第一戦「炎からのレコンキスタ」/三



「―――はぁ・・・・意味わかんねー・・・・」

 龍鷹海軍第一艦隊根拠地――指宿軍港の司令部にて鷹郷源丸は兵部省から回ってきた書類に目を通して突っ伏した。
 そもそも、源丸は未だ元服しておらず、従流と違って補佐役に任じられているわけでもないので、政務とは無関係である。しかし、彼は将来、海軍を背負って立つことを約束されており、その海軍の一大改革に関わりたいが為に一生懸命勉強していた。

「語学はおもしろいんだけどなぁ・・・・」

 そう言って、源丸はゴドフリード艦隊が持っていた西洋軍学の文書をめくる。
 当然、そこに書かれている言葉は西洋文字だ。しかし、その横に丸っこい文字で漢文が記されていた。
 これを記したのは源丸と同年代ながら、東南アジアの文字ですら読み書きできる少女――リリス・グランベルだ。
 彼女は鹿児島に用意された屋敷に住んでおり、ここにはいない。
 源丸も忠流から鹿児島に住むように命令されているが、鹿児島で何かあった場合、一族が固まっているのはマズイ、という言い訳をして指宿に引っ込んでいた。
 そもそも海軍卿である東郷秀家は第一艦隊司令長官も歴任しているのだが、軍政のために鹿児島に駐屯している。しかし、第一艦隊の主要軍艦は指宿港に駐屯しており、何かあった場合には第一艦隊は司令長官なしで出撃しなければならない。
 指揮系統の混乱が予想されるため、東郷は何かしらの対策を練っているようだが、当面はこの状態が続く。
 このため、源丸はその年不相応な判断力で艦隊指揮を専横するつもり満々だった。
 尤も、海戦の戦術などは第一艦隊副司令に任せればいい。
 ただ、第一艦隊副司令は第一艦隊の次席艦艦長のため、旗艦にもいない。
 この辺りも改正しなければ、本当に大会戦が起こった場合には対応できないだろう。

(忠流は・・・・陸の人間だからな・・・・)

 戦国時代に突入し、水上戦闘について理解している大名は皆無に近いだろう。
 水軍大名として名高い中伊予から芸予諸島を領有している者くらいではなかろうか。
 強力な水軍を持っている虎熊宗国やそれと渡り合う山陽道の雄なども陸戦主体である。
 瀬戸内海などの内海を持たない東国の大名など、水軍の存在すら珍しい。
 畿内から東海にかけては、熊野水軍や伊勢・鳥羽水軍がいる。
 彼らは特定の大名家に使えるのではなく、船を生活の生業にしており、時の権力者に利用される存在だ。
 大名家直轄の水軍衆と言えば駿河水軍、相模水軍、安房水軍だろう。しかし、その運用の骨子は海運による物資輸送だ。
 大規模な海戦に備えた大型軍艦を多数保有し、東南アジアなどの外国事情を気にしている国は龍鷹侯国くらいだろう。
 だからこそ、龍鷹侯国が保有する水上戦力は他の「水軍」とは別に「海軍」と呼称される。
 列島国家以外の諸外国から見れば、龍鷹海軍こそ、列島国家を外国から守る、「日本海軍」なのだ。

「海戦、かぁ・・・・」

 東洋国家にとって、過去数百年ぶりに起きた、いや、海洋で起きた会戦自体初めての海戦は中華帝国の大艦隊と龍鷹海軍主力艦隊の激突――日本名、男女諸島沖海戦である。
 かつて、中華帝国が日本列島に押し寄せた時、日本軍は海戦を諦め、水際迎撃戦に従事して押し返した過去がある。だが、男女諸島沖海戦は奄美大島に上陸した中華帝国陸軍の補給路を断つために行われた戦いであり、その戦略目的故に海上決戦が決められていた。
 前例のない大会戦に両軍は混乱し、辛うじて指揮系統を維持した龍鷹海軍が指揮系統が混乱して分散した中国海軍を撃破した。
 だがしかし、ほぼ同時期に両軍併せて数百隻が衝突する戦いは遠い地域で起きている。

「アルマダ海戦、か・・・・。西洋諸国は怖い・・・・」

 イスパニアやエゲレーツ、ネーデルランドといった西洋諸国は海洋覇権を確立するために海軍を編成し、幾度も激突していた。
 その主力となっていたのが、ガレオン船である。
 このガレオン船はそれ以前の主要艦種――カラックよりも速度が出るが、喫水が浅いために転覆しやすい。そして、帆船であるが故に嵐で難破することが多かった。
 それでも高速で積載量が大きいため西洋各国で採用されている。そして、カノン砲やカルバリン砲などを搭載した軍艦が活躍し、後の戦列艦の原型となった。
 このガレオン船団を主力とした西洋諸国艦隊と東洋諸国艦隊の海戦は起きていなかったが、艦船と艦載砲の性能により、ほぼ確実に西洋諸国艦隊が勝利しただろう。
 何せ、各国水軍の主力艦である安宅船が渡海できないのだ。
 この事実は日本が竜骨――現代ではキールと呼ばれるもの――を持たなかったことで裏付けされている。しかし、その竜骨を持っている龍鷹海軍は安宅船を外洋に持っていくことに成功し、中華帝国海軍との戦いに投入した。
 この意味では龍鷹海軍は唯一、日本水上戦力の中で西洋諸国艦隊に匹敵する戦闘力を有した艦艇を装備していたのである。
 ただ、本当に互角に戦うためには艦載砲の優劣を覆す必要があった。
 龍鷹海軍の艦載砲は鉄砲技術を応用した大砲や石火矢を使用していたが、これらでは西洋大砲と正面から砲撃戦を展開することは不可能と、龍鷹海軍首脳部は判断した。
 このため、ゴドフリード艦隊が保有していた艦載砲を分析し、国産化を目指すことになる。
 そのため、海軍は対西洋諸国用軍艦の建造と大砲鋳造のために大隅国志布志湾の志布志に軍港を作り、これらの造船所や工廠に当てることにした。
 大隅国に龍鷹侯国――鷹郷家直轄の専門施設を建造できるようになったことは内乱の影響である。

「―――源丸様!」
「ぅわい!? な、何だ!?」

 「アルマダ海戦戦術禄」などという本を読んでいた源丸は突然、障子の向こうで叫ばれた声にビクリと体を震わせた。

「執務中失礼します!」

 元気の良い海兵は障子を開け放ち、あたふたと書類の山を引き寄せた源丸に不審な視線を送る。

「あ、あはは・・・・。で、何用だ?」

 このままでは不利と判断した源丸はすぐに問いかけることで視線を回避した。

「は、侯王並びに海軍卿の連名で『すぐ来たれ』と烽火が・・・・」
「公費の無駄使いだろ、馬鹿!」






国土回復戦争scene

「―――いやぁ・・・・参った参った。まさかあそこで力尽きるとは・・・・予定では、鹿児島に運び込まれるはずだったんだけど」
「あの、兄上? 倒れること前提の計画はできる限りよしてくれませんか?」
「ウン、今後気ヲツケルヨー」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 数ヶ月ぶりに行われる、『戦』評定の冒頭でこんなやりとりがされれば、誰だって頭を抱えたくなる。
 特に陸軍卿として龍鷹軍団を司る鳴海直武など、国政に近しい者たちは揃って苦虫を噛み潰したような顔で茶を飲んだ。

「それで、今回集まってもらったのは、人吉城奪還作戦についてなんだが―――」
『『『ブブフゥッ!?』』』

 盛大に首脳陣は茶を噴き出し、右側と左側のちょうど中間で激突する。

「汚ねえな」
「って、それどころではないだろ!? その奪還作戦とは何だ!? 兵部省は何も聞いていないぞ!」

 思わず私的なやりとりと同じ口調で詰め寄る直武の言い分はもっともだ。
 龍鷹軍団の軍事作戦計画書は兵部省に列せられる参謀職の人間の仕事である。
 それを制度を作った張本人が無視するとはどういうことか。

「何を言うか。作戦骨子は俺が決める。細部は兵部省に任すという制度だ」
「な、何という・・・・」

 つまりは大雑把な目的を忠流が決め、それが実現可能なように戦力配置や補給路の選定、兵の徴発などは兵部省の役人に任せるというのだ。

「まあまあ、陸軍卿。侯王の戦略眼は内乱で示されたとおりだ。まず無茶な作戦はなさらないだろう」
「・・・・それでも実現可能は困難なことは・・・・決戦で王を運んだ貴様なら分かっているだろう?」

 直武を宥めたのは海軍卿の東郷秀家である。
 隣には海軍の象徴的存在――鷹郷源丸が座っていた。

「だが、従来の戦略では守勢防御に回った聖炎軍団に決戦を強い、また、勝利するなど難しい」

 東郷は全面的に忠流に任せるようだ。
 海軍は聖炎水軍相手ならばほとんど負ける心配はないのだから。

「とりあえず、次の軍事作戦は人吉城奪還作戦であることは分かるな?」

 忠流の視線は末席に座る、佐久頼政へと向いた。
 佐久頼政は前人吉城主だ。
 内乱では貞流と呼応した聖炎軍団によって攻撃され、後詰めのない絶望的な戦いを指揮した。
 忠流に助け出された後は生き残った将兵と共に主力軍同士の決戦に参戦している。
 現在では大口城将として対人吉戦線の最前線にいた。

「大将は佐久頼政、麾下の軍勢は小林城勢、北東薩摩勢の他、旗本からいくらか出し、三〇〇〇辺りにする」
「? 兄上、三〇〇〇で人吉城を落とせますか?」

 人吉城は確かに完膚無きまでに破壊されている。しかし、聖炎軍団は持ち前の築城技術を使って改修工事を続けていた。
 今ではかなりの部分が元通りになっているだろう。
 また、黒嵐衆の調べでは約一五〇〇が配備されているという。
 城攻めの定石――守り手の三倍以上という兵力には一五〇〇ほど足りない。

「ふむ、それに小林城勢はかなり消耗していますぞ?」

 小林城を管理するのは絢瀬家ではなくなっているが、絢瀬家についていった者も多く、残った者も都農合戦で被害を出していた。
 当面は石高以下の戦力しか徴発できない地域に指定されている。

「ま、それはそれだ。旗本から人数調節すれば何とか集まるだろ」

 龍鷹軍団の動員力は北薩の戦い、内乱と立て続けに消耗しているが、それでも一万五〇〇〇は動かせる。
 もちろん、都農合戦以来にらみ合いが続いている日向方面の兵――三〇〇〇は動けない。そして、各重要拠点に配置された軍勢や輜重隊などに振り分けられる軍勢を差し引けば七〇〇〇〜九〇〇〇というところだろうか。
 尤も数はあっても維持するだけの物資が不足しているのだが。

「それに万規模の軍勢を投入すれば、人吉城周辺が溢れかえるからな」

 人吉城周辺は決して広くない。
 大軍が展開すれば、それだけ身動きが取れなくなる。
 人吉城攻略軍と後詰軍が向かい合った時、訪れるのは小競り合いと膠着状態だろう。
 それは物資と時間の無駄であり、忠流は絶対に避けたいと思っていた。

「今回は短期決戦で行く。各自、準備を怠るな」

 忠流は表情を引き締め、そう訓示する。そして、小姓として参加していた御武幸盛を振り返った。

「じゃ、あとよろしく」
「ちょっと無茶ぶりじゃないですかね、兄上・・・・」

 額に手を当て、首を振る従流とは違い、幸盛はすくっと立ち上がると、他数名の小姓が書類を諸将に配っていく。

「侯王は病み上がりであり、これ以上話すことは体調に関わるため―――」

 と続けられた言葉に誰もが「嘘だ」と思ったが、要点を端的に押さえた幸盛の言葉には定評がある。
 忠流から突拍子もないことを聞かされるよりも理路整然とした話の方が心臓にいい。
 もちろん、話される内容は忠流が考えた突拍子もないことなのだが。



 出陣。
 一言にそう表せても、実際に軍が動くまでにはいくつもの行程が存在する。
 はじめに、「戦評定」。
 これは軍議とも呼ばれ、現代では参謀本部による作戦立案から実戦部隊の選定及びその司令部への作戦内容通達などが含まれ、出陣に至るまでの会議を指す。
 この内容を諸将に伝えることを「陣触れ」と言う。
 戦評定の場で言うこともあれば、独裁者にありがちな即断で諸将に通達する場合もある。
 陣触れの目的は本当に軍勢を招集する時に諸将が準備に戸惑わないようにするための保険である。
 陣触れ=出陣ではなく、=出陣準備なのだ。
 実際に軍勢を動かす時には「軍勢催促」と呼ばれる、今で言う動員令を発布する。そして、合流した部隊を統率し、軍勢として率いるのだ。
 この部隊の統率でいくつかの「陣」に分け、出発することを「出陣」という。



「―――さて、任されたわけだが・・・・」

 佐久頼政は大口城馬出口に集結した麾下の軍勢を見下ろした。
 そこには旧人吉勢である頼政直轄軍と東薩摩の豪族たちが捻出した軍勢が旧態然とした様式で展開している。しかし、全体の四割を占める忠流直轄の旗本衆は明らかに気色が違った。
 まず、長柄槍を装備した足軽衆、鉄砲を装備した鉄砲足軽、弓矢を装備した弓足軽、徒歩槍を装備した徒歩武者衆、騎乗した騎馬武者衆などが整然とした円居を形成している。
 もちろん、各部隊を指揮する組頭、物頭といった指揮官は独自の集団を形成しているが、全体的に見れば、一個人を取り囲んだ兵力から、兵種ごとにまとまった兵力に分散している。そしてなにより、足軽でも厳しい訓練を受けたことを伺わせる威圧感が漂っていた。

(あの軍勢は強いな・・・・)

 忠流が旗本として用いているのは内乱で登用した傭兵衆や内乱で仕えていた大名家が壊滅して路頭に迷った浪人衆である。
 基本的には忠流ではなく、兵部省が管理しており、才能のある指揮官が率いることになっていた。
 そこに家柄はなく、ただただ実力主義があるのみである。
 尤も、そう簡単に意識は切り替えられない。
 実際に旗本衆の訓練場ではかつての権威を振りかざそうとした者がいたらしいが、彼は旗本衆の訓練を担当していた兵部省の役人に斬られた。
 中華帝国では見せしめで兵たちの前で殺して見せ、生き残った者たちが必死に訓練するので、強兵になったという逸話がある。
 誰もが「怠けている」という理由で斬られたくないがために、必死で強くなろうとするのだ。
 動機は消極的だが、「強くなろう」という意志は同じだ。しかし、そんな軍勢こそ、頭の上の重石であった権力者が揺らいだ場合、霧散するのではなかろうか。
 事実、中華帝国の戦史は兵の裏切りによる敗北が多い。
 技術面や体術面では強兵でも、一度崩れ出すと弱い、つまり、精神面は弱いのが特徴なのだ。
 対して日本兵は生活の時点から忍耐を要求する土地が多く、そうした土地が大部分を占める国は強兵を抱えているという特徴を持つ。
 シラス台地の薩摩・大隅、隔離された土地の土佐、枯れた土地である三河、薩摩と同じ火山性堆積物が広がる関東ロームの関八州、雪に悩まされる北陸、奥州などがこれに相当する。
 まとめれば、精神面の強さという素地がある薩摩兵を中国式に叩き上げたらどうなるか、というところだ。
 結果は「精強無比」ということにならざるを得ない。

「父上、着到帳です」
「うむ」

 頼政は嫡男である仲綱から着到帳を受け取った。
 着到帳とは誰がどれだけの軍勢を率い、その内、士分が何人、足軽が何人、さらに装備品の数まで記されたものである。
 つまりは頼政が率いる戦力の内訳が事細かに記されている文書だ。

「三〇〇〇人ぴったり、か。侯王・・・・いや、兵部省の役人か、いい仕事をする」

 兵部省はおそらく、軍役が課せられている大名たちに当日に出陣させる兵数を明記させたに違いない。
 何せ頼政のところには国分城からわざわざ鳴海盛武がやってきていたのだから。
 そうして、未知数である諸将直轄兵数を把握した兵部省は残り全てを旗本衆で埋めるような兵力配分を考えたのだろう。
 手間のかかる上に成し遂げた結果は完全な出撃兵力数の把握という微々たるものだ。しかし、その後に行われる死者行方不明者の判断などは行いやすくなるだろう。
 言い換えれば、損害割合が計算されやすく、それだけ主将である頼政の責任を追及しやすい、ということだ。

(完璧な数値管理の上に成り立つ、指揮官への圧力、か・・・・)

 本来、兵力に関する干渉は如何に戦国大名ですら不可能だった。
 だから、着到帳で、いざ自分の下にまとまった時に初めて自分の戦力が把握できたのだから。

「父上、そろそろ出立しませんか?」

 着到帳を捲りながら沈黙を続けていた頼政に仲綱は声をかけた。
 大口城に集結している軍勢は今か今かと出陣式を待っているのだから。

「そうだな。・・・・始めるとしようか」

 そう言って、頼政は馬出口から自分が見える位置に移動した。
 眼下では私語をしていた兵士たちが士分に注意され、ざわめきがあっという間に鎮圧され、数千という目が頼政に向けられる。

「始めよう」

 そう言うと、三種の肴と三献の盃に必要な物を持った男たちが粛然と準備を始めた。そして、頼政と仲綱といった有力な部将たちは頼政を上座として床机に座る。
 粛然と行われる出陣式の中、兵たちは一言も話さず、主将の決意を聞くために耳を澄ました。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 三種の肴を食べ終わり、三献の盃も残るは最後のいっぱいとなる。
 そこで初めて、頼政は兵たちに視線を向けた。
 ざわりっと音のないざわめきが兵たちを駆け巡り、緊張状態はピークを迎える。

「此度、我々は内乱で失った領土を奪還するため出陣する。人の足下を見て奪いに来た卑怯者の成敗だ! 我々が『正々堂々』と言う言葉を教えてやろうぞ!」
『『『オウッ!』』』

 諸将たち十数名が数千に聞こえる声で応じ、首脳陣は一気に盃を煽った。
 飲み干した盃を思い切り地面に叩きつけ、その反動とばかりに勢いよく立ち上がった頼政は大音声で下知を飛ばす。

「出陣だぁっ! 貝を吹けぇっ」

 国中に響けとばかりに吹き鳴らされる法螺貝の下、佐久仲綱率いる先鋒が失地回復戦争に臨むために重厚な城門を潜った。



「―――時間、だな」

 薩摩国鹿児島城天守閣。
 桜島の火山灰に晒される鹿児島城は基本的に高層の建物を建てておらず、それは鹿児島城も同様だった。しかし、虎熊宗国が福岡城に五重六階の天守を、聖炎国が隈本城に三重六階の天守を築いている。
 故にそれに対抗するために天守閣を整備せざるを得なかった、という歴史を持つ。
 よって、鹿児島城の天守閣は三重四階――福岡城や隈本城には見劣りするが――として建造され、錦江湾を見下ろしていた。

「申し上げます! 船太鼓によって佐久頼政様、御出陣との報せが参りました!」
「時間通り、か・・・・」

 鹿児島城下を見下ろしていた忠流はそう呟く。
 鵬雲二年十二月一日、薩摩国大口城より佐久頼政・仲綱父子率いる三〇〇〇が肥後国人吉城を奪還するために出陣した。
 その報は聖炎国が潜り込ませていた忍びによって当日の夕方には人吉城に、翌日には八代城に、そして、その八代城にて烽火が上げられ、聖炎国中が知ることとなる。
 機敏な動きで主導権を握るはずの侵攻戦にとって、それは致命的となった。
 何せ、聖炎軍団は予め決められていた通りに動き、鉄壁の防御陣を築き上げつつあったのだから。
 龍鷹侯国は本格的な侵攻を避けてきた歴史がある。
 それは対外戦争に集中したいという理由もあるが、その前にはひとつ、言葉がついていた。
 本音の部分でしか語られない内容には「聖炎国の守勢防御を打ち崩す自信がない」から、本格侵攻は泥沼となる。故に対外戦争に集中できないのだ。
 つまり、龍鷹侯国の歴代首脳陣は過度な対戦を避け、ひたすら守る聖炎国を刺激することはなく、言い方を変えれば、人吉城という分かりやすい餌を与えてあやしていたに過ぎない。
 それが崩壊したのは北薩の戦いであり、龍鷹侯国の内乱だ。
 これまでにも人吉城の助攻として、出水城に押し寄せたことはあった。
 このため、龍鷹軍団はもしもの場合を考えて川内城周辺を整備して野戦場を作り上げていた。しかし、まさか使用するとは思っておらず、北薩の戦いでも川内城周辺は手薄だった。

「思えば・・・・北薩の戦いは聖炎軍団の戦略に変化が見られた戦いだったな」

「―――だから、あそこまで無様に動揺したんですか」

 忠流――というか、龍鷹軍団の軍略――に対し、容赦ない言葉を放てる人物と言えばひとりに決まっている。

「紗姫、か」

 忠流は振り返ることなく、彼女を受け入れた。

「じゃあ、今度は聖炎国が動揺する番ですね」

 忠流は隣に並び、鹿児島城下に集結する軍勢を見下ろす紗姫の横顔を見遣る。そして、肩をすくめた。

「・・・・ああ」

 きっと自分と同じぐらいの戦略眼を持つ彼女には、忠流の戦略など筒抜けなのだろう。

「動揺どころじゃなく、東奔西走させてやるよ」

 そう宣言し、忠流は高欄に置いた手に力を込め、勢いをつけて振り返った。そして、そのまま紗姫に構うことなく、天守閣を降りていく。

「・・・・ふーん」

 紗姫は忙しそうに去っていった忠流の背中をつまらなそうに見つめ、やがて、その年不相応な冷徹な視線をとある方向へと向けた。

―――西海道大国肥後国、通称、「火の国」へと。

「東奔西走するのはどっちかな」










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