前哨戦「花嫁候補集結」/1
桐凰(トウオウ)。 天皇一族が、乱世に打って出る際に自らに名付けた氏である。 鵬雲二年より八年余り遡った、桐凰元年に天皇は列島国家の再統一を掲げた。 まずは当主が病死し、直系が途絶えた将軍家に断絶を正式に通告。 幕府の滅亡を宣言し、京の都を天皇直轄領として扱うことにする。そして、よりどころをなくした旧幕臣を取り込み、朝廷軍を組織する。 朝廷軍は天皇を大元帥とし、兵部卿が実質総大将として指揮することとなった。 この新生朝廷軍の総大将に就任したのが、当時、太政大臣であった常磐晴季である。 常盤家は幕府の高官に楯突いた山城国南部の内乱を仲裁し、この豪族たちを指揮下に置いていた。 当時、衰退していたとはいえ、幕府軍を正面にしても一歩も退かなかった戦上手たちを中間指揮官に据えた新生朝廷軍は山城国を瞬く間に軍事統一する。 一方で、晴季は全国の大名に老朽化した平安京の立て直しに対して、資金援助を求めた。 もちろん、背後に朝敵にする、という脅しをちらつかせたものであり、朝廷の官位などを地方自治に使用していた成り上がり大名家などは率先して資金援助した。 この軍資金を糧に、本拠である平安京の強化を開始。 まずは全周を幅広い堀と石垣で覆い、四隅には櫓を、朱雀門や羅城門は堅固な鉄門へと変貌する。しかし、京は立地的に言えば死地であり、歴史的にこの京に籠もったものは敗北する運命にあった。 このため、晴季は山城国に槙島城、近江国に坂本城、膳所城を築くもしくは攻略して要塞化し、丹波国向けて侵攻を開始する。 元々、大勢力のいなかった丹波は豪族の独立心が強く、桐凰家は苦戦した。しかし、偶然、上洛していた西海の雄・鷹郷侍従朝流が側近と共に戦略と戦術を担当する。 中華帝国の大軍を打ち破った稀代の戦上手は朝廷軍の弱点を指摘して改善し、軍隊としての質を高めると共に確かな戦術で丹波国連合軍を撃破した。 この時、前線を率いていた武将こそ、龍鷹軍団の双璧と謡われた鳴海直武と有坂秋賢である。 ともあれ、龍鷹侯国の援助を受け、桐凰家は丹波の要衝・福知山城を攻略した。 この頃になると兵部省による確かな戦術眼を持った公卿の子息たちが戦場に現れるようになる。 英才教育を受けた部将たちは理想的な青年武将として活躍し、丹波平定戦を有利に進め、丹波国侵攻開始から三年で統一を成し遂げたのだ。 このように、武士と貴族の垣根は貴族の方から解き払われ、朝廷も戦国時代に打って出た。 各大名の動揺は甚だしく、桐凰家は瞬く間に山城国・丹波国の全土、近江国南西部、摂津国北東部を領有する、約六三万石を有する大国へと上り詰める。 しかし、何故いきなり、朝廷が再統一に動き出したかは謎に包まれていた。 「―――そうか、朝流の後継者は三男の藤丸に決したか・・・・」 正一位・太政大臣である常磐晴季は龍鷹侯国からやってきた使者の内容を呟いた。 龍鷹侯国の第一報は朝流の死去についてであったが、その後の報告は途絶えていた。しかし、朝廷独自の情報網より内乱状態に陥っていることが分かっている。 もっともも、薩摩と山城では距離が離れすぎており、情報は何日も前のものになっていた。 最後に情報網が捉えたのは両軍が決戦を挑む気運が高まった、というものである。 「貞流様は御討ち死に。残党も主立った者が切腹し、龍鷹侯国は藤丸様の名の下に統一され申した」 龍鷹侯国の使者として言上を述べるのは宮崎港を根拠地とする龍鷹海軍第三艦隊司令長官であり、藤丸の敷いた新体制において、治部大輔を任された南雲唯和である。 日に焼けた精悍な体を正装に身を包んだ彼は最近戦に手を染めるようになった朝廷の者たちを圧していた。 「朕は多くの人命が失われたことは大変残念に思う。だから、藤丸にはしっかりと国を纏めてもらいたい」 御簾の向こうに鎮座した帝が言葉を発する。 「少し聞きたいことがある」 帝直々の質問に答えないわけには行かない。 「藤丸とは、どのような男だ? 貞流については報告が来ていたが・・・・」 どうやら新しい侯王について知りたいらしい。 「分かりました。では、とりあえず、私がこちらに来る前に行われた侯王継承の儀式での藤丸様をお話ししましょう」 継承の儀scene 鵬雲二年七月九日。 この日、西海道の果てを治める龍鷹侯国に新侯王が誕生する。 侯国首城――鹿児島城には多くの国民が詰めかけ、若き侯王誕生を喜んでいた。 侯国は問題の山積みである。 数千人の死傷者による龍鷹軍団の弱体化。 三国にまたがる内乱の結果、荒廃した農地の再建。 焦土と化した霧島神宮問題。 肥後国人吉城の失地回復戦争。 外交、軍事、内政、全てにおいて急務と思われる懸案が多すぎるのだ。 「―――王様だぁ」 誰かが言葉を紡ぎ、全員が北を見遣った。 龍鷹侯国の即位式は鷹郷家の始祖が京から下ってきたことを真似て行われる。 つまり、北方に待機して大手門を潜って鹿児島城に入城するのだ。 直接護衛を担当するのは旗本衆二〇〇。 先王の即位の時より少ないが、誰もが胸を張って「少数精鋭」という言葉を彷彿させる姿だった。 城には龍鷹軍団の重鎮がそれぞれの軍旗を翻して待つ。 ―――ドォォンッ!!! 鹿児島湾に停泊した龍鷹海軍旗艦の大安宅から祝砲が撃ち放たれた。 その音を合図に城内、城外問わずに布陣した一万人近い龍鷹軍団が己の得物を地面に打ち付け始める。 旗本衆が身に付ける母衣が風に翻り、彼らが持った武器の鋼が陽光を反射し、キラキラと輝いた。 ズンッと腹に響く音と旗本衆の先頭に翻る≪紺地に黄の纏い龍≫の軍旗が観衆や兵士たちに高揚感を与えていく。 「撃てっ」 ―――ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッッッ!!!!! 武藤統教が采配を振り下ろし、城内から無数の銃声が響き渡った。―――いや、響き渡り続ける。 戦を間近で見たことのない民衆たちの度肝を抜いた、千挺の鉄砲が奏でる釣瓶撃ちだ。 それを合図に重厚な大手門が開き始め、迎える兵たちが通路の端に陣取った。 迎える準備が整い、轟音を発し続ける鹿児島城へと新王は足を踏み入れんと城下に入る。 厄災より始まりし新たな乱世にて西海道第二位の勢力を誇る龍鷹侯国を担う鷹郷藤丸は錆地二十四間金銅製鍬形龍前立二方白星兜鉢、本小札黒漆塗紺糸縅胴丸具足といったえびの高原の戦いで着用した正装の上に【纏い龍】が背中に描かれ、紺地に仕立て上げられた陣羽織を羽織っている。 側に立つ馬印持ちが掲げるは「昇龍」の馬印、槍持ちが持つのは龍鷹侯国に伝わる秘宝中の秘宝――魔槍・<龍鷹>だ。 腰には鷹郷実流の形見である太刀を佩き、数万の観衆が見つめる中、馬上で背を伸ばしていた。 鹿児島城はこれまでの侯王が入城してきた華美な城ではない。 兵の血を吸い、多くの建物が倒壊したり、消失したりしていた。しかし、どこまで壊れようとも厳然とそこにある姿は乱世を生き抜くための猛々しさを思わせる。 藤丸の隊列が通るところではもっと近くで玉顔を見ようとした観衆と兵とが揉み合っていた。 それを横目に苦笑しながら藤丸が城門を潜る。 その瞬間、武藤鉄砲隊による釣瓶撃ちが止んだ。そして、城内の烽火台から真っ白な狼煙が立ち上り――― ―――ドドォォォォォン!!!!!!!!! 龍鷹海軍の大砲が数十発の祝砲を撃つ。 烽火と祝砲は次々と龍鷹侯国を駆け巡り、全ての烽火台、艦隊からそれらが発された。 「―――ようやく儀式も終わりか?」 城内に入り、馬から下りた藤丸は兜を小姓に渡し、即位式を取り仕切っている鳴海直武に訊いた。 「民衆へのものは終わりました。後は神儀となります」 「うっわぁ、めんどくせぇ」 すぐに本音を言って嫌そうな顔をした藤丸は逃亡しようかと左右を見回す。しかし、その全ての通路に兵が犇めき、何故か臨戦態勢だった。 「―――誰が逃がすものですか。私の出番を奪おうというのですか?」 霧島騎士団を指揮する少女――紗姫が煌びやかな巫女服を着て現れる。 「私にこんな衣装を着させておいて、すっぽかすとか許しませんよ」 「・・・・神儀ほっぽり出すことじゃなくて、そっちを許さないのかよ・・・・」 巫女っぽくないと思ってはいたが、神儀を蔑ろにするのはお茶目ではすまされないだろうに。 最近、開き直ったのか、侯国首脳陣の前では砕けた態度でいる紗姫はふっと二の丸を見下ろした。 「それより、いいんですか? 二ノ丸・・・・」 「あ? まあ、いいだろう」 紗姫は鹿児島に移住する際、霧島神宮の分社を作ろうと鹿児島城の東側に土地を得ようとしていた。しかし、藤丸が独断でその分社を二ノ丸に作ることを決定してしまう。 これは国の政庁である鹿児島城に宗教団体が入るという意味だった。 当然、国の内部からは大きな反対運動も起こるだろう。 「箱入り娘は知らんかもしれねえけど、龍鷹侯国の九割以上の臣民が霧島神宮を崇めているぞ。何せかつて統一国家だったこの国の祖先が降り立った地だからな。その系統に属する龍鷹侯国としても国教と定めても問題ない」 「・・・・そういうものですか」 「ああ、むしろ、二ノ丸にあった方が騎士団が留守居になって便利」 「そっちが本音ですかっ」 話の内容は高度だが、傍目には微笑ましいやりとりを続けるふたりに直武はこめかみを押さえつつ言った。 「お二人とも、後がありますのでお急ぎを」 「「あ・・・・」」 ふたりはようやく皆の注目を集めていることに気付く。 「はぁ・・・・」 直武はこれからこのふたりを補佐していくことになるのかと、深いため息をついた。 「ああ、そうそう。そう言えば・・・・」 先を歩き、儀式場に向かっていた紗姫が振り向く。 「いつまで藤丸なんですか?」 「あん?」 首を傾げる藤丸の後ろで、直武も首を傾げていた。 「言葉が足りませんでしたね」 紗姫は体ごと振り向く。 「いつ、元服するんです?」 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おお」」」 「ただ忘れてただけですかっ!?」 ダメな首脳陣たちだった。 元服。 男子の成人儀式であり、頭に烏帽子を付ける「加冠」を行う。 この烏帽子を頭に乗せる者を元服者から見れば「烏帽子親」と言う。 また、同時に幼名から字へと名乗りを改める。 つまり、幼名である藤丸から別の名前になるのだ。 この時、先祖代々伝えている文字を入れることがある。 この字を「通り字」という。 例えば、鷹郷家は「流」、鳴海家は「武」、武藤家は「教」などであり、基本的にはその通り字にもう一文字付けて名前は完成する。 有力者などが烏帽子親を務めた場合、もう一文字をその有力者からもらう場合が多い。 これを「偏諱」という。 偏諱は元服固有のものではないが、必ず名乗りを変えることから重要なことだった。 「さて、元服するにしても、烏帽子親とか選ぶのめんどいから、紗姫がやってくれよ」 「え!?」 神儀場となっている大広間につくなり、藤丸がそう切り出した。 「国外・・・・と言っても、聖炎国は龍鷹侯国の敵。国内で烏帽子親なんて選べば新たな派閥が生まれかねない」 「・・・・だから、私?」 「そ。侯王即位の儀式と一緒にやってくれよ」 紗姫は直武やその他の武将たちに視線を送る。 「はぁ・・・・」 直武がため息をつくだけで、何の反対も生まれなかった。 ここの首脳陣は最早、藤丸の破天荒さに慣れているのだ。 「何て面倒な・・・・」 「嫌がる理由はそれかよっ!?」 今度は藤丸がツッコミを入れる番だ。 「ん? まさか私の名前から偏諱、ですか? んー、姫に流れるで・・・・ひめる?」 「何を隠すんだよっ」 「きる?」 「何を!?」 「さるっ」 「次は『紗』かよ!? ってか、どこも行かねえよ」 「いえ、動物の―――」 「誰が猿だっ」 「あぅ」 ついに手が出た藤丸に頭を叩かれ、紗姫の装飾品がシャラシャラと鳴る。 その音で我に返ったのか、御武幸希が慌てて藤丸を止めた。 「ふ、藤丸様、仲がいいのは大変よろしいのですが、ここは一応、公の場ですよっ」 「む・・・・」 ジト目で藤丸は幸希を見遣る。 幸希は父である御武時盛が戦死したために家督を継いでいた。しかし、幼少であることから家政は祖父の御武昌盛が執っている。 そこで幸希は二の丸の御武邸に住むようになり、藤丸の近侍に抜擢されていた。 武勇が目立つ旗本衆からは同年代で藤丸と対等に話ができる幸希は早くも重宝されている。 特にこのような場面で、真正面から制止の言葉をかけられる者は幸希以外では鳴海盛武と加納郁くらいだ。 「まこと、忠義の臣ですね。あなたにはもったいないくらいです」 「・・・・・・・・・・・・さりげに毒が多いよな、おまえ」 「さあ、何のことでしょう?」 すっとぼける紗姫はシャラシャラと装飾品を鳴らしながら歩く。 (ふむ・・・・) 未だ信じられないが、この少女は侯王を決める"霧島の巫女"であり、その根拠となる、神装・<龍鷹>の化身だ。 つまり、侯王とは<龍鷹>に認められた者でしかなれず、そして、さらに認められた者でしか、槍としての姿を現さないという。 (ということは・・・・祭主としての資質はここ数代中で随一ってこと?) 鷹郷家の中興の祖である、藤丸の祖父・武流ですら、<龍鷹>を扱ったことはなかった。 逆に言えば、強大な【力】を誇る<龍鷹>なしでここまで国を育て上げてきたのだが。 (ま、内乱で忠誠心が乱れた諸将を引き締めるにはこの上ない材料だがな) 南九州にとって、霧島神宮の影響は大きい。 むしろ、急速に拡大した龍鷹侯国はこの霧島神宮と繋がっていたから、とも言える。 「ならば、俺は侯国に仕える公僕、というわけか・・・・?」 「は、何か言いましたか?」 独り言が聞こえたのか、紗姫が訝しげな表情で振り返った。 「よし、俺の名乗りは忠義の『忠』をつけて忠流(アツル)にしよう」 『『『えー・・・・』』』 「ええ!? 紗姫ならばともかく、いろんな方向から正気を疑う呟きが!?」 四方を敵に囲まれたかのような気分になる。 「藤丸様、そのように適当に名前を決めてよろしいので?」 頭痛がするのか、こめかみを押さえながら直武が訊いた。 「適当じゃない。俺はこの龍鷹侯国自体に忠誠を誓う、という意味で「忠」の文字をあてたんだよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 直武は訝しげな顔を続けていたが、しっかりとした考えに諸将の表情は好転する。 「なるほど。でしたら、あなたは私に忠誠を誓うと言うことでよろしいので?」 「違うわッ」 「・・・・ちぇ」 この巫女、無茶苦茶不満そうに舌打ちしやがった。 「しかし、『あつる』、ですか。字面から『ただる』が妥当では?」 「ただる? ・・・・・・・・って爛れるよ!? そんな国は御免だぞ!?」 「ぷ、くくく・・・・」 わーわーぎゃーぎゃーと攻守を入れ替えながら騒ぐふたりの耳に堪えきれなかった笑い声が届く。 それは直武のものだ。 「直武?」 「は、はは・・・・。すみません、いや、藤丸様が侯王になられても、国分城におられた頃と全くお変わりになりませんから」 直武は藤丸の父――朝流の重臣だったが、それは軍事面だけであった。 平時は要衝である国分城で領国の政務を執っていたのだ。しかし、内乱に勝利し、藤丸が侯王になるならば、直武は国政に関わる地位に否応がなく就任することになるだろう。 そのために、頑張らなければ、と気張っていたのだ。 「あなたの姿を見て無理に気張る必要はない、と気付かされました」 どこまでも自然体の藤丸ならば、侯王という責務に潰されることはないだろう。そして、それは彼を補佐する直武の心労も減るということだ。 もっともも、国分時代からあった脱走癖もそのままならば、護衛を務めるであろう加納郁たちの心労は多大なものになるだろうが。 「さて、和んだところで、ちゃっちゃと終わらせましょう、神儀」 「・・・・いや、だから、その発言は巫女としてどうなんだ?」 「私は神です」 「その発言もどうかと思うぞ」 「・・・・・・・・・・・・とりあえず、始めるんですよね、神儀?」 また言い合いになりそうなふたりを幸希が慌てて止めた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こ、個性的な侯王と巫女なのだな」 あまりの破天荒さに百戦錬磨の常磐晴季もタジタジとなっていた。 それだけ衝撃的な性格のふたりが治めることとなる同盟国に一抹の不安を覚えたのだろう。 「大丈夫なのか?」 「確かに普段の生活態度はあれですが・・・・」 南雲唯和は視線を逸らしながら、言葉を考える。 「本丸御殿の空気は穏やかで、安心できます。荘厳であることだけがいい統治であるとは思えません」 何より、圧倒的な戦力差をひっくり返した経験を持つ藤丸である。そして、彼が行う政治は朝流と相談していた内容に違いない。 ならば、新体制であっても龍鷹侯国の強さは変わらないだろう。 むしろ、一度壊れた分、改革は早く進み、内乱の傷を癒した時は前よりも強固な国家基盤を持った軍事大国に生まれ変わるかもしれない。 「そうそう、藤・・・・忠流様より、帝へのお手紙を預かって参りました」 南雲は懐から和紙の手紙を取り出した。 「読ませていただいても?」 「許可する」 晴季が何か言うまでもなく、帝が承認する。 「では、失礼します」 『突然、このような便りを届けるご無礼をお許し下さい。 差し出がましいながらも、今後の桐凰家の国家戦略について独自の意見を述べさせていただきます。 現在、桐凰家は周辺の大名家が戸惑っているために侵略される危険性が少なかったと思われます。しかし、丹波国制圧戦にて苦戦し、時を費やしたことで、周辺大名も桐凰家を大名家として認識しつつあると思われます』 国作りと丹波外征に八年を費やしている。 確かに八年もあれば、周辺諸国は認識を改めているだろう。 特に旧幕府系の大名以外の大名は利用価値のなくなった朝廷にいつまでも媚びているとは思えない。 『もし、周辺大名が包囲網を形成し、四方八方から攻撃してきた場合、各朝廷軍は各個撃破される可能性があります。よって、早急な同盟国の構築、正面の減少を念頭に置いた外交戦術が必要になると思われます』 そこまで口にした時、分かりやすく常磐の顔が歪んだ。 余計なお世話だと言いたいのだろう。 確かに龍鷹侯国が成し遂げた偉業は大きい。しかし、国政にまで口出すとは何事だろうか。 『思うに北近江と美濃と戦っている南近江と結ぶのがよろしいかと―――』 「黙らっしゃいッ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 晴季より先に制止の声を上げたのは、今まで発言もしようとしなかった左大臣だった。 「おとなしく聞いておれば田舎大名がずけずけと・・・・っ」 顔を真っ赤にして南郷を睨みつける。しかし、百戦錬磨、国内最強とも謡われる龍鷹海軍の第二艦隊司令長官は眉ひとつ動かさず、その視線を受け止めた。 「お言葉ですが、主君への中傷、家臣としては黙っていられぬのですが?」 「・・・・ッ」 戦に出て行く軍人貴族とは違い、文官である太政官に本物の威圧は効果的すぎる。 一瞬で赤かった顔が青くなり、ガクガクと震え出した。 「は、はははははははははははっ」 「・・・・み、帝?」 御簾の向こうで、堪えきれないとばかりに笑い声が上がる。そして、その御簾がいきなり取っ払われた。 「帝!? 官位のない下賤な輩に御姿を晒されるなど―――」 「うるさいぞ、左大臣」 「―――っ!?」 静かだが、威厳のある言葉に南郷に怯えた左大臣は条件反射で平伏する。 「南郷よ、その手紙、受け取ろう。こやつらには刺激が強すぎるようだ」 左大臣が言葉を発したが、ここに集まった太政官や各官省の卿も同じ意見だったのだろう。 帝の視線を受けて彼らは俯いた。 「―――父上」 御簾の向こう側――上座にはもうひとり座っていた。 それは藤丸と同年代の少女だ。 十二単ではなく、巫女装束であり、右目は閉じられている。 「いじめは、そこまでにした方がよろしかろう」 少女は立ち上がり、南雲の前までやってくると正座した。 「手紙、頂けるか?」 「どうぞ」 帝を父と呼ぶからには、皇女である。 内親王として正四位下に匹敵する地位を持っているであろうが、やはり皇族としての【力】は違うようだ。 「うむ、確かに」 にっこりと笑みを浮かべた少女はそれをさっと真顔に戻すと晴季の方に向いた。 「常磐」 「はっ」 晴季は少女に向けて頭を下げ、帝に向かっても頭を下げると南雲に体を向けた。 「鷹郷藤次郎忠流を龍鷹侯国第二三代目侯王として認定する。よって、従五位下と権少納言、侍従の官位を与える」 「ははっ」 位階はともかく、「侍従」の地位は代々、龍鷹侯国の侯王が継承してきたものだ。 これを与えられたと言うことは、正式に朝廷が侯王として認めた証となる。 因みに侍従は定員八名の役職であり、侯王は本領の薩摩国から「薩摩侍従」と呼称されていた。 また、権少納言の「権」は権官を意味し、役職の定数を超えて任官する場合に使われる。 基本、地方に散った皇族や貴族、有力戦国大名が太政官に任命される時はこの権官が使用される。 もっとも、朝廷が戦国に打って出てより、この権官に任命されたのは権大納言であった鷹郷朝流だけである。 この点からも、朝廷は龍鷹侯国を味方と認めたのだ。 「ところで、南郷殿?」 「はい?」 「頼みがある」 そう言って、皇女は再びにっこりと笑った。 |