窺える。

「肥前衆を虎熊宗国に引き入れるには絶好の機会だな」

 羽馬は立ち上がると、手を叩いて小姓を呼んだ。

「また、主立った者は早急に大野城へ来るように命じよ!」
「はっ」

 ふたり来た内のひとりが頭を下げると、回れ右して廊下に駆け出していく。そして、残ったもうひとりが意思のこもった目で羽馬を見遣った。

「そなたは福岡城へと走り、この書状と事の次第を説明して参れ」
「畏まりました!」

 福岡城城主――つまり、虎熊宗国の宗主――に直答する権利を得た小姓は嬉しさに背筋を震わせ、慎重な手つきで書状を受け取る。

「急げ、時は有限ぞ」
「ははっ。さればこれにて!」

 虎熊軍団は大軍を用いた分進合撃の電撃戦を得意としていた。
 宗主の許可を取り付けた瞬間、虎熊軍団は至る所から出撃して敵地を侵し出すのだ。

「しかし、龍鷹軍団が来ている、か・・・・ふむ」

 周囲にもう小姓はいない。
 だから、羽馬は大声で屋敷中に命令した。

「船を用意しろ!」


 対する燬峰軍団は、


「―――何を考えている・・・・」

 三月二十日、肥前国鹿島城を臨む平野部に燬峰軍団は布陣していた。
 分進合撃した燬峰軍団は合流に成功し、迎撃に出た鹿島勢を撃破する。そして、鹿島勢は鹿島城に籠城していた。

「前方に布陣するのは約二〇〇〇! 武雄領主、小泉規雄殿の馬印も確認できます」

 物見の報告は、武雄勢が籠城せずに野戦を挑んできたことを意味する。
 武雄領に侵攻した一〇〇〇が壊滅していない以上、武雄勢は本領を捨て置いてやってきたことになる。

「尊次、どう見る?」
「単純に考えて、増援が来るのでは? しかし、それを待っていては鹿島城が陥落するからではないでしょうか」
「松浦か?」

 佐世保勢を向かわせてはいるが、松浦勢ならば佐世保勢をあやしつつ武雄領へ増援を送ることは可能だろう。だがしかし、その戦力は約一〇〇〇だろう。

「三〇〇〇で何ができる・・・・」

 連合軍は七〇〇〇。
 すでに龍鷹軍団一〇〇〇を鹿島勢の抑えに向けていた。
 ならば、燬峰軍団五〇〇〇は全て肥前衆の前面に布陣している。

「まあ、武雄勢の主力がいるならば都合がいい・・・・」
「そうですね、少し龍鷹軍団にいいところを持って行かれるのが悔しいですが」
「なあに崩れた奴らを始末するのは俺たちだ」

 そう言って、尊純は四つ又の鉾を肩に担いだ。

「ただ、待つだけというのも苦痛ですけど・・・・」
「だなぁ。・・・・俺たちも早く船を造らないとなぁ」






奇襲scene

「―――見えました! 輸送船団です!」

 肥前国多比良港。
 ここに、燬峰軍団増援部隊の本隊である二〇〇〇の先鋒・吉井忠之勢が集結していた。
 沿岸には龍鷹軍団を薩摩からここまで運んできた海軍輸送部隊が展開し、港に向かって航行している。

「しかし、ことに戦役における戦略判断は従流様の十八番だな・・・・」

 吉井忠之は隊ごとに乗り込む船が接舷するまでの間、空を見上げていた。
 重い雲が垂れ込め、有明海も薄もやがかっている。
 先に到着した海軍連絡船の将校が言うには、波も荒れており、陸兵には辛い環境だという。

「ん?」

 輸送船の半数が接舷し、輸送船に陸兵が乗り込み始めた時、護衛していた関船が急に反転した。そして、輸送船から陸兵が追い出されてその船も抜錨していく。

「吉井様! あそこ!」

 脇大将が指差した先は靄がかった海岸だった。
 そこに黒い点が生じており、徐々に大きくなっていく。

「あれは・・・・船、か?」

 黒点が船の形を取った時、突然その黒点が光点へと変わった。そして、遅れて腹に響く砲音がいくとも轟く。

「―――っ!? 伏せろ!」

 吉井が指示を出すと共にいくつもの空気を切って砲弾が落ちてきた。
 着弾音が鳴り響き、直撃を受けた輸送船が大穴を開ける。
 船底を砕かれた船は沈み始めるが、炸裂弾ではない以上、多くの非武装輸送船は生き残った。だが、襲いかかってきた船団は少なく見ても五〇隻。
 軍船がほとんどいない以上、龍鷹海軍に勝ち目はない。

「チッ。―――乗船は中止! 石火矢の射程外へと退避せよ!」

 吉井は指示を出しつつ、龍鷹海軍と戦いを開始した船団を凝視した。
 ≪朱地に黄の豺羆≫。
 西海道最大最強の国家――虎熊宗国の軍旗だ。

(肥前衆との戦いは許可されているが、虎熊軍団との戦いはまだ許可されていない・・・・ッ)

 吉井は混乱する部隊をまとめあげ、島原向かって後退を始めた。



 鵬雲三年三月二三日、熊将・島寺胤茂率いる虎熊軍団約一万が島原半島北部、多比良港に上陸した。
 途中、虎熊水軍は龍鷹海軍の輸送船団を壊滅させる。そして、上陸した後に、必要な武器弾薬および糧秣を届けることに成功する。
 龍鷹海軍は一連の海戦で輸送船団の七割を喪失しただけでなく、虎の子であった安宅船一隻を含む十数隻の戦闘船を失った。
 これは国内では初と言える敗北であり、報告を受けた龍鷹海軍首脳部は顔面蒼白になったという。
 何はともあれ、虎熊軍団は大軍を燬峰王国本城・森岳城まで三里ほどの場所に上陸させたのだ。
 これは肥前衆に対する増援であり、一気に戦争の趨勢を決める一手だった。
 なにせ、武雄攻略のために燬峰軍団はほとんど出払っているからである。



「お帰りください」

 吉井が放った早馬の知らせを受けた森岳城は静まり返っていた。
 報告を受けた瞬間、燬羅結羽は残っていた戦力に対し、総動員令を発している。しかし、それで集められる戦力は約五〇〇。
 約一万と見られる虎熊軍団の二〇分の一だった。
 だからこそ、結羽は龍鷹軍団に撤退を命じたのだ。

「五〇〇あれば、龍鷹軍団が半島南部に撤退し、代わりの輸送船がやってくるまでの時間は稼いでみせます。その後、頃合いを見て森岳城を放棄、諫早城にて兄上と合流します」

 本丸御殿にて正座して言う結羽の瞳には決死の覚悟が宿っていた。
 ただでは降らない。
 そんな意地を感じさせる瞳だが、それは死を前にした悲しい覚悟だった。

「・・・・公康、生き残った輸送船で運べる兵力は?」
「約五〇〇といったところでしょうか」
「分かりました。さっそく薩摩に連絡船を出し、増援要請を行ってください」
「・・・・よろしいので?」
「ええ」

 従流はにっこりと公康に笑みを向け、訝しげな視線を向ける結羽に向き直る。

「我々は退きません」
「な!?」
「侯王から命じられたのは燬峰王国の蓋を退けることです」

 従流は結羽だけでなく、麾下の武将たちにも語りかけた。

「虎熊宗国は聖炎国と軍事同盟を結び、龍鷹侯国と燬峰王国も軍事同盟を結びました。そして、燬峰王国が武雄を征伐して肥前衆との戦を終わらせれば、燬峰王国は虎熊宗国との緩衝地を失います」

 結羽が小さく頷く。

「この戦は近い将来絶対に起きていたものです。ならば、ここに我々龍鷹軍団がいたことは幸運でしょう。そして、この苦難を乗り越えた時、虎熊軍団は容易に燬峰王国向けて進軍することはないはずです」

 絶対に勝てる状況を作ったというのに敗北したというならば、そう簡単に動けなくなるのは当たり前だ。

「そもそも、虎熊軍団は龍鷹軍団の存在を知らずにこの侵攻作戦を展開しました。ので、僕たちの存在は相手にとって誤算です」
「・・・・その誤算を最大限に利用する、というの?」
「ええ」

 従流は結羽を見ずに答え、床に広げられた地図を見遣る。

「二五〇〇あれば、そう簡単には負けはしません」


「―――そう簡単にいきますかな?」


 従流の決意を聞き、士気の上がった燬峰軍団の部将たちに対し、冷ややかな言葉が発せられた。

「と、言うと?」

 それでも笑みを失わず、発言者である相川舜秀を見遣る。
 相川も出陣していたが、多比良には未だ到達していなかったので、吉井勢より早く帰還していた。

「上陸した兵が万規模である以上、熊将が出てきているのは明白。凡将ならともかく、虎熊軍団を支える将が相手では力不足は否めないでしょう」

 従流が徹底抗戦に出る以上、龍鷹軍団を率いるのは彼だ。そして、彼は自分に自信がなかった。
 名将と謳われた有坂秋賢に匹敵する力量を持っていた相川貞秀を父に持ち、兄たちも武勇に優れた部将たちである。だが、彼自身はこれが実質総大将として軍を率いるのが初めてなのである。
 同数のぶつかり合いでも負ける可能性がある将の器で、どうして一定の抵抗が可能なのだろうかと。

「そもそも、従流様の勝利条件は何ですか?」

 相川に続き、発言したのは真砂刻家だ。
 彼も顔色を見る限り反対らしい。

「本国からの増援は早くとも十日かかるでしょう。森岳城は別に難攻不落というわけではありません」

 彼の父――武藤家教が絶望的な籠城戦を展開した加治木城は、忠流が国分を脱出するための時間稼ぎと貞流勢に一撃を与えるという戦略目的があった。
 だが、ここで虎熊軍団に対抗するというのは戦略目的を伴わぬ、ただの意地だ。

「帰還しないにしても、全軍で諫早城へ脱出するのも手だと思えます」
「いいえ、森岳城は健在でなければなりません。ここは燬峰王国の霧島ですよ」
「「―――っ!?」」

 霧島神宮。
 龍鷹侯国にとって、最重要防衛地点とされる理由は、龍鷹侯国における国家基盤の根底だからだ。

「森岳城が・・・・温泉神社が陥落するということは、燬峰王国の滅亡を意味します」

 結羽が従流の言葉を継ぐ。

「それを知っているからこそ、虎熊軍団は多比良に上陸したんでしょう」
「故に、僕たちはこの地で敵を迎撃する必要があります。そして、勝つためにはあなた方の協力が不可欠です」
「しかし、私は・・・・」

 自信のなさからか、相川が縮こまった。

「今こそ、名門の意地を見せる時ではありませんか、相川殿」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「先代たちがあなたに託し、兄上が相川家を存続させた理由は、伝統と誇り、それを旨に現代を生きる名門を欲したからです」

 今の龍鷹軍団にかつて主力を担った人材は鹿屋家と鳴海家しかいない。
 先の二家に並ぶ大身だった相川家は減封、有坂家は滅亡した。
 現在、龍鷹軍団は台頭した長井家、武藤家、絢瀬家の他に群小の旗本をまとめた兵部省の役人が統一指揮することで戦力を保っている。
 だが、彼らに共通することは実力主義であり、先の真砂の発言のように、現実的な考えに傾きやすい。
 そこに歯止めをかけ、急激な変化がもたらす激動を緩やかにするのが名門の役目なのだ。

「今ここで、名門の意地を示してください」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 従流の言葉に、途中から俯いて拳を握り締める相川は、従流の言葉が終わってもそのままでいた。

(ものすごい葛藤でしょうね・・・・)

 たったひとり、生き残った負い目。
 周囲から晒される裏切り者の視線。
 偉大な父兄に対する劣等感。
 それらが彼を弱気にさせている。だが、従流は知っていた。
 彼が龍鷹軍団に必要な指揮官であることを。
 内乱において主力決戦となった湯湾岳麓の戦い。
 相川は彼の父率いる右翼軍に布陣していた。
 対するは、翼将・鹿屋利孝の軍勢である。そして、合戦終盤には鹿屋利直本隊も合流した大激戦となった。
 その時、鹿屋利直本隊を迎え撃ち、その鋭鋒を逸らし続けた部隊こそ、相川舜秀の部隊なのだ。

(彼は自信を取り戻さなければなりません。そして、この戦、負けるわけにはいきません)

「・・・・・・・・・・・・ふぅ」

 城の主である燬峰軍団の面々を無視し、緊迫した空気を放っていた龍鷹軍団の諸将が、相川が漏らしたため息で弛緩した。

「分かりました。我の・・・・いえ、我が家の名誉のため、軍を率いましょう」

 「おお~」と燬峰軍団側から声が漏れる。

「しかし!」

 バンと緩んだ空気を殴るかのように畳に手を叩きつけ、相川は宣言した。

「武運拙く我らが敗北した場合、従流様は早急に戦場を脱し、薩摩へと帰還するようお願い致します」
「・・・・それは・・・・」
「勝てば英雄、負けれども従流様が無事ならば名誉の戦死、従流様が死ねば主筋を守れず無様に死んだ負け犬です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「この願いが聞き入れられない場合は、力尽くで薩摩に送還します」

 鷹郷家に仕える名門としての矜恃を滲ませて宣言された言葉に、従流は苦笑を浮かべながら折れた。

「はい、万が一、破れるようなことがあれば、素直に逃げるとしましょう」

 「万が一」に力を込めた従流はすっきりとした表情で結羽に向き直った。

「では、迎撃と言うことで」



「―――いったい、何を考えているのかしら?」

 その夜、森岳城は戦いの準備に追われていた。
 夜に入ってすぐ、吉井勢が森岳城に帰還し、虎熊軍団が森岳城から約一里の三会に着陣したと報告が入る。
 途中で抑えなどに回したらしく、戦力は八〇〇〇にまで減っていたが、それでも大軍だ。
 燬峰軍団が掻き集めた足軽たちが列を作って続々と城門を潜り、その戦力は約六〇〇にまで増えていたが、焼け石に水だろう。
 やはり、勝負をするには龍鷹軍団の存在は不可欠だった。

「勝つこと、ですけど?」

 龍鷹軍団の軍旗である≪紺地に黄の纏龍≫を靡かせた軍勢を見送っていた従流は振り返らずに答える。
 ここは森岳城本丸に建てられた物見櫓だ。
 そこに上ってきた結羽が従流に声を掛けたのである。

「勝てるの?」
「・・・・相川殿次第、ですね」

 従流の横に並んだ結羽は戦装束に身を包んでいた。
 普通ならば、姫も戦う覚悟を持っていると兵に示すためのものだが、彼女の場合は違う。
 下手な足軽など束になっても敵わない、不条理の塊――霊装持ちの武者だ。
 そんな一騎当千の武者を以てしても戦況は動かない。

「僕たちにできることは、みんなが作ってくれる、乾坤一擲の勝負の場で力を発揮することですよ」

 自らも霊装持ちである従流は胸を張って言う。

「この戦、持ち場持ち場で全力の力を出し切らねば負けてしまうでしょう」
「そうね・・・・」

 戦力差は約三倍。
 籠城を選んだとしても、力攻めでどうにかなってしまう数値である。

「でも、私が聞いたのはそんなことではないわ」

 今まで視線を合わせなかったふたりが結羽の言葉で初めて交えさせた。

「私は言ったわよね、『お帰りください』って」

 ただの願いではない。
 燬峰王国の王家・燬羅家の令嬢として言い放った言葉だ。

「それを無視したのは何故? 勝てるかどうか、賭けなければならない状況で踏み止まったのは何故?」
「それは戦略的に―――」
「それじゃない。戦略的ではない理由、それがあるからこそ、あなたはさっきの軍議で戦略的理由をでっち上げたんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 龍鷹軍団にとって最善の策は戦力の温存である。
 ここで森岳城を失ったとしても、燬峰軍団の主力は諫早城に籠城しただろう。
 確かに森岳城の失陥は宗教国家・燬峰王国にとって痛手には違いない。だがしかし、戦力がある以上、奪還も夢ではない。
 こうして半島で行われる戦いは数ヶ月ほどにわたると考えられ、傷を癒した龍鷹軍団は虎熊・聖炎連合軍を相手にできるはずなのだ。
 長期的な視点で見た時、龍鷹軍団が島原半島に居座る理由はない。

「何故、戦おうと思ったの?」
「・・・・気に、なりますか・・・・」

 従流は一度夜空を見上げる。そして、すぐに顔を戻し、優しい笑みを浮かべて結羽を見た。

「僕の父はひとつの教えを残しています」
「教え? ・・・・・・・・・・・・あっ」

 従流は手を伸ばし、結羽の頬を掌で包み込む。

「『父さんたちの仕事はこの国の人が、ひとりでもつまらないことで泣くようなことがないようにすることだ。それを覚えておきなさい』」

 親指の先で目尻に浮かんでいた涙を拭った。

「で、でも・・・・私はあなたの国の人間じゃ―――」
「この列島国家、の一員でしょう?」
「―――っ!?」

 壮絶な覚悟に結羽は一歩、後退る。
 これが名門。
 戦乱の最中にありながら、列島国家を守護し続けてきた龍鷹侯国・鷹郷家に生まれた故の誇り。

「それに・・・・」

 一歩後退っても頬から手は離れていなかった。
 驚愕に硬直した結羽を解すようにその頬を撫で、従流はにっこりと笑う。

「不安に思って、泣きそうになりながら国のために必死になるあなたを置いて、帰ることなんてできませんよ」
「な!?」

 この言葉に、結羽は夜でもはっきり分かるほど顔を真っ赤に染め上げた。



「―――物見の報告によりますと、燬峰軍団は留守の兵力を掻き集めているようです」
「ほぉ・・・・逃げ出しはしなかったか」

 森岳城にて徹底抗戦と決した夜、虎熊軍団は三会に達していた。
 燬羅氏の支城であった三会城は、本城から撤退命令があったのか、無人だったのだ。
 虎熊軍団は霊術の置き土産がないかなどの調査の後に入城しており、ほぼ無血開城した形となっている。
 多比良港の守備に一〇〇〇を残し、補給路確保などでさらに一〇〇〇を分離した本隊は約八〇〇〇の戦力で島原に雪崩れ込もうとしていた。

「明日、一気に森岳城を落とす!」

 島寺は地図を指差し、陣割りを決めていく。

「主力はこのまま前進して森岳城を叩く」

 すっと三会から森岳城へ一直線に指示棒を動かした。

「諸角は一〇〇〇を率いて浜側を攻め、海からの増援及び海への脱出を阻止しろ」

 さらに三会から海岸線を経由して森岳城へ。

「板垣も一〇〇〇を率いて山側へ迂回して退路を断て」

 三会から五社大稲荷大社へ通じる街道を封鎖する形で動かす。

「森岳城を半包囲状態置き、一気に勝負を決める!」

 単純明快。
 敵を逃がさず、包囲殲滅する、と島寺は言ったのだ。
 本隊が六〇〇〇になるが、一〇〇〇は超えない燬峰軍団はひとたまりもなく敗北するに違いない。

「熊将、気になる情報がありますが・・・・」
「龍鷹軍団のことか?」

 多比良港に上陸する折、蹴散らした輸送船は龍鷹海軍のものだった。そして、陸にも兵が見えたので、龍鷹軍団が上陸していたのは間違いない。

「輸送船団は大規模でした。最悪、一〇〇〇以上はいることになりますが・・・・」
「心配ない。いようがいまいが、踏み潰すまでだ!」

 主将の強気に触発された諸将が拳を振り上げ、気勢を上げた。



 鵬雲三年三月二四日、肥前国森岳城付近にて虎熊軍団と龍鷹・燬峰連合軍が激突した。
 南九州最強の龍鷹軍団、北九州最強の虎熊軍団。
 互いに互いを意識しつつも、いや、意識していたからこそ静観していた両軍が遂に相まみえる。
 虎熊軍団は熊将・島寺胤茂が率いる約八〇〇〇。
 連合軍は鷹郷従流を総大将とした二六〇〇。
 虎熊軍団は軍勢を大きく三つに分けた。
 本隊の両翼を一〇〇〇ずつが前進して森岳城を包囲する戦略に出た。
 一方、連合軍は森岳城に六〇〇の燬峰軍団が残り、山側を迂回する虎熊軍団に対し、吉井忠之率いる五〇〇が対応する。
 海側は森岳城に任せ、主力は敵本隊に当たることに決したのだ。
 こうして、両軍は真正面から激突し、戦史に残る大激戦を展開することとなった。










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