開戦「婚約宣言」



 霧島山。
 大隅国と日向国の国境にまたがる火山群の総称であり、霧島連山や霧島火山群などと呼ばれる。
 古くから聖地として整備され、温泉が発見されてからは観光地としても名を馳せていた。しかし、霧島神宮が管轄している領域については一般人の立ち入りは厳禁とされ、龍鷹侯国と言えど、無許可で入ることができない。
 言わば、戦国時代に入って無視されてきた不入の権利を未だ行使している領域である。
 内乱で壊滅しても、それは変わらず、薩摩や大隅、日向などから集めた寄付金を元に、復興工事が行われている。
 最も、資金の過半数は滅ぼしてしまった龍鷹侯国が支払っていた。
 代替わりして、ほぼ実力で侯位を継承した龍鷹侯王でもそれは変わらない。

「―――月が・・・・赤い・・・・」

 巫女装束の少女が空を見上げて呟いた。
 常人が同じ視界を共有したとしても、月は赤くない。
 彼女が持つ視覚のみが月を赤く染め上げていた。

―――シャランッ

 彼女が鈴を鳴らす。
 その音色は不思議とかき消えることなく、やや喧噪が響く霧島山を駆け巡っていった。

―――シャランッ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 鈴の音に釣られるように、彼女の背後にひとつの影が立つ。

「首尾は?」
「上々」

 短く問うたものにまた短く答えられ、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。

「ならば、あなたはもう用済みですね」



「―――やっと・・・・着いたッ」

 忠流はようやっと、目的の場所に辿り着いた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 先程まで床に伏せっていた忠流にとって、この行程は辛い。しかし、どうしても辿り着かねばならなかった。

「―――そんなに必死になって、どうしたのですか?」
「・・・・っ、お前・・・・ッ」

 『鈴の音』は真後ろが崖というのに悠然と構えている。そして、その小さな手はひとりの男の顔を掴んでいた。

「霜草・・・・久兵衛・・・・」
「ああ、そのような名前でしたね」

 パッと手を離すと、完全に脱力した久兵衛の体は地面に倒れ込む。
 その体からはすでに御魂が離れており、凄腕の透波があっけない最期を遂げたことが分かる。

「仲間じゃなかったのか?」
「仲間? 下賤な忍びの輩が妾の仲間? ふ、ふふふ」

 それを一瞥し、邪魔とばかりに蹴り転がした。

「貴様・・・・ッ」

 死者を虐げることは、例え相手が敵とは言え許されることではない。

「びっくりしましたか?」

 シャランと鈴を鳴らし、忠流を見遣った少女は冷ややかに笑った。

「正直、な。もっとおとなしい奴だと思ってたぜ」
「この眼もびっくりでしょう?」

 巫女はそれまで閉じていた目を開ける。
 そこには紫色の光を放つ瞳が隠されていた。

「この瞳が伝えることこそ私の正義。そのためならば、私は何だってしますよ」

 その言葉の後に隠された続きに親衛隊たちは敏感に反応する。

「待て」

 それを忠流は手で制し、一歩だけ前に出た。



「分かった、俺はお前を正室として迎え入れよう」





 内乱を終えた龍鷹侯国。
 その国家再生計画もまた、さらに大きな渦に巻き込まれることとなる。
 この話もまた、その氷山の一角に過ぎなかった。










第一会戦終戦へ 龍鷹目次へ 前哨戦第一陣
Homeへ