前哨戦「花嫁候補集結」/6



「―――達者でな、光明」
「はい、ちちうえ」

 七年前の薩摩国鹿児島城。
 中華帝国との戦いに明け暮れる龍鷹侯国の本城には琉球に派遣されている陸軍以外の首脳陣が集結し、光明を見送っている。
 光明は御年六歳。
 現侯王・鷹郷朝流の四男として生まれた彼は龍鷹海軍を率いて中華帝国海軍と激戦を続ける鷹郷実流の実弟だった。

「お前が出家して我が軍の勝利を祈ってくれれば中華帝国との決戦に負けはしないだろう」

 朝流はそう言って光明の頭を撫でる。
 三年にも及ぶ中華帝国との戦いはようやく、龍鷹侯国・琉球王国側に傾きつつあった。
 合戦の大半は海戦だったが、中華帝国は大軍を用いて上陸戦を展開することが多い。
 特に奄美大島を舞台にした一年間の戦いは物量戦の真骨頂だったろう。だがしかし、龍鷹海軍は中華帝国の輸送部隊を撃破し、占領された奄美大島に攻め込み、開放していた。
 敗北した中華帝国は今度こそ九州に上陸する気配を見せており、近いうちに出航するはずである。
 龍鷹軍団の主力部隊が琉球にある以上、中華帝国の侵攻を阻めるのは海軍しかいない。
 朝流はこれから何重もの哨戒線が索敵している中華帝国海軍を撃滅するため、海軍の主力艦隊を率いて出陣するのだ。
 陸上ではなく、海上で敵を発見して撃滅するのは至難の業であり、まずは敵を見つけて会敵できるかどうかが作戦の難点である。
 それを願うために四男の光明を仏門に入れるのだ。

「光明、これを持って行きなさい」
「? これは?」
「数珠だ。一応、鷹郷家に伝わる家宝という奴だ。願いがある時はこれに縋りなさい」


―――ただ、"本当に願いを叶える場合は、覚悟しなさい"




鷹郷光明side

「―――若干、押されてますか?」

 光明は輿の傍に立つ、瀧井信成に問うた。
 光明本隊と~前主力軍はほぼ遭遇戦と言ってもいいほどの勢いで激突した。
 光明本隊は踏みとどまり、簡単に陣形を整えただけ。
 ~前主力軍は行軍序列のまま突撃してきた。
 だがしかし、両勢とも緒戦の要となる鉄砲衆は前面に押し出しており、ほぼ同数の鉄砲衆が熾烈な火力戦を展開する。
 それは両勢に等しく損害を与え、長柄戦へと突入した。そして、自然と乱戦へと発展しつつある。
 龍鷹軍団を構成する兵士は南九州最強と呼ばれるほど剽悍だ。だが、短いが激しかった内乱がそれらの戦力を確実に磨り潰していた。
 さらに今回連れてきた旗本衆を構成するのは忠流が日向宮崎港で召し抱えた者や大隅の山奥で山賊化していた者たちである。
 忠流は公約通り、彼らを士分として召し抱えて旗本衆を構成した。そして、組織化した大規模な戦いが、この都農合戦なのだ。

「大丈夫です、光明様」

 戦力的に不安が残る軍勢を見遣りながら瀧井は笑みを浮かべて見せた。

「戦況というものは少し押されて見える時が互角であることが多いです。こちらが苦しい時、相手も苦しいのですよ」
「・・・・そういうものですか」

 人の波が押し寄せてくる光景はかなりの衝撃がある。
 そのために第三者から見れば互角の戦いを展開していても、当事者たちは押されているように感じるのだ。
 特に戦闘に慣れていない経験の浅い者たちがその状況を勘違いして大失態を侵す場合が多い。
 まだまだ戦えるのに退却の指示を出したり、勝手に逃げ出したりといった行動がそれだ。
 これを戒め、戦意を保たせることが現場の指揮官の仕事であり、現場の指揮官を戦かせない戦況に持ち込むことこそ、総大将の仕事である。

「大丈夫ですから、堂々と胸を張っていて下さい」
「分かりました。これが僕の仕事ですね」

 小さく頷いた光明は再び三町ほど前方で交わされている干戈を眺めた。
 ~前主力軍は総攻撃にて光明本隊を攻撃しているが、光明本隊もほぼ全軍を投入して迎撃に努めている。
 光明がいる本陣にも時々乱戦を突破した~前方の武者が駆け込んでくるが、本陣は龍鷹軍団が誇る白兵戦の鬼・瀧井家の武者が詰めているためにそう簡単に突破できなかった。

「あ!」

 敵軍の一部が分離され、迂回するようにこちらの左翼を目指してくる。

「た、瀧井殿!」
「分かっています。―――鉄砲衆!」

 最初の火力戦に生き残った十数人がすぐさま鉄砲組頭に率いられて対応した。

「撃てぇッ!」

 組頭が采配代わりに太刀を振り下ろすと、目当て付けていた彼らが一斉に引き金を引く。
 一般的な六匁弾を発射した鉄砲の反動を腰の回転で殺し、彼らが残心に入った時、異音を立てて鉛玉が迂回部隊に命中した。
 お貸し具足の中央を破壊された足軽ががくりと膝をつき、その隣の足軽が顔面をぐちゃぐちゃにされて吹き飛ぶ。
 だが、鉄砲を撃ったのは敵も同じである。
 竹束を出す暇もなかった、刹那の鉄砲戦は両者に数名の死傷者を出した。

「信輝!」
「はい!」

 本陣を固めていた数十名の騎馬隊が一斉に騎乗する。

「では、行って参ります!」

 元気に手綱を捌いた瀧井信輝は先頭に立ち、鉄砲戦で乱れた迂回部隊へと突撃した。
 騎馬突撃はしっかりと陣形を組んだ敵軍相手には苦戦することがある。だがしかし、相手に適度な間隙があった場合、騎馬隊とは最強の兵種としての力を遺憾なく発揮した。
 大地を轟かす突撃に果敢にも踏みとどまった足軽が馬蹄にかけられ、馬上から振り回される馬上槍に次々と突き伏せられる。
 蹴散らされる足軽衆に歯がみをしながら立ち向かった騎馬武者は複数の方向から繰り出される槍に胴を貫かれて落馬した。

「すごい・・・・ッ、これが騎馬隊! これで・・・・・・・・?」

 初めて見る騎馬突撃に光明は心躍らせる。しかし、すぐに本陣を包む空気に気が付いた。

「そうです。あれが騎馬突撃です。そして、あれが・・・・」

 すっと信成が先程迂回してきた部隊が北方向とは逆を指さす。

「白刃突撃、とでもいうところでしょうか」
「え!?」

 西側にあった茂みから突然、一〇〇名ほどの兵が突撃してきた。
 それが光明本隊の左翼長柄隊に打ち込むと、猛烈な勢いで長柄が倒れ出す。
 長柄はその文字通り、長い柄が特徴の槍である。
 つまりは懐に潜り込まれれば小回りのきかない武器。
 白刃を振りかざし、長柄衆を崩す戦法を「長柄崩し」ともいうが、~前軍はまさにその長柄崩しを仕掛けたのだ。
 長柄足軽は騎馬武者に対して有利である。
 騎馬武者は徒歩武者に対して有利である。
 徒歩武者は長柄足軽に対して有利である。
 万能な兵種は存在せず、常に相性が付きまとう戦闘はいい相性でどう戦うかの戦術が試される。
 ~前持豊は迂回部隊を出すことで、光明本陣詰めだった騎馬隊を誘き出し、逆方向から徒歩武者を突撃させることで、辛うじて戦線を支えていた光明本隊の前線を崩壊させた。

「光明様、しばしお待ちを! 後藤、光明様を頼むぞ!」

 信成が騎乗し、残りの騎馬隊も同じく彼に続く。
 彼らの数は二〇弱。
 だが、おそらく龍鷹軍団の中で五指に入るであろう白兵戦の得手は倍の敵兵を一瞬で蹴散らした。そして、さらに後方から押し寄せてきた一〇〇を超える軍勢と激突する。

「全員、周囲を警戒し、敵伏兵が現れないか注意しろ!」

 光明を守る最後の壁は近衛衆に属する二〇人が各々の得物を引っ提げて光明を取り囲んだ。
 鹿児島を出陣した折は三〇人だったが、先の戦いで死傷者一〇名を出している。
 彼ら近衛衆は内乱を忠流と共に駆け抜けた旗本衆が前身ではあるが、忠流は近衛衆の拡大を目的としていたため、光明に付けられた三〇名は新たに召し抱えられた者たちだった。
 だからこそ、あれだけの激戦に晒されながらも壊滅することなく、大きく数を減じることなく戦い抜いた中核に対して劣等感を持っている。

「絶対に・・・・絶対に光明様を討ち取らせるな!」

 かつて、民として憧れを抱いた侯王直属部隊。
 その一員として名を連ねる以上、相応の戦果を挙げなければいけない。
 そんな想いを抱き、霊力を迸らせる彼らの意志を挫かんと、それは起こった。

――――ドォォォォッッッッ!!!!!!!!

『『『―――っ!?』』』

 背後――名貫川南岸で大爆発が起きたのだ。

「な、何・・・・?」

(いえ、あの方角は・・・・物資集積基地・・・・ッ!?)

 あの土地には建設作業をしていた香月氏と小室氏の軍勢約四〇〇が駐屯しており、敵勢の奇襲にも早々陥落しない。
 ましてや武器弾薬を燃やし尽くしたとしか思えない爆発など起こるはずがなかった。
 後方が脅かされ、光明本隊自体に動揺が走る。だがしかし、光明本隊がただの軍勢ではないことが、裏崩れを食い止める所以になっていた。
 彼らは生き残るために必死に刀槍を振るい、勢いづいた~前軍と戦う。

「ちょ、調査隊を送りますか?」

 護衛隊長――後藤公康は光明の顔を仰ぎ見た。

「・・・・いえ、守備隊が全滅するはずがありません。戦いが始まる前に我々がここにいることを伝えていますから、彼らがこちらにやってくるでしょう」

 今はここから兵をひとりでも離れさせるわけにはいかない。

「物資集積基地方向より軍勢!」

 霊力を使って遠物見の真似事をしていた近衛が光明に報告した。

「軍勢は小室勢約七〇〇!」
「小室勢・・・・?」

 小室勢はここよりも東側の海沿いを担当していたはず。
 援軍にやってくるとしても東からであり、南ではないはずだ。そして、何より全軍揃っていることが気になる。

「報告に間違いはありませんね」

 やがて、爆煙を背景に数百の軍勢が南岸に布陣した。
 翻る軍旗から、確かに彼の軍勢は小室勢である。

「龍鷹侯国侯王、鷹郷忠流公が弟君、鷹郷光明殿! あなたとあなたの軍勢は我々を後詰めすると言いながら、実は中日向の占領を目論んでいることは明白である!」

 軍勢の中から進み出てきた部将は輪乗りしながら声を張り上げた。

「よって、我、小室真茂は同じ日向の国人である~前持豊殿に御味方する!」
『『『―――っ!?』』』

 衝撃が光明本隊を襲う。
 昨日まで死力を尽くして戦い続けた敵にあっさりと付く。
 その思考回路が分からない。
 そう、龍鷹侯国の人間は誰もが思うだろう。
 だがしかし、地方の小豪族にその物差しは通用しない。
 彼らにとって、誇りよりも先祖伝来の土地を、そして、その地脈を紡ぐことこそが大事。
 龍鷹侯国が中日向に壊滅的な変革を催すというならば、彼らはそれに抵抗するだろう。
 例え、これまで干戈交えていた敵軍と手を結んでも、だ。
 龍鷹侯国よりも刃交えて戦い続けた~前氏の方が、彼らには理解できるのだから。

「く・・・・っ」

 この可能性は兄も理解していた。
 だからこそ、この場合に備えて、豪族たちを刺激しないような戦力を光明に授けていたのだ。
 龍鷹軍団の中核をなす軍勢でありながら、率いるのは"軍神"ほど知名度がある人間ではない。
 鳴海盛武は軍勢こそ警戒されても、その戦術面では警戒されないという、本人にとって不名誉ではあるが、戦略的に有用な立ち位置にいた。
 だから、彼は軍監として送り込まれた。
 怪しい挙動を示す小室家、もしくは香月家を監視するために。

「ですが・・・・彼は僕たちを守るために前に出た」

 本来、後ろにいなければならないのに、何故、前に出たのか。

(決まり切っていますね)

 自分を守るため。

「く、守るぞ!」

 後藤が具体性のない命令を出した。
 背水の陣で臨んだ以上、光明の部隊には後備など存在しない。
 名貫川南岸に対する最前線は光明以下二〇名だった。
 二〇対七〇〇。
 絶望的な戦力差だが、近衛衆は怯みながらも武器を構える。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 光明は周囲を見渡した。
 瀧井信輝は騎馬隊を指揮してこちらに戻ろうとするも、~前軍の足止めにあっている。
 瀧井信成は槍を退いて戻ろうとするも、敵の進軍を食い止めるのに必死である。
 絢瀬晴政の先鋒が視界の端に映ったが、それは遠い。
 周囲に援軍に来られる者はいない。
 だったら、何とかできるのは自分しかいない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 光明は懐から数珠を取り出した。

「竹束を展開しろ!」

 小室勢が進軍を開始する。
 鉄砲兵が小舟に乗船して名貫川を渡ろうというのだ。
 前面には敵の霊能士が対霊術の障壁を展開しており、近衛衆には鉄砲がない。
 射撃戦では圧倒的に不利であり、敵が揃える鉄砲の数は自軍の数倍だった。
 槍合わせならばまだ自信がある。だがしかし、鉄砲は―――

「大丈夫です」
「え?」

 自分が乗る輿を持ち上げながら震える男たちに小さく声をかける。

「僕が皆を守ります」

 数珠が黄金色の光を放って近衛衆前面に盾として立ちはだかった。

『な!?』

 そして、それは数十発の弾丸を受け止める。
 光に捕まった弾丸は失速し、近衛に届く前に地面に落ちた。


―――ただ、"本当に願いを叶える場合は、覚悟しなさい"


「あ、ぅ・・・・」

 その瞬間、光明の両足から全ての感覚が消失する。

「は、ははは、輿に乗っていて良かったです・・・・」

 なぜなら、自分は"歩く"という動作を永遠に失ったのだから。

「でも、でも、僕も戦えます!」

 銃撃を止められた小室勢は何かに戦くように進撃を停止した。






鷹郷忠流side

「―――あ」
「あん?」

 鷹郷忠流は隣にいた紗姫がポツリと呟きを漏らしたことに気が付いた。

「どした?」
「・・・・いえ、気になる波動、のようなものを感じて・・・・」

 自分でも納得がいかないのか、しきりに首をひねっている。

「おいおい、止めてくれよ? いきなり『世界からの交信を受け止めました』とか」
「・・・・・・・・・・・・あなたは私をどう思っているのか、一度じっくり話し合うべきだと思います」
「はっは、そんなの話し合うまでもない」

 忠流は胸を張って答えた。

「変な人だ!」
「そのままそっくり返します!」

 ぎゃーぎゃーわーわーと騒ぎ合っているふたりを兵士たちはポカンと口を開けて見守っている。

「あー、夢を壊すようで悪いけど・・・・」

 ふたりの護衛である加納郁は新しい近衛衆の人間たちに言った。

「ふたりはああやって船酔いをごまかしてるんだ」
「「「え゙?」」」

 声を揃えて彼らはけっこう揺れる足下を見る。

「「ウッ」」

 そして、忠流と紗姫は全く同じタイミングで口元を抑え、艦舷へと走り出した。




 霊術。
 人は皆、霊力と呼ばれる【力】を持っている。
 それは血統によって強弱はありつつも、個人の努力次第では量が変動することはすでに述べた。
 だが、霊術は単純な霊力量で強弱が決まるものではない。
 人が持つ霊力には属性があり、それは陰陽道では五行で表される。
 すなわち、木・火・土・金・水の五属性。
 ひとりひとつの属性ではなく、ヒトは全ての属性を有しているが、向き不向きが存在する。
 つまり、とある人物は火の属性に特化し、炎の霊術を得意とするが、その他の属性の霊術を使えないわけではない、ということだった。
 これは属性だけでも多数の組み合わせがあるというのに、個人の特性によって無数の霊術が存在することを意味する。
 このため、霊術は法則性が一切不明、という摩訶不思議なものとなっていた。だがしかし、その不思議さに拍車を掛けるものが存在する。
 それが霊力を込めた時点でとある霊術を発動する道具――霊装の存在だった。
 簡単な霊装は武具に込められ、その物理的耐久力を向上させるなどに使われる。しかし、ひとつひとつが非常に高価であり、量産もできないため、軍隊の標準装備にはなり得ていない。
 このため、霊装は国家が揃える者ではなく、武将が各々の才覚で買いそろえる代物だった。
 最も霊装を作れるような霊能士は国家お抱えになっていることが多いが。
 そんな霊装にもひとつだけ例外がある。
 それは霊能士に"作れない"霊装だった。
 すなわち、誰が作ったか分からない代物であり、複製が不可能な霊装、ということだ。
 これらは総じて製作可能な霊装に対して絶大な【力】を保有している。
 だから、霊能士たちはこの霊装をこう呼んでいた。
 神装、と。
 己たちに作り出せぬのならば、きっと神が作ったに違いない。
 それはいささか自意識過剰な発言だったが、発見される神装はほとんどが神域に安置されているものか、古い血筋の一族に伝わるものかである。
 そう。
 龍鷹侯国王家――皇族・鷹郷家に伝わる片鎌槍・<龍鷹>。
 これは紛れもなく、神装の一種であった。











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