第三戦「降臨せし龍鷹が槍」/ 八



「―――海軍の高速艇によれば、藤丸様は無事、重富に揚陸されましたが、それに気付いていた貞流様が本隊を引き連れ、急行していた模様です」

 鹿児島城天守閣。
 相変わらず、紗姫は錦江湾の向こうを眺めていた。

「藤丸様は岩剣城にて貞流様を迎撃するようです」
「・・・・決戦は両主力軍ではなく、両本隊同士、ということ?」
「ええ、えびの高原と同じく、決戦というのに参加兵力は少ないです」

(それだけ、あいつが頑張ったと言うこと)

 一連の内乱は非常に高度な駆け引きが使われている。
 例え、どちらが勝っても、この内乱を通して学んだことは確実にその後の治世に影響するだろう。

(<龍鷹>、あなた、行かないの?)

 身のうちに宿していると確信できる<龍鷹>に語りかける。

『ふふ、今少し、我が子らを見せぃ』

 楽しそうだ。

『死線に会うて、それでも生きようとする魂の煌めきは何とも神々しいものよ』
(不謹慎。戦っているのは、あなたの言う、子どもたち同士)
『はっは。・・・・・・・・お?』

 笑って紗姫の追求から逃げた<龍鷹>の興味が流れた。

『なるほど、そちらか。―――おい、行くぞ』
(え?)
『むぅ、人の足では間に合わぬな。まあ、よい。久しぶりに我が地を見ながら行くとするか』
「わ、わわわっ」
「?」

 雪乃が訝しげに見遣る中、紗姫の体温は急激に上昇する。
 体の中から体が作り替えられていくような感覚が紗姫を襲う。そして、それは紗姫の認識速度をはるかに上回る速度で彼女に変革をもたらす。

「え、ええー!?」

 忍びらしからぬ大声を上げる雪乃。

『はぁ!?』

 声帯を震わせたのではない自分の声を聞きつつ、紗姫の視界から急速に天守閣が遠のいていった。






決戦Wscene

 湯湾岳南麓にて激戦は続いていた。
 鳴海直武が駆使した中央軍突破戦は有坂秋賢の機敏な動きによって阻止され、相変わらず消耗戦が展開されている。
 両軍はその予備戦力のほとんどを投入しているが、どの戦線も何とか踏ん張っている。
 特に藤丸勢右翼は崩壊寸前なのにも関わらず、なかなか抜けない。
 その理由は貞流勢左翼軍の大将――村林信茂が御武勢本陣に討ち入ったまま膠着状態が続いているからである。
 大将からの効果的な指示がない以上、他の指揮官は藤丸勢の必死な抵抗を抑え込む必要があった。だがしかし、傭兵衆だけでなく、徴募された兵たちも懸命に戦い、戦線を支えている。

「・・・・さて、そろそろ頃合いかの」

 両軍に残された唯一の予備戦力。
 それが藤丸勢本陣だった。
 だがそこに藤丸がいないことを両軍は知っている。しかし、ならば誰がいるのかを気にした者はいなかった。
 貞流は戦力化されなかった部隊が集まっているだけと判断していたが、物見を出したり、忍びを送り込んだりなどの確認行動をしていない。

「殿、絢瀬勢は所定の位置に付いた模様です」
「うむ。しかし、まこと、藤丸様は恐ろしい」

 そう言った初老の部将は馬に飛び乗った。

「旗を変えよッ」

 数十年、戦陣にあった体や声はそう簡単に鈍りはしない。
 そんな頼もしい、歴戦の指揮官の命令に兵士たちはきびきびとした動きで≪紺地に黄の纏龍≫の旗を降ろし、新たな旗を突き上げた。
 その旗は藤丸勢左翼軍にて翻っている、≪新緑に臙脂の抱き茗荷≫である。
 それは大隅国の太守――鹿屋家を示す軍旗だった。
 何故、左翼軍として相川貞秀と戦っている鹿屋家の軍勢がここにいるのか。
 それは算数で説明できる。
 左翼軍を構成する鹿屋利孝は一五〇〇。そして、廻城に集結したのは二五〇〇である。
 廻城攻めに損害を被ったとはいえ、寡兵であり、士気の低い廻城勢に四割近い損害を被るほど、戦下手ではない。
 ならば、答えは簡単である。
 国分城に到着した鹿屋勢は総勢二二〇〇。
 一五〇〇を鹿屋利孝が、そして、残りの七〇〇を鹿屋利直が率いることとなり、利直勢は旗を龍鷹侯国の軍旗、鷹郷家の軍旗である≪紺地に黄の纏龍≫に変えたのだ。

「左翼軍と合流し、敵右翼軍を押し潰すぞっ」

 利直は馬腹を蹴り、一斉に七〇〇が移動を開始する。
 それはこれまで本陣を目指して突撃していた貞流勢左翼軍の目標を失わせた。

「何?」

 御武勢本陣で御武昌盛、佐久頼政と対峙していた村林信茂は突然、消えた敵本陣を訝しげに見遣る。

「・・・・どういう、ことだ?」

 主将の同様は他の指揮官にも同じらしく、明らかな戸惑いが漂ってくる。

「どうしたもこうしたもそのまんまだよ。あの本陣を指揮していたのは鹿屋利直、翼将だ」
「いや、それは分かるが・・・・・・・・何故に?」
「気にするな。あの方についていれば、これくらい驚かなくなる」
「ほっほ、新鮮新鮮・・・・」

 一瞬でも戸惑ってしまえば、これまで猛攻を続けていた村林勢はそれまでの勢いを失ってしまった。
 それを見逃すほどの凡将なら、猛攻を支えられるはずがない。しかし、ここで反撃を開始しても撃退されるのは眼に見えている。
 生き残った御武勢以下日向衆の物頭は軍勢の再編及び他の部隊との連携を回復させるために動き出していた。
 ここに、村林勢の突撃は頓挫したのだ。そして、貞流勢の勝利条件が一時白紙化された。
 同時に敵本陣に肉薄という状況が失われた今、村林勢は敵中に孤立する可能性がある。

「ここは退・・・・ッ!?」

 無造作に投げられた旗が村林の進路上を通過した。

「佐久、何のつもりだっ」
「お前こそ分かってるのか? ここは"藤丸勢"だぞ? 邪魔する以外に何がある?」
「・・・・ッ」

 スラリと太刀を引き抜き、佐久頼政は村林ににじり寄る。

「指揮は任せましたぞ、御武殿」
「・・・・分かった。せめて戦線崩壊せず、戦術に影響のない程度には抑えるとしよう」

 ここで始まった一騎打ちは確かに村林勢を足止めし、藤丸勢は多大な犠牲を払って敵左翼軍を無効化した。
 さらに二二〇〇となった鹿屋勢は二〇〇〇の相川勢とがっちりと組み合い、戦況の打破は両中央軍に任される。


―――と思ったのは、貞流勢だけだった。


「殿、東より敵軍ですっ」
「何!?」

 有坂秋賢はこれまで鳴海・長井・武藤の藤丸方最強軍勢を相手に縦横無尽に戦い、ことごとくその攻勢を頓挫させてきた。その結果、長井勢の鉄砲衆や武藤勢の長柄足軽衆はほぼ壊滅、鳴海勢も数人の組頭が討ち死にしている。
 久本繁政と鳴海盛武が激戦を続けているのが誤算ではあるが、あちら方面は左翼軍の全面崩壊を支えている効果もあるので仕方がない。

「東、だと・・・・」

 東と言うことは激戦中の左翼軍を迂回してきたと言うこと。
 そんな予備戦力、あちらにあるわけが・・・・

「あ・・・・」

 有坂勢は平野部に布陣している。そして、敵右翼後方には森林が広がっていた。

「絢瀬どもか・・・・」

 見れば、敵左翼軍と合流した本陣後方に布陣していたはずの絢瀬勢がいない。
 おそらく、森林を迂回したのだろう。
 貞流がいれば見落としようのない機動作戦だが、戦場と高低差のない場所に布陣した有坂勢からは完全に死角だった。

「南郷を回せっ」

 有坂はすぐに対応し、腹心――南郷繁満が絢瀬勢を迎撃する。しかし、絢瀬晴政は本隊五〇〇に加え佐久仲綱勢二〇〇、途中で取り込んだ日向衆一〇〇名の合計八〇〇を擁しており、戦いは防戦となった。

「鳴海直武、か・・・・相手にしてこそ恐ろしい・・・・」

 藤丸が描いた戦略は次の通りだ。
 貞流が主力軍を率いて鹿児島城を出撃。
 その隙を衝き、藤丸率いる本隊が鹿児島城を攻撃する。
 主力軍同士が一触即発、もしくは激戦中に藤丸が重富に上陸した情報が入る。
 貞流が急いで反転するも主力は直武に引きつけられる。
 藤丸は十分な迎撃態勢を整え、本隊となった貞流を迎撃する。
 いくつかの失敗があるが、主力軍同士の戦いでは筋書き通りと言える。
 問題は主力軍に与えられた任務である。
 藤丸本隊が貞流本隊と戦う以上、もちろん、最優先事項は敗北せず、尚且つ、援軍戦力を送り出させないこと、である。
 だがしかし、それは寡兵というのにも関わらず、敵戦力を拘束せよ、という意味である。
 ただ負けないだけならばできるかもしれない。しかし、その予備戦力を全て投入させてでも援軍を阻止せよなど、普通できるものではない。
 成し遂げるには戦略的意表の他には堅実な戦法に裏付けされた確かな戦術が必要である。
 与えられた戦場で、与えられた戦力で、期待された戦果を示す。
 それが軍人としての理想の姿であり、鳴海直武が"軍神"と畏怖される所以である。

「よし、それでいい」

 直武は本陣でニヤリと笑みを浮かべた。
 有坂秋賢はやはり、並の部将ではない。
 大混乱に陥った左翼軍を見放すことなく維持し、同列であるはずの相川貞秀をも誘導して防衛戦略に組み込んでいる。
 さらには中央軍の向坂・植草勢も巧みな戦術を使って維持し、今では長井・武藤勢の鋭鋒を逸らし続けている。
 先程まで、耐えるのは藤丸勢だった。しかし、今は貞流勢が耐えている。
 もちろん、予備戦力のない総攻撃は時間と共にその攻撃力を減らす。
 言い換えれば、攻めきれなければ、また攻守は入れ替わる。そして、大きすぎる損害を抱えた藤丸勢は二度と攻勢には出られないだろう。
 実際、手負いや討ち死にで湯水のように戦力が失われていく。
 時折、組頭だけでなく、物頭までもが戦死していた。
 どちらが勝っても、後の龍鷹軍団再編計画者の責任者は中堅指揮官犠牲者の多さに絶句するに違いない。

「もうしばらくすれば、右翼に派遣していた盛武を呼び戻すぞ」

 直武が欲しかったのは敵が右翼――東に兵力を集中することだ。そして、藤丸勢は鹿屋勢を左翼――西に投入していた。
 つまり、両軍は中央軍の前線を軸に兵力配置を換えていた。
 貞流勢は東に、藤丸勢は西に。
 そして、直武の目的は"西で行われている後継者決戦に増援を送らせない"ことだ。
 当然、増援を送るために攻勢を耐え有坂は分厚い鹿屋勢を押し崩す必要がある。
 全てを攻勢にかけた藤丸勢を受け止めた有坂勢も損害は大きいはず。そして、鹿屋勢は"翼将"と異名を取る軍団だ。
 本隊がいない場所で、本隊の眼に見えない場所でその援護をする。
 これとない状況が整った以上、彼らは威信を懸けて戦うはずだった。
 直武の戦術は戦略目標を達成するために、自軍の壊滅をも辞さない、壮絶さを孕んでいる。だが、逆に言えば、そうでもしなければ、名将――有坂秋賢を止めることはできない。

「儂に討ち死にを覚悟させるとは・・・・全く、有坂秋賢は侮れん」

 そう言って、直武は自分も攻勢に加わるために槍を取った。






岩剣城攻防戦V scene

「―――く、らえぇっ」

 加納郁は数人の士分の下へと突撃すると、渾身の力で大戦斧を旋回させた。
 彼らはそれぞれの武器を構えたが、打ち合わせた瞬間、武器は砕かれ、自身は大地に叩きつけられる。

「あああああッ!!!」

 郁は戦場の獣と化していた。
 場所は佐々木勢のまっただ中。
 先程、富永信義が討ち死にした場所にほど近い。

(信義さんの仇ッ)

 富永信義は鹿児島城でのお隣さんであり、小さな頃から可愛がってもらって記憶がある。
 さらに言えば、彼の娘は郁と同い年であり、藤丸の世話をする侍女だ。
 幼馴染みを悲しませることは悲しいし、郁自体も気持ちの整理がつかない。
 だからこそ、無理を承知で単騎突撃して仇を討とうというのだ。
 幸いというか、富永が暴れ回ったせいで、佐々木勢の指揮系統は麻痺している。
 旗本衆との戦いで瞬く間に一〇〇名ほど死傷したが、それでも元々の数が四〇〇というのは大きい。
 突入してみれば、見渡す限り、敵、敵、敵である。
 突いて叩いて斬って倒して、と繰り返すが、一向に減る気配がない。

(こうなれば・・・・敵将を・・・・ッ)

 佐々木弘綱は内乱初日に会っている。
 それも藤丸の屋敷に貞流勢として突入を命じた人物だ。

「どこに・・・・ッ!?」
「と、取り囲めっ」

 ほとんど泣きそうな足軽頭一同、逃げ腰の足軽たちが周囲に展開しているが、郁はそんな雑魚に見向きもしない。
 身長が低いから彼らの頭越しに敵を探すのは一苦労だが、士分の者は自分の存在を示したがる傾向がある。
 馬廻も士分であるから、必然的にそんな象徴が多く集まっている場所には名のある士分がいることが多かった。

「あそこっ」

 正面の足軽に霊力を打ち込み、悲鳴を上げて道を空ける彼らを攻撃せずに走り去る。
 恐慌一歩手前の足軽ほど、無意味なものはない。
 人垣は瞬く間に切り崩され、郁はその一角に躍り出た。

「う・・・・ッ」
「ようこそ、とでも言おうか?」

 そこで待っていたのは五名の鉄砲兵の後ろに隠れた佐々木弘綱だ。

「はっ、顔面蒼白で強がっちゃってまあ」

 大斧槍を握り直す。

(なるほど、ここまで足軽しかいなかったのはこの指示が回っていたためか)

 そうではなくては、一応本陣なのだからここまで簡単に突破できるはずがない。

「それで? こそこそ銃口の後ろに隠れてるあんたはやらないの?」
「その必要がない。誰がやろうと結果は一緒だ」

 正論だが、武人である郁には納得しにくい答えだった。

「撃てっ」

 平行線を辿るであろう疑問に時間を費やすことなく、弘綱は射撃を命じる。

「はぁっ」

 それに対し、郁は素早く反応した。
 手にした大斧槍を大地に叩きつけ、土砂を防壁にしたのだ。

「ぐ、あ・・・・ッ」

 それでも射撃直前まで照準を合わせていた鉄砲兵は正確に銃撃した。
 土砂によって六匁弾のいくつかは弾かれたが、草摺に一発、兜に一発直撃する。
 前者は脚を傷付けはしたが、かすっただけ。しかし、後者は脳を揺さぶった。

「あ、う・・・・」

 ガクッと膝を突き、視界が揺れて気持ち悪い。
 脳震盪は時間をおけば治るだろうが、戦場では致命的だった。

「今だ、討ち取れッ」

 弘綱の言葉と共に数人の馬廻が押し寄せる。
 それに抵抗することもできず、郁はただ見るだけだった。



―――横合いから突撃してきた騎馬武者に馬廻全てが殴り倒される様を。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 ただの騎馬突撃ではない。
 丁寧にひとりずつ、戦闘不能になるような一撃が加えられている。
 ついでに鉄砲兵向けては霊力が放たれており、彼らも吹き飛ばされて気絶していた。

「な、な、な・・・・」

 くらくらしている郁とは違い、弘綱は非常に驚いている。

「瀧井信輝、推参なりッ」
「のぶてる・・・・? どうしてここに?」
「旧平松城が陥落したから騎馬隊連れて応援に来たんだよ。とりあえず、横から真一文字に突撃してみた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 あっさり言われた内容に絶句する。

「さあて、お前が佐々木弘綱か?」
「う、うぅ・・・・」

 明らかに周囲の馬廻より強いと分かる信輝の登場で形勢逆転した。

「待、て・・・・」
「ん?」
「決着、は、私・・・・が・・・・」

 力の入らない体にむち打ち、ゆっくりと立ち上がる。

「こいつだけは・・・・私が・・・・」
「・・・・・・・・・・・・分かったよ。だから、そんな泣きそうな顔するな」
「う・・・・」

 泣きそうなのは自分でも分かった。
 前の模擬戦は模擬戦だ。しかし、今は実戦だった。
 その実戦で「敵わない」と思わされてしまった。
 さらにこのまま佐々木弘綱まで討ち取られてしまえば、もう立ち直れない。

「すぅ・・・・はぁ・・・・」

 不利は分かっているが、郁は震える手ごと握り込まんと大斧槍を手に取った。







<龍鷹> scene

「―――つつつ・・・・」

 衝撃に吹き飛ばされた藤丸は砂塵が風に流される中、その身を起こした。そして、感心することに自分が握っていたはずの武器を探す。

「あ・・・・」

 しかし、無情にもその大刀は衝撃に耐え切れず、根本から折れてしまっていた。
 兄――実流から受け継いだ太刀ならばそんなことにはならなかっただろうが、あの太刀は藤丸が扱うには長すぎる。

「ぶ、武器は・・・・」

 衝撃波によって藤丸や貞流だけでなく、本陣にいた者たちが軒並み吹き飛ばされていた。
 そこかしこに旗本や貞流馬廻も関係なく、呻き声を上げながら倒れている。

「やって・・・・くれたな・・・・」
「・・・・げ」

 武器を見つける前に、貞流に見つかった。
 貞流も大身槍が折れたのか、木片を握っている。しかし、すぐにそれを放り投げ、腰に佩いた太刀を引き抜いた。

「終わりだ、藤丸。お前では俺に勝てない」
「―――ッ」

 それでも、藤丸は睨みつけて抵抗を止めなかった。
 死にたくないはもちろん、こんなところで死んでいられないという気持ちも強い。

(武器・・・・武器さえあれば・・・・)

 勝てるとは思えない。だが、抵抗もせずに座して討たれるわけにもいかない。


『―――そんなに武器を求めるか?』


「え?」
「な、なんだ?」

 突然響いた声に藤丸と貞流は周囲を警戒した。

『汝、我を求めるか・・・・・・・・・・・・なんぞ、七面倒くさいことは言わんッ』
「「―――っ!?」」

 藤丸の目の前に一本の槍が落下する。
 それは馬上槍で、穂が片鎌の、いわゆる片鎌槍と呼ばれる代物だった。

『さっさと我を手に取れッ、継承者』
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」」

 ビシリと固まる貞流に対し、藤丸の驚きは武器がしゃべっただけではない。

「お前・・・・紗姫?」
『そ、そうだけど、そうじゃなくてですねっ。って、この状況はいったいぃーっ!?』

 ものすごく動揺した返事が返ってきた。

『ええい、馬鹿者。貴様、それでも我が宿主か!? こう、登場場面は堂々と―――』
「あー・・・・」

 同じ声で、違う口調で言い争いを始める、ふたり?

「ろう・・・・おう?」

 硬直していた貞流が再起動する。

「お前、<龍鷹>だなッ!?」
『何を騒ぐ? そもそもお前たちは妾を手に入れるため諍いを起こしたのではないのか?』

 何となく、視線が貞流に向いた気がした。

『妾は最初から見ておった。この娘の中でな』
「・・・・まさか、"霧島の巫女"とは・・・・」
『その通り。"霧島の巫女"は妾を体内に宿し、妾の眼となり耳となってこの国を見守る者のことよ』

 言わば、神の器。

『最も妾も武器。見るだけではつまらぬ故、気に入った者にはこうして手にする栄誉を与えようというのだ』

 <龍鷹>の視線が藤丸に向いた。

『ほれ、妾を手に取る栄誉じゃ。早く手に取らんか、馬鹿者』

 この発言が全てを物語っていた。
 いや、理解しようとしなかった人物に現実を突きつけたとも言える。
 "霧島の巫女"本人の意志ではなく、神の意志がある限り、鷹郷家の家督継承は絶対だ。
 この<龍鷹>が選び、これまで"霧島の巫女"に言わせてきたに違いない。
 だとすれば、この場合、霧島に、<龍鷹>に認められたのは―――藤丸だ。

「あ、あ・・・・ああ・・・・」

 侯王になりたいがため、不本意とはいえ父を暗殺し、止まることができずに突き進んだ貞流が遂に停止した。
 それも後もう少しで藤丸を討てるという瀬戸際で、文字通り、人外の手で止められた。

『―――ん?』

―――シャンッ

 再び、<龍鷹>と同じように直接脳内に響くような音が聞こえ出す。

「これは・・・・鈴?」

―――シャンッ

 それは染み入るように頭の中を―――

『・・・・ほうれ、何か始まる前に我を手に取れ!』
「そうか・・・・。選ばれたとはいえ・・・・藤丸も消えてしまえば・・・・後継者は・・・・光明も消してしまえば・・・・ひとりに・・・・」

 ブツブツと何か言い始める貞流。
 その眸はどこを見ているのか、虚ろだった。

「え、貞流兄、さん・・・・?」

 その姿はまるで、廃人だ。

『聞いているのか、早く手に取れと言うにっ』
「ふ、ふふ、フフフフフフフフフフフフフフフフフフッッッ!!!!」

 引き抜いた太刀を改めて握り直した貞流はその虚ろな視線を藤丸に向けた。

「―――っ!?」

 深く考えず、藤丸は目の前に武器に手を伸ばして迎撃する。

―――ドゴォッ!!!

「ぐ、わ、ぁ・・・・ッ」

 打ち合わされた瞬間、再び霊力が爆発して吹き飛ばされた。

『ど、どういうことですか?』
『んぅ、どうやら先程の鈴の音に操られているようじゃな』
『鈴って・・・・』
『この内乱、仕組まれたものなのか? ええい、どうなのだ、後継者』
「知るかっ。正直俺はお前らのことも分からなくて混乱してるんだぞ!?」

 呑気に会話し、さらには質問を投げかけてきた<龍鷹>に怒鳴り返し、藤丸は痛む体を起こす。
 何故か痛いだけでなく、体が熱い。

『ならば好都合。見事この場を生き抜けば、貴様の質問に答えてやろう。この娘の赤裸々な事実も混みで』
『そんな勝手なっ』
「うるさいッ」
『ちょ、ここは大事―――』
「はぁっ」

 襲いかかってきた貞流を迎撃し、今度は霊力に呑まれないように調整した。
 そのおかげで吹き飛ばされることはなかったが鍔迫り合いのような形になってしまう。
 こうなれば、体格に劣る藤丸は圧倒的に不利となる。

「兄上ッ、しっかりしてくださいッ」

 熱病に侵された時のような熱さを感じながら、藤丸は渾身の力を込めた。
 霊力が身体能力向上に働いていたのか、そもそも<龍鷹>と普通の太刀の相性が悪かったのか分からない。だがしかし、確実なことは押し込んだ貞流の太刀が砕け散ったことだ。

「くっ」

 ふたりとも体勢を崩し、藤丸は背中から、貞流は顔面から大地に倒れ込む。
 一騎打ちならば、ここからは槍や太刀ではなく、鎧通しを引き抜いて組み討ちに入るところだが、藤丸は<龍鷹>を手放すことに躊躇した。

―――シャンシャンシャンッ

 そんな時、まるで倒し切れない貞流を叱るかのように鈴の音が聞こえる。
 それは貞流への強制力を強め―――

「な、めるなぁっ」
「ぅお!?」

―――過ぎた故に精神の反発が巻き起こった。

 貞流は震える手で脇差を引き抜く。そして、その感触を確かめるようにして握り込んだ。

「藤丸・・・・ッ」

 鬼気迫る表情に藤丸は尻餅をついたまま後退る。

―――シャンシャンシャンッ

「うるっさいわぁッ!」

 鋒を自身の甲冑の合わせ目――脇腹に突き立てた。

「貞流兄さん!?」
「藤丸、俺を討てっ」

 鋒は内臓を傷つけたのか、口の端から血を流しながら言う。

「で、でも・・・・」

 精神力と痛みのために貞流は正気に戻っていた。
 ここで鈴の音をどうにかすれば、貞流は助かるかもしれない。

「この鈴、音は・・・・危険だ。前に・・・・こ、れを聞いた時、我を失った・・・・ッ」

 意に反する体を押さえつけるように、さらに深く鋒を体内に差し込む。

「気がつけば、目・・・・前に父上、事切れておられ、た・・・・」
『『『―――っ!?』』』

 それは貞流が認める、侯王暗殺の真実だ。
 呆気にとられていた両勢の兵士が驚愕する中、貞流はもう一度言った。

「藤丸、俺を討て。そして、こん、なくだらない・・・・内、乱など早く、終わらせてしまえ」
「貞流兄さん・・・・」

 迷いを見せた藤丸だが、周囲の誰もが戦を止め、藤丸の決断に注目している。
 敵味方問わずに、だ。

(いや・・・・元々、敵なんかいなかったんだな・・・・)

 自分たちは鈴の音の奴に踊らされていただけ。

「・・・・ッ」

 ぐっと<龍鷹>を握る手に力を込め、刺突の構えを取った。

「そう、だ・・・・それでいい」
「あ、あああああああああああああっっっ!!!!!!!!!!」

 <龍鷹>も力を貸したのか、ひどく滑らかに槍の鎌部分の刃が貞流の首を刎ねる。

「く、あああ・・・・」

 火山が大噴火したかのように鮮血が降り注ぐ中、藤丸は一筋の涙を流した。
 藤丸が人を殺めたのはこれが初めてである。
 それが自分の兄などとどんな巡り合わせだと、呪いを吐きながら、藤丸は己に眠っていたものが吐き出す高熱によって昏倒した。






 鵬雲二年七月三日、大隅国岩剣城下にて鷹郷貞流が戦死する。
 貞流勢は総大将を失って瓦解するが、藤丸勢は追撃することなく、同時に勝ち鬨を上げることもなかった。
 ここに、二ヶ月もの間、龍鷹侯国中を駆け巡った内乱の業火は鎮火する。だがしかし、その爪痕は余りに大きく、そして、虚しいものだった。










  終戦へ