前哨戦「花嫁候補集結」/7



 燬峰王国。
 肥前国南西部を領する彼の王国は雲仙岳を霊峰としており、龍鷹侯国と似た信仰を持っている。
 かつては聖炎国と親戚関係にあったが、彼らが属す勢力の崩壊で、疎遠になっていた。
 大国崩壊の混乱は発生から五〇年以上経過した今でも続いており、諸侯は独立して別国家を立てている。しかし、近年の戦いでは燬峰軍団の活躍もあり、その他の諸侯は窮地に立たされているようだ。
 戦局が動いたのは四年前。そして、動かしたのは当時二〇歳であった若き王だ。
 対燬峰王国連合の首魁が本拠――武雄に攻め込んだ父王が戦死するという大敗を喫した燬峰軍団は反攻作戦に出た敵軍を交通の要衝――諫早城で迎撃。
 一月に及ぶ攻防戦の結果、反攻軍に大打撃を与えることに成功した。また、一連の戦いで反攻軍の結束が緩み、一年前には水軍を派遣して燬峰王国の商船を狙っていた五島列島が王国に臣従する。
 燬峰王国は北九州で唯一、戦国時代が続いている肥前において、最も勢いのある大名だった。



「―――どうも、龍鷹侯国治部卿、鹿屋利直です」

 鹿児島城の本丸御殿にて龍鷹侯国は燬峰王国の使者を応対していた。
 もちろん、応対するのは外交のトップである治部卿である。

「お初にお目にかかります。燬羅家筆頭家老、時槻尊次です。こちらは当家の姫君、結羽様です」

 利直の前に座すのは二〇代後半と思しき青年と忠流よりと同年代であろう少女のふたりだ。
 もちろん、護衛の者たちが別室に控えているが、彼らが連れてきた戦船は川内港に繋ぎ止めたままである。

「筆頭家老とは・・・・驚きです」

 偏見ながら、年若い血気盛んな燬峰王を支えるのは老臣だと思っていた。しかし、筆頭家老も若い。
 きっと燬峰王国は若い主従で爆発的な勢いを持って発展しているのだろう。だが、それはいいことだけではないはずだ。
 時に熟考し、足踏みするくらいでなければどこかに歪みが生じて崩壊してしまうだろう。

(最も、老臣であっても若い王は止められぬか・・・・)

 自分たちのことを思い返し、利直はそっと苦笑を浮かべた。

「―――すみません」
「・・・・え?」

 いきなり謝られて利直は面食らう。

「いえ、突然の訪問で気分を害されたのではないかと・・・・」

(こやつ・・・・っ)

 時槻はほんの少し、年の皺で隠されるような表情変化を敏感に感じ取ったのだ。

「それで、何用ですかな?」

 表情を読まれた憤りと恥ずかしさを押し込め、利直は時槻を促す。しかし、だいたいのところを理解していた。

「それは侯王陛下に直々にお話ししたいのですが・・・・」

 尤もな物言いである。
 一国の宰相が訪ねてきて、応対しているのが外交官のトップ。
 筆頭家老や宰相を置いていない龍鷹侯国にとって、制度上で時槻と同等なのは忠流以外にあり得ない。

「まさか、会わせられない、ということではありませんよね?」

 忠流が幼少期から病弱であることは少し調べれば分かることである。
 この男はその度合いを確かめようというのだろう。

「ふむ、忠流様は・・・・」

 表情を動かさないように注意しながら、利直は言い訳しようとした。

「もしかして、おられないのですか?」
「―――っ!?」

 今度こそ本当に驚いた。
 声を発したのが時槻であれば、まだ納得がいっただろうが、今度の発言は燬峰王国の姫君からだ。

「そ、それは・・・・」
「それは?」

 じーっと相手を観察する瞳は一切の言い訳を許さない。

「ふぅ・・・・。分かりました。腹を割って話しましょう」

 負けた。
 五十年を超える人生を歩み、龍鷹侯国最大石高、翼将、などの地位を築いていたが、所詮は地位だ。
 利直自身が評価されたわけではない。

(まだまだ、精進せねばならんな・・・・)

「実は忠流様は―――」

 事情を説明しつつ、利直は政の難しさを痛感していた。






金色が支配する戦場scene

「―――こ、これは・・・・ッ」

 ~前持豊は優勢だった戦況が一転したことを悟っていた。
 これまで押し込んでいた~前勢の進軍が止まり、戸惑いの感情が溢れ出る。そして、龍鷹軍団はそんなことはお構いなしに~前勢を押し返したのだ。
 それは目に見えるところで輿に乗っていた鷹郷光明から発せられた光に起因する。
 名前通り、彼は追い詰められていた軍勢に光明を見出させたのだ。

(ええい、あれは霊装の類・・・・ッ)

 霊装は絶大な【力】を持っているが、それでも戦場全体で見れば一騎駆けの武勇でしかない。

「落ち着け! 一度、態勢を立て直し、再び寄せれば我が軍の勝利に揺るぎはない!」

 持豊の意を受けた伝令が各円居に飛び込むなり、歴戦の物頭たちは自軍を掌握し始める。
 突出していた軍勢は自らが開いた血路を後退し、乗り崩しを受けていた部分はその領域から後退することで敵軍を内から吐き出した。
 全体的には数町に及ぶ後退だが、その効果は絶大だ。
 突然の事態に混乱していた~前主力軍は急速にその混乱を収拾していく。だがしかし、光明本隊は対照的にまるで夢から覚めたかのように立ちすくんだ。
 死線をくぐり抜けようと、必死に戦う兵は強い。
 それは事実だ。
 何せ、「背水の陣」の通り、押し返してしまえたのだから。
 それでも、一度死線をくぐり抜けてしまった兵は先程とは思えないほど、脆い。
 死をくぐり抜けたという達成感と安心感に満たされた心に最早闘志などない。
 再び敵が寄せてきた場合、せっかく拾った命を捨てたくはないとばかりに動揺し、戦うことを放棄する。
 戦史において、敵軍を撃破した後に襲われ、さらに敗退してしまった、という事例はいくつもある。

「不味いな・・・・」

 惰性で隊列を整える自軍を見遣り、信成は呻いた。
 背後の敵――小室勢は息子の信輝率いる一〇〇名と光明の護衛である二〇名に任せている。
 光明の不可思議な光があれば、容易に崩れることはないだろう。
 問題は~前主力軍一五〇〇と向かい合っている約九〇〇の軍勢だ。
 ~前主力軍は不可思議な光を見て動揺したが、すぐに持豊のカリスマで持ち直している。
 悔しいかな、さすがは北日向に覇を唱える名将だ。
 自分には真似できない。

「絢瀬勢はまだか・・・・ッ」

 信成は焦がれる想いで西方を見遣った。しかし、軍勢の影はなく、緑が広がっているばかりである。
 戦いが始まって一刻弱経っているので、もうそろそろ軍勢が到達してもおかしくはないのだが。

「~前勢前進を開始しました!」

 前線からの報告に信成は表情を引き締める。
 援軍を待つならば、援軍が辿り着くまで戦線を支えることが重要である。
 本来なら大将が再び明確な戦闘目的を掲げて闘志をかき立てるのだが、信成は何を言えばいいのか分からない。
 この辺りが自分の武将としての限界なのだろう。

「・・・・ん?」

 思わずため息をついた信成の隣に誰かが歩み出た。

「皆さん! 我々は絶対に負けません! ~前軍は我が軍を攻め切れずに後退しました! もう一度、もう一度戦いましょう!」

 あまりに率直な言葉を投げかけるのは黄金色に輝く数珠を握りしめる光明だ。

「あと少しでいいです! 絢瀬殿は必ず来援されます! 僕たちにできることは耐えることです」

 先程まで自分の無力さに打ちのめされていた少年が必死に自らを守ろうとする兵たちに呼びかける。

「あなたたちは絶対に不利だった兄上に従った猛者たちだ。あの内乱の戦いに比べれば、この戦いはあまりに小さい」

 その通り。
 この旗本衆を構成する軍勢は滅亡の縁に立たされた瀧井家と忠流が宮崎でかき集めた傭兵である。
 彼らが忠流に従った時ははるかに貞流の方が優勢であった。だが、その劣勢を彼らは彼らの手で変えたのだ。

「この戦役はこれが決戦です! そして、耐えるだけで僕らの勝利は揺るがないものになります!」

 先の見えない戦いだった内乱に比べれば、到達目標は容易。
 それを教えられた兵の目に力が戻り出す。

「絶対に・・・・絶対にあなたたちは僕が守ります!」
「「「は?」」」

 最後の的外れと思える宣言と共に光明は数珠を天へと掲げた。

「いっけぇっ!」

 子どもらしい率直な感情を口にした瞬間、数珠から再び光が放たれる。
 今度は壁を作るのではなく、光明を中心に円を描いていた龍鷹軍団を包み込んだ。

「わ、わわ・・・・っ」

 突然、士分足軽問わずして、その鎧兜が淡い金色に光り出す。

「撃てぇっ」

 不気味な光を放つ光明本隊を、寄せてきた~前主力軍は折り敷くなり銃撃した。

「うごわっ!?」

 自分に起きた出来事に竹束に隠れるのを忘れていた足軽たち数人が吹き飛ぶ。
 銃撃を開始したのが一町を少し割り込んでいたので、有効射程距離だったが、何故か血飛沫は舞わなかった。

「「「?」」」

 銃撃から逃れた兵たちが竹束に隠れながら首を傾げる。

「う、あ・・・・いたた・・・・」

 そして、彼らが撃ち返す中、むくりと撃たれた者たちが体を起こした。

「「「・・・・え?」」」

 これには~前勢も驚き、足を止める。
 起き上がった兵士たちは若干、命中した胴丸などがへこんでいるが、戦闘行動には支障がないようで、すぐに定位置に戻った。

「ええい、止まるなっ。押し崩せ!」

 戸惑っていた~前主力軍は主将の一声に、再び雄叫びを上げて突撃を開始する。そして、今度こそ、正規の手順で火力戦を展開した。
 吐き出される六匁弾は距離三〇間ならば確実な威力を発揮する。
 さすがに竹束を貫通するまではいかないが、命中した場所は異音を立ててひび割れ、徐々に竹束全体の耐久力を奪っていく。

「く、くそ・・・・どうして!?」

 先程、こちらを撃ち抜こうとして体を晒した敵の土手っ腹に鉛玉をぶち込んだ。
 彼は数度の戦闘経験を持つ歴戦の鉄砲足軽だ。
 彼の経験が告げるのは胴丸が破壊され、衝撃で砕け散った鉛玉が内臓をズタズタ破壊したはずだったのだ。

「なんでなんだよ!?」

 それがどうしたことか、彼は同僚に抱え上げられるなり、ずるずると後方へ運ばれる。
 まるで、一町付近からの弾丸が命中したような様子で、だ。

「ガッ」

 その光景を睨みつけていた彼は視界の端から急速に大きくなった灼熱弾に顔面を砕かれ、天へと魂を放出する。
 壮絶な火力戦は異様なまでの耐久性を見せる光明本隊が粘りを見せることで長期化していた。
 お互いの戦力差は二倍近い開きがあるが、それでも押し切れないほど、光明本隊の鉄砲隊は減らない。

「勝てる・・・・これなら・・・・っ」

 信成は昂揚する戦意を胸に、光明を振り返った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そこにあったのは渡河しようとする小室勢を必死に押しとどめる信輝勢を見遣る背中だ。
 まるで、背中は大丈夫とばかりに幼い信頼感があった。

「ふ、ふはは・・・・。全く、この一族はっ」

 こみ上げる笑いを堪えることなく、口の端に浮かべた信成は采配代わりの大身槍を振るう。

「できうる限り敵を近付けるなっ。白兵戦以外ならば我が軍の有利だ」

 彼の声はすぐに前線の物頭たちに伝わり、彼らがまとう空気の変化で他の兵たちも気付いた。
 今や光明本隊は龍鷹軍団が本来持つ粘り強さを発揮している。
 野戦決戦主義である龍鷹軍団は基本的に敵軍の攻勢を受け止め、生まれた隙に決戦戦力を叩き込むことで敵主力軍を粉砕する戦術を好んでいた。
 また、薩摩・大隅の兵は剽悍であり、人間性とて粘り強い。
 この戦法でかつて、数倍の戦力を押しとどめて打ち砕いたことがあるほどの戦力である。
 率いられる兵は新参者が多いが、それでも、荒くれ者と化していた者たちが忠流によって登用された者も多分にいた。
 彼らが、本来の龍鷹軍団の戦法を会得している部将に率いられ、さらに光明の霊術と思われる耐久力が加われば、強くないはずがない。

「絶対に・・・・負けません!」

 耳元を通過した弾丸にクラクラしても光明は輿の上で背筋を伸ばし、座禅を組んでみせる。
 練り上げられる霊力に呼応し、数珠も強く発光した。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 次々と生まれる汗が滴り、ぐっしょりと彼の体を濡らすが、光明は念仏を唱えることでそれらを忘れ去る。
 黄金色の光が瞬く度に撃ち出された弾丸が弾き飛ばされていた。

「小室勢、渡河してきます!」

 業を煮やした小室勢七〇〇が一斉に渡河を開始する。

「弓隊、前へ! 敵勢を押し止めよ!」

 信輝の指示に十名ほどの弓兵が前に出て、弓矢を構えた。

「放てぇっ」

 号令一下、射放された矢は小室勢に降り注ぐ。しかし、しっかりと板盾を前に押し出した小室勢に対して十本程度の矢など路傍の石に等しい。
 あっという間に名貫川を渡り切った小室勢先鋒と信輝勢が激突した。
 こうなれば、光明の壁など関係ない。
 後は耐久性が増した甲冑を引っ提げた光明本隊と小室勢は聞いただけでは前者が有利に見える。しかし、そもそも、白兵戦において甲冑の上から斬るなどあり得ない。
 甲冑とは対刃であり、真っ向勝負で負けるのならば甲冑の意味がないからだ。
 白兵戦において、彼らは甲冑に護られていない急所などを斬り裂くことを主眼に置く。
 例えば、大腿部の動脈や首筋、脇の下などだ。
 ここは甲冑の構造上、どうしても守れない場所なのだ。
 こうした場所を攻撃する白兵戦法を「介者剣術」と呼ぶ。

「ふっ」

 神速の突きを見せ、寄せてきた足軽三人の喉を突く信輝。
 一瞬にして三名を葬り去った信輝は全体的に押され出す軍勢を見て、焦りを浮かべていた。
 もし、この一〇〇名が突破されれば、寄って集って輿を押し倒され、光明は戦死するだろう。

(ここで討たれたらあいつに笑われるな・・・・)

 忠流の護衛隊長を引き続き任じられている加納郁。
 彼女は信輝が鹿児島城に在城するようになると、ほぼ毎日と言っていいほど勝負しに来ていた。
 もちろん、手合わせすることに文句はないが、女の子が訪ねてきて手合わせなど、少々寂しい。
 何はともあれ、未だ負けなしのわけだが、そんな自分が守った御仁が討ち取られた、となれば彼女は怒り狂うに違いない。

「怖い怖い、とっ」

 五人の足軽を跳ね飛ばし、二人の徒歩武者を突き倒し、擦れ違いざまに騎馬武者を葬り去った。

「倒すことを考えるなっ。敵の攻撃を逸らし続けろ!」

 大身槍を旋回させ、味方足軽に襲いかかろうとした敵足軽の後頭部に打撃を叩き込み、昏倒させる。

「絶対に守り切れっ」

 信輝の叫びに応じ、瀧井家の武者たちは遮二無二槍を振るい続けた。しかし、それは悲壮な奮戦であり、彼らは徐々に孤立していく。
 行き着く先は各個撃破だろう。

「まだ、無理をさせますか・・・・ッ」

 徐々に押され出す戦況に光明は歯がみする。
 自分の【力】が守りである以上、外敵の脅威をはね除けるのは兵士しかいない。
 攻撃の手段がない自分はこれ以上、助けることができない。

「小室勢、後続が小舟にて一気に渡河する模様!」

 小室勢は先鋒が攻めあぐねていることを確認したため、一息に名貫川を押し渡る気のようだ。
 南岸にはいくつもの舟が並べられ、一艘に十数名の兵士が乗り込んでいる。
 あれが鉄砲や弓矢の援護を受けて上陸した場合、それを抑えるだけの兵力が光明にはない。
 ここまで堪え忍んでいるが、最早限界というものだった。

「僕に・・・・僕にもっと力があれば・・・・ッ」



「―――いえ、光明様は十分に役目を果たされました」



『『『―――っ!?』』』

 一陣の風と共にそんな声が届いた。
 後藤以下、近衛たちは一斉に槍を構え、現れた人影に向ける。

「陛下のお言葉を伝えましょう」

 十数の穂先に脅かされながらも毅然と顔を上げた黒装束の男は言った。

「『よく耐えた』」

「―――申し上げます!」

 緊張が走る本陣に呼びかけられる声。
 それに意識が向いた一瞬の間に男はかき消える。しかし、それに驚いている暇はなかった。

「名貫川東方より関船三艘が遡上してきます!」
「―――っ!?」

 バッと報告のあった方向を見遣れば、確かに名貫川を関船が遡上してくる。

「あ、ああ・・・・」

 乱立する≪紺地に黄の纏龍≫の軍旗。そして、その中央に屹立する「昇龍」の馬印。

「兄上・・・・」

 それは龍鷹侯国侯王――鷹郷藤次郎忠流の所在を示すものだった。



「―――目標、敵渡河小舟! 主砲発射用意!」

 先頭の関船の艦首が開き、ズイッと黒光りする砲身が突き出された。

「てぇっ」

―――ドォッ!!!

 狙いを付けた大砲が咆哮すると、わずか一町という距離を容易に飛び越える。そして、今まさに名貫川の中程に達していた小室勢に撃ち込まれた。
 一貫目砲弾は着弾した小舟を粉砕し、乗船していた兵士を木っ端微塵にする。

「続けて撃ち放て!」

 忠流は砲撃手にそう指示すると、<龍鷹>を握り込んだ。

「さあ、紗姫、出番だぞ!」
「お手柔らかにお願いします」

 そう言って頭を下げた彼女にニカッと笑い、忠流は艦舷から飛び降りる。
 それは後続する関船でも見られ、瞬く間に名貫川北岸に忠流率いる近衛衆一〇〇名が布陣した。

「俺たちは光明と合流するぞ! 渡河中は海軍に、南岸の連中は兵藤に任せろ!」

 そう指示するなり、先頭に立って忠流は突撃を開始する。
 途中、こちらに気付いて対応しようとする敵兵がいたが、その眼前に黄金色の刃を叩き込むことで無力化した。

「あ、兄上・・・・これはどういう!?」
「あ? まあ、ぶっちゃけると、俺は中日向衆が裏切ると読んでいた。だから、鹿児島から近衛衆を連れてきて・・・・」
「―――申し上げます! 小室勢後方に≪紺地に黄の纏龍≫!」

 報告に光明は兄から視線を移す。
 そこには完全に油断していた小室勢の後方から襲いかかる三〇〇ほどの軍勢がいた。

「新宮崎港代官――兵藤信昌が手勢、宮崎守備隊だ」

 もし、乱が起きていなければ、~前勢にトドメを刺すための援軍とでも言えばいい。
 所詮、投入される戦力は四〇〇であり、どうにでも言い訳ができた。

「小室勢が反転します!」
「よし、信輝、お前は再び騎兵を率いて~前勢に乗り崩しをかけろ」

 獅子奮迅の働きをしていた信輝に声をかける忠流。

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・ここ、は誰が?」
「安心して。私がいる」

 肩で息をする信輝に郁が胸を反らして発言する。
 その言葉にふっと笑みを漏らした信輝は従者が引いていた馬に飛び乗った。

「さあ、光明は守り切ったぞ! 後はお前たちがその想いに応え、敵を踏み潰せ!」

 突然現れた忠流に驚いていた旗本衆だが、本来の雇い主である言葉に兵たちは奮起する。
 もはや、拾った命を持って逃げ出したいと思う兵はいなかった。






花嫁候補scene

「―――いたか!?」
「いや、いない!」
「くそ、どこに行かれたんだ!?」
「まだ遠くには行っていないはずだ。探せ!」
「「はい!」」

 鵬雲二年九月二日、鹿児島城下の火器製造区画。
 その界隈で、武士たちが誰かを捜していた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 その会話を聞いていた少年は遠ざかっていく足音に胸をなで下ろす。

「な、なるほど。確かに逃走経路を算出する過程で地の利や出し抜き方などの戦術が思い浮かびますね・・・・」

 少年は忠流ではなく、光明だ。
 最も、彼に逃亡を薦めたのは忠流だが。

「兄上はこうして戦略や戦術を学ばれたのですか・・・・」

 少々間違ったやり方だが、忠流の巧みな手腕を目の前で見た光明にとって、兄の言葉は疑いようのない事実であった。
 八月中旬から下旬に行われた都農合戦は引き分けだった。
 決戦は忠流の参戦に続き、絢瀬勢が到着したため、~前持豊は撤退を決意。
 途中で嫡男の~前兼豊勢を吸収して延岡向けて退却する。
 対する龍鷹軍団は受けた傷跡が大きすぎ、また、拠点がないために撤退を開始。
 小丸川を越えて龍鷹侯国へと帰還した。
 両者とも打撃を受けているが、主立った者は生きており、時間さえ経てば戦力を回復できる段階だった。しかし、児湯郡の両家は違う。
 高城香月氏は当主である邦知を乱戦の中で失い、その後を十五歳の高知が相続していた。
 小川小室氏は兵藤勢の攻撃を受け、一族衆の幾人かが討ち取られ、潰走に近い形で領内へと撤退していた。
 結果、香月氏は龍鷹侯国に、小室氏は~前家に従属することとなった。
 また、香月軍が壊滅したために名貫川南岸の拠点を維持するのが精一杯であり、都農地方は~前氏の影響を受けることとなる。
 こうしてみれば、戦略的に龍鷹侯国の敗北であった。しかし、~前軍は優位を示していた鉄砲隊に致命的な打撃を被っており、龍鷹侯国が企図した~前氏の南下阻止に成功した形となっている。
 つまり、引き分けなわけだ。

「ふうむ、少年時代というものはどこに将来の道筋を決めるものが転がっているか分からないものですね」

 光明は自分の脚で歩いている。
 どうやら、脚の感覚がなくなるのはあの【力】を使っている時だけのようだ。
 ただ、いつ【力】を使うか分からないので、今後出陣する時は輿に乗ると決めていた。
 決して、馬術を嫌がっているのではないので、悪しからず。

「―――あ、いたぁっ」
「あっ」

 背後から上がった声に光明は振り返ることなく走り出した。そして、脳裏にこの辺りの地図を思い浮かべる。

(こっちに行けば―――っ!?)

 狭い道から大通りに出る道へと曲がった。しかし、光明の目の前に現れたのは大通りの人ゴミではない。
 派手な色の生地に身を包んだお姫様のどアップだった。

「「うきゃぁっ!?」」

 当然、止まることができず、光明はお姫様を巻き込んで倒れ込む。

(あ・・・・)

 倒れる瞬間に光明が見たのは彼女の後ろに翻る、≪朱地に漆黒の遠山≫だった。



「―――もうしばらくで到着です」

 同日、錦江湾。
 龍鷹海軍第二艦隊旗艦は噴煙を噴き続ける桜島の傍を通過した。
 その艦内には第二艦隊司令である南雲治部大輔唯和の他にもうひとり、高名な人物が座乗している。

「ようやく、か・・・・」

 南雲に声をかけられたもうひとり――皇女・昶(アキラ)はゆっくりと体を起こした。
 京から川下りで大阪へ、大阪から龍鷹海軍の沖乗り技術にて太平洋へと漕ぎ出し、黒潮を逆走してこの日、錦江湾に辿り着いたのだ。

「あれが・・・・鹿児島城・・・・」

 隻眼の少女は日光を反射する天守閣を眩しそうに眺めた。


「―――あ〜・・・・焼ける・・・・焼けてしまう・・・・」

 同日、忠流は天守閣の屋根の上にいた。
 欄干から降りられる屋根ではなく、正真正銘、てっぺんにいた。
 階下では近衛たちが必死に探し回っている音が聞こえるが、忠流は無視する。

「何やってるの?」
「あん?」

 そんな中、ひょこっと階下から紗姫が顔を覗かせた。
 どうでもいいが、その姿を見るとさらし首を思い出す。

「ホントにどうでもいいですね」
「あれ? 口に出てた?」
「いえ」
「え、じゃあ何で分かったんだ?」

 忠流の言葉を無視し、屋根に上ってきた紗姫は忠流の傍に腰を下ろした。

「ふぅ・・・・」

 瓦は日差しを受けて熱いが、高いだけあって風が気持ちいい。そして、何より、天守閣から見下ろせる錦江湾はあの草原から見下ろせる風景に似ていた。

「落ち着きますね」
「ああ、だから―――」
「先程の燬峰王国との会談内容を考えたくなる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 忠流は無言で肯定し、体を起こす。

(七年、か・・・・)

 忠流に残された時間。
 それは何かを成そうとするには短すぎ、自分を悲観するには長すぎる時間。
 もし、万が一、七年以内に何かあった場合のために光明を用意した。
 ならば、次は七年後に自分の後を継げる人間を"用意"する必要がある。

「ん?」

 紗姫が顔を上げ、たった今、関船三隻に護衛されて入港した第二艦隊の旗艦を見遣った。

「第二艦隊の旗艦、ってことは南雲が帰ったか」

 南雲唯和。
 第二艦隊司令長官であり、治部大輔の地位にある。
 彼は京都に内乱の結果を報告するために上京していたはずだ。

「―――忠流様、一大事で御座います」

 すっと忠流の背後に霜草茂兵衛が落ちてきた。

「・・・・どうした?」

 「どこから?」とか気にするだけ無駄なので、ふたりは自然にその存在を受け入れる。

「帰還せし第二艦隊旗艦には―――」

 ちらりと紗姫を見た茂兵衛は忠流だけに聞こえる声で報告した。そして、それを聞いた忠流はバッと屋根から身を投げ出し―――

「ぅ、ぅわわ・・・・っ」

 投げ出しすぎたために茂兵衛に拾われて天守閣内に帰還する。

「急ぎ迎えを出せ! 失礼のないようにな! 後、各卿を集結させよ!」

 階下からきびきびと指示を出す声が聞こえてきた。


「皇女様、か・・・・」

 茂兵衛が気を配ったが、残念ながら紗姫は普通の人間ではない。というか、内乱で忍びと関わりすぎたせいであれくらいならば聞こえるようになっていた。

「そうですよね。あの方は侯王、鷹郷家当主。でしたら、必要ですよね」
(そうじゃの)
「あの方の後継者を生む方が」
(ふむ、実はの、重臣連中が話しておったのを聞いたが、地味にお前も候補ではあるのだぞ?)
「え!?」



 "霧島の巫女"として、まさに龍鷹侯国の象徴・<龍鷹>である、紗姫。
 今上天皇の第一皇女であり、中央政権との繋がりには欠かせない、昶。
 軍事同盟を結んだならば、確実に戦略的効果がある燬峰王国の姫、結羽。
 西洋強国の貴族令嬢であり、西洋技術獲得には非常に有用である、リリス。

 後継者問題と正室問題は、武家にとって切っても切れない大問題なのだった。










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