第一戦「炎からのレコンキスタ」/五



 火雲親晴。
 聖炎国国王・火雲親家の嫡男として、次期国王と目されているが、彼は火雲氏の血筋を継いでいるわけでない。
 彼は北九州地方に君臨する、虎熊宗国出身だった。
 火雲氏は穂乃花帝国の分家として、肥後を治めてきた名族だが、親晴の出身である虎嶼氏は穂乃花帝国を滅ぼしていた。
 数十年間は宿敵として戦い続けた両国だが、虎熊宗国は再び山陽道・山陰道に覇を唱えるために東上を開始。
 聖炎国は肥後統一を掲げ、南下を開始した歴史を持つ。
 そして、龍鷹侯国が長年の課題であった中華帝国の勢力を琉球諸島攻防戦、男女島沖海戦にて減衰させたことが両国の関係を変えた。
 火雲親家は龍鷹侯国が中華帝国との戦いに集中するために起きた、水俣戦役にて嫡男を失っている。さらに、西方の脅威を取り除いた龍鷹軍団が北上することは目に見えており、この対龍鷹侯国に集中するため、後顧の憂いを絶つ必要が生じた。
 よって、虎熊宗国より、養子をもらうことで継嗣問題、戦略問題の双方を解決する。
 親家には娘がいたが、親晴とは年が離れていたために婚姻は先送りにし、代わりに古い分家である菊池城主の妹を側室にすることで火雲家に入嗣したのだ。
 以後、彼は聖炎国と虎熊宗国の架け橋として働きつつも、積極的に聖炎軍団内で動き始める。
 北薩の戦いでも、戦略段階で関わり、決戦場では一軍の大将として戦った。
 龍鷹侯国の内乱では人吉城を攻め落とし、大口城へ出撃する。
 外交問題では都農合戦後、龍鷹侯国の北上に当たって、豊後に赴いて協議していた。
 名実共に後継者として、柱石になりつつあったのだ。






球磨川の戦いscene

「―――押し渡れ!」

 親晴の采配が振られ、球磨川北岸に布陣した聖炎軍団は休息をそこそこにして第一陣が押し渡り始めた。
 その数六〇〇である。
 対応する龍鷹軍団は七〇〇であったが、その事実に佐久仲綱以下は慌てた。
 本来、佐久勢が待ち構えている時点で渡河を躊躇するものである。
 それを何の躊躇もなく押し渡り始めた親晴勢に動揺したのだ。

「目当てつけぇっ」

 それでも鉄砲物頭は五〇名ほどの鉄砲隊に射撃準備を命じる。

「射撃開始と同時に準備ができた者より連続射撃せよ!」

 一斉射撃は練度が同程度の部隊ほど効果があった。しかし、佐久勢はそれほど練度が高くない。
 故に個人の技術に依存した戦法で射撃速度を向上させたのだ。
 赤熱した鉛弾は次々と空気を裂き、川の中で動きの鈍い聖炎軍団に集中した。
 水の抵抗にあって、盾を敷き詰められなかった部分に集中した弾丸は次々と皮膚を食い破り、中に詰まった赤い液体を迸らせる。
 それらは球磨川の流れに混じって拡散していくが、次々と供給される場所では真っ赤に染まっていた。

「う、嘘だろ・・・・」

 射撃を続けていた鉄砲兵が顔面を蒼白にして、一歩、後退る。
 聖炎軍団は味方の屍を踏み越え、一歩、また一歩と確実に距離を詰めてくるのだ。

「え・・・・ッ」

 突然、腹に衝撃を受けて彼は吹き飛んだ。
 手放した鉄砲を右手で探しつつ、左手で腹を押さえる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・は、はは・・・・」

 ぬるりとした感触に全てを悟った彼は動かなくなりつつある首を巡らせた。
 そこには小船を出し、その上から射撃を続ける聖炎軍団鉄砲隊の姿がある。
 自分のように撃ち抜かれた者たちが多いのだろう。
 確実に聞こえる銃声が小さくなっていた。

「川岸より退避! 上陸した敵をもう一度叩く!」

 物頭の声が響き、味方の気配が急速に遠ざかっていく。
 それに呼応するように、彼の意識も遠くなっていった。

「無茶苦茶だな!」

 仲綱は采配を揮いながら叫んだ。
 聖炎軍団の猛攻は球磨川の防壁を物ともせずに突撃してきたのだ。
 確かに十二月ということで、川の水位は下がっている。
 それでも、あれほど強引に押し寄せるとは誰も思っていなかった。
 渡河戦で確実に数十名の死傷者を出し、続く、上陸した後の戦いでも同様の損害を出している聖炎軍団は一割の兵を失いつつも球磨川南岸に乗り上げている。
 先程、陣形整わない間に、とばかりに繰り出した騎馬突撃は撃退されたが、それでも龍鷹軍団の死傷者は三十人弱に留まっていた。

「若殿! 本隊より増援が参りました!」

 物見の兵が告げる。

「おお、それはよかった!」

 龍鷹軍団の後方に回ろうとしていた部隊が新手に抑えられ、血で血を洗う白兵戦に発展する中、徐々にだが、仲綱は後退していた。

「若、射撃戦ももう限界です」

 脇大将のひとりが馬を寄せてくる。

「鉄砲は熱なっておりますし、鉄砲兵や弓兵の損害が大きすぎます。まもなく、戦線は崩壊するでしょう」
「下げて、白兵戦しかないか?」

 仲綱勢は戦闘離脱と戦線離脱の境界を彷徨いながら後退している。
 白兵戦になれば、戦闘離脱が困難になるだろう。だがしかし、このままずるずると同じ戦いを続けても、兵力に劣る仲綱勢は壊滅しかねない。

「人吉城の方面はどうだ?」
「人吉城も後詰めの強引さに呆れているようで、今のところ、突出する気配は見られないとのこと」

 後詰め戦は城内外で呼応して、攻城軍に二正面作戦を強いるのが一般的である。だが、今回は人吉城も戸惑うほど、火雲親晴勢は突撃しているのだ。

(何が・・・・あの男を駆り立てるのか・・・・)

 何度も戦ったことがあるが、その時は常識的な指揮を執る部将だったはずだ。
 年も近い仲綱としては、彼が聖炎国を守るようになっても鉄壁であると痛感していた。

(守りの戦と、攻めの戦とは違うのか・・・・?)

「鉄砲物頭、山田国時様御討ち死に!」
「あ・・・・」

 苦戦する遠戦部隊をまとめていた物頭が討ち死にしたことで、前線が予想より早くに崩壊した。

「くそっ。出るぞ! ついてこい!」

 大身槍を素振りし、仲綱率いる騎馬武者衆が前線へと突撃していく。
 できうる限りの鉄砲兵を救出し、後方に槍柵を作って敵を食い止める時間を稼がなければならなかった。

「はぁっ!」

 逃げる兵を背中から襲おうとした敵兵を槍で突き伏せ、霊術で敵足軽を蹴散らす。
 その武威に惹かれて寄ってきた武者を、側近のひとりが鉄砲で狙撃した。
 彼は士分のくせに鉄砲を扱う変わり者であり、馬上でも衝撃をうまく受け流して高い命中率を誇っている。
 そんな彼に狙われた武者は顔面を潰されて落馬した。

「若殿、これからどうします?」

 鉄砲兵を逃がしたとしても立て直す方法が確立していなければ、潰走になる。

「う・・・・」

 敵は二〇〇〇。そして、その目的も分からない以上、自身の勝利条件は実力で押し返す以外に見つけ出さなければならない。
 攻め方――戦術的には稚拙だが、戦況全体を把握した戦略的観点から見れば、聖炎軍団の猛攻は理に適っていた。
 このまま仲綱勢が崩壊し、頼政本隊に向かって潰走すれば、頼政本隊は戦わずして自壊、佐久父子は濁流に流されるようにして薩摩へと追い返されるだろう。
 追撃が厳しければ、辿り着けない可能性もある。

「・・・・そうか。親晴の目的は俺たちか・・・・」

 佐久父子の首。
 それが火雲親晴の求むものなのだ。
 人吉城の救援は球磨川北岸に布陣するだけで十分である。しかし、それは今回の対陣に対する勝利でしかない。
 人吉城攻防戦という戦役段階で見ると、それはその場しのぎでしかない。
 忠流が人吉城奪還に佐久父子を送り込んだのは、ただふたりが優れた指揮官であるからではない。
 元人吉城主であり、人吉地方に理解があるから、というのは半分くらいの理由でしかないのだ。
 本当の理由は「領地を追い出された者が再びそこに返り咲く」というドラマ性を持たせることだった。
 龍鷹軍団が人吉城を奪還するのでは、内外に与える評価は淡泊なものである。しかし、一度追い出されたという悲劇を持つ者が再起したという噂は、佐久父子だけでなく、龍鷹侯国全体の評価――人気と言ってもいい――向上に繋がるのだ。
 実利だけでは人は動かない。
 もちろん、実利なくば人は動かない。
 ならば、実利ともうひとつ、情を与えた場合、人は苦行に耐えることができる。
 故に佐久父子がいる限り、龍鷹侯国は人吉城を諦めることなく、遠征を続ける可能性があった。
 事実、人吉城奪還に向け、龍鷹軍団は軍団編成から兵站線の整備、兵士の装備向上などを行い、軍政レベルの戦略目標になっている。
 今回、佐久父子が失敗すれば、それは龍鷹軍団全体が動く可能性があった。

(だからこそ、初っぱなで潰そうって言う腹か・・・・ッ)

 強引な攻めは聖炎軍団に傷を強いるだろう。だがしかし、長い目で見れば、多くの血を流さずに済むのである。

「申し上げます! 火雲親晴殿、南岸へ上陸!」
「人吉城西方部隊、挟撃を避けるために後退を開始!」
「う・・・・」

 事態は悪化している。そして、自陣の部隊が勝手に行動を起こしている辺りが最悪だ。

「ち、父上は何をしているのだ・・・・」

 人吉城西方部隊を率いるのは佐久家に使える家老である。
 確かに主力は忠流に付けられた旗本だが、その家老が頼政の許可なく後退するとは思えない。

「いや・・・・ということは父上の指示?」

 そこに思い当たった仲綱は敵陣から離脱し、自分を探しているかも知れない使番の姿を探した。

「いた! ―――仲綱様!」

 使番を斃そうとして襲いかかってきた敵武者を逆に突き伏せた使番は仲綱の傍に寄ってくる。

「総大将からの伝令です」
「聞こう」
「陣払いをし、永国寺へと布陣する、とのことです」
「永国寺か・・・・」

 人吉城西南西に位置する蓬莱山の東麓に位置する曹洞宗の寺である。
 球磨川を北に臨み、人吉城との間には球磨川の支流――胸川が立ちはだかる。
 人吉城の包囲を解くことになるが、補給路を維持しつつ、人吉地域に居座るには絶好の位置だった。
 すでに頼政は数十名からなる部隊を派遣し、その敷地を抑えている。

「各物頭、各組頭に通達しろ!」
「「「はい!」」」

 付き従っていた数名の若武者が元気よく返事し、抵抗する部将たち求めて駆け出した。
 佐久勢の人吉城撤退を知った親晴勢が勢いつけて押し寄せてくる。

「俺たちは少しでも敵を蹴散らすぞ!」

 仲綱はしっかりとこちらに駆けつける騎馬隊を見つけていた。

「ここで佐久家の意地を見せろぉっ!」
『『『オオッ!!!』』』



 球磨川南岸で交わされる干戈はこれから一刻に渡って続けられ、両者併せて二〇〇名近い死傷者を生産する。
 中でも双方の武者衆による霊術の応酬を筆頭とした乱戦は、双方の足軽衆に甚大な損害を与えていた。
 龍鷹軍団は本陣を永国寺に据え、薩摩へ続く道を守るため人吉城から半里の位置に別働隊を布陣させる。
 この位置は永国寺より西方で渡河した聖炎軍団が雨吹山北方を迂回し、佐久勢本隊を包囲しようと動いた場合の抑えでもあった。
 つまり、龍鷹軍団は本陣を永国寺、前衛を胸川西方の支流に展開させた二五〇〇の本隊と、退路確保の別働隊五〇〇を残して長期戦の構えを見せたのだ。
 対して、聖炎軍団は人吉城を開放したが、龍鷹軍団が撤退しないために引き上げることもできなかった。
 そこで、親晴は人吉城を後陣として三〇〇〇人を動員した。
 龍鷹軍団と同様に、退路を確保するため、球磨川の中州に五〇〇を布陣させ、先遣部隊を老神神社に派遣する。
 主力は胸川東方に布陣していた。
 これは双方の主力がふたつの川を挟みつつもわずか五町ばかりの距離を置いて睨み合ったことになる。

「父上、申し訳ありません」

 仲綱はその日の夜、本陣に出頭して頭を下げた。

「いや、あれは仕方がない。よく崩壊せずに持ちこたえた」

 頼政は仲綱の負傷した腕を見て、痛々しそうな顔をする。
 仲綱はあれから必死に戦い、三人もの武者を討ち取っていた。
 その代償として、左腕に刀傷を受けている。

「多良木勢に動揺は見られますか?」

 仲綱の失態――聖炎軍団球磨川渡河――は龍鷹軍団よりも多良木地域を本拠地とする豪族たちにとって、戦略的な痛手となっていた。
 何せ、補給路が喪失したのだから。

「当初こそ動揺し、陣を引き払おうとしていたがな」

 補給路が遮断されたと言うことは退路が遮断されたと言うことであり、土豪には辛い。
 だからこそ、何としてでも帰還する必要があるのだ。

「申請しておいて、よかったですね、物資」

 仲綱は聖炎軍団と刃を交える前に話していた内容を思い出した。

「ああ、間一髪だ。『今から送る』と『もう送った』では重みが違うからな」
「さて、我々はどうしますか?」

 後詰めが到着した以上、その軍勢を撃破しなければ人吉城を攻撃できない。そして、おそらく、後詰軍を撃破しても、人吉城を攻略する余力は残らない。
 事実上、人吉城奪還作戦は失敗したと同義である。

「人吉城を攻略するという戦術目標を達成できなかった以上・・・・」

 頼政は床机に深く座り直しながら言う。

「"後詰軍を拘束する"という戦略目標を達成しようではないか」

 龍鷹軍団の総兵力は約二万九〇〇〇。
 聖炎軍団の総兵力は約二万。
 双方とも打撃を被っているが、それでも動員兵力が優位なのは龍鷹軍団であるということに変わりない。そして、人吉戦線に投入された兵力は龍鷹軍団三〇〇〇に対し、聖炎軍団は三五〇〇である。
 これは他方面において、龍鷹軍団の正面に展開する聖炎軍団が相対的に少なくなったことに他ならなかった。






少女たちside

「―――始まりましたね」

 少女は寒さに震えながら鹿児島城から吐き出される軍勢を見下ろしていた。
 堂々とした出撃ではなく、速度を重視する行軍は駆け足で行われている。
 その特徴としては一切の武具を兵士が身につけていないことだった。
 兵士と分かるのは二列縦隊で整備された街道を進んでいるからだ。
 また、錦江湾には三桁に達しようかという船が次々と離舷し、南方へと向かっている。

「藤・・・・いえ、忠流公は北薩の戦いにおける聖炎軍団追撃戦を再現しようというのでしょう」
「身軽な兵に走らせ、武器弾薬は船にて輸送し、戦地近くで受領、装備する、でしたか」

 少女の後ろで傅いていた男が頷いた。

「同時に途中の城の者は城下に命じて炊き出しを行わせているとか」
「食事の準備すら省きますか・・・・」

 徹底した時間短縮にため息をつく。
 忠流は龍鷹軍団の軍勢集結能力に疑問を持っていた。
 だからこそ、極限まで無駄を省いたのだ。
 どうしても省けなかったのは兵士自体の輸送に違いない。
 軍馬で輸送しようにも、馬に乗れるものは数が知れており、同時に軍馬は戦力であり、使い潰すことはできない。
 ならば、中華帝国陸軍やさらに西方の諸国が用いたという戦車はどうか、という実験も行われたが、山がちで道の悪い日本列島において、これは容易に壊れた。
 そのため、汎用性がないことが分かったが、しっかりと整備された平地の街道ならば使用可能であることが分かった。
 この牛車を応用した台車は大量の荷物を少ない人数で輸送できる利点を生み、遠征を支えることとなる。

「久兵衛、今後とも龍鷹軍団の動向を探りなさい」
「・・・・はっ」

 男――霜草久兵衛は少女に頭を垂れた。
 と、次の瞬間には跳躍して姿を消す。

「・・・・さ、この戦いは吉と出るか凶と出るか・・・・」

 少女の眼下では「上がり藤に十の鷹の羽車」の馬標を掲げた鷹郷侍従忠流が輿に揺られる鷹郷従流を伴って城門を潜っていた。



「―――巫女姫様! 支度、滞りなく整いましてございます」

 鷹郷忠流率いる龍鷹軍団主力が出陣して半刻、鹿児島城では新たな馬蹄が響き渡っていた。

「大儀です」

 紗姫は屈強な武士の報告に頷き、用意された輿に乗る。

「何をしている?」

 数名の部下を率い、二の丸から脱出しようとしていた紗姫の前に同じく数名の部下を引き連れた昶が立ちはだかった。
 紗姫が率いるのは霧島騎士団。
 昶が率いるのは京から連れてきた本物の近衛だ。

「知れたことです。私は<龍鷹>の宿主。当代の持ち主が戦に臨む以上、傍にあるのは当たり前でしょう?」
「だったら、どうして共に出撃しない?」

 ふたりの巫女は視線を激しく戦わせ、その周囲で部下たちも刀に手が伸びていた。
 共に霊能士であるため、周囲に霊力の渦が吹き荒れ、さすがに宮内省管轄の留守居兵が気付く。だが、残された彼らは警備兵であるため、精鋭である彼らに手を出すことはできない。

「知らないんですか? 出陣に当たって、女性は姿を現してはいけないんです」
「ふん、加納郁の如き存在を認めたる龍鷹侯国において、そのような迷信じみた慣習なぞ廃れておると思うが?」

 当事者のふたりこそ武器は構えていないが、言葉という武器で互いを斬り合っていた。

「おおかた、付いていこうとして断られたのであろう?」
「ぐ・・・・」
「戦になれば、貴様の安全を確保できないとか言われたのであろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 昶の言うとおりなので、紗姫は歯噛みするしかない。しかし、紗姫には戦場に出ないという選択肢はなかった。

「それでも・・・・行かなければならないの。・・・・もう、外で見ているのは嫌だから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 うつむき、前髪で顔を隠した紗姫の表情を伺うことはできない。

「・・・・ならば行くが良い」
「?」
「貴様には霧島騎士団という立派な軍事力がある。決して足手まといではないという事実を突きつけてやれ」

 昶は皇族としては信じられない行動――道を譲り、紗姫の隣へと歩いてきた。

「しかし、覚悟せよ。『霧島神宮』という宗教集団が戦闘に参加するという事実は他領を侵攻した後、必ず現地の宗教集団と激突すると言うことを」
「・・・・分かってる」

 紗姫はそう返事し、昶とすれ違うなり、出撃の下知を下す。


「―――よかった。でしたら私たちも行くとしましょう」


 「行きましょう」の「い」の形で紗姫の口は固まった。
 因みに声も発せられていない。

「「はい・・・・?」」

 紗姫は振り返り、昶は行き足を止めて呆然と声の主を見遣った。

「私も自前というわけではありませんが、少々の兵は持っています。この娘も自前の船を持っています」

 にこにこと笑みを浮かべるのは燬峰王国の王女――結羽だ。そして、彼女と手を繋ぐ形で、リリスもいる。

「私たちは鹿児島に回航された軍艦で出撃します、龍鷹海軍第一艦隊と共に」
「―――おおい、早く行くぞ!」

 三の丸で浅黒く焼けた少年が手を振っていた。

「「あれは・・・・」」
「じゃ、お二方、"お先に"失礼します」

 結羽はリリスの手を引いて歩き出す。そして、昶の傍を通り過ぎる時、くすりと笑った。

「・・・・ッ」

 勢いよく振り返った昶には構わず、結羽は迎えに来た鷹郷源丸が用意した馬に乗って軍港へと駆け出す。

「い、行きますよ!」

 武家の娘らしく、颯爽と馬に乗って去っていったふたりに若干、傷つきながらも紗姫は輿を進ませた。
 後には本丸向けて歩き出そうとしていた昶だけが残る。

「ふ、ふふふ。・・・・田舎娘もやりおるわ」

 そう呟いた昶の前に<十六八重表菊>が描かれた輿が止まった。










第一戦第四陣へ 龍鷹目次へ 第二戦第一陣
Homeへ