前哨戦「花嫁候補集結」/3



「―――光明様、まもなく高鍋城です」
「分かりました」

 駕籠に乗っていた光明は護衛を務める瀧井信輝の言葉に頷いた。そして、駕籠が止まり、その中から光明が出てくる。
 その姿はいつもの坊主姿ではない。
 武家の子息といった出で立ちの光明は用意されていた馬に乗った。
 さすがに名代とはいえ、侯王の弟が駕籠に乗ったまま入城するわけにはいかない。

(落ちなければいいですけど・・・・)

 生まれた時から仏門に入ることが決まっていた光明は武芸などほとんど習ったことがない。だが、小さい頃から師匠についていろいろ歩いたため、忠流よりは健康だろう。

「歩きは、ダメですか?」
「さすがにそれは・・・・」

 ダメ元で訊いてみれば、やはり困った顔をされた。

「ま、ゆっくり歩きますから、大丈夫ですよ」

 信輝はそう言ってひょいっと光明を抱え上げる。

「城に着いてからは、乗馬の練習をしましょうか」
「・・・・そうですね、よろしくお願いします」

 これから武家として生きていくには最低限の武芸は学ばなければならないと痛感した光明だった。






鷹郷光明side

「―――さて、自己紹介を。僕は鷹郷光明と申します」

 八月十日、鹿児島城にてゴドフリード一行との交渉が続く中、光明は日向方面軍が集結する高鍋城に辿り着いていた。
 日向方面軍は光明を総大将にし、実戦指揮権は高鍋城主・絢瀬晴政が持つ。
 参加する部将は楠瀬正成、寺島春久といった生粋の日向衆から、軍監・鳴海盛武、光明が連れてきた旗本衆まで合わせ、約四〇〇〇。
 忠流が日向に逃れてきた時とほぼ同じ軍勢が宮崎と高鍋とで違うが、集結していた。
 今回の作戦は内乱の事後処理に近い。
 忠流は反攻作戦を企画した折にとある中日向の豪族と契約を交わしていた。
 北日向を領有する、延岡城の~前氏を討つ、という契約である。
 ~前氏は二年前から中日向への侵攻を開始しており、現在は都農地域にて激戦が展開されていた。
 中日向は鷹郷氏と~前氏といった勢力に挟まれ、運命共同体とばかりに結びつきやすい。しかし、生き残りをかけるために探り合いも行われており、抗争状態が続いていた。
 何せ、龍鷹侯国が日向に侵攻した折、大小数十の豪族が一斉に抵抗戦を展開した経緯がある。
 ちょっとした山や丘、交通の要衝などには必ず豪族の砦が築かれており、迂回戦術など不可能なほどだったのだ。
 龍鷹侯国は南日向を領有した折、高鍋城、絢城、小林城、都城、飫肥城などを主要拠点とし、その地域の豪族を先の城に封ぜられた大名に統率させることにした。
 日向衆のよそ者に対する生理的拒否感はその統治にも気を遣わせている。
 如何に功があったと言っても、絢瀬家の内乱時の石高は一万八〇〇〇石だった。
 それが民部少輔の役職の一〇〇〇石を合わせると三万石など、急成長にもほどがある。
 これは日向衆を指揮するのは日向衆でなければならない、という理屈からだ。
 御武氏は長年、日向衆を纏めてきたが、時盛の戦死は痛手であり、その後を襲った幸盛は幼少ということで新たな旗印を選ぶ必要があったのだ。
 そこで名前が挙がったのは日向衆の中で最も戦功を立てた絢瀬家、というわけである。

「僕はまあ・・・・兄上の名代なので、軍議は絢瀬殿にお任せします」

 貞流と忠流の一騎打ちだった後継者問題に関係しなかった、王族を前にして呆然とさせたまま主導権を晴政に移す。
 この辺りはさすが兄弟としか言い様がない悪戯精神だった。

「では、戦評定を始めるっ」

 晴政は初めて実質的な総大将を任され、意気込んでいる。

「目標は延岡勢の撃破。延岡城を陥落させることではない」
「それは何故か!?」

 目標設定に疑問を感じた豪族が声を荒上げた。
 日向衆の軍議とは大きな声の応酬である。
 戦場と同じくらい、戦評定は自分の存在を示せるからだ。

「延岡城を陥落し、日向を平定してしまえば、龍鷹侯国は豊後・銀杏国と接することとなる」

 晴政は日向の地図にほんの少しだけ描かれた豊後を指さした。

「現在、龍鷹侯国の矛先は聖炎国に向いている。このため、銀杏国と干戈を交える状況を作ってはならない」

 銀杏国は聖炎国とほぼ同等の国力を誇る国である。
 もし、日向を平定し、銀杏国を刺激してしまえば、聖炎国と同盟を組む可能性があった。
 両国を合わせた石高は一〇〇万石を超えるため、龍鷹侯国は苦戦を強いられるに違いない。また、内側には日向衆という爆弾を抱えているのだ。
 ならば、そんな危険を冒すことなく、中日向の要請を達成する方法は何か。

「そうか、~前家の主力軍を撃破してしまえば・・・・」

 中日向は~前家の侵攻に辟易していた。
 つまりはその侵攻能力を奪ってしまえばいい。

「当たりです、光明様」

 にこりと笑みを浮かべた晴政は続けた。

「中日向連合軍を率いるは高城・香月家、小川館・小室家ですね。東臼杵郡はすでに~前家に降伏していますから」
「となると中日向の児湯郡だけが我らの味方、か」
「兵力も約一五〇〇、と言ったところか?」
「待って下さい。都農地域の豪族は?」

 日向の状況に明るくない光明が口を挟んだ。
 都農地域の豪族はひとりも出てきていない。

「光明様、都農地域に大名はおりません。あそこは都農神社の神域です」

 都農神社は日向国の一宮であり、祭事の中心である。
 そのために傑出した勢力が台頭しなかったのだ。

「つまり、日向衆にとって日向を治める大義名分を得られる場所、ということですか」

 鷹郷家にとっての霧島神宮と同じ存在なのかもしれない。

「そうですね。私も一度、子どもの時に宮参りに参りましたよ」
「そんな場所を領有しようと、~前家は侵攻を繰り返している、というわけですか」
「らしいです。ですから、香月家や小室家は都農地域まで戦力を展開し、~前家が軍を引き上げるまで駐屯する、という活動を行っていますが・・・・」
「軍旅には資金が必要。そろそろ、それが危なくなってきた、ということですか」

 ならば、内乱で忠流が日向を空っぽにしたとしても、攻め寄せられることはなかったのではなかろうか。

「いえ、そうではありませんよ、光明様」

 光明の思考を読み、間違いと言ったのは鳴海盛武である。
 盛武は八〇〇を率いてこの軍勢に参加しているが、その任務は兵部省の人間として軍勢全体を把握する軍監だった。

「資金が欲しいから、宮崎に蓄えられた物資を欲していたのです」
「あ、なるほど」

 ポンッと光明が手を叩き合わせる。
 それに気が付いていた御武家は小丸川南岸にいくつもの監視場所を設け、特に香月家を見張っていた。
 忠流はそれを知って、内乱終結後に龍鷹侯国が力を貸すことによって、日向の状勢を落ち着かせる、という契約を結んだのだ。

「都農地域に出陣し、延岡城向けて進軍する。その途中にて~前家主力と決戦に挑み、これを撃破するっ」

 連合軍は約五五〇〇。
 対する~前家は約三〇〇〇といったところだろう。
 まず、負けはしない。
 心配なのは、内乱にて絢瀬家、楠瀬家、寺島家は多くの中間指揮官を失っていることだった。
 兵の数は回復しても、経験豊富な組頭や物頭はそう簡単に揃えることはできない。だがしかし、逆に言ってしまえば、戦をしなければ、経験など積まれない。

「これで、よろしいか、軍監?」

 晴政の単純明快な戦略に盛武は頷いた。

「基本戦略は間違いないでしょう。ですが、物資の輸送方法などの細かい問題もあります」
「なるほど。確かにそうだな」

 香月家や小室家が味方とは言え、龍鷹侯国の国土ではない。
 輸送部隊が展開する道路は未整備の場所も多いだろうし、遠征となるならば、物資を集積する場所が必要になる。

「しかし、それはすでに香月家に伝えてある」
「というと?」
「この高鍋城に集積された物資は小丸川を越え、香月家の高城を経由する。そして、香月家の領地を通過して都農地域へと搬入される」

 つまりは香月家の領内に主要輸送路が設定されている。
 このため、土地勘を持つ香月家が輸送路を設定し、最も効率的な場所に集積基地を造るというのだ。

「場所としては名貫川南岸になるだろう」

 名貫川とは都農地域南方を流れる川であり、この川を越えれば、いつどこで~前軍の攻撃を受けてもおかしくはなかった。

「その集積基地を後方策源地にすることで、~前軍を撃破した後もその侵攻には耐えられるだろう」

 これまで、香月家や小室家が都農地方に長居できなかった理由はその策源地の不足からだった。そして、策源地不足は彼らも分かっていたが、群小の豪族には大規模な策源地を作ることが不可能だったのだ。

「出陣は三日後、行軍序列は追って通達する、以上!」

 きびきびと戦評定を終わらせた晴政が立ち上がり、それに応じて諸将たちは評定の内容を家臣に伝えるために次々と大広間から出て行った。






異邦人scene

「―――面を上げろ」

 八月十二日、鹿児島城。
 ここに二日前に枕崎港に辿り着いた西洋船の船長が召喚されていた。
 もちろん、呼んだのは忠流だ。
 西洋船――ガレオン船というらしい――は枕崎港で破口を修繕した後、指宿軍港に回航されている。そして、船長以下首脳陣は海軍の艦艇で鹿児島城に入港していた。

「あの時も自己紹介したが、この国の侯王、忠流だ」

 その自己紹介に額を抑えたのは直武だ。
 忠流の後ろに控えている幸盛――御武幸希の元服後の名乗り――もため息をつく。

「あの時はありがとうございました」

 船長は当然、日本語を話せない。しかし、極東の大国――中華帝国の言葉を話すことのできる者は両者に存在したので、翻訳をお願いしたのだ。

「私の名前はゴドフリード・グランベル。イスパニア王国海軍中将です」
「ふむ、この国を目指していたわけ、ではないな?」
「はい」

 ゴドフリードは素直に頷いた。
 今、彼が考えているのは生き残った艦員たちのことだった。
 捕虜となったが、倭国の情報はない。
 東南アジアと同じならば、生け贄と称して殺される可能性があった。
 倭国が「戦国時代」と今を称するならば、欧州は「大航海時代」である。
 欧州では強力な海軍力を誇る諸国の海洋進出によって覇権が争われていた。

 優れた航海技術を頼りに世界各国にキリスト教を広めようと動き出したカトリック派。
 泥沼の戦争を回避し、その貿易による収支で勝敗を競おうとしたイスパニアやポルトガル。

 ゴドフリードの本国――イスパニアは世界最強の海軍を保有する海洋国だ。しかし、数年前に行われた欧州の島国――エゲレーツ侵攻作戦によって、まさかの敗北を喫してしまう。
 陸戦でもテルシオ陣形を用いて覇を唱えていたイスパニアは各地で軍事的優位を失いつつあった。
 この劣勢を覆そうと国防費がかさみ、その資金源として貿易を重視しようと考えたのだ。
 イスパニア本国を出港したゴドフリード率いる第二東洋派遣艦隊はフィリピンに寄港し、中華帝国に向かう予定だった。
 イスパニアは中華帝国と交易を結んでいるが、商人たちの交渉が難航していることを知ったため、圧力をかけるために艦隊を派遣したのだ。しかし、途中で嵐に遭い、四隻いた艦隊は次々と転覆する。
 ゴドフリード旗艦である戦列艦「イーグル」は波に翻弄され、転覆した僚艦に激突した。そして、艦首前方に破口ができたのだ。
 自身も航行不能に陥りかけた「イーグル」は波に呑まれる同僚たちを助けることができず、潮流や風に流された。そして、その結果、薩摩半島南部に流れ着いたのだ。
 この時には応急処置がうまくいき、破口は塞ぐことができていた。しかし、海戦での急機動はできない。
 その無理をしたために、龍鷹海軍との機動戦で敗北したのだ。

「安心しろ。あなたも乗組員にも手を出さない。ここは倭国を守る防壁だ。いたずらに乱の種をまく国ではない」

 忠流が何か答える前に、治部卿である鹿屋利直が発言する。

「ただ、そのためには貴殿らが本当に安全であるかを確かめる必要がある」

 直武は発言通り、すでに指宿周辺に兵部省所属の部隊を送っていた。
 海軍の立ち入り検査の結果、海軍が保有するどの大砲よりも高性能な大砲を数十門保有していたのだ。
 陸上では使えないと説明されていたが、海に近い鹿児島城には脅威でしかない。

「何があったのか、話してもらえるか? もしよければ、こちらで船を修繕してイスパニアまで辿り着けるようにしてもいい」

 そう言って、忠流は餌をちらつかせた。しかも、その餌は餌と分かりつつも、食いつかずにはいられない、という卑怯なものだ。

「分かり、ました・・・・」

 西洋諸国の大航海はアメリカ大陸や南アジア、果ての東アジアまで行動範囲を広げている。
 その関係で西洋の優れた技術がアジアにもたらされ始めていた。
 龍鷹侯国を筆頭に戦国大名の軍団に欠かせぬ火縄銃。
 元は欧州からもたらされた兵器である。
 国産化して大量生産を始めた火縄銃ではあるが、弾丸を飛ばす火薬に欠かせぬ硝石――硝酸カリウム――は国産化できていなかった。
 このため、硝石は輸入することになり、強力な火器軍団を保有するには経済力が必要なのだ。

(ふふふ、ようやくやってきた西洋船。それも軍艦だ。絶対にただでは帰さん、ククク)

 大広間から出て行くゴドフリードの背中を見送りながら、忠流は悪人の笑みを浮かべた。

「―――で、どうするんですか?」

 ずっと黙っていた紗姫が発言する。
 紗姫は自分が守る龍鷹侯国に踏み込んだ異国人を見たいと言ったので、仕方なく侯国首脳陣は彼女の臨席を認めていた。

「どう、とは?」
「あの外国人たちです。西洋人はすでに東南諸国を武力制圧しているのでしょう?」

 龍鷹侯国は昔から琉球や台湾島だけでなく、比島方面の民とも交易していた。しかし、中華帝国の衰えと欧州の大航海時代の到来によって、比島以南の諸国は欧州の属国や植民地にされている。
 その昔、中華帝国は欧州の勢力圏まで侵攻したことがあり、その関係もあって、欧州がこちらに侵攻してくる可能性もあった。
 特に日本列島は中華帝国に攻め上がるに対して絶好の橋頭堡になり得る。
 強力な海軍を保有する欧州にとって、これ以上ない戦略拠点だった。

「大丈夫だろ。欧州は欧州で覇権争いに忙しいらしい。たかが一国の艦隊に搭載できる陸戦力は微々たるものだ」

 戦列艦や武装商船を主力とする欧州海軍も専門の陸兵輸送船などはまだない。また、本国から数年から数ヶ月を擁しなければ辿り着けない土地に万を超える軍勢を送り込めるとは思えない。
 仮に送り込めたとしても、鉄砲を知る三万近い動員力を誇る龍鷹軍団を圧倒できるとは思えなかった。

「比島以南の国々が敗北した理由は、ほとんどが鉄砲を知らない、もしくは軍隊に装備していなかったからだ」
「その点、我が龍鷹軍団の鉄砲保有率は約一割、三〇〇〇挺になりますのぉ。最近、種子島や鹿児島だけでなく、国分や宮崎などでも製造していますから、鉄砲隊の比率はさらに増えましょうぞ」

 式部卿の武藤晴教が言う。

「ま、何かあれば黒嵐衆が教えてくれるだろ?」

 片目を瞑りながら忠流は末席に座るひとりの男に問いかけた。

「はは、すでに手練れ数人が彼らを監視しております」

 男の名前は霜草茂兵衛忠久。
 忠流政権になってからの官省――宮内省に所属することになった黒嵐衆の頭目である。
 このため、しっかりとした武士の名前を与えられた。
 官職は宮内少輔であり、忠流からの偏諱「忠」をもらっている。

「鹿児島港に出入りする商人たちはさっそく指宿に停泊する西洋船の話をしておりましたな」

 民部卿の御武昌盛は領国に耳を張り巡らせ、様々な情報を集めている。
 それこそ商人や旅人、戦遊女や僧侶など、全く職業の違うものから得た情報を分析して忠流へと上げるのだ。
 民政に深く関わる仕事をしているからこそできる情報収集だ。
 龍鷹侯国は民部省から上がる噂を基本とした大まかな情報と、黒嵐衆から得られる精密な情報。
 受動的な情報を精査し、能動的に調べ直す、という手法で情報を整理していた。

「西洋人にいらない不信感を抱かせるなよ?」
「それは・・・・大丈夫でしょう。商人たちも人気が命ですから」
「問題は交渉役の任命、ですね」
「治部省で誰かいないのか?」

 治部卿である鹿屋利直は忠流に話を振られて腕組みして考える。

「治部大輔である南雲は・・・・今、京ですし・・・・治部少輔は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どした?」

 途中で言葉を止められ、忠流は首を傾げた。

「・・・・・・・・・・・・いや、決めてなかったことに今気が付きました」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 意外と"翼将"とか謳われていた割には抜けているのが利直だ。

「ま、この際、語学に堪能な者を任命しましょう。とりあえず、中国語ができ、海軍事情に精通した者、が適任でしょうね」
「となると・・・・また、海軍軍人か? それも司令官級となると・・・・海軍再建が辛くないか?」

 直武が東郷秀家に問う。

「確かに喪失した艦艇こそほとんどありませんが・・・・首脳部に詰めていた人材を多く失っていますからね・・・・」

 "海将"・鷹郷実流が暗殺された事件で、海軍第一艦隊司令部――つまり、海軍首脳陣――は壊滅していた。
 つまり、その再建に関わるような有能な人材を外交方面に引き抜かれるのは非常に痛いのだ。

「ん、待てよ?」

 忠流は先程と逆方向に首を傾げた。

「何です?」

 それに合わせるように紗姫も同じ方向に首を傾げる。
 世界が傾いて見える中、唯一自分と同じ向きに見える彼女の顔を見ながら忠流は自分の考えを口にした。

「要するに語学ができて海軍通で、海軍にはあまり必要のない人材が適任なわけだ」
「・・・・身も蓋もない言い方ですが、そうでしょうね」

 言い方に難があるが、その通りである。

「いるわ、そういや、うちの一族に」
『『『は?』』』

 今度はその場全員が同じ方向に首を傾げた。




「―――ぅいーす、お邪魔しまーす」

 源丸は大広間での評定に顔を出さず、イスパニア人の控え室になっている部屋に踏み込んだ。

「―――っ!?」

 中にはぬいぐるみを抱えた少女がひとり。
 どうやら、他の者は皆出払っているようだ。

(へへ、好都合♪)

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 びくびくと体を震わせながらじーっと源丸を見る少女は見事に金髪碧眼だ。

「やっぱり・・・・」

 戦列艦「イーグル」から降りてきた乗組員の中に明らかに戦闘員ではない彼女を見つけ、ずっと気になっていたのだ。

「俺は鷹郷源丸、お前は?」

(なんて、返事があるわけないか)

 相手は西洋人だ。
 日本語が分かるわけがない。
 だから、中国語で話しかけてはみたが、反応は同じだった。

「うわ、本ばっか・・・・」

 少女の周りには和洋問わず、様々な書籍が散乱している。
 年はおそらく同じというのに、この本を全て読めるのならば、相当頭がいいのだろう。

「ん?」

 周囲を見渡していた源丸の袖が引かれた。

「ぅわ!?」

 気が付けば、いつの間にか少女が近くに寄っており、翠色の瞳が源丸を見上げていたのだ。

「え? あ、これを見ろって?」

 手渡されたのは紙。
 それを広げてみれば―――

『りりす』
「え゙?」

 そこに書かれたのは日本語だった。

「リ、リリス?」

 そう問うと、少女はコクリと頷く。

「どこで、日本語を・・・・?」

 ビシッと積まれた日本語の書物を指さした。

「出回ってるのか!? 世界に!? 嘘!?」

 源丸の言葉にふるふると首を振り、今度はもう一角を指さす。
 そこにまとめられているのは中国語の書物だった。

「あ、中国経由?」

 コクリ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、何故に普通に意思疎通ができてる?」

 見た目からして、無口で意思疎通など不可能な子だと思っていたが、意外や意外、人見知りすることなく、明らかに不審者である源丸と普通に接している。
 この娘、もしかすれば大物かもしれない。

「じゃあ、もしかして―――」

 この日、控え室に帰ってきたゴドフリードが立ち尽くすほど、ふたりは夢中に話し込んだ。










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