第一戦「炎からのレコンキスタ」/一



 肥後国隈本城。
 西海道屈指の堅城であり、全国に語られる難攻不落の名城だ。
 この城の主は肥後国を統一した火雲氏であり、彼らは肥後に根付いてから数百年という名族である。
 隣国の龍鷹侯国とも百数十年近い戦歴があり、主力軍同士の決戦も数年の一回の頻度で起きていた。
 一番近いので言えば、北薩の戦いであり、その前は龍鷹軍団主力軍が琉球に派遣される寸前に起きた水俣城攻防戦である。
 水俣城攻防戦は龍鷹軍団一万二〇〇〇が肥後に侵攻して水俣城を包囲、聖炎軍団の後詰め部隊と激突した戦いだ。
 この時の龍鷹軍団の目的は水俣城攻略ではなく、聖炎軍団主力を撃破することだった。
 主力軍を琉球に派遣する時に本国を衝かれないように聖炎軍団の主力軍を叩いておく必要があったのだ。
 作戦を立案し、実際に龍鷹軍団の主力軍を率いたのは鷹郷貞流である。
 この時、聖炎軍団は本隊の一部を阿蘇に派遣しており、出陣してきたのは約六〇〇〇であった。しかし、龍鷹軍団も水俣城に三〇〇〇を残したため、その戦力は九〇〇〇。
 龍鷹軍団は佐敷城を背後に持った聖炎軍団と湯浦川を挟んで激突した。
 鷹郷貞流は鳴海直武が持つ堅牢さを利用し、鹿屋利直を迂回させるなどして時間を稼ぎ、焦り出した聖炎軍団が大きく陣を変えようとした瞬間に有坂秋賢を投入。
 その突進力で聖炎軍団を大きく崩したのだ。
 この戦いで両軍併せて千を超える死傷者を出し、特に聖炎軍団は侍大将を幾人か失った。
 戦役の目的を果たした龍鷹軍団は撤退し、琉球へと主力軍を派遣する。
 このように両国は数度の決戦を経験しつつも、それぞれを滅ぼし尽くすまで戦うことはなかった。



「―――さて、龍鷹侯国の内乱は終結したようだが・・・・」

 龍鷹侯国における御家騒動が集結してから一週間の肥後隈本城。
 隈本城主、そして、聖炎国王・火雲親家は集まった重鎮たちを見回した。
 次席には次期当主と目されている火雲親晴が座している。
 他には宇土城主・国木田政次、八代城主・名島景綱、水俣城・立石元秀、佐敷城・太田貴久、玉名城主・堀元忠、菊池城主・十波雅義、本渡城主・国木田政恒、岩尾城主・柳本長治、内牧城主・瀬道且元などが集まっていた。

「今後の対龍鷹侯国戦略について話し合おう」
「とりあえず、報告します」

 司会を務める宇土城主の国木田が書類を手に話し出した。
 因みに本渡城の国木田政恒は彼の弟である。

「龍鷹侯国の新侯王に就任したのは三男の藤丸です」

 鷹郷藤丸。
 元服して忠流と名乗っており、彼は聖炎国にとって脅威だった。
 そもそも聖炎国が内乱時に貞流と密約を交わして人吉城に攻め込んだ後、さらに大口城に攻め寄せたのは忠流が勝利するのを避けたかったからだ。
 何せ忠流は戦術一辺倒で戦ってきた両国にとって、戦略だけで軍勢を押し返す術を思いつく戦略家である。
 貞流であれば、龍鷹侯国がどのような手段に出るかを予想することは簡単だったが、忠流では何をしてくるか分からない。
 ただひとつだけ分かる。

「今後の龍鷹軍団は当軍団との決戦を辞さず、人吉城奪還作戦に出ると思われます」

 内乱で失陥した戦略上の要地を奪還し、国力を回復すると共に強い龍鷹軍団のイメージを再度、各国に植え付ける必要があるのだ。

「そこで我々はどう対応すべきなのか、これから協議したいと思います。何か意見がある方は?」
「やはり、ここは人吉城を改築して難攻不落にし、龍鷹軍団が寄せてくるのを待つべきだ」

 発言したのは親晴だ。
 その顔には自信に満ちており、周囲もすぐに同意すると思われていた。
 その自信には根拠がある。
 守勢防御こそ、聖炎軍団が長年龍鷹軍団を防いでいた戦略である。

「しかし、人吉城を改築するにはいささか時間が少なすぎるのでは?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その自信を打ち崩すように名島景綱が発言した。

「龍鷹軍団はしばらく内乱の傷を癒すはずです。そして、それを座して見ているなど・・・・戦略上問題なのでは?」

 名島が言いたいことは端的に言うと次の通りになる。
 破壊された人吉城を修築・改築するのは当然だ。しかし、その修理時間に龍鷹軍団が回復していては意味がない。
 龍鷹軍団が弱っている間に、さらに追撃しなければならないのだ。そして、攻勢防御を基本としている間に人吉城を修築してしまえば、人吉地方は聖炎国の領土として組み込めるだろう。

「損耗しているのは我が軍も同様だ。その上で兵を出すなど、内乱介入の二の舞となるぞ!」

 苛ついた親晴が声を荒上げる。
 内乱最末期、人吉城を攻略した軍勢の一部を率いて親晴は大口城に攻め込んだ。しかし、藤丸方の急襲を受けて敗北、徒に損害を増やしただけだった。

「その通り、こちらも傷を癒す時間が必要」

 同意したのはやはり、国木田だ。
 彼が親晴の意に反する行動を取ったことがない。
 それは彼が親晴に取り入ろうとしているというわけではなく、国木田兄弟は親晴と共に虎熊宗国からやってきた武将なのだ。
 親晴寄りの考えをするのは当然である。

「主力を動かす必要はありません。ましてや大口城や出水城を攻め寄せるというわけではありません」

 城を攻めるには兵力が必要だ。しかし、小戦力でも妨害くらいはできる。
 国境線へと出兵して、その辺りの集落を襲うなど、できることはいろいろあった。

「軍団の再編なども大事ですが、敵にそれを許すのも・・・・」

 聖炎軍団が疲弊していることは間違いない。しかし、これまでのことを考えると大きく傷ついた龍鷹軍団が回復することは避けたい。
 正直、新侯王がどのような軍団編成をするか分かったものではない。
 ただ間違いなく、火器装備率が上昇するだろう。
 それはそのまま攻城能力向上に繋がる。

「とにかく!」

 名島が反論する前に、親晴は声を大きくした。

「我が軍は疲弊しており、これ以上の軍事行動は軍団全体の弱体化を招く。このため、以後数ヶ月は軍団を動かすことを禁ずる!」
「・・・・で、よろしいでしょうか、親家様」

 国木田の言葉に親家は考え込む。
 いつになく強引な親晴の物言いにも一理あり、聖炎軍団の戦略に合っているのはこちらだ。
 名島景綱の意見は深層では彼しか納得できないものだろう。
 ここで親家が名島を推せば、評定が紛糾する可能性もある。
 対龍鷹軍団戦略を決めなければならない今、そんな火種は御免だ。

「ふむ、大筋はいいだろう」

 だからこそ、親家は妥協策を出すことにした。

「しかし、龍鷹軍団が傷を休めず、国土奪還戦争を仕掛ける場合がある。故に―――」

 人吉城、水俣城の最前線に一五〇〇を配備。
 双方の方面に対して後方策源地である八代城には八代衆、宇土衆など四〇〇〇を駐屯させ、龍鷹軍団の侵攻戦に備える。
 八代城は隈本城の次に大きな城であり、四〇〇〇が常駐してもあまりある設備を要している。そして、その城主は名島景綱であり、彼ならば突然の事態でも、兵力さえあれば対応するだろう。

「国木田は侍大将などを八代に派遣しろ」
「私自身が駐屯しなくても?」
「軍の指揮は景綱に任す。お前は兵站線の確保と武器弾薬の調達に従事しろ」

 正直、国木田の采配は下手だ。しかし、後方を整えることにかけては才能を発揮する。

「数日中に双方どちらかの戦線に五〇〇〇ほどが展開できるならば十分だろう」

 数ヶ月後、この言葉が覆されることになるとは、親家は思いも寄らなかった。






鷹郷忠流side

「―――馬がいっぱい・・・・」
「何を当然なことを・・・・」

 日向国都井岬。
 龍鷹侯国最大の軍用馬育成牧場があり、今日もその施設の施設で訪れていた。

「ここから出荷される軍用馬は龍鷹軍団の約七割を支えています」

 資料片手に説明する少年――御武幸盛は己の主人を振り返る。

「ただ、出荷に当たって、道が悪いことが問題にはなってますね」
「ほ〜」

 報告を受けるのは龍鷹侯国侯王・鷹郷忠流だ。
 彼は視界の中に百頭前後いる軍馬に目を奪われていた。
 内乱では騎馬隊と言える部隊は瀧井勢くらいであり、歩兵同士の戦いが主体だったため、これだけの騎馬が集合しているのを見るのは初めてだ。

「志布志湾に海軍造船所を建造する関係で道を延ばそう。海路で輸送できるのならば手間は省けるだろ」
「はい」

 子どものように見えても先代・鷹郷朝流と共に後の国家政策について話し合っていた頭脳だ。
 的確な政治判断をこなしている。

「まあ、軍馬だけではないがな」

 忠流の視線は軍馬たちの糞尿が集められている一角に向けられる。
 そこでは西洋船の艦長――ゴドフリード・グランベルやその船員、武藤晴教を筆頭とした種子島の役人などが作業していた。

「しかし、本当にあんなところに硝石があるのでしょうか」

 硝石。
 現代では硝酸カリウム(KNO3)のことを指し、黒色火薬を生成するのに必須の戦略物資である。
 硝石は乾燥地帯に分布しており、欧州でも採掘することは難しい。しかし、欧州人は家畜の飼育場で浸透した排泄物を微生物が分解して作る硝石を採取していた。
 日本は大規模な畜産業が発達しなかったため、硝石の国産化は加賀藩の人間の糞尿と草木を利用した技術が確立されるまで輸入に頼らざるを得なかった。

「あるんじゃねえの? 一応、グランベルがいう条件に合致した最も大きい場所はここだし」

 龍鷹侯国はシラス台地の上に立っているため、食糧問題の解決が急務だった歴史を持つ。
 このため、東南アジア諸国との交易で畜産のノウハウを学び、養鶏や養牛、養馬などを行っていた。
 尤も、これは肉ではなく、養鶏は卵、牛は農業の活用や輸送、馬は軍馬と輸送として利用するためだ。だが、飼育していることに変わりなく、状況としては欧州と似ていた。
 このため、ゴドフリードは欧州で行われている土硝法が適応できるかどうか、調べに来たのである。そして、龍鷹侯国において硝石の確保は鉄砲の使用に大きく影響する。
 火力軍団としての整備を進めている忠流にとって、その弾薬の確保は解決しなければならない懸案だったのだ。

「ま、あっても小規模だから、半永久的に供給できる方法を考えないとダメだけどな」

 鉄砲自体は鍛冶場を拡張、増設などで供給源が増える。
 鉄や鉛も供給源があるため、継戦能力に問題はないが、やはり硝石が問題だ。

「だが、この硝石問題を解決すれば他の大名よりも有利になること間違いなしだ」

(それに・・・・聖炎国の城塞を突き崩すには膨大な火力が必要になる)

 当面の目的は人吉城奪還だが、圧倒的不利な状況下から這い上がった戦略家はそれだけで終わらせるつもりなどない。

「「―――う、うわわっ」」

 シリアスに話を進めていた忠流と幸希の背中に少女のややうろたえた声が届いた。

「こ、こんなに揺れるものですのね・・・・っ」
「牛車よりも揺れが・・・・ッ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 軍用馬の子馬に揺られているのは"霧島の巫女"・紗姫と皇女・昶だ。

「何してるんだ?」

 忠流は鹿児島からついてきたふたりを呆れて眺めていた。
 ≪龍鷹≫を宿す紗姫ならばともかく、皇女までついてくる必要はない。
 というか、皇女は滞在許可を申請したものの、そもそもの滞在目的を語っていなかった。
 彼女を連れてきた第三艦隊司令長官兼治部大輔である南雲も知らされていない。
 ただ、同じ箱入り同士、ふたりは気が合うようだ。

「見れば分かる通り、馬に乗ってるんです」
「それは確かに見れば分かる。だが、何故?」
「それはだな、薩摩侍従」

 忠流と紗姫の会話に入った昶は忠流を通称で呼ぶ。
 「薩摩侍従」とは歴代の侯王が名乗ってきた公式な場所での通り名であり、これで皇族に呼ばれると言うことは、正式な鷹郷家当主として認められた、ということだった。

「龍鷹侯国はこれより、大規模な戦争を起こしけるのであろ? その場合、妾のような足弱が少ないと助かると思いけるが?」

 確かに忠流は鹿児島城から脱出する時、数十名の足弱を連れた経験を持つ。
 だからこそ、ひとりでも馬に乗れるというならば、それは歓迎すべきことだった。
 一度、本拠を捨てたことのある忠流にとって、鹿児島城は最終防衛線ではないのだから。

「私は戦場に付いていくためですよ」

 先も述べたとおり、紗姫は龍鷹侯国に伝わる魔槍・≪龍鷹≫を宿している。
 ≪龍鷹≫が言うには、距離が離れていてもやってこられるそうだが、それでも瞬間移動はできない。
 ならばできるだけ近くにいた方がいい、ということだった。
 尤も、≪龍鷹≫を使う事態に陥れば、まず間違いなく敗北である。
 ≪龍鷹≫の一撃は絶大だが、莫大な霊力を消耗するため、一撃と共に忠流が昏倒する。
 そうなれば龍鷹軍団の行動は停止し、忠流が回復するまで戦えないのだ。
 それでも切り札として、手元に置いておきたい戦力だった。

「とりあえず、武勇誉れ高い鷹郷家と付き合うならば、妾も馬くらい乗れるようになっておかねば」
「―――ぅぐ!?」

 昶の言葉が調査結果を報告しに来た少年に突き刺さる。
 少年はあまりの威力にうずくまってしまった。

「んぅ?」
「い、いえ・・・・何でもありませんよ、皇女様」

 昶は首を傾げるが、そんな彼女に愛想笑いを浮かべる少年――鷹郷従流(ツグル)の目は虚ろだ。
 彼、従流は元服した鷹郷光明である。
 彼は還俗して数ヶ月経った今でも馬に乗れなかった。
 最近では諦めたのか、近衛の中から屈強な者たちを選び出し、一から僧侶たちに念を込めさせた頑強な輿を作らせている。
 都農合戦のように、輿の上で采配を揮うつもりらしい。

「橘次様、しっかり!」

 側近に励まされた従流はゆっくりと首を振り、ショックを受け流そうとした。
 因みに側近である後藤公康が呼んだのは字(アザナ)である。
 忠流が鷹郷藤次郎忠流であるように、従流は鷹郷橘次郎従流なのだ。
 鷹郷家の人間は字に「○次郎」と付けるのが通例である。
 これは「太郎」を皇家と置き、自分たちは常のその下にいると示したからであるが、その頭文字につく文字は人によって違う。
 先代の朝流は四人兄弟が元服した折は、四姓の「源平藤橘」をつけるつもりだったらしい。
 それは幼名にも表れており、忠流の幼名――藤丸の理由はまさにこれだった。
 因みに光明とは僧としての名前なので、従流の幼名は橘丸である。
 本来、諱は隠すべき名前であり、目上の人間の諱を呼ぶことは無礼とされる。
 忠流も諸外国では「鷹郷藤次郎」、「薩摩侍従」、「鷹郷侍従」などと呼ばれていた。
 尤も、長く続く戦乱の中でその風習は崩れつつある。
 誰もがそんなことに気にしていられるほど、余裕がないのだ。
 だから、主君を字などで呼ぶ人間は非常に丁寧な人種だった。

「ほ、報告します!」

 何はともあれ、ショック状態から抜け出した従流が調査結果を報告する。

「ゴドフリード卿の話では十分に煙硝を作れるとのこと」
「ほう」

 それは朗報だ。
 龍鷹侯国の国費を圧迫している煙硝代が削減できるならば、その資金を他に回すことができる。

「ならば鉱山の近くに製錬所を作るのと同じで、ここに製錬所を作る」

 即断即決を行った忠流は幸盛が持っていた地図をひったくる。

「・・・・製錬した煙硝を運ぶのは・・・・とりあえず、宮ノ浦か?」
「そうなりますね。まあ、どちらにしろ、日向戦線に送るならばここから宮崎に送った方が早いです」

 幸盛が地図を覗き込み、宮崎まで指でなぞる。

「志布志軍港ができるまでは宮ノ浦から南回りで主要軍港に届けるしかありませんね」

 従流も同様にして、大隅や薩摩を繋いだ。

「・・・・辺鄙なところにあるもんだな。というか、港の許容範囲を超えないか、これ?」
「確実に超えます。まあ、志布志軍港ができるまでの辛抱ですね」
「幸希・・・・幸盛、関係部署はどこになる?」

 まだ慣れない忠流は幸盛を一度幼名で呼びながらも呼び直して続ける。
 やはり名が変わるというのは大変だ。

「兵站、になりますから、やはり兵部省と式部省の管轄ですね。志布志軍港と関わるため、海軍と式部省、ということになるでしょう」
「ならば、通達を頼む」
「分かりました」

 最近、幸盛は忠流と各部署を繋ぐ連絡係をしている。
 確固たる役職があるわけではないが、忠流直属の政務官と言えばいいのだろうか。
 不平不満を言う輩もいるだろうが、幸盛は歴とし御武家の当主だ。
 内乱で活躍した御武家の当主という地位は武勇自慢の群小大名も一目を置かざるを得ない。

「橘次」
「はい?」

 従流を通称で呼んだ忠流は額に手を置きながら、とある方向を指さした。

「奴ら、どこ行くつもりだと思う?」
「え? あぁっ!?」
「「わわ、そ、そっちはぁっ!?」」

 ふらふらとふたりを乗せた子馬は崖へと向かっていく。

「っていうか、なんで子馬にふたりで乗るんだよ・・・・」

 慌てて駆け出した従流の背中を見ながら、前途多難な国政にため息をついた。

「っていうか、あんたが止めなさいよ」

 自分の行動を棚上げする主君の背中で加納郁がため息をつく。
 そんな郁に、忠流はからからと笑って見せた。



 時は鵬雲二年十一月五日。
 龍鷹侯国は内乱以後、都農合戦を経験するも概ね平和であり、龍鷹軍団再編や国政改革などの大事業を滞りなく推進していた。
 その成功は各部門別に担当者を分けた、官省システムがうまく機能したからに他ならず、首脳陣は改めて忠流の先見の明に驚いた。
 特に鹿屋家を通して統治していた大隅国は大なたが振られ、治水事業に伴う水田開発や志布志軍港開発、そこに至るまでの街道設備などが行われている。
 これらはとても大隅国人衆では負担できぬ出費であり、龍鷹侯国の国費で賄われていたこれらは大隅国人衆にとって大助かりだった。
 尤も鹿屋利直や利孝は大隅の自治に関わるとして反対したが、大きな国替えも行われずに石高だけ増えると言うことで納得している。
 武藤統教を加治木城ではなく、垂水地方に封じるなど、内乱以前よりも国人衆が占める面積が減っていた。しかし、領土は増えずとも収穫が増えるならば事実上の加増なのだ。
 龍鷹軍団は確実に傷を癒しつつあり、その構成も豪族衆の集合体から脱皮しつつあった。
 兵部省を中心とした精鋭正規兵。
 式部省を中心とした指揮官養成。
 近衛省を中心とした侯王直轄軍。
 民部省を中心とした辺境警備隊。
 大名や国人衆の領土で徴発された兵を中心にした軍勢とは違い、高い練度と指揮を持つこれらの専従兵士は軍団自体の比率では主力とは言えない。しかし、確実な戦力になることが期待された。
 特に近衛軍とは別の旗本衆は鹿児島城やその他の重要拠点防衛に割かれているものの、扱いやすい軍勢であり、これらを率いる指揮官も才能ある者たちで固められていた。
 龍鷹侯国が気にしていた周辺国家の情勢も緩やかだ。
 中華帝国は内政が不安定なのか、倭国を気にしている余裕はなく、琉球王国とも友好関係が続いていた。しかし、ゴドフリードのような砲艦外交が行われつつあるという西洋国家の海軍力に注目した忠流はゴドフリードたちが乗っていた軍艦を参考に、龍鷹海軍の再軍備を開始した。
 いざとなれば、倭国南方に位置する友好国――比島へ出陣して、西洋軍艦と砲火を交える覚悟だった。
 そのためには西洋艦載砲を国産化し、安宅船を外洋向きに改造することが必須だ。
 だからこそ、他の国家にとって、尤も龍鷹侯国深部に位置する志布志湾に軍港を建設中なのだ。
 倭国最強、東洋最強などと謡われる龍鷹海軍だが、西洋軍艦と正面からぶつかった時、勝てるかどうか分からない。
 幸い、ゴドフリードは協力的なので、いらぬ衝突は起きていないが、近い将来、龍鷹海軍は西洋軍と衝突するだろうと予想された。
 何はともあれ、鷹郷忠流率いる龍鷹軍団は確実にその戦力を回復させていた。










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