第二戦「金色の龍による電撃戦」/四



 佐敷川。
 肥後国南部、大関山を源泉に持つ芦北地方最大の河川だ。
 龍鷹軍団が水俣地域を突破した後、佐敷城攻防戦を経て、八代地方に進撃するには必ず通らなければならない河川である。
 大河、というほどの川幅はないが、軍勢の進撃を鈍らせる程度は十分にある。
 龍鷹軍団を阻むために築城された、水俣城、津奈木城、佐敷城は全て河川の近くにあった。
 これは河川の防御力を期待したことや水堀の利用のためだ。
 忠史においても、河川を巡る攻防戦は多い。
 有名なものになれば、斎藤道三が討ち死にした長良川の戦い、上杉謙信が寡兵で織田家を破った手取川の戦い、大友家衰退の引き金となった耳川の戦い(実際に主力軍が激突した場所から『高城川の戦い』とも)などがある。
 川は山と同じく国境になるため、これだけの攻防戦が起きたのだ。
 目に分かりやすいラインであり、人の動きを制限する水。
 これらふたつを呑み込み、両者が激突するには、双方の部将たちに相当の覚悟を強いる。
 事実、先にあげた合戦は、一戦役における決戦だったのだから。






両陣scene


「―――いつまでこうしているんですか?」
「あん?」

 十二月十日、肥後国葦北郡佐敷川南岸。
 龍鷹軍団と聖炎軍団は睨み合いを続けていた。
 双方の先鋒が数町を隔てて向かい合い、ずっとその銃口を敵に向けている。しかし、両軍とも、本陣から攻撃命令が下されず、膠着状態に陥っていた。

「むぐむぐむぐ。・・・・いつまでって・・・・向こうが攻めてくるまで?」

 鷹郷忠流は朝餉を口に運びながら言う。
 やはり十二月は寒く、出された味噌汁のお椀で手を温めていた。しかし、それでも寒いのか、彼の頬は赤くなっている。
 どうでもいいが、女顔の忠流が頬を赤らめていると、可憐以外のなにものでもなかった。
 そんな忠流の目の前には後方に布陣していた霧島騎士団から耐えきれずにやってきた紗姫がいた。
 彼女も出された朝餉に手を伸ばしながら話を続ける。

「まあ? まだ二日ですから戦機が熟していないのかもしれません」

 確かに決戦を求め、数ヶ月間も対陣した例はいくつもある。

「ですが、こうしている間にも迂回路から水俣衆や佐敷衆が聖炎軍団主力に合流しているそうですし、せっかくの電撃作戦が水の泡になりますよ?」

 その報告はすでに受けている。
 対岸に布陣している聖炎軍団は一万近くになっているだろう。
 後方戦力と合わせれば確かに数の優位は失いつつある。

「人吉戦線も膠着状態のままらしいですし、それを打破するために大軍を動かしたというのに・・・・・・・・はぁ」

 紗姫は返事をしない忠流にため息をついた。

「まあまあ、霧島の。侍従には考えがあるのだろうて」
「なければただの馬鹿ですよ」

 同じように朝餉に呼ばれていた昶が口を挟むが、ため息と共に紗姫は毒を吐く。

「ひどい言われようだなぁ~、はっはっは」
「・・・・む?」

 紗姫は忠流の態度に違和感を感じ、周囲を見回した。
 周囲には側近である御武幸盛の他、護衛である加納郁以下近衛衆の精鋭がいる。しかし、ひとりだけ、どう見ても士分に見えない者がいた。

「失礼します」

 紗姫はその人物を認めた瞬間、朝餉を脇に退けて忠流との距離を詰める。
 瞬間、護衛についていた黒嵐衆から殺気を向けられるが、紗姫は気にせず忠流に手を伸ばした。

「・・・・あ」

 あまりの素早さに忠流は動くことができず、紗姫の手を額で受け止める。

「・・・・やっぱり」

 忠流の額は熱かった。
 つまりは、熱があるのだ。

「こんな状態で戦場に出て―――」

 「余命が縮んだらどうするの!?」とは続けられなかった。
 熱い忠流の手が紗姫の手を取る。そして、熱に侵されている少年とは思えぬ力強い声音で宣告した。

「ここで俺が倒れようとも戦況に影響はない」
「な!?」
「これは内乱じゃない。主役は俺個人ではなく、龍鷹軍団だ」

 体調不良は元より危惧されていた。しかし、忠流は自身を主戦場から遠ざけることで関連部署を納得させている。
 この佐敷川の戦いにおいて、龍鷹軍団主力軍の大将は鷹郷従流であり、実質指揮官は鳴海直武である。
 言い換えれば、もはや戦術的勝敗に忠流の役割はないのだ。

「はは、この状態じゃ満足に逃げられないから、『負ければ俺は死ぬ』と伝えてある」
「・・・・・・・・・・・それ、脅迫じゃないですか・・・・」

 驚きよりも呆れが勝り、やはり紗姫はため息をつく。

「後方指揮官ならばそれらしく、鹿児島にいればいいでしょう?」
「総大将が出なければ、龍鷹軍団の本気が伝わらないだろう? この戦は因縁を解き放つためのものだからな」
「強引すぎます。―――っ!?」

 ため息をもうひとつつこうと思った紗姫の手が強引に引かれ、まるで忠流に抱き着くような姿勢となった。

「俺には時間がないんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その言葉の内容にはっと息を呑む。
 耳元で囁かれた言葉は甘いものではなく、冷たいものだった。

「大丈夫、手は打ってある。それはもう数日もすれば対岸が騒がしくなるよ」

 手を離し、紗姫の肩を押して距離を取る。そして、忠流はこちらを興味なさそうに、されど好奇心を隠し切れていない隻眼の少女に笑いかけた。

「俺たちは悠々と高みの見物といきましょう」



「―――殿、敵は動きませんな」

 佐敷川北岸、聖炎軍団本陣。
 火雲親家と国木田政次、名島景綱が共に朝餉についていた。
 国木田政次は政略の宰相として、名島景綱は戦略の司令官として共に要職にある人材だ。

「龍鷹軍団と言えば、火力を前面に押し出した待ち戦が得意です。数日の睨み合いなど想定内でしょう」

 これまでの戦いでも、龍鷹軍団が決戦で攻勢に出ることは少ない。
 水俣決戦は戦果を急いだ龍鷹軍団が先手を取ったが、それ以外はほとんど聖炎軍団が初手だった。

「こちらとしては、佐敷城、水俣城の後詰部隊ですから今回も攻勢に出たいのですがね」

 名島景綱は村林勢に麓を圧迫されている佐敷城を見遣る。
 名島重綱の活躍で増援部隊を送り込んだ佐敷城だが、それは早期陥落を免れただけだ。
 このまま放置すれば、いつか兵糧がなくなって降伏以外の道を選べなくなる。

「我々は水俣城も助ける必要があるのですから」
「いっそのこと、親晴様に攻勢に出てもらうのはどうでしょう?」

 人吉戦線では戦力的に聖炎軍団に分がある。
 さらに龍鷹軍団が籠もっているのは寺であり、軍事施設ではないので切り崩しやすいだろう。

「人吉戦線が崩壊し、薩摩への道が開ければ、龍鷹軍団は退却するのではないでしょうか?」
「むう、それはそうだが・・・・人吉へ続く街道のふたつを抑えられている以上、人吉の膠着状態が崩れればその道を通られるのではないか?」
「あり得ますね。龍鷹軍団は内乱前とは比べものにならない機動力を持っています。また、大口城を落とすほどの戦力は親晴様にはありません」

 大口城が陥落しないのであれば、龍鷹軍団は安心して肥後に留まることができる。
 そうなれば、肥後から人吉に迫った部隊によって人吉城が陥落し、親晴勢は完全に孤立する可能性もあった。

「人吉方面はやはり柳本に任せるしかないな」

 親家が結論を下し、人吉攻勢案は否決される。
 彼が言った柳本長治は岩尾城城主であり、肥後国東部を治める部将だ。
 今回は主力軍に同伴せず、山中を突破して人吉に向かっている。
 街道をひた走ればどうしても龍鷹軍団に注目される。
 それでは対応されてしまうため、彼の領土から人吉に続く山間部の小さな道を移動していた。
 時間はかかるが、隠密性にかけてはほぼ完璧と言えるだろう。だが、戦力はほぼ一〇〇〇であり、これで佐久勢を押し崩すには多大な犠牲を払う必要がある。
 とてもではないが、大口城を攻める戦力は残らないだろう。

「とにかく、どうにかして相手に手を出させる方法を―――」
「―――お食事中失礼します!」

 突然、幔幕が跳ね上げられ、軽装の男が転がり込んできた。
 彼は今まで走ってきたのだろう、息を荒上げて三人の前に片膝をつく。

「貴様、無礼であろう!」

 驚いて思わず箸を落としてしまった国木田が顔を赤らめて怒鳴りつけた。

「まあまあ、国木田殿、それを承知で入ってきたことは先の言葉で分かるだろう? ―――して、如何した」

 政略と戦略の才能の違いが表れた問答だったが、親家は男に視線を向けることで先を促す。

「は、ははっ。それがし、隈本城の留守を預かる珠希様の命で派遣されました」

 火雲珠希。
 御年十五歳になる、火雲親家の一人娘だ。
 歌道・茶道・華道だけでなく、薙刀や弓もこなす、文武両道の娘である。
 彼女は親家が出陣する場合、一族代表として留守居大将になることが多かった。しかし、軍事的なものは他の部将が務めており、彼女が代行するのは国家元首としての役割、つまりは外交だけだ。
 そんな彼女からの報せと言うことは外交問題が発生したことに他ならない。

「一昨日、天草下島南部に龍鷹軍団が上陸、久玉城が陥落。同日には鹿屋利孝率いる二〇〇〇が本渡城を取り囲みました」
「な、に・・・・?」

 雷鳴に撃たれたかのように親家と国木田は固まった。

「・・・・・・・・・・・・・・・なるほど、対岸に“翼将”がいないのはこれか・・・・っ」

 名島は視線を南岸の龍鷹軍団に向けて歯噛みする。

「し、して、政恒・・・・本渡城はどうなった!?」

 本渡城は水俣城と同じく、敵の電撃作戦のために封じ込められた。しかし、水俣城と違うのは、下島を完全に支配するにはこの城を落とすしかないと言うことだ。

「ほ、本渡城は城兵六〇〇にて抗戦。ふたつの曲輪を抜かれるなど苦戦するも高尾山曲輪にて敵を撃退。鹿屋勢は数百の死傷者を出して後退しました」
「ほっ。さすがは本渡城」

 男の言葉に国木田は胸をなで下ろす。しかし、それはすぐに無意味なものと変わった。

「されど、深夜に正体不明の敵に本丸を奇襲され、陥落した模様です!」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 あまりの事態に三人は言葉を失う。
 聖炎国が龍鷹侯国と戦い始めて数十年。
 一度も、政庁を置いていた堅城が陥落したことはない。だがたった今、その難攻不落神話が崩壊した。
 何より、それをなしたのが龍鷹軍団ではないことが思考停止に追い込んでいる。

「そ、その正体不明の敵とは・・・・?」

 この時、聖炎軍団首脳の三人は致命的なミスを犯していることに気が付いていなかった。
 まず、珠希からの使者というのに、その内容は軍事的なものであったこと。
 次に、軍事的報告にも関わらず、文学的な表現が多く、端的なものではないこと。
 最後に、一昨日より行われたという天草諸島攻撃の報が届いていないのに、いきなりこの精度の情報が入ったこと。

「本渡城本丸に翻るは≪朱地に黒の遠山≫、燬峰王国の旗印です」
「燬峰、だとぉっ!?」

 だが、これは流言ではなく、後に全て事実だったことが分かるので、誰もこれが龍鷹侯国が誇る諜報機関――黒嵐衆の忍びだとは気が付かなかった。
 黒嵐衆の目的はただひとつ。
 龍鷹軍団にとって都合の悪い情報だけを遮断し、都合のいい情報は積極的に提供する。
 この時期、聖炎軍団は耳を塞がれた状態にあったのだ。



「―――兄様、よろしいですか?」

 肥後国天草下島本渡城。
 聖炎軍団と龍鷹軍団が死闘を演じた結果、高尾山曲輪以下の曲輪は激戦痕生々しい光景が広がっている。しかし、彼らがいる本丸御殿は奇跡的に無事だった。

「ああ、指示は出し終えた。後は勝手にやってくれるだろう」

 頷いた青年は妹から視線を少年に移す。

「お初にお目にかかる。燬峰王国国王、燬羅尊純だ」

 戦場が近いからか、尊純は具足を最低限着けていた。
 対して、少年は全く武装していない。

「鷹郷一門、鷹郷源丸。治部少輔の地位を貰っている」

 源丸は手紙を懐から取り出した。

「本来ならば、対燬峰王国の窓口は鷹郷従流が請け負うのだけど」

 「ん」と結羽向けてその書状を渡す源丸。
 彼はまだ子どものみである故に、ここにいるのは一門衆としての立場だけである。
 必要な書状や文句は従流が用意していた。
 また、源丸は一応、治部少輔の地位にあるが、これは忠流に押しつけられたためだ。
 主要な仕事は西洋人たちの便宜を海軍が図ること、である。
 故に今回の仕事は関係ないと言えばないのだ。

「ふむ、確かに書状には鷹郷従流とあるな」

 書状を確認した尊純は視線を源丸の背後に向けた。

「して、そなたは龍鷹侯国の外交僧、ということでよろしいかな?」
「ええ、今回はその立場にございます」

 年の頃七〇といった老僧が頭を下げる。
 彼は鷹郷家の菩提寺・鷹聚寺の住職だ。そして、従流の上僧だったものであり、今回の大役を任されていた。
 従流の側近である後藤公康なども、候補にあったが、後藤は再生した後藤家の軍勢を率いて従流の旗本として行動しており、無理な話である。
 だからこそ、軍事的に関係なく、そして、要職にあってもおかしくない僧侶が選ばれたのだ。
 このように、とある大名家の外交活動を支えた僧のことを「外交僧」と言った。
 忠史で有名なものと言えば、毛利家の外交僧として高松城攻防戦、関ヶ原の戦いと活躍した安国寺恵瓊がいる。

「しかし、この条件は当家にとって好都合すぎ、少し裏があると疑ってしまうな」
「それだけ侯王は燬峰王国を買っていらっしゃる、ということですね」

 探るような尊純の視線を受けても住職は表情を変えずに言い放った。

「それに、龍鷹侯国は今まで倭国の諸侯に対して孤高すぎました」

 龍鷹侯国は最果ての王国として、対大陸戦線の最前線として常に外に目を向けてきた歴史を持つ。
 それは自然と、他の諸侯との繋がりを絶っていた。
 大隅国を併呑した龍鷹侯国と付き合いがあったのは聖炎国くらいである。
 普通、聖炎国を押さえ込むためにその背後に位置する虎熊宗国や銀杏王国を利用する方法がある。しかし、そんな戦略的判断をせず、軍事力で黙らせてしまったのが、先の水俣決戦なのだ。

「侯王は一段落した対大陸戦線の後、倭国の将来を危惧しておられます」

 打ち続く戦乱はすでに百年を超えた。
 列島各地に数万の戦力を持つ大国が生まれてはいるが、それらもまだ戦が絶えず、戦いが続いている。

「ですから、共に歩く国を求めておられました」

 これは忠流が帝に提案したものと一緒だ。
 北に目を向けた龍鷹侯国にとって、まず障害となるのは聖炎国だ。
 都農合戦に介入し、神前氏を牽制したのも、聖炎国に対し、日向衆を投入するためである。そして、戦略上、聖炎国に全力で龍鷹侯国に向かわれては困る。
 これは戦国大名ならば必ずやる、敵勢力の後方への揺さぶり。
 それを欠いていた龍鷹侯国は西海道では孤独だった。
 故に、どこにも属していない燬峰王国からの接触は渡りに船だったのだ。

「ふん、なるほど。龍鷹侯国に欲しいのは領土ではなく、一戦線を預けるにたる戦力、か」

 忠流が提示した軍事同盟条件は、
 「天草諸島の領有権は燬峰王国のもの」
 「燬峰王国から龍鷹侯国に外交窓口を派遣すること」
 どこにも龍鷹侯国に得になることはない。
 むしろ、天草下島戦役で被った数百の損害は無駄になりかねない。

「数百の犠牲で、数千の援軍、さらには敵の後方を脅かせるなら安いもの」

 ずっと黙っていた源丸が口を開いた。

「何より、守りにくい離島の防御をしてくれるというならばこれ幸いに押し付けるだろうよ、あの病弱」
「源丸殿・・・・」

 身も蓋もない言い方に住職は苦笑する。

「まあ、当方としても後方の防御を確保したかったので、いいんだがな」

 尊純は忠流の本音を知っても余裕を崩さなかった。
 天草諸島を龍鷹侯国が領有するより、自分たちで管理した方が安心できるに違いない。

「兄さん、ふたつめの条件ですが」
「ああ」

 ひとつめを快諾した燬羅兄妹は続いてふたつめの条件に話題を移す。
 これは現在で言う大使館の存在を龍鷹侯国に置く、ということだ。
 欧州は常駐外交使節を置くことは古くから慣例化していたが、戦国時代の日本にはその概念は薄かった。
 それは今日までの敵が明日から敵になることが多かったこともあるが、所詮、戦国時代は同一文化圏の内乱であり、諸外国の外交問題に疎かったこともある。
 また、同盟において婚姻が重視されていたこともある。
 例えば、浅井長政と織田市の婚姻は美濃斎藤氏攻略に対しての攻勢同盟の証である。
 天文の乱と並ぶ、東国戦国史の転機となった甲相駿三国同盟も、三大名家が姫を出し合って婚姻関係を結んだ。

「ここは私の出番だと思います」
「だろうな」

 そもそも燬羅兄妹はそのつもりで結羽を龍鷹侯国に送り込んだ。
 理想としては忠流の正室になることだが、同盟を結ぶだけというならば従流でも源丸でもいいだろう。
 そして、婚姻を結んで龍鷹侯国に住むようになれば、それは自然と常駐外交使節になる。

「ふふ、実はちょっと楽しそうな子を見つけたんです」

 にっこりと微笑む結羽に気まぐれな猫の耳と尻尾を幻視した源丸は身を縮こませ、妹の悪癖を知る兄はため息をついた。
 一見、清楚な御嬢様だが、笑顔の向こうに油断ならない賢さがあることは兄である尊純がよく知っている。
 彼女に気に入られた者に憐憫の情が湧くが、そこは戦略的判断で呑み込んだ。

「なら、問題ない。この条件で燬峰王国は龍鷹侯国と軍事同盟を結ぼう」
「ええ、こちらの外交窓口は鷹郷従流です」
「はい。こちらの外交窓口は燬羅結羽です」

 後に“天草宣言”と呼ばれる、同盟宣言である。
 それは、龍鷹侯国がこれまで省みなかった新戦略として、当面の敵である聖炎国へと牙を向いた。



「―――ほわぁっ!?」

 ゾクゾクゾクゥ~ッと従流の背筋を得体の知れない寒気が走り、思わず彼は奇声を上げてしまった。
 護衛の旗本や側近の後藤が心配そうにこちらを見るが、従流は顔を真っ赤にして彼らに手を振る。
 決戦を前にして気が立つ足軽たちの視線は冷たかったが、どうにか平静を保った少年部将からすぐに敵へと顔を向け直していた。

(な、何だったんでしょう、今の・・・・)

 従流はまた兄が何かしたのかと本陣を見遣る。しかし、本陣に動揺は見られず、ただただ軍旗が風になびいている状態だった。

(兄さん、本当に僕に代役を任せるんですね)

 本来、この野戦軍本陣に座っているのは侯王である忠流のはずだ。しかし、忠流は野戦軍の後方に本陣を置き、佐敷川北岸の聖炎軍団本隊と南岸の佐敷城を睨んでいる。
 本隊を相手にする従流率いる主力軍と佐敷城を抑える村林勢の双方を重視する姿勢であり、戦役全体を統括するためだった。
 太平洋戦争において、戦域が広大になったため、アメリカ太平洋艦隊司令部は旗艦であった戦艦から陸に機能を移した。
 そうすることで、主力部隊が出撃していても、多方面から入ってくる情報を精査して対応することが可能になったのだ。
 結果、北はアリューシャン列島、南はガダルカナル島という、ほぼ太平洋の南北に相当するような広域な戦線を支えた。そして、次々と繰り出される日本軍の鋭鋒を逸らし続け、力尽きた日本軍に対して遂に反攻作戦に移ったのだ。
 分かりやすく言えば、決戦部隊の指揮をしている最中に多方面の話を持ってこられても満足に考えて答えられるはずがない、ということだ。

(という理論武装な気もしないでもありませんが)

 所詮、忠流も従流と同じで戦の指揮は素人だ。
 ならば、自分はどこにいても同じ、という考えなのだろう。

「はぁ・・・・僕は態のいい駒、ですか」

 これも王族の務め、と割り切った従流だが、もうひとり、別系統の王族を思い浮かべた。

「彼女は僕以上に自分を『駒』と思っているのでしょうね」

 今頃、自分の役割を肩代わりした従弟と一緒にいるであろう少女を思い、苦笑する。

「まあ、彼女はそれを楽しんでいる節がありますけど」
「従流様?」
「ああ、何でもありませんよ、公康」

 訝しがる側近に笑いかけ、従流は動かぬ戦線に視線を移した。










第二戦第三陣へ 龍鷹目次へ 第二戦第五陣へ
Homeへ