第二戦「金色の龍による電撃戦」/一



 人吉城奪還作戦。
 鷹郷忠流が侯王に就任してから掲げた戦略目標がこれである。
 様々な政略改革を行っている忠流だが、軍事作戦については人吉城を回復することしか明言していない。
 当然、これは聖炎国にも分かっていることで、彼の国は人吉城の修築と早期後詰体制の構築などを確立し、万全の態勢で迎え撃った。
 三〇〇〇の龍鷹軍団を率いるのは元人吉城主・佐久頼政。
 彼は内乱時に最後まで人吉城に踏み止まり、忠流に助けられてからは大口城救援戦や主力同士の決戦で武威を示した闘将である。
 対する聖炎軍団の総大将は、火雲家次期当主・火雲親晴だ。
 北九州の強国・虎熊宗国の出身であり、火雲親家の下で英才教育を受ける御曹司は多少強引な軍事作戦を以て、佐久父子を討ち取ろうとした。
 人吉城攻防戦という戦役を終わらせ、真の意味で肥後統一を成し遂げようとした親晴の野望はすんでのところで頓挫する。しかし、佐久勢は人吉城の包囲を解かざるを得ず、人吉城奪還作戦は失敗した。
 現在の戦況は佐久勢が人吉地方に留まったために親晴率いる三五〇〇と睨み合いへと発展している。
 この膠着状態を打破するには、双方の軍勢が決戦を挑むしかなかった。
 しかし、それは一戦線レベルの問題だ。
 この小さき問題をこじ開けんとする人馬の怒濤は西南から始まった。






海上機動分進合撃作戦  


「―――突撃ぃっ!」

 指揮官の太刀が振られ、兵たちは勢いよく小舟から飛び降り、上陸作戦を開始した。
 一艘には十五人乗っており、この船が四艘ある。
 総兵力は六〇であり、その大半が士分の者だった。
 彼らは内乱で主家を失った浪人たちであり、鷹郷忠流によって組織された旗本衆である。
 立身出世のために身ひとつの者から数名の郎等を連れたものまで様々だが、共通した軍装を身に付けていた。
 足軽をほとんど伴わない集団の白兵戦能力は群を抜く。
 そもそも、徴集された足軽とは普段は農作業をしている農民である。
 これが戦場において威力を発揮するのは数があるからに他ならない。
 この数が使えないような状況であれば、普段から訓練している士分に敵うはずがないのだ。
 考えてみてほしい。
 武道の有段者にひとりで向かって勝てるだろうか?
 答えはNoという方が多いだろう。
 士分と足軽の戦闘能力の違いはそこまで大きいのだ。
 さて、この戦いの場合、上陸した龍鷹軍団はそこかしこで警戒中だった足軽や士分の者を打ち倒し、長屋などを襲っていく。
 町はようやく事態を理解し、城は対応のために奔走する。しかし、奇襲であったために後手後手に回り、翌朝になって、顔面蒼白となって彼らの目的を知った。
 少数精鋭による奇襲作戦を受けたこの城の名前は水俣城。
 肥後国南部、対龍鷹侯国用の城砦であり、侵攻時には兵站を担当し、防衛時にはその身を以て敵を撃破する難攻不落の名城である。
 しかし、それは、その内部に充分な兵力がいれば、という条件があった。



「―――う、うわぁぁぁぁ!!!!!」
「に、逃げろぉぉぉぉっ!!!!!」

 鵬雲二年十二月四日、水俣城の城下町は大混乱に陥っていた。
 民たちは逃げ惑い、身ひとつで次々と城下町から脱出していく。
 この混乱を収拾するための兵たちも昨夜の奇襲で殺気立っており、それどころではなかった。
 いや、殺気立っているのはそれだけではない。
 民以上に彼らは混乱していたのだ。

「うそだ・・・・うそだうそだうそだ!」
「国境警備隊は何をやっていたんだ!?」

 足軽たちは混乱し、彼らを指揮する立場にある士分たちは怒号を発して無理矢理にでも城へと連れて行く。
 そこに民たちに対する気遣いをする余裕がない。
 人々は押し合いながら、少なくない数の人を踏み潰しながら阿鼻叫喚の状況を続けていた。
 それに拍車をかけるかのように、南方から人馬の怒濤が近付いている。

「・・・・・・・・・・・・隈本への報告は?」
「・・・・終わっています」

 さすがに水俣城を預かる首脳陣は城下町ほど混乱していない。しかし、平常心ではいられなかった。

「どれくらい集まる?」
「五〇〇は城内に残しておりましたから・・・・」
「一〇〇〇はいかぬか・・・・」

 水俣城には一五〇〇が配備されていた。しかし、戦時にはそれだけの兵力を率いる権限があるためで常に城内に一五〇〇いたわけでない。
 国境警備隊や各烽火台への配置、水俣港の警備や集落への警邏などで城内にいたのは一〇〇〇だ。しかし、昨夜に行われた奇襲作戦で三〇数名が死傷した。
 この調査のために城内から兵を外に出し、各地域を捜索していたのだ。

「鷹郷忠流、か・・・・」

 水俣城主・立石元秀には敵将・鷹郷忠流が行った奇策が見えていた。
 水俣城は難攻不落であり、真正面から攻めれば一万でも容易に落とせない。
 だからこそ、奇策を練って籠城する戦力を削いだのだ。
 それが昨夜の奇襲であり、今回の急進だった。

「とにかく、集められるだけ集めて、徹底的に守るぞ!」

 立石の言葉と共に兵を吸収していた城門は閉じ、多くの兵を城外に残したまま水俣城は籠城作戦に出る。
 ちょうどその時、城下町の入り口に≪紺地に黄の纏龍≫・龍鷹軍団の軍旗が翻った。

「―――城下を焼き払え!」

 式部卿・武藤晴教は着陣するなり、そう下知を下した。
 攻城戦に際し、不正規戦闘が可能である城下町は焼き払うのがセオリーである。
 これは住民の怨みを買うが、龍鷹軍団はしっかりケアーしていた。
 城下町の外にいた避難民を誘導して、借り住まいを用意する。さらに実際に焼き払う前に呼びかけ、逃げ遅れた民を救出してから火を点けるのだ。
 本来ならばこのようなことはしないが、今回はそれが必要だった。
 武藤の目的は水俣城に兵力を押し込めることにある。
 そもそも、龍鷹軍団の先鋒は、長井家が多い。
 特に主力が動く場合となれば、それは決定事項と言える。
 なのに、どうして水俣城には武藤晴教率いる一〇〇〇が到着したのだろうか。
 答えは簡単である、龍鷹軍団の主力は水俣城などに興味がないのだ。

「全く・・・・今代は恐ろしいな・・・・」

 年不相応な楽しそうな笑みを浮かべつつ、徐々に火の手が上がり始めた水俣城を見遣る。
 何度も龍鷹軍団の侵攻を阻んできた水俣城。
 それが戦略によって防御力が激減したというのに、主力を展開させないとは、大物である。
 主力の先鋒はようやく水俣港に到着したところらしいが、それでも出撃してから三日で水俣地方に到達するのは早い。
 それは忠流が手掛けた急進改革のおかげと言えよう。

「式部卿! 水俣城に入れなかった兵は北方に逃れたようです。追いますか?」
「よいよい。我々の仕事は水俣城に大人しくしてもらうのと、兵站線の確保よ。追いかけっこは若い者に任せぃ」

 晴教はゆっくりと床机に腰掛けた。

「本当に・・・・このような作戦、柔らかな頭からしか出てこぬわ。はっはっは!」



「―――蹴散らせ!」

 高鍋城主・絢瀬晴政は前方に布陣する敵を見るなり、そう下知を下した。
 絢瀬勢は約一二〇〇であり、この部隊を阻もうとする敵勢は水俣城に入れなかった兵を糾合したとはいえ、五〇〇にも満たない少数だ。
 彼らは水俣城と佐敷城を結ぶ街道に築城された津奈木城の兵である。
 これ以上の北上を阻む、というよりもこちらの進軍速度を少しでも遅らせようというものだろう。
 敵兵が展開しているのは津奈木湾を左手に望む平地だ。
 ここで進路を東に取り、津奈木湾に注ぐ川を遡った左手に津奈木城がある。

「籠城せず、攻撃を仕掛けるとは・・・・俺らの抑えの兵を残して北上するのを阻むため、か・・・・」

 水俣城には武藤晴教率いる戦力が踏み止まっていた。
 その戦力は三〇〇〇にまで増えているが、水俣城を攻略しようとはせず、兵站線の確保に従事している。

「役不足だったな・・・・」

 四半刻も稼ぐことができずに潰走した聖炎軍団向け、晴政は呟いた。

「義兄上、こちらの被害は死者一四名、負傷二七名です」

 晴政の下にやってきたのは香月高知である。
 彼が率いる香月勢は一〇〇ほどであり、本陣付の部隊として従軍していた。

「高知、悪いな、兵を出してもらって」
「いえ、我が勢は経験不足ですから、これほどの大戦に加われるのは光栄なことです」

 絢瀬家と香月家は都農合戦の後、縁戚関係となっている。
 正確に言えば絢瀬晴政の妹と香月高知が祝言を挙げたのだ。
 絢瀬家――龍鷹侯国としては対日向戦線の最前線を担う香月家の取り込みを目的とし、香月家は龍鷹軍団の援助を受けることを目的としていた。
 両者の利害が一致した婚姻であるが、当人同士はなかなか仲が良い。
 このため、晴政と高知も仲が良かった。

「さて、津奈木城を落とし、兵站線を確保するぞ」

 絢瀬勢は最前線の出水城を任されているだけあり、龍鷹軍団の中でも精鋭に入る。
 それを迎え撃つ津奈木勢は第一防衛線の水俣城、第二防衛線の佐敷城を繋ぐだけの城だ。
 難攻不落というわけではない。

「とりあえず、津奈木湾を確保したことを烽火で知らせてくれ」
「分かりました」

 今日は十二月五日であり、武藤晴教率いる式部省の軍勢が水俣城を包囲した翌日だった。
 龍鷹軍団は水俣地方を走破し、津奈木地方に侵攻している。
 しかし、式部省の軍勢とは進路が違った。
 武藤晴教率いる一〇〇〇は川内港から水俣港へと海路にて進軍し、その後詰部隊は出水-水俣を結ぶ街道を進軍する。

(ま、津奈木勢が弱かったわけじゃないよな・・・・)

 絢瀬勢一二〇〇が進軍した進路は薩摩国伊佐より水俣へと向かう街道を進み、途中で北上して宮崎越を通過、津奈木城南部へと出たのだ。
 本来、水俣城より進軍してきたのならば熊陣山の裾を北上し、津奈木城の西南西より侵攻してくるはずだった。
 それをいきなり南方から出てきたのだから、びっくりもするだろう。

「殿! 南郷勢が攻撃を開始しました!」

 使番が本陣に駆け込んできた。
 どうやら、津奈木城に取りついたようだ。
 先程の戦いの後に追撃していったのだから、津奈木城はほとんど兵力を吸収できなかっただろう。
 今日中に津奈木城を攻略することができるだろう。

「・・・・来た、か・・・・・・・」

 晴政は使番を送り出すと、津奈木湾を見遣った。

「あ、あ・・・・・・・・ああ・・・・」

 隣で高知が度肝を抜かれている。

「これが・・・・龍鷹軍団・・・・」
「そうだ。これが新生・龍鷹軍団だ」

 津奈木湾を埋め尽くさんばかりの大小数百艘の船。
 大型のものは一〇〇〇石を超える帆船であり、小型のものでも数百石積だ。
 かつて、奄美大島や琉球王国に数万規模の兵力を送り込み、それを維持した輸送能力が、これである。しかし、これもまた、龍鷹海軍の一端だった。






芦北の戦いscene


「―――あ~、うまくいってよかったぁ~」

 十二月六日、肥後国津奈木城には≪紺地に黄の纏龍≫が翻っていた。
 この城には鷹郷忠流が直卒する旗本衆二〇〇〇、津奈木城を攻略した日向勢一〇〇〇、水俣からの街道をひた走ってきた村林信茂が率いる薩摩衆二〇〇〇が駐屯している。
 水俣地方は武藤晴教率いる三〇〇〇が掌握、津奈木地方も旗本衆が展開して掌握していた。
 人吉城奪還作戦のため、龍鷹軍団が出陣してからわずか五日にて、龍鷹侯国は水俣、津奈木とふたつの地方を占領し、人吉地方は膠着状態に陥らせていた。
 過去数十年なかった事態に陥らせた張本人――鷹郷忠流は津奈木城の本丸御殿でぐうたれる。

「ほら、しゃきっとしなさい」

 肘掛けにもたれ掛かっていた忠流の頭をペシッと叩く。

「いやぁ、ここまではまるとは思わなくて気が抜けた~」

 大広間には忠流の他、頭を叩いた加納郁が護衛にいた。そして、戦評定の列席者として近衛衆頭目・加納猛政、瀧井信成父子、村林信茂、絢瀬晴政、香月高知、御武幸盛がいる。

「僕からすればおそろしい限りですよ」

 幸盛はため息をつきながら言う。

「陸海協同の分進合撃作戦なんて、前代未聞です」
「だからこそ、だろ?」

 忠流はニヤリと笑って見せた。

「出水城など、国境線は全て聖炎国が見張っている。しかし、海上は俺たちの独壇場だ」

 聖炎水軍は北薩の戦いでほぼ壊滅している。そして、この六ヶ月の間にほとんど再建されることがなかった。
 このため、八代湾までは龍鷹海軍の独壇場だ。
 故に水俣城への部隊は陸路ではなく、海路にて輸送された。
 さらに津奈木城に対しては本来の侵攻路ではない道を使っている。
 これは山岳戦に慣れた絢瀬勢だからこそできた偉業であり、意外な侵攻路による奇襲作戦だった。そして、津奈木湾沿岸を確保することに成功すると、龍鷹軍団主力の一部が上陸する。

「まあ、如何に占領地を増やそうとも敵主力を撃破するまでは止められないさ」

 中途半端な勝利では失地奪還作戦を諦めさせられない。
 それは人吉城で火雲親晴が思ったことと同じだ。

「ま、これ以上深入りしてもやってくるのは面倒だけだ。最後の合流作戦と行こうじゃないか」

 忠流はそう言い、開いた左手に右拳を叩きつけた。

「って、やるのは先行している兵部省の面々でしょ」
「あら?」



「―――ガキどもの軍勢にこれ以上好き勝手させてなるものか!」

 十二月七日早朝、肥後国葦北郡芦北。
 ここは対龍鷹軍団用第二要塞――佐敷城の西方に位置し、東方に望む山の向こう側が佐敷城である。
 佐敷川を越えれば、そこからは対龍鷹軍団用第三要塞、そして、対龍鷹軍団用策源地である八代城が控えていた。
 佐敷城は佐敷川南岸に位置する山城であり、薩摩街道と人吉街道を扼する交通の要衝である。
 水俣城、津奈木城は薩摩街道だけだったが、佐敷城は人吉街道も関係している。
 ここが陥落するということは、人吉に通じる道をひとつ失うという戦略的な痛手を被る。また、陥落しないにしても城内に押し込まれても同様の効果を発揮するだろう。

「ガキどもが・・・・ッ。ここを確保し、そのまま人吉街道を南下して後詰部隊を襲うつもりだろうが、そうはいかねえぞ」

 後詰部隊を指揮する火雲親晴を討ち取ることに成功すれば、聖炎国は後継者問題が浮上して対外作戦どころではなくなる。
 そうなれば現在占領している地域の領土化を進めることが可能になる。

(やはり、親晴様の策ではなく、名島の策がよかったか・・・・)

 この侵攻作戦に投入されている龍鷹軍団は約一万一〇〇〇。
 国を真っ二つにした内乱からわずか六ヶ月で、これほどの軍勢を動かせるとは誰も予想しなかった。

「だが、その野望はこの儂、太田貴久が阻ぁむっ!!!」

 老将――太田貴久はカッと目を見開き、眼下の敵を睨みつける。そして、真白き髭を震わせ、薄闇が広がる芦北向けて軍勢を突撃させた。

 朝駆け。
 奇襲戦法の一種であり、後に起こる主力同士の激突による前哨戦となる場合も多い戦法だ。
 朝駆けで有名なのは大友宗麟と龍造寺隆信による佐賀城攻防戦で生起した今山の戦いだろう。
 元亀元年(1970)、龍造寺家の本城――佐賀城を攻略せんと総勢六万(異説あり)に及ぶ大軍を発したが、龍造寺軍を攻めあぐねた。
 大友宗麟は増援部隊を送ると共に総攻撃を命じ、現地総大将である大友親貞は戦勝祈願して宴会を開く。
 そこに龍造寺家重臣・鍋島直茂(当時、信生)率いる奇襲部隊が早朝に突撃。
 結果、大友親貞は討死、大友軍も二〇〇〇に及ぶ死傷者を出した。
 龍造寺隆信は窮地を脱し、後に大友宗麟、島津義久と並ぶ強大な戦国大名として成長することとなる。

「―――敵襲ぅ! 敵襲だぁ!?」

 龍鷹軍団主力軍先鋒・長井衛勝勢二〇〇〇は哨戒兵の声で目が醒めた。
 長井勢は方円の陣を敷いており、その東部から敵襲を受けたのだ。
 陣の東部には山地が広がっており、まさかその方面から攻撃を受けるとは思っていなかった。

「やられたな・・・・ッ」

 衛勝は従兵から槍を受け取りながら呻く。

「搦め手からの奇襲攻撃か・・・・」

 ここは尾根を基点にして、佐敷城とは反対側だった。
 佐敷城の大手は東側だ。
 確かに西側にも搦め手門があるが、急峻な山城であり、突出して奇襲攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。

「多少、傲りがあったか・・・・」

 龍鷹軍団は九州全土で見ても強兵揃いである。
 その龍鷹軍団にあって、最強と言われる長井勢に寡兵で突撃してくるとは思わなかったのだ。

「申し上げます! 敵は約二〇〇! 大将は佐敷城主、太田貴久殿と思われます!」
「城主自ら、か。よほど薩摩街道を抜けられたくないらしい」

 水俣城、津奈木城に比べ、佐敷城は薩摩街道とは若干ずれている。
 人吉街道に行くならば必ず通らなければならないが、薩摩街道に対しては側方陣地なのだ。
 抑えの兵を残せば、薩摩街道を北上することは難しくない。
 逆に言えば、今、ここで奇襲しなければ佐敷川北岸への渡河地点を抑えられかねないのだ。

「はは、うまく物事が運んだので、油断していたな」

 衛勝は兜を受け取ると、幔幕の外に出た。
 そこから見える光景ではさしもの長井勢も苦戦しているようだ。
 起き抜けに狙われ、空腹を訴える体を叱咤して戦っているが、その身を守る鎧兜は着けていない。
 これでは些細なことで怪我が増えてしまう。

「これより、突撃する。その間に兵たちには具足をつけさせよ」
「「「はっ」」」

 軽やかに馬に乗った衛勝は馬廻り十騎にて敵陣へと突撃を開始した。

「長井衛勝見参! さあ、槍合わせを願おうかっ」

 奇襲攻撃のため、徒歩武者が多い。
 彼らを馬上槍で蹴散らしながら衛勝は自分の存在を敵味方に披露した。
 これは苦戦している味方を勇気づける目的もあり、敵を自分に引きつけることで準備の整っていない味方に対する攻撃を軽減させる目的もある。
 どちらにせよ、自身の武勇に自信がなければできないことだが。

「もう少し踏ん張れ! 朝駆けなどそう長いこと続けられん!」

 七人目の武者を突き伏せた衛勝は周囲に気を配りながら戦う。
 ここまで前線が入り乱れていれば、鉄砲などは使えないが、狙撃する腕を持っている兵もいるかもしれなかった。

―――ダダァァン!!!

「―――っ!?」

 警戒していたのに、予想よりも遠い位置から銃声が聞こえる。そして、衛勝の周囲にいた兵がバタバタと倒れた。

「・・・・武藤、か・・・・」

 衛勝は強張っていた体の力を抜く。
 銃撃したのは味方だった。
 長井勢二〇〇〇の後方には、武藤勢一〇〇〇が続いていたのだ。
 朝駆けを受け、一部の兵が増援として駆けつけたのだろう。

「―――長井弥太郎!」

 増援に気をとられていた彼は自分を呼ぶ声に顔を向けた。

「儂は太田貴久だ! 奇襲を受けつつも耐え切るとは龍鷹軍団最強とは名ばかりではなかったな!」

 声を上げるのは白い髭を持った老将だ。

「ご老体! 無茶をなさるな? 徹夜はお体に悪かろう!」
「何を、まだまだ現役じゃ! 今日、城に参るならばたっぷりと矢玉を馳走してやろう!」

 太田はそう言い放つと、歴戦の猛将に相応しい大声で撤退命令を出した。

「追撃はせずともよい! 急ぎ陣を整えよ! もうすぐ御仁が参るぞ!」

 衛勝は馬首を巡らせ、本陣へと帰っていく。
 その脇を、目にしても認識しにくいほど希薄な気配を持った男が走り抜けた。そして、彼は撤退していく太田勢の背後につく。

(黒嵐衆、抜け目ないな)

 チラリともう見えない男の背を見遣り、こちら向けて手を振っている武藤統教に手を振り返した。

「野坂の浦に大輸送船団! ≪京紫に白の四つ葉木瓜≫、鳴海陸軍卿の軍勢です」
「同じく、『黒の釈迦梵字』の旗印、従流様も座乗しておられます!」

 物見の兵たちが戻ってきて報告する。
 昨日の間に港周辺を制圧しており、天見岳に登らせて烽火を上げさせていた。
 その結果、昨日の夜に出水を発した龍鷹軍団主力、鷹郷従流・鳴海直武率いる五〇〇〇が野坂の浦に姿を現したのだ。
 つまり、第一陣である長井・武藤三〇〇〇と合流すれば、それは八〇〇〇となる。
 龍鷹軍団襲来の報を受けて出撃するであろう聖炎軍団本隊に匹敵する戦力を最前線に輸送した龍鷹軍団は、後方の本隊五〇〇〇、水俣の後詰三〇〇〇を併せて一万六〇〇〇を水俣―佐敷戦線に投入した。
 別に人吉戦線に三〇〇〇を投入しており、今回動員されただけで一万九〇〇〇。
 質はともかく、数だけを見れば、龍鷹軍団は内乱の傷を癒しつつあった。










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