第一戦「炎からのレコンキスタ」/四



 肥前国森岳城。
 ここは燬峰王国の本拠地だ。
 尤も、軍政の本拠地はさらに西にある諫早城なのだが、ここはかつての大国――穂乃火帝国の一翼だった折に与えられた拠点であり、戦国大名としての燬羅氏が始まった土地でもあるのだ。
 大陸の概念で言えば、一族の本貫地である。
 龍鷹侯国とは本質的には違うが、宗教国家である燬峰王国は不便ながらもこの城を使い続けていた。
 有明海の制海権は筑後柳川城主がほぼ掌握しているので、燬峰水軍の主力は長崎に展開している。
 柳川は肥前諸国や虎熊宗国、聖炎国の緩衝地として認識されており、水運や陸運で大いに栄えている。また、本城である柳川城は堅城で、常に三〇〇〇以上の守備隊が配備されていた。
 燬峰王国は柳川城の堅固さを信じ、有明海方面には支隊規模の水軍しか展開していない。しかし、いざ戦となれば、この地方全ての民が武器を手に立ち上がる。
 これぞ宗教国家の強さであった。

「―――如何なさいますか?」

 森岳城の本丸御殿にて、燬峰王国筆頭家老・時槻尊次は龍鷹侯国から送られてきた書状を読んだ主君に問い掛けた。

「破格の条件と考えられますが、事は肥前だけで収まりません」

 龍鷹侯国侯王・鷹郷忠流の下に、時槻結羽を送り込んでいるが、対外的に両国は疎遠状態である。
 今回の提案に乗れば、それは友好関係以前に軍事同盟に発展する可能性があった。

「尊次」
「はっ」

 上座ではなく、縁側に座っていた国王は改めて時槻の名前を呼ぶ。
 それに時槻は平伏して応じた。

「島原半島に駐屯している軍勢は如何ほどだ?」
「およそ一五〇〇。遠征に使うならば最大一〇〇〇といったところでしょう」

 燬峰王国の主力軍は先も言った通り、諫早城に集結しているし、他の軍勢も最前線である大村城や西彼杵半島北部にある。
 このため、本拠地周辺の兵は少ないのだ。
 また、領土面積の割に平野の少ない燬峰王国の石高は十八万六〇〇〇石であり、龍鷹侯国の三分の一だった。

「諫早から召集して二〇〇〇ほど、か」
「・・・・殿の心はもう決まっておられますか?」
「ふ、おもしろしことを考えるな、あのガキは」

 国王は明言せず、楽しそうに肩を震わせる。

「天草諸島の拠点は下島北西部の富岡城、壱岐城、同島北部中央の本渡城、同島北東部の才津城、同島南部の久玉城、上島南部の楠本城、同島北部の上津浦城が挙げられます」

 そんな背中に時槻は天草諸島の城砦を列挙する。

「中でも政治の中心である本渡城は堅城であり、その後詰部隊が詰める富岡城も強固な造りです」
「兵数は?」
「おおよそ二万五〇〇〇石なため・・・・本国からの守備兵を合わせて一〇〇〇ほどかと」

 本国に比べて手薄な理由は龍鷹侯国が占領作戦に出たことがないからだ。

「はっ、たかがそんな戦力で拠点をいくつも持っているとはな。・・・・だが・・・・」
「ええ。占領するには少なくとも三〇〇〇が必要であり、本国からの増援を断つために大規模な軍事作戦が必要になります」

 それだけのことをして、天草諸島を占領する必要はなかった。

―――これまでは。

「ふ、ふはははは・・・・っ。おもしろいなぁ、尊次」
「・・・・はっ」

 高笑いする主君に同調することなく、頭を下げることで意見を回避した時槻はもう一度、主君に問う。

「如何なさいますか?」
「乗った! 陣触れを発せよ!」

 燬峰王国国王――燬羅尊純は忠流そっくりの快活な笑みを浮かべた。






人吉城の戦いscene

「―――撃てぇっ!」

 鉄砲物頭の号令一下、数十の鉄砲が一斉に咆哮した。
 それは敵も同じであり、赤熱して飛翔した弾丸は双方の鉄砲隊を守る竹束に弾かれる。

「やはり、待ち構えていたか・・・・」

 十二月二日、薩摩-肥後国境――久七峠。
 大口城を発した、人吉城奪還軍は国境線で聖炎軍団と激突していた。
 古来より、峠は川と同じく交通の要衝である。だが、川と違って、大軍を配置することができない。
 ために峠攻防戦は守り手にとって、時間稼ぎだった。

「申し上げます! 敵兵力はおおよそ二〇〇。鉄砲と弓足軽が主体で、槍足軽は少数のようです」

 物見が戻ってきて見てきたとおりのことを報告する。
 それを受けた先鋒の大将――佐久仲綱は一瞬の後に他の武者を呼んだ。

「前線へ通達。竹束を前面に押し出し、突撃を開始せよ、と」

 白兵戦戦力が少ないのであれば、距離を詰めれば逃げ出すだろう。しかし、その分、狙い撃たれた突撃戦力は損耗する。

(それでも、時間が大事だ)

 時間稼ぎが目的である敵に付き合う必要はないのだ。

「霊術でしっかりと補強しろよ!」

 鉄砲は撃ち下ろしなので、威力が大きい。
 当然、突撃すればそれだけ貫通力が増すだろう。
 だから、仲綱は霊能士を一定数前線に配置し、霊術の加護を徹底したのだ。
 結果、二〇間以内に両者の間合いが狭まっても竹束は貫通されずに佐久勢を守り続ける。そして、一向に上がらない戦果に聖炎軍団は焦り出した。
 このままでは鉄砲兵や弓兵も白兵戦に巻き込まれる。
 よって、遠戦部隊は最後とばかりに叩きつけると武器を手に後方へと退避した。

「今だ!」

 仲綱は狙撃される可能性が減った前線へと馬を乗り入れ、良き大将の条件である通りのいい声で宣言する。

「聖炎軍団の衆! 我らの奪還作戦に多良木地方の豪族は呼応したぞ! 今まさに貴様らの退路を断たんと進軍中だ!」

 一目で名のある大将と分かる仲綱の言葉にはっきりと動揺が走った。
 完全に意味が理解できる武者衆は歯噛みし、「退路を断つ」という言葉に足軽たちはそわそわし出す。
 普通に考えれば、敵に奇襲攻撃を知らせるなど愚の骨頂である。だが、たかが二〇〇を殲滅しても、大勢には影響しない。そして、退路を失って死に物狂いとなった敵を殲滅するには多大な血が必要になる。
 損耗激しい龍鷹軍団としてはこれ以上、意味のない血を流したくはなかった。

「押し潰せ!」

 突撃していた物頭を筆頭とした武者衆がついに竹束から打って出る。
 その数は隘路故に三十数名だったが、聖炎軍団としては恐れていた白兵戦だ。また、仲綱の絶妙なタイミングで放たれた言葉に指揮系統が一時停止していた聖炎軍団は効果的な陣形を採っていなかった。
 両軍の前衛が激突し、悲鳴と血飛沫が上がる。
 その大多数が聖炎軍団のものであり、それは瞬く間に増えていく。
 前戦苦戦の報告を受けた聖炎軍団指揮官は蒼白になった。

(そ、そうだ! 多良木の軍勢が集結していれば、必ず人吉から急使が来る。それがこないと言うことは・・・・ッ)

 ようやく、先程の言葉は仲綱による流言だと見抜いた指揮官が効果的な指示を出そうとした矢先、銃声が轟いた。

『『『―――っ!?』』』

 ただの銃声ならば驚かなかっただろう。
 ここは戦場である。しかし、その轟音が後方から聞こえたので、指揮官はギクリと体を震わせた。

「ま、まさか・・・・本当に・・・・?」

 常識から考えればあり得ない。
 あり得るわけがない。
 群小の大名ならともかく、聖炎軍団は九州地方を代表する軍団である。
 その情報網が、領国を走破する敵性勢力を見逃すはずがない。

「・・・・だが」

 鉄砲の銃声が後方から聞こえたのは事実だ。
 国内有数の軍団員であるという矜恃から認めたくはないが、それを言っていられない事態が起きた。

―――ダダァン!!!

 先程よりも大きく、さらに十は下らないであろう銃声が響き、指揮官だけでなく軍団全体に動揺が走る。そして、一様に顔から血の気を失った。

(包囲、された・・・・?)

「ひ、退けぇっ! 人吉まで退けぇッ!」

 次の瞬間、指揮官は馬首を大きく巡らせ、人吉城へ繋がる道を駆け始める。
 殿軍を置くとか言う常識的な対処もせず、隊列を整えた整然とした撤退なども考えられなかった。
 脳裏に浮かんだのはただひとつ。
 北薩の戦いで退路を断たれた瞬間に味わった恐怖だ。
 総司令官であった火雲親家はうまくまとめたが、枝葉である彼にそれを求めるのは酷というものだった。

「おーお・・・・これが戦場心理というものか・・・・」

 あれだけ武者の矜恃として、劣勢ながらも戦線を支えようとしていた最前線は本陣の総撤退という事実に壊乱し、戦力の半ばを失って潰走している。
 追撃してもよかったが、ここで急進すれば逆に罠にかかる可能性があった。
 それに仲綱率いる先鋒の目的は久七峠の制圧とその維持である。
 麓で待機する主力軍に確保を通達し、無事に峠を越えるまでは無理しない方がよかった。

「若、迂回していた部隊が帰ってきました」
「うむ」

 聖炎軍団の後方で鳴り響いた銃声は四人の鉄砲兵とその護衛である六人の武者、計十名で行われた。
 この十名は忠流直属の旗本であり、今回の作戦に当たり、事前に策を預けられていたのだ。
 まず、先鋒軍と共に久七峠へと進み、黒嵐衆の案内で山中を突破して後方に出る。
 これは軍勢の移動には不適な迂回路であり、武器弾薬の重量も減らさなければ通れない道だった。
 さらに後方に出た部隊は本隊を監視する黒嵐衆の合図で引き金を引く。そして、一斉射撃の時は黒嵐衆のひとりである霊能士が反響の霊術を使い、銃声を数倍に引き上げたのだ。
 このため、姿は見えずとも相応の部隊がいると聖炎軍団指揮官は判断したのだ。
 龍鷹軍団は一部隊に約一割程度の鉄砲兵を置いている。
 だから、十数挺の鉄砲を持つ部隊は一〇〇規模となり、挟撃された場合はまず間違いなく敗北すると判断した。

「事前に決められた通達方法で離れた場所の情報を取り寄せ、複合的に戦術まで練り上げる、か・・・・」

 この作戦は仲綱の流言と後方からの射撃といったふたつの事例が連鎖的に起きなければ効果がない。

「仲綱様、殿からの通達です」

 軍をまとめ、久七峠に陣取った仲綱の下に頼政からの返答がやってきた。

「峠を下り、北麓にて布陣せよ、とのことです」

 どうやら奪還軍第二陣はもうそろそろ峠に到達するようだ。

「よし、ならば行軍序列に従い、侵攻を開始せよ!」

 こうして、佐久勢はおよそ六ヶ月ぶりに人吉地方に帰還した。



「―――しかし、たまげましたな、父上」
「全くだ」

 肥後国人吉城南西部に布陣した龍鷹軍団人吉城攻略軍の本陣で佐久父子はため息をついた。
 居城であった人吉城は内乱で陥落したことで、破壊されている。そして、それを再建したのが聖炎国だ。

「聖炎国の築城技術は西海道一と言いますが・・・・」
「うむ・・・・」

 これは本当に、数ヶ月前まで自分たちが暮らしていた城なのだろうか、とふたりが疑うのも無理はなかった。
 確かに天守閣を筆頭とした櫓や石垣、水堀などと言った目立つ建造物は増えていない。
 いや、むしろ、いくつかの櫓は再建されていない。
 それでも要所要所で作られた迎撃地点は堅固であり、この城に籠もる兵が例え一五〇〇弱と言えども五〇〇〇で落とせるだろうか。

「なるほど、忠流様が我々に三〇〇〇しか与えなかった理由が分かりましたね」

 この城は落とせない。そして、落とすための兵力を展開することは地勢的に不可能である。
 佐久勢は多良木と言った人吉地方東部に住む豪族たちを再び招集することに成功していた。
 このため、兵力は三三〇〇となっているが、その三〇〇も後方の補給線を維持するために使っているので、やはり城攻めに使えるのは三〇〇〇だ。

「しかも、黒嵐衆の報せでは八代から後詰部隊が出撃したらしいですね」

 家老が発言し、本陣は沈黙に支配された。
 籠城兵一五〇〇と、後詰軍二〇〇〇。
 総勢三五〇〇の敵兵を相手に、攻城戦など行えるわけがない。
 忠流の作戦によって前哨戦では勝利を収めたが、やはり、聖炎軍団の目的は城砦攻防戦による消耗戦だ。
 こうなれば、兵力に余裕のない佐久勢は動けなかった。

「報告します!」

 幔幕が跳ね上げられ、入ってきた武者が片膝をつく。

「旗印より、人吉城占領軍の総大将は三浦雅俊、副将は野村秀時と見られます」

 両者とも、北薩の戦いで人吉城の抑えとして派遣された部将だった。
 おそらく、人吉地方の地勢をよく知っていたことと、あの時の雪辱を晴らさせようという思惑の下だろう。

「また、北岸には五〇名程度の部隊が駐屯していました。これは本国との連絡部隊と考えられます」

 本格的な籠城戦となれば、人吉城から本国に報告するのは至難の業である。
 このため、聖炎軍団は籠城兵から少しだけ兵を割き、城外にそれを配備することで連絡途絶を避けたのだ。
 もちろん、龍鷹軍団が球磨川を渡河して蹴散らすことはできる。だが、渡河を開始した瞬間にその部隊は離散し、撤退と同時に再集合することは分かり切っていた。

「越冬準備はどうなっている?」
「はっ」

 本陣で床机に座り、各陣からの報告を聞いていた家老に問い掛ける。
 時は十二月であり、いつ終わるか分からない攻城戦だ。
 九州とはいえ、冬は冬。

「元々国有地であった土地から木々を伐採しており、当面の量は問題ありません。また、明日中には大口城から補給物資が到達する予定です」

 「ただ」と家老は付け加え、一瞬だけ書状に目を落とす。

「多良木の豪族は補給をなすために球磨川を勢力圏に治めて欲しい、とのことです」

 戦国の軍勢は出陣に際しては自己負担が常である。
 陣所に必要な材木は敵地に求めればいいが、武器弾薬や兵糧などは自分たちで負担しなければならない。しかし、龍鷹侯国や聖炎国など、一定以上の石高を持ち、中央集権化と奉行衆などと言った執政機関が確立している国家では、一部、補給制が取り入れられている部分も多い。
 龍鷹軍団は、武器弾薬、兵糧は初期武装のみ負担させ、後は補給制にしていた。
 このため、長期の軍事作戦が可能だったが、陪臣にまでそれは及んでいない。
 というか、人吉地方の統治は佐久家に任されていたので、多良木の豪族などは管轄外だったのだ。
 因みに大隅国の豪族も同じだったが、これはまとめ役であった鹿屋家がしっかりとした文書を作り、申請していたので、彼らも補給を受けていた。

「ふむ・・・・」

 何はともあれ、奪還軍主力の三〇〇〇は補給で長期戦を戦える。しかし、多良木の豪族はその補給対象ではないため、独自に補給せねばならず、陸路ではなく川路を使った方が負担が少なくて済むために、この領域を制圧して欲しい、ということなのだ。

「ただ、今の戦力で北岸を支配下に置くことは不可能です。さらに人吉城の東方に兵力を配置して荷揚げを行わせるのも勿体ない」

 家老の言葉は現状を理解した指揮官としては当然のことだ。
 ただでさえ心許ない戦力をそんなことに使いたくはない。しかし―――

「多良木を敵に回すと統治がやりにくくなる」

 頼政は人吉奪還後、旧領を回復することを約束されていた。そして、それは多良木地域の完全領有も宣言しなくてはならない。
 そのためには多良木の豪族との禍根は避けたかった。

「父上、簡単なことではありませんか?」

 悩む年長者相手に、仲綱は明るい声をかける。

「どういうことだ?」
「多良木の豪族にも補給制を当てはめればいいのです。鹿屋殿と同じくきちんと申請すれば受けられますから」

 仲綱の言葉に頼政と家老は絶句した。

「そして、一度補給を受けてしまえば、それは我々の支配下に入ったも同然です。人吉攻略後、家臣化を進めても正統性は我々にあります」

 今のままでは人吉奪還に少なからぬ多良木の援助があったことになる。しかし、補給制にして経戦能力の維持を龍鷹侯国が負担すれば、実際に陥落した時にいる多良木勢は龍鷹侯国なしには戦力を維持できなかったことになる。
 それは独立性を失った存在であり、龍鷹侯国に完全に取り込まれたと判断できる。

「一度、頭目を集め、補給制の説明とその後のことについて議論した方がよいかと」

 正直、多良木の豪族として生きるより、龍鷹侯国の一員になる方がはるかに安定した生活を送れるはずだ。
 地方の群小豪族にも恩恵が預かれるような制度を忠流は制作中なのだから。

「佐久家はもはや、内乱前の佐久家ではないのですか」

 仲綱の言葉に、頼政はそっと目を閉じ、頷く。
 絶体絶命の危機を救ってくれた鷹郷忠流。
 そして、彼によって、人吉という最前線にて孤立した土地を守る"孤高の佐久家"は崩壊している。

「あの日より、我々は忠流様の歯車ですよ」

 そう。
 あの日より、佐久家は龍鷹侯国の柱石ではなく、鷹郷忠流の忠臣になることを決めていた。

「―――申し上げます」
『『『―――っ!?』』』

 声と共に吹き荒れた風に、誰もが目を瞑る。そして、再び開いたそこに、ひとりの男が片膝を付いていた。

「黒嵐衆がひとりにございます」

 慌てて太刀を引き抜こうとしている護衛たちに視線を投げかけ、男は空気を介さないような声で告げる。

「火急の報せ故に、拙者の口から説明させて頂きます」

「よい。陛下からも無駄な手間を省け、と言われているでな」

 頼政が許可を出したからには、忍びの者が武士の前で話すことを許さざるを得ない。
 体制の変化についていけない部将たちは不満そうにしながらも、黙って男を注視した。

「ここより三里の北西に聖炎軍団の後詰めを発見いたしました。行軍状態は駆け足であり、未だ武装は不十分ですが、本日中に戦に及ばんとの気迫でした」
「何!?」

 球磨川北岸には敵軍が居座っているために、物見の兵を出すことができない。
 その代わりに忍び衆が配置されていたのだが、その警戒網に聖炎軍団が引っかかったのだ。

「して、数は!?」
「おおよそ二〇〇〇。主将は火雲親晴殿。先鋒は平山家常殿でございます」
「・・・・火雲御曹司の取り巻き軍、か・・・・」
「父上、それがしはすぐさま円居へと戻り、迎撃準備を整え申す」

 仲綱が立ち上がり、頼政に一礼して走り出す。
 彼の軍勢は人吉城までの道を切り開いたことで、後方予備軍に回されていたが、後詰め軍が来るならば投入しなければならない。

「各城門の抑えは敵が出撃した場合に備えよ。また、こちらが動揺していないことを示すため、本陣は移動しない」
「―――っ!? それは・・・・ッ」

 家老が信じられないとばかりに目を見開いた。

「迎撃は仲綱以下七〇〇で行う。なあに、親晴も馬鹿ではない。球磨川を強制渡河することはせんよ」

 もし、もう少し報告が遅れていれば、龍鷹軍団の迎撃準備は整わなかっただろう。
 そうなれば、西の城門から突出した部隊が球磨川を確保し、そこを渡河した後詰軍が頼政の本陣に殺到していたことだろう。
 後詰めによる奇襲は黒嵐衆に悟られた時点で失敗した。
 そう、頼政以下人吉攻略軍の首脳陣は判断していた。



「―――急げ、急げ、急げぇっ!」

 球磨川北岸、聖炎軍団約二〇〇〇は行軍陣形で行動していた。
 いざ合戦となれば、傘を開くようにして魚鱗の陣へと変化させるつもりでいる。

「死に損ないを今度こそ地獄に送ってやれ!」

 火雲親晴は馬上で兵を鼓舞しながら歯噛みした。
 佐久頼政は親晴が初めて斃した有名部将だと思っていた。しかし、彼は攻防戦末期の脱出戦でも見事に生き残り、内乱決戦の湯湾岳南麓戦線では絢瀬吉政勢に加わって奮戦する。
 見事に面目を潰された親晴は頼政に復讐を誓っていた。

(人吉城はそう簡単に落ちない。だからこそ、敵が攻めに集中している時に突き崩す!)

 多少の備えはあるだろうが、犠牲を出してでも押し崩す。

「申し上げます!」
「うむ!」

 先鋒からやってきたであろう伝令兵に頷いた。
 彼は軍事行動中であり、さらに急進中であることから巧みに馬を寄せ、親晴と併走してみせる。

「平山様より報告です」

 一応、所属を口にした兵は親晴の返答を待つまでもなく報告した。

「人吉城に寄せます敵は変わらず三〇〇〇余。後方に小荷駄隊を伴いますが、実戦戦力は三〇〇〇と見ていいと思われます」

 小荷駄隊が戦闘に組み込まれることは稀だ。
 そもそも小荷駄隊の主力は徴発された農民であり、その護衛兵は敵からの攻撃はもちろん、農民の逃亡を阻止するという戦力であり、組織的な実戦力には乏しい。
 よって、結局は円居を組んでいる者たちが戦力となるのだ。

「一気に突き崩すのは難しいな。城兵と呼応する必要があるようだ」

 人吉城兵は一五〇〇。
 併せれば三五〇〇となる。

「佐久頼政め。小戦は上手かもしれんが、数千の指揮ができるか見物だな!」

 自分のことは棚に上げ、養子に旅立つ日に兄からもらった采配を握り締めた。










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