第二戦「金色の龍による電撃戦」/二



 聖炎国。
 かつて、筑前、筑後、肥前、肥後、豊前を領した穂乃花帝国に連なる一族――火雲氏が治め、虎熊宗国、龍鷹侯国に次ぐ石高を持ち、豊後国を治める銀杏国と並ぶ西海道の強国である。
 その特徴は高い築城技術にある。
 本城である隈本城を始め、多くの堅城を持ち、穂乃花帝国滅亡の折にはその城塞群にて虎熊宗国の猛攻を打ち破った。
 城塞はそのまま政庁としての役目を持ち、交通の要衝に築かれたそれらは地方の中心として行政を支えている。
 水俣城、佐敷城、八代城、宇土城、岩尾城、内牧城、玉名城、菊池城、本土城がそれだ。
 これらの城は統括する地域の軍勢を集めて運用する役目も持っており、軍勢集結地点として機能していた。
 このため、龍鷹軍団の急進は水俣地域、佐敷地域の軍勢を糾合することを困難にした。
 結果、両城とも効果的な反撃ができず、逼塞するか、小規模な奇襲戦術を用いるしか策がなかったのである。
 緒戦における兵力の集中と高起動作戦にて、龍鷹軍団が勝利した。しかし、主力軍を砕いたわけでもない、戦略的勝利である。
 龍鷹軍団は長年、防壁とされてきた水俣城と佐敷城をほぼ無力化することができ、さらに北上する機会を得た。
 両城は兵站線を脅かすために出撃しようにも兵力が足りず、逼塞するしかない。
 龍鷹軍団は津奈木城を陥落させたことで、津奈木湾を自由に使えることで、大規模な糧秣を輸送可能だった。
 宇土半島以南、八代湾には龍鷹海軍を阻むものはいない。しかし、陸上の聖炎軍団は健在だった。






佐敷川scene


「―――火雲親家様、隈本衆を糾合して出撃。菊池衆、玉名衆の姿も見えます。総勢七〇〇〇! 先鋒はすでに八代へ達しています!」
「名島景綱様、本隊との合流を待たずに八代城を出撃。その数約二〇〇〇。すでに肥後田浦を通過! 今日中に佐敷川北岸に到達する模様!」

 十二月八日、肥後国葦北郡花岡周辺、鷹郷忠流本陣。
 ここに、矢継ぎ早に黒嵐衆からの報告が入った。
 それは龍鷹軍団の急進に対する聖炎軍団の対応である。

「これ以上の北進は無理だな」
「はい、名島景綱と言えば、聖炎軍団では一、二を争う名将です。戦略眼、戦術眼ともに一級品であり、その采配は確かです」

 確かに、聖炎軍団本隊と合流せずに肥後田浦に出撃したのは、これ以上の北上を阻むためだろう。
 八代城下が龍鷹軍団の手に落ちれば、人吉城の部隊は完全に退路を失う。
 後は山がちの悪路を、岩尾城目指して退却するしかない。
 逆に肥後田浦を手中にしておけば、笠山西麓から出てきた龍鷹軍団の先鋒を包み込むことができる。
 それを避けるために、龍鷹軍団は進撃を止めざるを得ない。

「橘次へ通達だ。『北進中止。佐敷川にて迎え撃つ』と」
「御意!」

 すぐさま伝令が走り、渡河準備をしている主力軍の動きが止まった。そして、数分後には主力軍本陣から迎撃陣形への陣替えを知らせる使番が各円居へと走り出す。

「父上、どうやら小手先の技術で翻弄しても、佐敷までが精一杯のようです」

 忠流は隣の御武幸盛に聞こえないような声で呟いた。
 かつて、忠流の父――朝流は対中華帝国戦争の琉球戦線に集中するため、敢えて水俣城へと侵攻した。
 結果、迎撃に出た聖炎軍団主力軍を撃破し、戦力の南方集中を成し遂げることに成功する。
 戦略的、戦術的にも大勝利と言える大会戦。
 それは両軍併せて二万を超える大兵力で行われた戦いだった。

「今回も、それに準ずるな・・・・」

 忠流本隊は主力と合流し、佐敷川南岸に展開する龍鷹軍団は約一万三〇〇〇だ。
 第一陣の長井・武藤連合軍は兵部大輔の地位にある長井衛勝が統一指揮を執り、その数三〇〇〇。
 第二陣の鳴海勢二〇〇〇は鳴海盛武が指揮を執る。
 第三陣は主力軍の本隊三〇〇〇だ。
 この八〇〇〇は鷹郷従流が総大将となり、鳴海直武が実戦指揮を執る。
 佐敷城の抑えとして村林信茂率いる薩摩衆二〇〇〇が佐敷城大手前に布陣。
 忠流直卒本隊二〇〇〇は全軍の左翼に位置し、退路の確保及び佐敷川の戦い全域における総指揮を執る。また、佐敷城から奇襲されたこともあり、さらに南部の佐敷城搦め手方面には絢瀬・香月連合軍一〇〇〇が布陣していた。

「郁、俺は少し佐敷城の様子を見に行く」
「分かった。近衛を十数名見繕っておくわ」

 忠流は立ち上がり、幔幕の外へと出る。
 佐敷城は難攻不落だが、黒嵐衆の草の者からの報告から城兵は五〇〇を上回ることはないと分かっている。
 隙あらば、抑えの村林勢だけで落とすことができる。

(むしろ、少々痛めつけておいた方がいいか・・・・)

 今回の急進では攻城兵器は輸送できていない。
 あるといえば大鉄砲くらいだが、それを投入しても城壁や櫓にダメージを与えるだけで、即陥落とはならないだろう。

 佐敷城。
 先に述べた通り、薩摩街道と人吉街道を扼する交通の要衝に建てられた山城だ。
 正史において、「東の城」と呼ばれる地域に佐敷氏が築いたので始まり、戦国時代では相良氏が制圧。その後、島津氏の支配となるが、豊臣秀吉による九州征伐にて加藤氏が領有。
 朝鮮の役では、有名な「梅北一揆」の舞台となった。
 築城の名手である加藤清正の重臣、加藤重次による増改築の結果、立派な石垣を備える堅城となる。
 関ヶ原の戦いでは、宇土城の小西家と薩摩の島津家に挟まれ、島津家重臣・島津忠長の軍勢に包囲されるも、本戦結果が伝わるまで約一ヶ月の間守り切った、難攻不落の名城である。
 本来ならば、薩摩街道を通過する軍勢に対して側方陣地の役割を持つが、龍鷹軍団の急進のために出撃する兵力が足りない。
 このため、佐敷城が龍鷹軍団に脅威を与えるためには、兵力補充が必要だった。

「―――敵襲! 敵襲だぁっ! ゲバァッ!?」

 忠流が村林勢本陣に辿り着いた時、佐敷城向けて展開している村林勢左翼で声が上がった。
 その方向には歩兵を中心とした数十の敵軍がしきりに弓鉄砲を射かけている。
 奇襲を受けた左翼は動揺し、次々と降り注ぐ遠距離武器に右往左往していた。

「馬鹿者が! ああも簡単に動揺しおって! 本隊より増援を回せ。ここで一気に殲滅してくれるわ!」

 忠流を迎えた村林はすぐに激昂する。
 ことが大事に至れば、忠流の温情も消し飛ぶだろう。
 村林は龍鷹侯国に忠誠を誓い、その戦力維持のために貞流に協力した過去がある。
 それを咎めず、出水城主としてこの戦いに参加できているのは、忠流が彼の武勇を必要としたためだった。しかし、このように奇襲を許し、押し込まれるようであれば、その武勇なしと判断され、更迭される可能性があるのだ。

「ま、薩摩衆だからな・・・・」

 矢継ぎ早に指示を出す村林の後ろで、忠流は小さくため息をついた。
 薩摩衆は旗本衆と違い、群小の豪族による連合軍である。
 薩摩衆は精鋭揃いで、内乱でも貞流の主力として行動した。
 結果、多くの戦いで有能な指揮官を失い、特に物頭や組頭といった経験豊富な者たちを失っている。
 これでは軍勢の即応体制などに問題が出てもおかしくはなかった。
 このため、忠流は旗本衆を組織して、戦力の補完をしていたが、豪族衆にまで手を回していなかった。
 派手に取り込みを開始すれば、誇り高い彼らは反乱を起こす可能性があったからだ。

(鹿児島に帰れば、格好の切り口になるな)

 体制の不備に気付き、それを指摘すれば兵部省による軍団改革は格段に進むだろう。

「って、おい!」

 敵数十人に対し、混乱から脱した薩摩衆は逆襲を開始。
 持ち場を離れて攻撃するが、敵もそれに気付いて後退していく。そして、数十名の伏兵に引っかかってさらにまた混乱してしまった。

「あそこの指揮官、処罰しないとな」

 あまりにも軍規を乱しすぎだ。
 小さく呟いたつもりだが、蒼褪めた村林にはよく聞こえた。

「馬を引け! 直接あそこに行く!」

 自身による収拾を図るため、村林が馬に飛び乗る。そして、辺りを見回して気付いた。

「佐敷城の城門が開くぞ! 注意せよ!」

 伝令が前線に駆け込む前に、佐敷城の大手口から飛び出した城兵は銃撃を開始。
 村林勢前線の数人が撃ち抜かれて倒れ伏す。

「陛下、ここは危険です。移動いたしましょう」

 護衛についていた瀧井信輝が言った。
 確かに村林勢は本陣すらも混乱しており、ここにさらに一手が加われば潰走しかねない。

「いや、今ここから動くことが問題だ。敵は俺がここにいることを知っている」

 あまりにも奇襲のタイミングが良すぎる。
 忠流が来たからこそ、この攻撃を敢行したとしか思えない。

「陛下、敵の正体つかめました。水俣衆です。また、名島家の軍勢がいます」

 敵情視察を行った幸盛の報告に忠流は膝を打った。

「薩摩街道を南下した本隊は囮か! 一部の兵力が散乱した水俣衆を取り込んだんだ!」

(と、なれば、連中の拠点は・・・・)

 忠流の頭の中に肥後の地図が浮かび上がる。
 主街道である薩摩街道の大半は龍鷹軍団が制圧している。しかし、海沿いの道を少数で進めば見つけることはできない。
 問題は津奈木城周辺だが、本隊が移動した後のこの城は輜重隊の警備部隊しかいないため、やはり少数で移動すれば気付かない。
 海沿いから天見岳南麓を通過し、葦北郡恩徳寺周辺で薩摩街道東に出てしまえば、後は龍鷹軍団と出会うことなく、佐敷城の東側に出ることができた。

(急進作戦に対応した策を事前に決めていた、のか?)

 それにしては数が少ない。
 また、佐敷衆の姿が見えないのはおかしい。

「って、しまった!」

 忠流は思わず立ち上がり、幔幕の外へと駆け出した。

「やっぱり!」

 城内からの突出で混乱した前線は後退することで隊列を整えている。
 それは包囲に隙間を生じさせる結果となっていた。

「城内へ入ろうとする敵がいるぞ!」

 忠流は大声で叫び、注意を呼びかける。
 城方が作り出した城外の地域をひた走る軍勢がいた。
 その旗が示す軍団所属は佐敷衆だ。
 数は三〇〇は下らない。

「行く手を阻め!」

 独自に判断した物頭が指示を下し、城前にて両勢は再び激突した。しかし、数で勝るはずの龍鷹軍団は方々に戦線を持つために一方に効果的な戦力投入ができない。
 おまけに―――

「本陣へ突撃する騎馬隊あり!」

 物見の報告通り、三〇〇とは別の集団が盛大に土煙を上げて突撃していた。
 それを見た村林は本陣――忠流の周囲を固めるために兵を引き抜く。
 結果、城への圧迫が薄れて城内に三〇〇は収納され、奇襲勢も戦闘離脱した。

「しまった・・・・ッ」

 その結果に、村林は歯噛みするが、佐敷城には手を出せない。

「父上の部隊が来た。合流して本陣へ退却するべきでよ」
「・・・・分かった」

 郁に促され、忠流は歩き出す。
 確かに西方から加納猛政率いる近衛衆が近付いていた。
 お忍びで来たような十数名の護衛よりは安心だ。

「へ、陛下・・・・」

 その背中に、龍鷹軍団を背負う背中に村林は思わず声をかけた。
 忠流の命を危険に晒す、それはこれ以上ない失態だ。
 龍鷹侯国に仕えていると公言した彼だからこそ、今この国に忠流がいなくてはならない理由が分かっている。

「・・・・村林」
「は、はっ」
「城内の兵はこれでおおよそ八〇〇。普段は非戦闘員の者たちが武装しているとなれば、一〇〇〇弱となるだろう」

 霊術を駆使すれば、普段非力な女どもも立派な戦力となる。

「これから行われる決戦、佐敷城を絶対に関わらせるな。何としてでも押し止めろ」

 敵は佐敷城だけではない。
 周囲の間道を押さえる兵力を摘出すれば、城を押さえる村林勢は一〇〇〇ほどになるだろう。
 五分五分の戦力で勝敗を分ける要因にはひとつ、指揮官の判断がある。

「もし、城兵に敗れ、本戦に影響するとすれば・・・・」

 これまで背中を向けていた忠流はひどく冷めた表情で村林を振り返った。

「生きて、薩摩の地を踏めると思うな」
「・・・・ッ!? か、畏まり・・・・ました・・・・」

 これは最後通牒だ。
 思わぬ冷酷さを目の当たりにした村林は、国境を守る孤高な猛将とは思えるほど蒼褪めた。



「―――くそ・・・・」

 近衛たちに守られながら移動する忠流は小さく毒づいた。
 それは彼にしては珍しい、苛立ちの表情で放たれている。
 苛立ちの原因は先程の奇襲だが、その根幹には自分の油断があった。

(あいつだな・・・・)

 忠流は騎馬隊を思い出す。
 騎馬隊の先頭に立つ黒一ノ谷兜の青年武将がニヤリと笑っていた。
 全ては忠流が村林本陣に訪れたことが原因だ。
 村林は佐敷城に向けていた意識の一部を忠流に向け、周囲への注意が散漫になっていた。
 そこに奇襲を仕掛け、城への警戒をさらに薄れさせる。そして、打って出た佐敷城兵と交戦状態になった村林勢は数故に次々と増援を繰り出して、両勢を圧迫するが、押し切れない。
 ここで手薄になった本陣へと突撃することで、忠流を守るために一気に両戦線から兵を引き上げさせる。
 結果、奇襲した兵力は戦闘離脱に成功し、城兵は援軍を収容、騎馬隊は本陣に突撃せず、その機動力で撤退する。
 まさに「鷹郷忠流」という存在に起因した様々な事情を操った見事な戦略である。
 忠流も戦略家だが、それは机上の理論を中心とした地理学だ。しかし、あの青年は戦場独特の雰囲気や国家事情、武将関係など、物理的でない考えをまとめあげたものであり、忠流から見れば危うい戦略である。
 だが、それを喰らった身からすれば、芸術的とも言える戦略に忠流は戦慄したのだ。

「幸盛」
「はい?」
「騎馬隊の先頭にいた男、分かるか?」
「うー・・・・特徴とかあります?」
「黒一ノ谷の兜をつけた若い武将」
「・・・・あー、ならば名島景綱様の御嫡男、名島重綱様ではないでしょうか」

 幸盛の頭の中には聖炎軍団の武将たちが詰まっている。
 その引き出しに引っ掛かった武将は意外と大物だった。

「若手筆頭と言われる方で、景綱様同様名将の器であると噂されています。まあ、コチラで言えば、鳴海盛武殿と同様の位置にいる方と言いましょうか」
「・・・・盛武と一緒・・・・」

 鳴海盛武は忠流からすれば幼馴染みの兄貴分だが、龍鷹軍団若手武将筆頭の地位にあり、内乱後は鳴海家の家督を継いでいる。
 都農合戦では神前家最強軍団を敵にして五分の戦をしたことで、国外にもその武威を示していた。

「ま、仮にも龍鷹軍団と長年戦ってきた聖炎軍団だ。その部将も粒ぞろい、ということで」

 忠流は無理矢理納得し、本陣の幔幕をくぐる。

「―――盛大に負けましたね」
「まあ、戦略家だからな、侍従は」

 辛辣な言葉に迎えられ、思わず忠流は崩れ落ちた。

「な、何故・・・・」

 忠流を出迎えたのは本陣で茶を楽しむ紗姫と昶だ。
 彼女たちの脇には屈強な騎士と近衛が控えており、一応戦場であることを理解しているようだ。しかし、彼女たちがいる意味がさっぱり理解できない。

「何故と言いますか」

 紗姫は床机から立ち上がり、忠流を真下から見上げる。

「私はあなたの槍です。当然、戦場には持ち歩くべきでしょう?」
「俺は槍を振るうつもりはないぞ。あんな恐怖、まっぴら御免だ」

 兄・貞流と戦って勝利できたのは奇跡以外の他でもない。
 武道の修練を積むよりは、それを必要としない戦略を考える方が有意義だ。

「それに失敗したのが、さっきだろう?」
「ぐっ」

 確かに先程の騎馬隊が突撃してこれば、村林本陣で白兵戦が起きた可能性が高い。
 何せ、効果的な弾幕や槍衾を展開する暇もなく、騎馬突撃を受けて乱戦になったであろうから。

「殿下はどうしてここへ?」

 したり顔をする紗姫の頬を押し退け、忠流は優雅に湯飲みを傾ける少女に問い掛けた。
 彼女の閉じられたままの右目には眼帯がつけられており、動きやすい戦装束に身を包んでいる。
 彼女は朝廷の皇女であり、龍鷹侯国からすればお客さんだ。

「知れたこと。妾は龍鷹侯国を見に来た。ならばその象徴とも言える龍鷹軍団を見ずして何を見る?」
「はぁ・・・・まあ、ここが戦場になるようなことはないはずだから、いいのか」
「え、いいんですか?」

 幸盛が素で言ってくるが、仕方ない。
 忠流は侯王だが、相手は皇女。
 忠流は侍従の地位を持つが、相手は内親王だ。
 命令することなどできない。

「できうる限り守りますが、無理な場合は自分で守ってください」
「ふ、そのために近衛を連れてきておる。侍従は安心して采配を振るうがよい」

 昶はそう言うと、幔幕の外と意識を飛ばした。

「―――申し上げます」

 その瞬間、幔幕を跳ね上げて使番の若者が片膝をつく。

「聖炎軍団約二五〇〇が佐敷川対岸に出現。五〇〇を白岩地区において退路を確保、二〇〇〇が東方の尾根を越え、主力軍前面に布陣しました」
「来たか」
「大将は八代城主、名島景綱様と見られ、現在、東方より先程の奇襲部隊と思しき数百が合流中です」
「さっきの奇襲、佐敷城に兵を届けるだけでなく、龍鷹軍団の渡河を防ぐための戦略もあったみたいだな」

 忠流は報告を受けながら幸盛に言う。

「ですね。従流様に停止命令を下しておいてよかったですね」

 幸盛はすぐに地図を用意させ、敵軍の布陣を書き記していく。
 それを見遣り、忠流は改めて使番に向き直った。

「橘次に伝達だ。対岸の敵に手を出すな、と」
「はっ」

 返事を聞いた若武者はキビキビとした動きで立ち上がると、忠流に一礼して走り去る。

「あら? あなたは行かないの?」

 紗姫が首を傾げる。
 現在、忠流本隊が布陣している場所は戦場となるであろう佐敷川の川岸より若干離れていた。

「あっちは橘次の担当」
「・・・・あなた、決戦にいないのは信念か何か?」
「さっき、殿下がおっしゃったろう? 俺は戦略家だ。対聖炎国戦線全ての指揮を執る。局地戦など家臣に任せておけばいい」
「ま、実際に指揮を振るうよりは鳴海陸軍卿に任せた方が安心ですしね」
「・・・・うるさいやい」

 紗姫の言葉に忠流はいじける。
 それにくすりと笑った紗姫は幔幕の外へ出ようと歩き出した。

「それでは私は陣所へ帰ります。霧島神宮の代表者、という立場では陣借りできませんから」

 霧島神宮の代表者として忠流といれば、それは聖炎国内の宗教組織に対する宣戦布告となる。そして、紗姫が<龍鷹>であることは秘密であるため、彼女は別の場所にいる必要があった。

「私を必要にするならば、呼んでください」
「・・・・分かった」

 最後の一線を守っているようなので、何も言えない。
 それを分かっているのか、紗姫は微笑を浮かべてペコリと一礼して見せた。

―――シャラン

 そして、その動作で彼女の袂から何かが滑り落ちた。

「あ!」

 紗姫は慌てて装飾過多とも言えるそれを拾い上げる。そして、どこも壊れていないことを確認すると、安堵した表情で幔幕を出て行った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 忠流はその光景をじっと見ていたが、その視線を同じ光景を見ていた幸盛に向ける。
 あれは間違いなく鈴だ。そして、紗姫があれほど大切にしているのであれば、何らかの霊装である可能性が高い。
 龍鷹侯国にとって、鈴の音を放つ霊装は重大な意味を持つ。

「釧(クシロ)がそんなに珍しいか?」
「・・・・釧?」

 昶の言葉に幸盛が呟いた。

「それはあの鈴のついた腕輪のことですか?」
「ああ。神事などで使う、装飾品だ」

 官位を持たぬ陪臣が直言したことに、昶は意に介した風もなく答える。

「釧なら妾も持っているぞ。妾のは違うがあれは霊装かもしれんがな」

 昶も袂に手を入れてそれを出した。
 確かに小さな鈴がついた腕輪である。

「一応、あやつも巫女だからな。別段持っていても不思議ではない」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 そう言い切られても、一度頭に根付いたものはそう簡単に消えない。
 元より、紗姫は容疑者のひとりなのだ。

「それよりお客さんのようだぞ」

 昶は報告の邪魔をしたくないのか、ゆっくりと鈴を袂に仕舞う。
 それは鈴としての機能がないのか、一切の音を奏でることはなかった。

「―――申し上げます。聖炎軍団本隊を発見いたしました」

 幔幕に現れたのは黒嵐衆に属する忍びだ。

「聖炎軍団本隊の先鋒はすでに肥後田浦に到着。港にて聖炎水軍本隊の護衛の下でやってきた補給部隊と合流しています」
「ほぉ、火雲親政も内乱の戦訓を利用したか」

 海上機動は忠流が内乱で使用した作戦であり、今回も使っている。
 水軍だが、戦国大名にしては規模の大きい戦力を持つ聖炎水軍も使用したようだ。

「明日には対岸に主力が展開する模様です」

 聖炎軍団は約一万になるだろうか。
 退路確保や補給物資の警護のために兵を引き抜けば、決戦戦力は約九〇〇〇。
 対する龍鷹軍団も忠流本隊二〇〇〇、村林勢二〇〇〇を除けば九〇〇〇だ。
 両軍同数の主力軍が約三〇間の幅を持つ佐敷川を睨み合う。

「ん? 聖炎国は水軍を使用して物資を輸送したなど・・・・海軍は何をしていたのだ?」

 黒嵐衆の報告を受け、昶が首を傾げた。

「海軍は海軍で忙しい。今は別のところで任務に当たってますよ」
「・・・・そなた、また何かしたのだな?」

 ニヤニヤとする忠流に昶が試すような視線を向ける。

「お互いが傷つく決戦など、もっと効果的な時にするもんです」

 忠流はそう言うと、自分の床机に腰掛け、ため息をついて火照った体から熱を吐き出した。










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