終戦「龍鷹」



―――ミーンミンミンミンミー・・・・

「―――はぁ・・・・はぁ・・・・う、あ・・・・はぁ・・・・」

 鵬雲二年七月八日、鹿児島城。
 国を二つに割った内乱が終結してから五日。
 内乱の爪痕を修復し、鹿児島城の改修工事に着手しているが、実際のところ、龍鷹侯国の国政は停滞していた。

「うぅ・・・・ふ、はぁ・・・・」

 それも当然、新侯王である鷹郷藤丸はあの日からずっと高熱で寝込んでいるのだから。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 処置を終え、小さな頃から藤丸を診てきた医者が寝室から出てきた。

「先生、お疲れの所申し訳ありませんが、こちらに」
「ああ、分かっております。どのような方々が?」

 医者を呼び止めたのは毒から復活した加納猛政だ。

「鳴海直武様、鹿屋利直様、御武昌盛様、武藤晴教様、佐久頼政様など、歴々の方々が」
「・・・・それは緊張しますな」

 新政府となった藤丸政権の重臣中の重臣だ。
 他に長井衛勝、武藤統教、絢瀬吉政、瀧井信成などの指揮官たちも集結していた。
 内乱を生き抜いたが、その中心にいた者が欠けている状態。
 そんな宙ぶらりんなまま、これから国を動かせるわけがない。

「単刀直入に申します」

 大広間に入った医者は平伏した後、身を起こすなりそう言った。
 上座に座る者はいない。
 この組織に次席は存在しないのだという意思表示だが、それはあまりに組織として脆かった。だがしかし、それこそ忠義とも言える。

「藤丸様のご容態は不透明です」
「・・・・それはつまり、分からない、ということか?」

 全く簡単ではなかった医者の物言いに、確認を取るように鳴海直武が発言した。

「いえ、原因は分かっているのですが、それが今後どういう影響を及ぼすのか、それが分からないのです」
「原因とは? 原因とは何なんですか!?」

 小さな頃から病弱な藤丸を見守ってきた鳴海盛武は詰め寄るようにして言う。

「原因は<龍鷹>です」
『『『―――っ!?』』』

 大広間に激震が走った。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 医者が退出した部屋に紗姫が入った。
 もちろん、黒嵐衆の警戒網がすぐに彼女を捉え、その行動を監視する。
 おかしな素振りを見せれば、昏倒させられるだろう。

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 そっと傍に座り、額にあった手ぬぐいを取り、脇の桶の中につけた。




「元々、藤丸様の病弱は普通の医学では説明できません」
「と、言うと?」
「藤丸様の霊力波長は少し異常で、かなり不安定です。この膨大な霊力の不安定によって体調不良が引き起こされていました」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 若干、専門的な話になってきた。

「推察するに、藤丸様が手に入れられた<龍鷹>は霊装、それも神装に位置するものですね?」

 医者の視線はこの中で、長老的存在である武藤晴教に向く。
 彼は先々代に仕えた経験を持つ重臣だ。

「そうじゃな。意味的には皇族の三種の神器に近い」

 三種の神器。
 八咫鏡、八尺瓊勾玉、天叢雲剣のことで、それを継承することで、一般的に帝として認められるものだ。

「この神装は霊装よりも多くの、莫大な霊力を包有しており、継承者にその恩恵を与えます」
「つまり、それが・・・・」
「はい。ただでさえ膨大な霊力を持っていたというのにその数倍の霊力を宿すことになれば・・・・」
「いつもの発作を上回る発作が起きてもおかしくはない、か・・・・」

 理解した直武は唸りを上げる。

「どうにかできないのですか?」
「・・・・方法は、あるにはあります。・・・・しかし、あまり気持ちのいいものではありません」
「それは?」
「・・・・・・・・<龍鷹>の破棄。継承権の放棄です」
『『『―――っ!?』』』

 もう一発、激震が走った。




「うっ」

 冷たかったのか、藤丸は手ぬぐいの感触に呻いた。しかし、流れ出る汗の量がほんの少し減った気がする。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 紗姫の顔は暗い。
 大広間で話されている内容が聞こえているとは思えないが、知っている可能性は十分にあった。
 藤丸の体にはいくつか包帯が巻かれている。
 莫大な霊力を発揮した身体能力向上は幼い体を容赦なく蝕み、反動として様々な怪我を藤丸に強いていた。
 それは丁寧に治療されているが、元々が女の子のような藤丸に巻かれた包帯は本当に痛々しい。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 すっとその包帯に指を走らせた。

「・・・・うん」




「認められるはずがないだろ、そんなの!?」

 立ち上がったのは武藤統教である。
 続くように御武昌盛も立ち上がった。
 彼らは内乱でそれぞれ、兄と息子を失っている。
 腕を組み、黙ってはいるが、鹿屋利直も怒気を迸らせていた。
 彼も不肖の息子だったとは言え、自らの手で、息子を討っているのだ。

「貴様、藤丸様の主治医だからと言って―――」

 内乱の犠牲者を否定しかねない発言に、その場のほとんどが冷静ではいられなかった。

「―――鎮まれッ」
『『『―――っ!?』』』

 "軍神"の霊力を上乗せされた一喝が、ざわめき立っていた大広間を席巻する。

「医師殿は事実のみを話されておる。他意はない」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 諸将はその言葉に黙り込んだが、やはり収まりが付かなかった。
 自分たちは何のために戦ったのか。
 兵たちは何のために散っていったのか。
 何より、幼き藤丸がその過酷な運命に立ち向かっているというのに、自分たちは何もできないのか。

「ただ・・・・」
『『『?』』』

 医師の言葉に全員が顔を上げ、その言葉を待つ。

「これまでも藤丸様は発作を乗り越えて参りました。また、あの発作は高熱こそ出て体力を奪いますが、霊力の波長さえ正常に戻れば引きます」
「つまり、霊力を安定させることができれば・・・・?」
「かなりの高確率で発作を抑制することが可能でしょう」




―――シャンッ

 藤丸の寝室に鈴の音が響いた。
 同時に張り巡らされた結界は黒嵐衆の侵入を許さない。

―――シャンッ

 音源は紗姫が持つ神道の道具だ。
 一定の旋律で鳴らされ、場を作り出す。

―――シャンッ

 "霧島の巫女"たる紗姫の霊力は圧力となって藤丸に襲いかかった。

「う、うぁ・・・・あ・・・・っ」

 それは藤丸が放出する霊力と共鳴する。そして、その霊力を紗姫の霊力が食い始める。

―――シャンッ

「はぁ・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・ふぅ・・・・・・・すぅ・・・・すぅ・・・・」

 いらない霊力を食い潰され、藤丸の呼吸が調い出した。




「これで、全員か?」

 薩摩国姶良郡蒲生城。
 ここに旧貞流方の戦力が集っていた。
 湯湾岳南岸や岩剣城から脱出した戦力が行く当てもなく彷徨っているところを有坂秋賢が呼びかけて集結させている。

「他は落ち武者狩りにあったのでしょうな」

 藤丸方は藤丸本隊も、藤丸主力軍も大規模な追撃をしなかった。
 それはそんな余裕もなかったのも一因だろうが、勝敗が決した以上、戦果拡大は将来的な龍鷹軍団の弱体を招くと分かっていたからに違いない。

「と、いうことは着到帳によればこちらは六四二人」

 有坂秋賢の物頭――久本繁政が物見の報告を口にする。

「内、鉄砲は四二名です」

 続いて久本の異母兄弟の南郷繁満が発言する。
 このふたりは鳴海盛武、綾瀬晴政と激戦を展開し、敵の決戦戦力を抑え続けた勇将だ。
 有坂自慢の部将である。
 有坂秋賢を始め、相川貞秀がいたが、その戦力は非常に心許ない。そして、物見の報告ではこの蒲生城を目指す藤丸勢を発見していた。

「迫る追討軍の総勢は約三〇〇〇。綾瀬晴政を総大将とした日向衆及び・・・・薩摩衆です」

 内訳としては絢瀬勢、楠瀬勢、寺島勢がそれぞれ薩摩衆を監視し、総大将は絢瀬晴政が就任している、というわけだ。
 これは恭順を示した薩摩衆に戦場を用意することで、その意志を示させることにある。
 つまり、本当に戦うのかどうかを監視するのだ。

「寺島勢を率いるのは寺島春久か?」
「? はい、おそらくは寺島春国殿は討ち死にしていますし・・・・あ」

 何か思い至ったのか、久本が声を上げる。

「寺島勢は監視と言うよりも実戦部隊のようです。追討軍とは別の進路で侵攻し、夕刻にでも蒲生城東方に姿を現すでしょう」

 因みに他の軍勢は南西からやってくる。

「ならば、ケジメをつけるか」
「じゃな」

 有坂と相川は互いに笑いかけた。
 追討軍が集結するのは明日の午前中という。
 その時に備え、旧貞流方の戦力は最後の準備を始めた。




「すぅ・・・・すぅ・・・・」

 藤丸は夢を見ていた。

『ねえ、わかさま』
『ん?』

 もう顔を思い出せない少女は立ち上がり、桜島を、いや、そのもっと向こうを見遣る。

『―――"この外はどんなのかな?"』

 その時の彼女の顔は分からなかった。だが、どこか悲しみを湛えていたように思え、藤丸は慌てて立ち上がる。

『そんなの見てみれば分かるよ』
『・・・・でも』

 少女はやはり哀しそうな顔で振り向いた。

『大丈夫、俺に任せとけ。きっと連れてってやるから』
『・・・・え?』
『何てったって、俺は『若様』だ。大抵のことはできる、うん』
『わぁっ、じゃあお願いねっ』

 ぎゅっと手を握られる。
 温かくて、柔らかい手。
 恥ずかしいが、ここで振り払うわけにはいかない。
 ここ一番で逃げ出すのは武士ではないからだ。
 だから、自分の頬が赤く染まるのを意識しつつも藤丸は少女の手を握り返した。
 彼女自身も頬を染めながら、にっこりと笑みを向けてくる。そして、藤丸の手を胸の前で両手を使って包み込んだ。

『約束だよ、わかさま』




 翌日、追討軍は蒲生城を取り囲んだ。しかし、すぐにその城門が開かれ、傘を回した者たちが城から出てくる。
 総大将である綾瀬晴政は逸る――いや、手柄を焦る?――薩摩衆を抑えつけ、その軍使を本陣に引き入れた。

「有坂家臣、久本繁政と申します」
「同じく、南郷繁満と申します」

 彼らは複数の首桶を持っている。

「・・・・用件は?」

 実はもうその用件は察している。

「主や主だった者の首でございます」
「「「―――っ!?」」」

 衝撃が本陣に集った日向衆、薩摩衆の指揮官たちに走った。

(やはり・・・・)

 晴政は心中で呟き、視線だけで従者に首桶を受け取ることを命じる。そして、その首と対面した。

「まさしく、有坂秋賢殿、相川貞秀殿ですな」

 先程の衝撃に勝る、いいようもない感情に支配された薩摩衆の指揮官たちは俯く。

「では、主の遺言を」
「うむ」
「『事後承諾を強いる形で済まないが、我らの首を以て城兵の命だけでなく、貞流様に従った全ての士分、兵の助命を嘆願する』です」
「「「―――っ!?」」」

 もう耐えられなくなった薩摩衆の指揮官たちの目から涙がこぼれ始めた。
 自分たちは最終的に彼らを裏切り、討ちに来たというのに、彼らはその自分たちの立場も考え、最後まで貞流方として潔く散ったのだ。
 武士としては戦うという選択肢もあったが、龍鷹侯国に仕える軍人として、それは後々にまで響く深刻な損害を与えるに他ならない。
 有坂と相川は武士であったが、それでも龍鷹軍団の指揮官であることを忘れていなかった。
 反政府軍となった貞流方の軍勢を集め、まとめて帰順させることで、今後の混乱を最小限に抑えようとしたのだ。
―――その過程で、内乱の責任を取って切腹することで、である。

「・・・・承知したっ」

 晴政はそう言って立ち上がった。

「しかし、藤丸様の意向を―――」
「藤丸様も同意見である。これ以上、仲間割れをしていい訳がない」

 越権行為であろうが、ここで戦闘に及んだとなれば、藤丸が激怒することは分かり切っている。そして、ここまでしても要求が受け入れられなかったと知った城兵は死に物狂いで抵抗するだろう。
 そうなれば、寄せ集めである征討軍が思わぬ敗北を喫する可能性もあった。

「寺島勢、楠瀬勢によって蒲生城の武装解除を実施。残りの薩摩衆は姶良郡の各城砦を接収せよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 寺島春久は頷き、一番に乗り込むために自陣へと走り出す。
 ここに、内乱の事後処理戦闘は全て終結し、龍鷹侯国は藤丸を侯王と仰ぐ戦力に統一された。




「―――もし」
「・・・・あ?」

 自分にかけられた声に反応し、藤丸は瞳を開けた。
 ぼんやりとした視界の中、誰かが自分を覗き込んでいる。

「聞こえますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、うん」

 声の主は内乱で知り合った紗姫のようだ。しかし、何故か既視感があった。
 幼き日に出会い、そして、過ごした少女の面影。
 それがこの少女に宿っているように思われる。

(まさかな)

 鼻で笑いたい。
 幼き日の少女は所詮、町もしくは村娘。だが、この少女はこの国家にとってなくてはならぬ存在なのだから。

「聞こえているなら幸いです」

 紗姫は藤丸の心中など察することなく、淡々と言葉を紡ぐ。





「あなたは後八年で死ぬでしょう」





―――例えそれが藤丸に対する死の予言であろうとも。










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